No.382139

Legend of Vampire 第4話 葛藤...朝がくるまで隣にいよう

さん

新キャラ登場、セナとルディの激突、そして二人の急接近...
今回急展開です。

2012-02-23 14:36:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:440   閲覧ユーザー数:437

4. 葛藤

 

 

「う…ん…?」

 

目を開けると朝焼けが目にしみる。

 

オレは一体…?そうだ。あの娘の前で倒れて…

 

「大丈夫?」

 

耳元で声がしてぎょっと振り返ると、触れそうなほど近くに娘の顔があった。長いまつげが瞬く。

 

まさか、この娘、オレを自分のベッドで寝かせたのか!?

 

がばりと起き上がる。

 

「お前!何やってるんだ!?」

 

「何って貴方いきなり倒れちゃうから、ベッドまで運んだの。いつの間にか部屋に戻ってて、鍵もかかってたし…意外と軽いのね。今朝食を用意させるわ。」

 

「……。」

 

それはそうだ。あの部屋はセナが魔力で作り出した異空間。実際には彼女はこの部屋から出ていないのだ。いやその前に、このお嬢様め。吸血鬼を、いや、その前に男を同じベッドに寝かせるなんてどんなに危険なことか教わってないのか!?

 

無言で睨みつける少年を尻目に娘はベッドを出て呼び鈴で召使いを呼ぶ。

 

「ねえ誰か、お願い。ちょっとおなか空いちゃったの。なにか軽いもの、もってきてもらえる?」

 

しばらくして食事を持って来た召使いは、なんと彼の見知った顔だった。赤毛の娘はしれっと言った。

 

「トマトのスープをお持ちしました。それとお嬢様、旦那様がお呼びです。」

 

娘が部屋を後にしたのをみてから、セナは驚きの声を上げた。

 

「ライア、お前、何でこんな所にいるんだ!?」

 

燃えるような赤い髪の娘は、幼なじみで人狼(ウェアウルフ)のライアだ。

 

「あたしはここに住み込みで働いている振りをしている。ここなら食べ物には困らないから…って。それはこっちのセリフだ。こんな所で何をしてるんだ!酷い顔色だぞ。もう、仕方が無いな。」

 

ライアが躊躇いも無く自分の腕をナイフで浅く切り裂くと、じんわりと赤い血が滲む。ごくりと喉が鳴った。

 

「ほら、人間の血みたいに美味くはないだろうが、何も無いよりマシだろ。飲め!」

 

人狼、ライアの血は確かに少々獣臭いがヘタな人間の血よりずっと綺麗だ。血を分けてもらって人心地がついたセナに、ライアは怒ったような顔で言った。

 

「全く。人間の屋敷に忍び込んで人前で無様に倒れるなんて、何やってるんだ。教会に突き出されないうちに早く帰れ!」

 

「悪い。助かった。」

 

ライアは憮然とした顔だ。

 

「勘違いするなよ?この貸しは後できっちり返せ。」

 

「解ってる。じゃあな。」

 

夜明けの薄明かりの下、蝙蝠に姿を変えてライアが開け放った窓から抜け出した。

 

******

 

「あ〜らら〜?朝帰り?女になんて興味のない朴念仁かと思ってたら、意外と隅に置けないなあ。あの娘、ちょっと暗いけど、顔はなかなかの美少女じゃん?もしかして、恋に墜ちちゃったりした?」

 

木陰に入って一息つくと、いかにも軽薄な声が降って来た。

 

「パックか…五月蝿い。去れ。お前、オレより陽の光は苦手だろう。」

 

吸血鬼は一般に陽の光を苦手とするが、その度合いには個体差があり、それには魔力の強さが影響する。人間から成った吸血鬼は光に極端に弱いが、純血の吸血鬼では目を潰す者から、日焼けする程度の者まで様々だ。絶大な魔力を持つルディの場合、ひりひりした程度の不快感を覚えるだけらしい。ただ、パックに関しては小手先の技ならともかく、力でぶつかったらセナの方が上だ。しかし、彼はからかうように喋り続ける。

 

「え〜?一応友人としてはさ、気になっちゃうじゃん?でも、いいのかな〜?あの娘、ルディの女だろ?横取りなんてしちゃって大丈夫〜?あいつ、怒らせると怖いぞ〜?」

 

「黙れ!」

 

苛立のままにセナは性質の悪い自称友人を怒鳴りつけた。

 

「へ〜?そんな偉そうにしてると、オレ、ルディにチクっちゃうぞ?いいのかな〜?」

 

どこまでも人を小馬鹿にしたような態度に、セナの苛立ちは頂点に達した。無言で腕を横に振り、風の刃を発生させる。刃はヒュッとパックの頬をかすめた。頬の切り傷から出た血を指にとってチロリと舐め、悪びれた様子も無く肩をすくめる。

 

「おお怖っ。短気な男は女の子にモテないぞ?今日の所は仕方ないから退散しといてやるよ。」

 

飛び去るパックの姿を確認してから、セナは溜め息をついた。

 

「まったく…あいつ口だけはよく回るんだから…人間に恋なんて、有り得ない。」

 

でも、ルディに知られたら確かに只じゃ済まないかもしれない。

 

******

 

その蒼の吸血鬼がやって来たのは次の日の夕暮れ時だった。

 

「セナ、あの娘にちょっかいかけているみたいだけど、どういうこと?」

 

「パックか…あのおしゃべりめ…」

 

憎々しげにつぶやくセナをルディは冷ややかに一瞥する。

 

「パックに言われなくても、まさか、僕が気付かないとでも思ったの?」

 

そして婉然と微笑んだ。

 

「おいたをする子には、お仕置きしないとね?」

 

とたんに膨らむ魔力。まともに受けたら終わりだ。風で壁を作ってなんとか凌ぐ。

すぐに第二波がやってくる。でも考えろ。ルディの魔力は水の性質を持っているのに対してセナのそれは風だ。決して相性は悪くない。

 

にやりと嗤うと風の刃で水を切る。これならば行けるかもしれない。

 

右手から水の鷲、左手からは水の獅子が迫る。鷲を風の矢で射貫き、獅子を盾で凌ぐ。そして風の剣を下から突き上げる。ひらりとそれを躱したルディに、もう片方の手で作った短剣を突き出す。風の剣が彼の脇腹を掠める。今度は魔力で作った水の龍だ。するどい牙を躱してその目に矢を命中させる…純血の吸血鬼同士の息つく間も無い攻防が数時間に渡って繰り広げられた。もう何匹目になるか解らない水の狼を風の剣で斬ろうとしたその時、異変は起こった。ふっと剣が消える。手に力が入らない。

 

くそっ!ライアから貰った血のぶんの魔力、使い切ったか…

 

少年の細い身体に狼が突進し、後ろの木に叩き付けられる!その衝撃に骨の折れる嫌な音がする。力無くだらりと垂れる腕。翼にも何カ所か穴があいてボロボロだ。視界も半分は血の色に染まっている。

 

 

「ねえ、ちょっとは懲りた?どの道、彼女の魂は僕のものだよ。覚えておくんだね。」

 

蒼の吸血鬼は余裕の笑みすら残して霧になって掻き消えた。

 

ああ、完敗だな。情けない…

 

惨めな気分で背にした木にもたれ掛り、すっかり暗くなった空を見上げると、儚げな白い三日月があの娘を連想させた。

 

今頃どうして居るだろう?

 

そう考えたらじっとして入られなくて、傷ついた翼で屋敷に飛んだ。体中が痛んだが、どうにか伯爵の屋敷まで辿り着く。

娘はバルコニーに出て夜風に吹かれていた。その目に光るのは涙。

 

「泣いてるのか…?」

 

「セナ?」

 

娘が声のする方を見上げると、バルコニーの端に血だらけの吸血鬼が腰掛けていた。

 

「酷い怪我じゃない。今手当てするから、ちょっと待って。」

 

「構うな。」

 

邪険に手を振る少年にふわりと白い腕が伸びた。

 

——え?

 

 

気付いた時には後ろから抱きしめられていた。泥と血で白いネグリジェが汚れるのもおかまい無しに。やわらかなぬくもりが吸血鬼を包み込む。誰かに抱きしめられるなんて初めてだ。

 

「放っておけないわ。そんなこと言ってないで、おとなしく手当てされなさい。誰かに虐められたの?」

 

「…只の喧嘩だ。」

 

「そう。私は今日も姉様たちに悪口を言われて、呪われたお前を清めてやるって水をかけられたのだけど、そんなの貴方の怪我に比べれば大したこと無いわね。」

 

憮然とした顔のまま動けずに座り込む少年の腕やら足やらに丁寧に包帯を巻き終えると、娘はふっと息をつきクスリと笑った。

 

「それに…怖い人かと思ってたけど、貴方、実は優しいのよね。」

 

「何だと!?」

 

少年が噛み付く。どこがどうなって優しいなんてことになるのかさっぱり解らない。優しいと言うなら残酷な吸血鬼を手当してやる娘の方がよっぽどだろう。

 

「私、吸血鬼と契約なんて本当にして良かったのかずっと考えてたの。でも、あの場で私を襲えばいくらだって血が吸えたじゃない?それなのに貴方は私の願いを叶えてくれるって言う。今夜だってこうして会いに来てくれた。嬉しいわ。私、気兼ねなく話せる相手なんて居ないもの。悲しくたって独りで泣くしか無かった。でも今日は貴方がここにいて話を聴いてくれる。」

 

「ふん。身体でなく、こころが大切らしいからな。お前のこころごと魂を喰らってやるのさ。」

 

彼女の清らかさが、じくじくと傷に滲みる気がして、精一杯不機嫌そうな顔をしてやった。自分を殺す相手に対してなんでこんな風に微笑んでいられるのか全く理解できない。彼女はそっと腕に手を当てた。なんて、あたたかい。

 

「ねえ、セナ。お願い。夜が明けるまで側にいて。私、もっと貴方のことが知りたいわ。」

 

それが本当は傷ついた彼の身体を労る彼女の優しさだということには気付いていた。

 

「この傷だ。どうせ帰りたくても動けない。血が足りないからな。」

 

すると、戸棚をごそごそと探した娘は、縫い針を持ってきて目の前でぷすりと指に刺した。深紅の血の雫が広がる。今のセナにはそれは麗しいルビーのように輝いて見えた。

 

「少しだけど、貴方にあげる。」

 

吸血鬼は目を丸くした。

 

「いいのか?」

 

「いいわ。どうせ約束の夜には全部あげるんだから。」

 

恐る恐る娘の指に唇を触れる。なんて甘いのだろう。それはまるで極上の蜜だ。目の前に光が広がり、傷が癒えていくのを感じた。

 

「少しは元気になった?」

 

彼女は少し頬を染めて微笑んだ。その笑顔に、どんな顔をして向き合ったらいいのかわからない。

 

ああ、なんとお目出度く、哀れな娘よ。彼女は知らない。運命の相手は他に居ることを。あの蒼の吸血鬼となら、殺されることもなく幸せに暮らしていけるかもしれないことを。

 

微かに胸が痛んだ。

 

…違う。これは戦いで負った傷の痛みだ。

 

そう言い聞かせた。


 
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