No.379879

【改訂版】真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 五章:話の二

甘露さん

今北産業
・泥酔
・死にたい
・幸せのカタチ

2012-02-18 20:11:03 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4802   閲覧ユーザー数:4241

 

「なあ霞」

「なんや?」

 

カタコト、と即席の馬車に揺られて四日。

時速換算で時速約10km、一日八時間移動で毎日80kmの強行軍を始めて旧拠点から北へ大凡320km。

 

俺たちは涼州の玄関口、金城に居た。

天水から隴西をすっとばし、道なき道、地平線まで続く荒野をぶち抜きながらの強行軍を三日続け漸く辿り着いた大きな都市だ。

風は金城に着き宿を取りそこで一息ついている間に寝てしまった。毎日四時も馬車に揺られ、睡眠も野宿が基本じゃ十一歳の身体には堪えるだろう。

ゆっくり寝かせてあげる事にして、俺と霞は宿で簡単な夕飯を済ますと街に出ていた。

 

一見すれば日が沈んでからの街はまるで生気が感じられないが、腐っても裏側の住人だった俺はそこそこ鼻が効いた。

どんな所に違法な賭博場や酒家があるかというのは傾向があって、それを頼りにすれば後は大体の雰囲気と勘で分かるものだ。

 

予想通りと言うべきか。違法操業しているソレを何軒か見つけると、その中でも割と大人しめの一軒を選び霞と共に暖簾をくぐった。

 

「っしょっと。ほら、文遠も座れよ」

「ん。……なあ、なんでこないガラ悪い店選んだんよ? 表通りにも酒家はあったやん」

 

霞の字で呼ぶのはなんだか妙な違和感があるが、酒家は誰が聞き耳を立てているか分かったものじゃない。

男性比率の高いこの酒家に入った瞬間から霞は舐めるように全身を獣欲の込めた目で見られている。そこで真名を呼ぶなんて考えるだけでもおぞましい。

視線にばっちり気付いている霞は嫌悪感を露わにしつつも、ひそひそと小さな声で俺に抗議の意を述べた。

霞を隠す事無く下心ガンガン込めて見つめてる連中がわらわらと居る点については霞と全く同意見だ。

なら表通りの治安の良い酒家に行けば良かったのだが、そうは問屋が卸さない。

霞には本当に申し訳ないがこういう店でなければならない理由があるのだ。

 

「済まんな文遠。……俺で力になれるかは分からんが、お前に指一本触れさせる気はねーから」

 

霞の手を取りそう呟いた。すると途端に霞は破顔し、俺の手を握り返した。

周囲の野郎共からは舌打ちやらが聞こえてきたがそんなものを気にしている暇も隙もない。

 

「えへへ……ありがとさん。マジで嬉しいわ。 んで、北郷。なんでこないな店に来たんよ」

「ああ。そうだな……。あのさ霞、そろそろ俺も定職に着こうと思うんだ」

「へ? なんやいきなり?」

 

霞がきょとんとして聞き返してきた。俺は霞の手を離してそれに答える。

 

「いやさ、今はおっちゃんの残した物資とかがあるからいいけどさ。いつかアレが無くなった時の事を考えると、俺は養う人が居るからさ、その人達を飢えさせない為にも稼ぎが居る訳よ」

「養う人?」

「うん、文遠と仲徳。二人を養う義務が俺には有る訳よ」

 

そう言うと霞は一瞬驚き、そして嬉しそうに頬を染めた。

まあプロポーズは既にしてると言ってもちゃんと霞に現実的なその旨を面と向かい言うのは初めてだしな。

 

「っ! う、うん。そんで?」

「だからさ、俺はちゃんと収入が見込める官関連の仕事に就きたい訳よ」

「ふむふむ」

「そこでこの酒家だ」

「へ? 就職とここがどう繋がるんよ。……まさか北郷、あんたまた前みたいな事やるつもりなん……?」

「違う違う、官の仕事に就きたいって言ったじゃん。それに今更この街のそっち側にゃ簡単に食い込めねぇし、勝手に始めたら即報復喰らって皆殺しだね。

 俺が此処に来たのは情報だよ情報。たとえばさり気なく人を回してこっちに聞き耳立ててるあの店主とか、ああいう人から買える情報が俺の目的だよ」

 

くるり、と振り返り奥の厨房からさり気なく此方を窺っていた店主に手を振る。

スキンヘッドの厳ついヤーさん風店主さんは俺を見て舌打ちを一つすると此方に向かってきた。

 

「ほぇー、あのこっちに聞き耳立てとった奴ってそないなことしとったんか」

「そゆこと。まあまあ派手な登場になっちゃったけど、別に誰か怪我させた訳でもないし今んところは警戒すべきお客ってとこだろうね」

「チッ、粋がった儒子のいいカモかと思えばこっちの人間か」

 

のっし、のっし、と擬音語が聞こえてきそうな巨躯を揺らしながらやって来た店主さん。

その筋肉質の体はおっさんと見紛うばかりだ。

 

「んで、俺に何を求めてんだ?」

「とりあえず酒を適当に。あとこの街で一番腐ってる官吏は誰か、だ」

「それか、特別に三百で良いぜ。あ、酒は十銭で徳利一個だ」

「は? 三百でいいのか? ヤケに格安だな。ほれ、三百銭」

 

本来なら一言二言値切りの交渉をするところであるが、相場の百分の一以下ならその気も起きないと言うものだ。

考えてもみて欲しい。定価100,000銭の何かを購入する際98,000を掲示されたならば値切ろうとも思うがそれが900銭と言われれば即決してしまうだろう。

それほどに破格の値段設定である。この程度なら偽情報を掴まされてもさして痛くもかゆくも感じない。精々十円ガムで当りを引き当てられなかったあら残念程度だ。

 

「毎度ー、それで誰に賄賂握らせりゃいいかって話だがな、手前も悪い時に来たなあ。間抜けなお役人サマも高潔な賢い嫌味野郎も賄賂に関係してた奴らは皆一掃されちまったぞ。一人残らずな」

「は? 嘘だろオッサン、冗談きついぞ」

 

俺は届いた酒を霞と自分の盃に注ぎながら眉を吊り上げた。

賄賂にも種類が様々ある。単に私腹を肥やすのが目当ての賄賂。権力欲を満たす為の賄賂。政治的な策略下の賄賂。

お涙頂戴田舎のおっかさんが病気でな賄賂だってあれば長い目で見るとあら不思議官の利益になる賄賂だってある。

この筋肉野郎が言ってることは、それらも全部含めて無くなった、ということだ。

 

「これがマジなんだな。それを知らずに昨日場代握らせに行った野郎は即日極刑の晒し首さ」

「いやいやいや、流石に通る賄賂だったあるだろ?」

「それがよ、ねーんだわ。これっぽっちも通りゃしねえ、賄賂のわの字が付いてた瞬間コレだよ」

 

そう言って、人差し指で首をかっ切る仕草をする店主。

 

「そりゃまた、一体どんな奴がそんな無茶苦茶な令を出したんだよ」

「それがよ、ほんの一月前に太守に赴任した董卓って名の小娘が原因なんだよ」

「ぶばほっ!?」

「うわっ!? 大丈夫か儒子?」

 

思いもよらないビックネームの登場に、俺は口に含んでいた酒を吹きだした。

幸い霞にも店主のオッサンにもかからなかった様だ。

 

「げほっ、ごほっ……あ、ああ。大丈夫。続けてくれ」

「元々前任は緩い野郎で扱いやすさが評判だったんだがな。そいつぁポックリ逝っちまったお陰で派遣されたのが例の奴さ。

 潔白なのは良いけどよ、いや良くねえけどよ。現場を見た事がねぇぞありゃ」

 

こくりと頷きながら、俺は俺の中に有った董卓像が音を立てて崩れてゆくのを感じた。

董卓って言えば悪名高いことで、というか悪名高い事だけが有名な野郎で、せっせと私腹を肥やし酒池肉林を地で目指すオッサンというイメージしかない。

のだが女の人と来たか。……はっ、もしや『やーっておしまい!』なあの元祖ボンテージなお姉様系なのか?

 

「その董卓って奴ぁどんな人なんだ?」

「それがよぉ、聞いて驚け。なんつーかすげえ儚げな娘なんだよ」

「はぁ、儚げぇ? おいおいオッサン、顔に似合わねえしいくらなんでも三百銭だからって盛り過ぎだぞ」

「いやいや、これまた本当なんだ。街の人間はちらっとしかそいつの姿を見てねえんだがな、あの薄絹の向こうからちらり、と見えた容姿はこの世のものとは思えねえ別嬪でよぉ。一時期にゃ実は董卓は物の怪だ、なんつう噂まで出回るほどだ。あと顔に似合わねえってのは余計だ」

 

どうやら現実は書より奇なり、という奴を現在進行形で体験中らしい。俺の中の董卓像は既に塵も残さず跡形もなくなっていた。

肉塊の様な極悪好色大男が儚げ潔白絶世美少女にチェンジするとか、某ビューティーなコロシアムも真っ青だ。

……本当、こりゃこの世界が一体何なのかを改めて検討する必要性がある。

霞が極々普通のレース生地の下着を着てた辺りで一度混乱の中に叩きこまれたが、まさかの伏兵がこんなところに居るとは予想だにして無かった訳で。

 

「しかしオッサン、ヤケに饒舌だな。三百銭の割にゃ語り過ぎじゃねーか?」

「ははは、んなことねえんだな、これが。実はよ、この手のネタで街は最近もち切りでよ、昼間に市を一回りすりゃタダでこんくらいは手に入るんだぜ。

 それかあの辺でとぐろ巻いてる野郎どもに酒の一杯でも奢りゃ倍は喋っただろうな」

「なっ……ちっ、クソッ、三百銭ドブに捨てちまった!」

「ははは、諦めな儒子、妙に場馴れしててもやっぱ若いな」

「うっせ、くそっ、あー、最悪だっ!」

 

自分の甘さが無性に頭に来る、ので少し勢いよく酒を煽った。ヤケ酒、という程でも無いが今の俺は確実にあの陶酔感を求めていた。

理由は自分でも分からない。少し落ち着いたお陰で将来というものを考えられる余裕が出来たからとも言えるし、一度に実感し過ぎた死をようやっと咀嚼し終え理解し始めたからかもしれないともいえる。あるいは全く関係の無い理由、己の気の多さとか、帯妻しておいて次は思春に云々とかかもしれないとも言えた。

 

詰まりは、自分では何故酔いたい気分なのかさっぱり分からないと言う事だ。

 

 

「よお嬢ちゃん、この坊主ちょいと荒れそうだけどしっかり相手してやってくれよ」

「へ? あ、はい」

「文遠っ、もう一杯」

「あんま一気したらいかんで?」

「わぁーってるよ、深酒する気は無いからさ」

「ならええけど。ほい」

「あんがと……っくうーっ」

「だから一気したらいかんて」

「わーってる、わーってるって」

 

酔いが回るのが早くなる事は分かっている。が、分かっているのと行動に反映するのは全くの別物だ。

つまり何が言いたいかといえば、結局深酒して泥酔して途中で記憶が吹き飛んだとさ。ちゃんちゃん。

 

 

**

 

 

翌朝。

二日酔いの所為か頭の中を何かでガンガン乱打されている様に痛むのをこらえながら、俺は開口一番こう言った。

 

「おはよう、風」

「お兄さん臭いです」

 

死にたくなった。

……じゃなくて。

 

「ごめんなさい顔洗って出直してきます」

「はいー。是非そうしやがれくださいなのですよー」

「……風、怒ってる?」

 

露骨に言葉に棘を感じた俺は風に尋ねてみた。

 

「いえいえー、これっぽっちも怒って無いのですよー?

 別にお兄さんが霞お姉さんと一緒に風だけ置いてけぼりにしてお出かけしてたからとかそういう事もこれっぽっちもないのです」

「……ごめんなさい次からはちゃんと声をかけて一緒に出かけるようにします」

「はて、なんのことやら。でもお兄さんのお気持ちはしっかり受け取ったので次からは是非そうして欲しいのです」

「はい、気を付けます……。じゃあ俺顔洗ってくるから」

「いってらっしゃーいです」

 

風の言葉を背に受けながら俺は部屋に出た。風から感じた感情は怒り、とそれを盾に上手く隠された寂しさだった。

……目を覚ましたら真っ暗な部屋に一人きりだった。風の体験を思えば、どんな感情を感じたかが手に取る様に分かった。

一人で残された寂しさ。誰も居ないことから自分は置いてけぼりにされたんじゃないかという不安。

そこから派生する、自分はお荷物だったんじゃないか、という恐怖。これから何か起きたとしても誰にも助けて貰えない絶望。

 

……そこまでを数瞬で想像しておきながら、考え足らずだった自分に腹が立つ。

本当に儘ならない。何もかもが。苛立ちを誤魔化す為に廊下の壁を殴った。

凄く痛かったので手を押さえ飛び跳ねていると、丁度霞が角を曲がって俺の前に来た。

 

「お、やっと起きたんか。……なにしとるん?」

「あー……自分への戒めってところだ。おはよう、霞。昨夜はありがとうな」

 

怪訝そうな目で見てくる霞を軽くいなしつつ俺は礼を言った。

後半の記憶はさっぱりだが、あの状況ならどう考えても霞に連れ帰ってもらわなければ此処に居ないだろうし。

 

「いや、気にせんでええよ。一刀がべろんべろんになっとるとこも初めて見れたし」

「それは出来れば忘れて欲しいかな……あはは」

「無理や。いやー、ええもん見たで。一刀の本音も聞けたしなぁ。にゅふふ、一刀はむっつりさんやなぁ」

 

俺ってば酔った勢いで何を言っちまったのだろうか。

実に不安だが此処で確かめようものなら墓穴をがっつがっつと掘り進む羽目になりそうなのでパスすることにした。

 

「……まあ、それは置いといてだな。霞、後で大事な話があるからさ、風と一緒に部屋で待っててくれないか?」

「ん、りょーかいや」

「済まんな。そのあと朝ごはん食べに行こう」

「ウチ今日はお粥な気分」

「分かった」

 

霞がひらひらと手を振りながら部屋に戻るのを見送ると、俺は宿の裏口へ足を向けた。

 

 

**

 

 

刺す様に冷たい井戸水で顔を洗うと、苛立ちまで解けて流れて消える様な感じがした。

沸騰していた感情は冷まされて、先程よりは幾分か冷静に物事を考えられる。

馬賊の拠点から旅立ってからだ。直ぐに憤怒とかそういう感情に支配されて、カッとなって周りが見えなくなる。

俺に何らかの心境の変化があったのか。それともオッサンの死という現実的な体験が残した置き土産なのか。

 

悪い癖だ、そう思った。

 

恐らく後漢末期であろうこの時代に、そして今から俺が進むであろう未来の展開において。

張遼である霞をサポートするには、武の才能が無い俺は知識で助けるしかないのに。

それがカッとなっては、冷静に見れば隙を見出せるものも見えなくなってしまう。

落ち着け俺。クールにだ、クールに。格好を付けたい訳じゃないが、俺は戦隊ヒーロー物の青の位置にいなければならない。

常に冷静沈着。折角得た能力であるキメの細かい観察眼を最大限に発揮するにはそれが一番望ましい。

 

「ふぅ」

 

一息つき、汲んだ井戸水で口の中を濯いだ。酒の臭気が口の中から流れ消えてゆく。

そのまま着物の帯を解き、歳の割に筋肉質な上半身を外気の元に晒すと、一息の後頭から冷水をかぶった。

毛穴という毛穴がきゅっと収縮して、体臭という形で発散されていた未処理のアルコールも水に溶けて消えた。

これで幾分かはマシになっただろうか。少なくとも風に再び顔を露骨にしかめられ臭い、なんては言われないで済むと思う。

 

「っ……ふぅ」

 

顔を洗うよりも断然体温を奪われた所為か、一瞬の息苦しさの後に再び一息。

持参していた手ぬぐいで軽く身体を拭くと濡れる事も気にせず上着をはおった。

 

……さて、霞と風に大事なお話、してきますかね。

 

敢て芝居がかった動作をすると、なんだか一握り程の小さな勇気が生まれた気がした。

小さくても、それは俺の決断を伝える上で必要な大きな勇気だと思った。

 

 

**

 

 

「俺さ、董卓の所に仕官しようと思うんだ」

 

寝台にちょこん、と腰掛けた二人に俺は、単刀直入に会話を切りだした。

霞はやっと謎が解けた! とでも言いたげな表情を、風は興味無いですと全面に書き出した顔色だ。

 

「やで昨日一刀あんなこと聞いとったんやな」

「そーいえば風は昨日何があったか知らないのです。霞お姉さん、お兄さんは何を聞いていたのですか?」

「えっとな、誰に賄賂渡したらええんか、って店主のおっさんに聞いとったで」

 

霞が答えると、風はなるほど、とぽむと手を打ち頷いた。

 

「ふむふむ。ではお兄さんはその董卓さんに賄賂を渡すのですね?」

「いや、最初はそのつもりだったがな、昨日の話を聞いた上で予定を変更する事にした」

「お話ですか。でも賄賂以上に手っ取り早い物とは何なのですか?」

「それがだな風、どうやら董卓って奴は潔白なのが大好きみたいでな、賄賂は頑として認めねーらしいんだわこれが」

「なんとっ」

 

大げさに驚いてみせた風。まあ一般的な反応だろうな。

賄賂に関係のあった官吏を一網打尽とか到底現実的じゃない。

 

「でもお兄さん、抜け道の一つくらいはあるのでは?」

「まあ、確実にあるだろうな。けど、それを知れる程この街で地盤を築きあげるのも面倒だろ」

「ですねぇ。いやぁ、思ったより世界とは広いものです。いろんな人が居るのです」

 

そう言う風の表情は決して称賛するものではなく、どちらかといえば侮蔑や嘲笑と言った類のものだった。

俺も全くの同意見だ。清濁併せ飲んでこそ為政者だろうに。

 

「まあそう言う訳で、だ。そんな潔白な人間が頭で、大掃除が済んでいるのならば普通に売り込んで登用してもらう方が早いと思ってな」

「じゃあウチは武官で、ってことやな」

 

そう言う霞に、頷き一つを返しておく。

 

「そうだね。まあ官位が無いし、董卓さんにゃ私設軍もないだろうから下っ端からの開始だろうけど」

「その方がやりがいもあるっちゅうモンやで」

「まあ霞の実力なら大概安泰だとは思うけどさ」

「えへへ、ウチに任せとき、一刀!」

「いや、霞に任せっきりにも出来ないしさ。俺も文官で登用してもらえるよう頑張ってみるよ」

 

ヒモになるのは勘弁だし、と言外に付けくわえておく。

嫁くらい自力で養いたいと言う詰まらない男の意地故だ。

 

「一刀が文官? いや、言っちゃアレやけど、それなら風の方がにあっとるで?」

「んなこた分かってるさ。でも風に働かせる訳にもいかんだろ」

 

十一歳。未来の感覚で言えば未だに小学生だ。

そんな娘に労働を強いるなんて俺には出来ない。例え本人の意思がどうであろうとも、だ。

 

「お兄さんお兄さん、風は別に働いても何も問題ありませんよー? それともなんですか、風は除け者ですか?」

「いやそうじゃ無くてだな。風はまだ十一歳だろ?」

「もう風は子どもじゃないのです」

「元服するまでは皆子どもだよ。それに、風には今しか経験出来ない事をいっぱい経験して欲しいんだ」

「むぅー」

「むくれないむくれない。安心して、絶対に風を除け者にしたりはしないから」

「……仕方ないのです。でも除け者には絶対しないでくださいね?」

「大丈夫、昨日みたいな事はもう絶対にしないからさ」

 

そういい頭を撫でた。風のさらさらした金髪が指の間を滑って落ちた。

 

「まあ見てろって。俺は確かに小悪党向きな性格こそしてるが、やる時はちゃんとやるさ。

 それに、俺こう見えて算術が得意なんだぜ。本で学んだ量もよっぽど人には負けない自信があるし」

「……うーん。まあ一刀がやる気なら」

「やる気さ。それに霞と一緒の職場で働くってのも中々に面白そうだしな」

 

寧ろソッチの方が主目的に近かったりする。

霞とのオフィスラブってなんだか響きも良いし、霞をサポートするならば同じ陣営で俺が影響力を発揮しやすい所に居た方がいいし。

 

「あ、でもそうすると風はどうなるん?

 街のどっかに住むとして、昼間でも風が家に一人ぼっちっちゅうのは不味く無いん?」

「まあその辺はおいおい考えるとして。俺の理想は風を義妹かなんかって事にして職場で適当に手伝いでもさせられることかな」

「成程。そうすれば風は勉強できて一刀と一緒に居れて。いいこと尽くめやな」

「まあ理想だけどね。適度に何処かで折り合いは付けなきゃならんだろうけど」

 

そこで話し合いはひと段落した。当分の方針が決まったお陰か、肩の荷が下りたお陰か。

何処となくリラックスした空気が部屋の中に漂った。

 

「なあ、かずとー」

「ん?」

 

こてん、と寝台に倒れ込んだ霞が、のんびりとした口調で真名を呼んできた。

俺はそれに短く返す。

 

「仕官できたら、暫く忙しゅうなるんかな」

「……だろうな」

「ならこないゆっくりもしとれんようなるんかな?」

「まあ、こういう時間は減るだろうな」

「そっか、なら……風、ちょいこっち寄って」

「なんですかー、って、わっ」

 

一瞬想像し、肯定すると霞は、風の手を引っ張り霞と同じようにこてん、と倒した。

小さな悲鳴を上げて、風は霞に抱かれる様に横になった。

 

「んで一刀も」

「ん? 横になればいいのか?」

「そそ、んー、もうちょいこっち寄って……」

 

霞が俺の手を引っ張り微調整を加えた。

それに合わせ俺ももぞもぞと風と霞に寄る。

 

「やたっ、出来たで、川の字」

「これがしたかったのか?」

「えへへ、あんな、ウチな、川の字で寝るってのやった事無いんよ。やでな、一度やってみたかったんや」

 

俺が聞くと、霞は嬉しそうにはにかみながら答えた。

そう言われればそうか。并州牧の娘で、両親は不仲だったのならば経験した事無くても当然だ。

 

「……そういえば、風もやったことないですねー」

「そうなん?」

「はいー、前にも言いましたが、風を育ててくれたのは母様だけなので」

「あ……その、ゴメンな? ウチ無神経やったわ」

「いえいえー、気にしないでください。お兄さんはどうなのですか?」

「へ、俺? 勿論やった事無いよ。俺の両親はクソだったしな。って、その話は今は置いとこう」

「せやな。折角今ウチらは幸せに包まれとるんや」

「無為にするのも無粋、というものですねー」

「そゆこと、そゆこと」

 

軽く相槌を打つと、俺は霞と風をまとめて抱きしめた。間に挟まれた風が小さく抗議の声を上げた。

 

折角、この両腕いっぱいに掴んだ幸せを。

あの頃は想像もできなかった愛おしい人を。

 

俺は守りたい。

それは俺の中の確固たる事実。

 

ならば、守るためにどうするか。

 

俺が思考の先に行きついたのは……董卓。

この街で偶然聞いただけの誰とも知らない少女であり、そして史実で張遼の親玉且つ非業の死を遂げた人物。

それを、俺は利用する事にした。

悪いがアンタは史実通り死んでもらって、踏み台にさせて貰うぜ。

張文遠が、史実通りに生きられる様に。そして幸せを掴む為に、な。

 

 

 

 

あとがき

 

こんばんわ、甘露です。

三国な無双ゲーでしか三国志を知らないこの一刀君が何故張遼の行く末を知っているか、といえば山田ぁ! でおなじみの髭のオッサンが魏で使えた事、そしてなんやかんやで後半まで居た事が原因です。

誰に殺されたかまでは知らないので丁奉さんフラグが立っている事には微塵も気付いてませんが。

 

さて、賛否両論どころか月ちゃんになにしてんだゴルァでフルモッコくらいそうですが、飽くまでも

この回は伏線を貼る回なので、批判はもう少し待って頂けると幸いです。

何度目かの主張に成りますが、甘露は安直な悪役もアンチもするつもりは無いですし、キャラごとにその特性を出せるよう頑張りたいとは思っているので、その辺宜しくお願いします。

 

尤も、賄賂を受け取っていた官吏を全員まとめてピチュらせるってのは月ちゃんより蜀の方がやってそうなイメージがある甘露です。

 

では


 
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