No.37666

世界の中で君たちは

kanadeさん

卒業式って凄く好きです。

2008-10-26 14:18:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:441   閲覧ユーザー数:426

<新人教師の話>

 

今日で初めて受け持った生徒達が卒業する。

少し穏やかな気分で、少し嬉しい気分で、少し……寂しくて

廊下をゆっくりと歩く。少し早く学校についてしまった。

まだ誰もいない。

ひっそりとした校内。

静かな時間。

ゆったりとゆっくりとこれまでを思い出しながら廊下を歩いてみた。

あぁ。なんてあの子達はいつも精一杯生きていたんだ。

 

泣きたいくらいに綺麗な世界

泣きたいくらいに厳しい世界

 

悲しいくらいに世界のことを知らなかった。

悲しいくらいに世界のことを知った振りをしていた。

君たちの事を忘れないよ。

きっとずっと忘れないよ。

いつか同窓会をしよう。

おじさんになった僕を見て笑ってくれ。

和やかに話をしよう。

今日のことを話そう。

もしかしたら僕は泣くかもしれない。

そしたら笑ってくれてかまわない。

君たちに送ろう。

 

 

卒業おめでとう。

 

 

僕がそう思ったとき、僕は自分の教室の前にいた。

 

 

<写真部の生徒の話>

 

今日でこの学校を出ることになる。

正直少し寂しい。いや……凄く嫌だ。ずっとここに居たい。何でだろうと思った。

友達なんてほとんどいないのに。

学校に来るの早すぎたかな? いいや。少し写真を撮ろう。

カメラをゆっくりと鞄から取り出す。

グラウンドに出て少し深呼吸をした。

誰も居ないグラウンドなんて初めてだ。

すっとカメラを構える。

世界と一体化する。そして僕は世界を切り取る。

この日を一生忘れないように。

怖いから。忘れてしまいそうだから。それをしないように僕は切り取る。

無心にシャッターを切る。

校舎、グラウンド、部室棟、購買の近くのベンチ。

あそこ座ったことないんだよな……いつも人が溢れてて。

そう思って少し笑ってしまった。

ここには僕の匂いが染み付いていた。

僕にはここの匂いが染み付いていた。

 

不意に後ろから人の気配がした。

後ろを向くと透き通るような白い肌の女の子が少し離れたところに居た。

ちょうど後ろを向いている状態で、黒い制服から、白い足が浮いて出るように目立っていた。

同じクラスの生徒会長をやったいた子だ。何かやることがあるのかな?

隠し撮りなんて趣味はないけど、あまりにも、息を呑むほどに凛とした様が美しかったので、

思わずカメラを構えていた。

僕は彼女を切り取っていた。

カメラを鞄に仕舞ってすくっと立ち上がった。

ふと校内を見ると、僕の教室の前に先生が居る。

 

先生は

今までにないほど優しい顔で

微笑んでいた。

 

僕はぼうっとしながら教室の方に足を向かわせていた。

 

 

<生徒会長の話>

 

空が晴れていたからいらいらした。

ぶち壊したかった。

私がこの学校から居なくなる瞬間だって世界はまったく顔を変えないのだ。

所詮この程度か。

きっと皆は泣くだろう。私はそれを冷たい眼で見るだろう。

この程度の移動。この程度の変化。

それを皆は離れたくないと、変わりたくないと、そう泣くだろう。

私はそんなことどうでも良かった。暇つぶしにやった生徒会長という仕事も

本当にどうでも良かった。

ただ世界を超えてみたかったのだ。

生意気を言っているのはわかる。

しかし、私には世界など自分が存在するためだけのフィールドであるという認識しかなかった。

ほぅと息をついて空を見上げると、相変わらずの晴天で、私はひとつ舌打ちをした。

と、同時に小さな音がした。よく聞こえなかったが、後ろを振り返ると、鞄らしきものに

何かをつめている少年が見えた。

確か同じクラスの……? 

こんな時間から何をしているのだろう。

そう思いじっと見ていると、まるで夢遊病者のような足取りで校舎のほうに向かっていった。

不審に思い、行き先に目をやると先生が居る。

 

そして私は報われた気がした。先生は笑っていた。

 

ゆっくりと校舎に向かう足を私は止める事が出来なかった。

 

 

<普通の人の話>

 

卒業式とかたるいな……正直練習のしすぎで、感動とかなんもないし。

ゆっくりと学校に向かう。しかも早く出てきちゃったしさ。

こんなの俺が楽しみでしょうがない奴みたいじゃん。

やだなぁ。

歩く途中にいろんなことを思い出した。

何感傷に浸ってるんだよ。恥ずかしい。

学校の門の前まで来ると、看板に「卒業式」と書いてある。

小学校の時から変わらないな。あぁ。小学校の時には回りに花がついてたっけ。

ティッシュみたいな紙で作るやつ。

すたすたと歩いて教室に向かう。

きっと誰もいねぇだろうなぁ。つまんないや。

そう思いくるくる回りながら阿呆な歩き方をしていたら、なんとクラスメイトに会っちまった。

写真部の奴だっけ? まぁあんま目立たない感じの奴だ。

おう早いな。の一言でもかければよかったのだろうが、あまり仲の良くない人間にそれは不自然という物だ。

もしかしたら感傷に浸ってると思われるかもしれない。

あっそれはめんどくさいなと思った。

しょうがないので追いつかないようにゆっくりと歩き、ついて行く。

教室にはすぐに着いた。

 

そこには先生が居た。

 

「わぁ。早いね君達」

そう言ってニコニコと先生が笑う。どうやら俺たちが一緒に来たと勘違いしたようだ。

「あっ。君も」

そう言って先生はもう一度入り口の方を見た。

そこには生徒会長が立っていた。

言っちゃ悪いがいつもは生気がないような顔だったのだが、今日は違った。

「嬉しいな。こんなに早く」

先生は笑っていた。

 

目から涙を流しながら。

 

「ちょっと早いけど

 

         卒業おめでとう」

 

その時世界の音を聞いた。

空は青かったし、風は強かった。

横の二人は呆然とした顔で俺の顔を見る。

どうしたんだろう。

何だろう。

 

「……君っ」

写真部の地味な奴が俺の名前を呼ぶ。

「君は優しい子だね」

 

この時俺は自分が泣いているのに初めて気がついた。

あぁ。悲しかったんだ。この場所を離れるのが

つらかったのだ。

俺はなんて馬鹿だったんだ。

「貴方と私きっと最初同じことを考えていたわよ」

生徒会長が言う。

 

そうして卒業式はやってきた……。

 

さよなら。俺の居た世界。

きっと俺はこの世界を忘れない。

 


 
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