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真・恋姫✝無双外伝 ~~受け継ぐ者たち~~ 第九話 『急転』

jesさん

なんだかんだで九話目です。
この話でほかの国の世代交代もちらっとわかりますww

2012-03-28 21:05:07 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:2055   閲覧ユーザー数:1816

 第九話 ~~急転~~

 

 

「なぁ、もうそろそろいいんじゃねぇか?」

 

渓谷の外で待機している隊の先頭で、涙は心配そうに渓谷の中を覗き込んでいた。

だが渓谷の中の様子は、激しい戦闘による土煙で全てを把握する事は出来ない。

 

 「確かに、戦いが初まってからもうだいぶ経つ・・・・そろそろ交代するには頃合いじゃないか?」

 

 「はい。 ですが、隊の入れ替えの際には十分に注意が必要です。 もしその機を逃せば、一気にこちらが不利になってしまいますから」

 

二人の提案に賛同しつつも、この作戦の提案者である麗々と煌々はあくまでも冷静に戦況を分析していた。

 

この作戦で最も重要なのが、この隊を入れ替えるタイミングなのだ。

今戦っている隊と待機している隊が入れ替わる時、絶対に敵を渓谷の外に出してはいけない。

もし少しでも外に出る事を許せば、そのまま数に圧倒されて押し切られてしまう可能性が高いからだ。

 

だから、焦って入れ替えのタイミングを間違えるわけにはいかない。

かといって、あまり慎重になって長時間戦いすぎても兵たちは消耗し、この作戦の有利が活かせなくなってしまう。

 

 「もう少しだけ待って下さい。 きっとお兄様か愛梨お姉さまが合図をくれるはずです」

 

 

――◆――

 

 「くっそ・・・・さすがにしんどくなってきたな」

 

土煙の舞う戦場の中で、俺は額の汗をぬぐいながら息をついていた。

だがそのまま休む暇などあるはずもなく、次々と敵の兵隊が俺に斬りかかって来る。

 

 「ちッ・・・・!」

 

 “ザシュ!”

 

その攻撃をかわし、斬りつけた兵隊はその場に倒れこんだ。

もうこれで何十・・・・いや、百人は斬ったか。

 

俺の白い制服も、既に敵の返り血で半分ほどが赤色に染まっていた。

 

けれど今の俺には、斬った相手の事を気に欠けている余裕すらない。

 

 「愛梨、大丈夫か?」

 

俺は向かってくる敵をさばきながら、すぐ後方で戦っている愛梨に声をかけた。

 

 「はい。 私は大丈夫ですが、さすがに兵士達が・・・・」

 

愛梨も俺と同じように、複数の敵を相手にしながらそう答えた。

辺りを見渡せば、確かに味方の兵士達の顔には疲労の色が浮かんでいる。

 

これ以上はまずいか・・・・・

 

 「愛梨、後退の合図を! そして全速力で渓谷の外へ走るんだ!」

 

 「え? しかし、この敵味方が入り乱れている状態では・・・・」

 

 「これ以上戦ったら、それこそ戦力を消耗するだけだ。 そしたらこの作戦自体続けられなくなる! その前に無理やりにでも他の隊と交代するんだ!」

 

 「・・・・分かりました! 合図を出します!」

 

少し考えた愛梨だったが、納得したように頷くと懐から一つの笛を取りだした。

笛と行っても、一般的な長い笛の先端部分だけを取った様な小さいものだ。

 

これはこの作戦の為に麗々と煌々が用意してくれたもの。

外から戦況が分かりにくいであろうこの戦いで、前線にいる物から後退のタイミングを本陣に伝えるためのものだ。

 

愛梨は次々と襲いかかる敵の攻撃を器用によけながら、手にしたその笛を思いっきり吹いた。

 

 “ピィーーーーーッ!!”

 

狭い渓谷の中に、甲高い笛の音が響き渡る。

それを聞いた味方の兵隊たちは、即座に渓谷の外へ向けて走り出した。

 

 「さぁ、兄上。 私たちも下がりましょう!」

 

 「ああ!」

 

俺は斬りかかって来る敵をなぎ倒しながら頷いて、愛梨の後を追った。

 

 

――◆――

 

“ピィーーーーーッ!!”

 

愛梨が吹いた笛の音は、渓谷の外で待機している仲間たちにもしっかりと聞こえていた。

 

 「来ました。 合図ですっ!」

 

 「よっしゃー! 待ってたぜーっ!」

 

涙は槍を振り上げて、意気揚々と声を上げる。

その隣では、一緒に戦う予定の向日葵が少し嘆息していた。

 

 「まったく・・・・ホント涙姉さまは脳筋なんだから」

 

 「なんか言ったか向日葵っ!!」

 

 「へっ!? いや、何でもないよ? えへへ」

 

 「もう! 二人とももっとシャキッとしてください! 遊びじゃないんですよ?」

 

 「あう・・・ごめんなさーい」

 

 「あはは。 分かってるって」

 

麗々にたしなめられて、二人とも改めて渓谷の方へと視線を向けた。

すると渓谷の中から、先方の隊の兵士達が一気に外へと駆けだしてきた。

 

その最後尾には、章刀と愛梨の姿もある。

 

 「お兄っ! 愛梨姉っ!」

 

 「悪い。 遅くなった」

 

 「いいよ、お疲れさん。 こっからはあたし達に任せとけって!」

 

 「すまない。 涙、向日葵、頼んだぞ!」

 

 「うん! まっかせといてー♪」

 

 「っしゃあ、野郎ども! 行っくぜぇーーー!!」

 

 「「「オォーーーッ!!!」」」

 

怒号のような掛け声とともに、涙と向日葵の率いる兵隊たちは渓谷の中へと勢いよく突っ込んで行った。

 

それから間もなくして、渓谷の中から先ほどまでと同じように剣戟の音と叫び声が響き始める。

 

そんな渓谷の中の様子を心配しながらも、ひとまずの戦いを終えた章刀と愛梨はその場に座り込み、大きく息をついた。

 

 「お二人とも、お疲れさまでした」

 

二人の様子を心配して、麗々と煌々が駆け寄って来る。

 

 「ああ、ありがとう。 でも、ごめん。 なかなか後退するタイミングがつかめなくて、予定より大分戦力を削られちゃったな」

 

 「お二人のせいではありません。 もっと緻密に策を練らなかった私たちの責任です。 お二人は本当に良くやってくださいました」

 

 「・・・・“コクコク”」

 

 「ありがとう。 なんとか今のでだいたいのコツはつかめたから、次からはもう少し上手くやって見せるさ」

 

 「はい。 でも今は、とにかく少しでも休んで疲れを取ってくださいね」

 

 「ああ、そうさせてもらうよ」

 

そう言って章刀は、手足を投げだしてその場に寝転がった。

 

 

――◆――

 

“ピィーーーーッ!!”

 

渓谷の中に、もう十数回目になる笛の音が響き渡る。

それを聞き、兵士たちは渓谷の外へと駆けだし、俺、愛梨、昴の三人もそれに続いて後退する。

 

渓谷の外へ出た俺たちと入れ違いに、すぐさまもう一つの隊を率いて涙、向日葵、心の三人が渓谷の中へと走り出した。

 

今戦いを終えた兵士たちはその場に倒れこみ、仰向けになって肩で息をしている。

それは、俺も例外ではなかった。

 

 「皆さん、大丈夫ですかっ!?」

 

心配した麗々たちが駆け寄ってきてるれる。

その手には、小さな器に入った水を持ってきてくれた。

 

 「ああ、なんとかね」

 

俺は身体を起こして、手渡された水を一気に飲み干した。

大して冷えてもいない水だけれど、戦いで憔悴しきった身体にはとてもしみる。

 

別に戦いを甘く考えていた訳じゃない。

ましてや、30万の大群を相手に楽をして勝てるなんて思っていやしなかった。

 

けど、ここまでとな・・・・・

 

あれからもう十回以上もの隊の入れ替えを繰り返し、紅蓮隊と戦い続けてかれこれ丸二日近くになろうとしていた。

開戦から一度沈んでまた登った太陽も、再び沈んで今はもう夜中だ。

 

ローテーションで戦力の消耗を最小限に抑えて戦っていたのにも関わらず、兵士の数は最初の約半分ほどにまで削られ、もはや隊を三つに分けることさえ叶わなくなっていた。

 

今はなんとか残りの兵を二つに分けて交互に戦っているが、正直言ってじり貧だ。

隊の数が二つになったと言う事は、休息の時間も減り、その分疲労がたまると言う悪循環。

 

このままでは交互に戦う事が出来るのもあと一度か二度か・・・・・

 

紅蓮隊の方も開戦当初に比べればかなり人数を減らしているはずだが、向こうは倒れても次々と新たな兵隊が現れる。

持久戦ではこちらに勝ち目があるはずもなかった。

 

 「さて、これからどう戦うか・・・・・」

 

大の字になって夜空を見上げながら、そんな風に呟いた時だった。

 

 “ピィーーーーーッ!!”“

 

 「っ!?」

 

渓谷の中から聞こえたのは、後退を知らせるあの笛の音だ。

俺だけではなく、周りで倒れていた兵士たちもその笛の音を聞いて驚いたように身体を起こす。

 

無理もない。

まだ先ほどの交代から一時間程度しか経っていないのだ。

 

 「どうしたと言うのだ! いくらなんでも早すぎる!」

 

昴は苦虫をかみつぶしたような顔で、渓谷の中へと目を向ける。

彼女の顔にも、さすがに疲労の色が浮かんでいた。

 

 

 「恐らくもう兵士達の体力が限界なんでしょう。 一気に敵に押し切られているのかもしれません」

 

不安そうな表情を浮かべ、麗々が言う。

恐らくもなにも、兵士達のひろうはとっくに限界を超えているだろう。

むしろここまで良く戦ってくれたと思う。

 

 「兄上、どうしますか?」

 

 「どうするもなにも、こうなった以上全力で食い止めるしかないな」

 

ここから成都までは、そう遠くない。

一度撤退して体勢を立て直す時間なんてないんだ。

 

 「すまない皆! もう限界だろうけど、力を貸してくれ!」

 

 「「「オォーーーッ!!」」」

 

俺の呼びかけに、今まで横たわっていた兵士たちも立ち上がって声をあげてくれる。

その叫び声にすら既に疲労の色が見て取れるが、今は頑張ってもらうしかない。

 

ほどなくして、渓谷の中から撤退してきた兵士達が出て来た。

涙、向日葵、心も一緒だ。

 

 「悪い、皆。 あいつら抑えきれなかった」

 

 「涙たちのせいじゃないさ。 とにかく今は、全力で奴らを止める事を考えるんだ!」

 

 「「「ウオォォォォォーーーーー!!!」」」

 

渓谷の中から響くのは、地鳴りの様な叫び声。

それと同時に、暗闇の中から紅蓮隊の群れが飛び出してきた。

 

俺たちは武器を構え、目の前から押し寄せる赤い群れを迎え撃とうと陣形を組む。

だが、正直絶望的だ。

 

向こうはほとんどがまだ無傷の兵隊。

それにたいして、こちらは全員が疲労困憊。

勝算は無いに等しい。

 

けど、やらなくちゃ。

俺たちの後ろには、成都の街があるんだ。

父さんや母さんが命がけで守り、作り上げた街が。

 

それをこんな野党の群れなんかにめちゃくちゃにされてたまるかよっ!

 

 「お前らなんかに、やられる訳にはいかないんだぁーーーーっ!!!!」

 

俺がそう叫び、剣を振り上げて敵の群れへと駆けだした時だった。

 

 

 

“ヒュンヒュンヒュン!!!”

 

 

 「ぎゃぁ!」

 

 「ぐあ゛っ!」

 

 「!?・・・・・・」

 

突然紅蓮隊の頭上に、矢の雨が降り注いだ。

正体不明のその矢の数々は、次々と紅蓮隊の兵隊を貫いて行く。

 

やがて数十秒続いたその矢の雨が止むと、その場にいた紅蓮隊の四分の一程が地に倒れていた。

 

何が起こったのかが理解できず、俺たちも紅蓮隊も少しの間硬直していたが、そんな中紅蓮隊の一人が何かに気付いたように声を上げた。

 

 「お、おい! あれを見ろっ!」

 

その男が指さした先には西の空、既に夜が明けて太陽が登ろうとしていた。

しかし男が示したのは登ろうとする太陽ではなく、その空に翻る旗だった。

 

その旗に大きく書かれた字は、“孫”――――――――――――――――

 

 

 「あらあら、ほんとに赤色ばっかりなのね。 なんだか黄巾党の時を思い出すわ♪」

 

 「小蓮様、遊びでは無いのですよ! もっと気を引き締めて下さい!」

 

 「分かってるわよ。 まったくあなたは相変わらず固いんだから」

 

 「何はともあれ、なんとか間に合ったようですね」

 

 「ええ。 あの人にはいろいろ言いたい事はあるけれど、とにかくそれは戦いが終わってからにしましょう」

 

そう言うと、桜色の長髪の少女は凛とした表情を浮かべ、腰に差した剣を抜いて空へと掲げた。

 

 「この地を荒らす野党の群れどもよ! 我は蜀と友好の盟約を結びし孫呉の王、孫子高!

これ以上我が友の地を荒らすと言うのならば、我らが相手になろう!」

 

少女の凛とした声が、夜明けの荒野に響き渡った。

 

 「はぁ・・・なんとか間に合ったな」

 

その様子を見ながら、俺は心から安堵のため息を漏らした。

 

戦いが始まる前に、麗々に頼んで手配してもらった早馬。

その行き先は、他ならぬ呉の国だった。

 

『蜀・呉友好条約』―――――――――――

 

二十年前の赤壁の戦いで、蜀と呉は協力して魏を退けたものの互いに大きな被害を受けた。

特に呉は当時の王だった孫策、そしてその右腕と呼ばれた周瑜、更には将軍の中でも古株である黄蓋と、国の主要人物を一度に失い、それから先の三国の争いから著しく遠のいてしまった。

 

そこで孫策の後を継いだ孫権と俺の父さんは、お互いに争う事を止め、協力して国を治めようと手を取り合うことにした。

 

それが、この条約だ。

 

争いを亡くし、平和を願った父さんたちがたどり着いた、大陸全ての平和の為の第一歩。

 

父さんたちがこの世を去った今も、後を継ぐ俺たちはその条約を守りこうして協力体制にある。

 

正直、この援軍が望めなければ、俺は今回の戦いに勝ちは見いだせなかったと思う。

 

 「さぁ、孫呉の精兵たちよ! 身の程を知らぬ賊どもに、我らの力を示すのだっ!!」

 

 「「「オォ―――っ!!!」」」

 

少女の鼓舞に応え、後ろに控えた兵士達が紅蓮隊に向かって突進する。

虚をつかれた形となった紅蓮隊は、満足に抵抗する事も出来ずにただただ呉の兵隊たちに押されていった。

 

俺たちも見ているだけという訳にはいかない。

疲れ切った身体を奮い立たせて、呉の兵と協力して紅蓮二隊を打倒して行く。

 

そうして、呉の援軍が到着してからほどなくして、この戦いは俺たちの勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

――◆――

 

 「ふぅ~・・・・なんとか勝ったか」

 

岩場に腰をおろして、俺は大きく息をついた。

勝つには勝ったけど、もう体中ボロボロだ。

正直、できる事ならしばらくは一歩も動きたくないな。

 

なんて事を考えていると・・・・

 

 「あーきーとーっ♪」

 

 “ムギュ”

 

 「ぅい゛っ!?」

 

突然俺の背中に何かがのしかかってきた。

同時に、筋肉痛と擦り傷でボロボロの身体に激痛が走る。

 

 「あ、ごめん。 痛かった?」

 

抱きついてきた相手はと言えば、俺の反応を見てようやく俺の状態に気付いたのか、ちょっと慌てたように離れた。

 

でも特に悪びれる様子もなく、屈託のない笑顔を浮かべる。

 

 「でも本当に久しぶりね。 元気だった?」

 

 「ええ、まあ。 小蓮さんも変わらず元気そうですね」

 

 「あら、よく私だって分かったわね♪ こんなにおばさんになっちゃったのに」

 

 「おばさんだなんて。 すっごく美人になっててびっくりしましたよ」

 

 「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない♪」

そう言って、子供の様な笑顔を浮かべるこの女性の名前は孫尚香。

真名は小蓮という。

 

呉の初代国王、孫堅の娘にして、先代、先々代の国王である孫策と孫権の妹だ。

八年前と比べるとすごく魅力的に成長してるけど、どうやら無邪気な性格は昔のままらしいい。

 

 「章刀もいい男になったわね~。 一刀にそっくりだわ♪」

 

 「はは、それはどうも」

 

この人は昔から父さんにべた惚れだったもんな~。

この様子だと、まだ一人身なんだろうか?

 

 「・・・・・章刀。 今すごーく失礼な事考えなかった?」

 

 「い、いや。 そんなこと無いですよ。 ははは・・・・」

 

 「ふーんだっ! どうせ私はまだ一人身ですよ~」

 

心を読まれたっ!?

ていうか、やっぱり一人身だったんだ。

 

 「章刀っ!」

 

 「?」

 

小蓮さんと冗談交じりに談笑していると、後ろから名前を呼ばれた。

その声は、先ほど荒野で高らかに号令をかけていたそれと同じもの。

 

振り返ると、そこには予想通り桜色の髪の女の子が腰に手を当てて立っていた。

褐色の肌に青色の瞳が美しい美少女だ。

 

 「ああ、蘭華。 久しぶり」

 

 「ああ、蘭華・・・・じゃないわよっ! 帰ってきてたなら、なんで連絡の一つもくれなかったの!?」

 

 「え・・・・?」

 

 

なんだか知らないけど、怒られた。

 

この子は孫登子高。

真名は蘭華。

 

呉の先代国王、孫権の娘で、実は俺の幼馴染だ。

小さい頃は俺と蘭華、それに愛梨たちも一緒によく遊んでいた。

久しぶりに会えて俺もすごくうれしいんだけど、なぜだか蘭華の方は御機嫌ななめの様子だ。

 

 「あなたが帰ってきたのは噂で聞いていたわ! なのに知らせの文の一つも無しで、やっと連絡がきたと思ったら援軍の要請だなんて、信じられないっ!」

 

 「えっと・・・・ごめん」

 

 「ごめんで済むならこんなに怒ってないわ! 私がどれだけ心配したと・・・・・」

 

 「まぁまぁ蘭華。 そのくらいにしておきなさい」

 

 「小蓮様・・・・・」

 

ものすごい見幕で俺に詰め寄る蘭華を、小蓮さんがなだめてくれた。

 

 「章刀だって、こっちに帰ってきたばかりで忙しかったのよ。 連絡ができなかったことぐらい大目に見てあげなさい」

 

 「むぅ、それは分かっていますが・・・・・」

 

たしなめられた蘭華は俺への攻撃はやめてくれたものの、まだ不安そうな表情で軽く頬を膨らませている。

あ、これはちょっと可愛いかも。

 

 「でも、確かに蘭華の言うことも一理あるわね。 章刀、蘭華は八年前あなたが姿を消した時から、ずっとあなたの事を心配していたのよ?」

 

 「え? そうなの?」

 

 「べ、別に心配なんて・・・・まぁ、ちょっとはしてたけど・・・・・」

 

 「もう、素直じゃないんだから。 あのね章刀、初めてあなたが帰ってきたって話を聞いたときなんか・・・・」

 

 「うわーーっ!! 小蓮様っ! その話はしない約束でしょう!?」

 

小蓮さんの話を遮って、なぜか蘭華は顔を真っ赤にして手をバタバタさせている。

 

 「フフ、ごめんなさい。 でもせっかく章刀が帰って来たんだもの、気持ちを伝えるいい機会じゃ・・・・」

 

 「怒りますよっ!!」

 

 「はいはい、分かったわよ」

 

よくわからない二人のやりとりが終わると、蘭華は再び俺の方に視線を向けた。

その表情はまだ少し険しさが残っている。

 

 「と、とにかく無事に帰ってきてよかったわ。 それを言いに来たの!」

 

 「ああ、ありがとう蘭華。 それから、まださっきのお礼を言ってなかったな。 協力してくれてありがとう。 おかげで助かったよ」

 

 「そ、それは当然でしょ? そういう条約何だもの」

 

 「それはそうだけどさ、来てくれてうれしかったよ。 久しぶりに蘭華にも会えたしね」

 

 「っ・・・・・・・!!」

 

 

なんだろう?

俺の言葉を聞いた蘭華が、顔を真っ赤にして固まってしまった。

俺、なんか変な事言ったかな?

 

 「あ、あのね・・・・章刀」

 

 「ん?」

 

顔を赤くしたまま、蘭華が恐る恐るという感じで口を開いた。

 

 「その、せっかく久しぶりに会えたのだし・・・・・今度、時間がある時に食事でも・・・・・・」

 

 「兄上ーーっ」

 

 「っ!!」

 

 「? ああ、愛梨」

 

蘭華が何かを言いかけたところで、俺を探していた愛梨がやってきた。

 

 「兄上、ここにたのですか。 帰還の為の準備もありますので、一度集合を・・・・・・っ!」

 

俺を見つけて話を始めた愛梨だが、一緒にいた蘭華の存在に気付いて少し驚いた様子だった。

 

 「こ、これはこれは蘭華どの・・・・・久しぶりですね」

 

 「え、ええ。 そうね愛梨。 そちらも元気そうで何よりだわ」

 

 「?」

 

何だろう? 

挨拶を交わす二人の顔は笑っているんだけど、どこかぎこちないと言うか・・・・二人の間に何か黒いオーラを感じる。

 

 「あらあら、章刀も大変ね♪」

 

そんな二人の様子を見ながら、小蓮さんは口に手をあてて笑っていた。

なんでそこで俺が出てくるんですか?

 

 「あ、そうだ蘭華。 俺に何か言いたい事があったんじゃないの?」

 

 「え!? えっと、その・・・・・何でも無いの! ごめんなさい! 全然大したことじゃないから!」

 

 「・・・・・・そう?」

 

なんでそんなに慌ててるのかは謎だけど、本人がなんでもないって言うならこれ以上聞くのも野暮だろう。

 

 「そ、それじゃあ私たちもこの後の予定を話し合わなければならないから一度戻るわね! 行きましょう、小蓮様!」

 

 「ふふ、はいはい。 それじゃあ、章刀、愛梨。 また後でね♪」

 

どこかギクシャクした歩き方の蘭華の後を追って、小蓮さんも手を振って去って行った。

何だったんだろう?

 

 「さぁ、兄上。 私たちも戻りますよ!」

 

 「あ、ああ。」

 

なぜだろう?

このあとしばらくは、愛梨の俺に対する態度が心なしかきつかった気がする。

 

 

 

その夜、俺たちは城に戻って祝杯を挙げた。

もちろん、呉の皆も一緒に。

 

この戦いで親しい友人や仲間を亡くした者もたくさんいた事だろう。

 

しかしこの日は悲しみを忘れ、皆でこの大きな戦いで勝ちとった勝利の喜びを分かち合ったのだった。

 

 

――◆――

 

翌日、俺は愛梨、桜花、それに蘭華を連れてある場所へと足を運んでいた。

ある場所とは、城の中にある牢獄だ。

理由は、ある男に会う為。

 

実は昨日の戦いで、俺たちは敵の紅蓮隊の首領を捕えることに成功していた。

これだけ大規模な暴動を起こした勢力の親玉だ。

詳しく話を聞く必要があると言う事で、一時的に牢に幽閉している。

 

もちろん、話を聞いた後は極刑が待っている訳だけど・・・・・・

 

 

監視役の兵士に案内されて、男が入れられている牢の前に着いた。

捕まっている男はといえば、手足を縛られて牢の壁にへたり込んでいた。

 

俺たちは牢のカギを空けてもらい、中へと入った。

その音で俺たちの存在に気付いたようで、男もうなだれていた顔を挙げてこちらへ視線を向けた。

短いあごひげを生やした、中年の男だった。

 

 「はじめまして。 俺は関平。 あんたの名前は?」

 

 「・・・・儀招(ぎしょう)」

 

俺の問いかけに、男は低く細い声でそう名乗った。

 

 「それじゃあ儀招。 あんたにはいくつか聞きたい事があるんだが、まず一つ。 紅蓮隊を指揮してたのは、あんたで間違いないな?」

 

 「・・・・ああ」

 

頷く事もしないまま、儀招は声だけで肯定した。

 

 「なら次の質問だ。 何が目的でこんな暴動を起こした?」

 

 「・・・・・・・・」

 

今度の質問はすぐには答えず、儀招は黙り込んでしまった。

 

 「どうした?」

 

 「・・・・・わからない」

 

 「何・・・?」

 

 「なぜあんな事をしたのか、どうやってあれだけの人数を集めたのか・・・・・何も分からないんだ」

 

 「ふざけるなっ! 貴様、あれだけの事をしておいて分からないだと!? いい加減な事を・・・・」

 

 「愛梨、落ちついて」

 

 「!・・・・はい」

 

儀招の答えを聞いて怒りを露わにする愛梨の前に、俺は手を出して止める。

でも愛梨の怒りももっともだ。

あれだけの騒ぎを起こした張本人が、理由も分かりませんでは納得できるはずもない。

 

 「なぁ、儀招。 念のために言っとくが、下手な嘘はつかない方がいい」

 

俺は少しだけ声の調子を今までより強くして儀招にいった。

けれど儀招はそんな俺を見ながら嘲笑した。

 

 

 「はっ。 嘘なんかつきやしねぇよ。 だいたい、俺はどうせ極刑だ。 嘘をつくにしてももう少しましな言い訳を考えるさ」

 

 「・・・・・・・・」

 

確かに、儀招の言うことももっともだった。

ここでこんな嘘をついても、この男には何の得もない。

 

 「何も分からないって言ったな? それじゃああんたは何も知らないまま紅蓮隊を集めて戦って、気が付いたらここに捕まってた・・・・・そう言うことか?」

 

 「まぁ、半分はそれで正解だ」

 

 「半分・・・・・?」

 

儀招の意味深な答えに、俺をはじめ周りのみんなも眉をひそめた。

 

 「・・・・一人の男が現れたんだ」

 

そんな俺たちを見ながら、儀招は突然深刻そうな声音で語り始めた。

 

 「もともと、おれはそれほど人数も多くない野盗の頭領だった。 毎日商人や旅人を襲って金品をぶん取るだけのチンケなコソ泥さ。 だがある日、そんな俺の前に一人の男が現れた」

 

 「その男が、何だって言うんだ?」

 

 「そいつは特に敵意を見せるわけでもなく、ただ俺と話をしたいと言ってきた。 少し怪しいとも思ったが、俺はそいつの話を聞くことにした。 それから・・・・・」

 

 「・・・・?」

 

そこで儀招は言葉を詰まらせると、悔しそうに歯噛みした。

 

 「それから俺の記憶は曖昧になっちまったんだ」

 

 「何?」

 

 「気が付いたら俺は紅蓮隊なんて集団の首領になってて、なぜか頭の中はこの国で暴れまわることしか考えられなくなってたのさ。 暴れていたころの記憶はしっかり覚えてるが、どうしてそうしようと思ったのかはさっぱりわからねぇ」

 

 そこで、儀招の話しは終わりのようだった。

 

 「貴様・・・・そんな話を信じろと言うのかっ!」

 

 「私も同感だ。 作り話にしたって舐めすぎている」

 

儀招の話を黙って聞いていた愛梨が、再び激こうした。

今度は隣の蘭華も怒りの表情を浮かべている。

 

 「別に信じなくても構わねぇさ。 ただ、これ以上俺が話せる事は何もねぇ」

 

 「その男の特徴と、名前は?」

 

 「名前は分からねぇが、若い男だったな。 丁度あんたと同い年くらいの優男さ」

 

 「・・・・・わかった。 ありがとう」

 

俺はそれだけ言うと、儀招に背を向けて歩き出した

 

 「おい」

 

 「?」

 

牢を出ようとした俺を、儀招が呼びとめた。

 

 「もしそいつと会う事があったら気を付けな。 あれは多分、人間の皮をかぶった悪魔だ。

人間に勝ち目はねぇよ」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

その忠酷に返事をすることも無く、俺たちは牢を後にした。

 

 

 「兄上、どう思います?」

 

牢を出たところで、愛梨が怪訝そうな表情で聞いてきた。

 

 「儀招がその男に操られていたって話かい? 正直すぐに信じられる話じゃないけど、かといって全部嘘だとも思えない。 もし本当に、紅蓮隊その者を裏で操ってたやつがいるとすれば・・・・」

 

 「そいつは間違いなく、私たちの敵ね」

 

俺の言葉に、蘭華が続けた。

 

そんな強力な力を持った人間が、本当にいるんだろうか・・・・

けれど力の大小はともかくとしても、儀招の話を聞く限りでは、今回の騒動を裏で動かしていた何者かが居るような気がしてならなかった―――――――――――――――――

 

 

――◆――

 

 「曹丕様、報告があります」

 

玉座の間で、小柄な少女、荀惲は言った。

その前の玉座に座っている金髪の少女、曹丕は、特に表情を変えることも無く荀惲の言葉に耳を傾けている。

 

 「最近蜀の地で暴れていた紅蓮隊という野盗の群れの件ですが・・・・・先日、蜀と呉の共同戦線によって討伐されたようです」

 

 「そう・・・・・。 相変わらず、厄介な同盟ね。 いずれはあの二国を同時に相手しなければならなくなるでしょう。 その時までに、準備は怠らないようにしましょう」

 

 「御意」

 

曹丕の言葉に、荀惲はかしこまって礼をした。

 

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 「? どうかしたの、真?」

 

 「え? いや・・・・・」

 

曹丕に声をかけられたのは、彼女の横に立っていた青年、司馬懿。

真名は真という。

 

いつもは平然と報告を聞いているだけの彼が、少し難しい顔をしていたのが曹丕には気になった。

 

 「何でも無いよ。 ただ、少し考えごとをしていただけさ」

 

 「そう? なら良いけど・・・・・身体の調子でも悪いのでは無くて?」

 

 「大丈夫だよ。 心配してくれてありがとう」

 

不安げな瞳を向ける曹丕に、司馬懿は笑顔を向けて答えた。

そして、玉座の前に立つ荀惲の方へと視線を移す。

 

 「栄花(えいふぁ)。 もう報告は終わりなら、部屋に戻ってもいいかな? 少し調べ物をしたくてね」

 

 「ええ、構わないわ」

 

 「ありがとう。 それじゃあ華音、少し外すよ?」

 

 「ええ」

 

そう言って、司馬懿はひとり玉座の間を後にした。

 

 

――◆――

 

 「紅蓮隊はやられてしまったか・・・・」

 

自室に戻った司馬懿は、椅子に座ってそう呟いた。

その彼の手には古びた一冊の本が握られている。

 

 「さすがに黄巾党の時の様にはいかなかったか・・・・。 やはり、歌の様に人の心に強く影響するものでなければ効果は薄いな。 だが、蜀と呉の力を試す為の試験石としては十分だったよ」

 

本を手で撫でながら司馬懿は独り言を続ける。

すると彼は立ち上がり、部屋の窓を開けて空を見上げた。

外は既に夜で、空には数えきれない星と月が淡く光っている。

 

それらを見つめながら、司馬懿は細く笑った。

 

 「あの赤壁の戦いから二十余年・・・・・この大陸は、危ういながらも平和と呼べる時を過ごしてきた。 だが、このままでは真の平和は訪れない。 三国の均衡の時代には終わりをつげ、そろそろ物語を次の章へと進めてみようじゃないか」

 

司馬懿の嘲笑の声は、魏の夜空に静かに消えていった――――――――――――――――――――――――――――

 

 

オリジナルキャラクターファイル No.007

 

 

 

オリジナルキャラクターファイル No.008

 


 
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