No.416391

ガラスの視界

透明なものは綺麗だ。

2012-04-30 18:43:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:351   閲覧ユーザー数:348

 全ては透明のガラスで出来ている。私の見える世界は一日のあいだ、数分間だけそんな姿を見せてくれる。明らかに異常でおかしいことなのだけれど、私はこの目を治そうという発想はなかった。

 だって世界はこんなにも美しく見えるんだもの。

 飛び交う鳥達、立ち並ぶビル群、行き交う人々。すべてが透明で陰影だけで形を察知するのは難しかったけれど、今ではそんなのは気にならない。むしろ、このほうが綺麗に見えるんじゃないかと思うようにさえなっている。

 このような視界になる大まかな時間は分かるので見たい景色を見に行くことはできる。東京タワーや、日光東照宮、奈良の大仏などの有名な観光名所はすでに行って観察をしてきた。

 今はある景色を見ようとバスに揺られている。田舎への旅行はこれが初めてだ。東京のほうに行ったり、関西のほうに行ったりする必要もなく、金銭的に見ても私の財布事情には持ってこいのルートである。ついでに美味しいものを食べれば、満足ここに極まれり。生きててよかった! と実感できること間違いない。

 バスの窓から外を眺めると天気はあまり良くないようだ。傘は持ってきていなかった。降るのならいっそ私がバスに乗ってる間に降りきってしまってくれるとありがたい。デジカメは防水加工だから気にしなくていいだろうけど。雨は雨で綺麗で幻想的な雰囲気を作ってくれるが、それが私の求めている田舎の風景とマッチするかはわからない。正直に言えば合うようには思っていないから不安である。

 

 何度目かの車内アナウンス。どうやら私の降りる停留所に着いたようだ。乗車券を運転席に横に設置してある機械の中に落とす。自動で料金を計算してくれるらしく、そこには『乗車料金は一〇二〇円です』と表示されていた。

「……」

 しばし硬直してしまうほど予想外の料金だった。片道でこんなにもかかるとは……。田舎のほうではバスの料金がインターネット上には書かれていないことが多いらしく、ここのバスも例外ではなかった。帰りや当日のレジャーに支障を来たすことはないだろうけれど、帰ってからが節約の日々だろう。せめてバイトの給料日まではなんとか持ちこたえ無くてはならない……。悩んでも仕方ない。そんなことは後にしよう。簡単に言えば現実逃避。とりあえず今を満喫しようぜ、という方針でやっていこう。財布から千円札を一枚と十円玉の二枚を機械に入れて、バスから降りた。

 停留所から少し歩いたところには川が流れている。川があるということは上流には水が湧き出ているということであり、そこには小さな滝がある。そこにある滝壺は大きく池のようになっていて周りには背の高い木々が生えているらしい。夏場にこれば蛍も飛んで、よりそれらしい雰囲気らしいが、残念ながら蛍の飛ぶような時期ではない。

 ともあれ、山への入り口らしいところまで来たので写真を一枚撮っておく。やはり川の水を眺めてみても透明感が高い……ように思う。実際に川で遊んだことはないし、都会の川は濁っているのが当然だから透明なだけでも大違いな点ではあるのだ。ただ、どのぐらい透明だといいのかとかその辺りの基準がよくわからない。できればそういう細かいところまで詳しく知っていると面白いのだけれど。そういうことに詳しい田舎出身の友人は、都合が悪いらしくついてきていない。短い間だけでも召喚術が使いたいと思ってしまった。

 

 ようやく目的の位置にたどり着いた。雲が太陽の光を遮り、木がまたその光を遮っているから薄暗い。時間を確認してみると、五時半だった。これから一時間のうちに私はガラス化するこの光景を見ることができるはずだ。それまでは近くにある岩にすわりながら写真をとることにしよう。

 空から一滴の雫が降ってきた。

「あちゃあ、雨かー」

 上を眺めながらそう独りごちた。雨脚はそこまで強くないし、木もあるから直接あたることもなく、そこまで気にする必要はなさそうだけれど、できれば早めに済ませておきたいものだった。雨が降ってきて暗くなってきたのでデジカメの設定をフラッシュに変えておく。

 その直後。いつも体験している軽い頭痛が私を襲った。これがスイッチの切り替えの役割なのか、私の視界はクリアになる。透明な木々は小枝を揺らしながら漂っている。根もとのほうは強固なダイヤのように、枝の先のほうは風にしなり例えられるものがない。雨はひとつひとつがガラス玉のようになって、池の中に落ちていく。滝の方を眺めると水飛沫はやはり雨のよう。水流は凍りながら滝壺に落下しているように見えた。

 一瞬で見入ってしまったその光景を近くで見ようと、池のほうに近寄った。デジカメでその映像を撮ってみる。もちろんのことデジカメも透明ではあるが、操作方法が変わるわけでもないのだから、気にしなくてもよさそうだ。写真撮影のスイッチを押すとフラッシュが周りの雫を照らした。その雫達が反射鏡の役割を果たすようにして池の向こう側にまで届いたように見えた。私の求めていたもののイメージとは違ったけれど、美しいことに変わりはなく私は何度もフラッシュを炊いた。

 

 そうしてまた頭痛が走ると、視界は普通のものに戻っていた。しかし、いいものを見れたと思う。あの水飛沫しかり、揺れる木々しかり、自然らしさは美しく神々しくもある。異分子であった雨も相乗効果となっていたように思えた。さて、それではデジカメで確認をしてみることにしよう。もちろんガラスになった風景の写真が写っているわけではないのだが、こういうのは思い出すきっかけになり得るのだ。

「げっ……」

 やはり雨は駄目だった。カメラ自体は防水であったから壊れはしないけれど、レンズ部分の水滴のせいで写真の光景はぼやけてしまっている。上を眺めてみると、私がいるところには木によってできた傘は無くなっていた。やはり雨はこの光景にふさわしくなかったのだ。私はくそうと呟きながら、レンズを拭いて写真を記録の中に納めた。


 
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