No.380521

真・恋姫†無双 外伝:こんな冬の日 その2

一郎太さん

本日長編作品の最終回を迎えられた疎陀 陽様にコメントをした際に、稟ちゃんSSを早く書けと恫喝………ゲフンゲフン要請されたので、早速投稿。
どぞ。

2012-02-19 22:35:58 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:7106   閲覧ユーザー数:5256

 

 

こんな冬の日 その2

 

 

金曜の夜。5日間の激務を終え、翌日から続く2日間の休みに思いを馳せながら、通勤電車を降り、改札を抜ける。三々五々と駅から出てきた人々は散っていく。彼と同様に家路に着く者もあれば、週末という事もあり、駅近くの居酒屋へと向かう者もいた。

彼は前者に分類される。

吹く風にコートの前を締め、家路を急ぎながら、頑張った自分への褒美として晩酌をするのもいいかもしれない、そんな事を考える。大通りから外れ、住宅街を進む。道の両側に居並ぶ家々はその窓から蛍光灯の温かな光を洩らし、テレビや会話の音が聞こえてくる。

それぞれの自宅に入っていくスーツ姿の男性たちを追い越し、住宅街を抜け、一軒のマンションへと到着する。数字のついたインターホンの下の穴に鍵をさし、オートロックの自動ドアをくぐり、エレベーターへと向かう。

 

「やっと着いた……」

 

屋内の暖かい空間でコートのボタンを外し、首元のネクタイを緩め、シャツの第一ボタンも外す。寒さと共に、仕事モードの気分もどこかへ行ってしまうようだった。

電子音と共に天井近くのランプが点灯し、エレベーターの扉が開く。出てきた住人に会釈をしながら室内に乗り込み5階のボタンを押す。ゆっくりと上昇する箱の中で、わずかに身体を垂直下へと引く力を感じながら、扉の上の表示をぼんやりと見つめた。2、3、4とランプが移り、そして目的の階に到着する。

コツコツと革靴の踵をリノリウムの床に鳴らしながら、廊下を進む。いくつか扉を過ぎ、そして自宅の扉へと到着する。コートのポケットから再度鍵を取り出して、鍵穴に挿入し、手首を捻る。ガチャリと音がした。鍵を持ったままドアノブを捻り、ドアを開ければ室内の暖かい空気と共に、胃袋を刺激する匂いが流れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

朝食の食器を洗った後は、前日の衣類の洗濯に取り掛かる。

冬とはいえ、空は青い。この分ならしっかりと乾くだろう。カーテンを開いた窓の向こうに見える空に少しだけ笑みを零しながら、彼女は脱衣所へと向かう。靴下や下着などは洗濯用ネットに入れ、それ以外のものは表裏を確認しながら洗濯機へと投入していく。と、手が止まった。彼女の手には、男物の白いシャツうっすらと縦にストライプの入ったそれは、彼の引き締まった身体をより惹き立てる。ひきたてる。

 

「………………」

 

30分ほど前に見送ったその姿を思い出しながら、彼女はそのシャツを両手で抱え、顔を埋めた。鼻腔をくすぐる彼の匂いに心が温かくなると同時に、彼がいない事にほんの少しの寂しさを覚える。

少しだけ時間のかかった洗濯を終え、彼女はリビングへと戻る。洗濯機が止まるまでの間の時間つぶしに、読みかけの本は丁度いい。棚に置いていた本を手にとり、ソファに座ると、栞の挟まったページを開く。

 

「………あぁ、終わったようですね」

 

読み終わると同時に、洗濯が終わった事を知らせる電子音が聞こえた。本をテーブルに置き、立ち上がる。籠に洗い終わった衣服を入れ、ベランダへと向かう。ガラス戸を開けば冬の冷たい空気が流れ込んでくるが、雲一つない晴れ間の日では、それも心地よい。

洗濯物を干し終えた彼女は、昼食の準備へととりかかる。しかし、凝ったものを作るつもりはない。自分一人だけなのだから、食欲が満たされれば十分だ。

昼食と食器洗い、軽い休憩を終えた彼女は、部屋の掃除を開始する。彼との結婚を機に、仕事は辞めた。こうして穏やかな生活を送っていられるのも、彼のおかげだ。ならば、自分がすべき事は、仕事で疲れて帰宅する彼の為に、過ごしやすい空間を維持する事である。よって、平日の日課となっている掃除は、その頻度もあり、それほど時間はかからない。

 

「こんなものですかね」

 

掃除を終えれば、買い物へと向かう。向かうは、近くの商店街だ。大型スーパーより、こういった街の雰囲気が、彼女も彼女の夫も好きだった。

 

「いらっしゃい、北郷の奥さん。今日もいいのが入ってますよ!」

 

顔馴染みの八百屋の店長が声をかけてきた。いまの姓を呼ばれる度に、彼との結婚を実感し、幸せな気分に浸る。そして、つい購入してしまうのだ。

買い物を終えた彼女は自宅へと戻る。冬至を過ぎたとはいえ、いまだ冬の最中だ。家に着く頃には陽もかげっている。

食材を冷蔵庫へとしまい、ベランダに向かう。夜の帳をおろす空に白い息を浮かばせながら、冷たくはあれ、乾いている洗濯物を取り込んだ。シャツはハンガーに掛けたままクローゼットに吊るし、それ以外は丁寧に畳む。彼が着用する下着に手をかけた時、鼻が少しだけムズムズと疼いた。かつてならばそのまま妄想の世界に飛び込み、真っ赤な水溜まりを作っていた悪癖は、だいぶなりを潜めている。そんな自分に苦笑しながら、最後の衣類を片付け、彼女は立ち上がった。

 

「今日は何にしましょうか・・・」

 

台所に向かいながら、夕食の献立を考える。昨日は義祖母から教わった、彼の好きな煮物を作った。ならば今日は洋食にするべきか。

冷蔵庫を開き、中身を確認していると、ある物が目に入った。八百屋で購入してしまったものだ。

 

「折角ですし、これを使いましょうか………」

 

だが、これをメインにすると、和食になってしまう。別にそれはそれでかまわないのだが、折角の週末だ。彼の疲れがとれるようなものを作ってあげたい。

と、そこで思いつく。肉体的な疲れもそうだが、どうせなら精神的な疲れを取り除いてあげたい。

 

「ふむ……たまにはいいかも知れませんね」

 

本日の献立が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、禀」

「おかえりなさい、一刀さん……んっ」

 

暖かい空気と共に、愛する妻の出迎えを受ける。鞄を受け取った禀の頬にキスをひとつ落とし、一刀は靴を脱いだ。

 

「お風呂にしますか?湯殿にしますか?それとも入浴?」

「どう足掻いても俺を風呂に入れたいらしいな」

 

お茶目な問いかけを微笑ましく思うと同時に、何を企んでいるのかと勘繰ってしまうが、週末のテンションにより素直に入浴を選んだ。

 

「ふぃー……」

 

スーツはクローゼットにかけ、新しい下着と寝間着代わりのスウェットを手に風呂へと向かい、身体と髪を洗い終えた一刀は、温かな湯に身体を沈める。

声と共に、1日の、ひいては1週間の疲れが抜けていくようだった。

 

「それにしても……」

 

妻は何を考えているのやら。

付き合っていた当時から、禀の奇行はよく見られた。出会った当初の真面目なイメージが強かっただけに、そのギャップがまた可愛らしかった。

今日はどんな悪戯を思いついたのだろうか。そんな事を考えていると、扉の曇りガラスに影が映った。

 

「禀…?」

 

その影がゴソゴソと動き、肌色が見えたかと思うと、扉が開かれた。

 

「し、失礼します……」

 

現れたのは、顔を真っ赤にした禀。その身には何も纏っていない。以前であれば一緒に風呂に入るという事を考えた段階で鼻血を噴いていたはずなのに。成長したものだと、変な感慨を抱く。

眼鏡を外しているから気づかないのか、彼女は真っ赤なままシャワーを浴びて、一刀のいる湯船に入る。たがしかし、やはり顔を見る、あるいは見られるのが恥ずかしいのか、一刀の脚の間で背を向けて、膝を抱いた。

 

「珍しいな」

「はぃ……」

 

一刀が禀の身体の前に腕を回せば、消え入りそうな声で返事をしながらも、その胸板に背を預ける。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

禀の背中の感触を楽しみながら、前に回した腕を禀のそれに重ねる。ゆらゆらと波打つ水面が、2人を揺らした。

 

「日頃の感謝の気持ちを示そうかと思いまして」

 

言いながら、禀は右腕を動かし、一刀の右のふくらはぎに添える。

 

「1週間お疲れ様です……あ、あなた」

「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「うるさいですっ」

 

声を荒げつつも、禀はゆっくりと手に力をこめた。

 

「……」

 

なんてことはない。ただのマッサージだ。意外な行動に、一刀はしばし呆ける。

 

「だいぶ堅いですね」

「今週は外回りばっかだったからな」

 

だが、すぐに意識を取り戻した。断続的に与えられる指圧に、先ほどとは比べ物にならない快感を受ける。再度息が零れた。

 

「次は肩です。むこうを向いて貰えますか」

 

両足と両腕のマッサージを終えた禀がぱちゃぱちゃと水音を立てながら振り向き、告げる。その形のいい胸が視界に入り、下半身に血液が集中したが、欲望に身を任せてこの心地よい雰囲気を壊したくはない。素直に頷くと、一刀は禀に背を向けた。

 

「大きい背中です……」

「背負うものがあるからな」

「またそのような事を言って」

 

言葉と共に、背中に圧力を感じた。彼の肩に両手を添え、その大きな背中に頬を当てている。一刀から見る事は叶わないが、彼の言葉に禀の瞳が少しだけ潤んでいた。

 

「───はい、終わりました」

「ありがとな。凄く気持ちよかったよ」

 

最後にひとつお湯を掛け、禀のマッサージは終わりを迎えた。

 

「それじゃ、上がるか」

 

そして風呂から出ようと促すと、

 

「駄目です」

「なんでっ!?」

 

速攻で却下された。

 

「なんでもです。あと10分は浸かっていてください」

 

言うや否や禀は立ち上がり、風呂を出ていく。

 

「けっこう逆上せてるんだけどな……」

 

風呂の縁に腕を置き、一刀は水滴の浮かぶ天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 

妻からの命令通りに600秒ほど数え、一刀は風呂から出た。身体を拭いて寝間着に着替え、首からタオルを提げながらリビングへと向かう。

 

「上がったぞー……お?」

 

リビングのドアを開けば、食欲を誘う匂いが漂っていた。テーブルの上には料理の皿。陶器の器には昨晩の余りの煮物。長方形の皿にはきれいに形を整えられただし巻き卵と、皿の端に大根おろし。

 

「今日はまた変わった組み合わせだな」

 

椅子に腰を落ち着けながら、パチパチと油の跳ねる音がするキッチンへと視界を向ければ、一刀と同じく寝間着に着替えた禀。

 

「これで最後ですので、もう少しお待ちください」

 

だが、その服装は、今朝方見たものとは異なっていた。今朝までは一刀が着ているような、長い丈のスウェットだったが、いま彼女が着ているのは春先や秋に着ていたものだった。

寝間着として着られるように、柔らかい生地で作られたクリーム色と水色のボーダーの長袖Tシャツに、同素材のホットパンツ。白くきめ細やかな脚が、スラリと伸びている。

 

「誘ってんのか……?」

 

ひとり呟きながらも、律儀に料理を待つが、禀の言葉通り、3分と経たないうちに料理が出来上がった。

 

「八百屋の店主に勧められたのですよ」

 

玉子焼きと同じ、長方形の皿を持った禀。その皿の上には緑色の野菜に、美味しそうに焦げ目がつけられ、きれいに並べられていた。皿の端には荒塩が添えられている。

 

「獅子唐か。確かに大きいな」

「えぇ、美味しそうでしょう?」

 

一刀の感想に微笑みを返しながら禀はキッチンへと戻り、冷凍庫、冷蔵庫と開いてそれを取り出し、戻ってきた。

 

「マジっすか!」

「えぇ、マジです」

 

禀の右手には冷蔵庫でキンキンに冷やされたビールの瓶。左手には冷凍庫で凍らせたかのようなグラスが2つ。カチン、と瓶とグラスを鳴らし合わせる。

 

ゴクリと一刀の喉が鳴った。禀の作戦は大成功のようだ。

 

 

 

 

 

 

「お風呂でも言いましたが、1週間お疲れ様でした」

 

労いの言葉を掛けながら、禀は一刀のグラスにビールを注いでいく。黄金色の液体から気泡が立ち上り、瞬く間に白い泡の層を作った。

 

「ありがとう。ほら、禀も」

「いえ、自分で…」

「駄目だ。注がせてくれ」「はぃ……」

 

一刀のグラスを満たし、手酌しようとした禀をとどめ、その手から瓶を受け取る。

 

「禀が家で待っていてくれるから頑張れるんだよ。いつもありがとうな」

「……はい」

 

自分のグラス同様に禀のグラスを満たす。一刀がグラスを掲げ、禀も同じくグラスを持ち、

 

「「乾杯」」

 

そっと打ち鳴らした。

 

「───ぷはっ。いつもよりビールが美味く感じる」

「気合いを入れて冷やしましたから」

「人力で?………美味いっ」

 

軽口を叩きながら、獅子唐を口に運ぶ。塩味のなかにほんの僅かな苦味。食材の力を上手く引き立てている。

 

「口に合ってよかったです」

「禀の作ってくれるものなら、なんでも美味しいよ」

「私より上手なくせに」

 

禀もまた軽口を返しつつ、玉子焼きを箸で半分に切り、口に運ぶ。途端、頬が綻んだ。どうやら、作り手自身にも納得のいく出来のようである。

 

「ほら、グラスが空ですよ」

「あぁ、ありがとう」

 

風呂上がりに、暖かい部屋。ビールを飲むペースも早くなる。

 

「もしかして、風呂場のあれも、労いの一環なのか?」

「はい。夫の疲れを心身共に癒すのが妻の務めなれば」

 

真面目な表情と口調で眼鏡をくいと押し上げるが、彼女なりの冗談だ。ほんの少しだけ噴き出しそうになりながら、一刀は会話を続ける。

 

「じゃあ、その服装も?」「えぇ、お好きでしょう?」

 

なんでもお見通しだと言わんばかりの表情に、思わず眼を逸らす。

 

「………嫌いじゃないです、ハイ」

「まずは視覚から攻めようかと」

 

そんな彼に愛しさを感じながら、禀の慰労は続く。

 

「一刀さんにも好評のようですので、もっとサービスをしましょうか」

 

言って立ち上がり、椅子ごと一刀の右隣に移動する。次いで自分のグラスと皿も動かした。

 

「お代わりは如何ですか?」

 

ビールの瓶を持って、一刀に問い掛ける。禀の方が背が低いため、当然一刀の視線は下向く。その視界に禀の脚が映った。

 

「……頂こうかな」

 

誤魔化すようにグラスを空にし、隣の禀に差し出す。

 

「はい。どうぞ、あなた」

 

ぐっときた。

 

「あなた、あーん」

 

玉子焼きに大根を乗せ、器用に箸で持ち上げた禀の攻撃は、留まるところをしらない。

 

 

 

 

 

 

親鳥に餌をねだる雛のように口を開き、玉子焼きを口に含む。

 

「美味しいよ、禀」

 

言いながら、一刀は禀の肩を抱く。彼の心情を理解したのであろう。禀もまた、椅子をずらして一刀に寄り添う。

 

「禀も、もっと飲むだろう?」

「えぇ、頂きます」

 

右手で彼女の細い肩を抱きながら、左手で彼女のグラスにビールを注ぐ。禀もグラスを傾けて、それを享受する。

 

「美味しいですね」

「あぁ…」

 

微笑みながら禀は肩から一刀の腕を外す。一刀の顔に浮かんだ寂しげな表情は、すぐに一変した。

 

「……禀?」

 

その右手をそっと下げ、自身の剥き出しの太ももの上に置く。すべすべとした感触が手のひらに伝わり、一刀をわずかに動揺させた。

 

「今日は積極的なんだな」

「駄目、ですか?」

「まさか」

 

不安げな禀に微笑みを返し、一刀は左手を上げる。そして、上げた手を小さな顎に添えて、そっと口づけた。

 

「………はぁ」

 

甘い息をこぼした彼女は、意を決して口を開く。

 

「一刀さん……実は、欲しいものがあるのです」

「珍しいな、禀がねだるって。まさか、その為に今日は準備してたのか?」

 

冗談めかして言うが、禀の表情は変わらない。ただ真っ直ぐに彼の眼を見つめ、切なげな声で告げる。

 

「家族……増やしたいです………」

 

その消え入りそうな声音に、一刀は行動で返した。

 

 

 

 

 

 

「───というような結婚生活とかよくないですか?」

 

問い掛ける女性───禀の手にはコーヒーの揺れる白いカップ。

 

「最っ高だな」

 

答える男の手にもまた、白いカップ。

 

「今回の妄想は珍しくまともじゃないですか、教授」

 

本日は日曜日。いつものように、ゆったりと過ごすカップルは、彼らにしては珍しく血を流していない。

 

「正邪を併せ持つのが妄想なのだよ、准教授君」

 

冗談めかして言い合いながら他愛ない時間を過ごし──────

 

「という訳で、いつものように妄想ゲームでもしますか」

「あれっ?」

 

──────いや、過ごしていなかった。

 

「いやいや、そういう空気じゃなかっただろ」

「なにを言っているのですか。読者はこっちを求めてるのですよ」

「えっ、上の世界?」

 

メタな発言は置いておくとして。

 

「今日のテーマは、『理想の晩酌』です」

「テーマは意外とまともだな」

「上の世界の人が、友達とその話題で盛り上がったらしいです」

「そっちの話はいいから」

「では、30秒ほど妄想時間を与えます。どうぞ」

「へーい」

 

そういう事となった。

 

 

 

 

 

 

たっぷり制限時間いっぱいを使い切り、おもむろに一刀は口を開いた。

 

「まず挙げられるのは、肴の内容と数だな」

「正道を行きますか」

 

どうやら妄想学の理論的には、間違いでないらしい。

 

「先ほどの禀の妄想にあったように、3品ないし2品が丁度いい。そしてその内容は、手の込んでいないものが望ましい」

「ふむ、ここまでは私と同じですね」

「あぁ。そしてさらに被せるならば、一品だけ少し手を加えると、高得点だ」

「なるほど」

 

と、ここで一刀は、ふと思い付いた疑問を口にする。

 

「なぁ…」

「なんでしょう?」

「もしかして、結婚後の参考にする気じゃないのか?」

「いいから先を続けなさい」

 

怒られた。

 

「ここで、俺が最も重視するものを挙げる」

「ほぅ?」

 

一刀の言葉に禀の眼がすっと細まる。さらに光が反射して、眼鏡の向こうが見えなくなった。

 

「では、例として『ほっけの塩焼き』と『ほうれん草のおひたし』を使う」

「一刀さんの好物ですね。作って欲しいというリクエストですか?」

「はい」

「では、結婚後の最初の晩酌ではそれにしましょう」

 

少し……いや、かなり嬉しくなった。

 

「では、教授」

「はい?」

「禀が俺の立場だと仮定して、どう配置されたら嬉しいか、これらを料理に見立てて、配置してみてくれ」

 

ほっけ→□

ほうれん草→△

ビール→○

 

「挑戦ですか?……受けて立ちましょう」

 

揚々と笑顔を浮かべ、禀はさっそく手をかける。

 

□△ ○

 

「こうですね」

「なるほど…」

「正解ですか?」

「それは後で言う。では、箸はどう置く?」

 

言って、一刀はペンを箸に見立てて(→:矢印の先が箸の先)禀に手渡した

 

「……こうでしょうか」

 

□△ ○

 

禀の配置を見る。彼女はこれで納得しているようだが、一刀は大仰に首を振る。

「なっ!どうしてですか!?」

「甘いぞ、禀」

「何が甘いと言うのですか!」

 

身を乗り出す禀を手で制して、一刀は箸に見立てたペンを手に取った。

 

「箸の向きは……こうだ」

 

□△○

 

「………」

「俺の利き手はどっちた?」

「……右です」

「だろう?逆向きだと、箸を手に持った時、回転させなければならなくなる」

「そういう事ですか……もてなすならば、極力相手の手間を減らさなければならない、という訳ですね」

「そうだ。そして、箸の向きに意味があるように、料理の配置にも当然意味がある」

「お聞かせ願います」

 

食い入るように、禀は身を乗り出す。

 

「禀がこのツマミを用意するとして、ほっけに何を添える?」

「おろした大根ですね」

「だろう?ここで配置を逆にしてみる」

 

言って、一刀は手を動かした。

 

△□ ○

 

「こうだった場合を考えてみよう。ほっけを箸で解し、大根を乗せる。そして箸でつまみ、口まで運ぶだろう?」

「はい」

「その軌跡を考えるんだ。利き手の関係上、どうしてもほうれん草の上をかすめてしまう」

「確かに……」

「その際、大根がほうれん草に落ちてしまうかもしれない。いや、この組み合わせならばアリだが、別の組み合わせを考えた場合、水気のあるものは口に近い方が望ましい。だからこその、この配置なんだ」

 

□△ ○

 

「そういう事でしたか………」

 

合点がいったと、禀はふむふむと頷いた。

 

「教授のお眼鏡に敵ったか?」

「えぇ、十分です」

 

禀は笑顔で頷いた。

 

「一刀さんと結婚した際には、そのように準備致しますので」

「やっぱりそっちかよ!?」

 

外は晴れ、冷たい風が吹いている。対称的に、部屋のなかは暖かい。結婚生活を妄想して、鼻血が噴き出すまであと17分───。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「───でもさ」

 

床の血溜まりを掃除しながら、一刀は口を開く。

 

「俺、北郷流の道場を継ぐつもりだし、勤め人にはならないんだけど……」

「ならばいつも一緒にいれる訳ですね………ぷはっ」

 

オチにもならないまま終わる。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

という訳で、稟ちゃんでした。

 

友達と吞んだ時に、今回のような話の流れになり、箸の向きに関して熱弁したのはいい思い出。

 

金曜日にすべてのテストとレポートが終わったので、頑張った自分へのご褒美(笑)として、マジ恋Sを本日購入。

 

さぁ、楽しみだ。

 

ではまた次回。

 

バイバイ。

 

 

 


 
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