No.411307

魔女と悪魔と極上ステーキ

耳の人さん

2008/10/14 東方創想話にて発表

パチュリーと小悪魔の日常のひとコマ。

2012-04-20 02:58:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:728   閲覧ユーザー数:714

 紅魔館の図書館には悪魔が潜んでいる。

 

 それを聞いても、人や妖怪は驚かない。

 なにしろあの、吸血鬼や人外メイド、魔女が集う館である。悪魔の一匹や二匹、居たところでなんの不思議もない。

 しかし、彼らの想像とはちょっと、いや、かなり実情は異なる。

 

 

 

 図書館の主、パチュリー・ノーレッジ。“動かない大図書館”という突っ込みどころしかない二つ名を持つ魔女は、暗く埃っぽい図書館に寝泊りし、一日中本を読んでいる。

 不自然に広く、果てが見えない書架。辺りに響くのは、ページをめくるぱらりという音のみ。

 いや違う。何かが聞こえる。

 図書館の主は本を読み続ける、周りの音は気にもせず。単に本に夢中で気づいていないだけかもしれないが。

 ややあって、何者かが現れる。赤いストレートのロングヘア。黒い服。頭と背中から生えるコウモリのような羽。

 そう、彼女こそ図書館に潜むと言われる悪魔。

 悪魔はパチュリーに迫る。一歩、二歩、三歩。

 魔女は動かない。悪魔は迫る。

 とうとう一息で飛びかかれる距離まで詰め……始まったのは泣き言だった。

 自分に起きた不幸な事故、意図したものではない、こちらは被害者、責任をとる必要はないはずだ。

 一気にまくし立てた。言い切った。やり遂げた。

 だが、魔女は本に視線を落としたまま。ふぅと息を吐き、非情な命令を下した。本を元の棚に戻して来なさい、と。

 非難の声を上げる悪魔。

 どれだけ悲惨な状況だったのか、身振り手振り、擬音も交えて訴える。先ほどより五割増しな被害報告。

 しかし、魔女は揺るがない。

 もうなりふり構ってはいられない。ついには伝説のドラゴンと地獄の魔王による大スペクタルに発展。パワーのインフレで収集がつかなくなり、世界が滅びるしかないという状況にまでなったが夢オチで事なきを得た。

 大きな仕事を終え、いい笑顔の悪魔。

 パチュリーはゆっくりと顔を上げ……ロイヤルフレアでこんがりと焼き上げた。

 

 

 

 以上のように、図書館の悪魔……いや、小悪魔は、悪魔と聞いて想像するものとは何もかもが違っていた。

 ぱたぱたと落ち着きなく飛び回りころころと笑う様は、まるで妖精のようである。

 

 ある日の昼下がり、珍しく図書館に盗っ人ではない来訪者が現れる。

 主を呼ぶが反応はない。

 ここはありえないほど広いうえに、開くだけで危機一髪な魔道書もごろごろしている。一人で本を探すのは避けたい。

 メイド長は忙しそうである。はてさて、どうしたものかと思案していると、こちらに向かう軽い足音。

 本棚の影からひょっこりと覗いたのは小悪魔であった。

 助かった、と事情を話すが、どうやらパチュリーは体調を崩し動けないらしい。

 それでは仕方がない、出直そう。礼を言って帰ろうとしたところ……。

 水虫をこじらせて寝込んでいるはずの主が轟音と共に来襲。大旋風。吹っ飛ばされた小悪魔は天井にべちゃりとぶつかり、頭から床に激突。それはそれは見事な3HITコンボ。

 決めた方はさぞや爽快だろう。そう思って振り返れば、未だに蒸気を噴出しそうな様子。小悪魔が潰れたため怒りの矛先がこちらに向いたようだ。

 そんな妄言を信じるなと、珍しく詰め寄るパチュリー。

 しかし魔女の生態は分からない。吸血鬼が炒った豆を嫌がるように、意外なものが弱点という可能性もある。普段から蒸れていそうだし。

 咄嗟に浮かんだにしてはなかなかの申し開きだった。これで全ては丸く収まる。

 パチュリーはいきなり黙り込み……。

 分厚い辞書の角を見舞った。

 

 

 

 そろそろ夕食の時間である。

 パチュリーは食堂には行かない。食事も図書館。

 なので、本を読みながら食べられるサンドイッチは大のお気に入りであった。

 人間の生み出した偉大な発明は、紙と活版印刷とサンドイッチだ。割と本気でそう思っている。

 具は豆と野菜と果物。時々炒ったり茹でたりした卵も入る。

 魚は苦手だ。あの臭いが良くない。小骨のことを考えるといらいらしてくる。

 肉に至っては論外である。よくあんな脂まみれのものを食べられるものだ。

 

 というわけで、パチュリーは今非常に機嫌が悪いのである。

 今日のサンドイッチはキュウリとトマトをほのかな酸味のドレッシングであえた、さっぱりとした一品。文句はない。むしろナイスチョイス。

 問題は彼女の横で先に晩飯にありついている輩である。

 口の周りを脂でべたべたにしながら肉汁の滴る分厚い肉に噛り付く小悪魔。

 そう、今夜の彼女のメニューは鉄板に乗ったジュウジュウ音をたてるステーキだったのだ。

 一緒に食事をとること自体が珍しいのに、よりによって肉の塊のときに同席とか。

 うっとりとした表情も、パチュリーにはやばい薬でキまっているようにしか見えない。

 さらに、時々きらきらした目で見つめてくるのだ。本格的にこいつはやばい。肉中毒だ。隔離病棟に叩き込む必要がある。絶対に。

 小悪魔は肉を食べ続ける。パチュリーは目をそらし続ける。

 しかし、少し気になり目を向けてしまったのだ。そして、見てしまった。

 切り分けてあった脂身を、丸ごとちゅるんと口の中へ滑らせる瞬間を。

 口の中に広がるギトギトの脂。必要以上に想像力を発揮してしまったパチュリーは……そこで意識が途絶えた。

 

 

 

 どうやらベッドに運ばれていたらしい。時計を見ると朝八時。ゆっくり体を起こす。

 しばらくぼーっとしていると、いつのまにか紅茶が用意されていた。

 朝食はない。食欲がないことを察したのだろう。流石メイド長、身の回りの世話は優秀だ。

 紅茶をひとくち、ふたくち。喉が潤い、少し元気が出てきた。もう大丈夫。

 ならば本だ。

 のろのろとベッドを降り、スリッパをつっかけ扉へ向かう。何を読もう。昨日の続きでもいいのだが、気分一新したいところ。古代生物? 失われた文明? 数式とにらめっこするのも面白いが。

 今日のパチュリーは珍しくハイテンション。スキップでもしそうな勢いで──実際浮き上がっていたが、寝室の扉を開ける。

 目の前に広がる、本、本、本!

 そして──

 バタンと、扉は閉められた。

 何だ今のは。気のせい? 気のせいか? まだ疲れてるのか?

 もう一度、ゆっくり開けて……絶望した。

 図書館に、分かりたくない臭いが充満している。

 

 あいつめ。

 

 パチュリーは激怒した。

 

 

 

 あたり一面は炎に包まれている。

 本棚や絨毯は結界で守られてため心配ない。燃えるのは生き物だけ。正確には、防御結界を展開できない約一名だけ。

 いつも以上に真っ赤な図書館で、魔女と小悪魔が対峙していた。

 ここできっちり叱っておけば、しばらくは大人しくしているはずだ。これは小悪魔のため。きっと彼女もわかってくれる。

 ──というのは建前で、パチュリーは今、史上最高にサディスティックな精神状態だったのだ。この馬鹿娘をどうしてくれよう。

 腐っても悪魔だ。多少焦げたり千切れたりしたところで支障はあるまい。

 全力で、泣かせてやる!

 

 すぐに小悪魔は泣き出した。ただし、全くの想定外な調子で。

 

 びーびー泣きながら命乞いを始める。そこで突き放し、スペルを二~三発叩き込んだところで詫びを入れさせる。これがパチュリーのシナリオであった。

 しかし、小悪魔は何も言わなかった。うつむいたまま、ぽろぽろと涙をこぼしているだけ。

 おかしい、こんな反応は見たことがない。

 何か重要なことを見落としているのかもしれない。醒めてしまったパチュリーは、小悪魔をもう一度観察する。そして、砕けた七輪の影に薄い本を発見した。

 これか!

 中綴じのへなへなな本。外から流れ着いた品のようだ。

 ぱらぱらとめくると、目に入るのは「健康」「バランスの良い食事」 特にたんぱく質のの効能について何度も記述されている。

 なるほど……。

 不健康な生活の自覚はある。読んで、食べて、寝るだけの毎日。

 小悪魔はそれを改善させたかったのだろう。

 ない知恵絞って考えたのだ。どうせ説得しても聞く耳を持たない。ならば美味しそうに食べれば興味を持つはずだと。

 

 パチュリーは少し感激して──頭を抱えた。

 肉を食べたくないから、ではない。

 この本は人間向けに書かれている。小悪魔は知らなかったのだ。魔女は栄養バランスを考えた食事など必要ないことを。

 つまり彼女のやってきたことは全くの無駄であり、ただの嫌がらせにしかならないというわけだ。

 

 さて、どうしよう?

 

 

 

 パチュリーは今日も本を読みながらサンドイッチを食べる。

 具は豆と野菜と果物。時々炒ったり茹でたりした卵も入る。

 そして週に一度、蒸したササミが加わるようになった。

 


 
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