No.42095

ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」03

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の03

2008-11-17 03:12:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:539   閲覧ユーザー数:525

 エクトラ師からの呼び出しを受けて意気消沈していた二人に声をかける者がいた。

「エクトラ師の講義で私語ですか。自殺行為にもほどがあります」

 一人の少女が、伏せ目がちだったエディの顔を覗き込んで来た。

 魔法学園という場に似つかわしくないフリルを多用した多彩な服装は、黒の魔道衣が主流の学園内ではこれ見よがしに異彩を放っている。

「ローズ、そりゃ私も注意してたんだけどね。まさかあの程度で怒られるなんて思ってなくて」

「エディならともかくマリーナがその体たらくとは困ったものです。先生は多分『海峡』のことでピリピリしているんですよ」

「そっかー。クレノル先生がカレーに呼び出されたって、あ~、ミスった~」

 ローズと呼ばれた少女は、へなへなとへこたれるマリーナの肩に手をやって慰める。

 彼女、ローズ・マリーフィッシュとエディ達は同じ第二女子寮の顔なじみだ。幼い容姿とまるでパリ貴族のドレスような服装をしている為に、学園内でも目立つ存在だ。符術の魔法を使うローズは、護符などを作る付与魔術師を目指すマリーナと意気が合うのか、よく一緒にいることが多い。

 そんな女子の集まりに、気後れなく割り込んでくる男が一人。

「うっす。クレノルの奴がカレー海峡送りになったってマジ?」

「あ、バルガス。おはよ。今日も良く寝てたね」

 エディの挨拶に軽く手を挙げて応えた男は大あくびを一つ。眠そうというよりはむしろ気怠そうな顔をしていた。

 バルガス・ミリガルアはエディと同じく落ちこぼれに分類される生徒だった。とくに座学の成績は群を抜いて学内最下位をひた走るほど。それなのに講義の欠席なんて当たり前で、今日のようにたまに出てきても寝ている場合が多い。

 成績が悪いから講義をサボるのか、講義を受けないから成績が悪いのか。そんな卵と鶏のような論議はさておき、バルガスは学内で唯一エディが劣等感を生じない相手といえる。

「で、マジなのかよ?」

 背の高いバルガスが席に着いたままのエディ達を見下ろす形で返答を促した。

「私はそう聞いたけど? あくまで噂で、他の先生に聞いたとかじゃないから。それよりバルガス。先生を呼び捨てはまずいんじゃないの?」

「いいのいいの。俺様とクレノルは拳で殴り合った仲だっての」

 マリーナの指摘に、バルガスは軽口で流す。

「肉体強化魔術が専門のクレノル先生と肉弾戦する勇気。称賛します」

「おいおい、ローズも馬鹿言うなよな。魔法使ったクレノルに殴られたら死ぬだろ」

「それじゃあ、どういう状況なら、先生と殴り合いになんかなるの? バルガス何か悪いことでもした?」

 エディがそう聞いても、バルガスは、意味ありげな笑みを浮かべるだけだった。

「男って馬鹿なのよ」

 哀愁深く言うマリーナに、エディは気のない相づちしか返せなかった。

「くはははは。やっぱり、出来ない奴らってのは連みたがるんだなぁ、おい」

 講堂中に響き渡る声がした。

「ちっ、また嫌な奴が、どうして私たちに絡んでくるんだが……」

 小さく呟いたマリーナ。エディも同じ心境なのか、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「おい、エディ。お前無能な上に講義もまともに聴けねぇのかよ。これだから落ちこぼれって奴は救えねぇな。かはははは」

 その男の声に、講堂の空気はがらりと変わる。朝から長々と続いた魔術派生論の講義がやっとに終わったと、気の抜けた雰囲気だった生徒達の間に、含み笑いが広がる。そう、多くの者がエディ達に因縁を付けてきた男、トーラス・マレと同じ意見なのだ。

 にわかに騒ぎ立つ講堂。次の講義に向かう為、講堂を去ろうとしていた者もトーラスの大声に足を止めて、事の成り行きを見守っている。

 明らかにエディ達を落ちこぼれ集団と蔑みつるし上げるかのような空気がそこにはあった。

「まったくよ。お前等、いつもいつも鬱陶しいんだよ。序列にも絡ねぇ癖に、ちょろちょろしやがって」

 エディには反論したい思いはいくらでもあった。しかしどんな言葉を弄しても意見が通じる相手ではないことをエディは経験的に知っている。だからエディは、いつものように無視の無言を決め込んだ。

 その様子にトーラスの不機嫌は増す。

「けっ。なんだ、裏口入学のお偉いエディ・カプリコット様は俺たち下々の者とは口が利けないってか」

「誰が裏口入学よ!」

 さすがにそこまで言われれば無視も出来ないのか、エディが声を張り上げた。そんなエディの必死な態度を期待していたのだろう、トーラスの顔はにやついた。

 無視するつもりが、半ば無理矢理に振り返らされたエディは、いつも通りの派手な服装のトーラスを見た途端、口元を大きく歪ませて渋い顔をした。

 それはタロットの『魔術師』のカードに描かれてそうな異様な帽子と奇術衣。赤や黄の継ぎ接ぎが惜しげもなく存在を主張して眼に痛いほどである。それを羞恥も見せずにまとい、斜に構えた態度でトーラスはエディに近付いてきた。その足取りは妙に軽く楽しげにも見える。それではまるで本当に道化師のようだ。

 近くで見ると余計にその服装の奇抜さに嫌気が差す。特に黒を基調とする魔道衣を好む魔法学園の生徒の中では目立つ存在だ。たとえその服装が〈起源〉〈創世〉〈第四の存在〉など、魔術的意味がある霊装と知っていても、彼を前にすれば誰しも一歩引いてしまう。

 その姿が表すのは、トーラスが錬金術系統の魔法使いであるということ。ただ魔法学校に錬金術師を目指す者が数多おれども、そこまで気合いの入った服装をしているのはトーラス・マレただ一人である。無論、そんな霊装を着なければ錬金術師になれないわけでもなし。つまりはトーラスの趣味が悪いのだと、彼を知る者は噂している。


 
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