No.472710

■25話 黄巾党殲滅・後編■ 真・恋姫†無双~旅の始まり~

竜胆 霧さん

編集して再投稿している為以前と内容が違う場合がありますのでご了承お願いします

2012-08-20 00:11:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2107   閲覧ユーザー数:1972

■25話 黄巾党殲滅戦・後編

―――――――――――――――――――

 

前方に迫り来る黄巾党を見据えて呟きをもらす。

 

「時雨…だけに…無理…させたく…ない」

「ッハ! 心得ております」

 

子萌えがすかさず言葉を拾い上げ、かごめのその言葉だけで全てをわかっているとばかりに返事を返し、さらに李福隊の面々へと顔を向けて叫びを上げる。

 

「お前ら! 李福様を悲しませてみろ、即刻『聞くも恐ろしい萌える制裁』を与える」

 

子萌えのその言葉を聞いた李福隊の面々がガクガクブルブルと震え始め、中には愉悦と恐怖の混じった顔をして泣き叫ぶものが出始める。

 

いきなり巻き起こった異常事態に困惑して子萌えを見るかごめ。

 

「どう、した……の?」

「何でもありません李福様、皆武者震いをしているのです」

 

時雨の事だったらよくわかるのに他の人のことはよく分からない。でも子萌えがそういうのならそうなのだろうと納得する。

 

「そう……」

「ほら! 向こうで紀霊隊が吼えてるぞ、我らは負けてはならない紀霊隊だけには! 雄たけびをあげろ!」

 

士気を上げるためではなくタダ単純に対抗するために雄たけびを上げ始める李福隊一同。平常運転である。

 

「よし! 弓隊構え、我らが一撃を先に食らわせるぞ! 李福様のために」

「?」

 

何故自分のために先に一撃を加えるのかよく分からず首をかしげて李福隊を見やるかごめに対して李福隊の面々は突如吐血するものが現れはじめる。

 

「ぐはっ、まずい……このままでは黄巾党と戦う前に戦死者が……惜しいですが、李福様はどうぞ後ろから我々を見守っていてくださればいいのでお下がりください」

 

子萌えも何かに必死に耐えながら李福に後ろにつくよう進めるが、生憎とかごめの先の宣言でも分かる様に時雨の負担を減らすという大義名分がある為やる気が非常に高い。

 

「私、戦……う」

 

「っは、愚かなことを申しました。お前ら聞いたか! 我らのために李福様じきじきに出るそうだ、その意味を知れ! 我らは命をとしてこの戦い勝つぞ!」

 

かごめの発言で途端に意見を翻す子萌え。そしてまたもや雄たけびをあげ始める李福隊。さっきから叫びすぎではあるが戦場に居ながらもいつも通り過ごしているのはある意味評価できるかもしれない。

 

そうして緊張感のかけらすら持っていない李福隊の元へ時雨が牽引してきた黄巾党がやってくる。

 

「敵が来たぞ、弓隊放てーーーー!」

 

獲物を前にして獰猛に飛び掛る李福隊の頭の中はかごめ一色で染まっているのだが、それは幸運にも死んでいく黄巾党へ伝わることは無かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「なんだか騒がしけど……時雨のせいかな。それにしても初陣ってのは本当に厄介だよな……。俺も大変だったからな、まあ初陣じゃなくても大変か」

 

そう言って初陣で吐いていた昔の自分を思い出す。思わずそのときの光景、気持ちを思い出してしまい、昔の自分から貰いゲロしそうだったのは秘密である。

 

ちょっと気持ち悪くなりながらも自分のしなければならないことをする為に今度は独り言ではなく大きく声を張り上げる。

 

「お前達も怖いだろうが頑張ってくれ。未来を生きるために今を戦い抜こう!」

 

凡庸な掛け声ではあったが、北郷隊は紀霊隊や李福隊と違い、ただ静かに瞳へと決意の色を宿らせていく。

 

本当に凡庸な一刀ではあるが魏軍の前進とも言える訓練方法で叩き上げた兵はそこら辺の兵隊よりも恐ろしく強く、錬度が高い。

 

彼ら一人一人は常に己に対して自信を持っているし、指導してそう育て上げてくれた一刀を尊敬してやまない。だからこそ凡庸な言葉で死すら決意できるまでになっていた。

 

「李福隊が弓を射掛け終わると同時に出るぞ、俺が先頭に立って敵を引き付ける。お前達は2人1組で戦え、油断はするな、訓練を思い出せば必ず勝てるはずだ」

 

それだけ言って静かに刀を構えて前を見据える。俺は俺のやれることをするんだとそういう決意の元に一刀は走り出した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

旬正隊は何故か戦場で異様な雰囲気に包まれていた。

 

「私、お腹がすいたの……どういう意味かわかるかな?」

 

決してあるはずが無い黒いオーラが立ち上った様に見えて旬正隊はおびえ始める。あまりに凄まじい気迫が綾から放たれている為何かを意見する事などとではないが不可能だ。

 

「お前達はこれから獣になれ、私の飢えを代弁しろ。そしてこの戦いを早く終わらせろ……私が食うために」

 

コクコクと必死に頷く兵達を見て微笑む。日ごろから厳しい訓練をつませ、その後に食事を取らせながら食事がどんなに大切さを説いてきた綾である。今の状況は綾にとって地獄に等しい、おかげでそのスペックが十二分に発揮されるのだから悲しいものである。

 

「わかったならさっさと配置に着け、弓兵は李福隊と一緒に射掛けろ。他は敵がもっと近づくまで待機だ。私はお腹がすかないようじっとしているからこれ以上話しかけてくるなよ?」

 

そういうと無駄に殺気を放って黙り込み、じっと黄巾党をまるで親の仇の様に睨み付ける。

 

そんな様子を見て兵達も怯えながらも黙々と準備をし始める。頭の中で黄巾党早く来てくれとおかしな祈りを捧げながらやっている辺り、ここは既に戦場よりも兵達にとっては過酷な場所になっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

李福隊と旬正隊が矢を放ったのに対して華雄隊と北郷隊はそれが収まると同時に突っ込んでいく。そしてそれを追う形で紀霊隊もついていく。

 

こちらとしても負傷兵が居るのであまり正面きって戦えないのが痛いところではあるが仲間の命を慮ればなんのその、名声なんてものは二の次でいい。

 

「仲間を傷つけた奴らを一兵たりとも逃したりするな! 最初に降伏しないのが悪いのだ、徹底的に潰せ! 怖かろうと今はただ殺戮せよ! 俺達紀霊隊の力を今一度見せ付けるぞ!」

 

俺の檄に答え雄たけびを上げながら紀霊隊が突っ込んでいく。中には気張っている負傷兵が混ざっていて少し不安にもなるが一人一人が覚えた気を使い敵を着実に斬り殺していく。

 

「俺も負けていられないか……」

 

そんな姿を見て心の奥底から沸き立つ何か言葉にして新しく作った2本の大剣を取り出して構え、名乗りを上げる。

 

「我は紀霊なり! お前達の同胞を殺し、刻んだ男だ! 群れなければ何も出来ないお前達など死んで行った者と同様に無様に切り刻まれて散っていけ!」

 

大剣を使うのは初めてだが気を通せばさほど苦になる重さではない。何度か素振りで敵の首を刎ねていき、手応えを確かめる。

 

数人殺していってやっと準備が出来た。これから行うのは戦闘と呼ぶことすらおこがましい一方的な殺戮であり、虐殺である。

 

大剣に気を通して一振りし、剣、鎧、肉、骨、何もかも関係なく切り裂いていく。

 

その光景を見て次々に悲鳴が絶望の色を含んで叫ばれる。けれどそんなの気にする必要など微塵も無い、何故なら目の前にあるのは俺を育てるための食材でしかないからだ。

 

切り捨てていく中で大剣での最大の速さを追求していく。重さを利用し、遠心力を利用し、己の動きを利用して只管に速さを追求していく。

 

恋、一刀で試し、感性の兆しを見せたこの技をもって俺は高みへと上っていく。

 

回転し、回転させ、回転する中でとまることの無い大剣が空気とともに敵を切り裂いていく。

 

加速をやめず、切り裂くことをやめず、情けをかけずにただただ無遠慮に、傍若無人に命という名の果実を狩り取って行く。

 

痛みなんて与えはしない、悲しむ暇も与えはしない……俺が与えるのは死という戦場での救いのみ。殺し、憎しみ、殺されるこの戦場で、唯一その場から開放される術のみを与えていく。

 

紀霊隊からつかず離れず、敵を引き付け放さず、淡々と、豪快に、悠々と、爽快に敵を斬って捨てていく。

 

翳すは大義、散らすは命、けれどそこにあるのは狂気だけ。

 

跳ねる血を一身に浴び、血で体が重くなってもそれすら利用して俺は狂ったように人を斬っていく。

 

今まで殺してきたもののため、今から殺すもののため、そして己のために斬っていく。

 

「か、華雄将軍お戻りください!」

 

いきなり上がった声に思わず反応する。そこを隙と見て切り込んできた敵を即座に殺して状況を把握しようと視線をめぐらせる。

 

華雄? まさか突っ込みすぎているのか……まだ学んでいなかったのか? 今の華雄の武の限界を

 

「華雄!」

 

慌てて優しい一刀も追っていくのが良く見える。馬鹿たれが……お前も多対一はだめだろうがと一人憤慨するもそれで状況が好転するわけも無く、仕方なしに後を追う準備をし始める。

 

まったくどいつもこいつも考えなしだなと思わず苦笑する。

 

「あっちゃん! 俺は華雄と一刀を連れ戻しに行く、あっちゃんは隊をまとめて華雄隊と北郷隊と合流してことに当たれ」

 

「っは!」

 

やっぱり身内にはどうしても甘くなってしまう。それが人の絆なのかなと考えつつ赤い道を作りながら二人が居る場所はまだかなり距離があるので気配をなるべく薄くして歩みを進める。

 

まだ死ぬな、俺が生きているうちは死んでくれるなと、そう願う。例え馬鹿であっても知り合いには死んで欲しくない。

 

戦場で絶対などということはない、どんな武将でも隙を突かれて攻撃されれば意図もたやすく死んでしまうけれど俺はそんなこと許せそうに無い。

 

自然と足を早め、大剣の速度を上げて敵を散らし、華雄たちを追っていく。

 

それにしてもこの鎧重くて適わない。いくら飛影が名馬といえどここまで重量のある俺をずっと乗せたまま戦うことは難しかったために途中で分かれたのだが、少し後悔してしまう。

 

気の修練を続けていけばいずれその点も改善されるだろうが、そんなのは未来の話でしかない。今はとにかく歩みを速めていく時雨だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「黄巾党の連中入っていきよったな?」

 

渓谷へと進み入っていく黄巾党を見送った後にそういって張遼が部下に念のための確認をとる。

 

「っは! 我らの策に嵌ったようです」

「よっしゃ! ならウチらは後ろから敵を突くで、遠慮はすんなやっ! 張遼隊の騎馬の力思い知らせたれや」

 

そういって張遼は早速動くが気は乗り切らない、理由は単純だ。

 

いまいちやる気おきないんやけど、やっぱり猛者がおらんとつまらんからかな

 

そんなことを思いつつもちゃんと仕事はこなす張遼である。颯爽と現れて黄巾党の最後尾に突撃していく。

 

「ウチの名は張文遠、その名を刻んで死ねや」

 

飛龍偃月刀を振り回し、一気に黄巾党の兵を殺していく。

 

後ろからの奇襲に恐慌が起こり、勝手に自爆していく黄巾党を見て思わずため息をつく。

 

「やっぱ手ごたえないなー、なんかおもろい事でも起こらんやろか」

 

決してまじめな発言ではないけれど、やっぱり仕事はこなす張遼。

 

「おのれ貴様ら! 次から次へと鬱陶しいわ!」

 

へ? なんや華雄の声が聞こえたきがするんやけど……きっと気のせいやな。そう考え反対側にいるはずの華雄が声が聞こえる位置に居るはずがないと頭を振る。

 

けれどそう思いながら見た視線の先には丁度中間ぐらいの位置に華雄が一人喚いていた。

 

「あちゃー、自分何やっとんねん……もう放っておけないやないか」

 

そう片手で額を押さえながらつぶやく。幸いにもこちらは敵が混乱しているために余裕がある、助けに行くのも吝かではない。

 

「ウチは華雄を取りに行ってくるさかい、おまえらは自分の仕事しいや!」

 

返事を聞くのもそこそこに張遼も華雄の元へと向かい馬を走らせる。

 

「っち! 邪魔くさいな自分ら」

 

斬っても斬っても次から次へと沸いてくる黄巾党を斬りつけながら、時には馬に踏ませながら進んでいく。

 

華雄あそこまでいけたの奇跡に近くないか? それとも近くにまだ人がおるんか? と疑問に思ってしまうほど奥に進むのが難しい。

 

そんな疑問が残るものの華雄が討ち取られて士気が下がるのもなんなので足を速める。

 

「華雄! なにこんな所まで出張ってきとんねん!」

「おお、張遼か……それが紀霊に負けまいと武を奮っていたらいつの間にかな」

「何がいつの間にかやねん! もうちょっと周りみいや!」

「おーい! 華雄さんって張遼さんまでなぜここに?」

 

聞こえてきた声に思わず手を額に当てて嘆く。何故この場所に将が3人も集まっているのかと

 

「自分こそ何してんねん、将が2人もこっちきたら戦線がもたんやろ」

「それは時雨に……」

「お前らいい加減にしろよ、人任せも大概にしておけよ……まあ俺も人のこといえないが」

 

一刀の言葉を時雨張本人が遮る。そしてそれを見てもうあちゃーと顔を強張らせながら張遼は紀霊隊へと視線を向ける。紀霊が居ないというのに戦線を維持しているその姿はさすがといえるが、他の隊のフォローに回っているため十全に動けていないのがよく分かる。

 

「なにしとんねおまえら! 今すぐ自分の持ち場にもどりや!」

「わかっている。俺が戻るまでの間は副官に任せてある」

 

俺が居なくても大丈夫だと確信しているような顔をする紀霊にあきれながらこの事態の元凶である華雄を睨む。

 

「なっ、私は別に一人でも戦えるぞ!」

 

無駄に虚勢を張る華雄に対して紀霊が一喝する。

 

「阿呆が! お前は俺と戦った時から何も成長してないのか? それとも殺されたい願望でも持っているのか?」

「なんだとっ!」

「いいから黙って今すぐ戻れ」

「っ……」

 

如何に負けた事があると言ってもあの頑固者の華雄が渋々ではあるものの従うなんて驚きである。さすがだと思いながら視線を華雄から紀霊に移し、敵を切り捨てるその姿に思わず見とれてしまう。

 

こんな状況で思うのも不謹慎やけど、ほんま綺麗に戦うんやな。

 

「ちょ、張遼さん後ろ!」

「え?」

 

一刀の忠告が聞こえた時には既に敵の刃が目の前に迫っていた。死ぬことはないが恐らく致命傷は受けてしまう。見とれたがゆえに失敗した己を恥じて急ぎ体を動かそうとする。

 

「フンッ」

 

けれど次の瞬間にはその動きは意味を無くしてしまった、紀霊の一撃によって。

 

「戦場で気を抜くとは張文遠にあるまじき行為だな……」

「わ、わかったるっちゅうねん! ウチはもう戻るで」

 

まったく、誰に見とれてたとおもっとんねん。っちゅうかここまでどうやってきたねん。

 

そう思いながら先ほどまで紀霊が居た場所を見ると真っ赤な道がここまで出来上がっていた。恐らく一瞬でここに至るまでの道にいた者たちを斬り捨てて来たのだろう。身震いしてしまうほどの光景にまた不覚にも動きを止めてしまうが、紀霊がきちんとカバーしてくる。

 

「そうしてくれ、一刀は華雄と一緒に戻ってくれるか?」

 

「わかった。正直一人は辛かったんだ」

 

確かに良く見れば一刀は疲弊していた。そりゃ敵の軍勢の中を突っ切ってきたからそれも当たり前の事ではあるが、そこまで紀霊が気を回せていたことに驚いてしまう。

 

まだそこまで戦場に出ているわけではなさそうだというのに、ここまで戦場の把握が出来るとは予想の範囲外である。

 

もしかして全部見通して笑みでも浮かべてるんちゃうか? 鎧のせいで表情がわからんのが癪やな。

 

そんなことを思いながら今度は気を抜かず自分の隊へと戻っていく。

 

結局ウチまで命を救われてしもた

 

少しばかり助けに行ったことを後悔し、その分紀霊たちが戻りやすい様働こうと張遼隊の面子と共に攻撃を再開するのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

張遼が戻っていくのを見届け、華雄と一刀を持ち場へと連れ戻って一息つく。

 

そろそろ戻らないとあっちゃんにいつまでも任せておくのも忍びない、それ以前に初陣の副官に任せること自体が間違っていそうなものだが、任せられると確信していたのでそれはあえて無視する。

 

幸い華雄隊と北郷隊のフォローに回っていたのでそこまで遠くのが救いだろうか。

 

それにしてもさっきの張遼は危なかった、瞬時に最大出力の気で身体強化をして飛び込んでも5分5分の確立だったのだ。正直ギリギリと言えたが、それ以上に敵がのろまだったのが助かった。

 

敵を殺しながら紀霊隊へとたどり着くと同時に誰かが飛び込んできた。

 

「き、紀霊隊長!」

 

何処か切羽詰ったあっちゃんの声で何かあったのだと悟る。

 

「何があった!」

「そ……それが、我が隊の者で一人死に掛けているものが……」

 

俺に向かっていた黄巾党が紀霊隊に群がったのだ、そうなってもおかしくはない。そうわかっていたはずなのに俺は一刀たちを心配して離れてしまったのだ。

 

何という体たらくだろうか、3人の武将の命に比べれば安いかもしれないがそれでも自分の部下なのだ。敵を押し付けて殺していい道理などあるはずがない。

 

「どこだ! まだ助かるかもしれん!」

 

表情の暗いあっちゃんにそう言って後方に居るその隊員の下へといってみて絶望した。

 

もういつ死んでもおかしくない怪我だった。どうしていきているのかさえ不思議だった。息も絶え絶えになりながらそいつは俺を見て血まみれの笑顔をみせる。

 

「たい…ちょう……」

「なんだ」

「お、俺……隊…長に、殺…してほしく…て」

「っっ……!」

 

俺は言っていた俺に殺されるか寿命で死ぬかどちらかにしろと、こいつはそれを律儀に守る為に死んでもおかしくない怪我の中どうにか意識を保って待っていたのだ。

 

嬉しそうに自分を殺してくれと懇願する部下を見て自分の認識の甘さを再度呪った。けれどそれをおくびにも出さず、俺は兜を取って笑顔をみせる。

 

「そうか……なら俺がお前の分の思いも背負って行く、だからお前は笑って俺の中で平和を見ればいい」

「は…ははっ…、隊…長……の…隊で……よかった…です……」

 

「俺もお前が俺の隊員で誇りに思う。それじゃぁ行くぞ、一思いにやってやるからな。大丈夫だ、これ以上痛みは感じさせない」

 

「あり…がとう……ござい…ます」

 

最後の言葉聞き届けた後瞬時に大剣で止めを刺す。どうやれば痛みを感じないですむか分からなかったので上から下に真っ二つにせざるをえなかったのだが、想像以上にきつかった。

 

「隊長……」

 

心配してこちらを見てくるあっちゃんを余所に俺の心の中は怒り狂っていた。己に対する怒り、敵に対する怒り、仲間を失った事への悲しみ、命を背負った重み。

 

何もかもがごちゃ混ぜになり、心の中で肥大化していくと同時に身からこぼれる圧倒的な殺気が辺りに充満していく。

 

「俺の隊の者を傷つけたその代償、高くつくぞ」

 

あっちゃんが震え始め、膝をつき真剣な瞳で見つめてくる。

 

「私もお供させて下さい」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

俺は自分の隊へと戻って紀霊隊に自分の隊が紀霊隊に守られていたことを知った。そもそも自分の隊の副官だって初陣だったのだ、いくら他のものより強くとも初陣ではどうしてもまごついてしまう。

 

それを見抜いて紀霊が配置してくれたという事を俺は否応なしに部下から教えられた。

 

そしてその中の一人が俺の隊の者を庇って瀕死だということも……。後悔して時雨に声をかけようとしても結局かける事はかなわなかった。

 

何故なら時雨が瀕死の重傷を負った彼の下へと向かい、殺気を滾らせながら戻ってきた事がどういう事になったか如実に物語っていたからだ。

 

顔は見えずとも泣いているのがわかる。そしてその殺気の濃さに自分に向けていられないのに震えがきてしまう。

 

時雨が戦場に声にならない言葉で慟哭する。

 

「———−——————!!」

 

その声に反応して紀霊隊の殺気の密度がどんどん上がっていく。声で伝播する時雨の気持ち。仲間を殺された怒り、悲しみ、憎しみ、あらゆる感情がひしめきあい、共鳴し合って周囲へと広がって行き、紀霊隊の面々を鬼の形相へと変えていく。

 

そしてそれからの光景は忘れることが出来ないものとなった。

 

紀霊隊と時雨のいる場所からおびただしいほどの血飛沫が上がり、怒声が上がり、悲鳴が上がった。

 

彼らは怒りに狂いながらも冷静さを失っていなかった、仲間を傷つけたことへの怒りを敵へとぶつけていながらも時雨はきちんと指揮を執っていたのだ。ただ一人の仲間の命でここまで怒れる時雨たちの絆の強さに感心し、そんな状況でも指揮が取れる時雨の強さに憧れ、それゆえ自分の犯した過ちの大きさに悲しくなった。

 

俺が華雄をおって隊を離れたばかりに時雨の兵を殺すことになってしまった。俺の責任なのに俺にはまだ力がない、いや、力どころか何もかもが足りない。

 

俺がもし時雨と同じ立場ならどうしただろうか? 想像すら出来ないほどの悲しみに心を支配されて冷静でいられるだろうか?

 

疑問が渦巻く己の心を今は無視して紀霊隊の動きを脳裏に刻んでいく。

 

怒りで大地を震わせる彼らは最後の最後まで暴れに暴れた。黄巾党のほとんどすべてを綺麗隊が殺したと言っても過言ではない程だ。

 

全てが終わった後俺は時雨に謝りに出向き、攻められるはずだと身構えていた身に放たれた言葉を理解し、絶句した。

 

「あいつは俺が殺し、俺の糧となった……ただそれだけだ」

 

確かに時雨はそんなことを俺に言い放った。いや、呟いていたという方がしっくりくるかもしれない。

 

仲間の命を奪った? それがどれほどの重圧になるのか想像すら出来ない。命を奪ったのか時雨の意志か、彼の意志かは分からないがこれが時雨に大きな影響を与えた事だけは確かだろう。

 

もう助からないことはわかっていたけどどうしてこんな結末が待っているんだと悲しみ、自分の覚悟の足りなさを反省する。

 

「紀霊隊長は優しすぎると思います。けど私はそんな隊長に最後を看取ってもらいたいです」

 

隣にあっちゃんと呼ばれる女性が並び、話しかけづらい時雨に向かって堂々と己が意見を言い放つ。内容が彼の気持ちを代弁するようなものだったからか時雨の纏う重い雰囲気が少し緩和された気がした。

 

「これは辛いなら答えなくてもいいけど……彼は死ぬ時笑ってた?」

「ええ」

 

便乗して無神経な質問をしたとは思うけれど、あっちゃんは笑って肯定してくれた。彼が笑って最後を迎えられたという事はきっと時雨は最後に悲しみながらも隊長としての責務を果たしたのだろう。

 

誇っても良い働きだというのに時雨は黙して何も語らない。

 

戦闘後に時折感じる時雨の寂しそうな気配は、いつもよりも大きくなっている様な気がした。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

■あとがき■

人死には嫌いです。


 
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