No.423678

参道

花梨さん

参道を通じて描くなんでもない日常

2012-05-16 06:51:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:315   閲覧ユーザー数:315

ある晴れた涼しげな昼下がり。

 

左手には、草木多い茂る斜面。

 

右手には崖と、見下ろせば街の風景。

 

そして正面には木漏れ日に包まれた赤い鳥居と…沢山の『犬』。

 

いや、あれは『犬』と形容してよいものだろうか。

 

 

 

大きな体躯を包む、羊毛のような白い下毛と、ウェーブのかかった巻き毛。

 

この毛むくじゃらの『犬』を犬として分類するならば、

 

一番近しいのはハンガリー産の大型犬、コモンドールであろう。

 

ただ一つ、違いがあるとすれば、

 

それは、ヒトによっては、とても些細なことであるかもしれないが、

 

 

 

…『一ツ目』なのだ。

 

 

 

目が一つしかない『犬』という品種を未だ見たことのない私は、

 

やはり、あれを『犬』と呼んでいいものかどうかと思案する。

 

 

 

いや、思案していたい。していたいのだが。

 

 

 

私はこの『犬』の群れの先、鳥居の向こう側に用事があるのだ。

 

正直、こんなところで時間を費やしている暇など、ありはしない。

 

しかし、しかしだ。

 

 

 

「あの『一ツ目』をすんなり横切れるものだろうか?」

 

 

 

あれをコモンドールと仮定したとしても、

 

元々の人見知りの激しい性格に、筋骨隆々とした体躯。

 

どちらかと言えば愛玩よりも番犬とした風格を醸し出している。

 

吹けば飛ぶモヤシのような私では、

 

ひとたび襲われれば、抗う術はないだろう。

 

 

 

「お困りかな?」

 

 

 

私の右側から声がした。

 

真横を見れば『彼』は居た。

 

いったい『彼』は、いつからそこに立っていたのだろう。

 

 

 

背は私より頭2つ分ぐらい高く、おそらく190はあるだろう。

 

横幅は少なく見積もっても、華奢な私の2人分以上といったところか。

 

この先の神社に勤める神主さんであろうか。

 

しかし、それにしては風変わりな、というか、派手な姿をしている。

 

金色の着物には、炎のような赤い刺繍がほどこされ、

 

右手には…靴べら? いや流石に違うだろう。どこかで見たような物なのだが、名前がすぐには浮かばない。

 

頭には、今時珍しく冠をかぶっており、その中央には『王』の一文字が刻まれている。

 

そして、日の光加減であろうか、

 

『彼』の顔は、とてもとても、赤く見えるのだ。

 

 

 

『彼』は無造作に、大きな赤い左手を、私に差し出した。

 

向こう側に連れて行ってくれるのだろうか。

 

私は、その大きな赤い左手に、私の小さな白い右手を預けた。

 

 

 

「怖いかね?」

 

 

 

それは『彼』に対する問いなのか『犬』に対する問いなのか。

 

返答に困った私は、今感じたことを、素直に話すことにした。

 

 

 

「とても大きくて、硬くて、暖かかい手ですね」

 

 

 

そう言って目を細めて『彼』を見上げると、

 

『彼』は少しだけ、嬉しそうに見えたような気がした。

 

そして私達は、ゆっくりと、鳥居に向かって歩き始めた。


 
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