No.455777

万華鏡と魔法少女、第二十九話、因果と忍

沢山の血を流し、同じ一族を手に掛けた一人の男


彼は唯一の弟と対峙して命を散らせた。

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2012-07-19 19:39:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:5429   閲覧ユーザー数:5067

見えない鎖に縛られた少女、

 

彼女が縛られたそれは強固な茨で造られ、身を蝕み少しづつ苦しめてゆく

 

俺は見えていなかったはやてがどんな風に平気な顔を繕って自分に心配させまいとしたか

 

彼女の健気さ、思いやりの心は俺に光をくれていた、

 

再び楽しい毎日と家族で過ごすという幻想と共に

 

 

だが、それは本当の幸せなんかじゃない、無理をして痛み苦しみを抱え込み、

 

 

彼女等、はやてを護るという意思の元に現れたシグナム達に悲しみや後悔という酷く心の傷跡を残す結果に成ってしまっている

 

 

俺も例外ではない…大事な人間が傷つく姿なんかは見たくはない当然だ

 

しかし、恐らく俺には彼女の行動を咎める事は出来ないのだろう

 

 

それは、今までの非道に身を置いていた自分が良く分かっていた事だから…

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

暗闇を照らす一筋の光の中で対面する二つの影

 

 

家族であるはやての苦しむ原因を突き止めるべく言及されていた時空管理局提督、ギルグレアムは目の前に立つこの男に知る全てを語った

 

 

闇の書、プログラム、呪い、リンカーコア、ロストロギア、そして自分が今から闇の書の主となった八神はやてに何を実行していこうとしているのかも

 

 

だが、どれも話を全て聞いていたイタチからしてみればそれは本当に私怨からくる憎しみによる闇の書への復讐に聞こえ仕方ないものであった

 

 

時に人生を狂わせる復讐という行動

 

 

グレアムは自分を慕っていた部下を奪い去り、尚且つ己を苦しめて来たあの書物を許せないでいた

 

 

話を語る時、彼のその頭には部下を失い、悲しみに暮れていたその部下達の家族達の顔が過っていたのだろう

 

 

話を語っていたグレアムの拳に自然と力が込められていた事に微かにイタチは気づいていた

 

 

だからだろうか、一方的にグレアムを責めたてる事はイタチには出来ない

 

 

ただ、静かに耳を傾けるという事しか出来なかった

 

 

「…私はこれからする事を誤った行動だと思う…君は憐れむかねこんな私を、はやてを利用し復讐しようとするこの私を許せないか?」

 

 

「…………」

 

 

イタチはそのグレアムの問いかけに思考を巡らせる様に静かにその漆黒の瞳を閉じた

 

 

それは偽善として、利用する為だけに彼は今まではやてを援助していたという事を決定付ける発言

 

 

だが、例え彼女では無くとも恐らくは闇の書を封印出来れば彼はそれで満足なのだろう

 

 

それを踏まえた上でイタチはある話を彼に語り始めた

 

 

「…ある所に2人の囚人がいた、その牢屋の鉄格子から一人は夜空を見上げ星を見て…もう一人は地面にある泥を見た」

 

 

漆黒の瞳をイタチはグレアムに真っ直ぐ向け、鋭い眼差しで彼を射抜き淡々と語り始める

 

 

当然、自分に向けられるその話にグレアムはまだ、その意味が良く理解出来ない

 

 

彼は静かに紡ぎ出すイタチの話に黙って耳を傾ける

 

 

「…はやては星を見上げていた、当たり前の幸せ、冷たく寂しい孤独では無く暖かみのある温もりを…しっかりしてるとはいえまだ子供だ もし、生きていたなら自身の親ともっと甘えて過ごしていたかっただろう」

 

 

兄であるイタチは静かに今まで傍にいた八神はやてについて語る

 

 

それはまさしく、本当の幸せを手に入れかけている彼女の望むそれを壊すという結果をもたらす可能性があるグレアムに向けたものだった

 

 

今まで彼女を裏から援助していた貴方なら当然理解出来るだろうという事をグレアムに突きつける形

 

 

グレアムはハッと声を溢しイタチが語るそれを把握し自らの愚行にようやく気付いた

 

 

「…泥を見たのは貴方、醜い復讐という形ではやてを利用し彼女の見ていた星(幸せ)を泥としか見ていない、それは踏みにじるのも訳ないな、…なにせ泥なのだから」

 

 

「………!」

 

 

皮肉にも聞こえるそのイタチの台詞、グレアムは当然、反論する言葉など持ち合わせてはいない

 

そう、彼女が掴みかけていた幸せ、それをぶち壊すというものを彼は理解出来てはいなかった

 

 

復讐を憐れむ? それ以前の問題だ自分のエゴで他者を省みないのはもはや論ずる必要性すら無いだろう

 

 

イタチは己の行動によりもたらされる彼女の不幸をグレアムに把握させた

 

 

当然、グレアムははやてがこれまでヴォルケンリッターの騎士達と親しく生活していた事も知っているだろう

 

 

闇の書に詳しければ、調べる事で必然的にそうなる事は目に見えて分かる

 

彼はただ呆然と何か大切な物を失ったかの様にその場で立ち尽くしていた

 

そう、それは自分の考え方は根本的に間違う事を悟らされ至った結果であった

 

 

無垢な少女の得ようとしている幸せを取り上げ、ただ己の願望だけを押し通す、なんとも都合のいい事だろうか

 

 

しかし、ならば自分はどうしたらいい? 今更闇の書に身体を蝕まれる彼女を見捨てる事などできようか?

 

 

いや、そんな事は考えてはいなかっただろうはやてを使い、ただ彼女の持つ闇の書を封印する事しか思っていなかったのだから

 

 

だが、それで例え自分が押し通そうとした闇の書を無理矢理、封印し彼女が仮に助かったとしても目覚めたはやてはきっと得た筈の家族、望んだ星(幸せ)を失った悲しみに絶望するに違いない

 

 

どうしようもない、負のジレンマにグレアムは追い詰められていた

 

 

彼は悩ましくその場で両膝を地面にドサリと着け、顔を自身の両手で覆う

 

 

改めて、己の無力さを知り、そして呪った

 

 

今までの自分が望んだ答えは彼女に与える絶望でしかなかった

 

 

管理局の中で例え権利があろうとも何も出来ないでは無いか…

 

 

部下も護れず、そして今も闇の書に苦しんでいる筈の一人の少女を悲しませる結果しか見出せる事が出来ない

 

 

彼は一人、暗闇に照らされる街灯の光の元で何かに懺悔する様に心の奥底で自分を責めて立てていた

 

 

「…なら、私はどうすればいい…私が選ぶ選択が過ちでしかない事は君の話からも理解出来る、自分でも分かっていた事だからな…だが! このままでははやてを闇の書が蝕み続ける事になる!私はどうしたらいいんだ」

 

 

それはまさしく、グレアムの心の中からの悲痛な叫びだった

 

 

イタチは静かに声を地面に両膝を着き悲痛の声を上げるグレアムを哀しみが籠った漆黒の瞳で見つめる

 

 

選択肢が無い、そうするしか無いという状況に立たされた事のあるイタチには彼のこの叫びは理解できた

 

 

そう、切り捨てるという覚悟を決めた昔に自分の辿った末路を知っているから…

 

 

どうしようもないジレンマに悩み苦しむ彼の肩にイタチはそっと静かに自身の右手を添える

 

 

「…なら、俺に任せてはもらえませんか? 闇の書への復讐もはやての事についても何もかも」

 

 

「…何を!」

 

 

グレアムは自分の肩に触れイタチから告げられた言葉に目を見開く

 

 

当たり前と言われればそうだろう、なにせ予想もしていなかった事だ

 

 

クロノを通して会ったばかりの自分に彼は全てを委ねてくれと言ってのけた

 

 

当然、そんな事を彼一人に押し付けるなんて事は出来ない、反対しようと彼の瞳を見てグレアムははっきりと述べるつもりであった

 

 

しかし、それは出来なかった

 

 

顔を再び見上げ、肩に手を添えてきたイタチの顔を見た時にグレアムは思わずその彼の表情に息を呑んだ

 

 

それは、家族を思う長兄としての顔だったのかそれとも、自らの決して生き方を変えなかった忍としての顔だったのか…

 

 

だが、その時に見せたイタチの顔を見たグレアムは思わず鳥肌が立った

 

 

目の前に立つ男の精神を…忍として生きてきた男の輝きを垣間見たのだ

 

 

気がつけばグレアムは反論しようとした己の口を閉じて黙り込んでいた

 

 

「気負い貴方が全て背負う必要は無い、家族を守るのは長兄の義務です…俺が皆を護らなければ成らない」

 

 

そう優しくグレアムに微笑んで語り掛けるイタチは静かに彼に背を向ける

 

 

薄汚く、正義を思う者が手を汚す必要は無い

 

 

その役目は自分の様な情け容赦無い人間がすべき事だろう

 

 

イタチは今まで、他人の命を奪い生きてきた己の汚さを理解し心の中でそう自己完結していた

 

 

だが、今まで違法な闇の書への封印を計画してきたグレアムは当然そんな一方的なイタチの発言を認めるなど出来る訳が無い

 

 

そんな事をしてしまえば彼は間違い無く、咎められる事になる

 

 

はやての兄であり、闇の書に関係ないイタチが自分自身が勝手に犯そうとしている罪に問われる事になるなどなんと理不尽な事か…

 

 

せっかく己の過ちに気がついたのにこれでははやてが報われないではないか

 

 

グレアムは自分に背を向け、淡々と語るイタチに強くそう感じ気がつけば言葉を勝手に身体が発していた

 

 

「…それは君とて同じでは無いのか!」

 

 

 

グレアムのその言葉にイタチはピクリと身体を微かに反応させる

 

 

全てを背負い必要は無いとイタチは確かにグレアムに語った

 

 

だが、どうだろうか? そう語るイタチ自身も一人で全てを背負い込んでいるのではないか?

 

 

しかし、次の瞬間、振り返ったイタチはまるで自嘲する様に微笑んだ

 

 

それはグレアムにとって、何か自分と彼の間に越える事の出来ない見えない境界線が引かれた様なそんな感覚

 

 

イタチは静かにそして儚い眼差しをグレアムに向け、こう言葉を紡ぐ

 

 

「…貴方はいずれ必要とされる人間だ、俺とは違い…な…

 

…だから、俺は間違いを認めた貴方に賭けてみたくなった、彼女、八神はやてと闇の書の守護騎士達の行く末を見届ける役目を」

 

 

グレアムはただ眼を見開き沈黙したまま、彼の言葉に耳を傾けていた

 

見届ける? 兄である彼自身では無く、ただ彼女を偽善と言える行為で援助していた自分に?

 

 

だが、そんな事…本当に許されるのだろうか?

 

 

何故、そこまでして…

 

 

深く考え込み、イタチが一体何を望んでいるのかを思案するグレアム

 

 

だが、暫く考え込み口を噤んでいた彼は真っ直ぐにこちらに向けてくるイタチの眼差しを見て考えるのをやめた

 

 

それは、彼の見たイタチの眼差しはこの後に何を言っても曲げるつもりは無いという明確な決意を込めた物だと悟る事ができたからだろう

 

イタチは静かに漆黒の瞳を閉じ踵を返して、彼に背を向けたまま最後に突き放すかの様にこう告げる

 

 

「…俺は人殺しだ、根本的に貴方のような人達と生き方が違う、ただ、それだけの話なんですよグレアムさん」

 

 

グレアムは背を向けるイタチからのその一言で身体が固まった

 

 

それは同時に先ほど、自分と彼との間に見えない境界線がハッキリと眼の前に露わになった瞬間だったのだ

 

 

殺人とは人としての道理に反し犯される許される事の無い罪

 

 

そんな重荷を眼の前にいるこのうちはイタチという男は背負っていると言ってのけた

 

 

しかも、それは彼の立ち振る舞い、表情や言葉からして明らかに一人二人なんて数なんてものではない、もっと大勢の人間

 

 

グレアムはその時、自分の全身の血の気がゆっくりと引いてゆくのを肌で感じた

 

 

自分よりも年下のこの若人は一体、どれほど過酷な道を歩んだのだろうか…

 

 

グレアムは背を向けるイタチにこれ以上、掛ける言葉を述べる事が出来なかった

 

 

そうして、ただ静かに彼等二人の空間にまた静寂が訪れる

 

 

正義を語るつもりも無い、それに彼が間違っていると一方的な見解を押し付ける事も

 

 

道を外せば墜ちてゆくだけという実に簡単な摂理を教えただけ

 

 

それならばいっそ、彼の様な何かを失ってしまう人間よりも、自分の様な何も失う事の人間が代わりになればいい…イタチはそう思っていた

 

 

変わらず背を向けたままのうちはイタチは彼にこう静かに告げる

 

 

「…また、いつか会えたら良いですねグレアムさん…」

 

 

それは、なんとも言えない重い違和感を感じさせる言葉だった

 

 

“また会えたら良い?”それは、まるで会う事が出来なくなるかもしれないと言っている様では無いか…

 

 

だが、それを察していたグレアムは敢えて口にはしなかった

 

 

口をすれば、彼がその通りに成ってしまうような気がしたからだ

 

 

グレアムは微かに頬を緩ませて、背を向けるイタチにこう言葉を贈る

 

 

「…託したよ、君に…」

 

 

「…あぁ、了承した」

 

 

言葉を贈った彼に返ってきたイタチの返答は実に短く静な低い声だった

 

 

こうして、グレアムから漆黒に紛れる様に離れてゆく足音

 

 

夜の闇に紛れたイタチの姿はもうグレアムの視界から消え、眼の前には何も無い夜道が広がる

 

 

 

闇の書に翻弄される人々、

 

 

忍はこうして少女の為に漆黒に浮かぶ赤雲を身に纏い動き出す

 

 

どれだけの道を違おうと彼は止まる事は無い

 

 

そう例え…、憎まれようとも…


 
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