No.451207

BIOHAZARDirregular PURSUIT OF DEATH第十一章

※注意 本作はSWORD REQUIEMの正式続編です。SWORD REQUIEMを読まれてからの方がより一層楽しめるかと思います。
 ラクーンシティを襲ったバイオハザードから五年。
 成長したレンは、五年前の真実を知るべく、一人調査を開始する。
 それは、新たなる激戦への幕開けだった…………

2012-07-11 21:19:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:607   閲覧ユーザー数:601

 

第十一章 『苦戦!北極圏の悪夢!』

 

 

 硝煙が染み込んだ手首にはめられたG―SHOCKが、作戦時刻にセットされたアラームを短く鳴らす。

 

「時間だな」

「ええ」

 

 ナビゲーター席に座ったジルに今更ながら確認しつつ、クリスはハリアーの操縦桿を強く握り締め、号令をかけた。

 

「作戦開始!」

『了解!』

 

 通信機からの返答を聞きながら、クリスは操縦桿を一気に倒す。

 上空を旋回していたハリアーが一気に急降下を始め、白銀の地表が瞬く間に近づいてきた。

 その内の一点、クレパスに偽装された搬入路にクリスは正確にポイントすると、ASM―65マーベリック空対地ミサイルの発射スイッチを押し込む。

 翼に取り付けられたマーベリックミサイルが、ハリアーの機首に取り付けられたレーザーポインターの誘導に従いながら、噴煙を上げながら目標に突き進んでいく。

 だが、それが目標に炸裂する寸前、突如として周囲の雪原から無数の影が飛び出した。

 

「何!?」

 

 

 

「何だあれは!?」

 

 ミサイルの命中後、即座に突入するべく控えていたヘリの中で、Bチームは突然別のクレパスから出現した無数の機影を目撃していた。

 

「あれは…ネメシスーI型!あんなに!?」

 

 それが20体近くのネメシスーI型―イカロスの群れだと気付いたレオンが驚愕する。

 その内の何体かが到達寸前のミサイルの軌道を遮り、自らを壁としてそれを阻んだ。

 残ったイカロスはその全てが急上昇していくハリアーへと迫っていく。

 

「まずい!クリス達を狙っているぞ!」

「兄さん!!」

 

 バリーの声に、クレアが絶叫に近い声を上げた。

 

 

 

『クリス!無数のイカロスがそっちに向かっている!ジェット機の機動性と鳥類の機敏性を併せ持っている奴だ!気をつけろ!』

「了解」

 

 クリスはレオンからの忠告を聞きながら、不適な笑みを浮かべて返答した。

 

「まさか、こんな局地でドッグファイトやる羽目になるとはな」

「大丈夫なの?」

 

 ジルの不安そうな声に、クリスは片手を上げてサインを送る。

 

「任せろ」

 

 それと同時にクリスは操縦桿を引き、噴射ノズルの角度を調整。

 機体は急激的な弧を描きながら機首を上空へと向けていく。

 それを追って、無数のイカロス達がその距離を縮めていく。

 

「来たな……」

 

 レーダーに映る光点を見ながら、クリスは完全に真上を向いた機体の推力をゆっくりと落としていく。

 

「クリス!?」

「大丈夫だ。敵との距離は?」

 

 失速していくのに気付いたジルが慌てた声を上げるが、クリスの落ち着いた声に我に帰ると、慌てて手元のレーダーに目を走らせる。

 

「あと500、400、300、早い!?」

「上等だ」

 

 クリスが操縦桿を横へと倒しながら、噴射ノズルを偏角し、一気に推力を上げる。

 急激的な推力変化を受けた機体は真横へと倒れこみ、更にそのまま真下を向きながら、急激的に加速した。

 急加速したハリアーが一気にイカロス達との距離を縮める中、クリスは更に操縦桿を横に倒し、機体を旋回させる。

 

「ちょっ!?クリス!?」

「喋るな!舌かむぞ!」

 

 とんでもない高速機動にジルが悲鳴に近い声を上げるが、クリスは構わず機体を更に加速させる。

 そして、先頭のイカロスが機銃の有効射程範囲に入ると同時に、トリガーを引いた。

 放たれた25mm炸裂弾が先頭のイカロスを貫き破裂させていく中、クリスはトリガーを引いたまま、機体を旋回させながら横へと滑らせ、次々と標的の中にイカロス達を捕らえていく。

 そのままの速度でハリアーはイカロス達が攻撃するよりも速くその群れの中を突っ切り、それと同時に機体は旋回を止め、再度弧を描きながら上昇する。

 

「こいつがオレの得意技《シザーズロール》だ!残数は!?」

「あ、あと12、いえ13!」

 

 ジルの報告を聞きながら、クリスは再び操縦桿を手前に引いた。

 その高速度の為に要する大きな弧を描きながら、ハリアーがその機首を上へと向けていく。

 それを追うように、イカロスの群れがジェット機では絶対不可能な動きで軌道を変える。

 

「ちぃっ!」

 

 上昇軌道を塞ぐように向かってきたイカロスの群れを、クリスは驚異的な操縦でかわしつつ、弾丸を叩き込む。

 再度上空へと踊り出たハリアーに向かって、残りのイカロスが後を追う。

 

「なんて動きだ。ハリアーの機動性を上回ってやがる……」

「あと、7!」

 

 ジルの告げた残数を聞いたクリスは強く歯軋りした。

 ハリアーの真後ろに付いたイカロスは、若干速度の違いで遅れながらも、後ろから離れようとしない。

 

(距離が短い……あの機動性じゃ反転すると同時にやられるな……どうする?)

 

 クリスが自問しつつ、高度計を見る。

 それは、もう直高度限界に達する事を示していた。

 

「進む事も戻る事も出来ないなら、止まるまでだ!」

 

 クリスは、操縦桿をいきなり手前に引きながら噴射ノズルを真下に調整。

 慣性の付いた機体が、急激的な機体の引き起こしで進行方向に機体の腹を向けるような状態からの噴射ノズルの噴煙が、急激的に機体の速度を落とす。

 “コブラ”と呼ばれる高度操縦技術に反応の遅れたイカロス達が衝突寸前に慌てて左右へと散る。

 

「今だ!」

 

 群れを通り過ぎると同時に、クリスは操縦桿を前へと倒し、機体を即座に戻すとトリガーを引いた。

 放たれた弾丸が慌てて方向を変えようとするイカロス達を貫く。

 破裂した肉片を撒き散らしながら落下していくイカロス達をすり抜けるようにして再び上空へと舞い上がったハリアーが、弧を描きつつ水平背面飛行へ、それから反転して水平飛行へと体勢を立て直す。

 

「あと、4!」

「来い!」

 

 こちらへと向かってくるイカロスの群れへとクリスは機首を向けると、真正面から最加速で突っ込んでいく。

 そのまま、イカロスの反応速度を越える猛スピードですれ違い様にクリスは25mm弾をイカロスの体に叩き込んでいく。

 

「あと二匹!」

 

 ジルの声を聞きながら、クリスは手元の残弾数メーターをチェックする。残弾はもはやほとんど無い。

 

「こちらの弾が尽きるのが先か、向こうがくたばるのが先か………」

 

 呟きながら、クリスは背後から迫ってくるイカロスとの距離を冷静に図る。

 イカロス達との相対高度から機体を微妙に上げ、イカロスが追いつこうとする瞬間操縦桿を引いた。

 イカロス達の目前で、忽然とハリアーが消失する。

 一瞬にしてイカロスの真下に潜り込んだハリアーが、次の瞬間にはイカロス達の真後ろを取った。

 

「終わりだ」

 

 “木の葉落とし”と呼ばれる操縦技術でバックを取ったクリスがトリガーを引いた。

 残ったイカロスの内の一匹が全身を貫かれ、肉片へと変わり果てながら即死する。

 だが、もう一匹の体に弾丸の数発が命中した時点で残弾が尽きた。

 

「やったか?」

 

 クリスの予想を覆し、全身から血と煙を撒き散らしながらも、最後のイカロスは突如として身を翻し、ハリアーへと向けて舌を突き出す。

 

「くっ!」

 

 僅かに機体を逸らしたハリアーのキャノビーを舌がかすめ、キャノビーの側面に無数のヒビが入る。

 

「クリス!」

「まずいな」

 

 手持ちの兵装を使い果たしたクリスが、距離を取ろうと速度を上げるが、イカロスは負傷しながらもそれに追いつこうとする。

 

『クリス!』

「バリー!こっちはもう弾が無い!そちらだけで突入出切るか!?」

『駄目だ!手持ちの爆薬程度じゃ威力が足りない!』

「……だったら、手は一つだな。だが…」

 

 クリスはちらりとレーダーを見る。

 

「あいつをどうにかしないと……」

「クリス!キャノビーが!」

 

 ジルが悲鳴に近い声を上げる。

 キャノビーに入ったヒビが、風圧に耐えかねて徐々に広がっていく。

 

「……どうする?」

『クリス!一瞬でいい、そいつを止めてくれ』

 

 自問するクリスに、通信機からレオンの声が響いてくる。

 

「分かった!任せる!」

 

 何をするかも問わず、クリスは再度“コブラ”を仕掛ける。

 衝突寸前にハリアーを回避したイカロスが、素早く身を翻そうとした瞬間、機首を水平にしたハリアーが急加速して接触寸前の至近距離でイカロスの眼前を通過する。

 次の瞬間、ハリアーの巻き起こしたスリップストリームが、真空を生み出し一瞬だけイカロスのジェットエンジンを停止させる。

 その隙を逃さず、レオンはヘリの中から構えていた史上最強最大の銃、IWSアンチマテリアルライフルのトリガーを引いた。

 発射されたフレシェット(矢型の特殊弾)がイカロスの頭部を完全に粉砕する。

 

「やった!」

「ああ、だが問題はこれからだ」

『どうするクリス?今からAチームと合流するか?』

「………いや、ヘリを少し離してくれ。これから予定通り突破口を開く」

『クリス、お前まさか………』

「大丈夫、無駄死にはしない」

 

 クリスはハリアーを真上に上昇させると、一瞬だけ静止させて機首を真下へと向ける。

 

「幸い、まだ燃料がたっぷり有るしな。ジル、脱出方法は教えたよな?」

「……まさか………」

 

 クリスはそのままハリアーをどんどん加速させていく。

 

「今だ!脱出するぞ!」

 

 クリスの意図に気付いたジルが慌てて脱出レバーを引き、キャノビーが外れて座席ごとその体が射出される。

 クリスもそれに続いて脱出し、加速の付いたハリアーはそのまま偽装された搬入路に激突し、大爆発を起こす。

 

『クリス無事か!』

『兄さん!?』

 

 爆炎の向こう側で、二つのパラシュートが開いたのを見たSTARSメンバーが胸を撫で下ろす。

 

「こっちは無事だ、突破口は開いたか?」

『バッチリだ』

「そうか、Bチーム突入開始!」

 

 クリスの号令に続くように、今だ炎を上げている突破口に消化用手榴弾が投げ込まれ、パラシュートを着けたBチームが次々と穴へと向けて降下していく。

 

「こちらBチーム、レオン。これより研究所内部に突入する!」

 

 

 

『侵入者在り!侵入者在り!第二搬入路から多数の武装した一団が侵入。対侵入者用トラップがBレベルまで自動起動、戦闘要員はパターン3にて戦闘配置。繰り返す…』

 

 研究所内に響き渡る非常警報に、アンブレラの武装警備員が次々と銃を手に通路内を走り回る。

 

「敵は今どこだ!」

「まだ格納庫の中だ!“ヘルハウンド”が迎撃体制に入るから近付くな!」

「他の搬入路からの同時侵入もあるかもしれんぞ!至急向かえ!」

 

 詰問と号令が響く中、一人の男がゆっくりとマガジンに弾を詰めていく。

 

「ようやくか………待ちくたびれたぞ……」

 

 装弾を終えたマガジンを銃へと込め、初弾を装填させたその男―“死神”ハンクは顔に壮絶な微笑を浮かべながら、自分の配置へと向かった。

 

 

 

「敵影はあるか!?」

「いや……こちらからは誰も来てないな」

 

 洞窟に偽装された搬入路の入り口に配置されたアンブレラの武装警備員達が、周囲を見回す。

 ふと、そこで純白の雪原に一つだけある黒点に気付いた。

 

「おい!あれは!」

 

 即座に首から下げていた双眼鏡を覗き込んだ武装警備員の一人が、ゆっくりとこちらに向かってくる黒装束の男の姿を確認した。

 

「間違いない!ブラックサムライだ!」

「一人か!?他に仲間がいるかもしれん!」

 

 慌ててその場の警備員達が周囲を確認するが、その黒装束以外の人影は見当たらない。

 

「まさか……たった一人で乗り込んでくるつもりか!?」

「馬鹿が、あそこはトラップ地帯のど真ん中だ!」

 

 その言葉が終わるとほぼ同時に、雪原のあちこちが盛り上がり、そこからそれぞれ計4体のハンターβが姿を現す。

 素早く獲物を確認したハンターβが黒装束の男へと襲い掛かる。

 男は歩行速度を変えず、自らの右手を刀の柄に、左手を懐のホルスターに伸ばした。

 そして、襲い掛かってきたハンターβ2体と男が交差した次の瞬間、胴体を両断された物と頭部を一撃で撃ち抜かれた物の二つのハンターβの屍が雪原に転がった。

 

「な…………」

 

 驚愕のうめきを漏らす警備員達の眼前で、残ったハンターβ2体が男へと襲い掛かる。

 その内の1体が宙へと跳ね上がって男の首筋を狙おうとするが、冷静に狙いを定めたサムライソウルから放たれた45ACP弾が正確にその頭部に炸裂し、内部破壊及び残留を目的に作られたホローポイント弾頭がその用途通りにハンターβの脳髄をかき乱し、ただのたんぱく質の塊へと変える。

 もう1体は雪原の雪を撥ね上げながら男へと走り寄ってそのカギ爪を振るうが、それが届くよりも早く振り下ろされた大通連がその腕を一撃で斬り落とし、その刃が地面スレスレまで下がった瞬間、瞬時にして大通連は同じ軌道を逆に跳ね上がる。

 諸刃作りになっている峰の刃が、その軌道上にあったハンターβの股間から脳天までをキレイに斬り裂いていき、一瞬遅れて噴き出した血が雪原を紅く染めながら、凍りついていく。

 数瞬後、屍の仲間入りをしたハンターβの死体が男の通り過ぎた雪原へと崩れ落ちた。

 

「は、ハンターβが足止めにもならないだと!?」

「化け物が!」

 

 警備員の一人が銃を構えようとした瞬間、一瞬その体がケイレンして地面へと倒れ込んだ。

 

「おい、どうし…」

 

 問い掛けの途中で、その警備員も同じように一瞬ケイレンした後同じように地面に倒れ込んだ。

 その首筋には、一本の矢が突き立っていた。

 

「な!?」

 

 残った警備員が慌てて横を向くと、すぐそばの雪原から覗いているサイレンサーと矢じりに気付く。

 が、そのすぐ後にそれぞれから放たれた弾丸と矢が残った警備員達に突き刺さっていた。

 

「単純な手に引っかかったな」

 

 真っ白に塗られた対電磁波、対赤外線センサー用ステルスコートの施されたシートを被り、レンが注意を引いている隙に雪原を這いながらコソコソ進んできたカルロスが、シートを投げ捨てながら手にしたコンバットボウ(実戦用の組み立て式弓矢)を仕舞い込む。

 

「あれだけ派手にやってりゃ気付かないだろ」

 

 その向かいで同じようにシートを投げ捨てたアークが、銃口からサイレンサーを外す。

 それを気に、周囲の雪原が次々と盛り上がり、同じ手でここまで近寄ったSTARSメンバー達が次々と顔を現していく。

 

「上手くいったようだな」

「……寒くないのか、お前…………」

「真冬に毎日2時間滝に打たれりゃ、これ位平気になる」

 

 その時になってようやく入り口へと辿り着いたレンに、分厚い防寒着から雪を払っていたスミスが妙な物でも見るかのような視線を送るが、レンは平然と言い放ちながら率先して入り口の前に立つ。

 

「さて、行こうか」

「こちらAチーム、アーク。突入開始!」

 

 アークが通信機に叫ぶと同時に、レンを先頭にしてAチームのメンバーは走り出した。

 下方に伸びている天然の洞窟を利用しているらしい部分を走り抜け、分厚い扉を潜り抜けるとそこにはいかにも研究施設らしい白い通路が伸びていた。

 

「北極の真下にこんなもん作りやがって……」

「南極にもあったし、カリブ海の海の中なんてのも有ったからな。今更驚くまでもない」

「あん時は危うく溺れ死にしそうになったな」

「……そうなのか」

 

 アークとカルロスの会話を聞きながら、スミスが警備カメラに律儀に中指を立てて通り過ぎようとした時、突然両脇の壁が音も無く開く。

 

「さっそく歓迎か!」

 

 その場に立ち止まったAチームの面々がそれぞれの銃を壁のスリットへと向ける。

 だが、そこから漏れてくる呻き声に気付いた者達が首を傾げた。

 

「ゾンビ?なめやがって!」

 

 スミスが手にしたドラムマガジン使用のAS12ショットガンのトリガーを引こうとした瞬間、壁のスリットから出てきたゾンビの姿がスミスの視界から消える。

 

「!?」

「上だ!!」

 

 レンが叫びながら、スミスの前へと踊り出し、真上へと跳び上がって襲い掛かろうとしたゾンビを一刀の元に斬り捨てる。

 

「気を付けろ!気の質が全然違う!こいつらはゾンビ型のBOWだ!」

「やっかいな物を!」

 

 現れたゾンビ型BOW達が次々とハンター並の素早さで皆に襲い掛かる。

 一瞬対処の遅れたミリィにゾンビ型BOWの一体が跳びかかろうとするが、サムライソウルから連射された弾丸が額、喉笛、心臓に突き刺さり一瞬にして絶命させる。

 

「あ、ありがとう……」

「下がってろ!まだ来るぞ!」

「こちらAチーム!ハンター並の機動性を持ったゾンビ型BOWと現在交戦中!」

 

 アークが通信機に叫びながら、アーウェン37グレネードガンを壁のスリットに向かって連射する。

 何体かのゾンビ型BOWがグレネード弾の直撃もしくは誘爆を食らって吹き飛ぶが、巧みに避けた者が肉薄してくる。

 

「最初から熱烈歓迎か!?」

「美女以外はお断りだ!」

 

 カルロスがフルオートにセットしたM4A1を、スミスがAS12とゾンビバスターの凶悪な二丁拳銃を連射して弾幕を張り、それに続くように他の者達も銃を連射して次々と敵を駆逐していく。

 最後の一体が宙から襲いかかろうとした所をレンの斬撃が胴を両断し、残った上半身がそれでもなお腐臭のする顎(あざと)を突き立てようとするが、次の瞬間には直撃した454カスール弾がその頭部を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

「あちぃ!誰だ着たままでいいなんて言った奴!」

「お前だろ」

 

 戦闘が終わると同時に、ボヤキながらスミスが防寒着を脱ぎ捨てようとするのを、レンの一言で動きが止まる。

 同じように防寒着を不必要と判断したAチームのメンバー達が次々と脱いでいく中、アークが通信を入れた。

 

「Aチーム交戦終了、負傷者は無し。そちらは?」

『こっちも来たぞ!これより交戦に入る!』

 

 

 

 レオンが通信機に叫びながら、アサルトライフルそっくりの外見を持つスパス15ショットガンを構える。

 Bチームの周囲には茶色い毛並みを持った、何匹もの大型犬が唸りを上げている。

 

「新型の“ケルベロス”か?」

「いいえ、あれは狼犬!純粋な狼よりも危険な…」

 

 シェリーの説明の途中で、狼犬の一匹がレオンに向けて襲い掛かるが、レオンが瞬時にトリガーを引いてあっさりとそれを迎撃する

 だが、散弾の直撃を食らって地面へと倒れ込みながら、それは内臓を床へとこぼしつつ立ち上がる。

 

「狼犬のBOW!?」

 

 シェリーが驚くと同時に、その狼犬のBOW―“ヘルハウンド”が大きく遠吠えした。

 それに呼応するかのように、周囲のヘルハウンド達も次々と吠える。

 そして、さらにそれに呼応するかのように、通路のあちこちからも同様の遠吠えが返って来た。

 

「まさか!」

「そのまさかのようだな…………」

 

 通路のあちこちから続々と姿を現し始めた大量のヘルハウンドに、その場の全員が素早く円陣を組みながら銃を構える。

 

「群れで襲ってくるBOWとはな……」

「来るわ!」

 

 周囲を包囲していたヘルハウンドの内の数匹が突如として襲い掛かってくる。

 自分へと襲い掛かってきたヘルハウンドに、クレアはP―90アサルトマシンガンをフルオートで連射する。

 だが、その一匹を迎撃すると、即座に別のヘルハウンドが襲い掛かってくる。

 

「くっ!」

 

 クレアが銃口をそちらへと向けた一瞬の隙に、同時に襲い掛かってきたもう一匹のヘルハウンドが、彼女の喉笛に牙を突き立てようとした。

 その鋭い牙がクレアの喉に届く寸前、凄まじい速さで繰り出された分厚いプロテクターに覆われた拳が、ヘルハウンドの顔面にめり込む。

 次の瞬間、プロテクターに内蔵されたギミック式2連ショットガンが作動、零距離から放たれた散弾がヘルハウンドの頭部を吹き飛ばす。

 

「助かったわ、シェリー…」

「まだ来る!」

 

 礼を言おうとしたクレアに、繰り出した拳を素早く戻しながらシェリーが叫ぶ。

 

「気を付けろ!ケルベロスとは全然違うぞ!」

 

 そう言いながら、バリーは迎撃しそこねたヘルハウンドに、とっさに持っていたM60E3ヘビーマシンガンを噛み付かせながらなんとかそれを振り解こうする。

 

「こっちに!」

 

 シェリーの声に、バリーがヘルハウンドを振り回しながらそちらを向くと、シェリーの強力なキックがヘルハウンドを強引に銃から引き剥がす。

 それと同時に脚のプロテクターに内蔵されたギミックガンから、ショットガン用のスラッグ(単発)弾が発射され、ヘルハウンドの胴体を貫いた。

 

「一人で対処するな!円陣を二重にして二人以上で対処しろ!」

 

 レオンが叫びつつ円陣の内部に一歩下がり、空になったマガジンを素早く交換する。

 他の者もそれに習い、互いに重なるように組まれた二つの円陣からの銃撃が襲ってくるヘルハウンドを迎撃し、至近距離まで近付いた物はシェリーの拳と蹴りが仕留めていく。

 だが、ヘルハウンドの苛烈な猛攻の前に、とうとう重なって撃っていたクレアとレオンの弾丸が同時に尽きる。

 マガジンの交換が間に合わない事を悟ったレオンが腰のデザートイーグルに手を伸ばした時、突然襲い掛かってきたヘルハウンドが吹き飛ばされる。

 

「援護する!」

「兄さん!」

 

 上から聞こえてきた声にクレアが振り向くと、そこには爆破して開いた穴の淵から架けられたロープにぶら下がりながら、スパス12ショットガンを構えているクリスの姿が有った。

 

「振り向かないで!」

 

 同じようにロープにぶら下がっているジルが、円陣の中央にフラッシュグレネードを放り投げる。

 数秒の間を置いて炸裂した閃光が、ヘルハウンド達の動きを止め、そこへ無数の銃火がその体を貫き、絶命させていく。

 最後に残った一匹、一際体の大きなおそらくはボス格と思われるヘルハウンドが、全身を銃弾に貫かれながらも果敢に向かってくる。

 

「この……!」

 

 バリーがフルオートで放たれる7.62ミリ弾をそのヘルハウンドに全弾叩き込むが、それでも勢いは止まらず、ヘルハウンドの巨体が宙へと踊り出す。

 

「はあっ!!」

 

 だが、それと同時に宙を舞ったシェリーの飛び蹴りが、ヘルハウンドの体を弾き飛ばす。

 

「シェリー!」

「任せてください!」

 

 シェリーは着地と同時にそう言い放つと、素早く起き上がって同じく起き上がろうとしているヘルハウンドに向けて構える。

 低く唸りながら、ヘルハウンドはゆっくりとシェリーの周囲を回り始め、シェリーもそれに合わせるように体の向きを変えていく。

 皆が固唾を飲んで見守る中、大きく吠えながらヘルハウンドの巨体がシェリーへと襲い掛かる。

 その牙がシェリーに届く寸前、風切り音を伴って繰り出されたシェリーの垂直蹴りが、ヘルハウンドの体を真上へと跳ね上げる。

 さらに、シェリーは素早くヘルハウンドの落下予想地点に移動すると、心持ち両足を開き、拳を腰だめに構える。

 ゆっくりと息を吸い、それを肺へと溜めていく。

 そして、ヘルハウンドの体が頭上へと落ちてくると同時に、シェリーは力強く地面を踏みしめながら、両拳を頭上へと突き出した。

 拳から伝わった衝撃がヘルハウンドの内臓を一撃で破裂させ、更に撃ち込まれた散弾がそれを吹き飛ばす。

 周囲一帯に盛大な地と肉のシャワーを降らせながら、半ば胴体が吹き飛んだヘルハウンドの屍が床へと崩れ落ちた。

 

「交戦終了」

 

 返り血を浴びながら、シェリーは小さく呟いた。

 

 

 

 通路にはおびただしい数の血痕と空薬莢がばら撒かれ、所々にBOWや武装警備員の死体、時たま失神させられた挙句に手錠だのロープだので両手を拘束された研究員が転がっていた。

 それらが続く先で、また一つの戦闘が起こっていた。

 

「ああああぁぁぁ!!」

 

 敵の銃撃が途絶えた一瞬の隙を縫って敵陣へと乗り込んだレンが、無表情のまま銃撃をしてきた奇妙な兵士達の中央で旋回しながらの居合抜き《光螺旋》で敵を斬り裂いていく。

 その刃の嵐に巻き込まれなかった兵士達が、手早くマガジンを交換してレンへと狙いを定めるが、その銃口から銃火が放たれるよりも前に飛来した弾丸が彼らの頭部を撃ち抜いた。

 レンが旋回を止めた時には、そこには屍と化した兵士達が転がっているだけだった。

 

「“掃除屋”まで投入してきやがったか……」

「これが?」

 

 生命活動が停止すると同時に、融解していく奇怪な死体―UTフォース、通常掃除屋とも呼ばれるアンブレラの造り出した人造人間―を見ながらのアークの呟きに、初めて見るスミスやミリィは顔をしかめる。

 ふと、刀を振って血を振るい落としていたレンが通路の先を見据える。

 

「妙だな」

「何が?」

 

 レンの呟きに、スミスがそちらを向く。

 

「トラップが一つも作動してない」

「そういえば………」

「……罠か?」

 

 カルロスの一言に、皆がハッとする。

 

「よっぽどこの先にある物に自信が有るらしいな……」

 

 彼らの眼前で、先程までロックされていたはずの隔壁のロックが突如として勝手に外れた。

 

「パーティ会場の準備が整いました、会場にお進み下さい。ってか?」

「料理と酒とウェイトレスはどうした?メイドでもOKだぞ」

 

 スミスがぼやきながら、腰のガンベルトにぶら下げていたAS12のドラムマガジンを空になったマガジンと交換して初弾を装填する。

 

「こちらAチーム、掃除屋との交戦終了。先に進む」

「行くぞ」

 

 アークの通信が終わると同時に、先頭のレンに続いて皆が進む。

 程なくして、無造作にドアが開いている一つの研究室が見えて来た。

 レンが手で後ろにサインを送ると、皆が無言で左右の壁に分かれて張り付く。

 先頭のレンが刀を鏡代わりに内部の様子を確かめ、中に危険な存在をいないのを確かめると一気に内部に踏み込んだ。

 

「動くな!」

 

 レンに続いて踏み込んだスミスとカルロスが素早く室内を確かめる。

 そこは大きな研究室で、無数に並ぶデスクにパソコンや実験器具が置かれ、奥にはBOW培養用と思われる空のカプセルが並んでいた。

 しかしそこにいるのは、パソコンに向かって一心に何かを打ち込んでいる一人の科学者だけだった。

 

「そこのお前!両手を上げながらゆっくりと腹ばいになれ!」

 

 スミスの警告に、科学者は振り向きもせず一心にキーボードを叩いている。

 

「聞こえないのか!」

「英語が通じないんじゃ?」

 

 ミリィの言葉に、スミスが威嚇の銃撃を天井に向けて発砲した。

 

「次は射殺するぞ!意味くらいは分かるはずだ!」

「なんじゃ、うるさいの………」

 

 ようやく、その科学者がイス毎こちらに振り向く。

 老人、と言っても過言ではないその男性科学者の目が、銃を構えているSTARSメンバーを見ると同時に、その目が驚愕に見開かれた。

 

「おお、おおお……そうか、ようやく来たのか」

「英語分かるじゃねえか!とっとと腹ばいになれ!」

「貴様に用は無い」

「なんだと!」

 

 スミスがどなるが、老科学者はその視線を一番先頭に立って銃を向けている男―レンに向け、口元に引きつった笑みを浮かべた。

 

「用があるのはそこのサムライ、そう、君だよ」

「オレか?」

 

 レンが銃口を老科学者にポイントしながら、微かに首を傾げる。

 

「そう、君は興味深い。非常に興味深い。その一振りのサムライブレードと、ハンドガンだけで私の造り出したネメシスシリーズを次々と撃破した。これは驚くべき事実だ」

「能書きは取調室で言え!それとも神の身元がいいか!?」

「黙れ、凡人」

「何ぃっ!!」

 

 激昂するスミスを、カルロスが抑える。

 

「駄目だ、あのじいさんイッちまってる」

「麻酔でも嗅がす?」

「いや、痴呆症介護センターに……」

 

 レンを除いたAチームの面々が後ろで呟くのを無視して、老科学者は続ける。

 

「君の事は我々の間でも話題になっている。STARSに参加したほんの数ヶ月の間に、確認されているだけでも完全調整されたBOWを50体以上を撃破している。これは脅威としか言い様が無い。ある者は君はどこかの組織が作り上げた強化人間だと言い、またある者は東洋から来た魔人だと言う。だが、私は違う」

「ほう?」

 

 老科学者は、さも楽しげに笑いながら、背後のディスプレイを見えるようにその体をずらす。

 そこには、レンに関するありとあらゆるデータが映し出されていた。

 

「アンブレラ諜報部の調べ上げたデータによれば、完全に確認はされてないが、君は半年前にたった二人でヨコスカの米軍基地に潜入、内部の研究施設を破壊しているそうだね。それだけじゃない。日本警視庁には君が関与したと思われる事件が幾つか保管されていたが、そのどれもが驚異的な数字を示している。例えば、三年前に鎌倉で起きた銀行強盗による立て篭もり事件は、発生から27分、より正確を期するならば、警察からの委託を受けた君と君の従兄が到着してからたった3分で解決している。これはSWAT等とは比べ物にならない速さだ」

「よく調べているな」

 

 老科学者は、さらに深い笑みを浮かべながら続ける。

 

「これらのデータから、私はこう考えた。君は本当のサムライ、すなわち人類が進化の過程において、大脳新皮質の記憶、処理容量を増加させる為に退化させた戦闘の為の本能と感覚、それを今に伝える人間なのだと!」

「オレが戦国時代の人間だとでも?」

「違う!違うのだよサムライ!君が、君こそが戦いの為にもっとも進化した人類なのだよ!」

「……本気でイかれてるぞ、あのじいさん……………」

 

 スミスの呟きにも耳を貸さず、老科学者はその狂気じみた目を輝かせる。

 

「そして、私は考えた。その君に対抗するにはどうすればいいかを」

 

 老科学者の指が、素早く背後のキーボードを叩く。

 

「これがその答えだ!」

 

 不吉な予感を感じたレンがとっさにサムライソウルの銃口をキーボードへと向けるが、45ACP弾がキーボードを破壊するよりも一瞬速く、年老いた指がエンターキーを叩いた。

 すると、不気味な起動音のような物が響き、突然研究室の奥の壁がせり上がって、そこから巨大なカプセルが現れる。

 

「受け取ってくれたまえ、これが君のために創り上げた私の最高傑作、ネメシス―O型“オーガ”だ」

 

 カプセルの前面が左右へと開く。

 そこに有ったのは、タイラントの体を更に何倍も筋肉質にしたような異様に太い体に、まるで西洋の騎士を思わせるような甲冑を着込んだ、奇怪な物体だった。

 よく見れば、頭部を覆う兜と面を合わせたような物には外を見るための覗き穴すら無く、額に当たる部分に開いた穴から二つの角のような物が露出し、右手には太いパイプのような物と、それから細長いチューブが背中へと伸びていた。

 

「撃てっ!」

 

 レンの声と共に、我に帰ったメンバー達が一斉にトリガーを引いた。

 

「無駄だよ」

 

 老科学者がボソリと呟く。

 その奇怪な甲冑―ネメシスーO型“オーガ”は、無数の銃撃を物ともせず、前へと一歩を踏み出す。

 異様に鈍い、大重量特有の足音を響かせながら、それは前へと進み出た。

 

「戦車か、こいつは!」

 

 弾丸が全て甲冑で弾かれているのを見たスミスが、背中のバーレットM82A1を構える。

 50口径の強力な弾丸が、大きな銃声と共に放たれた。

 だが、オーガの胴体の中央に命中した弾頭は、僅かに甲冑の表面をへこませただけだった。

 

「無駄だと言ったはずだよ。オーガのアーマーはチタン、セラミック、カーボンなどの素材の隙間に特殊な衝撃吸収材を複合させた物だ。たとえ戦車砲でもビクともせんよ」

 

 さも楽しげに笑みを浮かべながら、老科学者は自慢気に解説する。

 皆が冷や汗を流す中、オーガはカプセルの中にあった、自らの身長の半分はあろうかという巨大な刃を持った斧を手に取り、大きく咆哮した。

 

「さあ、見せてくれサムライ!君の戦いの遺伝子を!」

「うるさい」

 

 日本語で呟きながら、レンはオーガに向けて刀を構えた。

 

 

 

『こちらAチーム!新型のネメシスと交戦状態にはい…た……じょ…況…』

「どうしたAチーム、状況は!」

 

 バリーがM60E3を連射しながら、通信機に怒鳴る。

 だが、通信機からはノイズしか聞こえてこなくなっていた。

 

「ECMか?」

「間違いないです」

 

 クリスの問いに、持ってきていたノートパソコンで通路のケーブルからハッキングを試みていたシェリーが答える。

 

「管理システムから研究所全域にジャマーが架けられてます。こちらからの解除は不可能ですね」

「寸断させる寸法ね」

 

 そう言いながら、クレアが身を隠していた通路の角からチラリと向こうを見る。

 そこには、大量のUTフォースが無数の銃口をこちらに向けていた。

 試しに空のマガジンを通路の先に投げると、途端に文字通りの弾幕が吹き荒れる。

 

「どうする?」

「……できれば使いたくなかったんだけど……」

 

 レオンが顔をしかめてた所で、ジルが手荷物から黒い塊を取り出す。

 

「それは?」

「爆弾よ。ただ、爆薬の方はサムライが妙なツテから流してもらった奴だから、威力の方に心配が………」

 

 表面のスイッチを操作したジルが、それをクリスに手渡し、クリスはそれをフルパワーで敵の方へと投げた。

 再度弾丸の雨が飛来した直後、予想以上の大音響と振動が周囲を揺るがした。

 目の前を吹き抜けていく爆風を見ながら、作ったジル当人が目を丸くする。

 

「……ひょっとして、C4(プラスチック爆弾の名称)じゃなく、C20(C4の倍の爆発力を持つ新型)だった?」

 

 爆風が吹き抜けた後で、そ~っと通路の先を見た皆の視界に入ってきたのは、爆発の影響で広大な空間となった通路のなれの果てだった。

 

「……やり過ぎだ」

「ゴメン」

「確かにな」

 

 突然、STARSメンバー以外の声が聞こえたと同時に、フルオートで放たれた弾丸が角から覗いていたメンバー達の顔のそばを横切っていく。

 慌てて顔を引っ込めたメンバー達に、低い笑い声が響いてくる。

 

「危うく人形達と一緒に吹っ飛ぶ所だった。だが、残念ながらオレがいる限り通行禁止だ」

「……ハンク!」

 

 その声の主をその場で一番よく知っているレオンが、強く奥歯を噛み締めた。

 

「“死神”ハンク。アンブレラ最強のエージェントか………」

 

 クリスが深刻な顔で、スパス12を構える。

 

「オレが相手する」

 

 レオンが突然言うと、いきなり通路の先へと踊り出した。

 

「危ない!」

「レオン!」

 

 ジルとクレアの悲鳴が響く中、レオンへと向けて弾丸が放たれる。

 その内の何発かをボディアーマーに食らいながら、レオンはスパス15のトリガーを引いてハンクを牽制した。

 

「レオン!」

「大丈夫だ!先に行け!」

 

 シェリーに怒鳴り返しながら、レオンは狙いを定める。

 

「行こう」

「でも、レオンが!」

 

 クレアの問いに答えず、クリスが通路の先へと進んでいく。

 

「無事でいて!レオン!」

「オレは不死身だと言ったはずだ!」

 

 背中越しに叫びながら、レオンはハンクの隠れているらしい物陰から狙いを外そうとしない。

 複数の足音がその場から離れていき、そして聞こえなくなった。

 

「……お前とこうしてやり合うのもかれこれ4回目か?」

「間違えるな5回だ」

 

 物陰から聞こえてくるハンクの声に、再度通路の角に隠れてマガジンを交換しているレオンが答える。

 

「いつも、いつもそうだ。カリブでも、コロラドでも、ギアナでも、生き残ったのはオレと、お前だけ」

「ミッドウェーの時は、妙な事になったっけな」

「ああ、着いていきなりお互い仲間をヘラに皆殺しにされ、時には協力しあい、時には奪い合い、そして殺し合った」

「いつからか、オレは不死身を名乗り、お前は死神と呼ばれるようになった」

 

 負傷の具合を確かめながら、レオンは薄く笑った。

 

「……そろそろ終わりにしないか?」

「オレもそう思っていた。お前もそろそろ生き残るのに飽きてきただろう?」

「お前の方がだろ!勝負だ!」

 

 レオンは叫びながら、通路の角から飛び出すと同時にトリガーを力強く引いた。

 

 

 

「ゴガアァァァ!!」

 

 金属の仮面の中からくぐもった雄叫びと共に、巨大な斧が振り下ろされる。

 とっさに横へと跳んだレンが先程までいた空間を、空気ごと切り裂くかのような勢いで斧が通過し、その上端が触れたスチール製の机が机上に置かれていたパソコン毎二つに両断され、さらに床へと深々と斧が食い込む。

 

「この馬鹿力が!!」

 

 カルロスがコンバットボウの弦を引くと、対ヘリ用エクスプローションアロー(矢じりに爆弾を使用した矢)を放つ。

 命中した矢じりが周囲のデスクを吹き飛ばしながら爆発を起こすが、爆炎が晴れた後には、平然とその場に佇んでいるオーガの姿が有った。

 

「これでもダメか!」

「戦車どころか、こいつはまるで戦艦だ!」

 

 オーガの周囲を包囲するような形で銃撃を繰り返すAチームのメンバー達が顔を青くする。

 先程からスミスのバーレットに続いてグレネード弾やスラッグ弾、はては切り札のロケット弾まで撃ち込んだのだが、オーガに対してダメージらしいダメージどころか、全身を覆うアーマーに傷すら付けられていない。

 

「はあっ!」

 

 オーガの横へと回り込んだレンが必殺の居合を繰り出すが、繰り出された刃はアーマーの表面をなぞり、僅かに引っ掻き傷を残すだけに終わる。

 そして、オーガは無造作にレンへと向けて右手に付けられた奇妙なパイプを向けた。

 一瞬悪寒を感じたレンがその場に伏せるのと、そのパイプから何かが噴き出すのは一瞬の差だった。

 パイプから噴き出したガスのような物がレンの背後にあったデスクに吹きかかり、それが晴れた時にはそこに有ったデスクとパソコンに無数の小さな穴が開いており、数秒の間を持ってパソコンはその場で原形を留め切れなくなって崩壊した。

 

「何だ!?ショットガンか?」

「違う!ニードルガンだ!」

「ご名答」

 

 戦闘を部屋の隅で見ていた老科学者が、それが何かを言い当てたレンを見てボソリと呟いた。

 

「直径0.1ミリのチタンニードルを圧搾したアセチレンガスで噴出させる特製のニードルガンだよ。有効射程は5mにも満たないが、射程範囲内にいれば例え防弾チョッキを着ていようとも僅かな隙間から潜り込み、突き刺さる。一発辺り8000本ものニードルを防ぐ手など存在しないのだよ」

「いちいちうるせえ!」

 

 カルロスが老科学者の顔面に今だ余熱の残るM4A1の銃口を押し当てる。

 

「つまらない能書き垂れてる暇が有ったらあいつの弱点を教えろ!でなきゃその腐った脳味噌吹っ飛ばすぞ!」

「無駄だよ。オーガに弱点など存在しない。唯一の欠点は、費用がタイラントタイプの十倍近くかかった事かね………」

「てめえ………」

 

 カルロスが歯軋りする程歯を噛み締めながら、トリガーに指を架ける。

 

「いちいち無駄弾を使う必要は無いよ。私は生物工学以外の能が無い老いぼれだからね。それに、お仲間がピンチだよ」

「何っ!?」

 

 カルロスが振り返ると、オーガの死角に回り込もうとしたスミスがオーガに殴られて壁へと吹っ飛ぶ所だった。

 

「スミス!」

「大丈夫!?」

 

 それを見たカルロスとミリィが慌てて駆け寄る。

 

「大丈夫だ………生きてる」

 

 スミスが壁に手を付きながら、なんとかその場に立ち上がる。

 

「撃っても斬ってもダメなら殴ってやろうと思ったんだが……」

「それこそ効くか!」

「あいつ、目見えてないのになんでこっちの位置が分かるんだ?」

 

 カルロスがハッとした顔でオーガの方を見た。

 周囲を取り囲みながら攻撃を繰り返すAチームメンバー達に向けて、オーガはそちらを見もせずに斧を振り回している。

 

「目じゃないなら……」

 

 カルロスがスリングに吊るしていたスタングレネードを取ると、ピンを咥えて引き抜いた。

 それを手にしたまま三数えると同時に、それをオーガの顔面へと向けて放り投げた。

 

「目をつぶれ!」

 

 カルロスの声を聞いた皆が目を閉じる。

 次の瞬間、オーガの頭部の至近距離でスタングレネードが炸裂した。

 

「どうだ!その距離なら爆発音でてめえの耳はイカれて…」

 

 言葉が終わるよりも速く、オーガがニードルガンをカルロスへと向ける。

 慌ててその場にいた三人は左右へと跳ぶと同時に、ニードルガンが発射された。

 

「ぐっ!」

 

 足に鋭い痛みを感じたカルロスが床を転げて離れながら、素早く足を見る。

 かれの足には無数の小さな穴が生じ、血が流れ出していた。

 

「何発か食らったか……」

「聴覚だと思ったのかね?」

 

 老科学者がそんなカルロスを見て低く笑う。

 

「いや、これで分かった」

 

 レンがカルロスを守るようにカルロスの前へと立ちながら、オーガに相対した。

 

「こいつの弱点は……」

 

 レンはサスペンダーからスローイングナイフを二本取ると、柄のスイッチを押し込んでから投じる。

 投じられたナイフは、オーガの両脇の床へと突き刺さった。

 

「何を?」

 

 不思議そうにカルロスがレンを見た時、ナイフに内臓されていた爆薬が爆発する。

 爆発同時に、レンはオーガへと向けて迫る。

 

「そこだ!」

 

 間合いに踏み込むと同時に、レンは抜刀した。

 今だ立ち込めている爆煙を白刃が斬り裂く。

 一瞬の後、そこからオーガの絶叫が響き渡った。

 

「……え?」

 

 皆が何が起きたかを理解出来ずにいると、小さな音を立てて何かが床へと落ちた。

 それは、オーガの頭部から生えていた二本の角だった。

 

「こいつの感覚器官は目でも耳でもなく、その角、正確には“触角”だ。蜂と同じくそいつで空気の流れを読み取って相手の場所を探る。だから爆発に紛れて近付くオレに気付かなかった。違うか?」

「その通り、さすがだよ」

 

 レンの問いに、老科学者が小さく拍手する。

 

「だが、そこから先どうするかね?」

 

 絶叫していたオーガが、無茶苦茶に斧を振るいながら、ニードルガンを乱射する。

 

「かえって状況は悪化しているよ、さてどうする?サムライ?」

「そいつはもう考えている」

 

 レンは威嚇の為にホルスターからサムライソウルを抜いて連射しながら、スミスの方に近寄り、何かをスミスの耳元にささやく。

 

「本気か!?」

「本気だ、頼むぞ」

 

 驚くスミスを尻目に、レンはオーガへと詰め寄る。至近距離で発射された無数のニードルを、体を捻ってかわすが、かわし切れなかったニードルがレンの頬をかすめ、そこから血が噴き出す。

 

「はあっ!」

 

 流れ出した血を気にも留めず、レンはオーガへと向けて刀を下段の構えから一気に斬り上げる。

 必殺の威力を込めた刃も、オーガのアーマーの前に虚しく傷を残すだけに終わるが、それに気付いたのかオーガがレンの方へと向き直る。

 

「そうだ、オレはこっちだ!」

 

 至近距離からサムライソウルの全弾を、先程斬撃を加えたポイントのと同じポイントに撃ち込みながら、レンは後ろにバックステップで下がる。

 その一瞬後に巨大な斧がその場に振り下ろされるが、手ごたえが無い事に気付いたのか、オーガは斧を再度頭上へと持ち上げる。

 

「そう、外的感覚器官が無くなれば、僅かな触覚に頼らざるを得なくなる」

 

 素早くマグチェンジを済ませたサムライソウルに初弾を装弾させると、レンは今度は頭部に銃口を向ける。

 

「そして散発的に撃ち込まれる物よりも、集弾される物に注意が向く」

 

 額のど真ん中に連続して撃ち込まれる45ACP弾に、オーガがニードルガンをそちらへと向けた。

 

(今だ!)

 

 発射されようとするニードルガンへと向けて、いきなりレンは走り出す。

 

「危ない!」

「レン!」

 

 アークとミリィの声と、ニードルガンが発射されるのは同時だった。

 無数のニードルがレンへと突き刺さる寸前に、レンの体が下へと沈む。

 頭のすぐ上をニードルが通過すると、今度はレンの体が跳ね上がりながら、水平に構えられた刀がレンの狙っていたただ一点、アーマーとニードルガンの接合部分を斬り離す。

 

「スミス!」

「おうよ!」

 

 スミスが斬り落とされたニードルガンをそばに駆け寄って拾い上げると、その銃口をオーガへと向けた。

 

「自慢の物だろ!自分で味わえ!」

 

 スミスが笑みを浮かべながら、ニードルガンのトリガーギミックを引いた。

 鈍い音と共に発射されたアセチレンガスと無数のチタンニードルが、オーガの体を覆い尽くす。

 

「……それを考えないとでも思ったのかね?」

「何?」

 

 老科学者の呟きにカルロスが首を傾げた時、ガスの中から横殴りに振るわれた斧が、とっさに後ろに飛び退いたレンの片袖の裾を半ばまで切断する。

 

「普通、戦艦等の兵器を作る際には自らの攻撃に耐えられるよう作る。兵器開発の常識だよ」

「くそっ!」

 

 スミスがニードルガンを手放しながら、オーガの方を睨みつけた。

 ガスが晴れたそこには、外見上は無傷なオーガの姿が現れた。

 

「不死身かアイツは!」

「ロケット弾もサムライのカタナも効かないのでは……」

「あああああぁぁぁぁ!!」

 

 Aチームのメンバー達が漏らした弱音を、レンの雄叫びがかき消す。

 そこには、オーガへと向けて次々と斬撃を繰り出すレンの姿が有った。

 

「何やってんだ、サムライ!逃げた方が!」

「オレに考えがある!ありったけのロケット弾とグレネード弾を撃ち込め!」

 

 駄目押しの袈裟斬りをオーガのアーマーに叩き込むと、後ろに下がりながらレンが叫ぶ。

 

「だが………」

 

 皆が今まで効かなかった攻撃を続ける事をためらっていると、一つの爆発音が部屋中に轟いた。

 そこには、カルロスが次のエクスプローションアローをつがえようとする所だった。

 

「オレはあいつに賭ける!オッズは当たってからのお楽しみだがな!」

 

 そこへ、別の方向からのグレネード弾がオーガへと炸裂した。

 

「オレも一口載せてもらおうか」

 

 アークが、アーウェン37を連射する。

 

「オレは五年前からずっと賭けてるがな!」

 

 スミスがゾンビバスターを構える。

 皆が、頷くと同時に攻撃を開始した。

 次々と炸裂するエクスプローションアローが、グレネード弾が、ロケット弾が、454カスール弾が、爆薬入りのナイフがオーガの絶叫を爆音で覆い隠していく。

 

「止めろ!」

 

 レンの声と同時に、皆がトリガーから指を離す。それを見ながら、老科学者は酷薄な笑みを浮かべていた。

 

「無駄な事を…………」

 

 爆煙が晴れていくと、そこにはアーマーが一部赤熱化している以外は変わらない姿のオーガが、ゆっくりと斧を持ち上げようとしている所だった。

 

「スミス!あいつをもう一発だ!」

「分かった」

 

 レンがオーガの足元に転がっているニードルガンを指差す。

 スミスがスライディングしながらそれを手に取ると、再度オーガへと向けてトリガーギミックを引いた。

 

「だから無駄だと…?」

 

 言葉の途中で、老科学者の視界に意味不明の物が飛び込んできた。

それは、レンが懐から投じた救急スプレーだった。

 無数のニードルがそれを撃ち抜くと、そこから圧搾されていたガスと傷薬がオーガの体に降りかかる。

 

「もっとだ!あいつを冷やせ!」

「!そうか!」

 

 レンの意図に気付いた皆が次々とスプレーを投げ付け、それをスミスがニードルガンで撃ち抜いていく。

 

「こっちの方が効くぜ!」

 

アークが虎の子の液化窒素入りの冷凍弾をオーガにお見舞いする。

 

「ま、まさか!?」

 

 老科学者が初めて狼狽する中で、レンは静かに笑みを浮かべた。

 

「調べたなら分かってるだろうが、オレの実家は古武具専門の骨董商でな。甲冑の保管注意くらい知っている」

 

 皆の前で、オーガのアーマーに小さなヒビが生じた。

 

「一つは水分による錆、もう一つは傷、そして最後に温度変化だ」

 

 ヒビは一つに留まらず、アーマーの表面に無数のヒビが生じていく。

 

「傷がついた状態で極端な温度変化が起きれば、その傷から歪みが生じ、仕舞いには修復不可能となる。例えば、予め点と線を刻んでおいたこいつのようにな」

 

 とうとう、アーマーの表面を斜めに横切る大きなヒビが発生した。それはレンが最後に放った袈裟斬りと同じ場所だった。

 

「こいつで終わりだ!」

 

 スミスがニードルガンを投げ捨て、M82A1を構える。

 

「そこに大きな衝撃が加われば一巻の終わりだ」

 

 M82A1から放たれた50口径弾が、今までいかなる攻撃をも阻んでいたアーマーに突き刺さり、そしてとうとうそれを微塵に粉砕し、オーガの体に突き刺さる。

 

「ゴガアアァァァ!!」

 

 今まで感じた事の無い苦痛に、オーガの絶叫が周囲に轟く。

 それでもなお、オーガは斧を振るって襲い掛かろうとするが、レンは刀を中段に構え、オーガに相対する。

 

「いざ、参る」

 

 レンは刀を構えたまま、オーガへと向かって疾走する。

 横薙ぎに振るわれた斧をかすかにしゃがんでかわすと、そのままの勢いを載せて刀をオーガの腹部へと深々と突き刺した。

 

「ゴグルルル……」

 

 オーガは唸りながら腹部の刀に手を伸ばそうとする。

 だが、レンは刀を捻って刃を上に向けると、鍔元の刃になってない峰に強く拳を叩きつけながら、一気にオーガの体を斬り裂いていく。

 刃はオーガの仮面へと当たると、それを撥ね上げながらオーガの体から抜ける。

 仮面が取れたそこには、斬り落とされた角以外には肉食の甲虫を思わせる奇怪な口が有るだけだった。

 

「光背一刀流、《連岳昇陽破(れんがくしょうようは)》」

 

 レンが刀を一振りすると、鞘へと収める。

 その背後でオーガが余力を振り絞って斧を振りかざそうとするが、そこへAチームメンバー達が次々と銃撃を加え、最後にその頭部にスミスが放った50口径弾が炸裂し、完全に粉砕した。

 力を失ったオーガの屍が床へと倒れ込む音を背中で聞きながら、レンは老科学者の前へと歩み寄った。

 皆の視線も、老科学者へと集中する。

 

「お、おおお…………」

 

 老科学者の驚愕の表情を、絶対零度の視線が取り囲む。だが。

 

「素晴らしい!」

「………は?」

 

 老科学者の予想外の言葉に、誰かが間の抜けた声を漏らした。

 

「素晴らしい!素晴らしい!素晴らしいぞ、サムライ!観察力、判断力、そして攻撃力、どれもが我々の予想を上回っている!まさかオーガまでもが倒されるとは!さっそくデータをまとめなくては!」

 

 そう言うなり、老科学者は手近の無事に残っていたパソコンの電源を入れながら、何かをブツブツと呟き始める。

 無言でその背後に立ったアークが、静かにアーウェン37を頭上に持ち上げ、そのストックを老科学者の脳天に叩き落した。

 一撃で白目を剥いた老科学者が床へと崩れ落ちる。

 

「で、どうする?この脳味噌産業廃棄物」

「コンクリで固めてツンドラの下に埋めとけ!」

「いや、北極海に沈めておいた方が安全かもしれんぞ」

「やっぱり痴呆症介護センターに…」

 

 メンバー達が話し合ってる中で、レンは無造作に失神している老科学者に近寄ると、その襟首を掴み、引きずって行く。

 

「何する気だ?」

 

 ミリィから手当てを受けていたカルロスの問いに答えず、レンは老科学者を引きずっていくと、戦闘の余波で壊れかかっているオーガの入っていたカプセルの中へと放り込む。

 更に、研究室の隅に置いてあったガスボンベを中に入れコックを開くと、カプセルのフタを閉める。

 

「スミス、重石」

「お、おう」

 

 壊れかかっているためにちゃんと閉まらないフタを押さえているレンに、スミスがそこいらのデスクを持ってくるとそれを重石にしてカプセルのフタを強引に閉める。

 

「みんな手伝ってくれ。絶対出てこれないようにしとく」

「今の炭酸ガスじゃ……」

「確かな」

「そんなの中に入れたら、窒息死するか、酸素欠乏症で頭おかしくなるんだけど………」

 

 ミリィが唖然と見ている中で、続々と壊れたデスクやイスやパソコンがカプセルの周囲に積み上げられ、奇怪な前衛芸術を構築していった。

 

「こんなキチガイ、いちいち相手にしてる暇は無い」

「そだな」

 

 プリント用紙の裏に『DANGER!』だの、『危険!毒性物質流出の恐れあり!』だの書いた物をベタベタ貼り付けながら、スミスが頷く。

 

「無線は?」

「ダメだ、まだ回復していない」

 

 アークが首を振りながら、先程老科学者が電源を入れたパソコンを操作して情報を引き出していく。

 

「おっと、地図が出てきた」

「現在地は?」

 

 マウスをクリックして、縮尺を変えたアークが、今まで来た道と地図を照らし合わせていく。

 

「現在地がここ、第四研究室。オレ達が入ってきたのがここで、Bチームが侵入したのがここだな。これから行けば、最深部はこの先、ちょうど途中でBチームと合流出来るぞ」

「カルロス、怪我は大丈夫か?」

「これくらい、どうって事はないさ」

 

 スミスの問いに不敵な笑みで答えながら、包帯を巻いている途中の足をカルロスは軽く叩く。

 

「問題は、この最深部の手前にある、馬鹿デカイ謎の空間だな………」

「何だこれは?演習場か何かか?」

 

 縮尺からその謎の空間が下手なグラウンドより広い事に気付いたレンが顔をしかめる。

 

「かも知れないが、用心しておいた方がいいな」

 

 モバイルに地図をインストールさせながら、アークは呟く。

 

「そうだな………」

 

 サムライソウルのマガジンに減った分の弾丸を装填したレンが、それを銃に戻して初弾を装弾させる。

 

「準備はいいか?」

「ああ」

「OK」

「いいぜ」

 

 各々の銃の装弾を終えたAチームのメンバーたちが頷く。

 

「行こうか」

 

 再び、レンは先頭に立って進み始めた。

 

 

 

 レオンの足元に、一直線に並んだ弾痕が穿たれていく。

 身をすくめながらそれをやり過ごしたレオンが、素早く物影から踊り出ながらハンクの姿を探す。

 だが、彼の視界に飛び込んできたのは物陰からこちらに向かって突き出している二種類の銃口が有る奇妙な銃だけだった。

 それが何かに一瞬遅れて気付いたレオンは、トリガーを引きながら床を転がる。

 放たれた散弾と交差するように、銃口の片方からグレネード弾が放たれ、レオンのすぐ隣で爆発する。

 

「OICW(アサルトライフルとグレネードランチャー、FCS―ファイアコントロールシステムを一体化させた最新鋭銃)か!そんなの使ってると腕が落ちるぞ!」

「落ちるような腕はしていない」

 

 バイザーの片側に映る、FCSに内蔵されたカメラから送られてくる映像で照準を定めながらハンクは低く呟く。

 再度物陰に隠れたレオンは、マガジンを散弾からスラッグ弾に変えてチェンバー内の弾丸を装弾して交換する。

 

(どうする?向こうは隠れたまま狙えるが、こっちは無理だ………)

 

 レオンが試しに突入前の部屋の探索に使う小型ミラーで様子をうかがおうとすると、確かめるよりも速くミラーが撃ち抜かれ、四散する。

 

「確かに、相変わらず正確な射撃だな」

「どんなに最新鋭の武器を使おうと、最後に物を言うのは経験と勘だ。違うか?」

「その通りだ。例えばこれだ」

 

 レオンの言葉と同時に、投じられた何かがハンクの足元に転がってくる。

 慌ててそちらを見たハンクの足元に転がっているのは、先程の爆発で崩れた建材の欠片だった。

 

「?」

 

 ハンクがそれを疑問に思った瞬間、突然バイザーの映像が純白に染まり、そしてブラックアウトする。

 

「くっ!」

 

 映像が回復するのを待たず、ハンクがバイザーを外して投げ捨てる。

 その隙を突いて、レオンが物陰から飛び出しながら銃口をハンクに向けた。

 それに反応してハンクも銃口をレオンに向ける。

 二つの銃声が同時に響いた。

 レオンの左足と、ハンクの右腕から血しぶきが飛び散る。

 二人はそのまま転げるようにして、別々の物陰に再度隠れた。

 

「オレも前にそいつを使ってみた事があってな。手元に注意がいくと一瞬FCSがおろそかになるんだ」

「なるほどな、注意しよう」

 

 空になったマガジンを外して足元に音を立てないように置きながら、ハンクが低く笑う。

 先程レオンは建材を投げると同時に、スタングレネードのピンを抜いて、ハンクの注意がそれると同時にOICWに向かってスタングレネードを炸裂させる。

 閃光遮断装置が働いて一瞬映像が途切れた僅かな隙を狙って撃ってきた事に、ハンクは驚嘆を覚えていた。

 

「これで条件は五分だな」

「ああ、やはりお前相手じゃ小細工は通用しないようだからな」

「決着をつけるか?」

「もう少し楽しんでからな!」

 

 再度二人は飛び出しながら、同時にトリガーを引いていた。

 

 

 

 幾つものディスプレイが並んだ部屋で、男は悠然とイスに座って映されている映像を見入っていた。

 

『Eエリア、占拠されました!』

『こちらサウスタコダ研究所!侵入してきたSWATの中央研究室への侵入はもう時間の問題です!指示を!』

『こちら丹波研究所!SATと一緒に侵入してきた黒装束のサムライが次々と……ダメです!タイラントでも歯が立ちません!スサノオの使用許可を!』

『こちらシャルキーヤ研究所!軍特殊部隊との交戦でBOWの損傷率が70%に達します!もう持ちません!』

『こちらリンガ研究所…』

「……スペンサー卿、これはもう………」

 

 男の傍に立っていた、執事兼秘書の老人が世界中から送られてくる通信に顔を青く染め上げる。だが、イスに座っている男―ダーウィッシュ・E・スペンサーは楽しげな微笑を浮かべたまま、画面を見ていた。

 

「全研究所に伝達、証拠の隠滅を最優先事項として各自対処せよ。戦闘可能戦力が20%を割った時点で即座に研究所の自爆装置を作動させるよう」

「かしこまりました」

「それから、レギオンの調整は終了しているか?」

「準備万端でございます」

「至急、覚醒処理を。客を持て成さなくてはならないからな」

「すぐに手配致します」

 

 青い顔のまま、執事兼秘書がその場から去ると、ダーウィッシュはおもむろにイスから立ち上がった。

 

「さて、果たして何人ここに辿り着けるかな?」

 

 その顔には、この上なく残忍な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 演習場としても使用出来るよう設計された広大な空間の一角で、無数に積み上げられたコンテナにランプが灯った。

 ランプの色が赤から青へと変わり、コンテナが開く。

 そこから、無数の目が屋内灯の明かりを照り返して光っている。

 そして、コンテナに取り付けられた小型ディスプレイにはこう映し出されていた。

 

ROW“レギオン”覚醒処理完了

 


 
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