No.403151

本日、お稲荷日和。~はじまりっ~

高校の卒業式のその日、蓉子の下駄箱には一通の手紙が・・・・・・。

お稲荷様のおばーちゃんに振り回される、
ドタバタ☆ショート・ショート第1話!

2012-04-05 18:27:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:478   閲覧ユーザー数:478

 

『遺産としてお稲荷神社の管理人に任命するのぢゃ』

ポップでキュートな便箋には似合わない内容に、少女は眩暈を起こした。

手紙にはさらに衝撃的な文章が綴られていたからだ。

『☆追伸☆お前が内定もらってた会社には丁重にお断りしといた(てへっ♪)』

「てへっ♪じゃなぁ~い!!卒業式も終わったってのに、どうすんの!?」

ショートの黒髪を振り乱しながら便箋を破り捨て、足でグリグリ踏みにじる彼女をクラスメイトが生暖かい目で見守っている。

そう、ここは卒業式を終えたばかりの生徒が溢れる教室。

ちなみに手紙が置かれていたのは彼女の下駄箱。

もしかしたらラブレターかも☆胸キュン♪

なんて、あまぁ~い期待は最悪のカタチで裏切られた。

差出人の彼女のおじーちゃんに言わせれば、

『勝手に期待したほうが悪い!』のだろうけど。

「とりあえず、あんのバカじーさんに文句言わなきゃ!」

それから数十分後、神社へ続く無駄に長い石段に彼女の姿があった。

「うぅー、また言いくるめられたぁ……」

涙目でぶつぶつ文句を言いながら彼女、稲荷 蓉子(いなり ようこ)は石段を登っている。

勢いよくおじーちゃん宅に乗り込んだものの……、論点をずらされ、鋭い切り返しに勢いを削がれ、政治家よろしく「記憶にございません」と惚けられた。

果ては瞳をウルウルさせたおじーちゃんに懇願されてノックアウト。

なんだかんだで、おじーちゃんに甘い蓉子であった。

「よりにもよって、おばあちゃんの面倒までみる事になるなんて…」

正直、今まで会ったことのないおばあちゃんの面倒なんてみたくはなかった。

「この歳で介護地獄へ突入するのね・・・・・・」

さらば青春といった心境で登る石段が、だんだん処刑台への階段に思えてきた。

体力的にはむしろ、地獄の石段というべきなのかもしれないけれど。

 

「…結構、はぁ…、小綺麗じゃない…」

息も絶え絶えに石段を登りきると、手入れのいき届いた境内が目に飛び込んできた。

両脇に小さな狐の石像が鎮座する質素な朱色の鳥居をくぐり抜け、これまた質素な本殿に到着。

その間わずか数秒。

「まぁ、せっかくだしね」

財布から取り出した五円玉を賽銭箱に投げ入れる。

そして、いざ願い事を!という時に……。

「残念ね~。この神社はお賽銭の受け付けは100円からなの。5円じゃただの寄付ね~」

背後から艶っぽい声がした。

振り向くと、キツネ色のロングヘアーの女性がひとり、ひらひらと手を振っていた。

大胆に着崩れした茜色の浴衣姿、はだけた胸元からチラチラと覗く谷間が目の毒だ。

(ちょっ…、この神社って萌えを意識してんの!?)

よく見なくても女性の頭にはケモノ耳が激しく自己主張している。

さらによく見れば、ちゃんとキツネ風の尻尾まで付いていた。

(なんかスゴく本格的みたい…)

じーっとガン見している蓉子に気を使ってくれたのか、ただ慣れているのか。

「触っても良いのよん?」

女性は回れ右して、ふわさっと尻尾を突き出してきた。

「い、いえいえ、遠慮します」

蓉子が断ると女性は残念そうに向き直った。

「それで、どうするの?ね・が・い・ご・と」

女性がずいっと顔を近付けてくる。

紅い唇まであと数センチ。

甘い吐息が蓉子の鼻をくすぐった。

 

「えっと、わたしは参拝に来たんじゃなくて!」

慌てて後ろに下がりながら事情を説明しようとする。

その様子があまりに可笑しかったのか、女性が袖で口元を隠して笑う。

「ちゃんと貴女のおじーちゃんから聞いてるわ。貴女、よ…よう……」

突然フリーズしたパソコンみたいに女性が微動だにしなくなった。

「……蓉子です。稲荷 蓉子」

「そうそう、蓉子ちゃん!」

どうやら名前をド忘れしていたらしい。

「あの、貴女は?」

おずおずと尋ねてみた。

「えーっとぉ、自己紹介すると長いのよねぇ…。貴女は、一言と数十分の自己紹介のどっちがイイ?」

「はぁ…、じゃあ一言の方でお願いします」

なんか面倒な人っぽいので手っ取り早い方を選んだ。

女性がすっと姿勢を正して一礼する。

つい見入ってしまうほどの優雅な所作だ。

そうして、女性の唇から凛とした声で告げられた言葉は──

「はじめまして、貴女のおばあちゃんです」

すべてをぶち壊す、とんでもないモノだった。

神社の奥の母屋、その居間で蓉子はおばあちゃんと名乗る女性と向かいあっていた。

ジロジロ見る蓉子の視線もどこ吹く風とばかりにお茶を淹れる女性。

だんだん蓉子は、自分がからかわれている気がしてきた。

沈黙に耐えられなくなった蓉子がとうとう話し掛けた。

止せばいいのに。

「あの、お名前は?」

ピクリとキツネ耳が動く。ホンモノみたいに、すっごくリアルに。

「稲荷 橘音(いなり きつね)よん」

橘音が少し嬉しそうに返事をした。

ホンモノみたいな尻尾が嬉しさを表現するようにパタパタと左右に振られる。

「そのまんまじゃん!」

思わず叫んだ。

叫ばすにはいられなかった。

「まぁまぁ、落ち着きなさいな」

橘音が蓉子をなだめながら一枚の紙を手渡してきた。

「戸籍の写し?」

丁寧に四つ折りになったソレを震える指で恐る恐る開いて見てみる。

確かに、何度読み直しても橘音との関係は祖母と孫。

さらに橘音の備考欄には…。

『※お稲荷神社の神』

なんて文字がくっきりしっかり書いてあった。

「か、神って…」

蓉子の人差し指がその名のとおり、橘音を指差す。

「国公認の神って…」

もう笑っていいのか、泣けばいいのか…。

困惑する蓉子にはわからない。

「わたくしは、この神社に奉られている神様だけれど……。貴女は気軽にキツネさんって、呼んでいいのよん?」

「呼べるかぁー!!」

だから、蓉子は精一杯ツッコミをいれた。

全身全霊でツッコんだ。

「じゃあ、おばーちゃんって呼・ん・で・ね♪」

そう言って、蓉子の額を可愛らしく人差し指でツンとつつく橘音。

あまりの脱力感に崩れ落ちる蓉子。

騒がしくも和やかな彼女の新たな日常は、こうして始まったのだった──―

 

 

 
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