No.378794

honey maple darlin's

kaki_yuさん

某所に投稿した過去作。擬人化OSBLです。林檎×窓。全年齢向けですが、BLが苦手な方はご注意下さい。

2012-02-16 11:41:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:470   閲覧ユーザー数:470

 

今日は起きた瞬間から寝覚めが最悪だった。

使おうとしたら歯磨き粉が切れていた、

朝食のパンケーキのメープルをワイシャツの袖口につけてしまい

二度も着替えるハメになったし、

家を出ようとして鍵と携帯を忘れていることに気づき部屋に

戻ったため、バスを一本逃してしまった。

 

極めつけは、寝起きのあの夢だ。

過去を鮮明に写しだした夢。

素敵な記憶とは言い難い、

あの悪夢のような夜の記憶。

 

元々自分の体がアルコールに弱いことを自覚している窓井七瀬は、

普段から好んで自ら酒を口にすることはない。

 

あの夜はたった一度の例外で、

会社の付き合いでもつれ込んだ二次会(キャバクラ)で

慣れない女性との接触に体が強ばり、

いつも以上に積極的にグラスに口をつけていた。

安酒は体に悪い方向で浸透する。

大学生でも知っているであろう原則を、

その時の七瀬は完全に忘れていた。

 

夜のゴミ置き場で項垂れたのも、

見知らぬ男に声をかけられ付いて行ったのも、

あれが初めてだったし、あれで最後にしようと心に誓っている。

 

今日はずっとそんなことを思い返しては、

モヤモヤと胸を沈ませる一日となっていた。

それでも、珍しく発生した残業をなんとかこなし、

家についた現在、午後十一時。

結局、今日は一日会社でもミスの多い日となってしまった。

(疲れた。もう寝たい……)

夕方にサンドイッチを食べただけで、

空腹は限界に達していたが、今から夕飯を作ったり、

買いに出るのも億劫だ。

 

七瀬は鍵を回すと、崩れるように限界になだれ込んだ。

(あ、もう床でもいいかも……)

床材の冷たさにうっとりと目を閉じる。

七瀬はそのまま意識を手放してしまおうと

息を吐いた。

その時だった。

 

「なーなーせーちゅわーんっ!」

「なっ!?」

遠くから名前を呼ばれ、こちらが身じろぐ前に

背中に何かがのし掛かった。

「んにゃ~っ! 七瀬ちゃん、おかえりおかえり! お疲れ様!」

背中の何かは七瀬の腹部にしっかりと腕を回し、

頬をスリスリとすりつけて来る。

「離れろ! 牧野! ちゃん言うな! 俺は男だ!」

すり寄って来るクセ毛の茶髪に手を突っ込み、

七瀬は無理矢理のし掛かるその体をぐいと強く引き離した。

突き飛ばされた男は大げさに転んで見せると、

わざとらしく顔を両手で覆った。

「酷い! DVだ! 七瀬ちゃんがいじめるぅ~!」

ある意味似合いすぎるフリフリの白いエプロンの端で、

メソメソと泣いて見せるこの男、牧野透は七瀬の家に居候中の同居人だ。

 

肌にはりつくような黒のカットソーにジーパンというラフな姿で、

男はこの家で仕事をしている。

フリーランスのデザイナー等という自分には理解できない世界の仕事。

自分のように大学を出て、商社に勤め、経理をやっている人間からすれば

フリーランスで感覚的な仕事をするなど、異世界で魔王を倒す勇者になるのと

同じくらい現実味のない話である。

 

あの夜、ゴミ置き場で項垂れていた所をこの男に助けられ、

あれよあれよという間に体の関係となり、気がつけば同居生活が開始されていた。

この気持ちがなんという感情であるか認めるには、

随分と時間がかかったように思える。

否定してもし切れない、抗いたくとも抗えない。

この男の声が、言葉が、吐息が、肌が、

全てが自分の感覚を刺激することを理解した時、

どうしても認めざるを得なかった。

この気持ちを、人々が恋と呼ぶのだということを。

 

「お疲れだね。今日は仕事大変だったの?」

誰のせいだ、という言葉を飲み込んで、

七瀬は体を起こしながら体を払った。

「ちょっと、色々あってな」

「ご飯食べた?」

「いや、まだだ……」

「よかった!」

牧野はそう言って、ニコニコと笑いながら立ち上がった。

「今夜はビーフストロガノフだよ! 七瀬ちゃんの好きな、ブロッコリーのあったかサラダ付!」

「ちゃん言うな……手を洗って来る」

「はーい!」

牧野は元気よく返事をすると、七瀬の頬にチュッとひとつキスを落とした。

「な……っ!?」

「早くね」

甘えるような絡むような声をあげて、牧野はパタパタとキッチンへと戻った。

「……ったく、あいつは」

触れられた肌に指をあて、七瀬は自分の頬がジリジリと熱くなるのを感じた。

部屋の中には温かな人の気配と、煮込まれたトマトと玉ねぎの香りが漂っている。

 

既に日常はすっかり変わってしまっていた。

起床時間、食事のスタイル、そして自分自身ですら、

牧野のせいで変えられてしまった。

 

それは、七瀬にとって驚くべきことであり、予想外のことであり、

同時に泣きたくなるほどの幸福である。

この静かな箱の中で、二人はゆっくりと時を過ごす。

春の日差しのような平穏と、冬の巣ごもりに似た生活は、

これからの二人の未来に何をもたらすのだろう。

 

「七瀬ちゃん? どうしたの?」

「いや、なんでもない。すぐに行く」

 

明日が来るのが怖いと思っていたのはいつだったか。

今はもう、悪夢に怯えて眠れなくなる夜も来ない。

誰かが側にいる、そして明日の朝も共に過ごす、

それがどんなに尊いことで幸福なことであるのか、

理解するのにそう時間はかからないだろう。

 

今日も明日も明後日も、

ただ、君がそこにいるということが、どうしようもなく――

 

 

to be continued?

 

 
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