No.419177

窓帳(カーテン)越しの二人 -二次創作優雨ルート・4(1/2)-

くれはさん

「処女はお姉様に恋してる 2人のエルダー」の二次創作作品。本作品は、私の書いた二次創作優雨ルート、第四話の前半となります。  
PSP版発表前に書き始め、pixivにて2011年4月10日に最終話を投稿した、妄想と願いだけで書いた、PC版二次創作の優雨ルートです。最終話の投稿から1年が経過し、別の場所にも投稿し、そこでの評価を知りたい、と考えTINAMIへの投稿を致しました。拙く、未熟な部分ばかりの作品ですが、読んで頂ければと思います。

***

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2012-05-06 15:12:07 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:1039   閲覧ユーザー数:1032

 

『――それじゃ、これから帰るね。ちはや』

「ええ。……ああ、もう一度初音さんに代わりましょうか?」

『ううん。お姉さまとはさっきいっぱいお話したし、帰ってから話したいこともあるの。

 だから、今はないしょ』

 

――受話器から聞こえてくる優雨の声に、心の中で少しだけ温かさのようなものを感じながら。

僕は、優雨に言葉を返す。

 

「判ったわ。……それでは、気をつけて帰ってらっしゃい、優雨」

『うん』

 

聞こえてくる声は、普段と同じゆっくりとした話し方で。

……けれど、何処となく弾んでいるように感じられて。

 

 

 

優雨が電話を切ったことを確認してから、受話器を置き。

そして食堂に戻り、先ほどまで座っていた席に着く。

 

「優雨ちゃんとのお話、終わりました?」

「ええ。優雨も元気そうで、何よりです」

「ですねっ。ああ、早く優雨ちゃんに会いたいなぁ……」

「……もう。優雨が帰省してから、ほんの数日しか過ぎていませんよ?」

 

テーブルで僕の向かいの位置に座っている初音さんと、そんな話を交わす。

そういえばそうですね、と初音さんは少し照れたようにしながら笑って、僕もそれに返すように笑顔を作る。

 

「……優雨ちゃんの話で二人して盛り上がれるところといい、本当に親馬鹿みたいね。初音も、千早も」

 

そして、このテーブルに着いているのは……僕と初音さん以外に、もう一人。

僕の横に座っていた香織理さんに、そんなことを言われてしまった。……微妙に否定できない気がする。

 

「まあ、それは兎も角。もう少しすれば、寮の全員が揃う事になりますね」

「そうですね……陽向ちゃんも、もうすぐ帰りますと言っていましたし」

 

優雨からの電話の少し前、陽向ちゃんからも連絡があり。

明日には帰ります――と、そう言っていた。

 

薫子さんは部屋で休んでいて、史は僕達の帰省に使った荷物の整理をしている。

後はここに優雨と陽向ちゃんが戻ってくれば……と、そう思ったところで。

 

「なんだか、春休みの頃を思い出しますね」

「……春休み、ですか?」

 

初音さんの口から、そんな言葉が飛び出す。

春休みといえば……その頃は、僕はまだ此処に来たばかりの筈だけど。何か、あっただろうか?

 

「香織理ちゃんに薫子ちゃん、それに私……皆でのんびりとしながら、

 どんな子が来るのかな、って。そんな風に思いながら、新しく来る人達を待っていたんですよ。

 今は、ここに薫子ちゃんじゃなくて千早ちゃんが座ってますけど……その時と、少しだけ似てるかなって」

 

ああ、成程……そういう事か。それなら、後から来た僕は知らなくても仕方が無い。

 

「あの時は、私もこんなに綺麗な子がくるとは思っていなかったけれど。……ね、千早?」

 

香織理さんが僕に向けて、何やら意味ありげに目配せをしてくる。

……女装した男が入ってくるなんて思わなかった、という意味だろうか?

もしそういう意味なら、それは確かにそうだろうけど……とりあえず、少しだけ意地悪に返してみる。

 

「ええ。私も、転入した先でこんな優しくて綺麗な方と生活する事になるとは思いませんでした」

「あら、そう言って貰えるのは嬉しいわね」

 

……さらりと流されてしまった。やっぱり、一筋縄では行かないか。

流石に今のは装飾過多な返しだった気がするけど。

 

 

 

 

「――千早が来てから、食事のメニューが少し変わった気がするわね」

「そうですね……味付けとかお料理とか、種類が多くなった気がします」

「寮母さんと料理の事で話す、なんて人……見ないもの、ね?」

 

それから後、少しだけ。

僕と史、優雨、それに陽向ちゃんが来てから何があったかとか、そんな事を話して。

 

 

 

 

「……それでは」

 

もう良い時間になったかなと、頃合を見て。

予め初音さん達と話して決めていた事をする為、僕はゆっくりと椅子から立ち上がる。

寮母さんとも話をして、前と同じように協力して貰える事になっている。

 

「優雨を迎える準備をしましょうか。……帰ってきた優雨が、夏より驚いてしまう位の、ね?」

「はいっ」

 

……夏の時とは違って、今度は何もない。

御祝いという訳ではなく、何事もなく戻ってくる優雨を普通に迎える為の準備でしかない。

でも、これぐらいはしてもいい、と思う。

 

優雨の後に帰ってくる陽向ちゃんには、また別に帰って来る時に合わせて何かを作ろう。

夏休みの時の計画には陽向ちゃんも参加していたし、今度は陽向ちゃん用の準備もして驚かせたい。

その時は、優雨も手伝ってくれるだろうか……なんて。そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいま」

 

 

 

************

 

 

窓帳(カーテン)越しの二人

 

 

************

 

 

 

 

――息を吸う度肺に送り込まれる空気は、12月よりも更に冷たく。

吐き出された空気の塊は、幾分か白さの度合いを増したように見える。

そんな風に感じるのは、間に学院にいない時間を挟んだからだろうか。

……並木道を歩く間、少しだけそんな事を考えながら。

冬休みを終え、学院に戻ってきた生徒達と同じ様に、学院に向かって歩いていく。

 

……間に休みを挟んでも、生徒達の様子はそれほど変わりはない。

何時もと同じ様に挨拶を交わし、会話を交わす。

 

……ただ、少しだけ違っていたのは。

最上級生から、進路に関する話題が前よりも多く聞こえるようになった事だろうか。

 

 

 

 

 

 

「――お姉さまの手料理……ですか。私、優雨さんと陽向さんが少々羨ましいですわ」

「あら。そんなに物欲しそうな目で見られては困ってしまうわ、雅楽乃?」

 

――午前の授業を終えての、昼休み。

冬休みが明けてすぐの授業の日である今日も、学食は普段と同じ様に生徒達で賑わっていた。

 

……そんな中、他の生徒たちと同じ様に学食の席に着く僕達――

僕と陽向ちゃん、僕の隣に座る優雨、それに僕の向かいに座る雅楽乃と雪ちゃんの2人、

合わせて5人――の話題になっていたのは。

戻ってきた優雨と陽向ちゃんへの出迎えの料理の事という、何とも奇妙なものだった。

 

気付けば9月頃から、この面々で昼食をする事が多くなってきた。

学年はばらばらだし、かといって全員が何かの共通項を持っているという訳でもない。

あの小物の紛失事件の後からこうなり始めた気もするけど……どうだったろうか。

 

そんな風に頭の隅で考えながら、こんな話題になるのは少し予想外だった……とも思いつつ。

取り敢えずは、雅楽乃の視線に対しての言葉を返す。

 

「それに、雅楽乃の期待に応えられる程の腕前なのか判らないもの。あまり期待されても、ね?」

「……寮母さんがどんな方かは判りませんけど、その方と料理について話が出来るっていうだけで

 私としてはもうかなりの腕前、って認識になるんですけど」

 

僕のその言葉に、雪ちゃんがやや呆れたような目をしながら言う。

……確かに、それは変だろうとは思うけど。とはいっても、

今回優雨と陽向ちゃんの為に作ったのはデザートも含めて1、2品程度なんだけどな……。

僕達は少し厨房を借りて作っただけで、大部分の料理は何時も通り寮母さんの手による物だし。

 

 

……と、そこで僕が返答を向けた本来の相手である雅楽乃が僅かに微笑んで。

優雨と陽向ちゃん、それから僕――と、順に顔を見回していき。

 

「お姉さま。お姉さまがその腕前をどんなに謙遜されても、

 料理の価値というのはそれを振舞われた者の主観によって決まるのです。

 ……私は、優雨さんと陽向さんが話す時の表情こそ、その証拠足り得ると思うのですが」

「うん。ちはやの作るお料理、どれもすごくおいしい」

「……それを言われてしまっては、どうする事も出来ないわね」

 

褒められるのは、嬉しい。それは優雨や陽向ちゃんに美味しいと言って貰っているのと同じ事だから。

けれど、内輪の話の様なものを外でしているというのは、何だか照れる気もする。

……そんな僕の微妙な気持ちを判っているのか、雪ちゃんも何とも言えない表情をしていたりするけど。

 

「それにしても、お話を聞く限りでは本当に羨ましくて仕方ありません。お姉さまがお作りになる物、

 という事も勿論ありますけれども、お話だけでも是非賞味してみたいと思える物ですのに……」

「だよね……」

 

 

 

それからも、昼食が終わるまで僕の手料理の話は尽きず。

(……というか、それだけ僕が作ったという事でもあるのだけど)夏休みの終わりや体育祭の時の事、

僕の手伝いをしながら見ていた事など、優雨と陽向ちゃんはずっと話をしていた。

 

 

***

***

 

 

――その日の夜。

 

 

「いやー、やっぱり千早お姉さまのデザートがあると、寮に帰ってきた!って感じがしますよね」

「陽向ちゃんの寮生活って、どういうのなのかな……でも、本当に美味しかったですよ。千早ちゃん」

「そう言って頂けて、有難く思います」

 

食堂のテーブルの上には、人数分の空の皿。

空いたティーカップを見つけてはそこに回り、史がお茶を淹れている。

 

……食後の、のんびりとした時間。

帰省する前まで、色々と気を張ってばかりだったし……こうして寮の皆が揃っている状態では、

かなり久しぶりかもしれない。冬休みも、御門の家絡みの新年の挨拶とかで忙しかったし。

去年までは生活の中心は御門の家にあったのに――今は、この寮が中心だと感じる。

 

「それにしても、本当に千早の作るのって美味しいよね。

 あたしも努力すれば、あれぐらい出来るようになるのかな……」

「……欲では心根は直らないのよ、薫子?」

 

香織理さんがそう言うと、薫子さんは少し膨れたようになって、

 

「何さそれ、どういう意味?」

「薫子が幾ら美味しいお菓子を食べたいと思って技術を習得しても、駄目になりそうと言っているのよ。

 美味しいお菓子を食べたいから、自分で作れるようになればいい。その決意自体は立派だと思うけれど

 ……薫子は、面倒臭がりじゃない。お菓子を作る事を面倒だと思ってしまわないのかしらね?」

「…………うぐ」

 

……香織理さんの言っている事は、まあ間違っていないとは言えない。

結局、そのお菓子を作るのは自分なのだから。それ自体を面倒臭がってしまっては元も子もない。

 

「お菓子好きのジレンマですか……ありますよねえ、そういうの」

「他人の為に料理を作れる人間が、結局そういうのに一番向いているのよね。

 そういう意味で言えば、自分の欲の為と先ず考える薫子はかなり不向きね」

「う……うぅ……」

 

……あ、テーブルに突っ伏した。

 

「どうせ……どうせあたしは自分の事ばっかりですよーだ。千早みたいな完璧超人になんてなれないもん」

「……あの、どうしてそこで私が出てくるのでしょうか」

 

 

 

 

――と。

 

「でも、そういうの……いいな。わたし、出来るならがんばってみたい」

 

先刻まで史と話していた優雨が、言う。

 

「……お、優雨ちゃんはお菓子作りに興味深々ですか?

 お菓子を作れるっていうのはやっぱり女の子の憧れですよね」

「うん。ちょっとやってみたい、かも」

 

優雨の言葉に、陽向ちゃんが乗る。

 

「ですってよ、食べる専門の薫子」

「う……うぅぅぅぅぅぅ」

 

その横で、香織理さんが薫子さんに追い討ちを掛けていた。

……嫌な姉妹連携だなあ。

 

「……あ、だったら千早ちゃんに教えてもらいましょうよ!千早ちゃん、すごい腕前ですし。

 先生役にきっとぴったりですよ」

「初音さん……私は、人に物を教えられる程の腕前ではないと思うのですけれども」

 

優雨と陽向ちゃんの会話を聞いて、初音さんが少し考え込んでいたかと思えば。

唐突に、そんな事を言い出した。……僕はそんな、持ち上げられるほどじゃないと思うんだけどな。

……内心、そんな風に思っていたら。

さっきまで香織理さんに弄られていた薫子さんから、きつい視線を向けられた。……いやいやいや。

 

「いいえっ、千早ちゃんは先生役として充分です。寮母さんにお話して、どうなのか後で聞いてみますね」

 

初音さんの有無を言わさぬ進行に。優雨と陽向ちゃん、自棄気味の薫子さん、それに史が応え――

 

 

 

 

……済し崩し的に、僕が教師役のお菓子作り教室が決まってしまった。

 

 

******

******

 

 

……そして、数日後の土曜日。

寮母さんに許可を貰い、外へ出て多めに材料を買ってきて。

 

「……あー、粉篩って何か身体がむずむずするよ。こういう細かいの、やっぱりあたしに合わない」

「次は……こう?……あ、陽向すごい」

「少しはやった事ありますからね……っと!史さま、次はこっちですよね?」

「はい。……手馴れた方がいらっしゃると、非常に助かります」

「史ちゃん、さっきからあたし達の手伝いしかしてないような……」

 

優雨、陽向ちゃん、薫子さん。それに皆の手伝いをする史に、僕と。

厨房に結構な人数が集まり、教室が開催されているのだった。

 

……あの時史も応えていたのは、こうして僕の手伝いをする為、だったらしい。

ある程度こなせる史も反応してたのは不思議だったけど……そういう訳か。

 

それにしても……この中だと陽向ちゃんの動きは結構際立っている。結構、そういう事を

やっていたのかもしれない。体育祭の時の罰の

アレも、陽向ちゃんのはかなり出来が良かったし。

優雨は多少、ぎこちなさが見えるけれど……それでも充分だと思う。薫子さんは……。

 

「あー!」

 

……本人には悪いかもしれないけれど、努力賞という事で。

当然言える訳はないので、その評価は僕の心の内に仕舞って置く。

 

 

 

そして、ここにいない二人――初音さんと香織理さんはといえば。

 

「……まだかなぁ」

「心待ちにしすぎではないかしら、初音」

 

評価役として、出来上がるのを食堂で待っていたりするのだった。

 

 

 

***

***

 

 

……部屋の窓から、外を見る。

そこから見える空の色は、もう青くなっていた。

 

 

……今日の、お菓子教室で。

ちはやの手に触ったとき、すごくどきどきした。

 

――とくん。

 

ちはやの手が、温かかった。

ちはやが隣で教えてくれてるとき、胸が落ち着かなくなった。

 

――とくん。とくん。

 

 

 

……このどきどきするの、なんだろう。

クリスマスに、ちはやに手を伸ばしてもらったときから……ずっと、続いてる。

 

 

 

温かくて、優しい気持ちの。……どきどきが、ずっと。

 

 

 

******

******

 

 

――1月の折り返しも近い、ある日の夜。

 

「ハッピーエンドで良かったですよねー、これでこそ見続けた甲斐が有るってもんですよ」

「最終回まで派手なアクション多めで良かったよね」

「あらあら、何時の間にか薫子の見る所は俳優じゃなくてアクションになっていたのね?

 まるでヒーローものを見る男の子みたい」

「……うぐ」

 

僕達は揃って、食堂でテレビの番組を見ていた。

テレビに映っている内容は、12月に流れていた夜のドラマの続き。

それが、今日の放送で最終回を迎える。

 

見始めた時は、陽向ちゃんと薫子さん、優雨、初音さん、史、僕……という面々で見ていて、

香織理さんは居なかった訳、なのだけれど……。

 

――一人だけ仲間外れというのは、寂しいじゃない?

 

そう云って、何時の間にか香織理さんも視聴の輪の中に混じっていた。

……多分、それは冗談なのだろうとは思うけど。

 

 

 

 

……時報と共に次の番組へと切り替わって、しばらくして。

ドラマの感想を粗方語り終え、先程まで々テーブルについていた皆はそれぞれ部屋へと戻っていく。

初音さんはまだ僕の向かいに座っているけれど、小さく欠伸をしながら眠そうにしている。

 

このままもう少しだけ食堂に居ようか、それとも部屋に戻ろうか――そう考えたところで。

 

「ちはや」

 

部屋に戻らず、食堂に残っていた優雨に声を掛けられる。

……何時の間にか、優雨が僕の隣の席に移動していた。

 

……何だろう?こんな時間に、話したい事が何かあるんだろうか。

初音さんがこうだと、優雨もそろそろ眠い時間じゃないかな……とも思うけれど。

 

「どうしたの、優雨?」

「うん。あのね――」

 

 

******

******

 

「いってきます」

「はい、いってらっしゃいっ」

「ええ。気をつけてね、優雨」

 

……数日経って、週末。

僕と初音さんは玄関で、出掛けて行く優雨を見送っていた。

 

 

――お友達といっしょにお出かけする時に、こっそり驚かせたいの。

   なにかいいことないかな……?

 

 

食堂で話しかけてきた優雨は、僕にそう言った。

なんでも、優雨が降誕祭の日の時に話していた事――友達と出掛けるという約束が、今週末あるらしく。

誘ってくれたお礼に、友達にも自分の出来る何かをしてあげたい……という事らしい。

最初は初音さんにも相談しようと思っていたけど、起こすのも悪いから、僕だけに……と言っていた。

 

……とはいっても。相手の為に出来る事として、何をどうすればいいのか。

優雨と話している内、僕が考えたのは……お茶やお菓子の美味しい店の紹介、というものだった。

 

学院の近辺には、喫茶店やケーキ屋など……学院の生徒の需要を狙ったのか、そういう店は結構多い。

その中で、優雨たちが行く辺りの店で良さそうな所を予め選んでおき、優雨が誘う。

優雨はあまり地理には詳しくないから、そこは僕が知っている所から探して……と、思っていたのだけど。

 

「千早ちゃんと優雨ちゃんが、なんだか仲良くお話してます……私も混ぜてくださぁい……」

 

……と、眠りかけていた初音さんもテーブルの向こうから身を乗り出してきて。

取り敢えずは眠気覚ましのお茶を淹れて、初音さんの目を覚ましてから。

僕と初音さん、優雨の3人でどうするかを話し合っていた。

 

 

 

……そして、今日。その約束の当日になり。

 

「……上手く行くと良いですね、優雨ちゃん」

「大丈夫ですよ、初音さん。……その為に、私達はどうするかを話し合ったのでしょう?」

 

玄関から食堂へと戻り、出掛けて行った優雨の事を2人で話している……という状態になっている。

 

……初音さんの心配も分からなくはないけれど。

でも、ここからは優雨が自分でする事だ。僕達は優雨の願いを叶える為、出来る限りの事をしたのだから。

どの店に誘うのが良いか話し合った、と言ってしまうと色々台無しな気もするけれど……。

 

…………ん?

ふと気付く。初音さんの心配も分からなくはないって……それはつまり。

僕も優雨に相当入れ込んでるって事じゃない……か?

 

……香織理さんの言っていた事を、笑えなくなっているかもしれない。

 

 

 

 

……夕方になり、優雨が帰ってきて。

 

「すごく喜んでくれて、うれしかった。ありがと、ちはや、お姉さま」

 

優雨は、笑顔で僕達にそう言った。

良かった、と……そう思う。

 

 

***

***

 

 

「優雨ちゃん、上手くいったみたいで良かったですね」

「ええ。心配なんて、大体は杞憂に終わってしまうものです。……ね、初音さん?」

「……う。お昼の事をいつまでも引っ張るのはダメです」

 

――夜、食事を終えた後。

僕の部屋を訪れた初音さんと、今日の優雨の事について話していた。

最初の話題は別の事だった筈なのだけれど、何時の間にか優雨の話になってしまうのは……

やっぱり、香織理さんを否定できない、という事なのかもしれない。

 

「申し訳ありません、初音さん。……何はともあれ、上手くいって良かった、

 とは私も思っている事です。私も、杞憂が過ぎるのかもしれませんね」

「もうっ。それなのに揶揄うなんて、千早ちゃんは酷いです……」

「でも、優雨の為に何かしたいと思っているのは初音さんと同じですから。そこは容赦して頂けると

 ……尤も、後どれだけの事ができるかは判りませんけれど。……」

 

……それを言う事を、少しだけ躊躇ってから。

他の話題と同じ程度に流せるように、可能な限り明るく言う。

 

「……私達は、もうすぐ卒業してしまいますから。

 優雨の為に出来る限りの事をしたいと、そう思っているのです」

 

僕ののその言葉に……予想していた通り、初音さんは一瞬答えに詰まった。

けれどその後、僕の意図を察してくれたのか、明るい口調で。

 

「……そうですね。私も、出来る限りの事を頑張りましょう。

 あ、千早ちゃんは一人だけ外部進学なんですから。千早ちゃんとも出来る事、沢山しなきゃですよね」

「もう、そんな事ではどちらも疎かになってしまいますよ?

 出来れば、どちらか一方に集中したほうが良いと思うのですけど」

「駄目、ですよ。……って、そう言っても私が聞かないの、千早ちゃんも判ってるじゃないですか」

「ええ。……気分を悪くされてしまったのでしたら、申し訳ありません」

「……もう」

 

 

***

***

 

 

……今日あったことを、もっとちゃんと話したかった。

もっと、ちはやとお姉さまにありがとうって言いたかった。

 

だけど、ちはやもお姉さまも食堂にいなくて。

お姉さまのお部屋にもいなかったから、まずはちはやから話してみようって。そう思って。

 

 

 

――とくん。

 

 

ちはやは、わたしの話を聞いてどう思うのかな。

喜んで、くれるのかな。

 

 

――とくん。

 

 

そう考えると、なんだかすごくどきどきする。……なんでだろう。

 

 

 

 

 

……そうして、ちはやのお部屋の前に来て。

ノックをしようとして――

 

 

 

「……私達は、もうすぐ卒業してしまいますから。

 優雨の為に出来る限りの事をしたいと、そう思っているのです」

 

 

 

…………わたしは、それを聞いた。

 

 

 

 

 

 

……卒業、する。

 

 

……お姉さまも、ちはやも。かおるこも、かおりも。

みんな、いなくなる。

 

 

――とくん。とくん。

 

 

お姉さまが、いなくなる。ちはやも。

 

 

――とくん。とくん。

 

 

……………………ちはや、も。

 

 

――とくん。とくん。

 

 

…………どうして、だろう。

お姉さまがいなくなるのが、すごく悲しいのに。胸が痛くて、つらくて。

まだ、ずっと一緒にいたいって思ってるのに。……なのに。

 

 

――とくん。とくん。とくん。とくん。

 

 

……ちはやの事を考えると、もっと痛い。

 

 

――とくん。とくん。とくん。とくん。

 

 

……胸が。

 

 

離れたくない。ずっと一緒がいい。卒業なんて、してほしくない。

 

 

……胸が、痛いよ。

 

 

もっと。もっと、一緒にいてほしいのに。話したいのに。笑ってほしいのに。

 

 

「…………ちはや」

 

 

……好きなのは、ちはやもお姉さまも、同じなのに。

ちはやの事を考えると、もっと痛い。

 

 

 

 

 

……結局、ノックはできなくて。わたしはそのまま自分の部屋にもどった。

 

胸は、ずっと痛かった。

 

******

******

 

 

……翌日の、日曜日。

偶には、外でお昼でもどうか、という事になって。寮の皆で外出していたのだけど……

その日は、何だか優雨の様子がいつもと少し違っていたように感じた。

 

 

……何度か視線を感じて振り返ると、その度優雨と目があったり。

触れる程の距離まではいかないけれど、優雨が僕にくっ付いてきたり。

皆の意見を聞いている時も、優雨だけ少し反応が遅かったり。

 

 

 

 

 

「…………」

 

……そんな優雨の様子を、僕と薫子さん、初音さんは良く判らない、といった感じで受け止め。

史はただ何も言わず、陽向ちゃんは少しだけ戸惑っているような感じで。

そして、香織理さんは優雨の姿をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

……そして、それから数日が過ぎても。

優雨の様子は、あまり変わる事はなかった。

 

 

******

******

 

 

 

……優雨ちゃんの様子が、変だ。

そう言い切ってしまうと身も蓋もない、と言われてしまうかもしれないけど……とにかく、何だか変。

どう変なのかは、上手く表現できないんだけど……ただ、妙に千早の事を気にしてるような。

変だって感じ始めたのは、数日前……皆でお昼を外に食べに行ってから、だと思う。

 

……で、それが最近凄く気になってたんだけど。

 

 

 

 

 

「――それで、話ってなに?香織理さん」

 

……夕食の後。

あたしと史ちゃんは、香織理さんの部屋に来ていた。

さっき香織理さんに呼ばれてから、そのまま部屋へ着いて行く……という感じではあったけど。

 

――少し話したい事があるのだけど、いいかしら。

 

香織理さんに『話したい事がある』なんて言われた事は、ほとんどない。

それなのに突然こんな事を言い出したから、あたしは少し驚いていた。

 

……じゃあ、そんな『香織理さんの話』って何だろうか。

それが気になって、あたしは部屋に入ってすぐ香織理さんにそれを聞いてみた。

それを早く聞きたいと気が急いているのも、もしかしたら少しはあったかもしれない。

 

「ムードが無いわよ、薫子。少しは落ち着きなさい」

 

そう言いながら、香織理さんは3人分のハーブティーを用意している。

いや、そう言われても……さあ。あたしにどうしろと。

 

ちらりと隣を見ると、史ちゃんは静かに座っている。

……何だろう、少しだけいつもと違う感じがするけど。

あたしと同じように香織理さんが気になってる……訳ではなさそうだけど。

 

「待たせたわね。……それじゃあ、話を始めましょうか」

 

ティーカップをあたし達に渡して、香織理さんもベッドに座る。

そして、香織理さんが話し始めようそうとしたところで……。

 

 

 

「……香織理お姉さま。お話というのは、優雨さんの事でしょうか」

 

史ちゃんの口から、そんな言葉が飛び出した。

 

 

 

 

……え、優雨ちゃん?何で香織理さんが、優雨ちゃんの話をするんだろう?

確かに優雨ちゃんは、見ていてなんだか元気がなかった気もするけど……

その事について、あたし達で話をするって言うのもよく判らない。

だってそういう話なら、千早か初音も混ざっているべきだ。この場に居ないのはおかしい。

 

「……史ちゃんは、判っているようね。まあ、当然といえば当然かしらね」

「千早さまへ向けられる視線を、史はずっと見て参りましたので」

 

香織理さんの言葉にそう答えてから、史ちゃんは躊躇うように一拍を置いて。

 

「……やはり、そういう事なのですね。優雨さんは――」

「私のは、只の推測よ。……でも、史ちゃんがそう見えるのであれば、恐らくそれは正しいのでしょうね」

 

香織理さんがそう言った後、史ちゃんは答えない。

香織理さんもそれ以上話す事はなく、そのまま二人とも黙ってしまった。

……いや、あの。

 

「あの……香織理さんと史ちゃんが何を話してるのか、あたし全然付いて行けてないんだけど」

 

二人だけで話が通じてても、あたしは一体どうすればいいのよ……。

そんな風に内心思いながら言うと、香織理さんはやれやれ、と言いたげな顔をしてあたしを見る。

 

「そういう鈍い所も可愛いわよ、薫子」

「……ぜんっぜん褒められてる気がしないんだけど」

 

……何だかすごい酷い事を言われてしまった気がする。

 

「まあ、薫子も話に参加してもらっている以上、話が進まないのは問題だし……判る様に話しましょうか。

 ……今ここに居る三人の共通点は、何か。判るかしら、薫子?」

 

……へ?

あたしと、香織理さんと、史ちゃんの共通点?

 

………………あ、千早の正体を知ってる三人、ってことか。

いけないいけない、最近素で忘れそうになってるよ……千早が男だってこと。

見た目が可愛過ぎるし、物腰もああだし……

あたし達と話をする時「僕」って言ってるのも、もうあんまり違和感なくなっちゃってるし。

 

「えっと、千早の事……だよね?」

「結構時間が掛かったようにも思うけど、まあ良いとしましょう……その通りよ、薫子」

「……で、それが優雨ちゃんがいつもと様子が違うのと、どう関係あるの?

 確かに、なんだか千早をじっと見てた気がするけど……千早が何かした訳もないし」

 

あたしがそう言うと。全く、気付きはするのに鈍感なんだから――と言ったあと、

香織理さんは少し呆れたような顔をして黙ってしまった。

 

「……あ。もしかして優雨ちゃん、何か悩んでたりするのかな。

 だったら、あたし達だけじゃなくて初音や千早も呼んだ方が――」

「呼べる訳が無いでしょう。……全く、何の為のこの三人で話をしていると思ってるのよ。

 もう良いわ、端的に言ってしまうと――」

 

そうして、香織理さんは改めてあたしの目を真っ直ぐに見て。そのすぐ後に、

香織理さんの口から飛び出したのは――あたしの理解の追い付かない、想定もしていない言葉だった。

 

 

 

 

「――優雨ちゃんが、千早の事を好きになってしまったのかもしれない、という事よ」

 

 

 

 

……え。

 

………………え?

 

 

 

優雨ちゃんが、千早の事を、好き?

 

 

 

真面目な顔であたしを見続ける香織理さんから目を離し、史ちゃんの方を見る。

あたしと香織理さんのやり取りを見ていた史ちゃんとそのまま目が合い――史ちゃんが、少しだけ目を伏せた。

 

 

……つまり、香織理さんの冗談じゃ、ない?…………………えええええええええ!?

 

 

「……あら、固まったわね。暫くすれば戻って来るかしら」

 

 

 

 

「……ごめん、やっと落ち着いた。」

 

 

改めて、考えを整理する。

 

……優雨ちゃんが、千早の事を好きになっている……のかもしれない。

それも多分、その相手への強い思い――

友情でも家族愛でもない、たった一人に向けられる、その人を好きだっていう愛情――の方で。

 

人間として好き、というだけなら、わざわざここで深刻そうな様子である必要はない。

香織理さんが、こんな時に冗談を言うとは思えない。史ちゃんも俯く必要はない。

だってそういう事で話をするのなら、「あたし達」もその話の中に入っている事になる。

 

……けれど、香織理さんも史ちゃんも、自分達が関われない外側に居るみたいに話していた。

関わる事の出来ない……ううん、簡単に関わっちゃいけない、深い部分を扱っているように。

 

それは、つまり。……やっぱり、そういう事なんだよね。

だから優雨ちゃんの事であっても、ここに千早と初音はいない。

 

……今、思い返せば。優雨ちゃんが千早を見る目は、確かにそんな風だった気がする。

誰かを好きになった人が向ける、思いの籠もった目。玲香さんや……史ちゃんの目。

御前――雅楽乃さんも、そんな目をしていた気がする。

 

 

「……でも」

 

落ち着く為に軽く息を吸ってから、香織理さんに聞く。

多分、香織理さんは……ううん、それを聞くあたしにも、答えの判り切っている質問を。

 

「優雨ちゃんは、千早が男だって……勿論、知らないよね?」

「あの様子では、気付いているとは思えないわね。けれど、それでも好きになったと。

 そういう事なのでしょう。……好意や愛情に、元々性別の違いなんて関係の無い物かも知れないけれど」

 

 

 

「初音は、優雨ちゃんの事には気付いているのかは判らないわね。陽向は……

 気付いていてもおかしくはないけれど、手を出しあぐねて傍観しているのかもしれないわね。

 色恋沙汰なんて、簡単に触れられる問題ではないもの」

 

そう言ってから、香織理さんは軽く溜め息をついて。

 

「……まして、それが外からは同性同士に見えるとなれば。尚更、ね」

 

 

 

 

……あたしには、香織理さんがどんな事を思ってそれを言ったのか、判らなかった。

香織理さんの表情から、それを伺う事も出来ない。

 

少し沈黙が続いた後、香織理さんが言った。

 

「千早が自分で関わる事を選ばない限り、優雨ちゃんの思いは叶わない。

 けれどその為には、千早は覆いを取り払って自分の全てを晒す必要がある。

 ――まるで、カーテン越しの恋ね」

 

「…………」

 

「…………」

 

……あたしも、史ちゃんも。二人とも何も言えない。

千早が隠している物が何だか判っていているからこそ、余計に。

 

普通の男女間の関係だったら、きっと何も問題はなかったと思う。

でも、優雨ちゃんの想いは――この状況で、叶うんだろうか?

 

 

 

 

 

「叶うか叶わないかは、千早次第。……さて、千早はどうするのかしらね」

 

 

***

***

 

 

――優雨の様子が、いつもと違う。

 

初音さんに相談してみようか……と考えたけれど、最近は生徒会の引継ぎで忙しいらしく、

邪魔をしては初音さんに悪いと思い、遠慮する事にした。

 

それなら史や薫子さんに、と考えていたところ。二人とも、夕食の後すぐに香織理さんの部屋に行ってしまった。

香織理さんが二人に話があるらしいので、こちらも邪魔をしては悪い。

 

後は陽向ちゃんだけど……陽向ちゃんは優雨の学院生活に近い位置にいる分、知っている事は多いだろう。

僕は、優雨の知らない所でそれを聞く可能性がある、というのは避けたいと思った。

 

 

 

 

 

……そんな思考を経て。僕は、テラスに一人佇んでいた。

ここに居れば、もしかしたら優雨が来るかもしれない。そう思いながら。

 

「……冷えるわね」

 

ぼそりと、誰に聞かれることもない言葉を呟く。

 

……手摺りに掛けた手は、既に冷え切っている。

そこそこの時間優雨を待ってはみたけれど、テラスを訪れる様子はない。

まあ、優雨がここを訪れるかもしれない……そんな風に勝手に思い込んだのは僕だ。

冷静に考えれば、態々真冬にテラスに出ようなどと考える人間はそう居ないだろう。

 

……本当に、どうしてここに優雨が来ると、そう思ったんだろうか。

優雨に話を聞きたいのなら、それこそ普通に優雨の部屋を訪れればいい筈なのに。

 

 

真冬の空気は身体を芯まで冷やしていく。長い時間ここに居れば、体調管理に差し支えるかもしれない。

そう考え、手摺りから手を離し。一度自分の部屋へ戻ろうと、振り返ると――

 

 

「……ちはや?」

 

 

……振り返った、その視線の先に。

テラスへの扉を開き、こちらを見つめる優雨の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの、ちはや?」

 

扉から一番遠い、テラスの端。そこにいた僕の姿を見つけて、優雨が近寄ってくる。

 

「何でもないわ。ただ、何となく月を見ていただけ。……それより、優雨こそどうしたのかしら?」

「……ん。わたしも何だか、お月様が見たくなって」

 

優雨が来た時の為、準備しておいた言い訳……のつもり、だったのだけど。

優雨も同じ様に月を見たくなったと言ったから、振り向いた姿勢を直し、空を見上げる。

その僕の横に、優雨が触れるか触れないか位の距離で並び、同じ様に空を見上げた。

 

 

見上げた空に浮かぶのは、左側のやや欠けた、上弦の頃を少し過ぎた月。

雲はやや濃いけれど、月の光を邪魔するほどじゃない。

 

 

 

 

……そうして夜空の月を見上げたまま、少しの時間が過ぎ。

月から視線を外し、隣を見ると。僕を見ていたらしい優雨と目が合う。

 

「どうしたの、優雨?」

「ううん……ちはや、すごくきれいだな、って」

 

……そういう言葉を聞き慣れているとはいえ。

やはり、少し照れくさいと思ってしまう。

 

 

 

その言葉から、少し間が空いて。

 

「わたし、こうやってちはやの近くにいると……すごく安心する」

 

ぽつり、と。呟くように最初の言葉を言った。

僕は何も言わず、優雨の次の言葉を待つ。

 

「……でも。少し前にお姉さまとちはやが、もうすぐ卒業しちゃう、っていう話をしてて。

 それでわたし、すごく不安になって……」

「……私達が卒業してしまう事を、優雨は不安に思っているの?」

「うん……」

 

優雨は、小さく頷く。その視線は月へと戻る事はなく、僕の方を見ている。

……卒業、か。それは確かに、不安になっても仕方の無い事なのかもしれない。

 

優雨は身体が弱く、今までずっと学校に通う事が困難だった。

そんな優雨を、僕達は新しい寮生として迎えて。寮での生活という、繋がりの深い時間を過ごして。

――僕達はこの一年で、優雨に大きく関わってきたんだと思う。

 

……これが、初めて送る正常な学校生活であるなら。

自分が親しい誰かから離れる事はあっても、親しい誰かを見送る事は。優雨には、あまり無い筈だ。

 

「……確かに、卒業してしまえば私達と優雨が会う機会は大きく減ってしまうわ。

 それは、不安になっても仕方の無い事なのかもしれない。けれども……」

 

どう言うべき、だろうか。少し考えて、

 

「……それでも、会おうと思えば何時でも会えるわ。電話で声を聞く事も、メールで言葉を交わす事も。

 それに、約束をして何処かでお茶をする事も。此処で会った人達との繋がりは、決してなくなる事はない。

 卒業する事は、別れにはならないの。……ただ、少し距離が変わってしまうだけ」

「…………」

 

優雨は、何も言わない。ただ僕を見ている。

 

「初音さん達も、進学する先は同じ聖應になるのだし。寂しくならないかと聞かれたら、

 答えに困ってしまうけれど……でも、何時だって会えると思うわ」

 

……優雨に答えを返す中で、意図して自分の事を省いた。

誤魔化すのは嫌だけれど、そこに居ない僕の事を語らず答えるには、そうするしかないと思ったから。

 

……それで良かった。それでも何も問題はない筈だって、そう思っていた。

 

 

 

 

 

「……ちがう、の」

 

 

 

 

――その筈、だったのに。

 

 

「ちがうの、ちはや……」

 

 

……先刻まで少しだけあった優雨と僕との距離が、何時の間にか無くなっていて。

優雨が、僕の腰に抱き付いていた。

 

 

「わたしは、ちはやがいなくなっちゃうのが、いやなの……」

 

 

優雨の手が、僕の服を強く握る。

……その身体も、声も、震えていて。

 

 

 

「ちはやもお姉さまも、大好きなのに……っ、ちはやがいなくなるのが、もっといやなの……!」

 

 

 

「――――え」

 

 

 

――――その言葉の意味を、理解、できない。

それでも、何とか優雨を落ち着かせよう――その思考だけが動いて、言葉を作る。

 

「泣かないで、優雨……。私も初音さん達と同じで、居なくなってしまう訳ではないわ。

 ただ、初音さん達よりももう少し遠い場所にいるだけ。優雨が会いたいのなら――」

「ちがうの……わたし、は……っ」

 

服を掴む感触が強くなる。太腿の部分の布地に、幾つも湿った感触がある。

……思考が、纏まらない。優雨の様子に、動揺している。

 

「わからない、の。ちはやの事を考えると、わたし、ずっと胸がどきどきしてた……」

 

呼吸も、鼓動も。全て聞こえてしまいそうなくらい近い距離で。

吐き出される優雨の胸の内を、ただ呆然と聞いて。

 

「……それ、なのに。今ちはやの事を考えると、胸がすごく痛いの……っ、

 ちはやが行っちゃうのが、いやなの……!」

 

聞こえる言葉も、嗚咽も、触れている優雨の熱も。全部が、心に鈍い痛みを残していく。

 

「……大好き、なの。離れるのがいやなの……っ」

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは――ちはやと、ずっと一緒に、いたいのに……っ!」

 

 

 

***

***

 

 

「…………千早、さま」

 

 

***

***

 

 

…………あれから。

優雨を落ち着かせてから部屋まで送り……その後、僕は自分の部屋に戻ってきた。

力の抜けた状態でベッドに倒れ込んで、考える。

 

 

――わたしは、ちはやとずっと一緒にいたいのに。

 

 

……泣きながら、優雨は僕に言った。

胸が痛い。離れたくない。でも、どうしたらいいか判らない。

 

親愛、信頼、思慕、もしくはそれ以外の何か。もしかしたら、そうかもしれないと考えて

――けれど、浮かぶ優雨の顔がそれらのどれでもないと否定する。

 

 

 

……その言葉は、きっと全て。その想いから来ていて。

それを向けられているのは、僕。

 

……優雨に僕の事を話したら、どうなるだろうか。もしかしたら、

それを話しても受け入れてくれるかもしれないという考えが頭の隅に湧いて――即座にその思考を振り払う。

 

それは、都合の良過ぎる考え方だ。相手のことを考えない、身勝手な考えでしかない。

真実を打ち明けて、相手に理解されて。そして、関係も壊れる事はない……

なんて、願うにしても都合が良過ぎる。飽くまで、香織理さんと薫子さんが特殊だっただけに過ぎない。

 

……香織理さんと薫子さんにしても。僕が予め男だと知った上で、話を聞いてくれていた。

優雨はそうじゃない。僕が男だとは知らない。そんな優雨に、真実を告げるなんて事は出来ない。

 

冷静に考えるなら、取る選択は一つしかない。

優雨の告白を断り、正体を明かさず。このまま、何事もなく卒業していく。

……それなら、誰も大きな傷を負う可能性もない。

 

 

――ちがうの、ちはや……。

 

 

……誰も。

 

 

――ちはやがいなくなるのが、もっといやなの……!

 

 

 

…………僕、は。

 

優雨に、悲しい顔をさせたくない。けれど、真実を明かしたその結果が、怖い。

何時の間にか、考えに振り払った筈のそれが混じり始め。ぐるぐると、思考は頭の中で迷い続けて。

 

……そして、気付く。

どこから思考の迷路に入っていたのか。一体どの地点から、僕は悩み始めていたのか。

 

 

 

ああ、そうか。

何だかんだと色々理由をつけて考え続けても。……結局はそういう事、なのか。

 

 

 

――私は、優雨に舞台に立つ私の姿を見せたい。……そう思っては、駄目?

 

 

――そう。だから、優雨が舞台をいつか見せてくれるのなら……私は、頑張ろうと思うわ。

 

 

優雨に舞台を……優雨が見てみたいと言ったものを、見せたかった。

そして、優雨が自分の舞台に立つ「いつか」を、期待していた。

 

 

――ラストダンスの後、誰も居ない舞台ではあるけど――私の我侭に、付き合ってもらえるかしら?

 

 

――ええ。優雨との大事な先約、ですもの。

  守れないで優雨が拗ねてしまったら、私は困ってしまうわ。

 

 

優雨の願いを叶えたかった。このままで終わらせてしまいたくないと、

出来る事を考えたいと、そう思った。

 

 

 

 

真実を告げるのが怖い。拒絶されたくない。優雨との関係を壊したくない。

それなのに、全て話して受け入れられたいとも心の何処かで思ってしまっている。

 

……その思いも、全て。――僕の中で優雨の存在がどれだけ大きくなっているかの、証拠でしかなかった。

 

「……は」

 

自嘲するように、乾いた笑いをしようとして……声が出ない。

 

優雨の事が気になる、なんて。そんなの、ただの誤魔化しでしかなかった。

離れたくないと思っているのは……余程、僕の方が酷かった。

 

 

 

この学院で、そうなる事はない。そんな事にする訳には、いかない。ずっと、そう思い続けて。

何時しか芽生えていた自分の気持ちを抑え込んで、気付かないまま。ずっと、優雨に触れ続けて。

優雨の想いを知らされて――今更ながらに、それに気付いた……なんて。

 

 

 

 

……優雨への想いを自覚してしまって。

自分がどうするべきなのか――その答えが、僕には余計に判らなくなった。

 

 

 

 

「叶うか叶わないかは、千早次第。……さて、千早はどうするのかしらね」

 

 


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