No.383847

一時間彼女

イツミンさん

本当は読む動画にしてニコニコにぶち込もうと思ったけどめんどいからやめました。やってくれる人がいたらしてもいいんじゃない?着想は某大好きな実況主さまから。ご本人様たちの知らぬところでこんにちわ。

2012-02-27 01:27:42 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:550   閲覧ユーザー数:525

 

 怪しい店だった。

 古美術を扱っているのか、それとも広く雑貨を扱っているのか、よくわからない店だった。

 どうしてこの店に入ったのか、実はよく覚えていない。

 仕事帰り、ネクタイを緩めながら裏路地を駅まで抜けているときに見つけて、ただなんとなく入ったような気がする。

「いい物が入っているよ。なかなか見ない品物だ」

 雑然とした店の中で、枯れ木のようなばあさんが俺に言った。

「いい物だって?」

「ああそうさ。すごく珍しい品物だ」

「それは一体なんだい?」

「あんたにはぴったりの品物だと思うけどね」

 言ってばあさんがのっそりとした動きで渡してきたのは、一見ただの紙束のようだ。

 表紙には恋人発行券と書いてある。

「なんだいこれは?」

「みたまんまさ。恋人を作ってくれるチケットだよ」

「これが珍しいものかい?」

「そうだよ。珍しくはないかね?」

「まあね……」

 思っていたよりも怪しい店のようだ。

 大体なんだ?恋人発行券ってのは。

 どこからともなく恋人を呼び出してくれるのか?

 俺は恥ずかしながら生まれてこの方恋人がいない。

 不器用で、顔の作りもいいほうじゃないから、残念だが恋人ができたことがない。

 俺にぴったりね。

 確かにそういえるかもしれないけどね。

「どうせインチキだろう?」

「それは使ってみないとわからないね」

「そりゃそうだけどね」

「一枚使うと一時間のあいだ恋人が出てきてくれるよ」

「なんだい、時間限定なのか?」

「そりゃあね、そうそううまいもんじゃあないさ。ずぅっとそばになんて、そんなことはない」

「ふうん、一時間限定の恋人がね」

 どこまでも胡散臭いもんだ。

 煙のようにふわりと現れた恋人は、やはり煙のように消えていくらしい。

「どうだい?買わないかね」

「いくらなんだ?ふっかけるつもりじゃないだろうな」

「いくらでもいいさ。あんたが決めればいい」

「そうか……。それなら千円だ。それが上限だぜ」

「わかった、それで売ろうじゃないか」

「よし決まった、千円だな。じゃあ買おうじゃないか」

 財布から千円を取り出し、俺は恋人発行券を買った。

 高い買い物のような気がしたが、話しの種にはなるかとも思ったので、まあちょうど言いか。

 

 

 

 

 

 

           2

 

 

 恋人発行券を使ったのは、早速その日の晩だ。

 夕飯を済ませ、晩酌の酒のさかなにばあさんのインチキに引っかかってやろうと思ったのだ。

 酒とつまみを用意して、テーブルの上に放り出してあった恋人発行券を取り上げる。

 

 何の変哲もない紙束だ。

 ただし、ちょっと古めかしい感じはする。

 

 確認したところ六十枚つづりで、有効期限は無し。

 一枚ちぎればどこからか恋人が現れて、一時間で消えるらしい。

 複数枚同時に破っても、効果の重複はないようだ。

「まあ物は試しか」

 缶ビールに一つ口をつけて、俺は早速恋人発行券を一枚破った。

 

 ――と

 

「うわっ!?」

 恋人発行券は燃え上がり、一瞬にして灰も残らず消える。

「ああ、びっくりしたなあ」

 火薬でも仕込んであったかな?

 まるでマジックのように恋人発行券は消えてしまった。

 一瞬どきりとしたが、その程度か。

 まったく、やっぱり千円でも高かったか?

明日にでも笑い話になればいいけど。

 

「亮一さん、わたしもビール貰うね」

 

 唐突に、ふらり、キッチンから缶ビールを一本持って女性が現れる。

「――え?」

「なあに?だめだった」

「いや、そんなことはないけど……」

 おそらく同年輩の女性は俺のそばに座り、つまみの割きイカに手を伸ばした。

 な、なんだ?

 この娘はどこから来たんだ?

 なんで俺の名前を知ってるんだ?

 

 頭の中が混乱する。

 

 なんだ?まさか本当に恋人発行券から出てきたのか?

 

 いやまさか。

 きっとばあさんに頼まれて、俺を担ぎに来ているに違いない。

 

 ばあさんめ、住所や名前をどうやって調べたんだ?

手回しのいいことだ。

「今日はお仕事どうだった?大変だった?」

「ああ、うん、結構ね」

「上司の人とケンカしたのはどうなったの?ちゃんと謝ったの?」

「ああ、もう大丈夫……だけど……」

 彼女は小柄で、可愛くないなんてことはないけど、どこにでもいるような女の子だった。

 酒を飲み、つまみを食べながら俺は彼女と過ごす。

 急流に飲み込まれたかのようで、わけがわからないせいか、彼女のペースにいつしか飲まれていた。

 気にかかったのは、なぜか彼女がいろいろと俺について知っていることだ。上司とケンカしたことは誰にも言っていないはずなのに。

 ばあさんが調べたのか?

 それにしてはしかし、手回しがよすぎるだろう。

 恋人発行券とはもしかして、そもそも俺を騙すためのもので、綿密に計画は練られていたのか?

 彼女居ない暦がそのまま年齢になる俺を騙すために?

 

 混乱する頭でいろいろと考える。

 もしかして、いつのまにかテレビ番組の収録に巻き込まれていたのだろうか?

 

 するとふと、存在感が消えた。

 肩が触れるくらいの彼女の、その存在感が。

 

「――あれ?」

 疑問に思って横を見ると、一瞬視線を外しただけなのに、彼女はそこから消えうせていた。

「ど、どこに行ったんだ?」

 立ち上がり、狭い室内をうろうろするが彼女は居ない。

 狭苦しい一人暮らしのアパートでは、隠れる場所もないだろうに、彼女の痕跡は全てなくなっていた。

 もちろん外に出て行った様子もない。

「酔ってるのか?でもまだビール一本だぞ?」

 ひとりつぶやいて、そして気が付く。

 

 そういえば、恋人発行券を使ってちょうど一時間だと。

 

「……まさかこれ、本物なのか?」

 

 煙のように現れて、煙のように消える恋人発行券が……?

 

 試しにもう一枚、恋人発行券を使ってみる。

 一瞬のうちにチケットは燃え上がり、灰も残らないで消えた。

 そのときカギをかけていたはずの玄関が開く音がして、

「お待たせー。おつまみ追加買って来たよー」

 さっきの彼女の声が聞こえてきた。

 

 俺は手元の恋人発行券をマジマジと見つめる。

 

 すごいぞ、これ本物じゃないか!

 千円だって?安すぎるじゃないか!

 

 俺はなんていい買い物をしたんだ!

 

 

 

 

 

 

           3

 

 一ヶ月がたち、俺はまたあの店にやってきた。

 恋人発行券はあっというまに枚数を減らし、もう残り十枚をきっていた。

 また恋人発行券を買おうと俺はやってきたのだ。

「ばあさん、この間の恋人発行券、まだあるかな?」

「おやあんたかい。もう使ってしまったのかね?」

「まだ使い切ってはないけど、もう少ないんだ。まだ残ってるかな?」

「滅多にない品だといったはずだけどねえ」

「そこを何とか用意してもらえないか?金ならいくらでも払う。頼むよばあさん」

「しかたないねえ、あんたにだけ特別にもう一度売ってあげようか」

 ばあさんは言って、売り場ではなく、カウンターの奥の棚から仰々しく恋人発行券を取り出して俺に渡してくる。

 ありがたいことだ。恋人発行券はまだ残っていた。

「いくらでも払うといったけど、今2万円しかないんだ。明日不足分は持ってくるから、とっておいてくれるか?値段はばあさんが決めてくれていい」

「おかしなことを言うねえ。値段はあんたが決めたろ?千円だとさ」

「だけど、それは本物だと思わなかったから買い叩いたんだ。今度は相応の値段を払わせてくれ」

「一度決めた値段を覆すわけにはいかないよ。商売人に嘘をつかせないでおくれ」

「じゃあ千円でいいのか?」

「いいもなにも、元々千円さ」

「ありがとうばあさん」

 財布から千円を取り出し、ばあさんに渡す。

 こんないいものが千円で買えるのなら、これ以上のことはない。

「そうだばあさん、出てくる娘は変わらないよな?」

「ああ変わらないはずだ。あんたたちの運命が変わってなけりゃね」

「ありがとう、それならいいんだ」

 ばあさんに礼を言って店を出る。

 最初はあまり好み出ないと思った彼女だったけど、今では俺はあの娘じゃないといやだ。

 俺の恋人はあの子じゃないといやだ。

 

 小走りで駅へと急いだ。

 早く家に帰ってしまいたかった。

 

 これで俺はまた、あと六十回彼女に会う権利を手に入れた。

 

 家に帰り、前に買った、残り少なくなったほうの恋人発行券を一枚破る。

 チケットは燃えて、そして灰も残らず消えた。

「……ん、おかえり」

 誰も居なかったはずのベッドのふくらみから彼女が這い出してくる。

 俺の愛しい彼女が。

「なんだ、きてたのか」

「うん、今日わたしお休みだったから。でも寝てた。ご飯食べに行く?」

「しかたないな、すぐに着替えるよ」

 外食することになるなら、チケット一枚じゃ足りないだろう。

 買い足して早々、二枚以上使うことになりそうだ。

 

 あたらしい恋人発行券も、ひと月持つかどうかといったところか。

 

 

 

 

             4

 

 

 やはりチケットはあっというまになくなる。

 節約しながら使っても、二ヶ月は持たなかった。

 俺はまた店に駆け込む。

 楽しい時間を取り戻すために、もう一度あの怪しい店に。

「ばあさん、恋人発行券をくれないか」

「おや、あんたかい。今度は長持ちしたじゃないか」

「ああ、節約して使ったからさ。でももう残り少ないんだ」

「そうかい、だけど残念だね、もうないんだよ」

「ないのか?」

「わるいけどね、あれはなかなか見ない品物だからね」

 枯れ木のようなばあさんは残念そうに言う。

 俺だって残念だ。恋人発行券はもう5枚しかなくなっていた。

 つまり、彼女に会えるのはあと5時間ということだ。

「あれはあんたに向いた品物だったから、売ってやりたいんだけどね。おそらくはもう二度と入らないだろうね」

「もうぜったいに手に入らないのか?」

「ぜったいだろうね。長い人生で、やっと入荷できた品物だからさ」

「そうか、そいつは残念だな」

 悲嘆に暮れて店をあとにする。

 あと五時間だって?

 たったの五時間しか彼女に会えないだって?

 

 そんなバカな!

 

 最早俺には彼女のいない人生など考えられないのに!

 

 帰宅をしてチケットを取り出す。

 薄っぺらくなった五枚の紙束。

 

 どうしてこんなに少ないんだ?

 どうすればまた彼女に会えるんだ?

 

 たった五時間なんて、寂しすぎるじゃないか!

 

 

 

 

           5

 

 

 しばらく時間が経った。

 恋人発行券はなるべく使わないようにしたけれど、とうとう残り一枚になってしまっていた。

 最後に彼女に会って二週間以上がすぎる。

 彼女に久しぶりに会いたいけれど、最後の一枚を使い終わってしまうのはいやだった。

 最後の一時間で彼女とお別れになるのがいやだった。

 

 土曜日の昼間に外に出る。

 混み合った、商店の並ぶ街に久しぶりに出る。

 

 人ごみが嫌いなので、休日に外出することは滅多になかった。

 だけどあと彼女に会えるのはたった一時間。

 別れのプレゼントを渡そうと思い、彼女が欲しそうなものを探しているのだ。

 ジュエリーショップを覗き込み、入るか入るまいか躊躇う。

 俺には縁のない場所だった。

だって、彼女がいたことがなかったのだから。

 プレゼントをしようにも、相手が居なければできないし、俺は宝飾品で飾る趣味はない。足の遠のく場所だった。

 

 その俺がジュエリーショップをのぞくなんてね。

 

 だけど結局、この日はプレゼントを買わず終いだった。

 買ってしまえば最後、渡すために別れの一枚を使わないといけない。

 買わなければ、渡さないで済むから最後の一枚を使う理由もなくなる。

 

 我ながら情けのないことだった。

 そうやっていつもいつも、決断を逃げているところがあった。

 

 人ごみの中、辟易しながら帰途につき――

 

 

 

 彼女を見た。

 

 

 

 見間違いか?

 

 

 いやでも、確かに俺は今……。

 

 

 

 

 

          6

 

 

 最後の一枚を使うときがきた。

 いや、使わざるを得ない。

 

 事の真相を確かめないといけない。

 

 恋人発行券の最後の一枚を破る。

 チケットは燃え上がり、灰も残らずに消えた。

 そのとき、ノックの音がした。

「おーい、きたよー」

 いつもの彼女の声だ。

 俺は玄関に走って彼女を迎えた。

「ひさしぶりだね。最近あまり連絡くれなかったから、嫌われたかと思ったよ」

 屈託なく笑い、彼女は酒やらお菓子やらのおみやげの詰まった袋を提げて部屋に入る。

 嫌うなんてことはない。

 むしろ大好きが膨れ上がって辛かった。

 

 それなのに会えなくて辛かった。

 

「どうしたの?怖い顔してるよ?」

「きみは昨日の昼過ぎ、駅前にいなかったか?」

「昨日?昨日は家に居たけど……?」

 彼女の中ではそうなっているらしい。

 だけど、俺は駅前で彼女を見たんだ。

 あれは確かにこの娘だった。

 

 俺はてっきりこの娘は恋人発行券が作ったまぼろしだと思っていたけど、はっきりとこの目で見てしまってはそうとはいえない。

 

 もしかして、このチケットは実在する女性を出すんじゃないのか?

 設定は実際のものとは異なるけど、実在する女性が出てくるんじゃないのか?

 

 だとしたら、俺はチケットを使い切っても彼女と会えるかもしれないじゃないか。

 

 彼女の住所を聞き出せればいいんだ。

 

「きみ、名前は?」

 俺は彼女に聞いた。ずっと聞く機会がなくて聞けなかったことを。

 彼女は俺のことを知っているし、俺も彼女を知ってると思っているから聞けなかったけれど、そもそも俺は名前すら知らないのだった。

「亮一さん、なにを言うの?名前くらい知ってるじゃない」

「いいや、知らないんだ。教えてくれ。君はなんていう名前なんだ?」

「ふざけてるの?やめてよそういうの」

 彼女の機嫌が悪くなっていく。

 それはそうだ。愛し合っている恋人が名前を知らないなんて酷すぎる。

 

 質問を変えよう。

 名前は後回しだ、住所がわかればいいんだ。

 

「きみ、どこに住んでたっけ?ちょっと忘れちゃって……」

「どうしたの?なんでそんな変なこと聞くの?」

「いや、だからちょっと忘れちゃったんだ。度忘れだよ」

「おかしいよ、亮一さん。連絡もあんまりくれなくなったし、ひょっとしてわたしのこと嫌いになっちゃったの?」

「そんなことない、違うんだ!君が好きだから、だからこそ聞きたいんだよ!」

 思わず彼女に組み付く。

 彼女は俺を振りほどいた。その目がおびえているのがわかる。

 

 だめだ、わかってくれない。

 彼女は名前も住所も教えてくれない。

 きっと俺はおかしくなったと思われている。

 

 

 知ってるはずの名前や住所を聞き出そうとするんだ、そう思われてもしかたのないことだ。

 

「ごめん、今日は帰るね。これ、おみやげだから」

 コンビニの袋を置いて彼女は部屋を出て行く。

「待って……」

 玄関を出た彼女を追って俺も外に出るが、しかし彼女は忽然と姿を消していた。

「そんな……」

 部屋に戻り、時計を見る。

 一時間はまだ経ってない。経っていないはずだ。

 

 なのになんで彼女は消えたんだ……。

 

 また玄関を出て、アパートの外に彼女を探す。

 近所を走り回る。

 どこにも彼女はいない。

 彼女はどこにもいない。

 

 探しているうちに、一時間はすぎてしまった。

 

 一時間彼女はおしまいだ。

 

 足取り重く、俺は部屋に戻ることにした。

 玄関までもどり、そして俺はふと気がつく。

 

 彼女の落とした紙切れに……。

 

 

 

         7

 

 

 道具に頼ろうと思うのは間違いだったと思う。

 いつでも恋愛というものは、始まりも終わりもわからないものなのだ。

 俺はそれを知らなかった。

 経験がないのだから、俺はそれを知らなかった。

 恋人発行券はそれを教えてくれるものだったのだろう。

 だから現実の彼女とは違う設定で現れたのだ、あの娘は。

土曜日の昼間、駅前に居たのとは違う彼女で現れたのだ。

 

 つまり、俺はこれからはじめなければならないということだ。

 

「ああ、緊張するなあ」

 なんだか喉が渇く。

 さっきから何度水をお代わりしただろうか。

 

 日曜日の、昔懐かしいスタイルの喫茶店。

 俺は彼女を待っていた。

 

 忘れ物を届けるために待っていた。

 

 彼女も社員章を落としては、見知らぬ男からの連絡でもやって来ざるをえないだろう。

「緊張するなあ……」

 どうすればいいだろうか。

 もう最初から知ってくれている彼女じゃない。

 俺はちゃんと自分を上手く見せられるだろうか。彼女は俺を気に入ってくれるだろうか。

 

「高見さんか……」

 

 社員章には高見葉子と書いてある。

 彼女は俺よりも二つ年下だった。

 

 カランカランとドアベルが鳴り、彼女が店に入ってくる。

 

「近藤亮一さんですね?」

彼女は俺に向かって歩み寄ってきた。

 俺は緊張のあまりぎこちない動作で立ち上がる。

「ありがとうございます、社員章」

「ああ、いえ、こんなのなんでもないですよ」

「いつの間に落としたんだろう?駅前で拾ってくれたんですよね?」

「はい。すぐに届けられなくてすいません」

「いやだ、緊張しないでください。わたしのほうが年下なんだから」

 彼女は人懐こく笑った。

 ああ、俺の好きな彼女だ。

 彼女が今、一時間で消えない現実の彼女が今、俺の目の前にいる。

「お礼にお食事でもと思ったんですけど、このあとどうですか?」

「あ、う、うん。いいですね」

「まだ敬語ですよ?」

「ああ、すいません」

「ふふ、まあいいです。さあ行きましょうか。コーヒー代、払いますね」

「あ、いや、それは俺が自分で」

 彼女は伝票に手を伸ばすが、それを制して俺が自分で伝票を手に取る。

 食事を奢ってくれると言っているのに、コーヒーまで奢らせては申し訳がない。

 いや、食事も勘定を割るべきだろうか?

 そもそも本来は男である俺が出すべきだろうけど、だけどこれはお礼なんだしな……。

 

 コーヒー代を払い、喫茶店を出る。

 

「なにを食べましょうか?」

 先に店を出ていた彼女が、自然に俺の手をとる。

 

 

「これからもお願いしますね、亮一さん」

 

 

 にっこりと彼女は笑う。

 俺は手を握られ、どぎまぎしていた。

 

 実は恋人発行券を使っていたときでも、手を繋いだことはない。

 

 恋人発行券の彼女はいつも、俺をリードしてくれていた。

 

 そして俺は多分、現実でも彼女にリードされるのだろう。

 

 ジュエリーショップには今度行く。

 彼女と一緒に今度行く。

 

 いつになるかはわからない。

 どんな用件になるかもわからない。

 

 だけどきっと確実に、俺たちは関係性を続けていくだろう。

 

 そういう運命なのだと俺は思う。

 そういうことなのだと俺は思う。

 

 彼女のぬくもりを手に感じる。

 

 明るい前途を前にして、期待と不安で目が眩むようだ。

 

 

 一時間彼女と、これからはずっと一緒に……。

 

 

 
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