No.378684

ツングースカ大爆発

COMITIA99でサークル吹雪の孤島から出した『幻想破壊のエクリクシス』に掲載したものです。いろいろとネタは準備しているので、シリーズ化していけたらなって思ってます。感想などをいただけたら、とても嬉しいです!

2012-02-16 01:26:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1212   閲覧ユーザー数:1211

 

1908年6月30日7時2分頃ロシア帝国領中央シベリア、エニセイ川支流のボドカメンナヤ・ツングースカ川上流北緯60度55分0秒東経101度57分0秒、突然上空で大爆発が起こった。後世に“ツングースカ大爆発”と呼ばれる事件である。

 

「突然、押しかけて申し訳ありません。知人からこういう問題に詳しい方がいると聞いて、是非ご意見をお伺いしたくなったもので……」

秋が深まり、飲み物もアイスコーヒーからホットコーヒーに切り替えたりしようかなと考え始めていた時期である。考えたところで、アイスコーヒーを頼み続けるのだろうが。

閑古鳥か貧乏神が住み着いているとしか思えないいつもの喫茶店の一角を占領して開かれている我が探偵事務所にほとんど訪れる事のない客人がやって来ていた。

依頼主は十間橋 朱莉紗(じゅっけんばし ありさ)氏、ロシアと貿易をしている商社に勤めるOLだそうだ。ふだんはロシアにいるのだが、休暇を利用して日本に帰省していて、何処かで噂を聞きつけてやって来たという。

「同僚のロシア人の方からツングースカ大爆発の話を聞いたのですけど、インターネットなどで調べたのですが、いろんな説があって何が正しいのか分からなくて……何故だか、とても気になってしまって、答えをどうしても知りたくなったんです」

 綺麗に切りそろえられたショートカットに細いシルバーフレームのメガネ。美人という訳でも可愛い訳でもないが、知的な雰囲気を漂わせる女性だった。

「かなりの物好きね、そんな事どうだってイイと思うけど」

相棒の来栖はビジネスライクさを一切見せずに、客からの依頼をバッサリと切り捨てた。

「おい所長様よ、お客さんにその態度はないだろう。スイマセン、こいつ性格がちょっと可愛そうな子なんですよ。悪気はないと思うんで、許してやってください」

「いえ、そう思われても仕方がないですから……答えを知ったところで、私には何ら得をする事もないですし。ホント、単なる物好きなんですよね、きっと」

 微笑んで見せはしたが、自虐的で見ていて痛々しかった。空気も段々と重い性質になってきてしまったので、何とも気まずい。

「オレたちはそういう物好きな人がいてくれるおかげで、本職が暇な時にも収入を得られている身なので、ありがたいですがね。朱莉紗さんあんまり時間がないのでしょう?取り敢えず、本題に入りませんか?」

「そ、そうなんですよ。夜には日本を発たないといけないので……」

 大きなトランクと共にやってきたので、ロシアに戻る前にやってきたのだろうなと直ぐに分かった。ならば、ダラダラと時間を無駄にする訳にはいかないだろう。依頼を全う出来なくなってしまう。

「最低限の知識……何時、何処で、何が起こったかについては御存知ですよね?そこから先の事を説明しつつ、という形で構わないでしょうか?」

「はい、最低限の事は調べて知っていますので。進め方はお任せします、やりやすい様にやっていただいて構わないですよ」

「そうですか、じゃあ好きなようにやらせてもらいます。堅い口調苦手なんで、ラフな感じで行きますが、気を悪くしないでください」

 話がどんどん進んでいくのをぼんやり眺めていた来栖が、依頼が成立したと判断したのか料金やその他諸々の説明をこなして、すべての準備が整った。

「さぁ!お客様の望み、キッチリと解決するわよ!最近、全然本業の依頼も無かったから本気出しちゃうわよ!」

守銭奴め……金銭が発生しないと、一切やる気を出さん。そんな姿勢だから依頼が来ないんだよ。主義に反してでも少しは仕事をしなくっちゃ。

「じゃあ、まずは疑問点を整理しましょうか。ほら虎太郎、ちゃっちゃとやる」

 その上、上から来栖かよ……サディスティックな奴だぜ……

「ツングースカ大爆発の最大にして唯一の疑問点は、実際は何が爆発したかという一番基本的なはずの問題だ。爆発が起こったのに、何が爆発したのかすら定かではない、という不思議な話だからな。爆心地近くに住むエベンキ族の皆さんが目撃していたし、1,000km離れた家の窓ガラスが空振で割れたという記録も残っているし数百キロ離れた場所でキノコ雲も確認された、イルクーツクでは爆発の衝撃と思われる地震まで観測されている……爆発が起きた事は間違いないだろう」

 ちなみにツングースカからイルクーツクまでの距離は1,000kmらしい。空振の件も併せて考えると、それくらいまでは確実に衝撃が届くくらいの大きな爆発だったのだろう。なのに、何が爆発したかが定かではない……不可解な話だ。

「何も、痕跡がなかったんでしたっけ?それなんで、謎が深まっちゃったんでしたよね」

「隕石が落下した……と思われる痕跡がなかった、が正しいわね。爆発と見合うクレーターはない、隕石の破片も見つからない。地上じゃほとんど見られないイリジウムは見つかったけど」

 一応、クレーターと思われる物があったようだ。爆心地付近に“スースロフの漏斗”と呼ばれる窪地が見つかったらしい。スースロフ博士が発見したから、スースロフの漏斗らしい。漏斗っていうのは、ちょっとセンスがイイな。ただ、地質からして自然に発生してもおかしくはないので、ホントに爆発が原因かは定かではないらしいので、今回は省略だ。あとチェコ湖という湖が北北西の方角にあるのだが、それもツングースカ大爆発が原因で作られたと言われているようだが、記録が曖昧で爆発前にもあったようななかったような……という感じなので、省略する事にした。

「当時はロシア革命の真っ直中で爆発なんかに構っていられなかったからって、初期調査が送れてしまったのは問題だったわよね。まぁ、直ぐに調査した所で何か分かったかは怪しいものだけど」

 過去に対してでも辛辣な物言いだ。過去の人には過去の人なりの事情があっただろうに。

「まぁ、確かに当時の科学技術じゃ今ほど厳密に調査は出来なかっただろうがさ。まぁ、何にせよ大した資料は無く、爆発した原因に辿り着かないと行けない訳だ。100階から目薬差すようなもんですな」

「そういう事に……なりますね」

 気にしなくてもイイような些細なお茶目なのに、諦めたように俯いてしまった朱莉紗氏。こんな小動物みたいな人が商社で働いて行けるのだろうか?

 まぁ、実際問題ツングースカ大爆発の原因と思われる物はひとつしか考えられない。思いの他に簡単な話なんだ……というか、トンデモ理論が炸裂しまくりの出来の悪いSFみたいな話ばかりで、消去法からひとつしか答えが残らない。現在の所は……だが。

「取り敢えず、話を先に進めましょうか。存外にはやく済みますから。説をひとつずつ潰して行けば答えはひとつしか残らないですから」

「まぁ、そうね。例えば宇宙船着陸説があるけど、そもそも宇宙船なんて存在するか分からない物を根拠にするのはおかしいわよね。700人程度がツングースカ爆発が起こった時に宇宙船を目撃したという報告があるわ。でも、宇宙船目撃自体は今も昔もちょくちょくあるわ。それなのに、宇宙船は見つかっていない。それが現実なの。だから、宇宙船説はバッサリね」

「同じ理由で、ミラーマター説もバッサリだな。ミラーマターはある物質と鏡併せになる物質、ふつうの物質が左巻きの相互作用を起こすのに対してミラーマターは右巻きの相互作用を起こす……という事だが、今のところ存在してもおかしくはないって程度で存在が確認されている訳ではない。宇宙船と同じ理由で却下だ。それに、そもそもミラーマターが他の物質と相互作用を起こす事はほぼないっていう事になっているんだ。右巻きと左巻きだと上手く噛み合わないんだろうな、たぶん。それなのに爆発の原因に上げられたら納得する事が出来る訳がない。やはり、この説で通したいならまずはミラーマターを実際に発見する所から初めて欲しいものだ」

「確かに、存在しないものを有ると仮定して……っていうのは、納得行きませんよね」

 人類の英知が万能である、とは言わないが……流石に、存在が確認出来ていない物を証明に使うのはいただけないだろう。推理小説を読んでいて、謎解きの最中に今まで一度も出てきていない人物が犯人だっていうのと変わりない。可能性はゼロでは無いが、取り敢えず存在が確認されるまでは無視しておいて構わないだろう。

「次に怪しいのが反物質説だな。反物質は宇宙船やミラーマターと違って存在は確認されている。というかCERNが実際に反水素と反ヘリウムという反物質の生成に成功しているんだ。ただ……この反物質、人工的に作るのはCERNクラスの実験施設があれば可能なんだが、自然界で反物質を見つけ出すのはほぼ不可能に等しいんだ、自然界にほとんど存在しないから。つまりは、存在しているけど存在していない物質って事になる」

CERNとは欧州原子核研究機構の事でスイスとフランスの国境近くに本拠地がある国際研究機関の事だ。デカい加速器を持っていて、それを利用して原子だの粒子だのの研究を日夜行っているらしい。別にタイムマシーンを狙っていたり、タイムマシーンを利用してディストピア構築を目指そうとしている悪の機関という訳ではない、実際は。

「ツングースカ大爆発の爆発規模をTNT換算……爆発の威力を表す時に使うTNT爆弾1t分の爆発力を元に換算する単位なんだが。それで表すとだいたい10Mt程の威力に相当して、J(ジュール)に換算すると4.2×1016Jになるのだが。反物質は物質と衝突した時に対消滅という現象を起こして、その時に1gで9×1013Jというエネルギーを放出するのだけれど……自然界にほぼ存在しない反物質が1g以上もツングースカの爆心地に集まって、物質と衝突して対消滅を起こしそれだけのエネルギーを放つ爆発が起きるなんて事が、現実問題として起こるとは思えないわけだ」

「あ、あの……反物質って、宇宙から降ってきた……って話なんじゃなかったでしたっけ?」

 講義じゃないんだから、わざわざ手を上げる事はないのに、おずおずと右手を挙げながら朱莉紗氏が質問をぶつけてきた。依頼主なんだからもっとふてぶてしくて構わないのに。

 しかし、下調べをして来たというだけの事はある、的を射た質問だ。わざわざ、こんな変な所に依頼して来なくても、自力で答えを出せたんじゃないだろうか?

「この説を唱えたアメリカの学者さんが言うにそういう事になっていますね。でも宇宙にも地球上と同じく反物質がそんなに存在しないみたいですから可能性は限りなく引くいと思いますよ。それに宇宙に反物質が想像以上に多く存在していて、大気圏を突入して来たのだとしたら、ちょくちょくツングースカの様な事件が起きているんじゃないかなって思いますよ。もしも爆心地付近が反物質を集めやすい特性があったと仮定しても同じ事が言えます」

 あまり人の言う事を否定ばかりしていると、何だか嫌な人間になって行く気がして少し鬱になってくる。出来るなら肯定してあげたい所だが、一応、仕事だしな。

「そういえば、マイクロホール説なんていうのもあったわね。マイクロブラックホールも存在を確認されていないのに。何より極小とは言えブラックホールが地球に落下してきて爆発程度で済むはずがないじゃないの。それに説を唱えた学者先生達がマイクロブラックホールが落ちてきたならツングースカの真裏にも同規模の被害が出てないとおかしいって言っちゃってるし……どうしようも無いわよね」

 オレの罪の意識なんて、これっぽっちも共感出来ないだろうな、来栖には。

「ホント、いろいろ説を立てるのは結構だけど、もうちょっと理論的な物にして欲しいわよね。こうもあっさり否定されちゃうなんて、恥ずかしくないのかしらね?」

 こんな暴論を吐いている来栖を羨望の眼差しで見つめている朱莉紗氏は、オレたちよりも年上のはずなのに年下のようだ。庇護欲を誘うというか、父性や母性に訴えかけるというか、そういう魅力のある女性だと気づいた。

 朱莉紗氏とは全く正反対のタイプである来栖が、もう飽きて来てしまったのか退屈そうに欠伸をしながら、そんな暴論を宣った。いろいろな仮説を立てるのは、真実に辿り着くのに必要な事なのにと思うが、まぁ天才様には関係のない話なのだろう。

「まぁ、来栖の暴論はさて置きだ。これで残る説は2つ、ガス噴出説と彗星説。これを検討して行こう。天然ガスも彗星も他の説と違って存在が怪しいものじゃないから、候補としては有力な方だな」

「そのどちらかが、ツングースカ大爆発の原因……って事、ですか?」

「そういう事、じゃあ、まずはガス噴出説から。一番気になるのは実際にツングースカ大爆発があった付近に天然ガスが存在しているのか?という点だな。天然ガスが存在していないのに天然ガスが噴出して爆発を起こす事はありえない訳だから。現在、爆心地近くを流れるポドカメンナヤ・ツングースカ川の本流であるエニセイ川の下流域で天然ガスと石油の調査開発が行われている事や爆心地が位置する中央シベリア高原が火山から流れ出した溶岩によって形成された台地で、天然ガスを含め鉱物資源が豊富な土地柄というのを考えても地下に天然ガスが埋蔵されていてもおかしくはないだろう」

 ロシアで貿易商をしている女性に威張って話すような内容ではないだろう。中央シベリア高原の天然資源はロシアの貿易でもかなりのウェイトを占めているようだし。ダイヤモンドなんて採掘量世界一だもんな。

「爆発の原因になりえる天然ガスが地下に眠っている可能性がある、ならば天然ガスが爆発した可能性があるのか?答えはНет、ありえないだろうな。ガス噴出説を唱えた先生の話によれば地表の奥深くからメタンを多く含むガスが1,000万トン以上吹き出して爆発したっていう事なんだが……1,000万トンものガスが吹き出したというのならば、火山の火口のような大きな窪地が出来ていないとおかしいだろう、冷静に考えて。地面から吹き出したガスが爆発したら、それこそ火山の噴火のような現象が起きて、地表を形成する玄武岩が吹き飛んで、いたる所に散らばるだろうさ。なのに、そんな形跡はまったくない」

「もしかしたら、一気に吹き出したんじゃなくて、徐々に染み出して来て、それが一杯溜まって爆発、したんじゃないですか?」

「それも考えづらいですよ。建物の中だっていうならまだしも、屋外ですからね、少しでも風が吹いたら流されちゃって爆心地付近が盆地だったとは言え1,000万トンものガスが一所に溜まるとは思えません。それに、下に溜まったガスが爆発したのだとしたら、上空で爆発が起こりようがないじゃないですか、上空ある程度の距離で爆発した可能性がない物は原因にはなり得ないですよ」

「はぁ……なるほどぉ……」

 納得したように朱莉紗氏は何度も首を縦に振っていた。

「地中から何かがっていう話なら、ガス噴出説以外にも地球流星説なんていうのもあるけど、過去に落ちてきた隕石がどうのこうので、地表が不安定でうんたらかんたらって話。地球流星が発生して、具体的に何が起きたのかすら分からないんだから夢物語よね、ホントにありがとうございましたって感じ」

 そもそも過去に隕石が落下した場所で何かが起こるというのなら、ユカタン半島なんて危なすぎるだろう。他にもアメリカのバリンジャークレーターとかオーストラリアのシューメーカークレーター、カナダのマクアニガンクレーターなんていう大きな隕石衝突跡が地球上にはいくつかあるが、そこではツングースカ爆発のような大規模な爆発現象は起きていない。つまりは、まぁ、乙って話だ。

「何も痕跡なく、地球の内側から……っていう話は流石に無理があったんだよな、こんな規模の爆発で。そうなると、最後に残るのは彗星説。我々としては、この説がツングースカ大爆発の真実だと思う」

 決めるならここしかない!と意気込んで新米弁護士の様にテーブルを叩いたら、朱莉紗氏にはビビられ来栖には冷ややかな眼差しを向けられてしまい、不発に終わった。異議を申し立てるつもりはさらさらなかった。

「あ、あの。隕石じゃなくて、彗星なんですか?どちらも、変わらないように思いますが……」

 テーブルなんて叩かなければよかったと後悔するくらいに、ビクついた朱莉紗氏が質問をしてきた。

「とてもイイ質問ですね。隕石と彗星の違い、それがこの問題のキーなんですよ」

 同じ失敗はしない。なるべく穏やかに微笑みながら腫れ物に触るように答えた。女の子に脅えられるのが、こんなにも心にダメージを与える物だとは想像もしなかった。オレのグラスハートが砕けそうだ。

「上空から何かが降ってきて爆発したはずなのに、クレーターも落下物も無かった。それがツングースカ大爆発を大いなる謎に変えてしまった訳だが、そうなると落下して来た時にクレーターを作り落下物を残す隕石は原因から外さなくてはならないんですよ。当時は存在していなかったから考える必要もないけれど、人工衛星やらスペースデブリも原因にはなり得ません。これらが大気圏で燃え尽きる事なく通り抜けてきたら、地表に燃え残った物がそのままぶつかってしまうからです。大気圏突入時に燃え尽きる事なく、地表に衝突する事なく爆発して消えて無くなる可能性がある物、そう考えると行き着く答えが彗星なんです」

「彗星っていうのは塵が集まった岩石と水を主な成分とする氷によって構成されているの、それもそのほとんどが氷。そんな彗星が地球に接近してきて大気との摩擦で熱せられて地表に激突する前に大爆発を起こした。氷の主成分は水だけど、メタンにエタノールにブタンなんていう可燃性の物質も含まれているから爆発した時に火球を作ってもおかしくはないわ。で、主成分が水な訳だから爆発したとしても蒸発して無くなっちゃうし、水じゃなかった部分がいくらか地表に落下して終わりって訳。地球上じゃほとんど見つからないイリジウムが発見されているけど、たぶんそれが氷じゃなかった部分に含まれていた物なんでしょうね、隕石の落下地点とか宇宙から物が落ちてきた所で発見されるみたいよ、イリジウムって」

 氷が蒸発して無くなったから痕跡が残らない……氷柱で人を刺して、暖炉に投げ込んで証拠隠滅するっていうトリックに似たようなものだ。

「あの、さっきのガス噴出説の時にもちょっと気になったんですけど、地表じゃなく空中で爆発するっていうのにこだわっているように感じるんです。空中に火球を見たっていう目撃情報がそんなに重要とは思えないし……何でなんですか?」

 そりゃ上空で爆発にこだわっているのだから、朱莉紗氏がそう感じるのはおかしな事ではない。爆発が上空で起こらなくてはならない理由はちゃんとあるのだ。

「ツングースカ大爆発のもう一つの大きな謎、ツングースカバタフライ。羽を広げた蝶の様な形をした不可解な爆発の痕跡です。この痕跡がどうして出来たのかも説明しないといけないのですが、実は何故ツングースカバタフライが発生したかを説明すると上空で何かが爆発したという事実も説明出来てしまうんですよ。ゾトキン博士という人が1万分の1の森林模型と爆薬を使いツングースカ爆発の再現実験を行った結果、上空10km地点で爆発が起こるとツングースカバタフライと同じような爆発の痕跡が出来る事を突き止めたんですよ。それなん上空で何かが爆発した、っていう事にこだわっていたんですよ。というか、上空で起こらない限り地上に特別目立った痕跡を残さずに爆発なんて無理だと思うんですよね」

 先に出てきたチェコ湖も上空で爆発した彗星の破片が衝突して出来た小規模なクレーターであるという話のようだ。位置的にも形的にも彗星の破片が突入方向にまっすぐ飛んだ時に出来るであろう物と一致するというのが根拠らしい。どうにせよ、爆発以前からあったのかなかったのか記録が曖昧じゃどうにもならない。

「他に、質問はあって?無いようなら、結論をまとめて終わりにしたのだけど」

 有無を言わせぬ迫力で話を終わらせるよう圧力をかける来栖に、朱莉紗氏は涙目になっていた。

「こ、これと言って無いです。かなり納得行きました。でも……今回のお話に出てこなかった説ってまだ幾つかありましたよね?出てこなかったって事は、敢えて取り上げるまでも無いって事、なんでしょうけど」

「白鳥座61番星に住む宇宙人が放ったレーザー光線が原因だ!なんて、敢えて取り上げるまでも無いでしょう?そういう事です」

 実際に今回は話題に上げなかった説がまだ幾つかある。テスラコイルで超エネルギーを放出させて大爆発を起こしたとするニコラ・テスラ説や何らかの理由で強力な電磁場が発生して電磁の渦が木々を薙ぎ倒し焼いき尽くしたという電磁場説、太陽からプラズマが飛んできて地球に落ちて来たとするプラズマ説なんていう物があるが、そこら辺は興味があったら後々御自分でお調べ下さいと言った所だ。

「じゃあ、もう何も無い様だしまとめましょう。1908年6月30日7時2分にツングースカで何が起こったのか」

 

 1908年6月30日7時2分、ロシア帝国領中央シベリア、エニセイ川支流のポドカメンナヤ・ツングースカ川上流北緯60度55分0秒東経101度57分0秒に向かって彗星が猛スピードで落ちて来た。彗星の接近は太陽の光に隠れ見づらくなっていて気付く事は出来なかった。地表に向かってくる彗星は大気との摩擦で地表に到達する前に上空10km付近で大爆発を起こした。その光景は付近に住む住人に火球として目撃され、衝撃は1,000km先にまで届いた。爆発の衝撃は地表へ届くと木々を薙ぎ倒し、焼き払った。彗星の核は、そのほとんどを占める氷は蒸発して消えて無くなり、いくらかの岩石物質は砕けて地表に降り注いだ。その為、地表には大きな痕跡を残す事はなかった。

 

「だいたい、こんな感じでイイかな?」

 まとめてみると大した事が起こったとは思えないが、実際は大した事が起こっていたわけだ。

「イイんじゃないかしら?朱莉紗さんはこれで納得していただけて?」

 まだ仕事が終わった訳ではないのに、来栖は鞄から読みかけの本を取り出し、頁をめくり始めていた。

「は、はい。これで構わないです。違和感とか感じないですし、すんなり飲み込めます」

「じゃあ、これで解決ね。喉につかえた小骨が取れたような気分でしょう。イイ仕事をしてワタシも満足よ」

 何処まで行っても高慢な来栖である。わざわざ自画自賛する必要もないだろうに。

「そうですね、スッキリした気分です。ホントにありがとうございました。突然の依頼だったのに、こんなにアッサリ解決してもらえて」

 何てイイ子なんだろう……こんなトンチキに素直にお礼が言えるなんて。

「スッキリしてもらえてる所、悪いんだけど……一応、これは現在考えられる範囲でっていう物だから、新しい情報や事実が発見されたら、もしかしたら答えは変わってしまうかもしれない。ほとんど無さそうではあるけど」

「心得ています。もしもまた分からなくなったら、お伺いしますので、その時は御願いしますね」

 朱莉紗氏は微笑むとトランクを抱えて喫茶店を後にして行った。

 また客のいない、いつもの静かな喫茶店に戻ってしまった。一抹の寂しさと普段の居心地もよさを感じながら、マスターにアイスコーヒーを注文した。

 

 

 

―完―

 

 
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