No.400357

狂王陛下が第四次聖杯戦争に参戦するそうです。①

彼方さん

狂王陛下が召喚に応じたそうです。

2012-03-31 00:24:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:22803   閲覧ユーザー数:21970

 

「――誓いを此処に。我は常世全ての善となる者。我は常世全ての悪を敷く者――」

 

 体内に蠢く刻印虫が魔術師――間桐雁夜の体内で暴れまわる。神経を蹂躙し、肉を喰らい、骨を軋ませる。常人ならば数秒と耐えることも叶わずに精神を壊される激痛。しかし彼は歯を食いしばって耐える。見えないところで蠢く虫のおぞましさと恐怖を精神が捻じ伏せる。

 

 ――救わなくてはならない少女がいる。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍べるべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰るもの――」

 

 虫が暴れ、血管が破れ、血が滲み出る。詠唱を続ける度に四肢は痙攣し右目から血涙が流れ落ちる。されど、彼は引かない。集中を緩めない。

 

 ――思い知らせなければならない男がいる。だから……。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 ――俺の声に答えろ! 

 

 地面に描かれた魔法陣が発光し、暴風と閃光を纏って人影がこの世ならざる場所より現れる。

 人の身で人の域を超えた者。その力を持って精霊の域まで上り詰めた者。抑止の輪より、英霊が聖杯の用意した器に入り今、様々な場所で降臨した。

 

 

 

 

 

 

 ……それはある意味聖杯が壊れている証であった。

 ……それはある意味聖杯が真実奇跡を体現する証であった。

 

 この冬木で行われる聖杯戦争は間桐・アインツベルン・遠坂の御三家と呼ばれる魔術師たちが各々の技術を集めて始められた聖杯降誕の儀式である。その内の一つ、遠坂の家系はある魔法を追い求めた一族だ。即ち第二魔法……並行世界の運営である。それはだからこそのイレギュラーと言えた。

 

 間桐臓硯が今回の第四次聖杯戦争に孫の雁夜を参加させたのは懲罰、嗜虐の意味合いが強い。だからこそ、更なる苦痛を与えるため、敢えて一級品の英霊を呼べるであろう聖遺物として一人の騎士が纏っていたという鎧の一部を用意し……ランスロットをバーサーカーとして召喚させようとした。しかし、召喚の際にイレギュラーが発生する。

 元々魔術師達がサーヴァント召喚に聖遺物を用意するのは特定の英霊をより確実に召喚するためだ。だが――間桐雁夜が胸に秘めた願いと感情……間桐桜となってしまった少女を救うという願い、その少女を間桐という地獄に落とした遠坂時臣と間桐臓硯への憎悪。この二つがあまりにも強すぎた。聖遺物の優先権を凌駕するほどに彼の意思は強かった。そして、詠唱によって先決めされたバーサーカーのクラス。

 

 第二魔法を目指す遠坂が係わった聖杯戦争という儀式。

 

 雁夜の感情。

 

 バーサーカーのクラス。

 

 これら三つの要素が絡み合い、聖杯戦争の歴史において最大のイレギュラーが発生する。

 即ち、この世界の歴史に名を刻んだ英霊ではなく、異なる世界、並行世界の英霊の召喚である。

 

 

「問おう。卿が私を招きし魔術師か?」

 

 魔法陣より現れたサーヴァントは血涙を流し荒く呼吸を行う膝をついた雁夜に問いかける。

 

「何と……!?」

 

 問いかける。サーヴァントが魔術師に真っ先にする行動として何一つ間違っていない。間違っているのは狂戦士が理性を持っているという点だ。バーサーカーとは英霊のステータスを底上げする代償に理性を奪うクラスである。だが今、魔法陣の中心からこちらを見据えるサーヴァントは理性を保っている。ありえない。

 

「答えよ。二度は問わん。卿が私をバーサーカーとして招いた魔術師か?」

 

 そこまで言われ、ようやく雁夜は顔を上げ、サーヴァントに返答する。

 

「あ、ああ。俺がお前を呼ん……だ魔術師だ……」

 

 今なお体を走る痛みに耐えながら、肯定の返事をする。そして流れ込む目の前のサーヴァントの情報。

 

「カ……呵々々々々! 雁夜よ! お主とんでもない当たりを引きおったな!?」

 

 醜悪な魔術師が顔を歪めて笑う。その顔に浮かぶのは紛れもない歓喜であった。

 雁夜の体内に潜んでいる虫は魔術回路として働く要素以外にも臓硯の使い魔、という一面も持ち合わせている。つまり、臓硯は雁夜を通して聖杯がマスターに与える透視能力を己の能力として見ることが出来るのである。

 

 見えたのはステータス・固有スキル……そして宝具の情報。これが臓硯を歓喜させた。

 C++の戦場に果てた兵士の刃【オーナー・オブ・デッド】。A++の王と歩みし鋼の巨人<【蒼月・蒼穹太極式>】。

 そして評価規格外のランクEXを誇る明日を願う神殺しの槍【フレイヤ・エリミネーター】。

 

 ステータスは極上、クラス別スキルの”狂化”も固有スキル”狂王の系譜”で打ち消し、何より凄まじい性能を誇る三つの宝具。これほどのサーヴァントは聖杯戦争の歴史には居なかった。これを当たりと言わずに何と評価すればいい!?

 

「契約は成立した。卿の願いも確かに聞き届けた。此度の勝利……確実に我らの物となろう」

 

 歓喜に沸く臓硯も、痛みに耐える雁夜もバーサーカーの言葉を聞き逃していた。しかし、臓硯はそんなことを気にも留めていない。この老人の胸にあるのは唯一つ。

 

 雁夜からマスター権を奪うことであった。

 

 

 

「呵々々……よもや理性あるバーサーカーが呼ばれようとはの」

 

「……何だ貴様は?」

 

 杖を突いて近寄ってきた臓硯を訝しげに見るバーサーカー。だが、その視線もこの提案を聞けば変わるだろう。

 

「ワシは間桐臓硯と申す……そこで無様に這い蹲っておる雁夜の父よ」

 

「ほう……。それで? 私に何の用だ? 雁夜とやらが私のマスターならば貴様は此度の戦争に関与しない人間であろう?」

 

 視線が変わる。訝しげな物から興味の視線へ。

 

「何、そこな出来損ないでは主というサーヴァントを卸しきれんと老婆心ながらに至ってな。ここはワシが代理として参加しようと思ったまでよ。どうじゃ? ワシならば主の力を存分に発揮してみせるが?」

 

 問いかけると考え込むように手を口元に当てる。しかし、臓硯はバーサーカーが賛同すると疑っても居ない。

 サーヴァントは自身もまた聖杯に願うものがあるからこそ召喚に応じる。ならば、死に掛けている雁夜では途中で足手まといなるのが眼に見えている。だが己ならば、と思っても間違いではないだろう。事実、この老人は数百年を生きた魔人であり、雁夜とは比べるまでも無いほどに魔術師としての実力があるのだから。

 

「――――いいだろう」

 

 返答は肯定。そしてその返答を聞いた雁夜の白い顔が青ざめる。地獄というのも生ぬるい苦しみを耐え抜いてまで召喚したサーヴァントが奪われる……これも臓硯の嗜虐の一環かと拳を握り締める。

 

「さて、まずは私の名を名乗るのが先か?」

 

「ホホ、お主ほどの実力じゃ。さぞ名の知れた英霊であろう? この老い先短い老人に聞かせてもらえぬか?」

 

 血涙が止まらない。握り締めた指先が皮膚を破って血が滴る。自らの無様さがより腹立だしい。そして呪う。この老人を、遠坂時臣を、俺を無視して契約を破棄しようとするサーヴァントを。

 

「我が名はライゼル・S・ブリタニア。間桐臓硯……だったな?」

 

「呵々々、うむ、相違ない」

 

「クク、では貴様は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 間桐臓硯の世界が、グルリと反転する。

 

 

 サーヴァントの情報は基本、看破するかサーヴァントが公開するかのどちらかで固有スキルや宝具の情報が開示されていく。そして間桐臓硯は歓喜のあまり聞き逃していた。聞き逃してしまっていた。バーサーカーの”願いを聞き届けた”という発言を。

 

 そして聞き届けた雁夜の願いとは桜を救い、臓硯と時臣への復讐に他ならない。バーサーカーは召喚の際に雁夜の願いすらも聞き入れていたのである。即ち彼にとって間桐臓硯とは殺す対象でしかない。

 バーサーカーが召喚時の段階で一つの情報を除いた情報を公開していたのも策の一つ。そして隠していた一つこそ、彼が最も嫌い、されど最も多用した力が宝具となった『王の勅命【ギアス】>』である。その能力は絶対遵守。彼より下された命令を対象に守らせる力である。もしも間桐臓硯が精神防御を怠っていなければ、全盛期の力を残していれば防ぐことができただろう。しかし、もはや無駄な思考である。

 

 今日、この瞬間を持って、魔人・間桐臓硯という存在は完全に消失したのだから。

 

 

「貴様のような下郎にはこのような結末が似合いだ」

 

 ――何が起こったのか。

 

 雁夜は正直さっぱり分からなかった。自分を裏切ろうとしたサーヴァントに一言命令されただけで……あの老人が何もかもをなくしたように呆然と立ち尽くし、崩れ落ちたのだから。いや、ただ崩れ落ちたのではない。あの老人の体を構築していた数多の虫が、バラバラと崩れて死んでいく。よく見れば周囲の虫もかなりの数が動かなくなっている。

 

「さて、まずは一つ……。いや二つ、か?」

 

 心なしか忌々しそうに臓硯を見たバーサーカーは改めて雁夜を見る。

 

「どうした雁夜とやら。貴様の願いは叶ったぞ? もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」

 

「どういう……ことだ?」

 

「わからないか? ……無理もないか。では結論から言おう」

 

 暗闇の中に光が灯る。上の扉が外れ、そこから電灯の光が地下室に差してくる。そこでようやく、雁夜はバーサーカーの姿を見ることが出来た。

 白い装束を身に纏った銀髪の青年。整った顔立ちは擦れ違うものを男女問わずに振り返らずにはいられない。背には青いマントを掛けている。それと反するように纏われる漆黒の魔力。その異様さがこのサーヴァントの凄みに拍車を掛けていた。

 

「間桐臓硯は死んだ。故に、桜とやらは救われた」

 

「な――!?」 

 

 言葉が出ない。だって、あの化け物が、あの魔術師が、一言命令されただけで死んだなど……。

 雁夜の狼狽を鼻で笑い飛ばし、バーサーカーは言葉を紡ぐ。

 

「我が宝具のギアスは理性ある存在に対し唯一度命令を下す力だ。サーヴァント相手ではさして使えない能力ではあるが……まぁ、人間相手ならば造作なく操れる。対象の精神力しだいで破ることも可能だが――先ほどのような突発的かつ瞬間的な命令に抗うのは不可能だと思ってまず間違いはない」

 

 その言葉を聞き届けると同時に透視能力に現れたのは新たな宝具の情報。

 Dランクの対人宝具『王の勅命』。低いランクであろうと神秘の具現である宝具によって下された命令だ。恐らく臓硯は抗うことなく死んでいっただろう。

 

「そのような些事などどうでもいい。これより貴様がすべきことは一つだ」

 

 そういってバーサーカーは真剣な眼差しで雁夜を見る。

 

「卿の名を。自ら名乗れ。その時を持って我らの戦争は始まるのだから」

 

 この時こそ、間桐雁夜の戦いが始まった瞬間である。最大のイレギュラーを引き連れて、六騎のサーヴァントに挑む。

 

 だが、間桐臓硯が死亡したことにより聖杯戦争を始めた御三家の一角の家系は潰えてしまった。これがこれからどのような影響をもたらすのか。それは誰にもわからない。

 

 今はただ、地獄から救われる少女の心を祈るだけで終わるとしよう。

 

 

 
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