No.428237

幻想の刀鍛治 5

izumikaitoさん

今日も平和な日常が続いている幻想郷。
 そんな幻想郷を外の世界と分け隔てている存在――「博麗大結界」。そんな大結界を守護する存在である博麗の巫女。
 今代の博麗の巫女である「博麗霊夢」がいる。
 何故彼女は博麗の巫女としての力とともに、「空を飛ぶ程度の能力」転じて「あらゆるものから浮く程度の能力」という人の身に余る能力をその身に宿す事ができているのか。
 そこには知られざる者の尽力があったからこそそれが可能となっている。

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2012-05-26 08:09:34 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:611   閲覧ユーザー数:604

第5話 Keepsake―形見―

 

 雨が上がり、天気は快晴だった。

 慧音はいつもの時間帯に身体が慣れているためか自然と目が覚めた。ゆっくりと起き上がり、まずは着替えをする。

 好き好んで着ている青を貴重とした服を身に纏い、洗顔をするために一旦外に出る。中央の井戸に向かうとそこには朝早くに起きている人里の住民たちも集まってきていた。

 彼らは慧音が現れると我先にと挨拶をする。

 慧音も笑みを浮かべ、挨拶を返す。

 昨日の出来事や、今日の予定などで雑談が盛り上がる。ひとしきり話した後、家に戻る。

 まだ起きている様子がなかったので、慧音は別の部屋に昨日泊まった切継を起こしに向かう。

 それほど広い家ではないのですぐに到着する。

 部屋の前に来て、

 

「切継、まだ寝ているのか? 朝だからそろそろ起きたらどうだ?」

 

 中に向かって声をかける。

 しかし中の方からはまったく声は返ってこない。まだぐっすりと眠っているのだろうかと思い、慧音は障子をゆっくりと開けて中に入る。

 そこにはきちんと布団が畳まれて、ものけの空となった部屋がそこにあった。

 切継の姿はまったく見えず、畳まれた布団もほとんどぬくもりが消えかかっているので相当早くに家を出て行ったようだ。

 まったく……一言ぐらい言っていけばいいものを――。

 無愛想な態度を取る彼であるがきちんとしているところはしている。

 立ち直ってくれたのは嬉しいが、せめて一言何かを言って欲しかったというのもある。

 素直じゃないのは昔からか――。

 思わず小さくふき出してしまう。変わっていないところもあり、嬉しくもあった。

 

「『切継』か……その名の通り、体現してみろ」

 

 以外に身近なところにヒントというのは隠れていると、誰にも聞こえない小さな呟きとして慧音は零した。

 

 朝日が零れる森の中を歩いていた。

 能力を持つ者たちは決まって空を飛ぶ能力を有しているために、それを使って空を飛べば余計な時間を食わずに済むのであるが、どうしたわけか切継は決まって徒歩による移動を好んでいた。

 それは周りの景色を見ることで落ち着くことができるためであり、彼の戦闘が決まって地上における白兵戦が多いためでもあった。

 素早く動くために、地面を滑るようにして移動するすり足を多用するために、どうしても空を飛べばその折角の利点を活かせなくなるのだ。

 それに持っていても霊力が普通の人間よりも少しあるくらいで、ほとんど戦闘には使えない量しかなかった。そのために移動時に空を飛べばすぐにガス欠になってしまう恐れがあった。

 人里にある慧音の家を黙って出てきてしまった。

 これ以上彼女に余計な心配をさせたくないという思いがあった。むしろ彼女は逆に頼って欲しいというだろうがこれ以上頼りすぎてしまうのは何となく気が引けた。

 今真っ直ぐに人里から博麗神社への道を歩いている。

 得物を失ってしまっているので、折れてしまった刀を鞘に差し、さらにそれを紐などで固く固定したものを腰から差していた。

 博麗神社まではどうしても獣道を歩かなければならない。

 日差しが少しだけ差し込んでいるために視界は明るいが、それでも奥の方は暗く、何があるのか分からない。

 一歩一歩地面を踏みしめる度に小さな乾いた音が鳴る。

 時々風が吹き、草を撫でる音がする。

 そんな時だった――突然奥の方から風が吹いていないにもかかわらず草の擦れる音が聞こえてきたのだ。意識をそちらに向けながらも歩くのをやめない。

 すでに何があってもいいように右手は鞘に収められている柄に軽く添えられている。

 そして数歩歩いたところで地面を踏みしめる音が速く聞こえてきた。そして木の枝を無理やり折る小さな音が無数に聞こえた。地面に降り立つ音、目の前には大の大人よりも頭ひとつ二つ大きい猿に似た妖怪が現れた。

 迷いこんだ餌だと判断したために切継の前に現れた妖怪たち。

 口から粘着質な唾液を零している。

 小さくため息をつき、肩をすくめる。どうしてこうも邪魔ばかりが入るのだろうか。

 そんな風に面倒くさいというような表情を浮かべる。

 ゆっくりと振り上げられた腕。人間の頭ほどある掌には鋭い爪があった。それが切継を切り裂かんとばかりに斜め上から振り下ろされた。肩から斜めに引き裂かれようとした、だが切継はそれをギリギリのところで見切り、回避する。

 その爪は切継ではなく虚空を薙ぐだけに終わる。

 そのまますり足で相手の間合いに入り込む。右足を前に、右肩を前方に突き出し、手を柄に沿え、掴む。体の捻りを最大限に活かした必殺の一撃――居合い抜きを放った。

 だが抜き取られたのは刀ではなく柄とくっついた鞘だ。刀身が真っ二つにされている今、切り裂くというよりも殴るという武器に変わってしまっている。

 その神速の一閃が相手の横っ腹に突き刺さる。メキメキっというような骨がきしむ音が耳に入ってくる。

 妖怪はあまりの痛みに慟哭する。それが痛みの激しさを表している。涙なのだろうか、透明な液体を目から流している妖怪が腕をがむしゃらに振り回してくる。

 それをバックステップで後退することでかわし、そのまま跳躍し、相手の頭部よりも高いところまで上がる。そして身体を回転させるようにしてそれを両手持ちに変えると脳天に叩きつける。

 何かが潰れるような変な感触が両手に広がる。だがそれにかまわずに、べっとりと血がついた鞘を一振りしてそれを剥がす。

 もう一体の妖怪が後方から襲い掛かってきた。それに対してふらふらと今にも倒れそうだった死体を蹴ってこちらから迎撃に飛び相手が爪を振り下ろすよりも先に、その鞘をつきの構えから相手の脳天目掛けて突き出し、貫いた。

 眉間から脳を貫通された妖怪は目を見開き、そのまま前のめりに倒れる。

 地面に降り立つ切継は、さらに加速するようにして地面を穿ち、まるで獣のように地面を這うように移動する。

 まるで瞬間的に現れたように錯覚する妖怪は慌ててその鉤爪を振り下ろしてきた。だがそんながむしゃらな攻撃が当たるはずもなく、それがただ切継の服を薄く切り裂くだけに終わる。その隙を狙い、切継は相手の胸目掛けて切り上げる。

 確かに相手の皮膚に当たる感触――だが浅いために血はそれほど出ていない。やはり切るという動作はこの状態ではあまりにも無謀だというのが分かる。

 当初のように、殴る、突くの戦法がいいと考える。

 だが次々と森の奥から現れる妖怪たち。五体以上もぞろぞろと現れてきたということもあり、獣道ではやや狭く感じる。暗い道でも目が聞く妖怪と違い、人間でしかない切継にとっては悪環境でしかない。

 どうする……――。

 小さく舌打ちを零す。

 この数に対して今までの戦法ではどうしても対処し切れない。ここに来て刀がないことが大きく響いていた。

 だがこんなところで立ち止まっている暇はない。

 自分にはやるべきことがあるのだ。使命云々の前に、自分が言葉として宣誓したことを証明するために。

 だから刀を納めた鞘を横にし、スッと目を閉じる。

 これを鞘ではなく、刀とイメージしろ――!

 この鞘を一本の刀と考え、そしてイメージするものへともう一度作り変えていく。それが切継に与えられた能力――「ありとあらゆる能力を付加させる程度の能力」。

 別名「魔剣を生成する程度の能力」。

 あらゆる刀は切継の力によってまったく違った力を宿す刀へと変わる。火を放ち、水を操り、風を起こし、雷を呼び、地を暴れさせ、闇を生成し、光を放つ。

 まずは刀身――心鉄及び皮鉄を成形する。

そして火造り、荒仕上げによって形を整えていく。反りを描く刀の姿を。

完成した刃文の美しさを得ることも目的でもあるが、もっとも大きな理由には切り刃部分は硬く、棟に近い部分は柔軟性をもたせるために硬度を押さえて焼き入れする。  

最後の仕上げ研ぎ、砕き地艶、拭い、刃取り、磨き、帽子なるめを終える。

すべての製造過程を一瞬にしてイメージの中で終える。そして最後に自らの能力によってある力を付加させる。

今回付加させたのは「爆発を操る程度の能力」。

 

「――柄納め!」

 

 カッと見開かれ、一振りしたその刀には何も変化が見受けられない。

 それを警戒してみていた妖怪たちは拍子抜けしているのが見える。

 そのためにこちらに襲い掛かってくる様子は見られない。

 チャンスだ――!

 そう思った切継は、鍛錬したその刀と化した鞘を振り上げ、そのまま地面にたたきつけた。

 爆裂。

 その瞬間に妖怪たちの世界から視覚が、そして聴覚が一瞬にして奪われた。土煙が視界を奪い、強烈な爆発音が聴覚を奪っていったのだ。

 爆発によって妖怪たちはチリジリに吹き飛ばされ、木々を押し倒していく。爆発は一度だけではなく、二度三度と同じような威力の爆発が連続的に発生し、妖怪たちは立ち上がることすらできずに次々と意識を刈り取られていく。

 こんなものか――。

 切継は煙が晴れた周りを見渡し、そう思う。

 周りにあった木々はすでにすべてが薙ぎ倒されており、切継の鞘を振るった近くの木々は木っ端微塵になっていた。

 奥の方には妖怪たちが目を回して倒れているのが見える。中には吹き飛んだ拍子に体に気が突き刺さり、絶命しているものもいた。

 手元から何かが崩れていく音がした。

 武器として使っていた鞘であるが、先ほどの攻撃を最後に、耐久を超えたためか先端から細かな屑と化していくのが見える。

 やはり鞘では一振りが限界だったようだ。

 能力が強力である反面、付加させる媒体の耐久が低いと負荷した瞬間の崩壊が始まってしまう。そのために刀だけでなく、万が一のためということで鞘も強靭にこしらえているつもりだった。だが一振りで崩壊するとは少しだけへこむ。

 周りの木々が吹き飛んでしまったために向こうの方まで見えるようになった。

 上まで続く石段、その上に赤い鳥居があるなど、いつの間にか博麗神社の近くまで来ていたようだ。

 僅かな希望を求めて、切継は博麗神社へと向かった。

 

 長い階段を上りきるとそこには大きな赤い鳥居、そしてさらに境内を進むと立派な神社があった。

 それに続くようにして生活する家屋が存在している。

 まだ朝早くだということもあり、誰もいないようだ。

 が、横から何やら地面とこすれ合う音が聞こえてきた。

 

「あ、あんたはっ!?」

 

 向こうの方から声が聞こえてきた、女の子の声だ。

 切継はそちらに視線を向ける。

 そこにいたのは博麗神社の次代博麗の巫女の候補である博麗霊夢だった。背丈よりも大きな箒を引きずってこちらにやってきたのだ。

 おそらく怪我で動けない霊華の代わりに掃き掃除をするつもりなのだろう。

 彼女の表情には警戒にも似たものが窺える。数年経っているとはいえ、二人はお互いに決意を表明し合った者同士であるから当然だった。

 時々会っては口喧嘩のようなことばかりする二人であるが、今回の来訪の目的はそんな喧嘩をするためではなかった。

 姿がない霊華はどうしているのかを霊夢に対して尋ねてみる。

 一体何をしに来たのか、当然のように尋ね返してくる。

 ここで素直に言ってしまっても良いのだろうか――?

 切継が博麗神社に来て霊華に会いたいという理由は、もしかしたら彼女が博麗の巫女として正式になった時の儀式に使われた、父親の打った刀が残っているのではないかと思ったからだった。

 聖剣でなくても良い。彼が今見たいのは父親がどのような形の刀を打ったのかだった。

 一本くらい、自衛の武器のために与えたのではないかとそう思っていた。

 少しだけ暈すように、霊夢に対して言う。その暈されたのに気づいたためか、少しだけいぶかしむように視線を鋭くする霊夢。まだ十歳という子供でありながら、その勘の鋭さを遺憾なく発揮していた。

 

「霊華は今自室で休んでいるわ。さっきお粥を食べたばかりだから、今はまたゆっくりしているでしょうね」

 

 そう言う霊夢であるが少しだけ表情が暗い。

 霊華が休まざるを得ない状況に追い込んだ原因が自分だということ理解しているためだった。あの時は自らの力の大きさにただ嬉しさというものを感じていただけであったが、冷静になれば自分がしてしまったことの大きさに気付けたようだった。

 ただの訓練だったのが、本気の戦いになってしまった。

 それに乗ってしまった自分も悪いと霊華は苦笑いを浮かべ、落ち込んでしまっていた霊夢を励ました。今はそのおかげで少しだけ回復していた。

 分かったと一言、切継は霊夢の横を通り、家屋の方に向かう。霊夢も肩越しにこちらに対してチラリと視線を向けてきたのを切継は感じ取った。

 だがすぐに視線を逸らし、持っていた箒で地面を掃き始める。

 彼女は確かに力を手に入れている。博麗の巫女として相応しい器でもある。それが正式に認められる日もそう遠くない。

 だがそれが無事に終われるか、すべては切継の手に掛かっていた。その手が打つ聖剣という名の刀。それは一体どんな形であり、どんな力をもっているのか。それを掴む僅かなヒントを得られればと思いながら霊華のいる部屋へと向かった。

 

 縁側の障子を開け、そこから見える外の景色を退屈しのぎに見ている霊華。

 布団に座り込み、足元に布団をかけている。

 まだあの時の戦闘のダメージが残っているために起き上がろうにも身体が思うように動いてくれない。

 まだまだいけるかと思っていたが流石に世代交代なのかと少し寂しく思っていた。

 もう何年もここから眺める景色の変化を見てきた。

 始めは日々変化していくその景色に憧れを抱いたが、それも見飽きてしまった感がある。それに変化しているのは何も景色だけではなく、彼女を含めた取り巻く環境もだ。

 年とともに巫女としての力も衰えていく。全盛期に比べたら今の自分は目も当てられない状態だ。僅か十歳の跡継ぎにああもあっさりと奥義を奥義で返されてしまうとは、

 

「流石にへこむなあー」

 

 年甲斐もなく悔しさが胸に生まれる。

 それと同時に跡継ぎである霊夢に対して実力については何の問題もないと冷静に判断していた。必要な博麗の巫女としての術を身につけた彼女は今ならそこらの妖怪には実力的に後れは取らないと思う。経験をつんでいけば大妖に対しても十分に通用する巫女となる。そうなれば今まで異常に幻想郷には平和が訪れるだろう。

 強い力は防止力となり、世界の安定を司る。それが博麗の巫女としての役割だった。それを全うしてきた霊華がその役割から身を引くのも遠くない未来。

 寂しさもあるが、同時に重荷が取れるという楽観視もあった。

 だがその役割を取れた彼女に一体何が残るのだろうか。そう思うと考えてしまう。それは今までの歴代の巫女も同じような思考に陥ったのではないか。そして今では姿もその後の足取りも取れない彼女たち。

 あと数日でその答えを出さなければいけないかもしれないということもあり、少しだけ焦りを感じていた。

 そんな風に考えていた霊華の部屋に足音が聞こえてきた。

 霊夢のものではないというのはすぐにその音の大きさで分かった。彼女よりも体重のある誰かがこちらに向かって歩いてくる。妖怪の類ではない。まったく大きなその気配が感じられないからだ。

しかし逆に血の臭いが僅かながらにあった。

それは人間のものではない、微弱ながら妖気が含まれているのが分かる。

そしてその誰かが向こうの方から現れた――そこに現れたのは鍛冶師の神代切継だった。

霊華の視線は彼からその腰に刺さっている刀、ではなく鞘に向けられる。そこから微弱ながらちとともに妖気が感じられる。

大方ここに来るまでに妖怪と戦ったのだろうと思う。霊華が動けなくなってから妖怪たちが好き勝手にこの辺りをうろつきだしているのだ。普段ならすぐにでも蹴散らしに行くのであるが、今がこの状態であるためにそうしたくともそうできなかった。

ましてやまだ正式な巫女となったわけでもない霊夢を向かわせるわけにも行かない。そういうわけで代わりに対峙してくれた切継には内心感謝していた。

 

「どうしたのかしら? 霊夢なら今は境内辺りで掃き掃除をしているわよ?」

「あいつとならさっき会った。今用があるのはあんたにだ」

 

 私に? と疑問を顔に浮かべる。

 自分に用があるとは一体何事であろうかと不思議に思う。むしろある対象は霊夢ぐらいだと思っていたからだ。

 だが話し相手ができたことはうれしいことだった。丁度暇を持て余していたところだ、それを承諾し、部屋の中に入ることを了承した。

 切継はゆっくりと部屋に入る。

 布団に座り込む霊華の隣に座った。

 一体何の用か、と尋ねる。

 いつもの少しだけ不機嫌そうな表情であるがそこには不思議な真剣味が漂っていたのだ。彼の言葉を待つ。

 そして十数秒、ゆっくりと口を開いた。

 

「あいつ、霊夢の正式な巫女としての儀式が近い。そして俺はそれに必要な聖剣を打っている」

 

 何を言い出すかと思ったらそのことかと、しかしいつも以上に力が入っている、ただの競争のためというわけではなさそうだったので茶化すことはしない。

 彼の話を黙って聞くことにする。

 

「俺なりにあの日から鍛錬は続けてきたつもり、だった……」

 

 最後の言葉に力がない。

 自信がない、そう断言しているようなものだった。あれだけ霊夢と言い合いをしていたくらいだったのに、まさかあれはすべて虚勢だったのだろうか。そう疑ってしまうほどに弱弱しいものだった。

 真っ直ぐ向けられていた視線はどこか別のところに向けられている。おそらく過去の過ちを振り返っているのだろうと思う。

 

「だがあんたとの修行の様子を見て、今のままだと絶対に無理だと悟ったんだ」

 

 あの時の光景を見ていたのか。

 彼女が能力を発現させた時の光景を。確かにあれを見せ付けられたら誰だってへこみはするだろう。問答無用で相手に敗北を突きつけるくらいの反則的な能力であるのだから仕方のないことだ。

 だがそれを理由に使命を放棄するということはできないことである。

 能力に対して楔を打つのが聖剣の役割であり、神代家の刀鍛治の使命だ。それを絶対に無理だと言う切継。だがここに来たということはそれをまだ諦めてはいないということが霊華には分かった。

 何かヒントになるものがないか。嘗て彼の父親の打った聖剣で能力に楔を打たれた彼女であれば何かが分かるのではないか、と思ったのだろう。

 

「あいつに言ったことを撤回する気はない。だがこのままじゃそれを果たすこともできない……。あいつが能力で潰れるということだって否定できない。そのためには聖剣が必要だ……だから!」

 

 次の行動に霊華は目を疑い、驚愕する。

 ここに彼のことを知っている誰がいても同じような状態になっただろう。

 無理もない。あのいつも無愛想の塊でしかない切継が膝を折り、手を前につき、頭を下げ、額を畳みに擦り付けるようにする体勢――土下座をしたからだ。

 

「こんなことを言うような奴だとは思わないだろが、頼む、力を貸してくれ!」

 

 呆然としている霊華に対してただそう告げる切継。

 その体勢のまま、さらに彼は言葉を続ける。

 

「今のままじゃとてもじゃないがあいつの能力に楔を打つだけの聖剣を打つことはできない。いい加減ひとりの力で成し遂げようだなんていうおこがましいことはやめにしたんだ。時間がないんだ! 親父から引き継ぎきれなかった鍛錬法では聖剣に圧倒的に足りない。俺の力だけじゃ聖剣には届かない、だから力を貸してくれ」

 

 霊華には頭を下げ、叫んでいる切継に頭を上げるように言うことができなかった。

 今の彼には外にいる霊夢にこの醜態を見られてもどうでも言いと思えるくらいの心境なのだと悟った。もはやなりふり構っている状態ではない。何かを成し遂げるためには他人の力を借りなければとてもできないということに気付いたようだった。

 

「聖剣を打つことがあいつに対しての意思表示になるし、何より過去への決着をつけることになる」

 

 3年前のことだ。二人がお互いの意志をぶつけ合ったのは。

 霊夢はすでにそれを照明しつつある。それをその目で見たからこそ切継は焦った。彼女ができて、なぜ自分はまったく前に進んでいないのかと。

 紫の境界すら断ち切れない刀ではとても霊夢の能力に干渉することなどできない。より強靭で、より鋭い太刀筋を持つ刀ではないとできない。それも肉体や現象というものではなく魂そのものに干渉する必要もあった。

 そのために何が必要なのか。今の切継ではとても理解できないし、刀でそれを具現させることもできないでいた。

 そんな不可能に近いことができるのか。

だがそれを歴代の刀鍛治たちは成し遂げて来たのだ。切継の父親もそのひとり、その結果が目の前にいる博麗霊華だ。

 だから彼女が何かを知っているのではないか。そう思ったからこそ博麗神社に足を運んだのだ。これで何も知りうることができなかったらと思うと切継は不安に押しつぶされそうになる。

 こんなにも弱気になったのはいつ以来だろうか。

 そんな切継に対し、霊華は考え込むような素振りを見せ、回復しきっていない身体に鞭打ち、よろよろと立ち上がる。

 チラリと視線を上げた切継が大きくよろめいた霊華に慌てて手を貸す。

 いつもの元気がないのはまだ霊夢とのあの戦いで負ったダメージが抜け切っていないから。悪いわねと一言、霊華はそのまま優也の肩を借り、部屋を出る。

 本堂の方へと向かう。そこに何があるのかは分からない。ただ彼女に付いて行くだけだ。

 境内では霊夢がせっせと掃き掃除をしている姿があった。突然霊華が現れたことに彼女はあわてて走り寄る。

 切継に変わって彼女が霊華の身体を支えるようにする。

 本堂に入り、霊華は真っ直ぐに神棚の方へと向かう。神具やお供えの他に白木の鞘に納められた短刀がそこに祭られていた。

 博麗神社にはもともと祭るべき神が行方不明だというように信仰対象がない。そのためにあまり神頼みという形で参拝に来る人間は少ない。

 だがこの神社にも確かに神力というものは存在しており、むしろ溢れているようにも感じる。信仰するべき神がいないためか、その神力には決まった色は存在していない。言ってみれば無色の力であった。

 その力の中に一本だけ存在している短刀。

 だがそれだけが異様なもののようにそこに存在していた。神力に染まることもなく、ただひとつの存在としてある。

 独自の色を保つかのようにそこに不思議な存在感を表していた。その短刀を霊華は手を伸ばし、その手に取る。

 三人の視線がその短刀にひきつけられるように向けられる。それを持って切継に近づいた霊華はそっと差し出してきた。

 ゆっくりと手を出し、その上に霊華が短刀を置く。

 ふいに懐かしい感じがした。この短刀ではないが、この感覚を切継は誰よりも知っているつもりだ。

 ――親父……。

 切継の胸に懐かしさと申し訳なさ、後悔の念が生まれる。もう少し長く生きてくれたら自分の鍛錬を見ていてくれただろうか。時に拳骨の雨が降ったかもしれないが、それでも厳しく教えを与えてくれただろうか。

 そんな風に『もしも』のことを何度考えたことか。

 だがもうそれを考えるのはやめにしよう。スッと抜き取られたその短刀の刀身が切継のそんな迷いを断ち切るかのように鈍く輝く。

 違う、全然違う――!

 自分の打つ刀と何もかもが違っていた。父親の教えを基礎でありながら学びその鍛錬法で今まで刀を打ってきた。しかしそれとはまったく違う何かがこの短刀にあると直感的に分かった。

 何が違うのか。短刀を色々な角度から見る。刃の作りは同じく反りのあるもの。これが聖剣として作られたものではないのは分かる。

だが切継が今まで作ったどの刀よりも悔しいが上位に立つものであるのは分かる。

 

「それって何? ずっと大切そうに祭っていたからずっと気になってたんだけど?」

 

 霊夢が身体を休めるために霊華を座らせながらそう尋ねる。

 おそらく父親が彼女に対して上げたものだろうと思う。博麗神社に対して捧げものをする鍛冶師は切継の知る限りは神代家だけだったからだ。何のために捧げたかは分からないが、大方お守り代わりだろうと思った。

 やや疲れた表情を浮かべている霊華であるが、どことなく遠い昔を懐かしむようにしている。

何か思い入れのあるものなのだろうかと思う。

 

「そうね、とても大切な贈り物……あの人と私を繋げる唯一のもの」

 

 そう霊華が言う。

 思わず胸を刺すような痛みが走る。唯一のもの、もしあの時過ちを犯さなければと思わないではいられない。それでも必死に我慢し、話に耳を傾ける。

 霊華は思い出をタンスから引き出すかのように、言葉をポツリポツリと小出しにして、話をする。

話は二人の出会いからだった。

やはり二人が始めてであったのは、霊華が正式な巫女となる数年前だった。

数年といっても片手で数えられるくらいの年数だ。

それを聞いて、父親もその間に必要な聖剣の鍛錬法を教えられたのか、それとも編み出したのか。そう考えながら切継は話を聞く。

 彼もその父親、切継からすれば祖父に当たる人物だ。顔を覚えていないということは、やはり能力の行使による魂の消費によって短命で終わってしまったのだろう。

 今は年相応に落ち着いた性格や雰囲気をしている霊華であるが、当時は相当なお転婆だったそうだ。自分のために聖剣を打つ人間だと伝えられ、単刀直入に必要ないと言い切ったのだ。当然回りは唖然としたそうだ。言われた彼は突然のことだったので目を白黒させていたとのこと。

性格からすれば切継とはえらい違いだ。

 どうしてと尋ねてきた彼に対し、自信満々に自分ひとりで制御してみせる。そう言い切ったそうだ。

だが彼女に対し、それは危険だと恐る恐るというように言う。

 そのひどくびくついている様子があまりにも情けなかったので一喝した――なよなよしい男は嫌いだ、と。

 ひどくショックを受けた様子を見せる。場の雰囲気が重くなってしまい、それ以上は成すこともなかったのでお互いにその時は分かれた。霊華は彼が来たということをすっかり忘れることにした。あまり人と関わらないで生きてきたので男が来るということを効いた時はどんな人物なのだろうかと多少なりとも期待はしていた。

 だが会った時の落胆というものはその分大きかった。修行をすることでそれを忘れようとしたそうだ。

 その日から連日彼は博麗神社に足を運んで来た。

当時の巫女から聞いた話であったが彼の方が二つほど年上だった。それなのにまるで女のようにびくびくした様子だったので印象は最悪だった。

 来たといっても境内で修行をしている霊夢の様子を見ているだけだ。時々巫女と話をしているが、霊華からはまったく話をしようとはしなかった。あの時はまだ第一印象をかなり引きずっていたからだ。

 それが一週間、一ヶ月、半月、一年……よくも飽きずに来るものだと思った。

 そう思ったからだろうか。話をしに行かなかった間も決して無関心でいたわけではなかった。そのため会ってから二年目の春、初めて彼女から話しかけた時、嬉しそうな笑みを浮かべたのを見た時、印象ががらりと変わった。

 今まで話をしていなかったので気にしていなかったが繰るたびに傷が増えているようだった。いったいどうしたのかと聞いてみると刀の鍛錬の他に、剣術の鍛錬も同時進行で行われているとのことだった。彼だけでなく、切継もそうであるように刀を打つのであれば扱い方も知らなければいけない、そういうわけで高度な剣術を叩き込まれていたのだ。

 また新しい傷を作って――などと呆れながらも甲斐甲斐しく彼の傷の手当などをしたものだと懐かしんでいる。

 いつしか一緒にいることが当たり前のようになり、修行の前にいつもまだ来ないのかと鳥居の前に立って石段の方を見ていることが当然になっていた。

 それが日常の一部になれば月日が立つのもまた早く感じる。

 それからまた一年。出会って三年目になり正式な巫女として認められるための儀式が行われることになった。

 儀式の前に彼に対して――絶対にうまくやってみせる――そう自信満々に言った。彼の手には一本の刀があった――『聖剣』だった。

 儀式が始まる。

 そこに居合わせる者は八雲紫をはじめとする幻想郷を束ねる者たち。遠い冥界からもやってくる者もいた。

 集中した顔を見せていた霊華の表情に徐々に苦悶の色が濃くなっていく。噴出すような汗が着ている巫女服を肌に密着させるなどして彼女に対して不快感を与える。

 霊華が座っているところを中心に描かれている陣が起動する。爆発的な霊力がその中で暴れまわる。彼女の背中に、正確には魂に博麗の印を能力とともに刻み込む。背後に立つ今代の巫女が呪文のようなものを口ずみながら儀式を進めていく。

 固唾を呑んでそれを見守ることしかできない。うっすらと明けられた瞳に映ったのはそんな心配そうに刀を握り締めながらこちらを見てくる少年。

 見てなさい――これくらいでへこたれてたまるかと彼に言ってやった通り、魂に刻まれていく時の苦痛と違和感に卒倒しそうなのを必至に耐えてみせる。そしてそれが終わりに差し掛かった時――印が暴走を始めたのだ。

 

「あの時は本気で死んだかと思ったわ……儀式は一度経験すれば、もう二度とごめんだわ」

「うぇ……やりたくなくなって――」

 

 本当にごめんだというように苦笑いを浮かべる。

 それを聞いて途端にやる気を失せたような表情を浮かべる霊夢。チラリと切継のほうに視線を向け、途中の言葉をとぎらせる。

 それで? と霊夢が切り出し、

 

「その後はどうなったのよ?」

「それがね――」

 

 話が途中になっていたために重要なその後のことを尋ねる。

 すると霊華は困ったような笑みを浮かべ、

 

「気を失って、その後のことは全然覚えてないのよ」

「はあっ!? なんなのよそれ……」

 

 折角面白いところだったのにと頬を膨らませる。

 ごめんねと謝りを入れる。

 だが今も彼女が生きているということは、彼女が気を失っている間に何かがあったということだ。そのひとつに聖剣が彼女に何らかの干渉をしたということになるだろう。

 他の者たちから話は聞いていないのか。そう尋ねてみるが、霊華は首を横に振る。どうやら強烈な光が迸ったために誰もその時の事を見たものはいないと言う。

 もしかしたら閻魔なら知っているかもしれないと霊華は期待ゼロの様子で言った。

 その後はどうしたのかと、この刀についてはまだ話されていないので尋ねてみた。少し急かすような感じであったが、彼女は嫌な顔せずに頷き、口を開く。

 

「あの後私は正式に博麗の巫女を継いだわ。霊夢と同じくらいの時かしらね。それから当然異変解決や妖怪退治などは私が担当することになったわ」

 

 同い年となれば十歳そこらである。

 例え博麗の巫女を殺してはいけないというルールや妖怪以上の実力を秘めているとはいえ危険であっただろう。それは今代の霊華から時代の霊夢に引き継がれても同じことが言える。

 だが彼女の場合、隣にはいつも切継の父親が立っていたそうだ。

 もともと剣術も鍛えていたために彼自身が打つ刀と相まって十分妖怪退治には通用していた。それは彼女が少女から女性になっても変わらなかった。

 そして――

 

「それでね、彼からプロポーズされたのよ」

「「はっ?」」

 

 そう言う霊華はまるで恋する乙女だった。

嬉しそうにその時を思い出している。

表情を変えずとも唖然としている切継とまさか彼女にそんな一面があるとは思わなかったと同じく言葉を失っている霊夢。

 しかし切継には今は亡き母親もいる。霊華ではない別の人物が。

それはつまり彼女は彼のプロポーズを受け入れなかったということだ。嬉しそうな表情から一転、寂しそうな表情に変わる。

視線を床に落とし、力なく項垂れている。

 何故そうしたのか。聞くのは無粋だろう。彼女には彼女なりの考えがあったのだろうと思う。

 ひとりでも十分に戦えるようになり、切継の父も切継の母と結ばれ彼女とはともに戦う回数も減っていった。

 それでも愛した女性が心配だというのは当然だ。そこでこの白木の鞘に収められた短刀をお守り代わりに手渡したのだ。

 依頼をこなす時には必ず懐にお守り代わりにして持って行っていたと言う。

 これがあったからこそ負けることはなかった。彼女には見えずとも大きな支えがあったのだ。

 

「大切なものだけど、きっと今のあなたには必要だと思うわ。手放したくないのが本音だけど、霊夢のためもあるから」

「ちょっと、霊華。わたしはこいつの助けなんて必要――」

 

 跡継ぎ、時代の博麗の巫女としてしか見ていなかった霊華であるが、一緒に住んでいる間に彼女のことを妹、あるいは本当の娘のように思うようになっていた。もしかしたら自分を育て、鍛えてくれた前代の巫女も同じような感じだったのかもしれないと思う。

 人里から離れ、人とも妖怪とも必要以上に交わることを良しとされない博麗の巫女。それはひどく寂しいものだ。ただの防衛機能のような存在としてしか扱われないことは世界からすればすばらしいことであっても、人として、ひとりの女としての幸せすらも得られないのだ。

だからこそ思うのだ――後悔のない生き方をして欲しいと。巫女としては当然のこと、ひとりの人間として、女として。

 それをするには無事に儀式を終えなければいけない。霊夢は自分ひとりで十分だとまだ言っているが、霊華はそれでもと言う。目の前にいる少女が当時の自分とひどく重なって見えた。

 博麗の印がそう生易しいものではないことを彼女自身が体験している。それは能力に比例して肥大化するものだ。だからこそ今代の鍛冶師には正直無理難題を押し付けているものだった。それでもやって見せると決意し、今日ここにヒントを得るために来ている切継がいる。

 

「人に頼るにはひどく勇気がいるものよ。それでもあなたは一歩を踏み出した、そんなあなたになら託せるわ……その私と彼の絆と霊夢の未来を」

 

 父から愛する者へ、そして今残された息子へと「バトン」が手渡された。

 

後書き

 始めましての方は始めまして、第1話から読んでくださった方はありがとうございます。泉海斗です。

 突発的に生まれたネタから書き始めたこの作品ですが、楽しく執筆させていただいております。

 前回よりは聖剣完成までに必要な要素を出せたかと思っています。

 実際に聖剣の鍛錬法は親から子へと伝授されるように設定がありました。しかしその父親を切継自らの軽はずみな行動でそれを不可能にしてしまいました。

 そのために彼ひとりの鍛錬では到底聖剣を打つことはできない状態になります。しかし前回の話から回りに頼りことを諭され、動き出します。今まで意識的にしてこなかったことをするので相当の勇気が必要です。

 今回は霊華と切継の父のエピソードも混ぜてみました。彼らの関係は今の切継と霊夢の者と似通っているようにしました。かといってこの後同じような道を歩むかは未知数です。

 次回はひとつオリジナルの異変について書きたいと思っています。起こす人物は原作にも登場する人物です。

その話しにもひとつの聖剣完成のための要素やきっかけについて盛り込んで生きたいと思っています。

いよいよ話も中盤に差し掛かろうとしています。

まだまだ終わりは先ですが、完結を目指して頑張りたいと思います。

 次回も読んでくださる皆様に楽しんでいただけるような作品にするということをモットーに私自身も楽しく執筆して行きたいと思います。

 今後ともよろしくおねがいします!

 それでは!!


 
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