No.481367

混沌王は異界の力を求める 7

布津さん

第7話 訓練

2012-09-08 17:53:34 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:10537   閲覧ユーザー数:10198

「あっ! 戻ってきた!」

 

人修羅がアマラ深界から、四人の悪魔を引き連れて機動六課本部へ戻ってくると、既に訓練場は、荒野から都市へ変化しており、空中にいるバリアジャケット姿のなのはが出迎えた。

訓練場の中心では先のような試合ではなく、新人フォワード達がなのはの管理下の元、早朝訓練を行っていた。

 

「えっと、そっちの人たちが?」

 

「ああ、そうだ」

 

「へぇ、じゃあ、ちょっと待っててくれるかな」

 

言ってなのはは、四人の悪魔の前に浮遊すると、先頭に居たメルキセデクの額に、起動状態のレイジングハートを向けた。

 

「レイジングハート」

 

【All right】

 

レイジングハートから淡い桃色の光が溢れ、メルキセデクを包んだ。

 

「あの…お嬢さんこれはいったい?」

 

光から開放されたメルキセデクは今度はオーディンへレイジングハートを向けているなのはに尋ねた。

 

「ん、簡易的な非殺傷設定をかけてるんだよ、まぁ、あくまで簡易的だから、後でちゃんとしたのを受けてもらわなきゃいけないんだけどね」

 

そう言ってなのはは、だいそうじょう、セトにも順々にかけていく。

 

「主、非殺傷設定とは何ですか?」

 

「簡単に言って、肉体にダメージを与えない術」

 

「それが今私たちに?」

 

「ああ」

 

非殺傷設定を悪魔達にかけ終えたなのはは、人修羅達から訓練場の新人フォワードたちに向き直った。

 

「はい!せいれ~つ」

 

空から訓練場に響くなのはの声に、ハイッ!と返事を返し、四人の新人フォワード陣がなのはの前に並んだ、皆が今までの激しい訓練のため全身は土埃に塗れ、肩で息をしていた、キャロの足元にいる彼女の白銀の龍フリードリッヒも同様である。

 

「じゃあ、本日の早朝訓練ラスト一本、皆まだがんばれる?」

 

なのはの問いに四人は同時に、ハイッ!と即答した。

 

「じゃあ今日は、シュートリベイションじゃなくて、人修羅さんの仲間の悪魔さんたちに特訓してもらおうか」

 

そのなのはの言葉に一同は、なのはの背後で壁に背を預けている人修羅と四人の悪魔へ目を向けた。

人修羅は四人の視線を感じたのか、四人の悪魔を連れて歩いてきた。

 

人修羅は四人の前にたどり着くと、一度新人フォワード達を見回し、空中のなのはに問いかけた

 

「悪魔と戦う術をこいつ等に教えろというが、こいつ等は実際に悪魔と戦ったことは?」

 

「一応前線で戦ったこと…っていうより接触…かな、あの大きい蠅の悪魔と」

 

ベルゼブブだけかぁ……人修羅はなのは言葉に、知らず知らずのうちに苦笑いの表情を作っていた

 

悪魔との接触、その程度だったら悪魔との戦闘経験は無いに等しい。人修羅は四人に向き直る。

 

「それじゃ、とりあえず紹介はしておこうか、おいお前等、とりあえず名前と誰に付くか言っとけ」

 

人修羅の言葉に、彼の背後で今まで黙っていた四人の悪魔達が彼の背後から前に出た。

「初めまして皆さん、私は大天使メルキセデク、スバル・ナカジマに付くように言われました。よろしくお願いしますね」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

スバルが勢い良く頷く、その顔に既に疲労は張り付いていない。

 

「我は魔神オーディンだ、貴様がエリオ・モンディアルか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

エリオも同様に頷く、やはり彼も顔に疲労は残っていない。

 

「お若いの、ワシは名を魔人だいそうじょうという、汝がティアナ・ランスターか、ワシは銃術は扱えんが妨害術で汝の指導を勤めることになった、一つよろしく頼もう」

 

「…こちらこそよろしくお願いします」

 

次のティアナは、布で顔を隠しただいそうじょうに不審そうな眼を向けたが、すぐに気にしなくなった。

 

そして最後に、セトがキャロの前に立ち、名乗った。

 

「オ前ガ…キャロ・ル・ルシエカ…我ハ邪神セト…。我ガ主カラ…貴様ノ教導役ヲ…仰セツカッタ…」

 

「えっと…はい、よろしく…お願いします、セト…さん」

 

フリードよりも遥かに巨大な黒龍に、明らかに脅えながらも、何とかセトの名乗りに応じた。

 

そんな空気など気にしない人修羅は言った。

 

「それじゃ、俺がお前等に教える訓練方法だけどな、俺が召喚したこいつらをお前等と戦わせる」

 

人修羅の言葉に一同の間に不安とざわめきが走る。

 

「ああ、別にこいつ等を倒せって訳じゃないさ、本気のこいつ等と当たったら普通の人間だったら即死だからな」

 

比喩ではない、一般人が通常世界で本気の上級悪魔に遭遇したら、一瞬で消し炭になる。

 

「こいつ等からの攻撃から可能な限り逃げ延びろ、制限時間は俺が終了と言ったときだ」

 

勿論手加減はさせるが

 

そのとき小さな手が上がった、エリオだ。

 

「人修羅教官、一ついいですか?」

 

「なんだ?」

 

自分のことを既に教官と呼び出しているエリオに人修羅は内心、苦笑いを浮かべながら返した。

 

「彼等には可能なら反撃、もしくは撃破してしまっても良いですか?」

 

エリオの質問に人修羅は笑みの形を作ると言った。

 

「ああ、やってみろ、できたらあんたの実力は既に隊長達に追いついてる」

 

人修羅の言葉に一同の顔に緊張が走る。

 

「よし、今から一分後に開始だ全員準備しろ」

 

その言葉とともに一同は人修羅と仲魔達から数十メートルほど一気に距離を取り臨戦態勢をとる。スバルとエリオはそれぞれの得物を構え、ティアナは後方に下がり、キャロは巨大化したフリードに乗り空中に居た。

 

(主よ)

 

新人フォワード陣が距離を取った瞬間に、メルキセデクが人修羅に、悪魔が時折使う話法の、脳話とでもいうべきもので話しかけてきた。

 

(基本戦術はいつもどうりの、見的圧殺で構いませんか?)

 

(一人に対して四人がかりで圧殺するあれはやめろ、あいつ等の心が砕け散るだろうが。あと敵だ、的じゃ無え)

 

(デハ…如何スルト…?)

 

(各個撃破が不可というのであれば、我等にどう()れと?)

 

セトやオーディン、だいそうじょうも脳話に加わって来た。

 

(あー、とりあえず今日は、全員一対一で遊んでやれ、出来ればあいつ等が合流できなければ、なお良い)

 

(なるほど、(すなわ)ち人修羅殿は、四対四ではなく、一体一を四回行えと、そういう指示か)

 

(簡単に言えばそうだな。あたりまえだが一分二分で落とすなよ? せいぜい六分過ぎたぐらいからな)

 

(御意に)

 

(了解しました、我が主)

 

脳話を終え人修羅は、こちらを鋭い眼で見ている新人フォワード達に見えるように、右手を低く上げた。

 

「よし、それじゃ…」

 

人修羅は視界の端に、なのはが安全圏まで下がっているのを確認すると、一気に右手を振り下ろした。

 

「開始だッ!!」

 

始めに動いたのはメルキセデクだった、彼は開始直後に他の仲魔達を置き去りにして、一気に自分の担当であるスバルへ発進した。

「スバル! あの突っ込んで来るの止められる?」

 

ティアナはこちらへ物凄い速度で滑走してくる、大天使を見てスバルに問うた。

 

「うん、だいじょーぶだよ!」

 

いつもどうりにスバルは返事を返し、前に出てくれた。実際にあのメルキセデクと名乗った悪魔はなのは隊長やヴィータ副隊長よりも遅く、今の自分でも充分に対応できるものだった、自身よりも反応速度の速いスバルだったら確実に止められるし、一人だけ前に出たメルキセデクを皆で囲むこともできる、とティアナは判断していた。しかしティアナのそのメルキセデクに対する認識は、一瞬後に覆った。

メルキセデクの姿がいきなり消失したのだ。

 

『スクカジャ』

 

「!?」

 

土埃の起こりかたから彼がこちらに加速してきたのは分かる、だが姿が見えない。

そのとき彼女は、自身のすぐ右横を何かが物凄い速度で通り抜けていくのを感じた。咄嗟(とっさ)に背後に視線を走らせると、そこには先ほどまで数十メートルも離れていたメルキセデクの姿があった。彼は右手を拳の形でスバルの背後にあった建物へ突き出しており、

丁度、加速からの打撃直後のような体勢だった。

 

「Destruction!!」(ブッ潰れろ!!)

 

メルキセデクが何かを叫んだ、その瞬間、彼が拳を向けていたビルが一瞬で倒砕した。

建物全体がメルキセデクの一撃で、均等にその全てが砕けたのだ。

 

『ミサイルパンチ』

 

「え……?」

 

轟音を立てて崩れ落ちる建物に、その正面に立っていたスバルは勿論、周囲にいたティアナやエリオも、その光景に眼を取られた。目の前で起こっていることが、理解は出来ても、把握ができなかったのだ。彼女達は後方の大天使や後続から来る正面の悪魔達から眼を離した。

 

「Are you ready?」(準備はできてますか?)

 

メルキセデクが声と共にスバルへ疾駆した。呆けていたスバルは自身に向けられた敵意に、意識を呼び戻した。だが意識は間に合っても行動は間に合わなかった。メルキセデクがスバルの脚を下段の蹴りではらった。

 

「うわっ…と」

 

とっさに右手から受身を取ることには成功したスバル。このときにやっと彼女を除くフォワード陣は、自分達がメルキセデクに攻撃されたことに理解が追いついた。

 

「セデク、それは妖精女王の決め台詞ではないのか?」

 

いつの間にか追いついた後続のオーディンがメルキセデクへ言った。

 

「おっと、そうでしたねオーディン。彼女の台詞でしたね」

 

大天使は建物一つを倒砕した右手をふりながら、魔神に応じた。

(挟まれた…!)

 

ティアナは上位悪魔達に包囲されていながらも思考を走らせていた。

 

(一対一で戦っても勝ち目は無いわね…)

 

ティアナは自身達の周囲に居る悪魔をそれぞれ見回した。彼等は何か白熱する話題でもあったのか、新人達そっちのけで、ヒートアップし続ける会話に酔いしれていた。

 

「私だって何か決め台詞がほしいですよ、貴方だってよく攻撃のときとかに、Dieって言ってるじゃないですか」

 

「アレは既にトールに取られた、今では我ではなく奴の代名詞と化している」

 

「自身ノ子息ニ…競リ合イデ負ケタノカ…オ前ハ…主神ノ名ガ泣クゾ…。ソレニ…セデクヨ…貴様モ先ホド…Destructionト…吼エテイタダロウ」

 

(やかま)しいです、あんな台詞インパクトにかけます。印象に残らないでしょうが」

 

背後に立つメルキセデク、正面に立つオーディン、そして付近のビルの屋上からこちらを見下ろしているセト。

 

(やっぱり、あいつが居ないわね…)

 

自身の担当だという、あのだいそうじょうという悪魔の姿がやはり見当たらない。

 

(何やってるか知らないけど、一人足りないなら好都合だわ…)

 

行動は決まった、幸さいわ))い悪魔達は、未だ雑談に夢中で、こちらを気にしている様子は一切無い。

 

(スバル!背後にいる奴、お願い!)

 

スバルの方を向くこと無く、念話でスバルへ指示を飛ばす。それに対しスバルは、返事を返すのも惜しいと言うように、明後日の方向を向いているメルキセデクへ、一直線で向かった。

ティアナは、スバルの突貫力を高くかっていた。メルキセデクは今、自身が先ほど砕いたビルの残骸に囲まれており、左右への退避が難しい状態にあった。スバルの突貫力ならばあの悪魔は防御、もしくは上空への退避を行うとティアナは予測した。どちらにしても地空両方へ対応できるエリオに、追撃を行ってもらえば、メルキセデクを撃破可能と考えていた。正面にいるオーディンとセトに背を向ける形になるが、自分とキャロが対せば良いだけと、ティアナは考えていた。

 

それらを予測し、ティアナはエリオにも指示を出そうとした、そのとき、

 

「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」

 

突然、別方向から悲鳴が上がった。

 

「ッ!?」

 

ティアナは急ぎそちらを見た、上空で待機していたはずのキャロが、セトの青白いブレスで吹き飛ばされているのを。

 

『砂漠の風』

 

「先ニユク…」

 

短く、それだけセトは言い、羽ばたき一つで自身がとまっていたビルを砕くと、遠方へ吹き飛ばした白龍の影を追った。

メルキセデクは見た、自身に向かって来ていた少女が、背後で上がった悲鳴に気をとられ、背後を振り向いているのを。

 

「戦闘中に余所見ですか?」

 

大天使の声にスバルが慌ててメルキセデクへ向き直るが、それを待たずにメルキセデクはスバルへ手を伸ばす。

 

「よっ…と」

 

メルキセデクは突き出されていたスバルの拳を、絡めとるように押さえた。

 

「ぐぅ…!」

 

スバルの顔が、間接を無理に押さえつけられた痛みに歪むが、メルキセデクは気にせずに、彼女の腹部に膝をあてると、そのまま後方へ一気に投げ飛ばした。

 

『真空投げ』

 

先ほどメルキセデクがビルを砕いたのは、別に陽動の為ではない、人修羅に命じられた一対一を演じるために、離しやすいよう邪魔だった建物を砕いただけで、それが陽動となったのは副次的なことでしかなかった。

 

「んじゃ、私も行きます」

 

腕を無理に捻ったが、脱臼くらいはしたかな?まぁあの((娘()も格闘師なら軟体運動はしてますよね、などとメルキセデクは、一応レベルでスバルの身を案じながら、飛び去った。

 

「スバルさん! っく…このっ! ストラーダッ!!」

 

【All right】

 

エリオがメルキセデクの動きに気付き、飛び立ったメルキセデクの背に、ストラーダによる突撃を仕掛けようと加速する、だが。

 

「かっ!? ぐっ…ぇ…!?」

 

ブーストをかけ空中に跳びだした直後、エリオは前方に加速する事無く、何かに喉を絞められ呼吸が出来なくなった。硬くなった首を何とか動かし、自分の首元に眼を向けると、服の襟元が絞まっており、自身の喉を塞いでいるのが眼に入った。

 

「少年、何処へ行くつもりだ?」

 

エリオは自身の背後からオーディンの声が聞こえたのを耳鳴りのする耳で何とか聞き取った。オーディンはエリオの襟裏に神槍の石突(いしづき)を引っ掛け、エリオの加速を無理やり止めており、その結果エリオは首を絞められ呼吸困難になったのだ。

 

「貴様の相手は我がする事になっているのだ、逃げられては困る」

 

「スト…ア…ダ」

 

【Master!?】

 

エリオは、未だにブーストを続けていたストラーダに声を絞り出し何とか呼びかけ、ブーストを停止させる。半酸欠状態になっても自分の武器を手放さなかったのは、賞賛できることかもしれない。

 

「ふむ…」

 

ストラーダのブーストが停止したのを見て、オーディンは無造作にグングニルをふり、石突に引っ掛かったままのエリオを振るい落とす。

 

「うぁ! …ゲホッ…ゲホッ…」

 

「ふむ、メルキセデクの蛮行に気をとられ、後方の我に気が付かなかったと見える」

 

膝をつき咳き込むエリオの頭に手を置きながら、オーディンはまるで他人事のように言った。

 

「くっ……!」

 

「そう睨むな、少し遊んだだけだろう? まあ良い、未だ一分も経過していないのだ、まだ付き合ってもらうぞ」

 

そう言ってオーディンは頭に置いていた手を光らせ、短く唱えた。

 

『トフラーリ』

 

瞬間、エリオとオーディンの姿が消失した。

 

「嘘…でしょ…」

 

そしてその場には、ティアナだけが一人残された。制限時間はまだ一分を経過していない。

「ハアッ ハアッ」

 

スバルは必死に街中を駆け、ビルの谷間を抜け、背後から迫る大天使から逃走していた。

 

「ック!ウイングロード!」

 

自身の魔法で、空中に青光の道を出現させ、空を駆ける。

 

「ハハハハッ!まだ逃げるんですかぁ?」

 

先ほど、スバルが抜けたばかりの二本のビルが轟音と衝撃と共に倒壊した。

 

「さっきまでの威勢の良さは何処に行ったんでしょうねぇ」

 

メルキセデクは砂埃を引きつれ、ビルを破壊した双腕を振るいながら、先を逃げるスバルの背を探した。

 

「はぁ、また上に行きますか」

 

大天使が背に付いた鋼の双翼を羽ばたかせ、砂塵を撒き散らしながら、空を行くスバルを追う。

逃避するスバルの脳内に、最早(もはや)反撃や迎撃などという考えは微塵も浮かばなかった。サポートしてくれる仲間もおらず、長年の付き合いのティアナも居ない状況下で、大型の建物を一撃で破砕し続けるあの大天使に、たった一人で立ち向かうというのは、未熟な今のスバルには到底不可能だった。

 

「ほらほらお嬢さん、足が(わら)のようですよ?」

 

いつ追いついたのか、左側に現れたメルキセデクがスバルの足を払う。ウイングロードから落下することは何とか逃れたものの、スバルは受身も取れずに無様に転ぶ、だが直ぐに立ち上がり逃走を再開する。

 

「やれやれ、打ち合うのは得意ですが追うのは苦手なんですがねぇ。主も面倒な指示を言いますねぇ…まだ三分ですか」

 

メルキセデクがやれやれと、深くため息を付くと、もう何度目になるかも分からない追跡を始めた。

 

(スバル!聞こえてる!?スバル!!)

 

ティアナからスバルへ念話が入るが、スバルは息荒く逃げるだけでティアナには答えない。いや実際にはティアナの声など聞こえていないのだ。ティアナもスバルも、勿論エリオもキャロも念話を使い、何とか誰かと合流しようとしていたのだが。

 

(―――仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時―――)

 

いくら念話を繋げようと思っても、入ってくる音は謎の文字の羅列のみで、分散させられたフォワード陣は互いの位置すらつかめないでいた。

キャロとフリードは空中を高速で飛びまわっていた。

 

「フリードッ! 上に!」

 

白龍に短く指示を出し上空へ上がらせる、その一瞬後に今までフリードの居た位置を衝撃の刃が通過していった。

 

『ザンマ』

 

風刃をかわしたフリードを見て、セトは思わず言った。

 

「マダ…抗ウカ…」

 

ぼそりと呟いた黒の大龍は、双翼を強く撓らせ、フリードへ体当たりを仕掛けた。

 

「避けて!!」

 

悲鳴に近い声で、キャロはフリードに指示を出した。

 

「フリード! がんばって!」

 

高速移動を続けるフリードを激励し、キャロは背後から迫る大黒龍を見た。

 

(怖い…)

 

キャロは純粋にそう感じた。以前に自然保護隊に所属していたころには鳥獣は勿論、魚類や大型の爬虫類もキャロにとっては友達だった。キャロは戦いに対して恐怖心は(いだ)くことはあっても、生き物に対して恐怖心を抱くという経験が無かった。

だが今背後から高速で迫ってくる黒龍からは、恐怖しか感じられなかった。フリードよりも攻撃的で凶悪なその姿も怖かったが、

なにより、こちらを見るあの黄金の眼が嫌だった。

 

「また来た! フリードッ!」

 

再び放たれた風刃を寸でのところで回避する。まだ開始から五分しかたっていないが既にキャロの精神は限界に近かった。

 

「次ハ…当テル…」

 

背後から微かに聞こえたその声と風の収束する音から逃れようと、キャロとフリードは、さらに加速した。

「うあっ!」

 

「どうした、この程度か?」

 

オーディンは手に持つ神槍の石突で、突撃してきたエリオを跳ね飛ばしていた。

 

「くそっ!」

 

「ふむ…速度は良し、バランスも取れている。だが如何(いかん)せん技のバリエーションに欠けているな、どうも」

 

戦闘中であるにも関わらず、槍から手を離し腕組みをして考え込みだしたオーディンに、エリオは迷う事無くストラーダの穂先を向け、突撃した。

 

「ぐっ! …このっ!」

 

「狙いが変わらぬ、実に弾きやすい。まぁ貴様の歳では仕方の無いことか」

 

有ろう事か、オーディンは足指で神槍を操り、エリオの攻撃をいなし始めた。

エリオの突撃槍(ランス)型デバイスであるストラーダは、近接戦闘で用いる場合、大振りな、振り回すような攻撃しか出来ないように出来ている。

対し、オーディンの扱うグングニルは突撃槍(ランス)ではなく長槍(スピア)だ。

長槍とは、穂先で突き、柄で殴り、石突で穿つ、取り回しに優れた武器だ、突撃槍と長槍ではどうしても、手数の違いが生まれてくる。

 

「そら、脇が甘い」

 

オーディンは、やっと手に持ち直したグングニルの穂先で、エリオのストラーダを弾き、その一瞬でエリオの脇腹に柄で殴りつけた。

 

「かふっ…!」

 

苦痛の呻きではなく、空気の抜けるような声を上げ、エリオは壁に叩きつけられた。

 

「っつぅ…!」

 

ふらつきながらも立ち上がったエリオに、オーディンは思わず関心の声を上げた。

 

「ほぉ、まだ立てるか、普通であれば骨折は免れん一撃なのだがな…非殺傷設定とは面妖なものだな」

 

そう言ってオーディンは神槍を持ち直し、構える。

 

「幸いまだ時間は充分にある、まぁ貴様には時間が有ろうが無かろうが大して変わらんか、今の貴様では我に一撃すら、不可能だろう」

 

オーディンの挑発にエリオは勿論答える。

 

「ストラーダッ!!」

 

【Onrush attack!】

 

加速を乗せ、何度目になるかわからない突撃を、槍を構え哂うオーディンにしかける。

 

「さて、貴様は我に攻撃を当てられるだろうかな?」

(スバル!キャロ!エリオ!誰でもいいから返事してっ!)

 

(―――照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色―――)

 

「こんなの冗談でしょっ!!」

 

思わずティアナは毒づいた、何度他のメンバーと念話でやり取りを試みたことか。

 

(何なのよ、この文字は!)

 

開始から六分が経過した、だがティアナは六分たった今でも、一回の魔法どころか、銃弾の一発も撃っていない。他の三人のメンバーはそれぞれが、恐怖心や闘争心と付き合っている中であるにもかかわらず、ティアナの周囲には人間も、悪魔も何も居なかった。

 

(おかしいわね…)

 

ティアナは目標も無く都市を彷徨い続けているが、未だにあのだいそうじょうという悪魔の姿は見られず、時折天を物凄い速度で、白龍と大黒龍が通過しているのをチラと確認できる程度だった。

 

(どうしたら……どうしたらいい!!)

 

彼女が今まで培ってきた訓練の殆どは、集団戦の援護やサポートなどが主で、仲間も敵も居ない状況下で彼女は、途方に暮れるを通り越し、焦りと不安を感じていた。

 

(キャロはあんな速度じゃ、合流は期待出来そうにないわね…何とかスバルかエリオとの合流をしなくちゃ、でもどうやって…場所も解らないのに?)

 

ティアナは思考が焦りで真っ白だった

 

(あたしがあの時、あんな安直な指示を出したから、こんなことに…私の力不足のせいだ…)

 

ティアナは焦りで周りが一切見えていなかった、

 

(―――受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中―――)

 

念話のときのみにしか聞こえていなかった文字の羅列は、いつのまにか常に頭の中に響きはじめた。

 

(あたしが凡人だから…!)

 

(―――無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界―――)

 

いまやビルの倒壊する音や衝撃の刃が空を断つ音よりも、その音は自身の存在を主張していた。

 

チリーー‐‐…ン

 

文字に混じり、鈴の音が響いた。

 

「―――無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得―――」

 

「……ッ!?」

 

そこまで来てやっとティアナは、自身の目の前からその音が流れてくることに気がついた。

 

鈴の音と共に呪文「経」を唱える黄菊色の僧衣を着た骸、だいそうじょうがティアナの前に現れていた。

音も無く現れたその悪魔に、ティアナは一瞬怯むも、迷い無くに自身のデバイス、クロスミラージュの銃口をむける。だが銃を持つその手は震えていた。だが、だいそうじょうはティアナの震えなぞどうでもいいと言うかのように口を開いた。

 

「初の経験か、戦場(いくさば)での孤立は」

 

だいそうじょうが口を閉じた瞬間、その姿が消失した。

 

戦場(いくさば)は常に孤独に満ちておる、()(いくさ)なら(なお)のこと」

 

すぐ耳元で聞こえたその声に、ティアナは驚いて振り向く。だがそこにはだいそうじょうの姿は無かった。

 

「汝の戦友は、我の戦友によって崩されておる。孤立し、汝の指示が無いのだ、仕方の無いこと。だが汝は、助けを待つ友の下へたどり着けなんだ、己のみが自由に動ける身でありながら」

 

再び背から声が聞こえる、今度はティアナは振り向きざまに銃を構える、今度はだいそうじょうは姿を消さなかった。

 

「安心なされ、お若いの、汝に今日日(きょうび)救いは訪れぬ。じゃが我が汝へ、救いの片鱗に触れさせて(しん)ぜよう」

 

だいそうじょうが不意に小さな鈴を突き出した。

 

「さぁ、我が経文にて往生するがよい。南無……」

 

チリーー‐‐…ン

 

再びだいそうじょうが鈴を鳴らす。


 
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