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真・恋姫✝無双外伝 ~~受け継ぐ者たち~~ 第十二話 『ファーストコンタクト』

jesさん

今回から、キャラクターを描くのにパソコンを使ってみましたww
でもちょう難しーーーっ><
頑張って練習します 汗

ちなみに私事ですが、最近仕事辞めちゃいました 汗

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2012-07-05 18:26:57 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:1755   閲覧ユーザー数:1649

第十二話 ~~ファーストコンタクト~~

 

 

麗々:「では、鉱山の使用権についての話はこんなところで良いでしょうか?」

 

蘭華:「ええ、ありがとう。 これで当面は鉱石についての心配はいらなくなったわね。 

   助かったわ」

 

桜香:「そんな。 こっちだって呉の造船技術を取り入れさせてもらうんだからお互い様だ   

    よ」

 

煌々:「・・・“コショコショ”」

 

麗々:「うん、うん・・・・。 きーちゃんも、ありがとうございますって言ってますよ」

 

 俺の前で、桜香たちが呉の面々と順調に商談を進めていく。

 

 今日は、月に一度の呉と蜀の定例会議の日。

 同盟を組んでいる国同士で、定期的に情報交換や産業に関する取引を目的として開かれる。

 会場は蜀と呉で交互に行われ、今回は家で開く番なのだ。

 

 今まさに話している通り、お互いの国で不足している物を補う事が出来るから、この会議はとても重要なものだ。

 

 それは分かってるんだけど・・・・・

 

章刀:「・・・・・・・・・・」

 

 正直言って、かなり暇だ。

 

 もちろん、情報交換という点では俺だって聞いておく必要があるし、興味もあるからちゃんと聞いてるんだけど。

 こんな風に産業の取引に関しての話は、正直俺ではよくわからない。

 

 実際、さっきから麗々と煌々に任せっ切りだ。

 多分俺が口をはさまない方が、スムーズに話が進むだろうしな。

 

桜香:「お兄ちゃんってば、聞いてるの?」

 

章刀:「え? あ、ああ・・・ごめん。 ちょっと考えごとしてた」

 

 あれ? 今、俺呼ばれてた?

 いかん・・・・完全にボーっとしてた。

 

 そんな俺の様子を見て、その場にいた全員が俺に冷たい視線を向ける

 

蘭華:「全く・・・しっかりしなさいよね章刀。 王ではないにせよ、あなたはそれに近い立場なのだから」

 

愛梨:「その通りです。 だらしないですよ、兄上」

 

章刀:「ああ、ごめん」

 

??? :「フン・・・クズめ」

 

章刀:「ぐっ・・・・」

 

 一人の少女が俺をジト目でみながら言った言葉が胸にグサリと突き刺さる。

 現在進行形で俺に冷たい視線を向けてくるこの少女の名前は甘述(かんじゅつ)。

 真名は凛春(りんしゅん)。

 

 先代呉王、孫権の右腕であった忠臣、甘寧の娘だ。

 彼女も母親と同じ様に、自分の主である蘭華の為に忠義をつくす将として、常に蘭華の側近として傍にいる。

 

 その忠心っぷりは大したものだけど、正直性格はかなりキツい。

 ・・・ていうか、俺に対してだけもはやキツさのレベルが違う。

 

 この子は昔から蘭華と一緒にいたから、当然俺たちとも幼馴染なんだけど、そのころからなぜか俺に対してだけ異常に態度が冷たかった。

 俺と蘭華が二人で会話していたのを見て、まだ幼い彼女に木の棒をもって追いかけまわされた事もある。

 

 こうして八年ぶりに会ってみても、その性格と俺に向けられる冷たい視線は相変わらずだった。

 

 

???:「まぁまぁ、凛春ちゃん。 そこまで言わなくても、誰だってボーっとすることくらいありますよ」

 

 そう言って俺をフォローしてくれるのは、凛春の隣にいるメガネの女の子。

 孫権に仕えた軍師、陸孫の娘で名前は陸延(りくえん)、真名は乃々(のの)。

 

 母親譲りののんびりまったりした性格で、その体つきも母親に似て・・・・ゴホン!

 まぁそれはおいといて、彼女も母親の後を継いで立派に呉の軍師を努めている。

 

蘭華:「そうよ凛春。 今のは少し口が過ぎるわ」

 

凛春:「うっ・・・。 そ、そうやって蘭華や乃々が甘やかすから、あいつは付け上がるん    

    だ!」

 

 蘭華と乃々の二人から責められて、凛春はたじたじだ。

 ちなみに、蘭華と凛春は主従の関係ではあるけれど、生まれた時からずっと一緒に過ごしてきたこともあって敬語は使わない。

 このあたりに関しては、先々代呉王の孫策さんと周瑜さんとの関係に似ているかも。

 

 それはさておき、もとはと言えば俺のせいなんだし、ここは凛春に助け船を出してあげないとな。

 

章刀:「二人とも、それくらいでいいよ。 もとはと言えば俺が話を聞いてなかったのが悪いんだし」

 

凛春:「・・・・・ちっ。 なぜ私が悪者になっているのだ」

 

 凛春は、少しばつが悪そうにそっぽを向いた。

 余計なお世話だったかな?

 

麗々:「あの~、皆さん。 とりあえず今日の議題は全て片付きましたので、会議はこれで終了でよろしいでしょうか?」

 

 俺と呉の面々とのやり取りを見ていた麗々が、遠慮がちに切りだした。

 確かに、今日話し合う予定の内容はさっきの件で最後のはずだ。

 

章刀:「ああ、そうだね。 それじゃこれで・・・・」

 

蘭華:「あ! 待って章刀。 もうひとつ重要な話があるの」

 

 会議を終わらせようとした俺の言葉を遮って、蘭華が思いついたように言った。

 

章刀:「重要な話?」

 

蘭華:「ええ。 乃々、お願いできるかしら?」

 

乃々:「はい~。 実はですねぇ、最近魏の曹丕の動きが活発になっているようなのです」

 

愛梨:「魏が・・・?」

 

 乃々の話を聞いて、愛梨だけでなく蜀の面々の表情が険しくなった。

 

蘭華:「ええ。 赤壁の戦いから二十年余り、特に目立った動きを見せなかった魏だけれど、最近 徐々に活動を始めているようなの」

 

章刀:「赤壁の戦いで消耗した戦力が、少しずつ回復してきたって事なのか・・・? あれ? でも待てよ・・・・」

 

 確かにそう考えれば今の話も納得は行くけど、俺の頭に一つ引っ掛かる事があった。

 

章刀:「なぁ。 別に戦いを支持するつもりはないけどさ、今まで蜀と呉で協力して魏を攻めようって話にはならなかったのか?」

 

 

 もう一度言うけど、もちろん戦いを支持するつもりはない。

 だけど赤壁の戦いからの約二十年・・・それだけの長い間、一度もそういう案が出ないと言うのもおかしな話だ。

 

 いくら赤壁の戦いで蜀と呉も被害を受けたとはいえ、魏に比べればまだましだったはず。

 十年もあれば、蜀と呉で協力して魏と戦えるだけの戦力は十分に回復できたはずだ。

 

蘭華:「もちろん、その案も今までに無かったわけではないわ。 けれど、そう簡単にはいかない理由があるのよ」

 

章刀:「それって、やっぱり母さんたちがいなくなったことか?」

 

 確かに、この国を築いた先代の将軍たちを一度に失ってしまった事は大きな損失だったはずだ。

 だけど以前聞いた話によると、魏もその辺は似たような状況らしい。

 そう考えると、そう大きな問題でもないように思えるけど・・・・

 

愛梨:「もちろんそれもありますが、一番の問題は魏の統率者にあります」

 

章刀:「統率者って・・・・曹操の子の曹丕のことか?」

 

愛梨:「いえ、曹丕の方ではなく、その側近でもある軍師が問題なのです」

 

章刀:「軍師・・・・?」

 

蘭華:「ええ。 その者の名は、司馬懿忠達。 希代の天才と称される男よ」

 

章登:「司馬懿・・・・忠達・・・・・」

 

 その名前は、未来の世界にいた時に聞いた事がある。

 確か正史では、あの諸葛亮のライバルとして名を馳せた魏の名軍師。

 

 だけど、この世界では俺の知っている歴史はあまりあてにならない。

 実際、彼のライバルであるはずの諸葛亮・・・朱里さまは、もういないんだ。

 

章刀:「その司馬懿ってヤツは、そんなにすごいのか?」

 

 俺はあえて司馬懿の名前を知っている事は言わずに聞いた。

 

麗々:「司馬懿さんは、王佐の才を持つ最たる者と言われるほどの天才です。 もし赤壁の戦いの時に彼がいたなら、勝敗は逆になっていたかもしれません」

 

章刀:「そんな・・・・・!」

 

 朱里の言葉に、俺は動揺を隠せなかった。

 

 赤壁の戦いは、蜀の諸葛亮と鳳統だけでなく、呉の周瑜や陸孫が協力して策を立てた大戦だぞ?

 それがたったひとりの軍師が加わっただけで勝敗が逆になるなんて・・・・・司馬懿ひとりだけでその四人を超えるかも知れないってのか?

 

凛春:「司馬懿がいる限り、数で有利だからと言ってうかつにこちらからは攻められん」

 

乃々:「情けない話ですが、私はもちろん麗々ちゃんでも煌々ちゃんでも、司馬懿さんの策を超えられるかは微妙なのですよ~」

 

煌々:「あぅ~・・・・・」

 

麗々:「はぅ・・・・・」

 

 乃々の言葉を聞いて、煌々と麗々も肩を落としている。

 どうやら今の話は大げさじゃないらしい。

 

蘭華:「魏の王は曹丕だけど、その実権の大半は司馬懿が握っていると言っても過言じゃないわ」

 

愛梨:「故に今までは硬直状態が続いていたのですが・・・・向こうから攻めてくるのであれば、こちらも動かぬわけにはいかなくなりますね」

 

乃々:「そうですね~。 でも、動こうにも向こうの出方が分からない内は手の出しようがありません。 とりあえず警戒は必要ですが、焦って構える必要もないと思います」

 

蘭華:「そうね。 そう言う事だから、蜀の方でも対策を考えておいてちょうだい」

 

麗々:「了解しました。 では、とりあえず今日の会議はここまででよろしいでしょうか?」

 

桜香:「うん、そうだね。 乃々さんの言うとおり焦ってもしょうがないし、今日はここまでにしよう。 ね、お兄ちゃん?」

 

章刀:「え? あ、ああ・・・・そうだな」

 

 桜香の問いに、俺は少し慌てて答えた。

 

 まぁ、皆の言うとおりかもしれないな。

 俺もまだ今の話の整理ができてない。

 魏の対策は追々考えるとして、今日は解散にした方がよさそうだ。

 

蘭華:「有意義な会議ができてよかったわ。 それじゃあ、私たちは呉に戻るわね」

 

 会議が終わって気が抜けたのか、小さく息を吐いてから蘭華が言った。

 

桜香:「え? もう帰っちゃうの? 一日ぐらい泊まっていけばいいのに・・・」

 

 俺も桜香の意見に賛成だ。

 会議で疲れもあるだろうに、今から呉に帰るのは大変だろう。

 

 だけど蘭華は、桜香の申し出に対して首を横に振った。

 

蘭華:「申し出はありがたいけれど、遠慮するわ。 いつまでも小蓮さまに留守を任せているのは心配だもの」

 

章刀:「あ~、それは確かに」

 

蘭華:「一応、李沙(りーしぇ)に補佐はお願いしているけれど、いつまでもあの人のお守を任せてるのは悪いものね」

 

 李沙というのは、呉のもうひとりの軍師である呂蒙の娘、呂宗のことだ。

 あの子は昔から真面目だけどおっちょこちょいなところがあるから、小蓮さんに振りまわされて涙目になってる姿が目に浮かぶ。

 

章刀:「そっか。 それじゃあ早く帰ってあげなきゃな」

 

蘭華:「ええ。 それではね、章刀。 魏について何か新しい情報があれば連絡するわ」

 

章刀:「了解。 こっちからも、何か分かったら連絡するよ」

 

 こうして、魏に関しての不安は残るものの会議は無事に終了し、蘭華たち呉の面々はかえす刀で自国へと戻って行った。

 

 

――◆―― 

 

 会議が終わって蘭華たちを見送った後、俺たちも解散になった。

 思いのほかスムーズに進んだから、まだ昼を過ぎたばかりで時間はたっぷりある。

 今日は念のために一日時間を空けておいたから、特に急ぎの仕事もないのでこの後はフリーだ

 

章刀:「さて、どうしようかな・・・・・」

 

 なんて呟きつつも、俺はなんとなく街に行こうと城の廊下を歩いていた。

 最近、時間がある時はこうして街に出かけるのが俺の趣味になりつつある。

 街を歩いているだけでもいろいろ勉強になることが多いからな。

 

 本当は誰かと一緒に行きたいんだけど、今日は残念ながら捕まらなかった。

 残念だけど、今日も一人で・・・・・

 

???:「おーい、章刀」

 

章刀:「ん?」

 

 丁度城の門を出ようとしたところで、誰かに名前を呼ばれた。

 足を止めて辺りを見回すけど、俺を呼んだらしき人影は見当たらない

 

章刀:「あれ? 気のせいかな・・・・」

 

???:「どこを見てるんだ? こっちだよ」

 

章刀:「こっちって・・・・・」

 

 どうやら気のせいではないらしいけど、やっぱり周りには誰もいない。

 

???:「仕方のない奴だな。 上だよ、上」

 

章刀:「上・・・・・・あっ!」

 

 ようやく見つけた。

 声に従って上を見上げた先には、城壁の上からこっち手を振っている晴の姿があった。

 

章刀:「なんだ、晴か」

 

 首をあげたまま、晴に聞こえるように大きめの声で言った。

 

晴 :「なんだとはひどいな。 ボクをみつけるだけで大分手こずっていたじゃないか」

 

章刀:「悪かったよ。 それより、そんなとこで何してるんだ?」

 

晴 :「今日は良い天気だろう? だから日向ぼっこでもしようと思ってな」

 

 そう言って晴は眠たそうにあくびをした。

 確かに、晴の向こう側に見える空は雲ひとつない快晴だ。

 これなら晴じゃなくても日向ぼっこしたくなるのもうなずける。

 

章刀:「なるほど。 でも、一人で日向ぼっこか?」

 

晴 :「いや、心と二人だよ」

 

 そう言って晴は自分の斜め下を指さすけど、城壁のせいでその先は見えない。

 どうやらすぐ横に心がいるらしいけど、声が聞こえないところをみると既に眠っているのかもしれない。

 

 最近知った事だけど、晴は姉妹の中でも特に心と仲が良い。

 同じマイペースな者同士、波長が合うのかもしれない。

 愛梨曰く、二人を動物に例えるなら心は犬で晴は猫なんだそうだ。

 なんというか、妙にしっくりくる気がする。

 

セキト:「ワンワン!!」

 

章刀:「お? セキトも一緒か?」

 

 心の声は聞こえないが、その親友の声は城壁の上から聞こえて来た。

 どうやら二人と言った中に自分の名前が含まれてない事に抗議してるようだ。

 

 

晴 :「ははは、すまない。 お前もいたんだったな。 という訳で章刀、三人で日向ぼっこをしているんだ。 キミも暇なら一緒にどうだ?」

 

章刀:「あはは。 気持ちよさそうだけど、今日は遠慮するよ。 今から街に行くところなんだ」

 

晴 :「街か・・・・。 何かの視察かい?」

 

章刀:「いや、仕事じゃないよ。 今日はもう自由だから、少しぶらつこうと思ってね」

 

晴 :「ふむ、そうか・・・・・」

 

 俺の答えを聞いた晴は、何かを考えるように腕を組んで首をかしげた。

 そしてしばらく考えた後、なにやら納得した様子で一度頷いた。

 

晴 :「なぁ章刀、ボクも一緒に行って構わないかい?」

 

章刀:「え? そりゃいいけど、日向ぼっこするんじゃなかったのか?」

 

晴 :「そのつもりだったが、たまにはボクも街を見てみたいと思ってね。 まぁ、章刀がボクと二人じゃ不満だと言うなら諦めるけど?」

 

章刀:「とんでもない。 できれば誰かに付き合って欲しかったんだ。 一緒に来てくれるなら嬉しいよ」

 

晴 :「では決まりだ。 という訳で心、ボクは章刀と街に行くが、お前はどうする?」

 

心 :「スー、スー・・・・・・・」

 

晴 :「・・・・やれやれ、これは起きそうにないな。 セキト、ボクは行くから、主人をしっかり守ってやるんだぞ?」

 

セキト:「ワンっ!!」

 

 晴はなにやら心とセキトに向けて話しているようだけど、よく聞こえない。

 最後にセキトの元気な鳴き声が聞こえると、それで話は終わりとばかりに晴は頷いて俺の方に視線を移した。

 

晴 :「よし、話はついた。 では章刀、今からそっちに行くよ」

 

章刀:「ああ。 俺はここで待ってるから、急がないで・・・・・」

 

晴 :「ほっ!」

 

章刀:「いぃ゛っ!?」

 

 俺が言い終わるより先に、晴は事もあろうに城壁から飛び降りた。

 当然普通に石段で降りてくるだろうとばかり思っていた俺は、晴の思いがけない行動に口をあけたまま固まってしまう。

 

 けれどそんな俺の心配をよそに、晴は落下の途中で城壁を足で蹴って勢いを殺し、何事も無かったかのようにいまだ固まっている俺の目の前に着地した。

 なんか昔見た映画にこんなシーン無かったっけ・・・・?

 

章刀:「何やってるんだよ晴! 危ないだろ!?」

 

晴 :「ん? 何を慌ててるんだい? これぐらいの事、君だってできるだろう?」

 

章刀:「そんな事できるわけ・・・・・・」

 

いや、待てよ・・・・・・・

 

章刀:「・・・・・・できる、かも」

 

 いや、まず間違いなく俺もできるだろう。

 晴には及ばないにしても、俺にも武神・関雲長の血が流れてるわけだし。

 

晴 :「だろう? 何も危ない事はないじゃないか」

 

章刀:「はぁ~・・・・もういいよ」

 

 あっけらかんとしている晴を見ていたら気が抜けた。

 考えてみれば、未来の世界にいたころに比べて俺も随分人間離れしたものだ。

 なんだかこの世界に来てから、俺の中の常識がどんどん塗り替えられて言っている気がする。

 

晴 :「さぁ、そんなことより早く街に行こう。 時間がもったいないじゃないか」

 

章刀:「はぁ~、分かったよ」

 

 いまいちやりきれない思いはあったけど、これ以上は空しくなりそうなので俺はおとなしく晴に着いて行くことにした。

 

 

――◆――

 

晴 :「フム・・・・。 こうして改めて街を見てみると言うのも、なかなか楽しいものだな」

 

 周りに立ち並ぶいろいろな店を見渡しながら、俺の隣を歩く晴は興味しんしんの様子だ。

 

章刀:「そうは言っても、晴だってずっと城に住んでるんだから、この街だって見慣れてるだろ?」

 

 少なくとも、八年も城を留守にしていた俺に比べれば、晴の方が馴染みがあるはずだ。

 

晴 :「そうでもないさ。 知っての通り、ボクは長い間旅に出る事が多いからね。 少しここを離れているだけでも町並みは結構変わるものだから、新鮮だよ」

 

章刀:「へぇ~、そんなもんか。 あ、そう言えばずっと気になってたんだけど、晴はどうして旅をしてるんだ?」

 

 俺は、晴に会った時からずっと気になっていた疑問を口にした。

 仮にも一国の主に仕える将軍なんだから、長い間旅に出るにはそれなりの理由があるはず

 だ

 

晴 :「ああ、そのことか。 ボクはね、人を捜してるんだよ」

 

章刀:「人捜しか・・・・。 で、誰を捜してるんだ?」

 

 俺がそう訊くと、晴は少し困ったように首を振った。

 

晴 :「実を言うと、名前も分からない。 だけど、昔ボクが危険な目に会ってるところを助けてくれた人なんだ。 その時一度合っただけだから顔もよく覚えてないんだけどね。 でも、何とかお礼を言いたくて、大陸中を旅して捜しているんだよ」

 

章刀;「へぇ~、良い話だな」

 

 ちょっと意外だった。

 晴は少しいい加減・・・・というかマイペースなイメージがあるからそういうことには割と大雑把な方だと思ってたんだけど、本当はかなり律儀な性格なのかも。

 城では文句を言いながらも愛梨の調練に付き合っているし、俺はまだまだ晴の事を理解できてないんだろうな。

 

章刀;「いつかその人が見つかるといいな。 大陸中を捜すとなると大変だろうけど、俺もできる事があったら協力するからさ」

 

晴 ;「フフ、ありがとう。 その時は遠慮なく頼らせてもらうよ、お兄ちゃん♪」

 

 そう言って、晴はいたずらっぽく笑った。

 

章刀:「だから、お兄ちゃんはやめてくれってば」

 

晴 :「ははは。 やっぱり章刀をからかうのは楽しいな」

 

 そんな風に気持ち良く笑いながら、晴れは俺の少し前を歩く。

 すると・・・・・

 

“ぐぅ゛~~・・・・”

 

晴 :「お・・・・・」

 

章刀:「ん?」

 

 どこからともなく、空腹を知らせる音が聞こえた。

 俺の腹じゃない、とすると・・・・・・・

 俺は黙って晴の方に視線を向けた。

 

晴 :「むぅ・・・・。 どうやらボクの腹の中に誰かが妙な鳴き声の虫を入れたらしい」

 

章刀:「素直にお腹が空いたって言いなよ」

 

晴 ;「むぅ・・・・、そうとも言うか」

 

 俺の目から視線を外しながら、晴は恥ずかしそうに少し顔を赤くしている。

 その様子がなんだか可愛らしくて、俺は少し笑ってしまった。

 

章刀:「そういえば、俺も会議で昼飯はまだなんだ。 とりあえず何か食べようか」

 

晴 :「おお、それは良い案だぞ章刀。 早速行こう!」

 

 俺の提案に、晴は目を輝かせて賛同してくれた。

 なんだか今日は晴の意外な一面をいろいろ見れそうだ。

 

 

――◆――

 

 俺たちは、近くの飯店で少し遅めの昼食を取ることにした。

 ひとつ意外だったのが、晴が思ったよりも食欲旺盛だった事だ。

 さすがに心みたいなめちゃくちゃな食べっぷりではないけど、それでも一般的な男性よりも多いぐらいの料理を注文している。

 

晴 :「うん、美味い。 章刀は良い店を知っているな」

 

 口にしていた料理を飲み込んで、晴は満足そうな表情を浮かべている。

 

章刀:「昴に聞いたんだ。 俺もずっと来たいと思ってたから丁度良かったよ」

 

 ああ見えて、昴は我が家では一番の食通だったりする。

 俺もちょいちょいお勧めの店を教えてもらっているが、今まで彼女にすすめられた店はどれもハズレた事が無い。

 

晴 :「なるほど、さすがは昴だ。 モグモグ・・・・・」

 

 言い終わると同時に、晴は次の料理を口へと運ぶ。

 実に無駄のない動きだ。

 

章刀:「それにしても、晴は本当に美味しそうに食べるな」

 

晴 :「・・・・ゴクン。 当然だろう? 物を食べるのはとても幸せな事だよ。 それにせっかく店           

  の人が作ってくれたんだから、美味しそうに食べるのが礼儀というものじゃないか」

 

章刀:「まぁ、それは確かに」

 

晴 :「だろう? 章刀も食事をするときは幸福をかみしめるべきだ。 ・・・・・はむ」

 

 そう言って、晴はまた食事を再開する。

 その表情は本当にうれしそうだ。

 これも、俺の知らない晴の新しい一面だ。

 

晴 :「モグモグ・・・・・。 ん・・・・・?」

 

章刀:「どうかしたのか?」

 

 今まで休むことなく動いていた晴の口が、チャーハンを味わっている途中で急にとまった。

 同時に、晴は不満そうに眉をしかめている

 

晴 :「むぅ・・・・。 このチャーハン、少し味付けが濃いな。 ボクはうす味が好みなんだが・・・・」

 

章刀:「あはは。 まぁそういうこともあるさ」

 

 どうやら食べる事が好きな分、結構味にはうるさいらしい。

 それでも文句を言いながらも、晴はそのチャーハンを口に運んで行く。

 

章刀:「なぁ、そう言えばさ・・・・・」

 

晴 :「ん? どうした?」

 

章刀:「晴ってさ、よく『むぅ・・・・』っていうよな」

 

 多分口癖なんだろうけど、困った時や不機嫌な時は必ずと言っていい程言っている気がする。

 

晴 :「むぅ・・・・そうかな?」

 

章刀:「ほら、また言った」

 

晴 :「むぅ・・・・・」

 

章刀:「ほらまた」

 

晴 :「む・・・・ムグっ」

 

 もう一度言ってしまいそうになった事に気付いたのか、晴は慌てて両手で口を塞いだ。

 その様子を見て、俺は思わず笑いを洩らす。

 

 

章刀:「あははは。 おもしろいな~」

 

晴 :「むぅ・・・・。 章刀はボクをバカにしているのか?」

 

 もう半分諦めたのか、晴は口を押さえるのをやめて、恨めしそうに俺をにらんでくる。

 こんな表情も、今日初めてみる晴の一つだ。

 

章刀:「いや、バカにしてるわけじゃないけどさ、面白くてつい」

 

晴 :「・・・・嘘だ。 章刀はそうやってボクを笑って楽しんでるに違いない・・・・」

 

 そう言うと、晴はそのまま顔を伏せてしまった。

 そして・・・・・

 

晴 :「・・・・・・・グス」

 

章刀:「え? ちょっと、晴・・・・?」

 

 晴はうつむいたまま肩を小さく震わせて、同時に聞こえて来たのはすすり泣くような声だった。

 

晴 :「グス・・・・いいんだ。 章刀なんて・・・・・うぅ・・・・・」

 

章刀:「ああ、ごめん晴! 俺が悪かった! だから泣かないでくれ!」

 

 しまった。

 悪気はなかったとはいえ、女の子を泣かせるなんて最低だ。

 まさか晴が泣くとは思っていな方だけに、俺は大慌てで晴に謝る。

 

晴 :「・・・・・・・クス♪」

 

章刀:「へ?」

 

 だけど俺が必死で謝っていると、晴の鳴き声が急に弾んだ笑い声に変わった。

 

 まさか・・・・と思った時にはもう手遅れだ。

 次の瞬間顔を上げた晴は、満面の笑みを浮かべていた。

 

晴 :「あははははっ♪ ひっかかったな章刀」

 

 嘘泣きの名残なのか、よほどおかしいからなのかは分からないが、晴は目の端に涙を浮かべて大笑いだ。

 

章刀:「な・・・・騙したなっ!」

 

晴 :「フフフ、さっきのお返しだ。 慌てた章刀はなかなかおもしろかったぞ」

 

章刀:「うっ・・・・・」

 

 目の端の涙をぬぐって、晴は笑いをこらえながら言う。

 くそ・・・・完全にやられた。

 恥ずかしすぎて、顔が赤くなっているのが自分でも分かるほど熱い。

 

晴 :「女の涙に弱いのは悪い事ではないが、あまり度が過ぎると足元をすくわれるぞ?」

 

章刀:「よ、余計なお世話だっ!」

 

 恥ずかしさを紛らわせるために声を大きくして怒鳴っては見たものの、完全に負け犬の遠吠えだ。

 

晴 :「まぁそう怒るな章刀。 それより、そろそろ店を出ないか?」

 

 俺の恥ずかしさなど素知らぬ顔で、晴は話題をそらした。

 テーブルの上を見ると、いつの間にやら料理は全部空になっていた。

 

章刀:「はぁ~・・・・そうだな」

 

 これ以上何を言っても俺が空しくなるだけだ。

 俺はため息をつきながらも頷いた。

 

晴 :「よし、それじゃあ行こうか」

 

 そう言って、晴が席を立った時・・・・・

 

 ポト・・・・

 

章刀:「ん? 晴、なにか落としたぞ」

 

 晴の羽織の懐から、何かがこぼれ落ちた。

 みると、それは小さなきんちゃく袋だ。

 俺はそれを拾い上げて、晴に差しだした。

 

晴 :「おお! これはいけない」

 

 晴は少し慌てた様子で俺の手からきんちゃく袋を受け取ると、大事そうにもう一度懐にしまった。

 

晴 :「すまない。 これはとても大切なものでね、ありがとう」

 

章登:「大切なもの? その袋の中、何が入ってるんだ?」

 

晴 :「悪いけど、それは章刀にも言えない。 これはボクのお守りなんだ。 言ってみれば、君のその首飾りと同じだよ」

 

 そう言って、晴は俺の首飾りを指さした。

 

 昔、父さんがお守りだと言って俺にくれた翡翠の首飾り。

 今はもう半分に割れてしまっていて、その理由も覚えてないけれど、それでも俺にとっては大切なお守りだ。

 

 きっと晴のお守りにも、彼女だけの大切な思い出があるんだろう。

 だったら、無理に中身を聞き出すのも野暮というものだ。

 

晴 :「さぁ、この話はもういいだろう? 行こう、章刀」

 

章刀:「ああ」

 

 俺はそれ以上聞く事をせず、店を出る晴の後に続いた。

 

 

――◆――

 

 店を出た俺たちは、また特に目的があるわけでもなく通りをぶらついていた。

 

晴 :「さて・・・・、腹は膨れたが章刀、どこか行きたいところはあるのか?」

 

章刀:「ん? いや別に、いつもただブラブラするだけだからな~」

 

 今日も同じだ。

 特に目的があって出て来たわけじゃないから、行きたいところと言われても・・・・・

 

章刀:「あ! そうだ・・・・・」

 

晴 :「どうした?」

 

章刀:「そういえば、麗々に墨を買ってきてくれって頼まれてたんだよ」

 

 城を出るときに、『墨がきれそうなのでついでにお願いできますか?』って言われたのをすっかり忘れてた。

 二つ返事で承諾したくせに、忘れましたじゃ麗々に合わせる顔がない。

 

晴 :「そうか、なら墨を買いに行こう」

 

章刀:「ああ。 墨は・・・・たしかもうひとつ向こうの通りだな」

 

 そう言って、俺と晴が来た道を一度引き返そうとした時だった。

 

向日葵:「晴お姉さまーーっ!」

 

晴 :「ん?」

 

章刀:「お。 向日葵じゃないか」

 

 晴の名前を呼ぶ声に振り向くと、手を振りながらこっちに走って来る向日葵の姿があった。

 向日葵は俺たちの前まで来ると、少し上がった息を整えるように小さく息を吐いた。

 

向日葵:「もう、やっと見つけたよ。 晴お姉さまってば、城中どこ捜してもいないんだもん」

 

晴 :「ああ、すまない。 それで、ボクに何か用かい?」

 

 向日葵に呼ばれる用事に心当たりが無いらしく、晴は首をかしげる。

 でもそんな晴の反応を見て、向日葵は頬を膨らませた。

 

向日葵:「何か用じゃないよぉ! 今日は会議が早く終わったら、愛梨お姉さまと調練の約束でしょ?」

 

章刀:「え!? そうなのか!?」

 

 晴の方に目を向けると、彼女はなにやら腕を組んで難しい顔をしていた。

 

晴 :「むぅ・・・・・・。 そうだった・・・・・・かもしれないな」

 

 あ~、つまりは忘れてたわけね。

 まぁ、俺も墨を買い忘れそうになったから人の事言えないけどさ。

 

向日葵:「もう、しっかりしてよ。 愛梨お姉さま、もうカンカンだよ?」

 

晴 :「むぅ・・・・それは怖いな。 すまない章刀、そう言う訳だからボクは城に戻るよ」

 

章刀:「了解。 俺はとりあえず墨だけ買ってから戻るから、調練頑張ってな」

 

晴 :「はぁ~、気が重いよ」

 

 晴はがっくりと肩を落として、さっき食事をしていた時とは雲泥の差だ。

 よほど調練がいやなのか、それとも愛梨に怒られるのが嫌なのか・・・・・・・まぁ、多分後者だろうな。

 

 

向日葵:「ほら、行くよお姉さま!」

 

晴 :「おいおい、わかったから引っ張るな向日葵」

 

 ふくれっ面の向日葵に引きずられるようにして、晴は城の方へと走って行った。

 俺はその背中をしばらく見送って、小さくため息を吐く。

 

章刀:「はぁ~、やれやれ・・・・・・」

 

 きっとこれから愛梨にこってり絞られるんだろうな。

 自業自得とは言え、ちょっとかわいそうだ。

 墨を買うついでに、晴に何か美味しいものでも買って帰るとしよう。

 

章刀;「さてと、とりあえず墨を買いに行こう」

 

 一人になってしまったが、頼まれた物をほっぽり出す訳にもいかない。

 気を取り直して、墨が売っている店に向かって歩き出そうとした時・・・・・

 

???:「すみません、ちょっと良いですか?」

 

章刀:「え?」

 

 突然、また後ろから声をかけられた。

 だけど今度は向日葵の時とは違って、聞き覚えのある声じゃない。

 

 誰かと思って振り返ると、そこに立っていたのは一人の青年だった。

 見た目からすると、歳は俺と同じくらいだろうか?

 整った顔立ちで、少し逆立った赤い髪をした、みるからに女性に持てそうなビジュアルだ。

 

章刀:「えっと、俺に何か用ですか?」

 

 俺は、少し戸惑いながらも問いかけた

 

???:「ええ。 実は、ちょっと道に迷ってしまって・・・・・」

 

 そう言いながら、青年は困ったように頭をかく。

 道に迷った・・・・ということは、地元の人間じゃないんだろうか?

 そういえば改めてみると、あまりこの辺では見ない雰囲気の服装だ。

 

???:「友人とこの街で待ち合わせをしているのですが、地図を見てもいまいち分からなくて」

 

 すると、青年は手に持っていた一枚の紙を俺に見せて来た。

 そこにはどうやらこの街の地図らしき絵が描いてあって、目的地にはバツ印が書いてある。

 

章刀:「ああ、この場所なら分かりますよ」

 

???:「本当ですか!?」

 

章刀:「はい。 この場所からそんなに遠くありませんから、よかったら一緒に行きましょうか?」

 

 随分大雑把な地図だけど、目印となる店なんかはしっかり書かれてる。

 俺としては、これだけ分かれば十分だ。

 

???:「すみません、助かります」

 

章刀:「お安いご用ですよ。 じゃあ、行きましょうか」

 

 そう言いながら、俺は念のためにもう一度地図に目を落とす。

 

章刀:「・・・・・・・あれ?」

 

 そこで、俺はバツ印が付いている場所に違和感を感じた。

 

 おかしいな、確かこの場所って・・・・・・・

 

???:「・・・・どうかしましたか?」

 

章刀:「え? ああ、いや・・・・なんでもありません。 さぁ、こっちですよ」

 

 青年の目的地に少し疑問を感じつつも、俺は彼を案内するべく歩きだした。

 

 

――◆――

 

 

章刀:「さぁ、着きましたよ。 でも・・・・・」

 

 目的地であろう場所に着いた俺は、ぐるりと辺りを見回す。

 さっき感じた違和感は、やっぱり気のせいじゃなかった。

 

 俺たちがたどり着いたのは、細い路地の奥にある空き地に作られた資材置き場だ。

 この辺りの店が使う木材や藁などがあちこちに積まれている。

 街の人間でも、めったに来ない場所だ。

 

 もう一度地図を見て確認するけど、やっぱりバツ印はここを差している。

 

章刀:「ここ、資材置き場ですよ? こんなところで待ち合わせなんて・・・・・・」

 

???:「見ず知らずの相手に無防備に背中をさらし続けるなんて、少々迂闊だよ? 関平定国」

 

章刀:「っ!!?」

 

 ゾクリ・・・・と背中に急激な寒気が走った。

 背後にいた青年から放たれたのは、殺意にも似た明らかな敵意。

 

 慌てて後ろを振り返ると、先ほどまでの青年とは明らかに雰囲気が変わっていた。

 彼の特徴とも言える赤色の両目は、鋭く俺を見据えている。

 

 彼が身にまとっている気迫が、否応なく俺に知らせる。

 こいつは・・・・・少なくとも味方じゃない。

 

章刀:「君は・・・・いや、お前はだれだ!?」

 

 俺は構えて、腰に差していた緋弦に手をかける。

 同時に、周りにこいつ以外の気配が無いかを探るが、どうやら伏兵はいない。

 

 しかし、目の前のヤツは俺の反応とは対照的に口元に笑みを浮かべている。

 

???:「はじめまして・・・・だね、関平。 僕は司馬懿忠達。 魏王、曹丕に仕える軍師だ」

 

章刀:「!?・・・・司馬懿・・・・・お前が・・・・・・?」

 

 思いがけない相手の正体に、俺は動揺を隠せなかった。

 それは、まさに今日の会議で耳にした名だ。

 こいつが、最たる王佐の才と言われる男・・・・・・・。

 

 俺は更に表情を険しくし、緋弦を掴む右手にも力がこもる。

 だが司馬懿は口元から笑みを消さないまま、降参と言わんばかりに両手を上げた。

 

司馬懿:「おっと、そう構えないでほしいな。 僕は別に争いに来たんじゃないよ。 少し、君と話がしたくてね」

 

章刀:「俺と、話・・・・・?」

 

司馬懿:「そう。 天の御遣いの長子であり、蜀の王、劉禅の兄である君とね」

 

章刀:「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 真意は分からない。

 けれど、さっきまで感じていた彼の威圧感は消えている。

 俺は警戒しつつも、右手を剣からはなして構えを説いた。

 

 それを見て、司馬懿も上げていた両手を下ろす。

 

章刀:「一体、何が目的だ?」

 

司馬懿:「別に大したことじゃないよ。 これから矛を交えるかも知れない相手を知っておきたいと     思うのは、当然の事だろう?」

 

章刀:「・・・・・・・・・・・・・」

 

司馬懿:「信じられない・・・・・って顔だね? まぁ、僕は君と話ができればそれでいい」

 

 俺の返事を待たずに、司馬懿は話を続けた。

 

 

司馬懿:「早速だけど関平、君は今のこの時代をどう思う?」

 

章刀:「何・・・・?」

 

 唐突な司馬懿の質問に、俺は眉をひそめた。

 そんな漠然とした質問をいきなりされても、どう答えていいのか分からない。

 

司馬懿:「今この大陸は魏・呉・蜀・・・・・三つの国に分かれ、なんとか安定を保っている。けれど、これが本当に平和と言えるかい? 君たち蜀と呉は同盟を結んではいても、所詮は文化も種族も違う二つの大国だ。 その間にはいつか必ず溝が生まれるよ」

 

章刀:「そんなこと・・・・・・」

 

司馬懿:「君だって分かっているんだろう関平? この三国に分かれた不安定な平和は、いつまでも続きはしない。 三国を統一し、全ての種族を一人の王が導くべきなんだ」

 

章刀:「その王に、お前がなるって言うのか?」

 

司馬懿:「とんでもない。 僕は一介の軍師にすぎないよ。 王になるべきは僕の王、曹丕さ。

    まぁ、それは君たちを倒してからの話になるけどね」

 

章刀:「・・・・・そのために、紅蓮隊をけしかけたのか?」

 

司馬懿:「!・・・・・・・・・・」

 

 思いがけない俺の言葉に、司馬懿は不意をつかれて少し驚いたようだ。

 けれどそれは最初だけで、すぐまたもとの薄い笑みを浮かべた。

 

司馬懿:「へぇ・・・・、驚いたな。 どうして紅蓮隊の黒幕が僕だと?」

 

章刀:「確証はないさ。 ただ、以前儀招に聞いた特徴がお前によく似てたからもしかしてって思ったんだ」

 

 儀招の話では、彼を操った男の特徴は俺と同じくらいの年で赤い髪の男だと言っていた。

 こいつの正体が司馬懿だと分かった瞬間、俺の頭の中にその可能性が浮かんだのだ。

 

 もし本当に紅蓮隊の様な大勢の人間を操れる人間がいるとしたら、こいつ以外にはかんがえられない

 

司馬懿:「なるほど、儀招に僕の姿をさらしたのは失敗だったね。 それに、君がそこまで頭が回った事も誤算だよ」

 

章刀:「紅蓮隊を組織して、俺たちを潰すつもりだったんだろ?」

 

司馬懿:「その通りだよ。 まぁ結果的に、君たちに返り討ちにされてしまったけどね」

 

 そう言って、司馬懿は少し困ったように肩をすくめた。

 

章刀:「お前が紅蓮隊の操ったせいで、死ぬはずじゃなかった人間がたくさん死んだんだぞ! それをなんとも思わないのか!」

 

司馬懿:「思わないよ」

 

 まるで、感情のこもっていない返事だった。

 

司馬懿:「彼らは、もともと野盗だった者たちだ。 遅かれ早かれ、消えていく命だったんだよ」

 

章刀:「だからって、そんなこと許される訳が・・・・・」

 

司馬懿:「なら聞くけど、何の罪もない軍の兵士達を戦わせて死なせる事は許されるのかい?」

 

章刀:「!? それは・・・・・・」

 

 俺は答える事が出来なかった。

 司馬懿の言っている事は、確かに正しい。

 

 

司馬懿:「君は優しいね、関平。 けれど、その優しさが必ずしも正しいとは限らないんだよ。 人の上に立つ者は、戦場で失われる命に敬意は払っても、悲しんではならない。 そうやって割りきらなければいつかその思いが溢れ、壊れてしまう」

 

章刀:「そんなこと・・・・・わかってる」

 

 いや、分かってない。

 頭では分かっているけど、俺の心は納得しない。

 失われていく命に、仕方なかったんだと目を背けることなんて・・・・・・

 

章刀:「だけど、そんな風に命を全て切り捨てて得た平和なんて、そんなの全ての人にとっての平和じゃないじゃないか!」

 

司馬懿:「重要なのは過程じゃないさ。 たとえこの戦いが終わるまでに何百万の命が失われたとしても、後世に残るのは平和になったという結果だけだ」

 

章刀:「それでも、俺は・・・・・・」

 

 司馬懿が言葉を返す度に、俺はかえす言葉を無くす。

 彼の言っている事が正しい事が分かってしまう反面、俺の言っている事がただの感情論だと

言う事を思い知らされる

 

司馬懿:「それにね、関平。 君たちが平和を願う理由と、僕が平和を願う理由は恐らく違っているんだよ」

 

章刀:「? どういうことだ・・・・?」

 

司馬懿:「君たちはきっと、大陸を平和にする事を目的として戦っているんだろう? だけど僕の場合は、目的を果たした結果として平和を得るに過ぎない」

 

章刀:「じゃあ、お前の目的は一体なんなんだ?」

 

 俺が問いかけると、司馬懿の顔から今までの笑みが消えた。

 そして俺の目を真っ直ぐに見つめて、司馬懿は言う。

 

司馬懿:「僕の願いは、ただ一つ。 我が主、曹丕がこの大陸を統一することだ」

 

章刀:「なに・・・?」

 

司馬懿:「分かるかい? 僕の願いは、彼女の願いを叶える事。 彼女が大陸の王になるために、僕は僕の全てをかけて彼女の力になる」

 

章刀:「その願いの為に、たくさんの人が死んでもいいって言うのか?」

 

司馬懿:「さっきも言ったはずだよ関平。 割り切る、とね。 僕は彼女の願いを叶える為なら、希代の悪人として名を残そうと構わない」

 

 司馬懿の目は、本気だった。

 彼は本気で、ただひとりの少女の為に戦おうとしている。

 例えそれでどれだけの命が犠牲になろうとも、その罪を全て背負おうと、そういう覚悟の目だった。

 

司馬懿:「だから関平、僕たちはいずれ戦うことになるだろう。 その前に、こうして話しができて良かったよ」

 

 そう言い終わると、司馬懿は俺に背を向けて歩き出した。

 どうやら、彼からすれば話しはこれで終わりらしかった。

 

 

章刀:「待ってくれ、司馬懿!」

 

司馬懿:「?・・・・」

 

 俺はその場を去ろうとする司馬懿を呼びとめた。

 司馬懿は足を止め、もう一度俺の方に向き直る。

 

 司馬懿にとってはもう話しは終わりでも、俺にはまだ言いたい事があった。

 

章刀:「俺たちは、本当に戦うしかないのか? お前が協力してくれれば、誰も犠牲にならなくていい方法が見つけられるんじゃないのか?」

 

司馬懿:「何・・・・?」

 

 司馬懿は、少し驚いた様子だった。

 きっと、この期に及んで何を往生際の悪い事を・・・・と思っているだろう。

 

 けれど俺は、諦める事が出来なかった。

 それはもちろん司馬懿の言う事にそのまま納得したくないというのもあったが、それ以上に、俺の中で司馬懿がただの敵には思えなくなっていたからだ。

 

 主のためとはいえ、司馬懿の考え方は確かに非情かもしれない。

 けれど彼は、自分の信じる道をただ真っ直ぐに進もうとしている。

 それは悪意を持って人を貶めようとしているのではなく、ただ純粋に自分の目的を達成する為の決意の表れだ。

 

 そんな彼となら、話し合えば分かりあえるんじゃないかと・・・・そう思ってしまった。

 

 俺の言葉を聞いてしばらく黙っていた司馬懿だったが、少しの間の後さっきまでの様な細い笑みを浮かべた。

 

司馬懿:「君は本当に優しいね、関平。 だけど、残念ながらそれは無理だよ」

 

 そう言って、司馬懿は小さく首を横に振る。

 

司馬懿:「王とは、民を導く道標だ。 道標が三つもあっては、民は道に迷ってしまう。」

 

章刀:「たとえ通る道は違っても、最後に目指す場所が一緒なら問題ないだろう!」

 

司馬懿:「そうはいかないんだよ、関平。 複数の直線を並べて引こうとすれば、完全に並行でない限りどこかで必ずぶつかってしまうだろう? それと同じで、完全に同じ考えの人間などいるわけがない。 いつかどこかで、互いの考えがぶつかってしまう」

 

章刀:「ぶつかった時は話し合えばいい! 俺たちには言葉があるんだから!」

 

司馬懿:「それができないから戦争になるんだっ!!」

 

章刀:「っ!・・・・・・・」

 

 この話し合いの中で、初めて司馬懿が声を荒げた。

 そのあまりの迫力に、俺は言い返す事が出来ない。

 

司馬懿:「関平、君のその理想は尊いものだ。 だから、それを捨てろとは言わない。 けれど、理想とはあくまでも何かを成そうとするための原動力にすぎない。 人の上に立つ者は、現実を見据える事が大切なんだ」

 

章刀:「司馬懿・・・・・・」

 

 司馬懿の言葉は、まるで聞き分けのない子供を諭すような、そんな物言いだった。

 

司馬懿:「さぁ、話はここまでにしておこう。 次に言葉を交わす時は・・・・・戦場だ」

 

 それだけ言うと、司馬懿は再び背を向けて歩き出す。

 俺には、もう去っていく司馬懿を引きとめる言葉が見つからず、ただその背中を見送るしかなかった。

 

章刀:「次は戦場、か・・・・・・」

 

 司馬懿を見送った後も、俺は一人で彼が残した言葉を繰り返した。

 結局、分かりあう事は出来なかった。

 

 司馬懿の言うとおり、俺たちは戦うしかないんだろうか・・・・・・

 そしてもしそうなった時、俺は司馬懿に勝てるんだろうか・・・・・

 

 様々な不安が一気に頭を満たして行く中、俺はしばらくその場で立ちつくしていた。

 

 

――◆――

 

 

 章刀と司馬懿が接触した日から数日後。

 ここは魏の城、玉座の間。

 

 その入り口である大きな扉が、静かに開いた。

 

司馬懿:「ただいま、華音」

 

 玉座の間に入ってきたのは、今城に戻ってきたばかりの司馬懿だった。

 その姿をみて、玉座に座っていた曹丕は少し不機嫌そうに眉をひそめた。

 

曹丕:「真、何の連絡もなく城を留守にして・・・・・一体どこに行っていたの?」

 

司馬懿:「心配かけてごめんよ。 寂しかったかい?」

 

曹丕:「別に寂しくは・・・・でも、心配したわ」

 

司馬懿:「そうだね、ごめん」

 

 司馬懿はいまだに不機嫌そうな表情を浮かべる曹丕のそばへ歩み寄り、そっと唇を重ねた。

 

曹操:「んっ・・・・・。 もう、こんなことでごまかさないで頂戴」

 

 口づけを終え、まだ声音は不機嫌な曹丕だが、その顔はほんのり赤く染まっていた。

 

曹丕:「それで、いったいどこに行っていたの?」

 

司馬懿:「ああ、実は天の御遣いの長子に挨拶に行って来たんだ」

 

曹丕:「関平にっ!?」

 

 思いがけない司馬懿の答えに、曹丕は驚きの表情を浮かべた。

 それを見て司馬懿は、子供をあやすようにその金色の頭を撫でた。

 

司馬懿:「大丈夫だよ。 少し話をしてきただけさ」

 

曹丕:「まったくあなたは、またそんな無茶をして・・・・・・それで、どうだったの?」

 

司馬懿:「彼は・・・関平は素晴らしい人間だったよ。 本気で民の平和を願い、それを自分で成 し遂げようとする強い意志もある。 人の上に立つのにふさわしい器の持ち主だ。 けど、だからこそ・・・・・・・」

 

曹丕:「真・・・・?」

 

 司馬懿は、思いつめたような表情で曹操丕の手をギュッと握った。

 曹丕は、そんな司馬懿の顔を不安げに見上げる。

 

司馬懿:「だからこそ、僕は全力で彼と戦うよ・・・・・・!!」

 

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オリジナルキャラクターファイル No.010

 

 

一応線画がこちらになります↓

 


 
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