No.448013

真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第六話「唄声」

狭乃 狼さん

にじからの移植、その七つ目。

物語は黄巾編に入ります。

それでは。

2012-07-07 13:43:27 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3914   閲覧ユーザー数:2900

 『~~♪』

 「……いい、歌だな」

 「ああ。……なんかこう、胸に染み渡るような」

 「歌い手たちも可愛いじゃないか。……おれ、惚れたかも」

 荊州は南部、長沙。その街中の街頭にて、大勢の群集がその一角に集い、三人の少女が歌うその歌声に、聞き入っていた。

 『~~~♪』

 少女たちが、一区切り歌い終わる。すると、群集から盛大な拍手と歓声が沸き起こる。

 「いいぞー!姉ちゃんたちー!」

 「とってもよかったよー!」

 「もう一回!もう一回!」

 さらに続くその声援。辺りは、一種異様な空気に、包まれる。

 「みなさーん!どーも、ありがとー!」

 「ちぃたちは、張三姉妹といいまーす!」

 「……よろしくお願い、します」

 ペコリ、と。

 深々と、群集に向かって頭を下げる三人の少女。そして、中央に立つ桃色の髪の少女が、まぶしいほどの笑顔で、人々に語り始める。

 

 「私たち、今はしがない旅芸人ですが、いずれは、“この歌”で、大陸一に、なるつもりです!」

 「だからもし、その一翼を皆さんが担ってくれたら、ちぃたち、これ以上嬉しい事はありません!」

 「……なので、今後とも、よろしくお願い、します」

 その左右に立っていた二人も、その笑顔を人々に向ける。と、

 『わあーーーーっ!!』

 さらに大きな拍手と歓声が、街路に響きわたる。

 「それじゃあ、もう一曲行くよー!でも、そ・の・ま・え・に♪いつものやつ、いってみよーか!」

 中央の少女の声と同時に、彼女たちの周りを、黄色い布を体の各所に身につけた男たちが、一斉に取り囲む。何人かは、その手に大きな板を掲げて。

 「じゃあ、いっくよー!みんな大好きー?」

 『天和ちゃーん!』

 「みんなの妹ー?」 

 『地和ちゃーん!』

 「……とっても可愛い」

 『人和ちゃーん!!』

 街の大路は、更なる盛り上がりを見せる人々で、埋め尽くされた。そしていつの間にか、ほとんどの若い男たちが、その体の一部に、黄色い布を巻きつけていた。

 

 この時、彼女たちは夢想だにすら出来ていなかった。

 

 まさか自分たちのこの歌い手としての活動が、やがて大陸全土を巻きこむことになる、歴史上最大の農民反乱を勃発させる、その引き金になることなど。

 『それじゃあ、みんな!盛り上がっていこー!』

 少女たちは歌い続ける。

 長女・張角。

 次女・張宝。

 三女・張梁。

 苦難にあえぐ人々が、希望の光を彼女たちに見出したこと。それが、四百年続いた漢王朝に、滅びの時を告げる、最初の動乱の切欠となった。

 そう。

 その時は少しづつ、確実に近づいていた。彼女たち、張三姉妹のその歌声とともに。

 

 『黄巾の乱』

 

 その勃発の、三ヶ月前のことである……。 

 

 

 漢王朝。

 

 高祖・劉邦によって興され、一度『新』に取って代わられた後、世祖・劉秀の手で再興がなされた、現在の統一王朝。

 しかし、それも高祖による前漢成立より、すでに四百年の時が経ち、腐敗はその土台にまで大きく広がっていた。

 

 官は己の私腹を肥やすことにしか興味がなく、朝廷においては、讒言・賄賂は当たり前。今日は誰かが誰かの足を引っ張り、明日はその足を引っ張った当人が、ほかの誰かに蹴落とされる。そんなことが日常茶飯事の出来事。

 地方においてもそれは同様で、重税に過酷な労役は当然の如く、官と悪徳商人の結託などは可愛いもの。時には官が自ら人身売買などの非道な行いを平然と行い、それらを糾弾しようと歯向かう者には須らく賊の烙印を押し付け、そのすべてを闇から闇へと葬りさっている。

 心ある人々は、口を揃えてそんな状況を嘆き、なんとか改革を断行しようとはするものの、結局は力足りずに失敗して、失意のままに地方へと落ち延びていく。

 

 それが、現在の漢王朝の現状なのである。

 

 そんな荒廃と衰退が続く世の中、ある一人の男がこれを機に己の野望を実現させることを、思い立った。

 

 ―――漢からの独立、そして、新王朝の勃興を。

 

 だが、そのためには決定的に足りないものが、その男にはあった。財もあり、拠点とすべき土地もある。しかし、人の上に立つには、男は決定的に“それ”が不足していた。

 

 それは、カリスマ―――。

 

 人として魅力のない者に、人は決してついていかない。無論、それがなくとも打算と欲望のみで、強い者につこうとする者は、それこそ数多くいる。だが、それでは真の団結は決して得られない。だからこそ、男は求め続けた。自分のそれを補って余りある、決定的なカリスマを。

 

 そして、ついに彼は見つけた出したのである。

 

 「みんな大好きー?!」

 『天和ちゃーん!!』

 「みんなの妹ー?!」

 『地和ちゃーん!!』

 「…とっても可愛い」

 『人和ちゃーん!!』

 

 それは、三人の旅芸人の少女。

 

 その、あまたの男たちを魅了し、惹きつけてやまない彼女たちこそ、男が捜し求めた、自分に足りないカリスマ性を持ち合わせる、最上の『広告塔』だった。

 

 そしてその三人―――長女・張角、次女・張宝、そして三女・張梁の、通称、張・三姉妹―――を、男は自分の屋敷に招き、そのスポンサーとなることを持ちかけた。

 ただしその代わりに、大陸各地で自分の宣伝をすることと、若い男たちに兵として自分の下に参集するよう促すことを条件につけて。

 活動資金がそろそろ底をつきかけていた張角達にとって、これほどうまい話はなかった。ただ、男の指示する土地土地を廻り、そこでこれまで通りの活動を、その男の宣伝と共に続ける、ただそれだけの事で潤沢な資金を得られ、自分たちの夢、大陸一の歌い手になるというそれを目指し続けられるのだから。

 

 そうして張三姉妹の協力を取り付けた男の目論見は、見事と言って良いほどに成功した。

 

 張三姉妹男の下を旅立ってから一月もした頃から、男の下にはその彼女たちにうながされた若い男たちが次々と集まり、その数はゆうに三十万を超えるほどにまで、膨れ上がった。

 

 ―――男は、ついに決起した。

 

 自らを天公将軍と称し、二人の弟に、地公将軍・人公将軍と名乗らせた。腐りきった漢を倒し、世に太平を導くことをその“大義”にかかげ、あっという間に己の拠点があった青州を乗っ取る事に成功。その野望の一歩を、踏み出した。

 

 男の名は、張挙。

 

 元はただの土豪に過ぎなかった、彼のその決起にとともに、大陸各地で反乱が相次ぎ、世は混乱の渦へと巻き込まれていく。

  

 世に言う、黄巾の乱の勃発であった。

 

 

 その張挙の決起から半月も経った頃。

 所は鄴、その城内の太守執務室にて、この地を正式に治めることになった彼ら、一刀たち元黒山義勇軍の主だった面々が、渋い顔をして話し合いを行っていた。

 

 「また、黄色い連中か」

 「ええ。しかも、その数は日に日に増しつつあるわ」

 

 忌々しそうな表情の姜維の発言に、徐庶がその手に持った黄色い布を見つめつつ、そう続く。

 

 「黄巾の乱、か。……まさか自分で体験することになるとはね」

 「黄巾、か。なるほど、わかりやすい呼び名だな」

 

 嘆息しつつ言った一刀の言葉に、腕を組んだ徐晃が厳しい顔つきのまま、納得の言葉を紡ぐ。

 

 「やっぱ、一刀の世界でも有名な出来事なんや?」

 「ああ。首謀者の名は張角。太平道っていう、一種の宗教が発端になった事件だよ。……ただ、ね」

 「……“向こう”とは、色々と違う可能性が高い、ですね」

 「うん。名前ぐらいは一緒だと思うけど、俺の知識は、あまり当てにしないほうがいいと思う。頭の隅において置く位の気持ちでね」

 

 領内の治安維持のため、郡内に流入して来る賊の討伐を度々行っていた一刀たちだったが、ある時期からその賊たちに共通し始めてきた、とあるいくつかの点を見出していた。うち一つが、先の話題に出たように、体のどこかに黄色い布を巻きつけた者たちが、その一部に混ざっていること。

 そしてもう一つは、その規模である。

 

 「今までは、多てもせいぜい数千単位やったけど、それがここ最近は、確実に万を越えてきとる。それもや」

 「統率の取れた“集団”に、なって来ている。おそらくこれは」

 「彼らの上に立って、ばらばらの集団でしか無かった彼らを、軍として率いる者が現れたという事になるね。それも、確固たる一つの意思の元に、だ」

 「……それが、張角とその兄弟、もしくは姉妹、か」

 

 ん、と。一刀にうなずいてみせる徐庶。

 そして最後にもう一つ。彼らが今まで絶対行わなかったその行動。襲撃した邑や街、郡の“征圧”、である。

 

 「今までは、襲うだけ襲ってとっとと逃げとった連中が、ここは自分達の物だと言って、居座り続けとる。現に、東の平原の町は連中の支配下に置かれとるし」

 「連中、大陸の統一でも狙っているんだろうか」

 「……古の、王奔(おうもう)のように、か」

 

 王奔。それは、漢を一度滅ぼした男の名。新という名の新王朝を興し、一度は漢に取って代わった男。だが、後漢の世祖である劉秀の手により、わずか一代、たった十数年で彼の新王朝は歴史の闇へと消え去った。

 

 「中原においても、兗州・豫州・及び徐州で、彼らの手で征圧された郡や街が、増え続けているそうです」

 「……朝廷の対応は?」

 「一応、何人かの将軍を派遣して、その鎮圧に当たってるみたいやけど」

 「……芳しくない、か」

 

 官軍も、永らく続いた平穏と、上の腐敗によってその弱体化が進んでおり、その戦力は農民主体の黄巾軍とほぼ互角。いや、下手をすればそれ以下の実力しか持っていない、というのがその実状で、漢の大将軍である何進は、その対応に日々苦慮し続けているという。

 そこまで話が進んだ所で、一刀が椅子の背もたれに一旦その背を預け、大きく嘆息を吐く。

 

 「……となると、当分は、各地の諸侯任せって状況が続きそうだな。……輝里、河北の諸侯の動きは?」

 「はい。主に南皮の袁紹さま、幽州の公孫賛さま、并州の刺史・丁原さまらが、河北の各地で活発に動いておられますが、やはり、数にものを言わせた黄巾軍に手間取っておられるとの事です」

 「……あれ?なあ輝里?幽州牧の劉虞はんは?」

 「……すでに黄巾の手で討たれたそうだ。今薊郡は、連中の支配下だそうだ」

 『…………』

 

 幽州は薊の太守であり州の牧でもあり、漢の皇室に連なる血筋でもあった劉虞が、賊徒の手で討たれてその領地を奪われた。

 その事実は、世の人々にあることを認識させるに、十分な出来事であったといえる。

 

 すなわち、もはや漢の権威は地に堕ちた、と。

 

 「……ともかく、今は周辺の諸侯と協力して、確固撃破に当たるしかない。連中の拠点が分かってはいても、そこに首謀者がいるとは限らない現状では、ね。……みんな、苦しいだろうけど、頑張ってほしい。……今はとにかく、我慢の時だから」

 「はい」

 「はいな」

 「わかってるさ」

 

 一刀に対し、笑顔で返す三人。

 そして、それからわずか数日後、その事件は起こった。

 

 

 「こ、これは……」

 「……惨すぎる。クソッ!!同じ人間相手に、ここまで出来る奴が居るって言うのか!?」

 

 その、四人の人物の目の前に広がる、光景。それは、少しでも気の弱い者が見たならば、確実に卒倒するであろう、言葉では表せないほどの惨状であった。

 地に臥すは、無数の屍。地に流れるは、真紅の河。聞こえてくるのは、幼子の泣き声と、かろうじてう生き残った“被害者”達のうめき声。

 そして、彼らを励まし、懸命に治療を行う、一刀たちが連れて来た医療兵達の必死の叫びが、途切れることなく辺りにこだまし続ける。

 

 「輝里。……被害の詳細は、掴めたのかい?」

 

 眉間にしわを寄せたままの一刀が、被害状況を調べていた徐庶に、その結果を尋ねた。

 

 「……生き残りは、三十名ほど。若い女性は、ほとんどが“連中”に連れて行かれた様子です。邑の中に貯蔵されていた、すべての食料とともに、財といえるようなものは、何も残っておりません」

 

 その表情から、怒りと憎悪を決して隠そうとせず、徐庶は竹簡にまとめられた邑の被害状況を、一言一句決してもらさないよう、丁寧に読んでいく。

 事の起こりは、この日の半日ほど前のこと。郡内にあるとある一つの邑が、黄色い布切れを身につけた賊たちに襲撃を受けているとの知らせが、政務に追われる一刀たちの下へと(もたら)された。

 その報告を受けたその時、一刀と共に執務にあたっていた徐庶は、その手に持っていた筆を思わず力任せに折ってしまうほどに激昂し、一刀に対して一刻も早い討伐をと、怒りを露わにした顔で迫った。

 おそらくは、自身の故郷の事がその話を聞いた瞬間に脳裏をよぎった、それゆえの激昂だったのであろうが、そんな頭に血の上ってしまった状態では軍の指揮などさせられないと、一刀はそう言って彼女の事を諭し、その頭を冷やさせてから城を出陣した。

 

 だが、すべては一足遅かった。

 

 件の邑は鄴から西、となりの州である并州との境付近に位置していた為、移動にわずかばかり時間のかかったその間に邑はすでに壊滅。

 ここ最近は各地の邑を占拠し、その場に留まって己の領地に組み込んで来ていた筈の賊たちも、地理的に占拠の必要無しと踏んだのか、それとも、必要以上に略奪をし過ぎたためなのか、賊軍は一兵たりともその場に残っておらず、一刀達が到着したその時には影も形も見えなかった。

 後悔。

 そんな言葉では片付けられない様々な想いが一刀たちの心を支配し、そしてそれはやがて怒りへと、その姿を変えていった。

 

 「……カズ、もちろん、追撃するんやろな?もしこの状況を見て何もせえへん、なんていうたら、ウチは決して許さへん……で……」

 

 一刀に対して姜維がそう言いながら詰め寄り、正面の壊滅した邑の光景を無言で見詰めていた彼のその顔を、横合いからちらりと覗き込んだ。

 そしてその瞬間、彼女は思わず言葉を失い、背中が凍りつくかのような思いで、その体をびくっと振るわせた。

 

 鬼。

 

 そんな、空想上の存在でしか無い筈の『それ』が、そのときその場に立っていた、と。後日彼女はそう語ったという。

 

 「……輝里」

 「は、はい!」 

 「君はこの場に残って、衛生兵たちの指揮と、生き残った人たちの、鄴への移送を行ってくれ」

 「……ぎょ、御意……」

 「結」

 「っ!」

 「君は先行して、連中の足取りを。……ただし、見つけてもけして、手出しはしないようにね」

 「あ、は、はい。分かりました!」

 「蒔さん。兵たちに出立の準備を、早急にさせてください。……少しでも遅れたものは、厳罰に処す、と。そう伝えてください」

 「わ、わかった」

 

 誰も、一刀がするその指示に口を挟めなかった。ただ、言われたまま、徐庶たちはてきぱきと行動に移っていく。

 そう、何も言える筈がなかった。

 一刀のその、まるで、地獄の底から響いてくるような、そんな、怒気と憎悪に満ちたその『声』を聞けば、誰にも、それに抗うことなど出来よう筈もなかった。

 

 そして数刻後。

 

 「カズ!見つけたで!連中、いい気になって酒盛りなんかしとる。あそこから連れ去られて来たらしい、女たちもそこに居てる」

 「……数は?」

 「……ざっと見て、三万は居った」

 「……分かった」

 

 姜維の報告を聞いた一刀は、ただ一言だけ、静かにそう呟くと、一人、その歩を無言で進めだす。

 

 「待て!一刀!どこへ行く気だ!?」

 「……決まってるでしょ?……『狩り』に行くんですよ。……人を殺すのは、正直今でも、ためらわれるし、怖いですけど。……これから狩るのは『人間(ひと)』じゃあありませんからね。……欲望に染まり、外道に堕ちた、ただの『餓鬼』。……(けだもの)以下の……ね」

 

 『…………』

 

 これが、あの時、初めて人を殺した時、胃の内容物を全て吐き、その涙を、枯れるほどにまで流し、後悔と懺悔を、十日もの間行った人物なのか、と。徐晃と姜維は、自分たちに背を向けたままの一刀のその声に、背筋も凍るような戦慄を感じた。

 

 

 ここで少しだけ時を遡る。

 一刀が朝廷からの勅によって、正式に鄴の地の太守になって間もない頃、北の幽州から流入して来た、わずか数百程度の盗賊団に対処するため、一刀の初陣を兼ねての討伐に、徐晃と二人で一千程度の兵を率いて出陣した。

 そして、その敵集団と接敵し、その戦端が開かれて間も無く、一刀が棒立ち状態で放心しているのを、徐晃は驚愕と供に発見した。

 その時、彼の周りには数十人程度の数の、賊達の遺骸が転がっていて、一刀の手に握られた太刀、朱雀にはびっしりと血糊がつき、彼の身に着けている具足にも、返り血と思しき赤い液体が、それこそその全身にくまなく着いていた。

 

 (一人でこれだけの人数を倒した、そのことは単純に凄いと思うが……一体どうしたんだ、一刀のやつ。初陣なのは知っているが、それにしては)

 

 初めてその手に人をかけた。おそらくはその事で、一刀は放心してしまっているのだろうと。徐晃はただ単純に、始めはそう思ったのであったが、その彼を正気に戻すべく一歩を踏み出そうとしたその時。

 

 「……う……げ、げええええっっっっ!」

 「か、一刀!?」

 

 不意に、何かうめき声のようなものを上げたその次お瞬間、彼はその場にいきなり突っ伏し、口から大量の吐瀉物を吐きだし、さらには、その双眸からはまるで滝のような涙を流し始めたのだった。

 

 そしてそれから数日。

 一刀は日中こそ政務に出て来るものの、その顔は明らかに無理をしていると分かるほどにやつれ、夜は夜で、うめき声とすすり泣く声が、彼の部屋から聞こえ続けるという日々が、十日前後に渡って続いたのであった。

 その時、彼がどうやって立ち直ったのかについては、また後の講釈にて語らせていただき、再び時は現在へと戻る。

 

 二人がその頃の事を思い出し、一刀の背を見ながら揃ってそんなことを思うその間にも、彼は軽い足取りで、賊達の(たむろ)する場所の方へと、一人歩いていく。

 

 「ちょ、ちょっと待て!一刀!いくらお前が強くったって、一人で三万も相手になんか、出来っこないだろうが!!」

 「……」

 「せや!あいつらが憎たらしいんはよう分かるけど、無茶にもほどがあるで!!」

 「……」

 

 そんな二人の声も、今の一刀には届かないのか。一向に、歩を進めるのを止めようとしない。そんな一刀の肩を、姜維がその背後から思い切り肩を掴んで彼のことを制する。

 

 「……~~~んっの、馬鹿カズ!!ちょい待ちぃ言うとるやろが!!」

 「……結、邪魔をしな【ばちぃん!!】……え?」

 

 姜維の静止で一刀がようやくその足を止め、彼女のほうを無表情のままに振り向いたその瞬間、いきなりその頬に、姜維のその平手が炸裂。

 思いもよらなかった彼女のその一撃で、何が起こったかわからないという顔をしたまま、その場で固まる一刀。

 

 「ふざけるのも、大概にしておいてください!そんなに私たちが当てになりませんか?!私たちだって、想いは一刀さんと一緒です!!あんな目にあった邑の人たちの敵を、この手で取りたいんです!!なのに、一刀さんはなんで!『また』、一人で背負い込もうとするんですか!!」

 「…………」

 

 本人にも自覚はないのか、無意識に標準語になってしまっている姜維が、一刀に対し早口でそれだけまくし立てる。その台詞を、一刀は痛みの走る頬をその手で押さえつつ、ただ黙って聞いていた。

 

 「……結の言うとおりだな。一刀。お前が強いのはよく分かっている。その、責任感も含めてな。だが、いつぞやか言っただろう?我々は、いつでもお前の傍にいる、と。その剣として、鎧としてだ。……全部とは言わん。少しぐらい、あたしたちにも、『罪』を背負わせろ。……一緒に背負って行くのでは無かったのか?」

 「蒔、さん……。結……。……ごめん。すこし、頭に血が昇りすぎていたみたいだ。……手伝って、くれるかな?あの邑の人たちの、敵討ちを、さ」

 「もちろんや!」「無論」

 

 なお、これは後日談となることだが、この時に生き残った賊の内の一人と、その場に居合わせていた邑の女たちが、その時の光景を口を揃えてこう表現している。

 

 地獄が、この世に現れた、と。

 

 

 「な!なんだ手前は!!」

 「……死神さ。お前たちの、な」

 

 鄴郡の、とある邑を襲った後、賊たちは野営をかねての、宴会の真っ最中であった。攫ってきた女たちをはべらせ、上機嫌で酒を飲んでいた彼らは、たった一人の人物の接近にすら、気づけなかった。

 

 最初に餌食にされたのは、彼らを率いる頭目だった。

 

 「ひ~っく。……あ?酒がねえな。おい!誰か代わりの酒を持って来い!」

 

 空になった酒瓶を手に、そう叫ぶ男。そこに、一人の青年が現れて、彼に対してこう言った。

 

 「……酒の代わりに、末期の水でも飲んでなよ」

 「あ?」

 

 それが、男の最期の言葉。

 

 何が起こったかわからない、という表情のまま、男の首が、宙に舞った。

 

 「きゃあああああああっっ!!」

 

 男の傍にいたその女性が、その光景を見て悲鳴を上げた。そしてこの時、ようやく賊たちは、『敵』が入り込んでいることに気が付き、そして、先の台詞へとつながって行くのである。

 

 「手前!よくもお頭を!!」

 

 一刀の周りを、数人の男たちが取り囲む。全員が手に手に武器を持ち、その殺気を一斉に一刀へと向けるが、次の瞬間には、全員の首が一瞬にして、先ほどの男と同じ表情をしたまま宙に舞っていた。

 

 「……後の連中。好きに選べ。惨たらしい死か、一瞬の死か。……あれだけのことをしたお前たちには、もう他の選択権は一切無い。……さあ選べ!!お前たちが奪った大勢の罪無き命のように、惨たらしくのた打ち回る死がいいか!!それとも、せめてもの慈悲にて、死んだことも分からない内に死にたいか!!」

 

 朱雀と玄武。その太刀と脇差を両手に携え、一刀が吼えた。その、憎悪と憤怒の気を、強大な闘気と変えて。

 

 殺戮が、始まった。

 

 

 戦いという名の、一方的な殺戮劇が、一刀を中心にしてその場で展開されていた。その、狂気とも言える彼の戦いぶりに賊たちは恐怖を覚え、その場で惨めたらしく、外聞も無しに泣いて命乞いをする者もいた。だが―――。

 

 「……そうやって、同じようにすがる者を、あんたらはどうした?」

 

 一刀は、ただただ、その者たちに、無慈悲な眼と言葉を、向けるのみ。そうして、一刻も経つ頃には、彼の周りには無数の屍の山が築き上げられた。

 

 その正確な数は、正直誰にも分からなかったが、悲惨というにはあまりに惨たらしいその状態を見て、賊達は瞬く間に恐れに心を支配されて、蜘蛛の子を散らすかのように逃散を始める。

 だが、結局はそれも適わなかった。

 

「……お前ら、どこに行こうっちゅう気や?」 

「今更逃げ場なぞ、もはやどこにもありはしないぞ?」

 

周囲は、徐晃と姜維が率いる八千の兵によって、完全に囲まれていた。

 

 

 そして。

 

 それからおよそ一刻も後。一刀たちと、救出された女たち以外、そこには、生物と呼べるモノはもう、何処にも存在して居なかった。

 あったのは、元・賊だった者たちの、成れの果てのみであった。

 

 たった八千の兵が、賊相手とはいえ、三倍以上の相手を、文字通り殲滅したというこの事実は、瞬く間に、大陸全土に知れ渡った。

 かろうじて、この時の殺戮劇から逃げ延びた、わずか数名の者達。その彼らを情報源として。 

 それを伝え聞いた者たちは、ある者はその情報に恐怖し、またある者はただ関心を示し、そしてまたある者は、それを大きく嫌悪したという。

 

 その後、救出した女たちを連れて鄴の城に戻った一刀たちは、大勢の民、そして、被害の当事者たちの生き残りの者達から、割れんばかりの歓声と感謝をそれぞれに受けた。

 複雑な、その胸中を必死の笑顔で隠し、それに応える一刀たち。

 

 そしてその日の夜。

 

 姜維も徐晃も、そしてすべての兵たちも、みなが様々な理由から来る疲労で、早々と寝静まった深夜。

 玉座の間にて、一刀は一人、床に座り込んでいた。何をするというわけでもなく、何を考えているというわけでもない。ただ、眠れなかった。

 昼間行った自身の行為を、まぶたを閉じた途端、思い出してしまうために。

 

 「……眠れませんか?」

 「……ま、ね」

 

 一体いつからそこに居たのか、徐庶が、一刀のその背に声をかけてきた。

 

 「……この間の初陣で、覚悟は出来ていたつもり、だったんだけどね……。ほら、手の震え、ぜんぜん、止まらないんだ……。怖い……そう、怖いんだ……。ヒトを斬る事も確かに怖いよ。けどそれ以上に、これに、いつか慣れてしまうかもしれない自分が、たまらなく怖いんだよ……」

 「一刀さん……」

  

 己の両の掌を見つめ、静かに震える一刀のその背を、徐庶はそっと抱きしめる。優しく、優しく、包み込むように。

 

 「輝、里……?」

 「……泣くだけ泣いて、想いを全部出し切って、そしてまた、明日から、いつもの一刀さんに、戻ってください。……今夜のことは、二人だけの、秘密にしておきますから」

 「かが、り……。俺、おれ、は。……う、く、あ、あ、あああああああああああっっ!あああああああああああああああっっっっっっっっ!!」

 

 徐庶の言葉で、彼の最後の心の箍が外れれたのだろう。

 彼女の膝にその顔を埋め、一刀はあらん限りに涙と声を出し続ける。すきま風が、広い室内の灯りを、全て消し去り、後に残るのは深い闇と、一刀の悲痛な叫びのみであった。

 

 

 その一件があってから数日後。

 青州は北海の街のその政庁内のとある一室に、三人の男達が集まっていた。

 

 「兄貴、報告だ。汝南が三日前に陥落したそうだ」

 

 筋骨隆々とした、ゴツイ体躯の男が、その目の前で椅子に座る細面の男に、両腕を腰に当てたまま、先ほど届いたばかりの伝令の内容を告げた。

 

 「そうか。これで、中原の半分は占拠した事になるな。河北はどうだ、弘」

 「おう。薊を中心に幽州、それから并州の半分以上を、こっちの支配下に置いた。だが、冀州だけちっとばかり手こずってる」

 

 弘、と呼ばれた小男が、椅子に座る細面の男にそう告げる。

 

 「冀州?あそこはそんなに手こずるところじゃなかろうが。南皮の袁紹は馬鹿だし、平原はこっちの支配下。鄴郡の太守なんざただの豚だ。何でそんなに手こずるんだよ?」

 「それがな、純兄貴。どうやら鄴郡は太守が変わったらしくてよ。名前は確か、北郷、とかいったか」

 

 筋肉男の問いに、最近になって仕入れた情報を伝える、その小男。

 

 「北郷、か。訊かん名だな。……どこの人間だ?」

 「いや、それがどこの出身かは分からねえんだ。なんでも、街の連中からは天の御遣いなんて呼ばれているらしい」

 「天の御遣いだあ?はっ!うさんくせえ」

 「けどよ、純兄貴。そいつが天人かどうかはともかくとしてだ。つい数日前のことなんだけどよ。……鄴郡に入った連中が、二刻と持たずに壊滅させられちまった。三万が、たった八千に、だ」

 「何……だと?」

 

 思わず唖然とする細面の男―――張挙。天公将軍を自称し、この二人の長兄でもあるその男は、末弟である人公将軍こと張弘の話に、その耳を疑った。

 

 「……信じられんな。何かの間違いじゃないのか?」

 

 筋肉男――地公将軍こと次兄の張純が、弟の話に疑いの眼差しを向け、そう問いかける。

 

 「事実だよ、兄貴。しかもその内の三分の一は、白く光る衣に身を包んだ、“たった一人の”男に、全員為すすべもなく、倒されたそうだ」

 『ば、馬鹿な……』

 

 一人で一万の兵を倒す。

 それが一体どれほど化け物じみたことか。うわさに聞く飛将軍こと、呂奉先でもあるまいに、と。張挙と張純は、しばし言葉を失った。

 

 「……それが事実だとすれば、こっちも何かしら手を打たんといかんな。……おい、“あの三人”は今、どこにいる?」

 「確か、兗州で興行中のはずだが」

 「なら、あいつらに鄴郡で興行するように伝えろ。内部から、向こうを揺さぶらせるんだ」

 「わかった。すぐに使者を立てよう」

 

 兄の命を受け、張純がその巨体を揺らしながら部屋から出て行く。そしてその数日後、兗州のとある街にある一軒の宿屋にて。

 

 「冗談言わないでよ!!そんな事出来っこ無いでしょうが!」

 

 水色の髪の少女が、一人の兵士にそう怒鳴りつけながら、手に持っていた箸を投げつける。

 

 「ちょっと、ちぃねえさん落ち着いて。……それは、張挙さんのご指示なんですね?」

 「はい。郡を内部から揺さぶり、こちらへの離反者を出させろ、と」

 「それが無茶だって言ってんのよ!わざわざ敵地(?)に乗り込んで、黄巾軍に力を貸してくださいね~、って、そんなことやったらどうなると思ってんのよ!!」

 「……どうなっちゃうの?ちーちゃん」

 

 一人何も分かっていなさそうな様子の、桃色の髪の少女が、首をかしげて質問をする。

 

 「……その場で捕まるに決まってるじゃない、天和姉さん」

 

 少し呆れた感じで、姉に答えてみせる、眼鏡をかけた少女。

 自分たちのスポンサーである張挙から、突然、兗州での興行を打ち切り、冀州は鄴の郡内で興行をするよう指示されたその三人。

 事情を今ひとつ分かっていない、長女・張角と、声を荒げてその指示に否を唱える、次女・張宝。そして、一人冷静に思案を続けている、三女の張梁。

 

 通称、張・三姉妹の面々である。

 

 「……とにかく、少し私たちだけで、話をさせてください。方針が決まり次第、お呼びしますから」

 

 張梁がそう言い、兵士を自分たちの部屋から出て行かせる。

 

 「……んで?どうするのよ、人和?……命令どおりのこのこ行ったら、あっという間に捕まっちゃうわよ?」

 「捕まっちゃったら、私たちどうなるの?」

 「……良くて捕虜。悪ければ」

 「悪ければ?」

 「決まってるわよ!さんざんごーもんされた挙句、大勢の男たちに、よってたかって慰み者にされるのよ!うわさじゃ、鄴の新しい太守は、女と見れば見境ないって言うから、それはもう、三人揃って口では言え無いような、あんなことやこんなことを」

 

 と、張宝が又聞きの又聞きレベルのうわさに基づいた予想を、真っ青になった顔を両手で覆いつつ叫ぶ。

 

 「そんな~。人和ちゃ~ん、お姉ちゃん、そんな風になるのやだ~!」

 

 その張宝の予想を聞いた張角が、涙目になって末の妹にしがみつく。

 

 「まだそうなると決まったわけじゃないわよ。……それに」

 『それに?』

 「……張挙さんは、“郡内”で、と言っただけよ。つまり……」

 『……なるほど~~~』

 

 張梁の言葉に、納得顔で頷く姉二人であった。

 

   

                                   ~続く~

 


 
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