No.487831

マクロスF~とある昼行灯の日常~

これっとさん

多少のアクシデントはあったものの、無事にアンドロメダ船団に着いたダイチ。
そこで待っていたのは、全宇宙トップクラスのアーティスト、シェリル=ノームだった。
ダイチとシェリル、二人が出会い、物語は大きく動き出す。

2012-09-23 23:26:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:11922   閲覧ユーザー数:11050

【アンドロメダにて①】

 

 

 

「ようやく来たわね」

 

 

ふんっ、このシェリル=ノームを待たせるなんて何て男なの!?

このエリアを覆う、バリアに小さな穴が開き、そこからバルキリーが降りてくる。

あれね、鉄ダイチが乗っているのは!

 

バルキリーはこちらに向け、飛行してくる。

決められた航路を行くかのように、スムーズに、まっすぐと。

 

そして私達がいる発着場の直上に来ると同時に、着陸態勢に入った。

…私の前に、今ゆっくりと着陸してくる。

その雄雄しい姿に、私の中にあった憤りはすっかり身を潜めてしまった。

 

 

遥か上空にあった時には気づかなかったけど、何て威圧感。

 

機体に『S.M.S.』のロゴが入り、その磨かれた機体は日光を反射して眩いくらいの後光を出しているわ。ふふっ、ゾクゾクしちゃうわね。

つい先ほどまで考えていた演出プラン、そして憤りが音を立てて崩れていくのを、感じた。

 

「此れほどの機体、そして悠然と降りてくるその姿、着陸時にも関わらず最低限の圧だけで着地できるパイロットの腕…!グレイス、演出を見直すわ。彼と会うのはその後よ」

 

「ちょ…シェリル?」

 

 

後ろでグレイスが引きとめようとしているけど、私の足は止まらない。

 

私はプロ。

歌のプロ。

ファンを沸かせ、楽しませる為に努力は惜しまないわ。

彼があれほどの腕があったのは嬉しい誤算ね。

さぁ、どうしてくれようかしら?!

 

 

彼を奴隷扱いするのは、コンサートの後からでも遅くはない。

荷物持ちとして、街中をショッピングとか良いわね。

ついでに、移動間の護衛も頼んじゃおうかしら。

 

 

 

彼はメインディッシュの後のデザート。

 

楽しみにすればするほど、その味は旨さを増す。

 

 

 

ふふっ、色々楽しみだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらフロンティア『S.M.S.』所属、鉄中尉。アンドロメダ船団への着陸許可を願う」

 

【こちらはアンドロメダ船団・エリア3第7管制塔です。話は大統領府から窺っております。貴方の来艦を歓迎いたします。ようこそ、アンドロメダへ】

 

「ありがとう」

 

 

っし、ようやく到着と。

あれから変なヤツには遭遇しなかったし、何事も起きることなくどうにかギリギリで到着できた。

あとはあの、シェリルとかいうアイドルやスタッフ達と合流か。

 

バルキリー1機が通れるだけの穴がメインバリアに出来上がり、そこを通り降下させていく。

あくまで最低限のエネルギーを使い、慎重に…

 

ん?何か視線を感じるな。

殺意って訳じゃ無ぇが、睨みつけらているって感じだ。

 

 

…怖ぇ~。

遠視モニターで覗いてみりゃあ着陸場には二人の女性が佇んでる。

こっちをずっと睨んでやがんな。

 

ピントを近づけると…

前にいる、腰に手を当てて仁王立ちのピンク色の髪をしたのがシェリルってやつか。

んでその後ろにいるのは…マネージャーか何かか?

 

 

うひょ、アイドルがお待ちかねなんて、ファンに知れたら殺されるな、間違いなく。

ん?

 

 

シェリル(仮)が引っ込んでいくな…マネージャーさんはそれを引きとめようとして…

ありゃ、無視された。

 

我が強ぇ女って、どうにも苦手だよオレぁ。

 

 

ま、いっか。

マネージャーさんに聞いて、これからのオレのスケジュールを教えてもらわんことには仕事にもなりゃしねぇ。

 

着陸姿勢制御、下方噴射を少しずつ弱めて…

…よし、着陸完了。

 

メインハッチを開け、バルキリーから身を離して身体アーマーの飛行キットを使い地面に降りる。

 

久しぶりの大地だ…

 

 

「初めまして、私はシェリル=ノームのマネージャーを務めております、グレイス=オコナーと申します」

 

「こちらこそ初めまして、フロンティア・『S.M.S.』所属の鉄中尉です。今回はよろしく」

 

 

地面に感慨耽っていると、妙齢の女性から声をかけられたのでオレも敬礼をして礼儀正しく返しておく。

ふ~ん、メガネ美人ね。

オズマの隠れた性癖に、メガネ美人萌えだって話はよく聞くが…

いかん、この噂の所為でキャシーとの仲がギクシャクしたんだっけ。封印封印、と。

 

 

「早速ですが、ホテルへとご案内いたします。こちらに車を待たせていますのでどうぞ」

 

「了解」

 

 

さて、どんなことをやらされるんかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅん、パイロットの男は平凡な見た目にも関わらず隙が無いわね。

 

私に向かって堂々と敬礼する姿は、歴戦の兵士のそれを感じさせた。

姿勢は左右にブレることなく、いついかなる場合でも即座に対応できる臨場・緊迫感を持っている。

仮に、今後ろから襲われても難なく撃退可能でしょうね。

 

バルキリーの操縦の腕も相当なモノ。

素人のシェリルにも分かったのでしょう、肩を震わせて怒っていたのがあのバルキリーの滑らかな動きに目を奪われていた。

発進・着陸はバルキリーの操縦の中で一番基本的な動作。だからこそその挙動次第でパイロットの腕が知れるというもの。

鉄中尉は、いとも簡単に、ブレることなくまるで当然かのように自然な動作で決めてしまった。

着陸の姿勢制御は簡単じゃないって聞くのだけど。

この様子では、戦闘行動を始めとして高いレベルでそれぞれを修めていそうね。

 

 

…ふふ、私の目的にまた、小さくない規模の邪魔が入るみたいね。

いえ、だからこそ達成した時の高揚感は何物にも代えがたい。

 

私の野望、貴方に止めることができるかしら?鉄中尉。

 

 

 

 

アーマーとプロテクターを脱いだ彼を先導し、車へと案内する。

シェリルは…もう先に向かったようね、護衛の一人がハンドシグナルでそう伝えてくる。

私と彼は、後部座席に座る。

そして運転手に合図し、ゆっくりとリムジンが出発させた。

 

 

さてと、まずは予定を伝えなきゃね。

 

「今日のスケジュールですが、ホテルにチェックインした後スタッフルームにて皆と顔合わせ、そしてコンサートまでの練習のスケジュールを煮詰めていきます。今、シェリルが演出プランを練り直すということでまだ真っ白な状態ですが」

 

「コンサート当日までの日数は?」

 

「本日を含め、約2週間といったところでしょうか。貴方の腕ならば、滞りなく進むでしょう」

 

「…微力ですが、努力します」

 

「ふふっ、頼りにしてますよ?」

 

 

間近で見る、身体用アーマーとプロテクターを脱いだ彼。

短めの黒髪…珍しいわね。

表情も無理矢理無表情にしてるっぽいし、案外気さくなのかもしれない。

 

僅かだけど汗の匂いが、すぐ隣に座っている私の鼻腔をくすぐる。

それにジャケットから覗くインナー越しでも分かる、鍛えられた肉体…

 

 

……

………はっ。

 

 

いけないいけない、のぼせてしまうところだったわ。

くっ、ここでも私の障害になりえると言うの…恐ろしい男!!

 

 

「…?」

 

 

彼がこちらを見て怪訝そうな表情を浮かべている。

もう一度、気を引き締めなければ。

 

 

 

 

『彼』には、フロンティアでしばらく待機命令を出しておきましょうか。

この男を、見極める必要があるしね。

 

…そうね、『彼女』のこと、調べさせるには丁度いいわ。

しばらくはフロンティアもシェリルの動向に注目してるはずだし、その為にフロンティアでのコンサートを組んだ。

概ね予定通りの進捗度。

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うぅ~…ダイチさんてば、私に黙って遠くの任務に行っちゃうなんて。

もしかして、一昨日の遊びの誘いはこの事のお詫びだったのかもね。

 

 

久しぶりに行った遊園地。

私が中等部に入ってからは全然行けなかったのに、ダイチさんがわざわざ誘ってくれたの。

ナナセちゃんも誘おうとしたけど、娘娘のバイトが入ってたらしくとても残念そうだったな。

…そうだ、ダイチさんに買ってもらったこのペアのぬいぐるみ、ナナセちゃんにお土産で渡そう。

 

 

ふふっ、でも嬉しかったな…

お兄ちゃんも、そしてダイチさんもいてくれるなんて、本当に久しぶりだったんだから!

メリーゴーランドに乗ったり、コーヒーカップに乗ったり、観覧車に乗ったり…

あっ、そうそう。アイスクリームもダイチさんと一緒にベンチに座って食べたの。

やっぱり、憧れの人と食べるアイスは格別だった。

ダイチさんてば、私の唇についたクリームを拭ってくれて…うぅ、あのとき恥ずかしさで顔真っ赤だったよね?

お兄ちゃんは丁度その時はお手洗いに行ってて、少しの間だったけど、何だか恋人みたいで…あうぅ。

 

 

 

一日が楽しくて嬉しくて、あっという間に過ぎちゃった。

夕方になって寂しそうな顔してた私に、ダイチさんが『また連れてってやるよ!』って頭撫でてくれながら約束してくれたし…

今から物凄く楽しみ!!

 

私の…私だけの、大切な思い出。

また一つ増えた。

 

過去は今も思い出せないけど、今がこんなに楽しければ全然文句なんてあるはずないよ。

何より、私に『最初の』笑顔の思い出を作ってくれた、ダイチさんがいれば…えへっ。

 

 

ダイチさん、お仕事頑張って。そして、またその元気な笑顔を私に見せて?

それだけで私は笑顔になれる。元気になれる。

毎日が楽しいって思えてくる。

 

 

それが、一番のお土産…!

 

 

 

 

 

『ここでニュースフロンティアの時間です。

銀河の妖精、シェリル=ノームがアンドロメダ船団を訪問中です。

我がフロンティアからも、その演出の為に精鋭が出張致しました。

頑張って欲しいですね。

 

…ここで追加のニュースです。先程放送にありました、シェリル=ノームの次のツアー先が、我がフロンティア船団にほぼ確定したとのニュースが入りました。………』

 

 

うっそ、これってダイチさんかな?

ダイチさんのお陰でシェリルが来るの??

お~、デカルチャー!!!

 

 

 

お兄ちゃんに頼んで、コンサートチケットを取ってもらわないとね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アンドロメダにて②】

 

 

 

「ダイチ、彼にはバルキリーを使ってコンサートのオープニングと、ラストを飾るフィナーレで出演してもらうわ」

 

「なるほど、最初にインパクトを出すのは分かるわ。だけどラストにも、ってのは些かありきたりすぎじゃないかしら?」

 

「グレイスの言うことも分かる。だから構成を変えるの。オープニングは私がバルキリーに手の上に乗って会場に登場する。そして予定通り1曲目からスタート。この時パイロットスーツ化何か着ている状態からコスチュームチェンジしたいわね。ラストは…ここ。【ステージ最上階】この場所から飛び降り、ダイチにキャッチしてもらい、ラストの『インフィニティ』のインパクトを強烈にするわ。そして機上のまま歌ってバルキリーで退場する。どう?」

 

「…鉄中尉の腕にもよるけど、下手したら大怪我しかねないわよ?それでもやる?」

 

「もちろん」

 

「信頼しているのね、彼を」

 

「…!っ、そ、そんなわけないじゃない!?この話を伝えるから、彼を呼んできて!」

 

「はいはい」

 

「~~~~~~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ。最初の方はそりゃあバトロイドかガウォーク形態ならば何とかできます、ですがラストの演出はちとやりすぎじゃないかと」

 

「でもシェリルが言い出したら止まらないわ。何とかならないかしら?」

 

「そもそも、バルキリーってのは人一人くらいなら簡単に壊せるシロモノです。あれは元々ゼントラーディ軍に対抗して作られた戦闘用ですから。空中で静止している状態ならまだしも、飛行状態からキャッチするってのは危険がありすぎますな」

 

 

何言っちゃってんのかね、この人達。

飛び降りをキャッチだぁ?どこのサーカスだよ?!

無重力の状態ならやってやれなくは無ぇ、だが重力が働いている状態で受け止めたらそれこそ飛び降り自殺と変わんねぇのに気づかねぇのか?!

仮に、バトロイドで受け止めるとしよう。受け止める瞬間に少し下にずらして受け止めてやらないと、相当な衝撃が出るわけだ。上手く受け止めても無事かどうか…バルキリーってのは人の身体のように繊細に動くわけじゃない。

しかも飛行中だ、10中9以上失敗する。ガウォークでも同じ話だ。

 

 

「困ったわね…シェリルは多分聞いてくれないし」

 

「…飽くまで客を沸かせたいという、エンターテイナーとしてのプロ意識を持っているのは分かります。しかし命のやり取りまでして行うものではない。何でしたら私の方から具申いたしましょうか?」

 

「…え?」

 

 

おいおい、何だその顔は?『アンタにできるわけなかろうがこんボケカス』と言ってそうな怪訝な表情されると傷つくんだが?

てかオレもんなことしたく無ぇよ、誰が好き好んで文句つけたいと思うんだこの状態で。

明らかにうざったがれるだろうし、これからの仕事にも支障が出る可能性があるんだ。普通マネージャーの仕事じゃね?

…あぁ、罵声想像してたら昔の新統合軍でのことが鮮明に…っと、今はそんな場合じゃないな。

 

 

「ダメで元々、言ってみる価値はあると思いますが?」

 

「でも「良いわよ、グレイス」…シェリル」

 

 

ほう、ここで本命のご登場って訳だ。

ちゃっかり聞いてやがったか、抜け目無ぇアイドルだ。

 

 

 

「結論から言うわ…貴方のその意見、却下。あくまで私の要望に沿ってもらうわよ」

 

 

…これだからワガママアイドルの相手は嫌なんだ。

それに今、『私の』っつってたよな?

コイツは何か、勘違いしてねぇか?

 

 

 

 

 

「…はぁ…。ちっと良いか?お姫さんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふん、私を誰だと思っているのかしら?

私はシェリル。シェリル=ノームよ。

私は、できるのにやらないって言うのが大ッ嫌いなの。だから危険を盾にする彼に、文句を言ってやりたくて二人の間に割り込んだわけだけど…

 

 

「…はぁ…。ちっと良いか?お姫さんよ」

 

「っ!?」

 

 

な、何?この感じ…

今、目の前にいる彼が頭を掻いたあとに言った言葉の後、すごいプレッシャーを感じた。

さっきまでの無表情だった彼の表情から、憤りを感じる。

 

 

「なぁ?雇用主とかどうとかいう話はこの際置いとくわ。タメ語になるのは勘弁な?

お前ぇよ、自分がどんだけ危ういこと言ってるのか分かってんのか?」

 

「な、何よ。貴方には出来ないから文句「話にならん」…え?」

 

 

ど、どういうことよ?そもそも、できないならできないで言えばいいじゃない?

その場合は笑いとばしてやるけど。

 

 

「良いか?物事には100%て保証はどこにも無ぇんだよ。出来る出来ないはこの際問題じゃねぇんだ。オレ達は仕事するときに、【危険見積】なんてもんをする。これは事故や危険が伴う場合をシミュレートしていき、その可能性を割り出すわけだ」

 

 

そ、そのくらいは知ってるわ。だから私も色々考えて…

 

 

「当然のことだが、オレ達傭兵の仕事上、安全なミッションてのは無いに等しい。やらなきゃいけねぇこと、例えば軍事絡みの場合は度外視される。だからあらゆる方向から道を探り、その危険の可能性を低くする為に色々な方法を編み出すわけだ。

だがよ、平常時においてこの【危険見積】の危険度が30%を超えるようだとそのプランは破棄、二度と陽の目を見ることは無ぇ」

 

「…ちなみに、今回のシェリルの計画は?」

 

「そこだ。さっき『私の』要望、って言ったよな?話にならんって言ったのは、このコンサート開催にあたり、現地のスタッフ達としっかり調整してるかってことだ。どうなんだ?ちゃんと自分自身でスタッフとの打ち合わせをしたのか?今までざっと聞いていたが危険対策なんて言葉でてこなかったし、スタッフがどうスタンバイしているのか、もしもが起きた場合どういう対処しようとしているのか。それが全く見えねぇ」

 

 

っ…ううん、打ち合わせなんてやってない。殆どの調整はグレイスがやってくれたし、私はただ、要望を挙げて演出を考えていただけ。

 

 

「シェリルはずっと部屋に篭ってこの計画を練ってたから…基本的な日時、会場の設営等の打ち合わせは私が」

 

「ん、マネージャーさんに任せたって訳か。んで、このバルキリー演出の打ち合わせはオレの他に誰かに?」

 

「いいえ、煮詰まったらすぐに貴方を呼ぶようにって」

 

 

うぅ…もしかして、って言うか確実に私が悪い…?

私がやったのは歌の構成、ビジュアルカットやコスチュームの変更構成とかだったし。

今まで危険見積なんて考えたこと無かった。

 

 

「…ふぅ。ま、コンサートとかは少なく無い人や予算が動くんだ、仕切るヤツが考え無しに突っ走って事故、ってのは往々にしてある。今回、オレが分かる範囲で悪かった点ってのは大きく分ければこの危険見積がスッパリ見落とされてたってことさね。ちなみに、このままなら対策らしい対策も盛り込まれて無ぇみてぇだし、命を落とす可能性大だ。危険度95%ってところだ」

 

「そんな…」

 

 

グレイスが呆然と呟いてるのが聞こえる。

…何も言い返せないわね、これは。

でもここで落ち込んだままじゃあ、このシェリル=ノームの名が泣くわ!

問題があったならすぐに訂正してこそのプロよ。

 

 

「…悪かったわ。貴方の一昨日の操縦を見て、イメージがわいたのをそのまま演出にしようってしてた。でもそのことのフォローや対策までは考えていなかったわ。私にもう一度チャンスを頂戴、すぐに練り直すから。次のステージに行く為、私は何でもやるわ」

 

「…ははっ」

 

 

あら?雰囲気がまた柔らかくなった?

 

 

「これが事前に分かっただけでも儲けもんだ、次からは気ぃつけな?お前ぇの周りには頼れるマネージャーやスタッフがいるんだ、頼れることは頼らねぇとな。まずは最初に謝って、んでこれからのことを相談な。なぁに、時間はまだあるんだ、焦る必要は無ぇ。…っと、いつまでもこの口調じゃまずいですね。話を演出に戻しましょうか」

 

 

っ?!

 

 

「か、変える必要は無いわ。貴方もコンサートスタッフの一員でしょ?忌憚の無い意見を言ってもらうのに丁寧語だったら言いにくいだろうし。あと、わ、私のことはシェリルって呼び捨てで良いわ。私も、貴方のことダイチって呼ぶし」

 

「?オレは意見なんて遠慮なく言え「良いわね?」…はぁ、分かったよ。シェリル」

 

 

ふふっ、この私を名前で呼べるのだからもっと感謝しなさい?

こんなサービス、滅多にしないんだから。

 

 

 

この私に、面と向かって諌めることも中々できることじゃないわ。

私は今、稀少な人材と出会えたんじゃないかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ははっ」

 

 

やっぱコイツは最上級にいい女だ。

この容姿、溢れんばかりに醸し出すカリスマ性…なるほど、トップアイドルになれるわけだな。

そして腐れることなく、苦言があったならばそれを是正する柔軟さも持っている…どんだけだよ。

年下でこうまで人間としての差を見せ付けられると、無条件に言うこと聞きたくなるってのも分かる、だからこそ失うのは人類としての、いや宇宙としての損失だと思う。

 

歌があったからこそ、かつて人類は救われた。

歌があったからこそ、他生命体との融和が図れた。

 

オレはまだ、コイツ…シェリルの歌を聴いたことは無い。

だが肌で感じることはできる。

 

 

コイツはまだ20もいってない年齢でありながら、全人類の希望を背負ってる…

 

 

 

「シェリル…そのプラン、そのままで良い。やってやろうじゃねぇか。オレに考えがある」

 

 

こんな若ぇヤツが頑張ろうとしてんだ、年長者が気張らなくてどうすんだって話だよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アンドロメダにて③】

 

 

 

…ふぅ。

 

 

リハーサルを終え、私の身体は熱を帯び、まるで情熱が溢れだそうとしているかのよう。

うん、いつも通り。

歌いたい時に歌い、踊りたい時に踊る。

私の大好きなことを精一杯やれる、そして多くの人に見て楽しんでもらえる。

 

これが、どれだけ幸せなことか…

 

 

いつの間にかその規模が大きくなり、私の歌を聴いてくれる人は、それこそ宇宙に広がる移民船団大半を占めるようになった。

と、同時に歌うだけではない、表向きのTV番組や、雑誌や電波放送のインタビューにも出るようになり、私が自由に歌えるのはごくわずかなプライベートと、コンサートの時くらい。

 

 

…ふふふ、『銀河の妖精』ともあろう者が、何て弱言吐いてるのよ。

 

 

これも、あのダイチのせい。

 

私はそれこそ、今まで自分自身の力でのし上がってきた。

辛い過去を振り払い、人に頼ることなく自分一人の力で。

 

 

 

…でも。

 

 

 

「おら、このセットはトリに使うやつだ!格納しとけ!」

 

「モニターの向きが悪ぃぞ?観客席に左右対称で角度つけて向けろ!左側あと5°内側だ」

 

「監督、コスチュームの切り替え、この順番で良かったですよね?」

 

「音響!エコー効き過ぎだ、もうちっと抑えろ!」

 

「左側2つのセリの動きが悪いですね、機械の調子調べてみます」

 

 

ステージの上だけでもこれだけ沢山の人が動いてくれてる。

そして、ステージ裏でも私が動き易いように、そして束の間のプライメートを快適に過ごせるように気を配ってくれる人がいる。

 

 

私はこれだけ沢山の人に支えられて、こんな大きなステージで歌うことができる!

 

あの後、スタッフ全員を集めて正式に謝罪したわ。

それこそ、人生初かもしれない、頭を深々と下げて。

そうしたら、スタッフのみんな、笑顔で私の肩を叩いて『気にするな!』って言ってくれたの。

そして…こんなに熱気が篭った、心を篭めた仕事をしてくれている。

前のコンサートの時とは段違いね。

 

 

当たり前のことに気づかせてくれた、私は一人じゃないって感じることができた。

 

 

ダイチ…

 

あなた「ちっと良いか?シェリル」…え?

 

 

思いに耽っているところを急に水を差された。

後ろから声をかけられ、振り向くとそこには、ダイチの姿があった。

 

 

「な、何か用?」

 

「おう、ちっと大事な用事だ。そこ動くなよ?」

 

「…え?」

 

 

わ、ダイチが近づいてくるわ。ちょっと、何しようっての?

思わず衣装に問題があったのかと思って全身を確認するけど、どこも変なのところは無いわ。

 

 

「あ、あの」

 

 

 

――――フワッ

 

 

 

「ふむ、お前結構軽いな?ちゃんとメシ食ってんのか?」

 

「な…なな…!」

 

 

こ、これって…

お姫様抱っこってやつなの?

え、嘘、わたしが、ってダイチあなた…なんでそんなキョトンとしてるの…!?

 

か、考えがまとまらない。

思わず、頬に熱が篭ったのを感じながらダイチの顔を見上げてると、

 

 

「あぁ、悪ぃ。例の演出の件でどうしても確かめたかったからよ?もういいわ」

 

「あっ…」

 

「うん、これなら大丈夫だわ。てなわけで、安心して落ちて来て良いからな?」

 

 

ふふ。

ふふふふ。

…上等じゃない?私に無断で近づいただけじゃなくお姫様抱っこまでしておいてその言い様…

ドキッとした私の感情、どうしてくれんのよ?

 

 

「…え?お、おいシェリル?何で笑顔のまま近づいてくるんだ?何かデジャヴが…ぐえっ」

 

 

ふん!グレイス直伝、痴漢撃退専用ハイキックの威力、味わえたのだから感謝することね?

 

 

「「…………」」

 

 

はっ。

 

周りの人の視線が…

 

 

私はダイチの襟を掴むと、そのまま引引き摺るようにしてステージ裏から出ていった。

 

 

 

 

どうしてくれんのよ、色々!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは夢だな。

オレの、一昔前のことが流れている。

 

 

『鉄、なんだその捌き方は?』

『そんなんでよくオレ達に偉そうに言えたもんだな』

『はっ、誉の新統合軍の汚点だ』

『お前本当にやる気あんのか?辞めたいなら辞めてもいいんだぜ?』

『検閲でも最低評価…貴様の所属部署は辞めさせたがっているぞ?』

 

 

『いるかいないか分からないヤツっているんだな』

『あっはは、お前あいつに気づいたのか?オレなんて視界にも入ってないぜ?』

『こういうのを何っつったっけ…?いるかいねぇんだか分からねぇ奴…お、そうだ、『昼行灯』だ』

『昼行灯?ぷっ、いいあだ名じゃねぇか』

 

 

『おい、行灯野郎!ここ、ちゃんと掃除しとけな?』

『お、おい、良いのかよ?あの人オレ達より階級上だぜ?』

『構うもんかよ、先輩達も注意しないし、暗黙の了解ってやつだよ』

『それもそうか。おい、行灯野郎。ちっと向こう行っててくんねぇか。邪魔だ』

 

 

くくっ。昔のオレって随分とガマン強かったんだな。

ここまでボロクソ言われるってのは最近無ぇし、言われたら速攻でやりかえす。それこそ腕ずくでもな。

今でもギリアム大尉なんかからは厭味みたいなのを言われるが、あんなんは大したこと無い。若いって…恐ろしいわ。怖いもん知らずって奴だ。

 

 

『ぎゃっ!?』

『オ、オズマ大尉?!』

『お、オレ達が何をしたっていうんですか!?』

『貴様ら恥を知れ!』

 

『ダイチ、大丈夫か?』

 

 

あぁ、こんなん屁でも無ぇよ。

だからよ、そろそろ行ってやれや、お前ぇの最愛の妹の所に。

またパインケーキ、作ってやんな?苦労して覚えたって言ってただろ。

 

 

『お嬢ちゃんお名前は?』

『…ランカ・リー…』

『ランカちゃんかぁ。キミにぴったりだわ。ねね、頭撫でていい?』

『………』

 

 

『ん……ん…ダイチ…さん?』

『お、起きたんか?オズマなら大丈夫だから、ゆっくり寝てな?』

『………』

『んな不安そうな顔しなくても、こうやって添い寝してやっからさ、な?』

『…うん……おやすみなさい、ダイチ兄さん……』

『…!』

 

 

ははっ、そうだっけな。ランカちゃんてば次の朝オレを起こして少しはみかみながら言ってくれたんだよな。

 

 

『…おはよう、ダイチ兄さん…起きて』

『…ごはん…おなかすいた…』

『美味しい…ありがと、ダイチ兄さん』

 

そうそう、少しずつ表情が戻ってくるのを見て…

 

『えっ…もうお仕事行っちゃうの?…気をつけてね……?』

 

『わぁ、ぬいぐるみ…可愛い…大事にするね』

 

『わ~っ、アイスクリームだ!ありがと、ダイチ兄さん!大好き!!』

 

 

 

ランカちゃんのとびきりの笑顔、サイコーだわ。

オレがS.M.S.に入った理由…お前ら兄妹に恩義を返す為…

そして、子供達が悲惨な目に遭わないように…オレ達大人の仕事だ。

 

 

…ん?もう一人いるな…誰だ?

ひときわ大きい、光と闇を同封している存在。

 

 

『私が飛び降りて、あなたがキャッチよ。お願いね、ダイチ』

『次のステージに進む為に』

『私はシェリル。シェリル=ノームよ』

『お願い、力を貸して…!』

 

心配すんな、お前ぇは一人じゃないだろ?

 

『…ありがとう!』

 

 

…シェリル。

そうか、そうだったよ。

もう一人、大人になりきれてない、頑張り屋のワガママ少女がいたんだったな。

お前ぇもオレから見たら大人になりたがっている背伸びする子供だ。

 

 

 

心配いらねぇ、よ?

オレが……何とかしてやる。

 

だから、安心して突っ走れ。もしものフォローは大人に任せとけ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ダイチ?寝言…かしら?」

 

 

突っ走れ、か。

ふふっ、こんな風に守られるってのも悪くないわね。

今は頼りない寝顔を見せているけど、何だか私の存在ごと優しく包み込まれてる感じがする。

 

いいわ、ダイチ。

 

 

私の背中は貴方に任せる。

だから…

 

 

私のステージを、歌を…そしてみんなの夢を、守りなさい。

 

私は歌うプロ。ファンに夢と希望を与える。

貴方は守るプロ。危険を察知し、それらの脅威を排除する。

ファンの声援に、期待に応えれてこそのプロよ!!

 


 
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