No.481164

肥満体型のおじさんが異世界で日常を謳歌する話

ネメシスさん

どうもネメシスです。
最近いろいろと異世界召喚もの、異世界転生ものを読んでいるのですがそのほとんどが主人公が美男美女。
まぁ、確かに主人公といえば作者の願望もある程度入ることから美男美女にしたいものでしょう。
でも、美男美女じゃなくたってきっと活躍できるはず!
めだかボックスの球磨川先輩の言葉

続きを表示

2012-09-08 02:12:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4173   閲覧ユーザー数:4136

人、それはこの社会を動かしていくために必要な歯車の一つ。ただ、必要とは言っても決して代用ができないものなどではなく、掃いて捨てるほど替えが効いてしまう代用品にすぎないもの。

小学生の、いや小学生と限定してしまうのもどうかと思うので子供のころと言いなおそうか、子供のころ親でも学校の先生でもいいが時々こんなことを言ってくることがある。

 

「皆は一人一人、違う良いところを持っている」「皆は掛け替えのない存在なんだ」

 

まぁ、俺も子供時代と言っても、もう何年も前のことだから詳しくは覚えていないがおおよそこんな感じだったはずだ。

今思い出しても、まぁ、確かに彼らが言ってることも間違いではないのだろうとは思える。一人一人同じ人間ではないし、一人一人得意なことも違ってくるし、それぞれの家族にとってその一人一人は間違いなく掛け替えのない存在なのだろう。

……しかし、社会においてはどうだろうか?

子供が大人になると、社会の一員として働かなくてはならない。家族のため、あるいは恋人のため、あるいは自分のため、理由は様々だが働いて金を稼がなくては生きていけない。

まぁ、日本の社会福祉制度は世界で一番とは言えないまでもかなりできたもので、最低限死なない程度に生きていくことはできるだろうが、今は横に置いとこうか。

稼がなくては生きていけないというのに、公務員などの特殊な職種以外、サラリーマンなどはまさにそれだがちょっとしたことで、何とも簡単に首を切られる(辞めさせられるって意味だからな?)。

その理由も、経営がおぼつかないからか何か問題が起きたからか、何にしても様々であろうが首を切られるのは決まってその会社で下位にいるもの、いってみれば下っ端だ。

社会は人がいなくては成り立たない、その意味では確かに一人一人は必要な存在なのだろうがその一人、その個体が何が何でも必要か? その個体以外では成り立たないものか? と聞かれれば否と答えるだろう、下っ端なんて誰でも大体は同じくらいの能力を持っているものだ。

だからこそ、その個体がいらなくなったら簡単に捨てられるし、入れ替えることもまた簡単なことだろう。時計で言うところの歯車のように、いかれたら取り換えれば済むだろうと簡単に取り換えることができる。そして歯車を取り換えたら何の問題ものなくまた時計は動きだす。まさにこの社会は、今例えた時計のようだ。

……ここまで長々と言ってきたが、要するに俺が何を言いたいかというとだな。

 

「リストラされた」

 

この一言に尽きる。

別に不真面目だったというわけではない、別に何か問題を起こしたというわけではない、経営不振だったわけでもなかったはずだ。

何が原因だったか、いまだに俺自身もよくわかってはいないことなのだが、恐らく俺に原因があったのだろう。

俺は今年で27歳になる、とある会社で働くサラリーマンで、今まで営業活動に勤しんでいたわけだ。

最初の数年は、出世はできないまでもそれなりに成績も出せていた気がするのだが、最近では些か伸び悩んでいたのだ。何が問題なのか、残念ながらそれは俺にもよくわからない。それなりに話のできる上司に酒のついでに相談をしたこともあるが、上司が言うに俺に何か不手際があるということもなかったようだし、ドラマとかでよくあるような同僚を蹴落とすとかという社内いじめじみたものに合ったわけでもなく、結局何もわからないままだった。

……まぁ、今更考えたところで後の祭り、もうどうしようもないことだ。

退職金も贅沢をしなければしばらくは暮らせるくらいはもらえたから、今までの仕事の疲れを癒しつつ新しい就職先でも探すとしよう。

幸いまだ俺は27歳。やり直そうと思えばまだまだやり直しが付く年齢だろう。

これが30代後半とか40代にリストラされていたらと思うとゾッとする。

 

(そういえば、ここ数年は忙しくてろくにゲームも漫画も買ってなかったなぁ)

 

俺はいわゆるオタクと呼ばれる部類の存在なのだろう。

はまりだしたのは高校に入ってからだっただろうか、部活をやるのも面倒でふらふら遊び歩いていたらいつの間にか、という感じだ。

まぁ、流石にフィギュアとかグッズとかは部屋が狭いこともあり邪魔くさかったので集めてはいなかったが。

今住んでいる所もそれほど広くはなく、普段寝たり仕事をしている部屋は資料などで本棚が一杯になってはいるが、押し入れの中には昔買ったゲームや漫画がそれなりの量積んで入っている。

仕事を初めて暇なときにたまに出してやろうと引っ越した時に持ってきたのだが、予想以上の忙しさに滅多に出さなくなってしまい、ここ最近ではその存在すら忘れかけていたほどだった。新しく買うのもいいが、まずはしまってあるゲームや漫画を見て昔を思い出すのもいいだろう。

先程リストラされたばかりだというのに、その陰鬱な気持ちもそっちのけだ。

 

「……って、な、なんだこれ!?」

 

嬉しさで鼻歌でも歌いそうな気分だったところ、いきなり地面が光りだして動けなくなってしまった。

 

「な、なんか沈んでいってないか!? なんだよこれ!? 誰か、誰か助けてくれぇ!!!」

 

突然の事態にパニックになりながらも、誰かに助けを求めるもなんと運のないことか今俺がいる通りには誰一人、それこそ犬や猫ですらいやしなかった。

 

「助けてくれぇ! だ、だれかぁぁぁぁ!!!」

 

それでも、諦めず声を上げるがその努力も虚しく誰も通りかかることなく、誰にも気づかれることなく俺は完全に光に飲み込まれてしまった。

その光のあまりの明るさに思わずグッと目を閉じてしまう。

しかし、その光も長く続くことはなかった。

数秒後、閉じてもなお目の奥にまで届くような明るさが突然消え去ってしまった。

何事かとゆっくりと目を開けた時、なんとそこには

 

「ようこそおいでくださいました、勇者……さま?」

 

純白の衣に身を包んだ可愛らしい女の子が、神に祈るように胸の前で両手を組み、そしてどこか呆然としたような表情で俺を見ていた。

 

(……あぁ、なるほど。なんか懐かしいなぁ、昔ネットでよく見たなぁ、こういうの)

 

今までの展開、目の前の可愛らしい女の子、そして彼女が俺に言ってきた「勇者さま」という言葉。

数年前まで、俺も好きでよく見ていたネットの創作物によくあった展開。

その何とも既視感バリバリな事柄に俺は現状をあまりにも簡単に理解できてしまった。

 

『勇者召喚』

 

まさか自分が『勇者召喚』なんてものをされてしまうとは、なんとも不思議な気分だ。

数年前、まだ俺が学生でネット小説を読みあさっていたころ、異世界召喚ものや異世界転生物などを見た時、自分も行ってみたいなぁと思っていただけに、いろいろと感慨深いものがある。

それにしても、目の前の女の子は一体どうしたのだろうか、先ほどまでどこか呆然としていて今はどこか訝しげに俺を見ている。

 

「……えっと、あの……あなたは、勇者さま……なのですか?」

 

ようやく口を開いたと思ったら女の子そんなことを聞いてきた。

 

「……えっと、どうなんでしょう?」

 

とりあえず俺も言葉を返しておく。

流石に「俺が勇者だ!」などと声を大にして言い放つことなど俺にはできない。

それを平然となんの恥ずかしげもなく言うにはいささか年を重ねすぎている気がする。

せめてあと10年くらい若ければ、なんの恥ずかしげもなく言えたのではないかと思える……いや、やっぱり無理かも。

彼女が訝しんでいるのも、まぁ、ある意味しょうがないというものだろう。

ネットでよくある勇者召喚ものでも、勇者というのは基本的に10代半ばから後半くらいの少年少女が多かったし、また逞しい肉体を持つ男性だったり神秘的な雰囲気を醸し出すイケメンでクールな男性や女性だったりしたのも多かった。

そう、えてして勇者というのは、一目で「あぁ、これが勇者なんだ」と思わせるようなそんな雰囲気があるものなのだ。

 

「……えっと、申し訳ありませんが、一度国王陛下にお目通りいただけませんでしょうか?」

 

「……うん、まぁ、了解しました」

 

いきなり呼び出され、「あなたは本当に勇者なのか?」なんて失礼なこと聞かれても、まぁ、しょうがないとしよう。

だって、彼女も勇者という認識はだいたい俺と似たり寄ったりなものなのだろうし、彼女が戸惑うのもしょうがない。

なんせ

 

(……俺、どう見ても勇者さまって感じにみられないよなぁ)

 

身長は日本人の27歳男性の平均よりも低い約166㎝、体重は平均を軽くオーバーして約90kg。

それなりにお腹が出ていてまるで居酒屋にいる恰幅のいいオッチャンみたいな外見。

……そう、俺はいわゆる『肥満体型』なのだから。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「……フィーナよ……なんだ、その者は?」

 

フィーナ、恐らく俺を召喚した少女の名前だろうか?

謁見の間に入って最初に目についたのは王座についている髭を生やし少し釣り目気味な王様らしい男性と、その隣に座る王妃らしい少したれ目気味でどことなく憂いを感じさせるような女性。その一段下にこれまた髭を生やした大臣らしい人。そして入り口から王座までの両端に騎士らしい服を着て槍を携えた人が数人並んでいた。

王様らしき人は入ってきた俺を見ると早々に訝しげな表情を浮かべ、彼女に声をかけた。

 

「は、はい。こちらは、私が行った“勇者召喚の儀”によって現れた方、です」

 

「……つまり、その者は勇者……ということなのか?」

 

「そ、そうなのでは、ないかと」

 

「……うぅむ」

 

あぁ、王様が唸りながら何か考えてる。

……まぁ、何を考えてるのかは大体予想できるけど。

やっぱり、どう見ても俺って勇者じゃないよなぁ。

スーツ姿で一見珍しいところがあるようだけど、それを除けばどこにでもいるようなおっさんだもんなぁ。

……あ、黒髪黒目っていうのはどうやらそんなに珍しいものじゃないみたいだな、騎士っぽい人の中に二人ほど黒髪の人いるし、目は……じっと見るわけにいかずチラ見で見てみたが、残念ながらこの距離でチラ見だと目の色までは見えなかった。

 

(まぁ、黒髪がいるんだし黒目がいてもおかしくはないかな)

 

と、自分で結論付ける。

 

「……ふむ。その者、名はなんという?」

 

「はい、お初にお目にかかります。私の名前は伊藤悟(いとうさとる)と申します」

 

「……むぅ、聞きなれぬ名だな。その見慣れぬ衣服に、聞きなれぬ名、異世界から来たものであることは、間違いはないようだな」

 

考え事をしている最中に突然話しかけられたが、これくらいの事でうろたえないのが営業戦士、瞬時に言葉遣いを営業時用に変えて王様の言葉に応える。

王様は一応異世界から来たということは認めたようだけど、まだ俺が勇者かどうかは疑ってるって感じだな。

にしても、異世界とかだと外国みたいに名前が最初で苗字があとに来るようなこと書いてあったけど、この世界じゃどうなんだろ?

王様は特に聞いてこないようだけど……いや、まだそこまで俺に興味を持てていないってことなのかもしれないな。

 

「……おい、あれを」

 

「はっ!」

 

王様が大臣っぽい人に何か指示を出すと、その人は何かの皮で作られたのだろうかと思われる一枚の紙をもって俺に近づいてきた。

 

「これから、おぬしを“スキャン”する。これに手をのせよ」

 

近づいてきた大臣が俺に何も書かれていない紙を広げて差し出してくる。

大臣は俺に“スキャン”をするといったが、それはいったいなんだろうかと一瞬考える。

まぁ、言葉的に俺の体を調べるためのもののよう気がする、今まで見てきた作品的に考えて。

流石に何か俺に害があるものじゃないとは思うが、ここで下手に動けば何をされるかわかったものではない。

 

(……ここは、とりあえず従っておくのが吉かな)

 

俺は無言でその紙に手をのせる。

すると、紙の表面がうっすらと光りはじめ2,3秒くらい光っておさまった。

 

「手を放してもよいぞ」

 

それに従い紙から手を放すと、何も書かれていなかったはずの紙にうっすらと文字が浮かびだしてきた。

 

 

【所持スキル】

・言語理解:Lv2

 

【保有魔力】

無し

 

「……むぅ、これは」

 

それを見た大臣が顔をしかめる。

 

(……所持スキルに保有魔力かぁ、てことはあの紙って俺の持ってるスキルと言うか才能というか、そんなものを調べるためのものだったんだな。にしても……)

 

言語理解はたぶん召喚魔法でこの世界に来た時に付属されたものかな?

まぁ、そのおかげでこうして言葉も話せるし文字も読めるから助かってるけど、それよりも

 

(……魔力無しかぁ。まぁ、俺が勇者とかそんなの期待はしてなかったけどこれは結構残念だなぁ)

 

昔はRPGとかで職業選択ができる時は大抵魔法使いを選ぶくらいに魔法とか好きだったのだが、どうやら神様は俺に魔法の才能は与えてはくれなかったようだな、本当に残念だ。

 

(はぁ、残念がるのもいいけど、これからの事を考えなくちゃなぁ。あれを見る限りだと……)

 

大臣が映し出された紙を王様に見せると、大臣と同じように顔をしかめてしまった。

大臣をもとの位置に戻すと、王様は目を細めてさらに怖さが増したその目でフィーナと俺を見てきた。

 

「フィーナよ、どうやらこの者は勇者ではなかったようだ」

 

「も、申し訳ありません!」

 

(やっぱりな。まぁ、人生そんなうまくいくわけないか)

 

おそらくだが、何かの間違いで俺が召喚されてしまったのだろう。

いわゆる勘違いもの? または巻き込まれもの? そのどちらかにあたるのかな、今の俺の状況って。

まぁ、それは今はいいとしてだ。

 

「フィーナよ、お前は再び“勇者召喚の儀”の準備に取り掛かれ。準備ができ次第、今度は本物の勇者を召喚するのだ」

 

「はい、仰せのままに!」

 

フィーナは王様の言葉に頭を下げると踵を返して部屋から出ていった。

おそらく王様が言っていた“勇者召喚の儀”とやらの準備のためだろう。

フィーナが踵を返した時、一瞬俺を見て申し訳なさそうな表情をしていた。

召喚した巫女が腹黒だったり嫌な性格をしていたりする作品もよくあるけど、見る限りどうやら彼女はそういう類の女性ではなかったようでどことなくほっとした気持ちになった。

……さて、今度は俺の番か。

俺は一体どうなるのやら。

 

「この者にはもう用はない。誰か、この者を城から放り出せ」

 

「っ!? あなた! 流石にそれはあんまりです!」

 

おぉ、「お前にもう用はない、死ね!」な展開になるかと内心びくびくしていたけどどうやら殺される心配はないみたいだ。

とりあえず王様、殺さないでくれたあんたには1㎝くらいは感謝するよ。

そして、今まで黙っていた王妃が王様にまったをかけた。

 

「何があんまりだというんだ? この者にもう用はない、この城においておく理由もなかろう?」

 

おぉ、なんとも清々しいまでに身勝手な言いようじゃないか、別にそこに痺れもしないし憧れもしないけど。

その後も何やら王様と王妃が言い合いをしていたが、結局王様の意見は変わらず近くにいた騎士に俺を城の外まで連れて行くように言いつけていた。

……ここで元の世界に返してくれないかと聞こうかとも思ったけど、下手に刺激してしまいそうなのでやめることにした。

ここら辺はいろんな上司の顔をうかがって数年という嫌な実績による経験からくる勘のようなものなのだが、その勘が今は下手に口を出すなと言っていたのだ。

下手をすればそれこそ牢屋にぶち込まれたり殺されたりとあるかもしれないため、こういう場合は無言に徹するに限る。

腕を掴まれて引っ張られるように連れていかれる俺、その俺に悲しそうな申し訳なさそうな目を向ける王妃。

いやいや、ほんと殺されないだけましってものですよ。

別に王妃は何にも悪くはない、むしろ俺の事をかばってくれただけほんと感謝感謝だ。

連れていかれる時、王妃に対してせめてもの感謝をこめて軽く頭を下げておいた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「さて、これからどうしようか」

 

城から放り出された俺は途方に暮れていた。

まぁ、俺が中学生か高校生くらいにこんな状況に一人で立たされたら流石に混乱していたかもしれないけど今はいい大人だ、早々狼狽えてもいられない。

それに、別に今の状況はそれほど悲観したものでもない。

こう考えればいい、身一つで外国のどこかに置いてけぼりを喰らっているだけだ、と。

何気に悲観すべき状況かもしれないけど、言葉も十分に通じるし文字もあれを見る限り問題なく読めるようだし。

確かにお金は元の世界のものは使えないが、そんなものバイトでもなんでもすればある程度は稼げるだろう。

営業で培った話術をもってすれば働き口を見つける事だってできないことはない……はず!

それだけできれば、あらためて考えてみても今の状況はそれほど悲観するほどのことでもないだろ?

俺が今途方に暮れているっていうのはもっと別の事。

 

「……街灯っぽいものあるけど、電気……じゃぁ流石にないだろうし魔法かなんかかな?」

 

街の所々にある街灯のようなものを見ながらそう思う。

それにしても城から出てきて気づいたけど、かなり夜が更けてるようだ。

街灯があって通りは明るいのだが、人通りがそれほどない。

中世ファンタジー的に考えて酒場とかは空いてそうだけど、もしかしたら宿屋とかは空いてないかもしれない。

今それなりに広い通りを歩いてはいるけど明かりがともっていて開いているだろうと思える店は1,2件くらいだ。

まぁ、宿屋が開いていたとしても今はまだこの世界の金がないから泊まることもできないわけだけど。

 

(さて、どうしたものかな。できるだけ早く場所を確保したいんだけど)

 

実は今、結構焦っていたりする。

別に俺が何かやらかしたというわけでもないのだが、中世ファンタジー的に考えて王都とはいえどもそれほど治安はよくはないだろう。

それに今は夜だし、ならず者は基本夜活動しているというイメージが俺の中にある。

せめてどこか一夜明かせるところがあるといいんだけど、そう歩きながらいろいろと探しているのだ。

 

「おいおい、こんな夜中に出歩いてちゃ危ないぜ?」

 

「そぉそぉ、それもそんな良い身なりしてたら襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ」

 

「しかも、護衛もつけてないし本人も強そうに見えない奴ならとくに、な?」

 

……こういう輩が来る前に何とかしたかったんだけどなぁ。

俺の目の前に二人組の男が現れた。

一人は俺よりも背が高く、それなりに力のありそうな男、もう一人は俺程ではないにしろ恰幅のいい体格をしたこれもやはりそれなりに力がありそうな男。

安物でしかもボロボロな布のシャツとズボンを着ていて、両方ともあからさまに悪そうな笑みを浮かべていて俺を心配しての言葉ではないことは明白だった。

 

「……それはそれは、わざわざありがとうございます。ご忠告痛み入ります」

 

ただ衣服をはがれるだけだったら……すっごく嫌だけど、まだましと言えるかもしれない。

だけど、それだけで済まず命をも狙ってくる可能性も十分にある。

俺が戦えればいいんだけど、元々喧嘩なんかもしたことがなく、しかも俺はスキルも才能もないことは先ほど明らかになってしまった。

こんな俺が正面切ってこの二人に勝てるだろうか?

……下手すれば一人一人でも負けるかもしれない。

となれば

 

「それでは私はこれで~」

 

と一歩前に踏み出し、『グンッ』と上半身を反転させてそのまま後ろへダッシュ!

 

「あ、逃げやがった……って、早ぇ!? デブの癖に早ぇ!?」

 

「っち、追え! あの珍しい服、売ればいい金になるぞ!」

 

(やっぱりそれが目当てだよな畜生! あともう一人の方! お前にデブなんて言われる筋合いはない!)

 

肥満体型と言えど何気に瞬発力があることがそれなりに自慢な俺だ。

高校の時などは短距離走でクラスでも真ん中ぐらいに入るくらいの成績を出したことがある。

ん、長距離? ……お察しの通り最下位です。

流石肥満体型、いくら短距離でそれなりに早くても、長距離を走るだけの体力はないのだ。

あのごろつき共も最初は驚いてスタートダッシュは遅れたようで、それなりに距離は稼いだけどその差もそう遠くないうちに埋まってしまうことだろう。

その前に

 

「あ、あいつ裏道に入りやがった!」

 

「チッ、早く捕まえろ! 見失っちまうぞ!」

 

表通りだと簡単に捕まってしまうだろうが、裏道ならどうだ?

幸い、中世っぽい世界なだけあって家々の間隔もそれほど広くなく裏道はそれなりに入り組んでいた。

更に所々に置かれている木材やら樽やらのお蔭で少なからず足止めもしやすい。

 

「おわっ!」

 

「あぁ、ちくしょ! 邪魔くせぇ!」

 

木材を倒し、樽を転がし、木箱を崩し、さらに入り組んだ道を適当にジグザグに進んでいく。

後で片付ける人たちには申し訳ないが、今は俺の命がかかってるかもしれない状況だ、せめて心の中だけで誤らせてもらう。

しばらく走り続けてようやく相手が見えなくなってきたのを確認すると、足止めを作るのをやめて全力で走ることに専念する。

足止めをするのはいいが、やりすぎるとこちらの進んだ道を教えているだけでしかないだ

……それを逆に利用して、ということもできるかもしれないが、今の俺にそこまでする余裕はなかった。

 

「……はぁ……はぁ……はっ……ゲホッゲホッ! さ、流石に撒いたか?」

 

流石に体力と下半身がきつくなってきたこともあり走るのをやめる。

しかし、いくら疲れていてもそれでも決して立ち止まることはなく、俺はまだ歩き続けた。

撒いたかもしれないが、まだ追ってきている可能性だってある。

だったら、身を隠せる場所を見つけるまで油断はできない。

 

「……ここなら……大丈夫か?」

 

やっと息が整ってきたころ、木箱が積まれていて丁度身を隠せそうなところを見つけた。

俺が今来た道から見えないような位置に隠れて木箱に寄りかかり、滑るようにそのまま地面に尻をつける。

思っていた以上に疲れがたまっていたようだ、スーツに革靴という走りずらい服装ながらもここまでできた自分をほめてやりたい。

だが、まずは安全が確保されるまで我慢だ。

 

(てか、今更だけど裏道に入るってまずくない?)

 

息が整い、少し余裕が出てきたところでふとそう思った。

裏道、確かに足止めに最適なものが豊富にあって逃げるのには便利かもしれない。

しかし、中世ファンタジー的に考えて裏道、しかも夜の裏道って何かと怖いイメージがある、それこそさっき俺を追ってきたゴロツキのような奴らがたむろしているような、そんなイメージが。

今更ながらに、そんなことが思い浮かんでしまい汗だくな体にさらにかいた汗が加わる。

 

(……大丈夫だよな? 適当に逃げてたけど、途中にそんな奴いなかったし)

 

と、そんな淡い希望にすがる、今は身を隠している身で動くことはできない。

大丈夫か、大丈夫であってくれ、そんな思いが俺の中で何度も浮かんでくる。

そんな時

 

―――ジャリッ

 

(!?)

 

土を踏む音が聞こえてきた。

それはまだこの近くではないが、どんどん近くなってくるように感じる。

 

「……はぁ……はぁ……くそぉ、完全に見失なっちまった!」

 

「あんのデブがぁ……はぁ……はぁ……見つけたらただじゃおかねぇ!」

 

すると、今度は足音に混じり荒い息が混じる声が聞こえてきた。

それは間違いなく、さっき俺を追ってきていたあのゴロツキどもだ。

 

(どうする? 逃げる? 無理、今逃げても絶対無理!

もう疲れて走る気力もないし、疲労で足ががくがくふるえてる!)

 

ここで逃げるのが無理、ならばもうあいつらが通り過ぎるのを待つくらいしかできない。

 

(頼む、行ってくれ! 通り過ぎてくれ!)

 

夜の寒さ故か、かいた汗が冷えた故か、はたまた恐怖故か震え続ける体を押えるように、両腕で自分の体を抱きしめる。

 

(頼む、頼む、頼む頼む頼む頼む頼む!!!)

 

しかし、その望みは簡単に打ち砕かれるものだった。

 

「はぁ……ん? そういやぁ、ここも隠れられそうな場所だな」

 

「あぁ? ……あぁ、そういやぁ、確かにそうだな」

 

その声が聞こえたのはかなり近かった。

見つかった、いやまだ見つかってはいないけど、この場所は見つかった。

だったらもう見つかったも同然ではないだろうか。

 

「面倒くせぇけど、隠れてっかもしんねぇし一応探すか」

 

「あぁ、見つけたらここまで面倒かけやがった例をたっぷりしてやんなきゃなぁ」

 

(ち、ちくしょぉ!)

 

足音がこちらに近づいてくる。

どうするか、いっそのことやられるの覚悟でぶつかって行ってみるか?

こっちの体重は約90kg、不意を突いて全力でぶつかっていけば何とかなるか?

……いや、それで相手が刃物持ってたらどうする?

いざとなったらそうするしかないとわかっていながらも、恐怖が先だってしまい体に力が入らない。

 

―――ジャリッ―――ジャリ

 

相手の足音からあと数mといった所だろうか。

このまま何も行動を起こさなければ奴らに見つかりボロボロにされて殺されるかもしれない。

そうなってから、相手の隙をついて逃げられるか?

……やっぱり無理だろう、恐怖に震えてて動けなくなってみじめに殺されるかもしれない。

 

(行くしか、ない)

 

傷つくことに対する恐怖や死ぬかもしれないという恐怖はいまだにぬぐえない。

だけど、今動かなくてはもう後にチャンスはないかもしれない。

だとしたら、動くのは今しかない。

そう、自分に言い聞かせ体に力を入れようとしたその時

 

《能力が体に適応されました》

 

(……は?)

 

突然頭の中に女性とも男性とも判断のつかないような声が響いてきた。

 

《システムが実行されます》

 

《一部の能力が解放されます―――“魔力”が解放されました》

 

《チュートリアルが開始されます》

 

(な、なんだこれ!? 頭の中に声が……え?)

 

頭の中に声が聞こえだしたと思ったら、突然目の前に立体映像のように半透明な画面のようなものが浮かび上がってきた。

それを見た時、その見覚えのあるようなものに一瞬呆然としてしまった。

 

【メニュー】

・ステータス

・インベントリ

・スキル

・スキル創造

 

本来あるものよりも圧倒的に少なく、よくわからないものもあるけどこれは間違いなく

 

(……ゲームのメニュー画面?)

 

《チュートリアルを進行します》

 

《あなたに適性のある職業を選びます》

 

《あなたの職業は魔法使いに決定しました》

 

《チュートリアルボーナスでSP50が与えられます》

 

《“ステータス”が開かれます》

 

【ステータス】

・Lv:1

・名前:伊藤悟

・性別:男性

・職業:魔法使い

・保有魔力:100

・残りAP:50

 

《“インベントリ”が開かれます》

 

【インベントリ】0/30

無し

 

《“スキル”が開かれます》

 

【スキル】

・アクティブスキル

無し

・パッシブスキル

言語理解:Lv2

 

どんどんと俺の事はお構いなしで声が先に進んでいく。

ステータスの魔力の所が、確か城では保有魔力が0だったはずなのに、魔力が解禁になったせいか職業が魔法使いなったせいか今では一気に100に増えていた。

これが多いのか少ないのかは今の俺には知ることはできない。

 

「……ん? お、いたぞ!」

 

「……え? ッ!? し、しまった!」

 

突然の能力発動であいつらが近づいてきていることを忘れてしまっていた。

 

「くそっ!」

 

俺はもう遅いとは思いつつも目の前の奴に全力でタックルを繰り出す。

しかし、そんな見え見えの攻撃などあたるはずもなく、奴は簡単にかわしてそして逆に俺は体制を崩して前のめりに倒れてしまった。

 

「ったく、よくもこんなにてこずらせてくれた、なっ!」

 

奴は倒れている俺に容赦も何もない蹴りを放ってくる。

 

「いっ!?」

 

痛い、昔親に殴られたこともひっぱたかれたこともあったが、それと比べるまでもなく痛い蹴りだった。痛む腹を押えてもだえる俺に、奴は楽しそうに嗤ってた。

 

「おいおい、その服は売るんだからあんま汚すんじゃねぇよ」

 

「あぁ、そうだったな。ははっ、こいつムカついててすっかり忘れてたわ!」

 

そう笑いながら言いつつさらに一発蹴りを繰り出と、痛みで動けない俺を仰向けにしてスーツを脱がし始めた。

悔しい、ムカつく、やり返したい、殴り返したい、そんなことを思うも今の俺には痛みや疲労でそんなことするだけの気力がわいてこなかった。

 

《“スキル創造”を開きます》

 

《スキル創造はAPを消費することでスキルを創造することができます》

 

【スキル創造】

・残りAP50

 

《スキル創造を行うことができます》

 

《チュートリアル進行につき、このままスキル創造を行います》

 

《あなたが望む能力を思い描いてください》

 

そんな俺の荒々しい内心とは打って変わって、響いてくる淡々とした声は相変わらずだった。

 

(俺の……望む能力)

 

どうやら俺が痛めつけられている間もチュートリアルは進行していたようだ。

今も目の前にホログラムのような画面が映し出されているのだが、どうやらこの二人には見えていないようだ。

つまり、この画面は俺にしか見えないしこの声は俺にしか聞こえないということなのだろうか

だけど、今はそんなことどうでもいい。

この声が言った“スキル創造”や“俺の望む能力を思い描く”ということ。

……色々と思いはある。

痛い、苦しい、逃げたい、痛みから解放されたい。

そんな思いが次々と浮かび上がってきたが、それでも最後に浮かんできた思い。

今は何よりもそれを優先したい、こんなボロボロの体で、痛めつけられて苦しいというのに俺は思ったのだ。

 

(……強くなりたい……こいつ等をぶっ飛ばせるくらい強い力が欲しい!)

 

《該当するスキルの検索を行います》

 

《以下のスキルが一致しました》

 

《“英雄の戦歌”―――アクティブスキル―――身体能力強化系魔法―――必要AP:15》

 

《スキルを創造しますか?》

 

《YES/NO》

 

魔法使いとして一番初めに覚えるのが身体能力強化とかどうなの? とは思うが、今の俺には確かに上等な魔法だろう。

盛大な魔法でぶっ飛ばすっていうのもいいとは思うけどそれよりも、なによりも

 

(こいつらは、自分の手で殴らないと気が済まない!)

 

俺は迷わず“YES”を決定した。

 

《“英雄の戦歌”を創造しました―――APを15消費します―――残りのAPは35です》

 

《以上をもってチュートリアルを終了します》

 

それを言うと声が途絶えて、また目の前のメニュー画面も消えた。

それと同時に、俺は頭の中で先ほど創造した魔法を思い浮かべてすぐさま発動させる。

 

(“英雄の戦歌”!)

 

すると俺の中で何か、恐らくスキルを使用した際に消費した魔力なのだろうが、それが減ったような感覚がした。

だけど、今はそんなことどうでもいい。

それ以上に

 

(体はまだ痛いけど、どんどん力がみなぎってくる感じがするさっきまで続いてた震えも今はもうない……動ける!)

 

それを確認した時、俺の体重が重かったせいもあるのだろうが、二人かがりでいまだに服を脱がすのに四苦八苦しているらしい二人を睨みつけ、そいつらの手を掴んだ。

 

「あ?」

 

「なんだ?」

 

そしてそのまま

 

「……ふんっ!」

 

腹筋をするように起き上がったと同時にその勢いものせて二人を投げ飛ばした。

 

「「なっ!?」」

 

二人はいきなりの事に驚嘆の声を上げながら飛ばされていき、木箱にぶつかった。

……ていうか、ぶつかった木箱がぶっ壊れた。

人間二人を投げる力もそうだけど、どうやら今の俺かなり力が強くなっているようだ。

 

「って、やばっ!」

 

俺は慌てて吹っ飛んで行った二人の様子を見に走った。

現代日本人としては、自分を痛めつけた相手だろうとやはり極力殺しはしたくないと思う。

どうやら木箱の後ろ、木製で作られたボロい家の中まで入って行ってしまったようだ。

瓦礫に気を付けながら中の様子をうかがう。

沢山の埃が舞い、至る所に蜘蛛の巣がかかっているところを見ると、どうやらこの家は長い間空き屋のようだ。

とりあえず誰かを巻き添えにしなかったという点は胸をなでおろした。

そして、件の二人はというと

 

「く、くっそぉ」

 

「い、いてぇ」

 

ちゃんと生きてはいるようだ、案外丈夫なんだな人って。

身体のあちこちがボロボロで、痛みのせいかその場で蹲っている。

もしかしたらどこか骨でも折れてるのかもしれないが、流石にそこまでは責任は持てない。

俺はただやり返しただけだし正当防衛は間違いないだろう……この世界に正当防衛なんてものがあるかはわからないけど。

とりあえず床に倒れている二人に近づくことにした。

 

「て、てめぇ、今まで手ぇぬいてやがったのか!?」

 

二人のうちの片方が若干の怯えを孕ませた目で、それでも強気で睨みつけてくる。

とりあえず相手の質問にわざわざ答えてやる義理はないので無視を決め込むことにする。

これで、今後は手を出さないでくれるとありがたいんだけどな。

とりあえず

 

「……せいっ!」

 

「「うぐっ!?」」

 

二人のみぞおちに手加減をした一撃を叩きつけ、気絶させる。

というか、みぞおちを突いたり首に手刀入れたりして気絶させるのって確か技術がいるようなことを聞いた気がするけど、どうやら成功したみたいでよかった。

これ以上騒がしくすると誰かが駆けつけてくるかもしれないからな。

……いや、もうこれだけ騒がしくしたんだから手遅れかもしれないけど。

 

「さてと」

 

誰か駆けつけてくるかもしれないから俺は早々に用事を済ませることにした。

 

「……まぁ、あんたらが襲ってきたんだし、これくらいはしても許されるよね?」

 

なるべく時間をかけずに用事を済ませると、何か忘れ物をしていないかを一通り確認してから早々にその場を立ち去った。

……服を脱がせられ、下着だけになった男二人を残して。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「……はぁ、なかなか、賑わってるんだなぁ。流石王都ってところかな」

 

俺は今、朝の仕入れをしている人たちを見て、感嘆の声を漏らす。

昨夜、無事ごろつきを撃退した後、そいつらの衣類と金目のものを剥ぎ取り強化された身体能力で全力でその場を離れた。

流石に下着も剥ぎ取るのはかわいそうに思えたのでやめておいた……というか、ヤローの下着に触るとかマジ勘弁だし。

とりあえず、その後は一休みできそうなところを見つけて朝まで休んで今に至るというわけだ。

ちなみに、あの少し太ってた方のごろつきの衣服は今俺が着ている。

流石にスーツ姿で出歩くのは注目を集めすぎると思ったからだ。

質としては俺が着ている物の方が劣るけど、それ以外だとみんな大体同じような服を着ているため、特に注目を集めていないようだ。

もう一人の服は取り合えず捨てておいた。

一応俺のインベントリに入れることができるのだが、どうせあれは着れそうにないだろうし、そんなものをいつまでもインベントリに入れておくのもどうかと思う。

無駄なものを入れておく余裕はない、容量には限りがあるのだ。

さて、俺がなぜこの朝市に来ているかというとだ。

 

「おじさんその果物ください」

 

「はいよ、1個15ミルだ」

 

「おじさーん、このお肉30個ほど詰めてくれない?」

 

「あいよ、いつもありがとよ! 30個で18シルだ!」

 

「おばさん、この干し肉いくら?」

 

「あぁ、それだったら一枚8ミルさね」

 

「昨日いい肉が大量に入ったんだ!」

 

「お、マジか!?」

 

「あぁ、これが全部売れれば5メルにはなる!」

 

「へぇ、それはいい買い物したなぁ」

 

……そう、この買い手と売り手のやり取り、これが聞きたかった。

店とかだと確かに値札とか書かれてるかもしれないけど、それが高いのか安いのかは買う人の表情を見て出ないとわからない。

更にはどの硬貨がどういう種類のものかもさっぱりだ。普通の店で客が金を払うところをさりげなくだろうと覗き見ていれば不信感を与えてしまいかねない。

その点、このような出店のようなところならそれほど不信感を与えることはない。

さりげなく品物を見ながら、さりげなく客がお金を払うその瞬間を見ていた。

昨日剥ぎ取った中にこの世界のものだろう硬貨もあったが案の定どれくらいの価値なのかがわからなかったため、このような手段をとったのだ。

 

「お、うまそうな匂いだなぁ。オッチャン、この串焼き一つくれ」

 

「あいよ、11ミルだ」

 

「はいよ、11ミル」

 

「あぁ、確かに。毎度!」

 

丁度小腹が空いてきたところでうまそうな串焼きを出している出店も見つけたため、さっそく覚えたことを試してみるとどうやら間違いなく覚えているようだ。

何気にうまかったため串焼きをもう一本買って食べる。

食べ終わって、もう一度硬貨を入れてある袋を広げる。

ミル硬貨がジャラジャラと、シル硬貨が数枚。

1ミル硬貨が100枚で1シル硬貨、1シル硬貨が100枚で1メル硬貨ということが今回知ったこと。その他にも50ミル硬貨や50ミル硬貨というものもあった。

日本円に換算すると1ミル硬貨で10円くらい、1シル硬貨で1000円くらい、そして1メル硬貨で10万円くらいといった所だろうか。

そして、俺が持っている袋の中には10シルと80ミルが入っていて、それが今の俺の全財産だ。

大体日本円で考えると1万と800円くらいといった所。

……少ない、流石に宿で止まるとなるとに元の世界で安く泊まれるところでもよくて1,2日といった所だろうか。

流石にもう路上で寝るのは勘弁だ。

とりあえず、早く金を手に入れないといけないな。

俺は先ほどオッチャンに聞いたことを思い出し、目的の場所へと移動した。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「いらっしゃい」

 

店に入ると、俺より少し年下くらいかというような青年が出迎えてくれた。

ここは雑貨屋、多種多様なアイテムが置いており、一般的に冒険者と呼ばれる人たちが物の売り買いをしている店で、時々珍しいものが店内に並んでいることもあるそうだ。

専門店ではないから大したものではないが、下位の体力回復薬と魔力回復薬も一応扱っているそうだ。

そして、今回俺が来たのは

 

「これを買い取ってほしい」

 

そういって、店に入る前にインベントリから出しておいた、ここに来た時に来ていた革靴とスーツを台の上に置いた。

 

「……うぅん、ちょっと拝見させてもらうよ」

 

今までいろいろとみてきても、流石にこれらを見るのは初めてだったようで手に取ってジッと観察をしている。

まぁ、ここに俺みたいに召喚された人が多くいるっていうんならスーツや革靴を見たことがあるかもしれないが、今までの短い時間の中でこの街を眺めてきても、どうやらそういった痕跡は見当たらなかったからやはり俺みたいな存在は珍しいのだろう。

 

「うぅん、なんだろう、見たことない材質の服だな。こっちの靴も革……だと思うんだけど、こんな加工された靴はやっぱり初めてだ」

 

「どうだ? 俺も始めてみるんだが、なかなか丈夫だしそれなりの値はするんじゃないか?」

 

と、俺はうそぶく。

そこに嘘を嘘と思わせないように表情に気を付けるのがポイントだ。

 

「うん、確かに俺も見たことないし、もしかしたら物好きな好事家とかに売れるかもしれないな。じゃぁ、この服とこの靴、合わせて2メルってところでどうだい?」

 

「……うぅん、もう少しオマケしてくれない?」

 

「いやいや、これでもそれなりにオマケはしてると思うんだよ。物好きな好事家に売れるかもしれないって言ったけど、もしかしたら売れないって可能性だってあるわけだし、そしたらこちらが2メルの損じゃないか」

 

つまり、ちゃんと売れたら2メル以上するかもしれないってことだよなそれって。

この世界の好事家がどういう奴らか走らないけど、元の世界のコレクターたちってそれこそ数十万、数百万くらいの値がついていても買うような奴がいるくらいだし。

……そういえば、フィギュアでも古いのだったら数十万くらいするって聞いた気がするな。

元は数百円くらいで売っていたようなものをよくそんな値段で買うものだと呆れたものだ。

 

「いろんな品を見てきたあんたが見たことがないってことは、間違いなく希少性はあるって事だろ? すぐに買い手が見つからなかったとしてもいつか必ず買い手はつくはずだ。 そして、そうなったらかなりの値段がつくんじゃないか? それこそ2メル以上の値段がさ」

 

「希少性があってもどう見てもこれ実用的じゃないよねぇ。この上着だって肩周りが窮屈そうで腕を動かしにくいだろうし、この靴なんて歩きにくそうじゃないか。別に買い手が好事家だけってことはないわけだしそう考えると実用性も見なくちゃいけないんだよねぇ。

それに確かに好事家っていうのは見て楽しむ人が多いけど、それは絵画とか像とかといったもの。

こういう服とか靴とか、剣とか防具とかといった実際に着れたり持ったりすることができるものだと自分で着てみたり持ってみたりして楽しむ人も結構いるんだよ。

それを考えると、どうしてもねぇ」

 

まぁ、確かにスーツも革靴も激しく動くことを目的として作られたわけではないから、この世界に置いては実用的でないという指摘はあっているのかもしれない。

……うぅん、流石に値上げは無理かな。

これ以上しつこく言ったら印象悪くするだろうし、これからも関わっていくかもしれないことを考えると、これくらいで引いておいた方がいいか。

 

「……うぅん、分かった。じゃあ、2メルでいいや」

 

「あぁ、そうかい……ほら、これが代金だ」

 

「あ、1メル分はシルにしてくれないか?」

 

「あぁ、わかった」

 

そういい、彼は1メルと100シルを袋に入れて渡してきた。

 

「それじゃ、また何か珍しいものが手に入ったら売ってくれよ」

 

「……値段に応じて、だな」

 

(……うぅん、思ったよりも安かったな。流石にこういう交渉は経験ないし、安く買いたたかれた可能性もあるけど)

 

以前ネットで見たものでは山のような大金とまではいかなくても数ヶ月くらいは生活できるような金をもらったものもあった気がするのだが、やはり早々うまくはいかないか。

とにかく、一応これで最低でも数日は宿で泊まれるだろうし、今はこれでいいとしておこう。

まぁ、それでもやはり金が少ないことに変わりはない。

店員の人に、今度は冒険者ギルドの場所を聞いて、早々に立ち去った。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「……なんか普通」

 

それが俺が冒険者ギルドを見た時の率直な感想だった。

いや、確かに他の店に比べれば大きいとは思う。

横は家が3軒分くらいで二階建て、確かに大きいんだろうけど作りが他の所と大差ない。

 

(……いや、俺は一体何期待してたんだ? 技術的にそう変わりがないのはしょうがないだろ)

 

本当に、自分でもギルドに何を期待していたのかわからないが、とりあえず気持ちを切り替えて扉をくぐった。

中に入ると、大体感じて着には市役所を思い浮かべてくれればいいだろうか、それぞれの部署ごとにカウンターがありそこで人が一人座って冒険者の対応をしている。

俺は、その中で受付と書かれた看板があるカウンターに向かった。

 

「すみません、ギルドに加入したいんですが」

 

「はい、加入手続きですね」

 

そう受付にいた女性に声をかけた。

すると彼女は一枚の用紙と羽ペンをカウンターの上に置く。

 

「それでは、こちらに名前と職業、それと得意なものを記入してください」

 

容姿を見ると、今言われたことを記入する場所がある。

言語理解のお蔭かやはり問題なく読むことができた。

 

(……にしても、名前かぁ)

 

「……もしかして文字が書けませんか? でしたら代筆も致しますが?」

 

「え、あぁ、いや、大丈夫ですよ」

 

名前の欄で少し固まってしまった。

俺が文字が書けない人だと思った彼女が代筆を推してきたが、言語理解のお蔭でちゃんと文字を書くことができるのは確認済みだ。

この世界では俺みたいな身なりの奴が文字がわからないといってもおかしくないくらいの識字率らしい。

 

(……俺の名前、こっちでは珍しいからなぁ。別に名前だけで悪目立ちはしないかもしれないけど)

 

結局長く時間をとるとそれこそ不審に思われかねないので、俺は名前の欄に『イトー』と記入しておいた。

 

(……まぁ、間違いじゃないしこれくらいなら大丈夫かな)

 

次に職業の欄。

これには迷うことなく魔法使いと記入し、次の得意事項の欄にも今覚えている魔法を書いて提出した。

 

「はい、では確認します……魔法使い? ……身体強化魔法に治療魔法?」

 

彼女は容姿と俺をちらちらと見比べている。

まぁ、確かにおかしいということは認める。

俺の身なりで魔法使いというのも変に思えるし、魔法使いというのに覚えているのが身体強化系と治療系というもの。

ちなみに治療魔法は昨晩休めるところを見つけたときに、流石に疲労とかがやばかったので何か回復できる魔法はないかを探してスキル創造で作ったものだ。

とは言っても探して出てきた回復魔法の中にあった中級クラスの回復魔法“キュア”、上級クラスの回復魔法“リザレクション”はSPが足りなくて覚えることができなかったため、下級クラスの回復魔法“ヒール”以外に選択肢はなかったわけだが。

まぁ、下級と言えども昨日くらいの疲労とダメージなら余裕で癒すことができたため十分に助かるのだが。

回復魔法を覚えたおかげで、残りのSPは5になってしまい、他に覚えることができるのは魔法使いたちが基礎として習うような火をつけたり、水しずくを作ったり、軽い風を起こしたりといったものしかなかった。

とりあえずその中でも使う機会が多いかもしれないと思い、火をつける魔法“着火”を覚えておいた。

 

「……えっと、それでは、加入金として10シルを頂きます」

 

「はい、10シルね」

 

不審には思っただろうが、それでも一応仕事は続行するようで営業スマイルを浮かべて進行する。

 

「それでは、こちらが冒険者カードになります。紛失した場合の再発行には20シルを頂くことになりますのでご注意ください」

 

冒険者カードを受け取ってみると、そこには確かに俺の名前や職業などが書かれており、名前の隣にはFランクと書かれていた。

 

「簡単に冒険者についての説明をさせていただきます。冒険者はFランクから始まり最高でSランクまでの7ランクで構成されています。依頼についてですが、依頼にもランク指定があり自分と同等かそれより下のランクの依頼しか受けることはできません。

つまり、FランクがいきなりBランクの依頼を受けることはできず、Bランクはその下のC,D,E,Fのランクの依頼を受けることができるということです。同じランクでも危険なものはいくらでもありますので、ご自分の力量に応じて以来の選択を行うようにしてください。

依頼に失敗した場合、罰則金を頂くことになります。ちなみに、あまりにも以来の失敗を繰り返していると、ランク降格もありますのでご注意ください」

 

それ以外にも、ギルドランクを上げる方法や施設の説明などいろいろと言われて、5分ほどで解放された。

内容としては依然読んでいた作品に似ているところも多々あったため、わりかし簡単に頭に入れることができた。

その後、依頼が載せられている掲示板を見て依頼を受注してギルドをでた。

ちなみに受けたのは薬草採取、冒険者の基本中の基本だろう。

 

「さて、ここに来てからはじめての冒険。楽しんでいってこようか」

 

王都の門を出た後、全力で走ってどれだけのスピードが出るのか試すためにも、時間の消費を抑えるためにも、身体強化の魔法を掛けて薬草が生えている場所まで爆走した。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

あれから、俺が冒険者生活を始めてから3ヶ月ほど時間が過ぎた。

初めての魔物との遭遇、命のやり取り、そして奪ってきた生き物達の命。

なるほど、確かにこれは現代日本に住む一般人にはキツイものがある。

自分の命を守るためであっても、やはり倫理武装で固められた純粋培養の日本人にとって、人間でなかったとしても他の命を奪う行為は精神的に参る。

だが、それもこの世界に染まってきたからなのか2週間もすると特に何も感じることなく魔物を狩ることができた。

むしろ魔物を倒して思うことと言ったら「お、良い素材だ、高く売れるかな」「お、いい肉ゲット!」とか、こんなものになってしまった。

依頼の最中に野盗を殺したこともあったけど、慣れてきたころだったからかいい気分はしなかったが、特に深く考えることはなかった。

……これでは、もう元の世界に帰って普通に生活できないかもしれないな。

戦争に行った兵隊が急に戦争が終わり平和な世の中になると、その平和な時間に違和感を持ち居心地が悪くなるということを聞いたことがあるが、俺もそれと同じ状況なのだろうか。

まぁ、こちらでの生活にも慣れてきたところだ。

王都を拠点に依頼を受けたり魔物討伐をする日々を繰り返していたおかげでいつの間にか金もたまり、その金で小さいながらもそれなりに住みやすい家も購入できたし、今では数週間くらいはなら働かなくても暮らしていけるくらいの蓄えはできた。

もうこちらに永住してもいいのではないかと、頭の端っこでそんな考えが浮かんでいるところだ。

 

「お、よう! イトーさん、聞いたかい? 最近勇者さまが召喚されたんだってよ」

 

「……へぇ、勇者ねぇ」

 

隣の家に住んでいて、時々一緒に酒を飲みに行くくらい親しくしているジョーンズだ。

ちなみに2年くらい前から冒険者として活動しているようで、俺より2歳ほど年下ながらに冒険者としては先輩というわけだ。

俺が冒険者になりたての頃に、わからないことをいろいろ教えてもらったものだ。

今日も一仕事行ってくるかと家を出たところ、偶然居合わせて出会いがしらに彼がそんなことを言ってきた。

 

「あぁ、まだ10代半ばくらいらしいが美男美女揃いらしいぜ」

 

「へぇ、美男美女……って、なぁジョーンズ。勇者ってのは普通一人じゃないのか?」

 

「あぁ、普通はそうらしいんだけど、なんの偶然か5人召喚もされたらしい。男二人に女三人だ」

 

新しく勇者が召喚されたと聞いた時はそれほど驚かなかった。

俺が召喚されて城を追い出される時、新しく勇者を召喚するように王様がフィーナに指示を出していたからいつか誰かが召喚されるだろうとは思っていた。

だが、まさか5人も一気に召喚されたとは流石に驚きだ。

 

「なんかめっぽう強いらしいよ。噂では近衛騎士の隊長相手に勇者の一人がもう少しで勝てるかってところまで追い詰めたらしい。他にも勇者の一人が魔法の天才で召喚されてまだ1週間も経ってないのにすでに中級魔法を覚え出したとか」

 

「……そりゃ、また何とも」

 

確かにそれはすさまじい才能を持っているようだ。

俺みたいに“スキル創造”ができるなら別だけど、普通の魔法使いが中級の魔法を使えるようになるには、才能の差ももちろんあるだろうけど大体早くても数カ月、遅かったら数年かそれ以上かかるだろうといわれている。

ちなみに上級だと魔力保有量的な意味で努力以上に才能が物を言うそうで、使えて数千人に一人くらいだろうといわれている。

それを考えると、召喚されて1週間もしないうちに中級を覚え出したということは、間違いなくその子はかなりの才能を持っているということだろう。

隊長と戦った勇者も、魔法を使う勇者も、恐らくそのほかの3人の勇者もだろうがやはり勇者としての資質が高い子供たちなのだろうな。

……まぁ、だからと言って俺には関係ないことだろうけど。

俺も異能を持ってはいるが、すでに俺は王様から勇者とはみられていない。

もしかしたら俺の事はそこら辺でのたれ死んでいると思っているか、もしくは忘れてしまっているのではないだろうか。

まぁ、勇者に魔王退治でも頼むのか隣国との抗争に手を貸してもらうのかどうかは知らないけど、そんなに強い勇者が5人もいるならば負ける心配もそうないだろう。

俺たちのためにも、頑張ってほしいものだ。

……ん? 同郷のよしみで助けてやらないのかって? ……さぁ、どうだかなぁ。

別に俺は利己的な主人公でもないし、臆病すぎて戦いから遠ざかろうとする主人公でもないし、戦いが好きで率先してメンバーに加わりに行くような主人公でもないし、腹の立つ奴らに報復をたくらむような主人公でもない。

俺は確かにこの世界に来て異能を手に入れて、今ではそこらにいる冒険者よりは強くなったという自負はある。だけど、その性根はやはり現代日本人的な面倒くさがりな一般人なのだ。

ま、俺が出る幕があるのかどうかはわからないし、俺程度ではどうしようもないことなのかもしれないけど。

それでも自分の生活が脅かされそうにったその時は、何か自分にできることはないかを探して行動してみるのもいいかもしれないとは思うよ。

でも、その時まではこの楽しい日常を謳歌させてもらうさ。

 

「それじゃ、俺はもう行くよ。今日の依頼は護衛でね、時間が迫ってるんだ」

 

「おぉ、そうか。時間取らせて悪かったな」

 

「いや、別にかまわないよ。あ、護衛と言っても他の町まで送ってくようなやつじゃなくて、初心者冒険者の数人を討伐依頼中に護衛する程度だ。

そんなに時間もかからないだろうし、帰ったら夜にまた飲みに行こうぜ」

 

「お、そうなのか? わかった、何もないとは思うけど気をつけて行ってこいよ」

 

「あぁ、分かってる」

 

そうジョーンズに返すと、俺は依頼人との待ち合わせの場所に向けて足を向けた。

 

「さぁって、確か今日は10代半ばの子供が数人だったか? まぁ、捻くれた大人が相手よりはまだましかな」

 

夢にまで見たこの異世界で、夢にまで見た魔法を使って。

 

(……あれ、10代半ばの子供が数人? ……まさかなぁ)

 

今日も俺はこの楽しい日常を謳歌する。

 

 

 

~Fin~


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択