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魔法少女リリカルなのはDuo 0~3

秋宮のんさん

三話まとめ出しです。

2012-07-21 14:08:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1704   閲覧ユーザー数:1616

・Duo語る

 

 研究室内で突然のサイレンが鳴った。

 メンバーは「ああ、またか……」と言う呆れ顔ながらも重要なモノを集めて撤収していく。

 俺はそれを横目に溜息を吐くしかなかった。

 間もなく研究室の扉は魔法砲撃にて破壊された。あの扉も一体何回直したのか、もはや数えるのも億劫と言うモノだ。

 扉を破壊した管理局の戦技教官殿は、いつも通りの張り付けたような笑みでこちらをロックオンしたかと思うと、徐に首根っこ引っ掴んで引きずり始めた。これもいつもの事なので抵抗する気はない。

「ちょっと、付き合ってもらうね?」

 笑顔で語る彼女の両隣りには、これ(、、)の後にお世話になる医療のエキスパートと、これ(、、)に必要な彼女の娘が苦笑を浮かべていらっしゃる。俺などは開発中の新デバイスを試してみるかと変に冷静な事を考えている始末だ。

 どうせ、俺の結末など決まっているのだから(、、、、、、、、、、、、、、、、)、怯えるだけ無駄と言うモノだ。それならいっそ、この状況を有効活用するほかない。

 ただ、一つ言わせてもらえるなら、決して物解りが良いわけじゃない。たんに諦める以外の選択を悉く打ち破られてきただけだ。物理的に!

「ふんぎゃばあああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っ!!!!!」

 そして、俺の悲鳴は今日もまた訓練用施設内にて木魂する。

 

 

「……っと言うわけで、今回の心当たりはなんだおいこらっ?」

「ん~~~? 今度の任務で俺とフェイトが泊りがけで任務に出るからその所為じゃないか?」

「やっぱりそれかよっ! ってツッコミより、この後もあるのかよっ!? ってツッコミをさせる暗雲立ち込める返しだなっ!?」

 時空管理局、オフィスの一角、俺は過去の戦友に噛みついていた。

 役職は執務官で、今はどっかの一部隊を任されているらしいのだが、順調過ぎるほど順調な速度で昇格しているので位を把握するのも止めてしまった。一番新しい記憶では本局航空部の執務官で、艦長をしていたと思うが……、今ちらっと見たところでも胸の公証が増えている気がする。ひけらかす性格じゃないから、たぶんアレ以上に所有しているはずだ。

短い黒髪に茶味がかった瞳は、昔より幼さが抜けたような気がする。

 対する俺は技術開発局で白衣のメンバーと共に裏方仕事だ。面倒臭がって切らずにいた髪は既に肩を隠すほどになったので、今はまとめて後ろで縛っている。白衣の代わりに千早を着ているのはただの趣味だ。

 戦友、龍斗は苦笑いを浮かべながら俺に語る。

「俺とフェイトは立場上任務が一緒になる時が多いから、仕方ないだろカグヤ?」

「仕方ないで済ますな。毎回毎回、高町の訓練と称した奴当たりに曝される俺の身にもなれ! 今回だってヴィヴィオが途中で止めてくれなかったら三途の河を渡りきるところだったぞ!」

「あ、ヴィヴィオ元気にしてるか? 仕事が忙しくて中々会えないんだよね」

「逸らすな! 話を逸らすな!」

「あはは」

 軽く笑って流されてしまった。疲れるだけなので追及するのは止めた。

「でも、カグヤもずいぶん明るくなったよな? 昔はダークだったのに」

「『時狂い事件』の事ですかい? 『殲滅の黒き刃』殿?」

「そうだよ。あの事件があったから今の俺達がある。そうだろ? カグヤ隊長」

「なんで隊長だ? 俺は最前線技術開発局班長だぞ?」

「じゃなくて、昔の話してるんでしょ?」

「……お、おおっ! そう言えば昔はそう言われてたっけか?」

 ぽんっ、手の平に拳を落として思い出す俺に、「相変わらずの忘れんぼ振りだ……」と苦笑する龍斗。

「本当に懐かしいね、俺もあの頃初めてなのは達と出会った」

 言いながら龍斗は俺が作ってやったデバイスから一枚の写真映像を呼び出す。そこには高町と八神の二人に挟まれオドオドしている龍斗の姿があった。どうやら最近の物らしい。

「相変わらず仲良いじゃないか」

 懐かしさから俺も最愛の人と撮った写真映像を懐中時計型の端末から呼び出す。フェイトと二人だけで並んで撮るつもりだったのを、ギンガとティアが横から乱入して、面白がったスバルがギリギリで加わったところで俺が怒鳴った瞬間の映像が出てきた。俺の肩にはリィンの笑っている姿もある。

「皆元気そうだね」

 写真を覗いてきた龍斗がからかうみたいに笑う。

 写真を消してから俺は仏頂面になって返した。

「リィン以外で二人っきりになろうとすると結構な確率で乱入してくるんだ。特に押しの弱いフェイトと撮る時は中々苦労だ」

 呆れて見せながら、俺達は互いを見て笑いあった。

 そう、あの時は、こんなIfを作れるなんて、想像もしていなかった。

 日向(龍斗)と影(カグヤ)のDuot(二重奏)。

 

 

 

 

第一・発端

 

 0

 

「皮肉な体質だよね……。魔術師として絶対的に必要な才能、それを君は持っているのに、魔力を保有する器が決定的に小さい。魔術師としては致命的。まるで魔術師の世界で虐げられるために生まれたような体だね」

 彼が姉と慕った女性は、冗談半分といった声でそんな事を言っていた。それが言葉通りの意味だったのか、言葉に裏があったのか、八つになったばかりの彼には全く理解の及ぶところではなかった。ただ、その言葉は、当時の少年には全くと言って何の感慨も与えるものではなかった。その少年は、ただあるがままを受け入れ、真っ当に生きていきたい。そんな事しか考えてい。

 それが彼の全てであり、彼の第一動因なのだ。

 だが、それは悟っている訳でも、やけくそになっている訳でも、ましてや現実に根を張って生きている訳でもない。ただ幼く、それしか知らないだけだ。

 故にそれは、当然の出来事だったのだろう。

 ある時、現れた鳥の化け物。少年を守ろうとして少女は命を落とし、彼女の家であった神社に安置されていた、とある神具が破壊され、その時起きた現象に少年は巻き込まれる事となる。

 

 

 それから幾日の時が経った頃、先に別の少年の話をする事になる。

 その少年は魔術師の家系に生まれ、幼い頃から魔術と言うモノを教えられてきた。

 才能もあり、努力を惜しむ事も無く、少年は順調に力を付けて行った。

 そんな少年が出会ったのは、自分と同じく魔法を使う事の出来る白い少女だった。

 白の少女と黒の少年。二人は互いに二人だけの秘密の時間で一緒に魔法を学ぶ毎日が続いていた。

 少女は魔法の宝石から教えられたとおり、魔法で創りだした球体で空き缶を弾き、コントロールの練習をする。少年は親に教えられている方法で魔法を使い、練習を続けた。

 そんな二人だけの時間は、いつの間にか一人になってしまった。

 魔法の訓練をするのは少女一人、少年は……突然現れた、もう一人の少年に戦いを挑まれ、何度となくぶつかり合う事になった。

 どちらの少年も弱く、戦いは長引くばかり。黒の少年は白い少女とはそれっきり、再び会う事は出来なかった。

 とある町で、戦う二人の少年の意思とは全く関係の無い場所で、その結界は作りだされた。広範囲に亘って構築された結界は、黒い少年と対峙する札を使う少年にとって好都合だった。

 黒い影を呼ぶ少年。忽ち世界は陰に貪られてゆく。しかし、またもそれは二人の意思とは関係の無い一撃。一筋の光が地に落ち、世界を光で包み込んだ。

 影は散り、貪ったモノを吐き出し、そして二人の少年を、光と闇の中に呑みこんでしまった。

 こうして一度、二人の少年は死を迎える事になった。

 そして再び新たな生を受け入れた時、そこは全くの別世界であった。

 

 

 1

 

 ミッドチルダ、とある街、突如としてその黒い影は出現した。獣のように四足歩行する影は、頭の部分であろう場所に縦に裂けたいくつもの赤い瞳で周囲を見回し、獲物を探し彷徨っていた。獲物はすぐに見つかった。偶然居合わせた管理局の魔導師だ。影は何の躊躇も無くそいつを喰った。一緒にいた同僚がすぐに対処しようとしたが、放たれる魔法は全て食べられ、盾にした壁は丸ごと食べられた。

 シャマルは偶然近くに居合わせただけだった。だが、騒ぎに気付いてすぐに飛びだした。自分には戦う力はないが、癒しと守りの力がある。クラールビントのセンサーがあれば、奇襲が得意な敵でもすぐに見つけられる。何かの役には立つはずだと、そう信じていた。仮に、自分では対処できない相手だとしても時間稼ぎくらいは出来る筈だと。

 だが、それは全くの規格外だった。そいつは奇襲するでもなく、特別速いわけでもなく、ただ食ってしまうのだ。どんなものであろうと『喰う』の二文字のもと、あっさり喰らわれてしまう。

 せめて民間人や怪我人の避難までの時間稼ぎをと思いバインドやシールドを展開するが、それらもあっさり食べられてしまったのだ。

「な、なんなの、これ……?」

 思わず呟いた一言は、その場に居合わせた全員の心境を代弁している。

 影はジロリと赤い目を向けた。その先に居たのは一番近くに居たシャマルだった。

 次の獲物が決まった。そう物語っている様な行動は、気付いた時、既により明確に襲い掛かっていた。

 悲鳴を上げる暇も無く、シャマルは咄嗟にシールドを張ろうとするが、間に合わない。間に合ったとしても何の意味はないだろう。それはどんなモノであっても食べてしまうのだから。

 大口が迫り、バリアジャケットを無視するように牙が彼女の体に付き刺さる。

「うあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 裂帛の気合。そう表現するに相応しい一声は、彼女の体が噛み砕かれようとしたその刹那に轟いた。

 彼女がそれを声として認識した時、その時にはすでに影が両断された後だった。

 まるで開いた口が開き過ぎたかのように横一文字に斬り裂かれた影は、形を保てなくなった霧の様に霧散していった。

「ふぅーー、やっぱり、アレ(、、)か。間に合ってよかった」

 呆然とするシャマルの前に、いつの間にか立っていた少年は、見た事も無い細い反りのある剣を鞘に仕舞うと、シャマルに向き直り手を差し伸べた。

「えっと……、あなたがシャマルかな?」

「え? あ、はい」

 何故か自分の名前を知っている少年に、戸惑いながらも差し伸べられた手をとって立ち上がる。自分の今の状況も忘れて……。

 ハラリ……。

 音として聞きとるのも難しいほど小さな布が落ちる音。

「あっ……」

 そして一点を凝視したまま固まる少年。

 その意味が理解できず、小首を傾げたシャマルは、少年の視線を追って自分を見降ろし、やっとその意味を理解した。

 先程の影に噛みつかれた時、バリアジャケットが破損し、彼女の胸部を守るモノは何もなくなっていたのだ。平たく言うと脱げていた。

「え、えっと……」

「きっ、きゃ……っ!?」

 気まずそうに視線を逸らす少年に対し、シャマルは今までに感じた事の無い熱が胸から頭に上ってくるのを感じて、臨界に上った瞬間、全て本能のままに行動した。

「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!?」

 バッチーーーーーーーーンッ!!

「はぷぅ~~~~っ!?」

 乙女のビンタを受けた少年は、きりもみ状に吹き飛ばされた。

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 シャマルは管理局内の自室として使わせてもらっている部屋で深々と頭を下げていた。

 その下げられている張本人の少年は苦笑いを浮かべながら手を振る。

「いや、もういいよ。事故だったんだし」

「あ、あははっ」

 事故と言う言葉に思い出してしまったシャマルは少し顔を赤くしながら乾いた笑いを浮かべる。

 彼女は目の前の少年に戸惑っていた。管理局の魔導師が太刀打ちできなかった影を倒した事もそうだが、何より自分の彼に対する感情に戸惑っていた。今まで沢山の人間と係わってきた経験を持つシャマルは、目の前の彼に対する一種の『恥じらい』を意識するの初めての経験なのだ。

(でも、最初がアレなんですから、そうなってもおかしくないですよね……)

 誰に対する何の言い訳なのか解らない結論を心の内だけで呟き、シャマルはその先を深く考える事をやめた。

 お互いソファーに座り直したところで、シャマルは話を戻した。

「ところで、さっき教えてくれた『時食み』についてなんですが」

「ああ、うん。『時食み』って言うのは昨日倒したあの黒い霧みたいな奴だよ。アレは時間に関するモノを何でも食べてしまうから、魔法だろうが何だろうが強制的に食べちゃうんだ」

「その辺は解りました。でも、どうしてあなたはアレを倒す事が出来るんですか? それにどうしてそんな事を?」

 何故知っているのか? そう訪ねると少年は気まずい風に視線を逸らし、頭の後ろを掻き始める。なにやら言い辛そうに唸った後、気まずそうに答えた。

「ん、ああ、えっと、……実は俺、なんか時間的なモノの干渉を受けない体質らしくって、ガキの頃にアレに襲われた事があったんだけど、どうも時食みは俺を食べる事が出来ないみたいなんだ」

「えっと……はい?」

 意味が解らず首を傾げる。

 シャマルは自分を初めとして、常識はずれな出生を持つ人間がいる事をそれなりに知っている。だから彼が口にした事をちゃんと正しい意味でとらえていたし、頭ごなしに嘘だと笑い飛ばす気も無かった。だが、それでも彼の言った言葉は簡単に信じられないモノがあった。

「えっと、よく解らないけど、とりあえずあなたは、あの……時食み? だったかしら? それをどうにかしたいから私に力を貸してほしい。っと言う事かしら?」

「ん、ああ、そう言う事だ。できればこの事はあまり知られたくないから、個人的に協力してほしいんだけどね」

 少年の言う「あまり知られたくない」と言うのは既に説明されていた。

 時食みは時間を捻じ曲げようとして、時の空間みたいなのが崩れることで生まれる自然現象に近い生物なのだと言う。問題なのはその時食みではなく、時間を捻じ曲げると言う事にある。時間を捻じ曲げられると言う事は、時間を操れる事に等しい。実際それが可能なのかは解らないが、その方法がないとは言えない事が重要なのだ。つまり、この情報を公開してしまうと、時間を操ろうとする者が出てきてしまうと言う危険があるのだ。そうなってしまえば、また時食みが生まれ、ミッドは阿鼻叫喚の地獄絵図になる事だろう。

「それに、俺そのモノも時間に関する貴重な情報だと思うんで、できれば管理局とか、デカイ組織には深入りしたくないんだ」

「その理由は解りました。でも、それならどうして私の所に? 私は戦闘力も無いし、そもそも管理局の人間ですよ?」

「ああ、それは以前入院してた時に聞いたから」

「聞いた? 何をですか?」

「シャマルさんに助けらたって人が、彼女なら事情を話せば協力してくれるかもしれないって、教えてくれた」

「そ、そんな事を言ってくれた人がいたんですか……」

 自分のしてきた行いを褒められたようでシャマルは少し照れてしまう。

「ん~~、いろいろ事情は解りました。そう言う事なら協力するのは構わないんですけど……」

 そこまで言ってシャマルは思い悩む。少年が悪い人間でないのは自分を助けてくれた事からも解る。だが、それとは別に二人だけでこの事件を無事終わらせる事が出来るのか、それが疑問だった。

「……」

 しばらく、シャマルは値踏みをする様に少年を見つめる。その視線に気付いた少年は首を傾げながらも笑顔を返す。途端にシャマルは恥しい事をしている様な気がして視線を逸らしてしまう。

(ま、まあ、休暇をとって、少しお付き合いするぐらいなら良いですよね? 悪い人じゃなさそうですし、皆とは定期的に連絡を取るって事で……、それに彼を監視するって意味でもちょうどいいでしょうし)

 いつの間にか一緒に行く事を前提に考え始めている事に気付かないシャマルは、気付かないまま笑顔で頷く。

「解りました。あなたの旅にご協力します」

「ホントッ!? ありが――」

「ただし!」

 素直に喜びを見せる少年に、シャマルは言葉をかぶせて人差指を指した。

「念のため、あなたの実力を確かめさせてください」

「え? 俺の実力?」

「そうです。この先、時食みと闘う事が決まっていて、アレを倒せるのがあなたしかいないと言うなら、最低限の実力を見せてください! 私に負けるような魔導士なら、戦わせるわけにはいきません!」

 言われた少年は片目を瞑り息を吐くと、片目でシャマルを見ながら平然とした口調で了承した。

「わかってる。最初っからそのつもりだったし」

「え? そのつもり?」

 意外な発言に困惑の表情を見せるシャマル。少年は立ち上がると腰に差していた剣の柄を、調子を確かめるように握る。

「アイツらを倒せるのは俺だけだって最初から判ってる。だったら誰よりも俺が強くならなきゃいけない。そうだろ? だから俺は、仲間になってほしい人には必ず言う事にしてるんだ。『俺と闘って負けたら、俺の仲間になってくれ』って」

 言い切った少年の目には、何処までも深い決意の表れが光となって煌めいていた。その瞳を真っ正面から見返してしまったシャマルは、途端に恥しい気持ちになり、だが今度は目を放す事が出来なかった。

(こ、この人……? 一体何……?)

 

 

 2

 

 管理局の訓練場を借りて勝負を始めた二人だったが、最初からシャマルは圧倒されていた。

 少年が劇的に強かったわけではない。もしそうなら、シャマルには圧倒されるまでも無く決着が付いていただろう。そもそも彼女は戦闘向けではないのだから。

 少年は魔導師としての経験が少ないのか、魔法の一つ一つにムラがあり、効率的な戦いが出来ていない。魔導士としてのランクはそれほど高くないように思える。

 だが、それでも圧倒される理由がそこにはあった。

 そう、圧倒の言葉通りの、圧倒的な魔力量。まるで底無しかと疑うほどに、彼の魔力による物量で攻め立てている。防御をメインとしているシャマルの力を簡単に突き破られ苦戦を強いられる。

「いけえぇっ!!」

 もう一つ、彼女が苦戦する理由がある。

 少年が剣を横薙ぎに一閃すると、その延長線上にある空間が切り裂かれる。魔法を使った斬檄である事はシャマルにも解った。だが、その魔法術式は彼女の知っている術式とは根底から何かが違っていた。その戦い方もだ。

 同じ剣を使う相手ならシャマルにも心当たりがいた。だが、彼の剣術はその人物の戦い方とも違いがある。

 まるで黒い霧に包まれた敵と戦っている様だとシャマルは戦慄していた。謎の多い少年は謎のまま、だが解り易い単純な威力重視の攻撃を放ってくる。隙を見てバンドで動きを止めるが、生半可なバインドだと、力付くで押し切られてしまうのだ。

(こうなったら、クラールビントで直接動きを縛って―――)

 そう考えた瞬間、少年が飛びだした。今までとは桁違いの加速に完全に対応が遅れた。回避は出来ない。

「お願い! クラールビント!!」

 咄嗟に張った障壁。しかし少年は迷わず渾身の力を込めて剣を振り降ろした。

 訓練場内に轟音を響かせ障壁が一撃で破壊された。刃はシャマルを切り裂く一歩手前で止められている。

 圧倒的な魔力による破壊力に、シャマルはある人物を思い浮かべていた。

(まるで……、まるで、私達が出会う前のなのはちゃん……!?)

 

 

「私の負けです……。びっくりしちゃいました」

「じゃあ、俺の仲間になってくれるか?」

 戦闘を終えた二人は向かい合って互いに見つめっていた。

 シャマルは少年の顔を少し逆上せたような気分で眺めた後、思い出したように咳払いをして答えた。

「え、ええっとですね? それは約束ですから、別に構いませんけど……一つだけ、最初に聞かせてほしい事があるんです」

「ん? ああ、別に良いよ? 何でも聞いてくれ」

「あなたの名前です」

「あ、そう言えば名乗ってなかったね……。ごめん、俺の名前は―――」

 少年は、少年特有の幼い表情で笑みを作った。

「龍斗っていうんだ。よろしく、シャマル」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 二人はこれから先の旅の友を祝って、固く握手を交わした。

 

 

 3

 

 同時刻、ところ変わりミッド辺境近辺の街で、執務官であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、同じ執務官の仲間達と共に、シャマルが遭遇したのと同じ黒い影『時食み』と遭遇していた。

 突然現れたそれは、無差別に破壊行動を行い近辺の人々を恐怖に陥れた。連絡をもらったフェイト達一同は、救助と迎撃を兼ねて出動した。

 しかし、ここでも同様に時食みにより全てを食べられてしまい、魔導士達は手を拱いていた。唯一対応できたのは、動きが速く、直接攻撃を仕掛ける事が出来るフェイトだけだったのだ。

「バルディッシュ!」

「Arc Sabar,」

 愛機に命じ、魔力刃で作りだされる鎌、アークセイバーで幾度目かの斬激を与える。しかし、縦に横に後ろに斜めにと繰り出された攻撃に、時食みの巨大な顎は縦横無尽に対応してくる。

 時に攻撃を断念。時に魔力刃を食べられ。なんとか一撃したところで、すぐにその辺のものを食べて回復してしまう。

 勝つ事の出来ない持久戦を強いられながら、フェイトはそれでも焦る事無く対応していた。時間を稼げれば、住民の避難と応援が来る。連絡を受けて、Aランク以上の魔導士が援軍に派遣されれば、少なくともこの一体は倒せる。その自信と確信が彼女にはあった。

「いつまで遊んでいるんだ? そろそろ相手をしてもらいたいんだが?」

 その声に彼女は驚かない。少し前から、この危険な戦場に悠々と歩いてくる影を視界の端に確認していた。今まで放っておいたのは、その少年が戦闘範囲を正しく見極め、必要以上に近づいて来なかったからだ。

 その少年が今、何を考えているのか、危険ラインを自らの足で踏みこんできたのだ。

「ダメ! ここは危険だから、君も他の皆と避難を―――っ!」

「アンタを置いて避難するのは、俺としては問題なんだが?」

「え?」

 ボロボロのマントを着こんだ少年は顔を隠すほど深く被ったフードの内側から、退屈そうに告げた。顔が見えず身体全部を隠しているため、本当に少年かは分からないが、一人称が『俺』と言っているので恐らく男だろうとしか予想できない。

「何を言っているの? ともかくアレは危険で―――!」

「あの体勢からの初速は速いからな、確かに危ないかもな」

 遮る―――っと言うよりは、何気なく呟いた言葉が偶然被さった様なタイミングで彼は告げた。

 その言葉の意味を理解したフェイトは時食みに視界を戻す。動物特有の飛びかかる時の溜めの体勢に入った事を確認し、瞬時にソニックムーブをかける。

 一瞬後、時食みは飛び出しフェイトを地面事丸のみにした。―――つもりだったが、間一髪それを避けたフェイトは後ろに周り、アークセイバーを振りかざす。相手が生物であるならば、どうあっても対応できないタイミングでの攻撃。しかし、今までと同じように時食みはまるで身体の作りが変わったのではないかと言う速度で、ぐるりと前後を入れ替え、魔力刃に牙を突き立て、あっさり噛み砕いて食べてしまう。

 それを確認したフェイトは僅かに苦情の表情を洩らしながら、瞬時に少年のすぐ近くへと移動する。

「見ての通り、アレは何でも食べてしまうし、動きも速い。ここにいたら危険だ」

 だから早く避難しろと付け加えるフェイトに対し、時食みを見つめていた少年はしばらくして自分に話しかけられた事に気付いたのか、首を傾げた。

「それは俺に言ってるのか?」

「だからずっとそう言って……!」

「そう言っても、『時食み』のことなら熟知している。今更教わる事なんて無いぞ」

「え?」

 論点がずれているとは思ったが、それよりも彼女は、少年の台詞に疑問を抱いた。

 熟知している。彼は確かにそう言ったのだ。

「それってどういう―――!?」

 訪ねようとして振り返ったフェイトに、少年はいきなり肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。

 突然の行動に驚くフェイトのすぐそばで、時食みが大口を地面に叩き込んでいる所が見えた。助けられたのだと知ったフェイトは、彼の手を繰り払い、バルディッシュの一撃を素早く叩きこんだ。

 頭を切り裂かれた時食みは悲鳴のような鳴き声を上げてのた打ち回る。

 このチャンスを逃すまいと構えるフェイトに少年は事も無げに呟いた。

「追撃するなら横と正面の同時攻撃が良いぞ。アイツらは二次元的攻撃の対応が早い」

 言葉の真意は定かではなかったが、それでもフェイトは信じて真っ正面から仕掛ける。同時にプラズマランサーを射出、真横から攻撃を仕掛けさせる。今までのフェイントを織り交ぜた攻撃に比べれば、何とも単純な攻撃方法だったが、たったこれだけの攻撃に、時食みはどっちにも対応しようとしてキョロキョロ迷っている。まるで右と左を同時に見ようとして上手くいかないと言いたげな、とても無防備な姿だった。

 

 

「君は誰?」

 無事、時食みを倒したフェイトは霧と消える残骸越しに少年を見つめる。

「カグヤ。それ以外に名前がない」

 そう答えた少年はフード越しにフェイトを睨んだ。顔は隠れていたが、その気配はフェイトにはよく伝わってきた。

「なんでこれの事を知っていた? 君は一体―――?」

「ずっとアンタを見ていた」

 少年、カグヤは徐に呟き、フェイトの言葉を遮る。

「時食みを相手に、ただの魔導士が何かできるわけがない。だから放っておくつもりだった」

「放っておく? それはどういう意味なの?」

「アレは俺にしか倒せない。そう思ってたからな。だから誰かがいる内は止めておこうと思ったんだよ」

「そんなっ!? どうにか出来たならどうして放っておいたの!?」

「その必要性を感じなかったから」

「人が、何の罪も無い人が傷つけられていたかもしれないのに! 助けられる力を持っていたのに、何もしなかったっていうの!?」

 憤るフェイトに、カグヤは少し思案するような仕草を見せてから、徐に口を開く。

「力があれば行動しなければいけないのか?」

「え?」

「だから、俺には確かに力がある。なら、力を持っている責任として、その力を行使しなければならないのかと訪ねている?」

「助ける力があるなら、私は助けるべきだと思う」

 はっきりと答えるフェイトに、カグヤは口を笑みの形にして頷いた。

「なるほどな、確かに力を持っているなら、その力を使わなければならないよな」

 まるで無知な子供が、親の言う事に納得したような無邪気な行動に、フェイトは知らず安心感を抱いてしまい、―――すぐに気を引き締め直した。

「なら俺も、力付くでアンタを物にする事にしよう」

 少年の言葉と共に、周囲から光の鳥が無数に出現し、一斉にフェイト目がけて飛びかかってきた。

 フェイトは持ち前の速度を利用し、全てを完全に避けて見せる。が、光の鳥は、目標から外れてすぐに、舞い戻って突進してくる。

(見た事も無い魔法! それに追尾性が高くて逃げきれない!)

 今度はバリアを展開して弾くが、光の鳥はバリアに当たると、あっさり弾かれ、また別方向から突進してくる。中にはバリアに当たる前に方向転換をしてくるものまである。

(まるで生きているみたいだ!? 一つ一つ確実に潰さないと、いつもでも攻撃される!)

 判断したフェイトはすぐさまアークセイバーを呼び出し、全ての鳥を切り裂いて潰した。

「ありゃ? 『霊鳥』がこんなにあっさり。やぶられるとは思ってたけど、ちょいあっさり過ぎだなおい」

「どうして攻撃するの? 私を物にするってどういう意味?」

「言葉通りの意味だ。それに、アンタが言ったんだぞ? 力があるならそれを行使するべきだと」

「違う! 力は人を傷つけるために使っちゃだめだ!」

「何故違う?」

「何故って……?」

「力にはそもそも善も悪も無い。そう思わないか?」

「? それはそうだけど……」

「力を使うモノが悪だから、その力は悪となりえる。そうだろう?」

「そうだよ。だから、悪い事に力を使っちゃ……」

「だが、力には善悪はない。なら、そもそも力を使うモノが悪であっても、間違った力と言うモノは存在しない。なら、俺が俺の力をどう使おうが、それを否定する事は、本来出来ないのではないか?」

「それは……! 詭弁だ!」

 僅かに少年の言う事を否定できない思いが胸を過ったフェイトだが、それはただの言葉遊びでしかないと、すぐに持ち直す。

「確かに力には善悪はない! でも誰かを傷つけるために力を使うと言うなら、やっぱりそれは間違った力だ!」

「そうは言うが、お前の力だって誰かを傷つける物だろう? それは悪じゃないのか?」

「私は誰かを守るために力を使う! 君とは違う!」

「時食みを殺しておいて否定するのはどうかと思うぞ?」

「!?」

 フェイトは既に残骸を残す事無く消えてしまった時食みの倒れていた場所に目を向ける。

「だ、だけど! アレを放っておいたら沢山の人が―――!」

「大を生かすために小を殺す。それがお前の言う守る力なら、やっぱりそれは傷つける力ってことだろ?」

「あ、う……」

 言葉に詰まり、亡骸のあった場所とカグヤの間で視線を彷徨わせてしまうフェイト。動揺しているのが丸わかりの態度に自覚しながらもとってしまう。しかし、そんな彼女に、以外にも少年の方から助け船が出された。

「ああ、揺らぐな。ちょっと意地悪だったな。別段俺は時食みを殺す事に異を唱えるつもりはない。あれは最も生物に近い、だが決して生物ではないモノだ。理からハズレ、理を乱す。殺すしかない存在だ。殺す事を正義として受け入れられて問題の無い、稀なケースだろう」

 そう言って、フェイトの表情を見据えたカグヤは、少し間をおいてから続ける。

「しかし、力は結局力だ。力と言うモノは万能ではない。だから力と言うモノはその領分から外れた行為は出来ない。そうだろう? まずそこを理解してほしかっただけだ」

「……どうして?」

 肯定するのは躊躇われ、質問で返した。

 カグヤは気にする事も無く続ける。

「俺のやっている事を認めさせるって言うのはあるけど、それもあまり重要じゃないな。ただ明確にしておきたかっただけだ」

「一体何を?」

「俺は力で従わせる。それがいやなら力で押し返せ。それがこの場に居る俺達の正しい在り方だって事」

 言いながらカグヤは先程霊鳥と呼んだ光の鳥を出現させる。

 フェイトはバルディッシュを構える。

「力は力でしかなく、そして力には権利がある。お前が管理局として力を振るい、誰かを守るために他人を傷つける行為も同じ事。誰かを従わせるための手段。だから俺もお前を従わせるために力を選んだ」

 光の鳥が三羽、一つに集い大きな一羽の鳥に変化する。

「『霊鳥・飛鳥』……守る力も所詮、傷つける相手を選んでいるだけにすぎない」

 カグヤの言葉に僅かに心が揺らぐフェイト。だが、それでも彼女はバルディッシュを構え、カグヤに向き直る。

「確かに、私のしている事は傷つける誰かを選んでいるだけなのかもしれない……でも、選ぶことで、傷つけられるはずの無かった人達を守れるなら、私の力はやっぱり守るための力だ」

 腕に力を込め、アークセイバーを呼び出す。揺るぎない意思を瞳に宿し、フェイトは鎌を下段に振りかぶる。

「でも、お前は俺を傷つけるんだろ? 俺がしようとしる事に逆らうために」

「どうして君がこんな事をするのかは知らない。事情が聴けるなら聴く。それに、私は君を傷つけない」

 フェイトの言葉は慢心でも虚言でもなく、確かな確信の上で告げられていた。シールドやバリアジャケットの上から魔力刃による一撃。それさえ当たれば彼を魔力ダメージでノックダウンさせる事が出来る。それが出来るだけの力の差を、すでに彼女は見切っていた。

「事情を聴かせて。もしかしたら力になれるかもしれない。今なら罪には問わないから」

「……残酷な事を言うんだな」

「え?」

「投降すれば罪には問わない。それはつまり、ある種の目的のため行動する俺に、さっさと諦めて誰かに判断を任せろって事だ。助けてくれるかどうかも怪しい相手に」

「そんな事無い! 必ず私達は力になる!」

「それはないよ。少なくとも訊くまでも無い事だって言うのは、俺は理解している」

「そんな事、ない……」

 事情を聴いて、しかし話す事も無く断られる。その姿にフェイトは過去の自分を重ねてしまう。何度訊ねられても頑なに拒み、母親の為に我を通した、あのボロボロ姿を……。

「必ず、私が力になるから……っ!」

 強く思いのたけをぶつける様に、彼女は言い切った。

 僅かに肩を動かしたカグヤは、まるでフェイトを値踏みしているようだった。

 だが、その答えは自嘲の溜息と共に答えられる。

「やっぱり無理だよ。だって、アンタは優しいから」

「え?」

「俺のしようとしている事に、まかり間違っても善はない」

 言ってカグヤは大きくなった光の鳥、飛鳥をフェイト目がけて奔らせた。

 空を駆る光の鳥を、フェイトは躱すのではなく、前に出て迎撃した。

 敵の攻撃を破ると同時に、自分の攻撃を向ける。一種の突貫攻撃。

 カグヤは二羽目、三羽目の飛鳥を放つが全て斬り尽くされる。

 接近するフェイトに、カグヤは腰に差しておいた剣を抜いた。フェイトの見た事のない反りのある片刃の剣。だが、そんな事は瑣末な問題、接近戦用の武器を持っていると言うだけだ。彼女の速度はカグヤの速度より圧倒的に速い。

 迎撃に振るわれた剣を弾き、無防備になった右肩を目がけ、フェイトは鎌を振り降ろした。攻撃は命中し、カグヤを倒せるだけの一撃を与えた。

 カグヤとフェイトの実力差、それが最初から違う事を、フェイトは最初の霊鳥で見切っていた。彼は見た目や言葉、態度などと違い、圧倒的にフェイトよりも弱いのだ。だからこそフェイトは断言した。傷つけないと。守るのだと。

 ただ一つ誤算があったとすれば―――、

「ぐはぁっ!!」

 ―――それはフェイトが想像しているのとは比べ物にならないほど、カグヤが弱かったと言う事だった。

「え?」

 バルディッシュの魔力刃は深くカグヤの右肩を貫き、ともすれば右腕を切断してしまうのではと言う危うさを見せていた。

(そんなっ!? シールドどころかバリアジャケットもきてないなんてっ!?)

 攻撃を仕掛けておきながら、あまりに無防備過ぎる姿に、フェイトは驚愕を禁ずる事は出来なかった。

 一撃を受け、切り裂かれはマントが滑り落ち、フードに隠れていたカグヤの顔が明らかになる中、その口は一言を呟いた。

「嘘吐き」

「っ!?」

 はっ、とするフェイトの目は、フードが外れた少年の顔に向けられる。

 そこには、少女と見紛う程幼い、とても力の無い表情で、寂しそうな視線を送る少年の顔があった。

「これでも、ちょっとは期待したんだがな……」

 その言葉に、フェイトの心は強く揺さぶられてしまった。まるで行き先を間違った事に通り過ぎてから気付いたかのように、全ての思考と行動をストップしてしまう。

 故に、言葉と一緒に少年が左手で一枚の札を取り出した事に、まったく気づく事が出来なかった。

 カグヤの取り出した札から閃光が瞬き、光で視界を遮られたフェイトは、思わず顔を腕で庇ってしまう。光が収まった後には、もはや誰の姿も残っていなかった。

 だが、確かにそこに少年がいた事を、自分の愛機に飛び散った返り血が物語っていて、彼女は不思議な震えを全身に感じていた。

 自分がしてきた事を否定された様な、もしくは自分の定めた道を自ら外れてしまった様な、そんなどうしようもない失敗感が―――否、敗北感だけが、彼女の全てを覆い尽くしていた。

 

第二・符術師

 

「ん~~~、しまったなぁ~、予想以上に痛い」

 ボロボロになったマントを地面に敷き、その上に腰かける少年、カグヤは自分右肩の傷を診ながら、困り果てた声を漏らしていた。

「勝てるわけないとは思ったけど……、ちょっとミスしたなぁ~~、挑発しすぎたかな?」

 既に肩の傷は治療が済み、怪我そのモノは治っている。しかし、あまりに深く斬られたせいか、傷跡が残り、右腕の感覚にも違和感が感じられる。これでは思い通りに動かすのは難しい。

 怪我は覚悟していたカグヤだが、利き腕を封じられるとは思っておらず、自分の準備の無さに溜息を洩らす。

「考えてみれば俺のような奴でもないのに、時食みを倒しちまうような奴だぞ? こうなることくらいは当然で、捕まらなかっただけマシか」

 そう結論付けると、脱いでいた服を着直し、長めの髪を掻き上げる様にして頭を掻く。

 と、同時に彼の目の前で空中に浮いていた札が光を放ち、スクリーンを展開する。水の中にぼやけて映っているような映像が、とある場所で黒い影を映しだしていた。それは彼がよく知る時食みだった。

 カグヤは何か呟くでもなく身支度を整えると、一言も発さずにその場所へと向かった。

 

 

「何だオメェ?」

 出現した時喰いの消滅を確認したところで、カグヤに話しかける赤い騎士がいた。名をヴィータ。戦闘音がすると報告を受け、調査のためにここまでやってきたのだ。

「テメェ、ここでなにしてやがった?」

 辺りを軽く見渡したヴィータはカグヤを睨めつける様に問いかける。

 一方のカグヤは、相手を一瞥して、自分の情報と照らし合わせ、確認をとるように呟いた。

「管理局の赤い騎士、鉄槌の騎士、ヴィータ」

「ああ? なんであたしの事知ってんだ?」

「当たっちゃったし……、面倒だ……っな!」

 カグヤは札を三枚取り出し、それをヴィータに投げつける。札は途中で燃えるように光を放ち、光の鳥、霊鳥となって飛びかかる。

 咄嗟にヴィータはバリアを展開するが、ヒット直前に霊鳥が弾け、すさまじい光を放出した。

「くおっ!? 目暗ましかよ!」

 光に紛れて、カグヤは瞬時に逃走を企てる。

「待ちやがれ! 逃がしゃしねえっ!」

 カグヤの行動に合わせ、ヴィータが銀弾をアイゼンで打ち飛ばし、彼目がけて攻撃する。

「おうっ!?」

 背中側から向かってくる銀弾をしゃがんで回避するが、過ぎて行った銀弾が方向を変えて正面からカグヤに襲い掛かってくる。

 慌ててカグヤは近くの物陰に隠れ、銀弾を岩の壁にぶつけさせる。

 爆発と粉塵に紛れながら走って逃げようとする彼に、ヴィータは容赦なく殴りかかってくる。

 アイゼンのハンマーが背中から迫っているのに気付き、振り返ったカグヤは同時に腰の刀を抜き、なんとか受け止めようとするが、力に負けて防御の上から吹き飛ばされてしまう。

 更に追撃で殴りかかろうとする赤い騎士に、カグヤは袖から数枚の札を取り出す。

「霊鳥!」

 飛ばされた札が魔力を帯びた光の鳥となって飛来する。

 これに対して攻撃を仕掛けたばかりのヴィータは魔法障壁を張って弾き飛ばす。

「こんな軟い攻撃が効くと思ってんのかぁわぁ―――っ!?」

 再び前進しようとした、頭の後ろから先程弾かれたはずの霊鳥が再び攻撃を仕掛けてきた。それを慌てて回避した所為で、彼女の口から変な声が出てしまった。

 避けた後も、弾かれた霊鳥全てが多方向から攻撃を仕掛けてくるのでヴィータは回避のために一旦下がる。

 この間に背中を見せて走り去るカグヤの姿は、彼女的にバカにしている以外の何物でもなかっただろう。

「バカにしやがって……っ!」

 怒りを露わにしながら、ヴィータは一方で舌を巻いていた。

 鳥の形をした魔弾は、彼が背中を向けて逃げている間にも、自分に向かって何度も攻撃を仕掛けてくる。その動きが明らかに彼女の追跡を妨害しているモノなのは確か。魔弾の数は五、この五つ全てを操作しながら逃げている事に、魔導士としての素質を感じていた。

「この魔弾、弾いたくらいだとしつけえみてぇだな。だったら……っ!」

 ヴィータは指の間に五つの銀弾を出現させると、それを霊鳥目がけて一斉に弾き飛ばした。弾いてダメなら自ら撃ち落としにかかったのだ。しかし―――、打ち飛ばされた銀弾の内、三つが外れ、鳥の魔弾は彼女を襲ってくる。

 慌ててガードしながら、彼女は驚愕に目を見開く。

(外れて―――っ!? いや、魔弾の方が躱しやがった!?)

 その事実に慄きながら、ヴィータは直接アイゼンで残りの霊鳥を潰し、カグヤの元に飛ぶ。

 たっぷり時間を費やされたと思った彼女は、既に追いかけても間に合わないと諦めていたのだが、少し飛んだ先で、逃げたはずの少年が、せっせか、せっせかと走っているのが見え、怒りを通り越して呆れが込み上げた。

「あんだけの有効な足止め使っといて、逃げんのは足しかねえのかよ……」

 逃げる少年に哀れみさえ抱きながら、ヴィータは先回りして彼の前に降り立ち停止させると、アイゼンを向けて言い放つ。

「弱い者虐めしてるみてぇで気は進まねえが……、重要参考人として話を聞かせてもらうぞ」

「拒否すれば?」

「拒否できると思ってんのか?」

「お前はどう拒否させないつもりなんだ?」

 追いつめられたのは自分の方にも関わらず、少年の表情に焦りはない。

 その事がヴィータに不信感を抱かせ、一瞬の躊躇いが浮かぶが、ブラフと判断して一歩踏み出す。

「試してみるか?」

 パチン……ッ! と、ヴィータの台詞を聞いたカグヤは、何の前触れもなく指を鳴らした。

 すると、ヴィータの足元に魔法陣が浮かび、彼女の周囲を魔法障壁が包みこんだ。更に魔法障壁内では、先程の霊鳥が大量に出現して、ヴィータを中心に取り囲んでいる。

「俺だってバカじゃないぞ。逃げる手段がないのに、罠も張らずバカ正直に背中向けて逃げる様な事はしない。ちゃんと罠のある所までおびき寄せていたよ」

「てめ――っ!」

「その技には名が無い。普通の魔法障壁と俺の霊鳥を組み合わせただけの単純な罠だ。障壁と言う狭い空間を利用した霊鳥による一斉攻撃は防ぐしかないからな。こっちが本当の足止めになる」

 言ってカグヤは手を払った。

 それを合図にした霊鳥の群れが、狭い障壁内でヴィータに向かって一斉に飛びかかっていった。

 激しい霊鳥の攻撃に、いくつもの土煙が浮かび障壁内がどうなっているのかよく見えなくなってしまう。

 その光景を眺めるカグヤは、ホッ、と僅かに息を吐いた。

 正直、彼にとってヴィータはまだ戦いたくない相手だった。フェイトの時は無理を承知で戦いに行ったが、今回は『時食み』が目的で、管理局へのちょっかいが目的ではない。こんな所で上位ランクの魔導士となんたやり合いたくはないのだ。

(それに、右肩の傷が深くて、上手く刀が振るえないんだよ……)

 溜息一つ吐いて、カグヤは次の一手はどうしたものかと頭を悩ませる。この程度上位クラスの魔導士を倒せるなら、フェイトの時も後れをとったりはしなかった。

 っと、彼が次の戦い方を考えようとした刹那――

「……調子に、のってんじゃなぇ~~~~~~っ!!」

 咆哮と共に、ヴィータを捕らえていた障壁が、内部の霊鳥事叩き潰された。

 ヴィータはアイゼンのギガントハンマーで周囲に居た霊鳥と障壁を、まとめて吹き飛ばしていたのだ。

「なっ!? いくらなんでもデタラメなっ!?」

 自分の力が非力だという自覚はあったが、それをまとめて一撃で叩き伏せるほどの力技など予想だにしなかった。

 おまけにヴィータはハンマーを振り翳し、そのままの勢いでカグヤに攻撃を仕掛けてきたのだ。躱せる体勢でなかったカグヤも慌てて刀を盾にしようと構えるが、僅かな差で間に合わない。

「ギガントハンマーーーーッ!!」

 気合いの一声と共に煽られた一撃。しかし、その一撃に対し、障壁を抜け出す時に潰されていなかった数体の霊鳥が駆け抜け、ヴィータのハンマーを受け止めようと二人の間に立ちふさがる。

 無論、たった数羽の霊鳥ではその一撃を受け止めきれず、僅かにヒットのタイミングを遅らせるに終わったが、その僅かな差がカグヤにギリギリで防御の体勢に取らせる時間を稼いだ。

 バガーーーーンッ!! と轟音が鳴り響いたかのような衝撃に吹き飛ばされたカグヤは、近くの地面に叩きつけられ、大きな砂煙を上げた。

 砂煙が止むのを待って、攻撃した位置から様子を窺うヴィータは、霊鳥に対し違和感を抱いていた。

(あの鳥型の魔弾、操作してたにしては対応が早かったな? アイツが自分で操作する余裕があったなら、なんでこっちの攻撃を躱さなかった? いや違うか。あの魔弾に何か秘密があるんだな)

 ヴィータが霊鳥の特性に気付き始める中、カグヤは土煙りの中で自分の危機的状況に焦りを覚えていた。

(生まれつき、脆い身体だとは思っていたが……っ、まさか一発で戦闘不能にされるとは! 体中が痺れて、まともに攻撃が受けられそうにない……っ!)

 カグヤは震える腕を必死に動かし、袖に隠していた逃亡用の札を取り出す。

(緊急避難用……っ! まだ術式が今一完成してなくて時間がかかるが、今はこれに頼るしかない……っ!)

 札に魔力を通すと、札に描かれた奇怪な文字が発光し始め、移動魔法の術式を組み上げていく。しかしカグヤ自身が懸念していた通り、その術式はとても緩慢に組み上げられ、魔法の発動に時間をかけていた。少なくとも土煙が消えるまでに術式が完成する事は無い。

(ええいくそっ! まだ龍脈との位置関係の把握を簡略化するプロセスが甘い……っ!)

 敵の反撃に備え、土煙が晴れる前になんとか立ち上がるが、磨りむいた額から血が流れ、切ってしまったらしい口内に鉄の味が滲む。バリアジャケットは愚か、障壁すら無い状態で、一撃を受けてしまった身体は、見た目に誤魔化す事が出来ないほどボロボロだった。二本の足だけで立って刀を構えている自分に拍手をしたいと思うほどにカグヤは追いつめられていた。

「なんだオメェ? バリアジャケットも着ないで戦ってたのか? 一発で随分ボロボロじゃねえか?」

 砂塵が消えて露わになったカグヤに向けて、ヴィータはむしろ心配げに声をかけてくる。管理局の局員として、今の一撃をやり過ぎたのではと判断しているようだ。

「悪かったな……、どうも防護服って言うのは窮屈で着なれないんだよ」

 嘘だ。本当はカグヤには、バリアジャケットの構築に回せるだけの微細な魔力も持ち合わせていないのだ。よくて魔弾を三発も撃てば、彼の魔力は底を付いてしまうほど少量しか持ち合わせていない。彼がそれでも『霊鳥』の様な魔法をいくつも使えるのは、彼自身が独自で開発した、使い捨て『札』があるからこそだ。

 しかし、それを正直に話して自分の情報を与える必要はない。カグヤはそう判断して適当な事を口にした。

「そんな事より、一つ聞きたい事があるんだが……?」

 転移の時間を稼ぐため、カグヤは札を手の中に隠しながらヴィータに関する情報を頭の中で思い出しながら質問を投げかける。

 だが相手だってバカじゃない。いずれこっちの転移魔法にも気づくはずだ。いくら話に気をとらせても、転移の前に気付かれて終わってしまう。ならどうするか?

(一撃……、一撃凌げれば或いは……)

 その一撃を身体が痺れている状態で凌ぐにはどうすればいいか? その答えは長話より動揺だと判断した。相手の心を揺さぶり、動揺させる発言を使って一撃を鈍らせる。鈍らせた一撃は何が何でも躱して見せる。それしか方法がなかった。

「お前……、こんな所で俺にばっかり構っていていいのか?」

「ああん? どういう意味だ?」

「俺がお前の名前を知っている事に疑問を抱いたなら、なんでそこに頭が回らないんだ?」

 カグヤの言葉にヴィータの片眉が動いた。これだけで充分確信が持てた。心に幾分かの余裕が生まれ、演技の笑みを浮かべる。

「俺があんなところで一人、何の意味も無くぼうっと突っ立ているわけがないだろ?」

「……だからどういう事だ?」

「警戒心が足りないな、もっと自分の頭で考えたらどうだ? 一部隊を預かる長としてそんな事で大丈夫なのか? 俺は当然知った上で相手していると思ったからわざわざトラップまで使って相対したんだが、まさか何の手だても打たずにこんな所でのんびり争っていたのか?」

 ヴィータが無言でアイゼンの先を突きつける。その表情には動揺は無い。カグヤの遠回しの発言に、付き合う気が無くなった様に溜息を吐くと、何事が言おうと口を開き―――そのタイミングを待っていたかのようにカグヤが本題を口にする。

「今頃アンタの部下は俺の放った罠に喰われている事だろうよ」

「!?」

 一瞬の動揺を見せるヴィータ。この隙をついて逃げ出したいカグヤだが、身体の状態がそれを許さない。だからカグヤは更に言葉を重ねることでヴィータを揺さぶる。

「こんな風に簡単に引っ掛かって……、今まで失敗した事がないのか、それとも過去から何も学ばなかったらしいな」

「テメ……ッ! ―――ッ!?」

 掴みかかろうとしたヴィータの足が一瞬躊躇するように止まる。

 手に隠した転移の札から零れる光がカグヤの周囲に取り巻き、転移を開始したのだ。

「にゃろっ! 逃がすかっ!」

 ヴィータが動揺した心境のままアイゼンで殴りかかろうとする。

 動揺しているその攻撃は、力ばかりで今までのものと比べればレベルの低い攻撃だった。

 それでもカグヤはこの攻撃を受け止める事が出来ない。回避できるほど遅いわけでもない。

 故にカグヤは、刀で相手の攻撃を受け止めつつ、押し返されながらもヴィータの攻撃を受け流し、脇へとずらした。

 脇に外れた一撃が地面を粉砕し、衝撃だけで僅かに吹き飛ばされたが、二、三歩後退するくらいの余裕は残っていた。

「な、に……っ!?」

 満身創痍の相手が攻撃を躱した事にヴィータの表情が驚愕に変わる。

 カグヤ自身、気付く余裕のない事だったが、彼はヴィータの攻撃を綺麗に受け流していたのだ。相手に攻撃を受け止められる感覚を気付かせる事なく、まるで自分が足を滑らせ、攻撃を外してしまったかのように錯覚するほど、その軌道は綺麗に逸らされていた。

 その僅かな間がカグヤの逃げるタイミングを作った。

 術式は完成し、彼の姿は半分ほど消え始めている。もうヴィータの方から攻撃したところで彼に攻撃は加わらない。

「くそ……っ!」

「ああ、そうだ。一応言っておくとだな……」

 カグヤは逃亡できる事を確信すると一応言っておかなければと言うていで伝える。

「さっきのは嘘だ。俺とお前が遭ったのは偶然だし、そもそも俺はお前がここになんできたのか予想しかしてない」

「なっ!?」

 ヴィータが驚愕に顔を歪めたのと同時、カグヤの姿がかき消える。その時カグヤが何事が口にしたが、もう声はヴィータに届かなかった。

 完全に消えてしまったカグヤに、ヴィータは歯噛みしながら連絡をとる。市民の守りに当てていた自分の部隊の安否と、彼を追撃する部隊の手配に。

 

 

「……冗談止めろよ」

 カグヤは冷や汗を流しながら近くの茂みに身を潜めていた。

 自分が転移符によって逃げだした目と鼻の先に、時食みが出現していた。

 放っておくわけにもいかず、カグヤはその全てを斬り伏せる。が、またも全ての時食みを倒した直後に、管理局の人間に見つかってしまったのだ。

 なんとか声をかけられる前に逃げ出したが、ヴィータから連絡が云っていたのか、すぐに追いかけられ、隠れるしかなくなってしまったのだ。

 茂みから様子を窺いながら、カグヤは隠れ通す事は不可能だと判断していた。ただ、せめて身体がまともに動けるだけの回復の時間を稼ぎたいと思っているだけだ。

(さて、追ってきている相手は……、今のところ三人、内二人は弱いな。たぶん。データにないし)

 カグヤはそう判断しながらもう一人の少女に目を向ける。

(あれは……、データにあったな。スバル・ナカジマ。さっきのヴィータほどじゃないが、こいつも強い……。だが、手頃と言えば手頃)

 カグヤは少し考えに浸る。この先の自分の目的に、自分一人で事をなしていくのは危険すぎる。なればこそ仲間を欲するのだから、この機会を逃すのは惜しいと考える。

(となると、護衛らしいあの二人は……ただ邪魔だな)

 そう考えて、カグヤはパチンッと指を鳴らして、仕掛けておいた魔術罠を発動する。丁度その上に居たスバル達は、魔法陣の輝きと共に炎に包まれ、そのまま悲鳴を上げる暇も無く呑み込まれた。

 ただし、一人ウイングロードを出現させたスバルはなんとか逃れていた。

「みんな!」

 スバルは振り返ると、すぐに仲間を捕縛している炎をどうにかしようと駆け寄るが、その前に背後に現れたカグヤの気配に気づいて立ち止まる。

「取引したいんだが、そこに捕まえた二人は、お前にとって価値ある存在なのか? それともただの駒か?」

「……そう言ういい方、あたしは気に入らない。ここに居るのは、皆あたしの仲間だ」

 振り返り、カグヤを睨みつける。

「それは良かった。交渉に使えなかったらチェックメイトだった」

「……どうするつもり?」

「とりあえず、お前には『イエス』以外の返事を禁じる。その上で交渉だ。それがいやなら交渉決裂。そこで捕まえた奴らには御陀仏してもらうさ」

「……卑怯者っ」

「まず一人は見捨てる選択肢か?」

 カグヤはそう言いながら人差し指と中指の二本を立てて、横に一線引く。すると、そのアクションを合図に局員を包んでいた炎の中で、一つ大きめの爆音が鳴り響いた。局員の悲鳴などは炎の轟音で掻き消されているのか、聞こえてこない。だが、回避できない空間で、危険な攻撃が仕掛けられた事は確かだ。

「やめろっ!」

「二人目も希望か?」

 スバルの剣幕に逆の意味で後押しされるようにカグヤはまた宙に一線を引く。再び起こる爆音に、条件反射で声をあげそうになったスバルは、その意図に気付いて咄嗟に口を噤む。

「理解できたなら口を慎め。お前らだって上司に対しては最低限敬語を使うだろ?」

「……」

 押し黙るスバルを確認したカグヤは、眼光だけ鋭く睨みつけるスバルに不敵に笑いながら告げる。

「俺と一つ賭けをしろ。それだけだ」

「賭け?」

「俺とお前が勝負して、お前が勝てばそいつらを助けてやる。俺が勝った場合もそいつらは助けてやる」

「へ? それって賭けにならないんじゃ?」

「せっかちな奴め、話は最後まで聞け。俺が勝った場合、そいつらを助ける代わり―――お前を貰う」

「へ? 貰う?」

 カグヤの言葉に意味を掴みかねたスバルは、緊迫した場にそぐわないキョトンとした顔になってしまう。

「そうだ。俺が勝った場合、お前は俺の物になってもらう。俺はお前が欲しいと思っていたからな。お前の全てを俺に渡してもらおう」

「え、えっと……、それって、どういう意味で?」

 恐る恐る訪ねるスバルに、今度はカグヤの方が額に汗を流す。表情は変えないまま言い方が悪くて伝わっていなかっただろうかと思い直し、言葉を選んで言い直す。

「つまりこれからの一生を俺に全て捧げ、どんな時も俺を敬い、俺のために尽くしてもらう。その分俺もお前を可愛がってやる。働きに応じた褒美をお前が望む形で叶えてやってもいい。ただお前は俺のことを考えて幸福な未来を想像さえすれば良い」

「え、ええ? え、えええっ! えええぇぇ~~……っ!?!?」

 カグヤの下手な説明に勘違いして狼狽し出したスバル。そのスバルを見たカグヤはさすがに表情を崩して珍しい動物を遠くから眺めるような表情で見つめてしまう。

「なんだその態度は? もう少し険悪感が表に出ると思ったんだが……」

「そ、そんなの……っ、なんて言うか……、初めてだったから (告白っぽい事を言われたのが)……」

「?? よく解らんが……、これからはお前の初めても貰う事になるのだから一々混乱されても困るんだが? ←(よく解らず発言している)」

「うぇえええっ!?」

 カグヤの適当な発言に顔を真っ赤にして慌てるスバル。そのスバルの態度が理解できないカグヤは渋面になってしまう。

「え、えっと……、なんて言うか……、そ、それってやっぱり、そう言う意味で言ってたりするのかな?」

 状況も忘れてもじもじしながら訪ねるスバルに、カグヤはどう返したものかと悩んでしまう。

「どう言う意味も何も……別の意味が存在するのか? 単純にお前が欲しいと言う事だろ(戦力として)?」

「―――ッ!?!?」

 もはや声も出せないほど真っ赤に染まってしまい、そのまま固まって動かなくなってしまう。

 発言も行動も何もかもが固まってしまったので、リアクションに困ってしまったカグヤだが、時間の経過を待っても動きそうにないスバルに溜息を吐くと、刀を左手で抜き、右手に数枚の札を取り出して戦闘態勢を整える。

「っじゃ、始めるぞ」

 脅しているのだから答えは『イエス』だけだ。その前提を相手に言わせれなかったのは残念な所だが、これ以上続けても無駄だと判断して―――合図も無しに斬りかかった。

「っ!」

 しかし、さすがは腐っても管理局の魔導士。攻撃に対して脊髄反射で身体が反応し、カグヤの攻撃を後退しながらスウェーの要領で躱す。

「ちょっ、ちょっと待って! 今の話の意味を詳しく―――!」

「俺が勝ったらその身に直接教えてやる」

「~~~~―――ッ!?!?」

 また何か勘違いしたスバルは赤い顔で声にならない声を上げる。

 同時に彼女は心に決める。

(負けたらまずい気がするっ!!)

 斬りかかるカグヤに対し、スバルも迎え撃つように拳を突き出す。

 互いの攻撃がぶつかり、すり抜ける様に通り過ぎる。

「霊鳥!」

「! 相棒!」

 振り向きざまに放ったカグヤの霊鳥を、スバルは愛機に命じてプロテクションで受け止める。障壁にぶつかった霊鳥はフェイトやヴィータの時同様、自ら跳ね返り、別方向からの攻撃を試みる。

「ウイングロード!」

 魔法で空中に足場を作り、上へと逃れる。追いかける霊鳥が、一つどころに集まったタイミングを見計らい振り返り拳を突き出す。

「リボルバーキャノンッ!!」

 拳から放たれた魔力の一撃が、まとまっていた霊鳥を全て消し飛ばす。

 しかし、カグヤは既に別の札から新たな霊鳥を呼び出し放っていた。スバルは素早くその場所を移動して、囲まれないように立ち回る。

「リボルバーシュートッ!!」

 拳を突き出すアクションに合わせて数発の魔弾が打ち出され、霊鳥を撃ち落とし、今度は自分から飛び出し、近場にあった霊鳥を殴り飛ばし、ターンに合わせて回し蹴りを放つ。そうやって霊鳥の数を幾つか減らしたスバルはそのままの勢いでカグヤの元へ突き進む。

「鳴け」

 パチンッ、とカグヤが指を鳴らすアクションに合わせ、スバルと自分の間に待機させておいた霊鳥がバチンッ! と音を鳴らし紫色の雷を纏った。

 スバルは構わず突き進み、右手で全力の障壁を作りだす。

「貫け、雷鳥」

 三羽の雷を纏った霊鳥、『雷鳥』がスバル目がけて奔る。その速度は今までの霊鳥よりも速く、回避は難しかっただろう。

 放たれた雷鳥は障壁にぶつかると、今までの様に弾かれず、そのまま障壁を穿とうと前進してくる。スバルはローラーシューズを前進させ攻撃を押しのけるように前に出る。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~っ!!」

 気合いの咆哮と共に踏み出した前進はカグヤの攻撃を押しのけ見事に懐に入った。

(この人の攻撃……っ! 思ったより強くはない!)

 ならば自分は有利に戦えるはずだと考え、スバルは勢いのまま拳を突き出す。

「……ッ!」

 カグヤは拳に刀の刃を当て、上手く後方に流れる様にいなす。続けて拳を打ち出すつもりだったスバルだが、それで体勢が前のめりに崩れ、動きが止まってしまう。その隙に脇を通って後ろに回ったカグヤが彼女の背中目がけて刃を揺り降ろす。

 スバルは咄嗟に飛びのき、前転でもするようにしながら転がり、地面にへばりついたままカグヤの足目がけて低空蹴りを放つ。

 カグヤはこれを足を踏みつけるようにして受け止めながら、まるでスバルの蹴りを踏み台にする様に上下が逆になるような捻り跳びをする。丁度逆さまの状態でスバルと向き合う形になったカグヤは身体を捻りながら斬激を一刀放つ。

「うわわぁっ!?」

 慌てて地面にへばりつくように背中を倒したスバルは、間一髪攻撃を避ける。カグヤが再び地面に着地するのと、スバルが起き上って体勢を立て直したのは同じタイミングだった。だがスバルは迷うことなく走り、カグヤ目がけて拳を、蹴りを、肘や膝を放つ。カグヤもそれに応えるかのように、いなし、躱し、受け止めて反撃の機会を待つ。

 ワン、ツーと拳を突き出すスバルは、カグヤが攻撃を受け止めたタイミングを見計らって身体を捻り、大振りの蹴りを放つ。一度攻撃を防御して固まっていたカグヤはこれを受け止めるしかなく、防御の上から数歩分後ろに飛ばされた。

「ディバイーーーン……ッ!!」

 動きの止まったカグヤに向け、スバルは必殺の一撃を構える。

 それに気付いたカグヤは、札から霊鳥を呼び出し攻撃に備えて防御に当てる。

「バスターーーーーッ!!」

 放たれた強力な魔力砲の一撃に、配置しておいた霊鳥はあっさり霧散してしまった。攻撃の大きさからいなすのは難しいと判断したカグヤは、できる限り魔力を刀に籠めて攻撃を受け止めようとする。

「剣凱(けんがい)護法(ごほう)ッ!!」

 刃に魔力を通し、刃状の盾を作りだす補助魔法。しかし、それはあくまで刀への(・・・)ダメージを軽減する補助魔法で、自分を守るための防御魔法ではない。つまり、盾の強度を上げる事は出来ても、盾その物として守る力は全く持ち合わせていないのだ。

 案の定、攻撃を受け止めたカグヤの刃はカグヤに対するダメージ最小に抑える代償に、半ばから鈍い音を立てて折れてしまった。

「……、これ自作なんだぞ。どうしてくれる?」

「へ? そうだったの? ……じゃなくて! もう戦えないなら降参してください。事情を話してくれれば悪い様にはしません」

「今思ったんだが、その台詞ってお前ら管理局のお決まり、って言うかお約束事なのか?」

「へ? えっと……、少なくともあたしは真面目に言ってるつもり」

「管理局員の習性に思えてきたぞ……、そう言う種族なのか?」

「何だか解らないけど、すごく大きなスケールで括られた気がする……」

「いや、涙目になるなよ。ここ、むしろバカにされた気がするって怒る所じゃないのか?」

「バカにしてたのっ!?」

「してねぇよ」

「なあんだ」

「納得するんだな、お前……」

 カグヤは呆れながら折れた刀を鞘に仕舞う。その姿にスバルは投降してくれるのかと期待に表情を輝かせるが、カグヤは千早の袖から数枚の札を取り出し、依然戦闘態勢を崩さない。

「『悪い様にはしない。』 お前の言葉に嘘はないんだろうが、それは俺にとっては嘘になる言葉だ。だから俺はそいつには従えないな」

「どうして? ……もしかして管理局の人に酷い目にあったの? 大丈夫だよ。あたし、こう言うのに理解のある人達を知ってるし、きっと力になってくれるから!」

「なら聞くが、明らかに悪意を持って他者を傷つけた者を、お前は罪に問わず裁かない。っと言えるのか?」

「え?」

「他に事情なんて無いぞ。蛇足はいらない。ただ殺したかったから殺した。それが悪い事だとも理解していた。殺したいと言う感情に突き動かされたから殺した。相手は面識すらない無関係の一般市民だった。通りかかったので殺した。―――お前はこいつを許すとでも言うのか?」

「……それは許せない。でも、あなたがそんな極端な人には思えないよ」

「今会ったばかりの俺にそんな言葉をかけられても、その言葉が仮に真実だとしても疑う以外の選択肢が選べないな」

「あたしを信用できないって言うのは解る。あたしもあなたも、今会ったばかりだったから……。でも、それなら話してほしいんだ。いったい何でこんなことしているのか」

 カグヤは片目を閉じ、呆れる様に溜息を吐いて僅かに俯く。

「例えの意味が解っていなかったようだから、もう一度説明するぞ」

 言いながらカグヤは、頭の後ろを掻くフリをしながら二枚の札を霊鳥に変えて、自分の体の影に隠す。スバルはこれに気付いていない。

「言えば、お前は同情の余地も与えず俺を糾弾する。最初に言っていた『悪い様にはしない。』って台詞が嘘になる。それは、俺にとって裏切られるのと同じ感情を抱かせないか?」

「え……? あ……」

 一瞬、スバルが呆けた。何かに気づいて意識が頭の中に流れたように視線が彷徨う。

「俺は、そんな気持ちを味わうのはごめんでなっ!」

 その一瞬に飛び出したカグヤは、同時に札を投げつけ霊鳥を撃ち出す。

 ハッ、としたスバルは瞬時に自らも前に出ながら、向かってくる霊鳥を殴り飛ばし、カグヤに向けて回し蹴りを放つ。今までの戦いの中で、カグヤには押し返すだけの力がない事を見極めた上での攻撃選択だった。

「こいっ! 霊鳥!」

 ここでカグヤは背中に隠していた霊鳥を呼び出す。それを認めたスバルは、しかし迷わず回し蹴りを放つ。速度やタイミングからして、自分が攻撃を受ける前に蹴りは入り、攻撃を受け止める事くらいはできると判断したからだ。だが、スバルの予想は外れ、霊鳥はカグヤの拳に一つずつとり付いたのだ。

「覇……ッ!」

 カグヤは霊鳥で強化した拳をスバルの蹴りの側面に叩きつけ、攻撃の軸をずらした。まるでボクサーが相手の攻撃を拳でいなすナックルパートの様に弾いて見せたのだ。

 蹴りを大きく空ぶる形となったスバルの懐目がけてカグヤはもう片方の拳、右の拳を打ち出す―――がっ、

「……っ!」

 右肩への僅かな違和感が攻撃に加える力を著しく落とした。必殺のタイミングに叩き込んだ一撃は通常の打撃と変わらない平凡なダメージに格下げされた。

 そのため懐を殴られたスバルだったが、すぐに後方に飛び距離をとると、体勢を整えて構えをとられてしまう。

「……、霊鳥の応用による補助強化、ぶっつけ本番でせっかく出来ても使いこなしきれなかったな」

 カグヤは呟きながら拳を構え、フェイトに与えられた肩の傷を恨めしく思う。

 同時に、霊鳥の応用範囲が自分で思っている以上に広い事を実感し、今までの自分の戦い方に疑念を持つ。

(もしかして俺は……、自分の事をまだ理解しえていないのか?)

 拳を握り互いを睨み合っていた二人だが、やがてカグヤは溜息を吐いて拳を下ろした。

「? なに?」

「空気を読めてない奴らがいるんだよ」

 心底失望したような表情をしたカグヤは前もって準備しておいた転移魔法で即座にその場を離れた。

「え? ちょっと待って!?」

「……ん」

 カグヤは無言で指を指し、炎に捕らえられている管理局員へと視線を向けさせる。

 また何かするのかと焦ったスバルだが、その口から出たのは意外なセリフだった。

「実はあれ、見た目ほどすごい魔法じゃないぞ。中の奴は爆発のショックで気絶してるが、スタングレネードみたいなもんだから、殺傷能力は無いんだわ」

「へ?」

「ついでに言うと、あの炎も見せかけ。水でもぶっかけたら消えるし、無理矢理突っ込んでも簡単に出られる」

「な? は?」

「じゃ~な~」

 カグヤは言いたい事だけ言って転移魔法でその場から消え去ってしまう。残されたスバルは、呆然としながらとりあえず仲間を捕らえている炎に軽く拳で殴って見る。

 ぱふぉん……っ、

「………」

 とても間抜けな音を鳴らして炎はあっさり消え去ってしまった。

 スバルはその様子をしばらく、遠くを眺める様に見つめながら何だかやるせない気持ちになった。

 それからすぐ、異変に気づいてやってきた局員達は、妙に茫然としている自分達の仲間に首を傾げるのだった。

 

 

 逃げだしたカグヤは大の字になって地面に倒れていた。

 体中の筋肉が痛み、魔力は元々余力がない。おまけに右の肩は後遺症が残っているくらいだ。これ以上は何があっても動ける自信はなかった。

「さすがに……無茶だったか……?」

 呟きながらカグヤは考える。自分のしている事がちゃんと望み通りに進んでいるのか。

 考えて、そしてその答えは、まったく目標に近づいていないと言うモノだった。

(何一つ成せていない……、昔となんら変わらない、何一つ前に進んでいない。泳ぎを知らないまま真夜中のプールで必死にもがいているような気分だ)

 苦しいばかりで何も進歩していないと感じたカグヤは、起き上ると視線を地面に落としながら、歩み始める。

(まずは自分を見つめ直さないとな……、俺自身の本当の戦い方を見つけないとな)

 カグヤは頭の中でそう結論付けながら、自分が拠点としている街に向かってゆっくりと歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

・第三 最強! 乙女の必殺!

 

「ええっと……、確かこの辺だと思うんですけど……?」

 私服姿のシャマルはメモ帳を確認しながら周囲を見回す。その後ろを歩く龍斗は、シャマルの分の荷物(トランク)を肩に引っかけながら周囲を一緒になって見回していた。

「シャマル、ここにシグナムがいるのは本当なの?」

「はい、それは間違いないんですけど~~……?」

 龍斗はシャマルを仲間にした後、同じ剣士としてシグナムを是非とも仲間にしたいと考えていた。そこでシャマルに相談したところ、彼女が時食み関連で辺境に来ていると管理局を出る時に聞いたのだと言う。そこで龍斗はシャマルに道案内をしてもらったのだが、見渡す限り、のどかな草原にはそれらしい気配は何処にもない。

 やがてシャマルも自分が道を間違えただろうかと少し焦りながらキョロキョロと忙しなく視線を動かしてしまう。

 その姿にちょっと罪悪感を覚えた龍斗は苦笑いをしながら荷物を下ろす。

「あのさ、シグナムがこの近くにいるのは間違いないんだよな?」

「え、ええ、たぶん……」

「だったら……」

 龍斗は目を瞑って意識を集中すると一帯の魔力の流れを読み取り始める。

 イメージとして、龍斗の中では周囲の魔力の気配が色になって見えるような状況だ。

 やがて、その中から赤みを帯びた大きな魔力の気配を見つける。話に聞いたシグナムの魔力色と類似している。念のため範囲を広げ感知してみるがそれらしい気配は一つしかない。どうやら間違いないようだ。

「シャマル、見つけた」

「へ?」

「シグナムっぽい魔力見つけた。たぶん本人で間違いないと思うよ」

「え、えっと? 龍斗さん、人の魔力を読み取ったりとかできるんですか?」

「ん、ああ、シグナムくらい大きな魔力ならな」

「……それ、すごいですよ?」

「そうなのか?」

「普通、他人の魔力を読み取って位置を特定するなんてできませんよ。何か機械を使って魔法を使用した際に魔力反応を感知する事は出来ても、個人の魔力を読み取って見つけてしまうなんて……」

「そうなんだ? 俺は結構普通にやってるんだけど、そんなにすごいモノだったんだ?」

 事も無げに言う龍斗に、シャマルは茫然とした表情で見つめてしまう。

 やがて額に手を当てて溜息を洩らしたシャマルは愚痴る様に呟く。

「初めてお会いした時も思いましたが、龍斗さんは規格外の実力者ですよねぇ~……」

 

 

「なるほど……、用件は理解した。何よりシャマルが同行しているのだ。お前の言葉も信用できる」

 シグナムを発見した龍斗は、さっそくシャマルと共に交渉を始める。最初は難色を示していた彼女も、自分の仲間が信頼を置いていると知って真面目に耳を傾け、自分なりに吟味してくれた。

「だが、私にはお前と共に戦う事に些か不安がある」

「えっと、それって俺の実力が不十分って事?」

「私はお前の実力をまだ知らないからな」

「シグナム、彼の実力は私が保証します。彼の潜在能力はおそらくなのは―――」

「シャマルの言っている事を信用しないわけではない。だが、やはり私は私自身の目で確認しておきたいのだ」

 そうして話し合った結果、龍斗の当初の目的通り、戦って勝ったら仲間になってもらうと言う事になった。

 

 

「はああああぁぁぁぁっ!!」

「おおおおおぉぉぉぉっ!!」

 二人は互いに得物をぶつけ合いながら声を張り上げる。

 ここでもシャマルは龍斗に驚かされていた。将として信頼しているシグナムの強さを知る彼女は龍斗と良い勝負ができるとは思っていた。しかし、龍斗はその想像を上回るほどの剣激で打ち合っているのだ。互いに激しく刃を打ち合い鋼の重い音が鳴り響かせる。

 何度も何度も打ち合う刃と刃に、手に返ってくる衝撃も易いモノではないはずだった。だが、龍斗もシグナムも何の気なしに平然と剣を振り翳す。

 近接での剣激だけでは決着が付かないと判断した龍斗は一度剣を打ち合ってすぐに後退して手に魔力を集め魔弾を打ち出す。

 シグナムはこの魔弾を斬って捨てると「ふむ」と何か納得したように剣を降ろす。

「どうやらシャマルの言っていた通り相応の力はあるようだな」

「お褒め頂いたようで何よりだ」

「だが――」

 シグナムは再び剣を構えると龍斗に向かってはっきりと言い切った。

「先の打ち合いで解った。今のお前では私には決して届かない」

「言ってくれるな」

 言い切ったシグナムに対し、龍斗は魔力を刃に籠めて集中を高める。龍斗が最も得意としている魔法『魔剣』。物質に魔力を通し明確な刀として再現する魔法。元々刀の形状をしているモノに使えば、更に攻撃力を高める事が出来る。

 近接戦を得意とする龍斗にとって最も相性の良い魔法と言える。

「はああぁぁっ!!」

 刀を振り降ろし、一撃を当てようとする龍斗に対して、シグナムはその攻撃をあっさり躱して見せる。横合いに逃げる彼女を追う様に龍斗は横薙ぎに斬り付ける。

 しかし、シグナムはこの攻撃を数歩下がっただけで躱し、同時に振り上げた剣を振り降ろし、攻撃を仕掛けてきたのだ。カウンター気味の攻撃を受けた龍斗が後ろに飛んで距離をとろうとする。しかし、まるでその動きに合わせるかのようにシグナムが前進して正面に陣取ると、踊る様に回転して横薙ぎの一閃を懐に見舞う。

「く……っ!」

 刀を振り回しシグナムに威嚇をして遠ざけようとする。すると今度は素直に下がったシグナムが自分の剣、『レヴァンティン』からカートリッジをロードし、剣を鞭のような物へと変形させる。『レヴァンティン』のもう一つの姿『チェーンエッジ』だ。今度は遠距離からの斬激に龍斗は何とか回避しながら魔弾を撃って反撃を試みるが、シグナムはその全てを的確に魔法障壁で受け止めていく。それも前面に広く展開させるのではなく、手の平サイズの小さな障壁で、無駄な魔力を一切消費する事なく弾き返してしまうのだ。

「な、なんだ、これ?」

 龍斗は必死に応戦しながら自分の状況に思わず首を傾げてしまっていた。

 ありとあらゆる攻撃が、防御が、行動が、まるで思考をトレースされた様に的確に破られていく。いや、自分にだって咄嗟の判断で動いている所はあるし、こちらの行動を見てからでは間に合わない様な攻撃も仕掛けてきている。にも拘らず、彼女は全ての行動に対して『最善』の一手を選んでくるのだ。これはもう、未来予知としか思えない。

 そんな訳がないと解っていながら、どうしてもそう考えてしまう龍斗は、やがて防戦一方に立たされ、反撃のチャンスを完全に失っていた。

「やはりな……、お前は確かに潜在的な力は優れているようだが、それに見合うだけの技量を何一つ身につけていない。全ての攻撃が単調な物ばかりだ。容易に次の行動が予想出来る」

「くっそ……、言ってくれる……!」

 龍斗は何とか状況を好転させようと、無理矢理前に出てみようとしたり、一旦距離をとるため相手の攻撃範囲よりさらに遠くに逃げようとしたりなど、色々な方法を試してみるが、全ての行動を的確に潰されてしまう。

「なんでっ!? ここまで……っ!?」

 あまりに動きを読まれ過ぎて、龍斗は次第に混乱していく。何をどうやったら、ここまで相手の動きを正確に読み取れると言うのか。その疑問は次第に焦りへと変わっていき、身体はいつの間にか傷だらけになっていた。

「私は他人に物を教えてやれるような者ではないが、それでもお前には一つ教えてやれる事がある。後学のために教えといてやろう」

「何をっ!?」

「お前の戦いが単調になる理由だ。お前は自分しか見ていない。攻撃の時は自分の攻撃を当てようとするばかり。防御の時は躱すか守るかばかりを考えている」

 それは普通なのではないか? っと龍斗は口には出さず苦い顔をしてしまう。

「結局のところそれだけなのだ。お前はこの戦場で自分しかいないと考えているようなもの……。戦うと言う事は―――」

 チェーンエッジの刃先が龍斗の正面に飛来する。

 慌てて刀で攻撃を受け止めるが、その一撃で体勢が崩れてしまった。

 その隙を付いてシグナムは、チェーンエッジを元の剣に戻し、刃を鞘に収納する。

「常に相手の動きを考えると言う事だっ!!」

 鞘から抜き放たれた居合の一撃に龍斗は大きく後方に吹き飛ばされてしまう。

 地面に叩きつけられて大きな土煙が上がった事に、シャマルは驚いて彼の名を呼ぶ。

「按ずるなシャマル。あの者がバリアジャケットをしていないのはすぐに解った。手加減はしている。それに……」

 シグナムはその先の言葉を口にせず、好印象を思わせる笑みを口元に浮かべる。

 やがて土煙が晴れると、そこには魔法障壁を展開している龍斗の姿が浮かび上がった。

(龍斗さん……!? あの瞬間にちゃんと防御していた……!)

 戦闘員ではないとは言え、その一瞬を見逃した事にヴォルケンリッターの一員としてこっそり落ち込むシャマル。

「いって~~~……、何だよ今の一撃……、しばらく体が硬直してたぞ……!?」

 強力な攻撃を防御すると、それに耐えようとして筋肉が強張り、一時的に硬直状態が起きる事がある。龍斗はそれを今まさに己の体で体験したのだ。

(つまり、それだけシグナムの一撃は重くて、俺より強いって事かよ……)

 悔しく思いながら、しかし龍斗は弱音を吐く事も無く、刀を構え、再びシグナムに斬りかかる。

「ほう、今の一撃で力量の差は把握したであろうに、それでも向かってくるか? その勇気と信念だけは認めよう。だが……っ!」

 向かってくる龍斗の刃に真っ正面から剣を打ち当て弾き返す。次の龍斗の刃が振るわれる前にその腕を掴み、攻撃の初動を封じると、懐に向けて蹴りを見舞い、強制的に下がらせる。たたみ掛ける様に踏み込み、剣を振り降ろす。

 龍斗はこの剣を横に避けて、カウンター気味の刃を横薙ぎに振るうが、既にシグナムの姿はなく、大きく空ぶってしまう。

 まるで踊っているかのように身体を捻り、後退と前進を一息でこなしたシグナムは、その勢いのまま剣を振り降ろし一撃を据えた。

 刀で防御したとはいえ、強力な一撃に耐え切れず吹き飛ばされてしまう龍斗。バック転でもするかのように身体をくるりと回転させ、地面に着地した龍斗は、魔剣を使って追撃に備えようとする。だが、シグナムはこの時すでに剣をチェーンエッジに変え、大きく振り被り、たっぷり力を溜めた一撃を放っていた。

 四方をチェーンエッジの檻に囲まれ、どこから来るのか解らない強力な一撃が次々と龍斗に炸裂していく。反撃は愚か、動きそのものまで封じられ、完全に勝負が決した形を取られてしまった。

 その姿に痛そうな表情をするシャマルだが、直接戦っているシグナムは逆に感心していた。

(もう勝負はついた。一撃当てて眠らせようとしていると言うのに……、まだ攻撃を受け止めるか。……そう言えばこの者、私の攻撃を一度たりともまともに受けていない? なるほど、やはり相当に腕がたつようだ。よほど師の教えが良かったと見える)

 そんなシグナムの感想を知る由も無い龍斗は、追いつめられたこの状況で、それでも突破口を見つけようと必死にもがいていた。

(このまま終わってたまるか……っ! せめて一矢報いてやる! ……シグナムはなんて言ってた? 『常に相手の動きを考える』だったか?)

 龍斗は周囲のチェーンエッジに目を凝らす。

 強がりでも「見えるっ!」などと言える自信はなかった。まったくと言って良いほど動きの軌道が読めないのだ。

 精々一撃が向かってくる瞬間を感じ取って、なんとか受け止めるのが限界だ。

(動きを考えろなんて言われても……、全然見えないって!?)

 泣き言を言うつもりはないが、とても今すぐに目の前を不規則に動く刃の壁を見切る事は出来ないと確信した。

(なら一体どうすれば―――っ!?)

 刹那、龍斗が迷いから揺れた視線が、とある一点に注がれた。

(……見えたっ!!)

 僅かな微動、シグナムがチェーンエッジを操る剣の柄の動き―――それを目にした瞬間、龍斗は直感に近い確信を得て、次の自分が取るべき行動を頭の中でイメージする事が出来た。

 足が動く、今まで一度も使った事の無いはずの技術が、自然と体を動かし、鮮明にその技を発動させた。

「クイック・ムーブ……」

 そして振るわれたシグナムの一撃は……、龍斗の遥か後方に叩き込まれた。

 否―――、

 龍斗がシグナムに向かって前に出たことで、その一撃を躱したのだ。

(見切られたっ!? この短い戦闘でっ!?)

 シグナムが初めて驚愕に目を見開く。

 龍斗の潜在的才能は認めていたが、その開花があまりにも急で、優秀な将をも驚かせたのだ。

(まずいっ! 今斬られたら―――っ!?)

 チェーンエッジを伸ばしきって無防備なシグナムは咄嗟に鞘で攻撃を防ごうと構えるが、それを目にした龍斗が咄嗟に足に力を込め、更に踏み込んでくる。シグナムは想像しているよりも深く懐に入られ、対処の全てを失う。まさか自分が一撃を受けるか―――!? と、覚悟した次の瞬間。

 

 ぽにゅり……っ!

 

「んぶぐっ!?」

「!?」

 それは二人にとって意外な出来事だった。

 龍斗は覚えたての新しい技を慣れていないにもかかわらず二度も連続で発動したことにより、制御などできていなかった。

 二度も虚を突かれたシグナムには対処する術などなかった。

 結果として、二人は予想外過ぎる状況に陥ることとなる。

 踏み込み過ぎた龍斗がシグナムの胸に思いっきり顔を埋めていた。

 龍斗は突然視界が柔らかい何かに塞がれ混乱し、動きが止まってしまう。

 シグナムは戦闘中に今まで経験した事の無い、あり得ない状況に戸惑い、固まってしまう。

 傍観者のシャマルに至っては、そのあり得ない状況に「え~~~~~………」という微妙な表情をしていた。

 しばし三人は時間が止まったかのように、そのままの格好で硬直していた。

「な……」

 そして時は動き出す……。

「何をしておるか貴様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 バチコ~~~ンッ!!

「あぶぅ~~~~~っ!?」

 龍斗VSシグナムの戦いは、乙女のビンタによって幕を閉じたのだった……。

 

 

 結局のところ、龍斗は戦闘経験の無さから敗退したと言う事になり、シグナムには出直してくるように言われてしまった。その事を伝える間、シグナムは龍斗に視線を合わせようとしなかった。恐らく羞恥ゆえだろう事は龍斗にも理解できた。

「でも、また経験を積んだら相手してくれるって言ってくれたし、望みはあるよな?」

 龍斗は同意を求めて隣のシャマルに訊く。

 二人がいるのは、町行きのバスの中だ。

「本当ですよ? シグナムに感謝してください? あんな事を女性にして置いて、それでも『また来て良い』だなんて、本当に器の大きい発言なんですから?」

「う……っ!? 重々承知してます……」

 バツの悪い表情で視線を逸らしながら、龍斗は情けなさから溜息が洩れる。

 龍斗は外の景色に視線をやりながら、今日の戦いを振りかえる。

(シグナムとの戦いには得る物があった。俺はそれなりに強いつもりだったけど、それは全部、『才能』とか『資質』とかに頼った力任せだったんだなぁ)

 シグナムとの戦いの中、相手の攻撃に視線を向けるのではなく、相手に視線を向けた瞬間に先の動きが読めた事を思い出し、頭の中で鮮明なイメージとして再現する。

(シグナムの動きが見えた事で解った! 俺はまだシグナムの様な熟練の達人には敵わない。でも、動きが見えたのは確かなんだ。だから、届かないわけじゃない!)

 「次は勝つっ!」と口には出さず、頭の中で叫ぶ龍斗。―――っと、不意に額に軽い痛みが走り片眉を歪める。どうやら先程の戦いで怪我をしていたようだ。

 するとシャマルがそれに目敏く気づきクラールビントに一度口付して、その手を龍斗の額に翳す。翡翠色の魔力光が灯り、額の傷を優しく癒してくれる。

「怪我、全部直したつもりでしたけど、細かい所が残ってましたね」

「いや、このくらい全然平気だよ。でもありがとうシャマル。シャマルにはすごく感謝してるよ」

 龍斗がにこりと笑う。その笑顔を見たシャマルは何だか嬉しい様な気まずい様な落ち着かない感情が胸の辺りに込み上げ、無意味にもじもじしてしまう。

(なんで、こんな感情になってるんでしょう? 私……?)

 シャマルは自分の気持ちに未だ理解が出来ず戸惑うばかりであった。

 そうとは知らない龍斗は何の気遣いも無しに平然と話を振る。

「それでシャマル。次はどこに行くの?」

「えっ!? ああ! はいっ! ……えっと、実は一旦管理局に戻ろうと思うんです」

「ん? なんで?」

「そのですね、最初はヴィータちゃんかザフィーラ、もしくは辺境自然保護隊の方にでも行こうと思ってたんですけど……、なんだか皆の予定が急に変わる事が頻繁になってきてるみたいで把握しにくくなっちゃったんです」

「え? じゃあ、仲間になってくれそうな相手と会えないって事?」

「はい、難しいと思います。ですから、ここは一度、私と言う管理局のコネを使って、龍斗さんをビップ扱いにして直接会ってもらおうと思ってるんです」

「シャマル? それってさらっと言ってるけど結構すごい事だよね? 半分ズルだし」

「わ、私だって正直こう言う方法はどうかと思ってますよ!? 長期休暇をとってる身でもありますし……」

 わたわたと顔の前で手を振って恥しさを誤魔化すシャマルは、龍斗の怪我の治療中だった事を思い出し、咳払いをして落ち着くと、また額の傷を癒しながら続ける。

「でも、そうやって遠慮してたらすごく時間がかかりそうですし……、今回のシグナムの事も、予定地点より西の方に変更になってましたし、ちょっとくらいのズルには目を瞑ってもらいましょう? ……それに、変更になっている理由ってたぶん……」

 そこまで言って龍斗にもシャマルの言わんとしてる事が理解できた。恐らくそれは、二人が一緒に行動している理由と同じ目的だろう。

 『時食み』四足歩行をする黒い影の様な大型の獣。縦に裂けたいくつもの目で、常に得物を探し、魔法であろうと何であろうと食べてしまう異形の存在。

 治療を終えたシャマルは手を引っ込めると、神妙な顔つきで龍斗を見つめる。

 龍斗もその視線が何を意味しているか正確に捉え、真剣な表情で見返す。

 『時食み』を倒せる切り札となる少年と、それに協力する事を誓った湖の魔導士は互いに視線を交わし、覚悟を固めていくのだった。

 


 
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