No.42749

風と麦藁帽子

イツミンさん

坂道と 風と 自転車と

あと 偶発的な思い出


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2008-11-21 18:59:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:578   閲覧ユーザー数:553

 

 自転車は坂を下っていく。

 

 その出来事はあっという間だ。

 登ってくるまで大変だった坂道を一瞬のうちに通り過ぎ、私は風を感じていた。

 

 目線の遥か下には、海に望む街並みが見える。

 

 この坂道が、私はとても好きだ。

「あ…」

 不意に、私は自転車を止めた。

 止まろうとした場所から少しだけ行き過ぎ、自転車は緩やかに制止する。

 

 気にかかったのはなんだろう?

 

 止まる寸前までは、何かを見つけて止まろうとしたはずなのに、止まった後でそれを見失ってしまった。

 

 何か大切なことだったような気もするし、全然大したことないような気もする。

「なんだろ…」

 

 なんだかよくわからない、一瞬だけ空白に包まれた気分。

 

 胸になんだかもやもやが残ったが、ペダルに足をかけ、私は再び坂を下り始める。

 ブレーキを軽く握って、緩やかな風を浴びながら、ゆっくりと坂を下る。

 と、突然の突風。

 山から海に吹き降ろす風。

 

 かごの中に入れてあった麦藁帽子が、それに煽られて舞い上がった。

 

「あっ」

 手を伸ばしたけど、もう遅かった。

 それは遠く、街の中へと落ちていく。

「あーあ…」

 だんだん小さくなっていく麦藁帽子を見限り、私は目線を海へと向けた。

 遥か向こう。

 水平線と空が交わる境界。

 湾内に戻ってくる船に見送られながら、雲がその向こうに消えていく。

 ふと思う。

 風は何処に行くのだろう……と。

 風は何処から生まれ、何処を目指していくのだろう……と。

 

 私は目を閉じた。

 

 木々のざわめく音。

 鳥の鳴く声。

 

 全てが染みるように、私の中に入っていく。

 もうすぐ7月も終わる。

 ゆっくりと目を開き、私は握っていたブレーキを離してスピードを上げた。

 

 空へ舞った麦藁帽子。

 

 風がそれを欲しがったのならあげよう。

 何処へ行くのか知らないけれど、長旅になるなら帽子の一つも必要だ。

 

 代わりを買えばそれでいい。

 

 そうだ、それなら旅に出よう。

 帽子を買うなら旅に出よう。

 旅には帽子が必要だから、帽子を買うなら旅に出よう。

 

 何かを探すたびに出よう。

 

 旅には帽子が必要だ。

 帽子には旅が必要だ。

 

 

 風よ、きっかけをありがとう。

 


 
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