No.423998

心の在処

日宮理李さん

次々回のイベント用に考えていたものの短編。杏子とさやかの出会いとそして。杏さやのようなもの。実は杏○○のようなそんな作品が脳内で。

2012-05-17 00:58:33 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:550   閲覧ユーザー数:550

 あいつをはじめて見たのは、この街を一望できるいわゆる展望台フロアから景色を眺めてる時だった。

確かたまにはこっちまで足をのばしてみるか、そんな簡単な理由だった。

――グリフシード集め。それが目的だったはずなのに、あたしが手にしたのは別のものだった。

あたしが失ったはずの温もり――、そいつをあいつはくれた。望んでもいなかったのに、あたしの世界を変えてくれた。

あたしがはじめて見たあいつの顔は、どこかいつも楽しそうで他人を思いやることができそうだった。だからこそ、気にかかったのかもしれない。

 それに――、どこかしら自分と似ている何かがあると感じたからか……。

 

いや違うか……あのとき見えた笑顔が――。

 

× × ×

 

ピンクのあいつは……、確かこないだ病院の中ですれ違って服を台無しにしてくれたやつか……? その隣の青髪ははじめて見るな。マミの近くにいるってことは魔法少女なのか……? 

制服姿の少女がマミを中心にして、笑いあっていた。数はマミを入れて三人。

その中で青髪の少女がなぜか気になった。ただの少女であるはずなのに、どこか笑顔の中に寂しさに似たものを隠している――そんな感じがした。

でも、

「いい顔しやがって……」

 何度見返してもどいつもこいつも笑顔。それが気に障る。でも、あたしは覗くのを止められなかった。

「……」

 展望台フロアに設置されている望遠鏡を操作しながら、あたしは三人組で歩いてる少女たちを自然に視線を送っていた。たぶん――、無意識に巴マミを追ってしまうんだと思う。――いや、違うか……青髪の方が気になる。こいつが魔法少女だったとしたら、どこかを間違える。そう直感的に予感のようなものをあたしに縛り付けた。だからなのかもしれない。あたしはマミの顔を見るよりもそいつの顔を凝視していた。

「マミか……」

 青髪からマミへと被写体を変えるとマミと戦っていた時のことが頭をよぎった。あの頃の記憶なんて、忘れたくても忘れられないし。仕方ないとしか言えない。――心と頭の不一致。そういうやつだ。勝手に思い出しやがる。それが記憶ってやつかもしれないけどさ。

「……はぁ」

まぁ、いいか。マミなんてどうでも。

 そう考えて、あたしは望遠鏡から顔を離して景色を見ることにした。

「……」

 あたしはここから眺める景色が好きだった。夜景も夕焼けもそれぞれ趣があって、それを見てるだけで心が満たされる気がした。それはあたしの住んでいた場所にはなかったもの。

 今は――壊れた教会。そこがあたしの家だった場所。かつて安らぎの憩いの場で貧しいながらも笑いが絶えずあったはずの場所。

それが今や天井すらない、人の気配すらない廃墟。

たまに餓鬼どもや薄汚いヤンキーが寄り付くそんな場所だった。そのたびにぶっとばしてやってるから、普通の人はあまり寄り付かない。お化けが出るだとか、化物に食い殺されるとかそんな噂が流れている時もあったからな。こいつらのせいで嫌な気分に散々されたが、噂で人が近寄らなくならって……あたしは――結局妥協してしまった。

「……」

 ここから眺める景色が好きなのはもしかすると小さい頃マミと一緒に戦っていたからかもしれない。まだ、魔法少女になって良かったと思える――時期。キュゥべぇによって、叶えられる奇跡の光……。希望ってやつがまだあるって純粋にただ信じていた頃。

「はぁ……」

 あたしを満たしてくれるものなんて、もうこの世界になくなってしまった。あたしには何もない。全てなくなってしまった。

 人によっては、天涯孤独っていうかもしれない。あたしの家族はあたしが魔法少女になったせいで死んだ。あたしが叶えた奇跡は、親父を助ける――たったそれだけの願いだったのに。

 ふと、何かに見られてる気配がして通路がある左を見つめると、

「なんだ……、キュゥべぇお前かよ」

 ここに存在する癒しの空間をぶち壊すようにキュゥべぇがいた。音もなく匂いもなく存在感すらないと感じるこいつは、左の通路の真ん中に座ってこちらを見ていた。はじめからそこに座っていたかのように――。

 無表情で何を考えているかわからず、助けを必要とする少女の前にしか現れない生き物。そして、どこにでも現れる謎の生物。いや……、生物っていうのも怪しいかもしれない。

感情がないのは生きてないのも同義にあたしには思えるから。

「キミがこの街にくるとはね。変わったこともあるもんだ」

 他人のことなんて気にかけることせず、こいつは堂々と入ってくる。プライバシーなんてあってもないようなもの。だからこそ、あたしはこいつがあんまり好きになれない。

 ――今のあたしがこうなった原因でもあるこいつが。でも、それを望んだのはあたし自身でその願いを叶えてくれたのはキュゥべぇ。

 奇跡は確かに叶った。親父を救った。ただ、あたしが絶望する結果が奇跡を上回った。――それだけだ。

「別にお前に答える必要はどこにもない」

 投げやりにそう答えるとあたしは100円を望遠鏡の投入口に追加で入れた。せめて、こいつを視界からはずすことによって嫌な気分を飛ばしたかった。

「キミはそういうけどね、ここには既に魔法少女が二人いるからね。キミが入る余地はどこにもないと思うけど」

 堂々とした声の調子でこいつはそう言う。

「ふーん」

キュゥべぇの声を聞いて、当たり前かと自分を罰したくなった。

こいつは、当然のように視界によって意識を阻害しても結局はこうして、声を聞くハメになる。例え耳で聞こなくたって、どうせ魔法を使って直接話しかけてくる。

だけど、今回は悪いことだけじゃなかった……良い情報が聞こえた。二人の魔法少女か、マミとおそらくあいつの近くにいたどちらかが新人の魔法少女なのだろう。マミの性格上近くに仲間を置きたがるはずだし。なら、余計にあいつらの動きを探ったほうがいい。それも出来るだけ一人でいるときか、マミがいないときだな。

――あいつと戦うのは得策じゃない。

「新人だろ? なら、ぶち殺してやればいい。そのあとでマミを倒してしまえばお仕舞いだよ」

 キュゥべぇを睨みつけながら、あたしは自答するかのように答えた。

 ――口では何でも言える。口で簡単に言えるほど、マミは弱くない。むしろその逆だ。あたしの癖までも理解しているし、魔法少女としての年季が違う。ガチで戦えば――、おそらく殺られるのこっちだろう。闇討ちしてもきっとあいつは隙を見せない。だけど……、仲間を殺れば反応が違うかもしれない。

「それに加えて、もう一人魔法少女がそういえばいるよ」

 三人目の魔法少女? マミの近くにいた二人共ってことか? いや、こいつがこういう風に言うのだから違うか。それに……、こいつがその正体を勿体ぶるってことは相当イレギュラーなやつなのか?

「気をつけたほうがいいよ。ここはキミが知っている街とはもう別の場所だってね」

 別の場所か。数年も経っていないはずなのに変わってしまうのか? 癒しの場所が、一瞬にして崩壊したのを目の当たりにしたあたしにとっては、もしかしすると永遠に近い時が経過しているって言ってもいいかもしれない。

「そうかよ、だからってあたしは変えるつもりはない。相手がやるってならやるだけさ」

 そいつが向かってくるなら潰して、通り道にいるならそいつを排除する。

――たったそれだけさ。

「そうかい。ボクは一応忠告したからね」

 キュゥべぇはそういうと霧のように消えた。

「……はぁ」

 気分が悪くなったあたしはそのまま、ガラスを蹴り破ると外へ飛び降りた。警報が後ろで鳴り続けるのを気にもせず。

 目の前に出現した魔女の結界へとただ真っ直ぐ――。

 

☓ ☓ ☓

 

 マミに気をつけたつもりがやっぱり甘かったのか、あたしは結局鉢合わせる形となった。

「佐倉さん、この街へ戻ってきたの? わたしの後輩に危害を加えようというの?」

 しかも魔女の使い魔で遊んでいる二人目の魔法少女を発見して、確実に仕留められる。まさにその瞬間に魔法の弾丸があたしの頬をかすめた。きっとわざと攻撃を外したのだろう。――脅しとして。

 戦闘途中から見えなくなったピンク髪……、おそらくマミの後ろに隠れているあいつが呼んできたのかもしれない。

「っ……!」

 マミにはもしかしたら――、何でもお見通しだったのかもしれない。あたしがこの街に来たことなんて、とっくの昔に気がついていてそれでもあたしを放置していてくれたのかもしれない。

 会ったとしても威嚇すれば、立ち去るだろう。そんな具合しか思っていないの……かもしれない。

「ちっ! 魔女の使い魔なんて襲おうとしていたからな。そんなのは無駄だから教えてやったんだよ。マミが教えてやらないことをさ! 魔法少女のご飯の作り方ってやつをさ!」

 だからこそ、嫌気がした。吐き気がした。未だにまだあたしは、マミにその程度にしか見てもらえていないってのが癇に障る。あたしはあん時のあたしじゃない! もうマミにだって遅れは取らない!

「そんなことないよ! 人を襲うやつは全て倒さなきゃアタシは正義の味方になんてなれない!」

 吹き飛ばしていた青髪が長剣を支えにして、吐息を激しくしながらそうぼやいていた。

――正義の味方か……。馬鹿が! 

ある意味で予想通りだったのかもしれない。あの時見えた寂しさ……、それを隠すつもりでの代償。こいつはそうじゃないのかってあたしは思う。

 何を願ったのかは知らねぇ。でも、寂しさがあるってことはさ……、自分の願いじゃない。他人への――祈りだ。

「そんな甘い考えで魔法少女になるんじゃねーよ。そんな甘い考えで足を踏み入むなよ。こっちはさ生きるためにやってるのにさ、トーシロがさ張り切ってんじゃないよ! 魔法少女はな遊び半分できるものじゃないんだよ」

 言葉を出すよりもあたしは槍を放っていた。あたしの念じるままに真っ直ぐ青髪のそいつへと伸び続ける。――ダメになる前に殺す。確実に

「佐倉さん!?」

 マミが驚きの声を発していた。攻撃させないための脅しだったんだから、当たり前か。今更マスケット銃を構え放ったとしても間に合わない。それよりもあたしがこいつを殺るのが断然はやい!

「あんたなんかに絶対負けない!」

 その声と同時に青髪は長剣を前へと向けはじめた。――遅い。そんな速度じゃあたしの槍を払うことなんて出来ない。あたしの槍はヒヨッコがいなせるほどヤワじゃない。ましてや回避してあたしに近づくことすら――、

「なっ!?」

 あたしの考えを否定するかのようにそいつは槍を受け止めていた。

「絶対認めない! アタシは認めない! アタシはマミさんの後輩だから!」

 ――進化しているのか?

 さっきまでと違って倍以上の威力と速さで殺すと手を進めたはずであるのに、あいつの得物である長剣の刀身がしっかりとあたしの槍を一点で衝撃を防いでいた。防げるはずないまでに肉体を傷めつけたはずだったのに。

「くっ!」

 こいつは――払うのでなく、槍のように突き刺す初動が速い動きであたしの攻撃を受け止めたってことか。

「こいつ!」

 力を込めてもそれはびくともしない。逆に槍のリーチが長くなった分こちらの力の伝導率が悪くなっているのか、逆に押し返してくる。視線を一瞬だけマミへと向けると、こちらへとマスケット銃を構え直すのが見えた。

 こっちばっかりに気を配ってたら殺られるか……!

「うざいんだよ!」

 だから、あたしは槍に分かれるよう念じる。槍本来の形が崩れ、多節に砕け分かれていく。そして、分かれた槍を力任せに振るうとそのまま左方向へなぎ払う攻撃へと変化させた。青髪にぶつかったという感触と共にその場を右足に力を入れて後ろへと跳ぶ。

 ――回避したとして、マミの狙撃はきっちりとあたしをとらえるだろうけども。

「くぁ!」

 攻撃を受けた青髪が叫び声を上げ、宙を舞っていた。そして、ビルの瓦礫へと突っ込んでいくのが見えた。

「わかってるよ、もう攻撃しない」

 着地すると足元に漂う白煙を見ながら、あたしはマミへと声をかける。的確な攻撃だった。着地の一瞬の隙の攻撃。その一瞬の中で、身体のどこかを狙われていたら、――負傷していたかもしれない。

「本当に? なら、そのままここからすぐ離れることね、さもなくば……」

 マスケット銃の照準があたしをとらえようとする。

「あぁ……」

 あたしは槍を消滅させると、先ほどまで以上に力を踏み入れて垂直に跳んだ。ビルの屋上まで到達すると、屋上から下を覗いた。未だに変わらずマミはこちらを狙っていた。

「っ……!」

 だから、あたしは逃げるようにしてその場を後にした。

――最悪。そう思いながら。

 

☓ ☓ ☓

 

 イレギュラーの存在だった暁美ほむらから連絡を受けて、あたしは外を必死になって走り続けていた。必死って言葉を忘れていたくらい、あたしは焦っていた。

――美樹さやか。青髪の魔法少女を捜すために。

「どこ行ったんだよ、さやか……!」

 あいつは結局予想通りだった。たった一人の恋した男の病を治すためにキュゥべぇと契約していた。

 あたしは忠告したはずだった。

あたしが巡った災厄を分からせたはずだった。

それなのにあいつは考えを止めなかった。むしろ、余計に意固地になって、魔女や使い魔を倒し始めていた。

ぼろぼろになっていくあいつは見ていられなくて、あたしは手を伸ばす。でも、その手が握ることはなく――。

「さやか……はやまんなよ……!」

 あいつの心の変化は気づいていたはずだった。あいつは酷くあたしに似ていて、それで不器用。

だから、あたしのようになる前に守ってやりたかった。壊れないように出来る方法を伝えたつもりだった。でも、あいつはあたしの話を聞かない。今もこうしてどこかで戦っているのかもしれない。

「ちっ……!」

 あいつが何を言おうとも、あたしにはあいつが震えているように見えるんだ。泣いているように見えるんだ。

 あいつが願った奇跡は、――上条恭介を救う。まるでどっかで見たような願いだった。思わず、笑ってしまうくらいの願いごとだった。

出したくないはずなのに涙が溢れる。誰のために流している涙かわからない――、そんな涙をさ。

 だからこそ、結末があたしには見えてしまっていた。それはあたしたちにはどうすることもできない魔法少女の宿命ってやつかもしれない。

 あいつは、――助けたかった男を助けて絶望する。あいつの願いごとを知った時、あたしはその考えが一瞬で浮かんだ。他人のために戦うのは魔法少女の生き様と一致しないってさ。

 まるっきりあたしと同じだった。救いが絶望となる。だから、教えたはずだった。自分のために使わなきゃ自分を殺すことになるってさ。

――わかっているんだろ、さやか?

 さやかは、噴水がある公園のベンチにどっしりとうつむきながら座っていた。

 ――嫌な予感がした。絶望した人間がすることと言えば一つしかない。

「何してんだ、さやか?」

 でも……そんなのはあたしが認めない。

「あんたも死ねばいいのに……」

 それは――死。

さやかの全身から冷たい感情がそのことを印象づけるように伝わってくるようだった。

「さやか……」

「近づくな!」

近づいていくあたしにさやかは鋭い眼光と罵声を浴びせる。そこにはまだこいつは生きてるという気持ちが見えた。だから、

「あたしは死なないから」

さやかを受け入れようと――両手を広げた。あたしはお前から逃げない、ずっと友だちでいてやるから――。

……それでいつものさやかに戻るならあたしの身体なんて安いもんさ。

「ねぇ、あんたにわかる? 信じてるものにさ裏切られるって気持ちがさ……」

 嫌な予感通りにさやかの手には、月の光が反射する銀色のナイフみたいなのが握られていた。それで自分を傷つけようとでもしたのか、恋敵でも殺そうと思ったか。あたしには“それは”わからなかった。

 でも、別の答えは知っていた。

「わかる」

 痛いくらいにわかる。だからこそ、あたしは一人になった。誰も信頼せず一人で歩いていこうと決意した。

「うあああああ」

 さやかがベンチから急に立ち上がると叫び声を上げ、あたしへと向かってきた。――右手のナイフがきらめく。

迫りくる脅威に恐怖を抱くよりも、人間らしく凶暴な狩人の目をしたさやかは……さっきまでの魂の入っていない人形のような目とは違って、人間だった。

魔法少女というものでなく、感情というものを持った人間だった。

「……っ!」

さやかは力を使って乱暴に掴みかかる。本当のところは、一杯の力というよりはか弱い女性以下といったぐらいかもしれない。

あたしが触れてしまえば壊れてしまう。そんな風に感じるほどに、震えて力などあたしには微塵に感じなかった。魔法少女であるはずなのに、ただの少女。だから、さやかの体重に導かれるよう床へと叩きつけられるように動いた。

「どうして……どうしてなのよ……!」

 倒れたあたしはちくりという痛みとともに、ナイフであたしの左腕を切リつけられたのを目にした。血が流れる感覚がする。

――あたしは我慢した。受け入れると決意したのだから。

「さやか?」

 決意とは違って二度目の攻撃は訪れなかった。その代わりに額へと落ちてきたのは涙。

それは冷たくさやかの心を鏡のように写しているようで……、あたしの不安感を強くする。

「アタシを見た仁美は逃げていった……。当然だよね、アタシ殺そうと思ったんだもの……。でも、出来なかった。出来なかった……」

「さやか……?」

 緊張の糸が切れたようにさやかはあたしの胸を叩きながら気を失ってた。

 

☓ ☓ ☓

 

 さやかをホテルまで運んだあたしは起きるのを待つことにした。あのまま、外に放っておくは考えなく連れ帰る形で――。世間的にも制服姿の少女が倒れていたら誘拐なんてことが起きるかもしれない。

 まぁ、こいつの場合はヘタをすれば殺してしまうかもしれない。

人間なんて、魔女のエサ。そう考えてるけど、殺人するのとは話が別だ。さやかにはそんな人間になってほしくないから、余計に連れてこないといけなかった。

「……ん」

目が覚めたさやかは一瞬だけ驚いた顔をすると、何かを探してるかのように服のポケットに頻りに手をつっこみ始める。

 そして制服のどこか……いや、ポケットにあたしがしまったサバイバルナイフを手にした。そしてこちらを見ると先ほどと同じように睨めつけ始めて、一歩ずつ近づいてきた。

「……杏子!」

その威力は確認済みだった。だからこそ、応急処置するはめになったのだから。左手の包帯はまだ血が止まっていないのか赤く染まり始めている。

「なっ……!?」

視線を逸らしたのがいけなかったのかあたしの胸をさやかは突き刺していた。

「っ……!」

 痛くなかった。いや、刺されれば痛さは感じてた。

だけど、あたしはそれを感じるように受け取ってた。さやかの心はあたし以上に痛いはず。だから――少しでも痛みが消えるようにと受け入れる。

魔法少女はそう簡単に刺されたくらいじゃ死ねないから――。

「うっ! うっ!」

 何度も何度もあたしを滅多刺ししてきた。その度に血が飛び出す。出血多量。一般的にそう呼ばれてるぐらいあたしからそれは流れ出る。

これの掃除どうしようかな……、そんなことをさやかにされるがまま考えてた。

 ――笑う、笑った。アタシはどんなに刺されても笑った。

「っあ!」

さやかの激しい息遣いが聞こえる。――あたしとは違う。こいつはまだやり直せるから。

 

☓ ☓ ☓

 

「ごめんなさい」

 ナイフを台所の方へと投げつけたさやかがそういった。刺し始めて何分たったのか覚えていないが、唐突にさやかはやめた。

「……気は晴れたのか?」

その声でさやかの顔が一瞬で歪み始め、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

その声が途切れるとわんわんと泣きはじめた。あたしに抱きつくようにして声を上げる。

自分がいけないし、仁美を刺すことなんて出来なかった。何も出来ず見ることしか出来なかったと。

あたしはさやかの頭を優しく撫でた。昔母さんがやってくれたみたいに、妹にしてあげたみたいに――。

そこからはさやかは何もしゃべらなかった。動かない人形へと変化した。

だからあたしの返り血で血だらけになったさやかの制服を脱がして、手を引っ張るとお風呂場へと招き入れた。

さやかは拒否することなくあたしの誘導に続く。それから、血と汗を流すためにシャワーを二人で浴びた。

――あたしの身体を刺したはずの傷口はいつの間にか消えていた。

「……」

反応が何もないさやかは浴びせられたと言ってもいいかもしれない。身体を拭いて、そのまま同じベッドで朝まで眠った。

そして朝、起きると『ありがとう』とだけ手紙を残してさやかは帰った。

 

☓ ☓ ☓

 

あいつはもう大丈夫。この街はマミたちに任せておけば大丈夫。そう感じ始めたあたしは元の場所へと戻ろうと決意した。同じ場所に何人も魔法少女がいるのもあれだしな。

確かにこの街は他の場所に比べて魔女の出現率、グリフシードの回収率が断然に違う。それをどうにかしていたマミの力も今思えば、あたしと比べて歴然としている。最初っから敵わなかった。

――友だちになれるかもしれないってやつは出来たけど、声をかけずにこの街を去ろう。

「……」

そうは思っていたもののこうして、あいつたちが通う通学路を凝視していた。大丈夫だと思うけど、確認のつもりでだ。まぁ、見れなきゃ見れないで構わない。そうも思っていた。

「なんだ、笑えてるんじゃん」

 数分待って、もういいかと考えがよぎり立ち上がった時、あいつの顔が見えた。いつもの三人の中であいつは笑っていた。一番最初に見た寂しさはもうそこにはない。

「ふーん」

 なら、あたしがもう絡む必要はない。あいつは本当に正義の味方にでもなれるかもしれない。なんたって、マミの後輩なんだから――。

あたしが出来なかったことができると思う。だから、あたしはそれを背に向けて前へ足を進ませた。あたしがいるべきところはここじゃ……ないしな――。

 もう会うこともないだろう。――寂しさ。それが胸の奥の方で生まれたのを無理やり殺す。

「行くか……、ん?」

 視線を感じ後ろを振り返ると、マミがこちらを見て笑っていた。……何だよ、気づいていたのかよ。

「……じゃぁな」

 あたしは聞こえるか聞こえないかつぶやくとその視線を無視して、また歩き始めた。

「杏子! アタシと一緒に戦ってよ!」

「っ……!」

 あいつの声で胸が締め付けられる。なんだよマミ。あたしがいるの教えちまったのか? それともあいつが自分で気がついたのか……?

 ――どっちでもよかった。気がついてしまったなら、仕方がない。

「さやか、もう大丈夫なのかよ」

 あたしは振り向くこともせず、そう風に言葉をのせた。

「うん」

「あっ……」

 いつのまにあいつはこんなにもあたしに接近していたのだろうか。いや――、接近には気がついていた。気がついていない振りをしていたんだ。

「さやか……?」

 あたしの服が先へ行かせまいと引っ張られる。きっと、あいつが掴んだんだろう。避けようと思えば避けれたってのに、あたしはそういう素振りすらしなかった。いや――出来なかった。

「へ、アタシを誰だと思っているのよ。さやかちゃんだよ!」

 あたしは結局振り返ってしまっていた。心を揺さぶってくれるさやかの声に反応して。

 振り返れば、頬を染めながらあたしを見つめるさやかがいた。

「そうかい」

 あの時、展望台から見た笑顔の少女が笑っていた。それは同時に空っぽだったあたしの心を満たしてくれた。

――ここにいていいんだよと包んでくれるように。

 そして、あたしはさやかの手を取ると一歩踏み出した。――やっと、ちゃんとつかめた手は暖かく安心できるものだった。

「えっ!?」

 この街に残るのはいいけど、まずはマミと……。さやかの手を取ったのは別に一人で行くのが怖いってわけじゃなくて、そうたまたま。あたしの側にずっといてくれると思ったから――。

 不安を感じているあたしなんかお構いなしに全てを許してくれるような笑顔でマミが微笑んでている。

「へへへ。ほら、いくぞ、さやか」

「ちょ、ちょっと手をなんで繋ぐのよ!」

 また、希望を描くのも悪くないかなって――。

 

――あたしはみつけてしまった。

 


 
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