No.481952

記憶録「夢ヲ想モウ」④

グダ狐さん

大貴が巻き込まれた――。現場に急ぐ博識は血塗れになった駐在所を見て絶望する。もう助からない。そう思ったとき、巻き込まれたことなんて何のことやら大貴がケロっと現れた。安堵するのも束の間、また新たな殺人が目の前で起きた。犯人は――アヤツだ。

2012-09-09 21:54:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:300   閲覧ユーザー数:300

 ピチャリ。ピチャリ。

 壁に飛び散った血は滴りながら上から下までを、床では押し寄せる波のようになおも広がり続けて、もはや止まるところを知らない。

 ピチャリ。ピチャリ。

 つい先程まで動いていたのだろう臓器も原型を止めておらず、淡いピンクの肉塊となってぶちまけられ、床に落ちる度に耳障りな音を奏でる。

 ピチャリ。ピチャリ。

 狂ったように全体に塗られた赤に、アクセントにピンクの固形物。ぶよぶよとした形状から滲み出す赤は新鮮な証拠。漂う血生臭いが存在と異様さを引き立て、吐き気を催すには十分すぎる光景である。

 

「なんだ、これ……」

 

 踏み入れようとした足が、自然と撒き戻る。

 入っていけない――入りたくない。

 踏んではいけない――踏みたくない。

 見てはならない――見たくない。

 人の死んだ場所と言うのは、それだけで雰囲気が変わる。一見して平和そうに見えても、かつて血が溢れ、臓物が飛び散り、空ろに何かを見て横たわる死体が転がっていたとなれば 鳥肌が総立ち、心がざわめき。吐き気が催し。感じ方や捉え方の違いでしかないのだろうが、直に入った時の嫌悪感は半端ではない。

 そう。

 一番分かりやすい現実と非現実の境目が、博識の目の前にあった。

 

「うぅ……!」

 

 込み上げてくる悪寒を手で塞ぐ。しかし、駆け上がるぐちゃりとした感触に、膨れ上がった吐き気に耐え切れずその場で嘔吐した。

 

「お、おい兄ちゃん。大丈夫か?」

 

「あんまり見るもんじゃねえ」

 

 老人たちに引っ張られて離れた場所に腰を落とす。

 激しい虚脱感の中、あれがかつての友人だったと、今朝まで喜怒哀楽を表現していた人間だと思いたくない。思い出すたびに猛烈な

 

「ひでぇ……。ヒトの形を成してねえ」

 

 細かく弾けとんだそれは拳大となって部屋に四散している。

 ピチャリ。

 ピチャリ。

 掻き集めればヒト一人なるかどうかすら分からない。

 だが実行する勇気も気力もない。一見しただけで嘔吐し、口の周り涎だか汚物だか分からない物塗れにする様だ。

 震える手を見れば真っ赤。手の中にはぶよぶよとした感触。まるで脈打っているようで、滴る液体を辿ればいくらでも滲み出てくるぶつ切りにされた筋の塊。

 想像するだけで胃の中が掻き回される。

 ピチャリ。

 ピチャリ。

 

「――ッッ!」

 

 ハッと、激痛にも似た感覚から再び手に眼をやる。

 もちろん、そんなものはない。全ては現実逃避からくる幻覚だと――そう信じたかった。

 項垂れる頭を上げれば、真の現実がそこにある。頭を上げずとも、充満し溢れてきた生臭さが嫌でも現実を思い出させる。真っ赤に染まってて、無事はなくて、悲痛な感情ばかりが湧き上がる。

 友人が死んだのだ。

 博識が誘わなければ平凡な夏休みを過ごしたに違いない。海に行ったり友人と馬鹿したりと、ささやかだが平凡な幸せを、何気なく誘われた手伝いの先で、もう奪ってしまった。

 自己嫌悪と絶望が最悪のコンディションをさらにどん底に突き落としていった。

 

「あれ? 何ゲロってるの博識」

 

「は?」

 

 すっとんきょな声が聞いて、そして発してしまった。

 生きていた。

 無事だった。

 肉片にはなっていない。

 五体満足の、大貴がそこにいてくれた。

 

「うお、血塗れじゃん。くそ、間に合わなかったか――!」

 

 よろよろと立ち上がって近寄り、しかし汚物塗れの博識を嫌がって距離を取ろうとする大貴の服を掴む。

 

「勝手に生き返ってくるんじゃねーーーーーーーーー!!!!」

 

「ええええええええええええええ~~~~~~~~~!!!!」

 

 そして感動よりも勝った怒りのままに胸倉を取った。

 

「ゾンビかと思ったじゃねえか何死んでるんだよ何生き返ってるんだよつか生きてるんならそう言えよ」

 

「その言葉お前のキャラじゃないし、そんなに立て続けに言うなよ」

 

「だって、交番が大惨事でお前が巻き込まれたって言うから」

 

 見れば、大貴の身体に変わったところはない。怪我らしい怪我もなく、引っ張っている服も破けたりしていない。巻き込まれたどころか、真夏のランニングでもしてきたと思わせるほどびっしょりと汗を掻いてるだけ。

 考えてみれば、そこにあるモノは掻き集めても一人分になるかどうか。巻き込まれたということを考えれば、最低でも二人分はなければならず、そして掻き集めれば一人分以上にはなるはずだ。

 

「あそこで死んだのは村の外から紛れ込んできた一人だけだよ。駐在所にいた警察の爺さんはどうにか逃げられたみたいだし、大方どこかで治療してるんだろうな。そこから知れ渡って、お前のとこにも来たんだろ」

 

「一人だけ。そっか、そういえば足りないよな。あんなに血が――」

 

「逃げられたっつても、俺も警察の爺さんも怪我してたからな。でも大変だったんだぜ。こう、腕がざっくり裂けて血がドヴァってさ。まぁ戻ってくる途中で直したけど」

 

 そう大貴は肘から手首までを指でなぞる。

 薄っすらと糸のような痕は残っているが、言われなければ気付かないほど治癒されていた。

 先程までの反動か、無事だった安堵からか、叩き起こしたばかりの腰が砕けて尻餅をつく。

 

「そっか。よかっ……たわけじゃないか。でもいままでどこにいたんだ?」

 

「ああ、それはな――」

 

「このヒトがこの村の人間ではないからですよ」

 

 振り向いた先で、新たな花火を挟まれて、美しいとさえ思うほど淫靡な赤に染まったアヤツがいた。

 

「な、あ……ア、アヤツ……?」

 

「でやがったな」

 

「あら、もう戻ってこられたのですか? 終わったから良いものの、巻き込まれないよう二日三日掛かる山奥に送って差し上げたのに」

 

 これだから陰陽師というのは厄介で仕方ないですね、と溜息を漏らす。

 

「終わっただと?!」

 

「ええ。このお二人で終わりです。あとは閉幕を飾れば良いだけです」

 

 双方を見る戸惑う博識を尻目に、方やくすくすと微笑み、方やキッと睨みつける。

 今まで見たことも感じたこともない緊迫した雰囲気に困惑だけが増していく。そんな博識が震えていることに最初に気付いたのは、他でもないアヤツだった。

 

「博識様。怖がらせて申し訳ございません。何とぞ私を――」

 

 アヤツがゆっくりと近づく。

 その表情は酷く悲しそうで、懇願するように伸ばしてくる手は血塗れだというのにとても弱々しく見てた。まるで怯えた子供のようだ。

 しかし、手と手が結びつくことはなかった。

 遮ったのは、彼の前に立った大貴だった。

 

「俺の一般ピープルなダチに近づこうとするじゃねえよ」

 

「今ここで貴方様と争う気はございません。いえ、今だけでなく今後でもあり、むしろここで幕引きを行わなければ、どうなるかは私にも分かりません」

 

「なら、俺が幕引きしてやるよ!」

 

 指を鳴らすと、大貴の周りに赤く発色する光が空間を走る。

 描き出される幾何学模様。幾つもの図形の縁には梵字が飾られ、魔法陣は宿した力の意味が発揮しだす。ジリジリと焼け付く熱量を放ちながら輝きを増す模様は、力を発揮できないまま砕け散った。

 

「ッ?!」

 

「ふふ」

 

 魔法陣を貫いたのは、しなやかな四つの紐だった。

 白衣の袖から左右二つずつ伸びるそれは触手を思わせ、先端の鋭利な矛で四散した光を切り刻む。障害を取り除き、アヤツを取り巻くように戻っていく中、一本が大きくしなると切先を振り上げ、大貴の腕を撫でるように切り裂いた。

 

「これで二度目。殺しはしません、というより殺せません。ですが、これ以上邪魔をされると困りますので、申し訳ございませんが、今度は四肢に加えて腱も断ち切らせて貰います」

 

 そこは、なぞって見せた直したばかりの箇所だ。

 屈辱の一撃を受け、大貴はニヤリを笑みを浮かべた。

 

「そうだ。二度目だ。同じ手を使うはずがないだろ!」

 

 鮮血を撒き散らしながら腕を振るうと、四散した光が集束。先程よりも二周りほど小回りな模様が、より力強い輝きを灯す。

 焦りも動じもせず、アヤツは紐の一つをシュッという音と共に放つ。

 再び砕かれるかと思った魔法陣は、ところが爆音を鳴らしたのは紐の切先だった。連鎖するように他の三つも爆発する。パチパチと燃えカスが残る紐を見つめ、アヤツはボソリと呟く。

 

「あの陣は私に壊される前提でしたか。構成した陣の魔力に時限術式を組み込み、こちらの兵装を破壊することが本命と」

 

「一見してネタバレかよ」

 

「魔術としては初歩の初歩でしょうが、お見事です」

 

「褒められる筋合いはねえよ。けど、そのペーペーにしてやられたんだ。これで手段がなくなったな」

 

 まさか、と不敵に笑うと、アヤツは両手を軽く叩く。

 たったそれだけで、輝いていた模様は消滅した。ゆらりと舞い上がる紐の先端に矛が蘇る。

 まるで、そんな事実は存在してなかったかのように――。

 何が起きたのか。何も知らない博識は当然のこと、直接交えていた大貴にすら分かっていない。ただただ、眼を見開いて、いま生じた現象に驚愕するばかりだった。 

 

「では、貴方様には退場して頂きます。少々苦痛を伴うかもしれませんが、そればかりは我慢して下さい」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 ようやく我に返った博識が声を上げる。

 が、二人は緊迫したまま視線だけを向けた。

 

「一体なにがどうなっているんだ?! 大貴が巻き込まれてなくて、でも人が死んでいて、でもアヤツが血塗れで、二人が何で――!」

 

――殺し合っている。

 そう続けるはずだった言葉が、パクパクと開いた口から出てこない。そのまま続けたら、何か取り返しのつかないような気がした。

 水を差され、先に矛を収めたのは、やはりアヤツだった。

 

「どうやら少し急かしてしまったようです。博識様、落ち着きましたら、この村の伝承をお調べ下さい。そうすれば、事の顛末も、貴方様がすべき事も理解して頂けるでしょう」

 

 数歩、アヤツは踵を返さずに後ずさる。

 

「――今晩、丑三つ時にまたお伺い致します。その時に、閉幕を」

 

 両手を沿え、送り迎える婦人のように深くお辞儀すると、陽炎のようにスッと消えた。

 蒸せる血の臭い。打つ捨てられた二つの亡骸。

 平穏な村の中で起きた狂気の現場で、ポツリと博識は呟く。

 

「なぁ大貴。今、この村は何が起きているんだ?!」

 かつて集落だったこの場所は、罪人達の溜まり場だった。

 殺人。傷害。脅迫。強盗。誘拐。窃盗。放火。内乱。

 重い軽い関係なく、誰もが何かしらの罪を犯し、刑罰から逃げ出した彼らが行き着き作り出したのが慧閑村。自らの欲望もしくは偶然によって失った居場所を、自分と同じ類の人間が集まることで罪を平等にあるものとして確立させたのである。

 だが、それで心までは逃げられたわけではなかった。朝目覚め、朝食を作り、仕事に勤しみ、仲間と語らい、夕飯を取り、夜眠る。平凡と平穏が重なったサイクルの中で、ふいに映し出される罪の影に怯える。

 身を隠すことで得た平穏が、自分の過去という罪を思い出させる。

 故に、彼らは自分の贖罪を語り、作り出した。

 架空の超越者によって架空の殺戮をでっち上げ、都合よく外から現れた架空の救済者によって事件を幕を下ろす。

 これにより物語は完結。死は得た。罪は償った。罪と罰による帳消し。これより先は全うである。信じ込み、住民たちは実在の精神をしこりを取り払った。

 そうして三百年以上、この村は存続してきた。

 

「これがこの村の正体ねぇ。古そうなとこだから民話の一つや二つあるとは思ってたけど、まさか自分たちで偽造するか」

 

 止めることも防ぐことも何もできず、とりあえず帰宅した二人は何をするわけでもなく、無駄に時間を浪費していた。正確に言えば博識がだ。大貴は“痛い疲れた”とだけ言って適当に手当てを済ますと寝転んでしまった。

 

「だから、なんだっていうんだ? ただの作り話だろ」

 

 博識はどんよりとした気分で吐き捨てるように言う。

 とりあえず、帰宅した二人は何をするわけでもなく、無駄に時間を浪費していた。正確に言えば博識がだ。大貴は“痛い疲れた”とだけ言って適当に手当てを済ますと寝転んでしまった。

 その間、博識は何もしなかった。

 調べることも、休むことも、アヤツを探すことも。

 気付けば腹を空かせたのか、眠っていた大貴が起きてきた。

 外は――ひぐらしが鳴く夕方だ。

 

「史実を素にした作り話ってのは、事実をアドベンチャー風にまとめたりとか、そうであってほしいとか、どこかしら願望が混じってるもんだ。神話や伝承、宗教ってのが一番分かりやすいだろ。ほら、世界創世だとか英雄憚とか」

 

 もう中二病の類だけどな、と大貴は気軽に答えてくる。

 その手には、どこで見つけてきたのか古い本が一冊。表紙の所々を虫に食われ、痛んだ紙に書かれた流暢な字は曾祖母の筆跡ではない。それよりも以前に、曾祖母ではない他が書かれたものだろう。

 

「そういう物語に出てくる伝説の武具とか現象ってのは、やろうと思えば再現できるらしいんだ。物事に込められた想いの強さが魔術の能力に比例するっていう連中もいてよ。込められた想いを言霊によって増幅するとか何とか。」

 

 普段と変わらない口調と雰囲気。

 

「例えるならそうだな、光か。普段一般的に使われている魔術は数字で出力計算されてビームみたいに放つけど、そいつらの場合は、光にまつわる伝承を言霊で再現して放つ、て言えばいいのか? あ、俺は違うから前者ね前者。梵字を記号に置き換えて配列計算することで魔力をぶっ放してるだけ」

 

 だからこそ、いま陥っている状態が対照的過ぎて、彼は違う人間なのだと思い知られる。

 

「能力者ってのは……皆そうなのか?」

 

「は?」

 

「お前らはああいう状況に陥っても、平然としてられるんだなって思ってさ」

 

 どこか嫌味を含めていると自分でも感じられるが、重々しく言葉を放つ。

 が、大貴はそんなものどこ吹く風と腕を組んで首を傾げた。

 

「覚悟とか決意とか、そういうものじゃね。昔からある古い家系ってのはそれが当然だとしてるから多少のことじゃ動じないだろうし。俺は気にするのやめた。一々死体見てキョドっていたら仕事にならないから。まぁ、最初は博識みたいになったけどな」

 

 ハッハッハッ、と笑い声が響く。

 学生として馬鹿ばかりする仲だった大貴が、とても大きく見える。博識が知るどんな大人よりも肝が据わっていて、感情的になりながら状況をしっかりと把握している。その豹変振りに恐怖さえした。

 しかし、大貴は根本的には変わりはしていなかった。

 そのことだけで、どこか心が救われた気がした。

 んでだ、と彼は話を戻す。

 

「伝承の中にあるモノは再現できる。けど、今回は伝承にいた人物が再現された」

 

「? できないのか?」

 

「規模が違うって。神様や英雄様を具現化できたら、大洪水とか火山大噴火までできちまう。まぁ何万人集まろうとできない……というかして欲しくない」

 

「でも、精霊はどうなんだ? 耳が獣だったりピンと伸びてたりする人もいるって聞いたあるし、それだって物語の人物の話だろ」

 

「亜人は世界合併現象でやってきた異邦人だからノーカン。精霊は伝承というより、元から存在するからなぁ。偶像崇拝より以前にいた、形のない存在だから信仰もクソもなく、あれらは実在することができる。人前に出てくるってのは、それはそれで稀だけどな」

 

「いやお前、アヤツは――」

 

「あ~。あれは俺も勘違いしてたってことで一つ。だって今まで見たことなかったし」

 

「見たことないのに“――は? どう見ても精霊だろ”って言っただろ。それにお前、その本どこから見つけた?」

 

「棚にあった本を適当に選んで枕代わりにしてたらそれがあった」

 

「その部屋、お前に片付け任せたとこだったよな?」

 

「功を奏したじゃないか」

 

 またも適当に笑って誤魔化した。

 

「けど、大筋は分かったが肝心の策が見出せねえな。ただ外からやってきた奴が倒しました、てだけじゃどうしようもねえよ」

 

「あの槍はお前の魔法すらも砕いて、手を叩いただけで消し去ったからな。問題は、どうやって倒すかよりは戦うかだな。当然倒す手段も必要だけどさ。不意打ちは、やっぱり無理か?」

 

 必殺の一撃を用意できたとしても、ただ放てばいい話ではない。対峙すれば戦うことになり、戦うことになれば当然対抗手段が必要となってくる。決め手を放つのは

 知り合い同士が殺し合うのは口に出し、考えるだけで悪寒が走る。

 許容すべき話題だが、自ら口にしつつも未だ葛藤は続いている。できるのならば避けて欲しいが、事態は記述どおり最悪の終わりを迎えようとしている。避ける避けないの話ではなくなっている。

 ならば、踏み込むしかない。

 

「問題はそこじゃねえ」

 

 だが、踏み込んだ足は即座に一蹴された。

 

「たぶんだけど、殺そうと思えば首を絞めたり刎ねれば死ぬだろうな。けど、肝心の幕引き役にアヤツはお前を選んだ。つまり、アヤツは俊加博識に殺されたがっているんじゃね?」

 夕陽に染まる慧閑村。

 山々に囲まれた美しい村に、小さく盛り上がった丘が一つ。

 一切全てが同じ色に染まる中、それだけがどす黒い影を村に落とし込めていた。

 数にして百余りの木々に、左右から帯びる枝。赤く淀んだ樹液が枝を幹を伝わって、黄金色に染まる大地を侵食していく。腐る大地と豊満な枝木に誘われて蛆虫が這い寄る。

 できあがったのはつい先程。

 積みあがったのはつい出来心。

 

「博識様――」

 

 愛おしい恋人を呼ぶように、アヤツは悲しく呟く。

 

「私はここにおります……」

 

 丘を見上げて自らが行った業に涙する。

 罪なら重ねた。罪を重ねた。

 眼に見える形で。怒り狂う形で。

 これを見た彼は恐怖するだろうか。それとも激怒するだろうか。駆り立てた激情に任せて首を絞めてくるだろうか。それとも包丁を突き立てるだろうか。お前の存在自体が狂っているのだと言いながら死へと誘ってくれるだろうか。

 

「物語に――閉幕を――」

 

 少女は自らの死を望み、少年を待つ。


 
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