No.375082

ココア

鳥@Tinamiさん

うたプリカプのトキ春で。ピクシブにも載せましたけど。こっちにも。
「夕方の部屋」で登場人物が「さめる」、「鍵」という単語を使ったお話を考えて下さい。 のために書いてみた。

2012-02-09 00:12:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:450   閲覧ユーザー数:450

 

日差しが傾き、赤く空を染めている。薄くあいたカーテンに、譜面が照らされて、春歌は日が傾いたことを知った。

「四時……?」

 しょぼつく目を軽くこする。譜面の端に追いやられていたマグカップを手にとって、中身を確かめる。中のココアはすっかり冷めていた。

「んー」

 冷めたココアを眺めながら、取り替えるか思案して、試しに一口飲んだ。やっぱり取り替えよう。と心に決めて、立ち上がる。

「ココアは温かい方が良いですね」

 仕事の譜面をにらみつけていると、なんだか気が張る。先ほども、ああでもない。と悩んでいた末だったので、春歌はほっとしたかった。

 何の気なしに、ケータイをチェックする。一ノ瀬からなにか、届いていないかと期待を込めて、みたものの着信も、メールもない。

「今日は、忙しいんですっけ」

 確か、映画のロケだったはずだ。オムニバスの一作を主演。春歌はかなり、楽しみにしている。

 キッチンに出向き、お湯を沸かす。冷めたココアはもったいないとは思いつつ捨てて、マグを軽く洗ってまつ。

 気がつけば、ついこの間、リリースしたばかりの新譜を口ずさんでいた。ポップな軽い調子の歌で、今はそれがCMで流れていて、なんだか恥ずかしい。

「心に鍵を……開けて見せて」

 歌詞を口ずさみながら、やっぱり、一ノ瀬さんはすごいな。と考える。どうしても、歌うとリズムの狂いが気になるし、テンポの取り方がどうしても上手く行かない。自分で作った物なのだが、思うとおりに口ずさめないのだ。

「むずかしい……ですね」

 いつの間にか、沸いたお湯を火から下ろす。マグにココアの粉をほんの少し多めに入れると注いだ。甘いにおいが春歌の鼻をくすぐり、こわばった身体が緩むのを感じる。

 ついでに、何かつまもう。と考えて戸棚を眺める。よく考えたら、お昼は軽く済ませてしまい。それ以来、食べていない。

「確か、いただいたクッキーが……」

 コンペでお世話になったプロデューサーから、もらった物を思い出し、ソレを探しにかかる。とだなをごそごそしていると、なぜか、インターホンの音が鳴り、春歌は顔を上げて首をかしげた。

「なにか、届く予定ありましたっけ?」

 思い当たる節は春歌になく、不思議に思うものの、出ないわけにはいない。手を止めて玄関へ出向くと、ほんの少しだけ緊張しながら、扉を開けた。

「え? 一ノ瀬さん……?」

「唐突に、すみません」

 チェーンを外し招き入れる。久しぶりに見る一ノ瀬で、春歌は妙に緊張してしまった。急いできたのか少し汗をかいていた。

「大丈夫ですか? えと、お仕事だったんじゃ」

「だいぶ、トラブってしまいまして……早く終わってしまいました」

「え。ソレって大丈夫なのですか?」

「まあ、上の話なので、さすがに私が口を出す事情ではなさそうで……」

 聞けば、制作側と監督間でトラブルが起きてしまったらしい。元のスケジュールを大幅に超えてしまっている中で、情報の行き違いが重なり、一部の出演者のスケジュールが合わなくなってごたついてしまったのだ。

「私の方はスケジュールはまだ空きがありますし、主演ということで余裕を持ってもらったので自分の都合は良いのです。他の出演者の方ですね……」

「なんか、大変ですね……」

「ままあることではあります……」

「?」

「いえ……あまり、言うことではありませんね……」

 言葉を濁され、春歌は首をかしげる。なんだか一ノ瀬の様子がいつもと違う、そんな気がした。

「一ノ瀬さん? 大丈夫ですか」

「え?」

「なにか、悩んでらっしゃるのかなと……」

 自信家というわけでもない。が、一ノ瀬のどこかいつもどっしりと構えたような自信が見あたらない気がした。トラブルも気にかかるのだろうと思うが、それ以上にどこか、そぞろな雰囲気があり、春歌は思わず手を取った。

「あなたは」

 ぐいと、手を引かれ、抱きしめられる。急いできた彼は軽く汗のにおいがした。寒い中、走ってきたのは必至だったのか、ただ春歌はソレを問うことをせず。その胸に、小さくまとまる。

 早鐘のような心音が、春歌の耳に響く。一ノ瀬の音楽を聴きながら、唐突な行為に、彼ささやかな、甘えを感じて、なんとなく。うれしくなった。

「一ノ瀬さん……んっ」

 好きですと伝えようとしたその唇を、彼の唇が押さえてくる。触れる肌にどきりとしながら、身体の芯が緩むのを感じた。

 ひとしきり、啄みあい。触れあい。一ノ瀬がふと離れた。春歌は少しだけ、戸惑いと名残惜しさを考えて見つめると、ふいと顔をそらした。顔がほのかに赤かった。

「すみません。突然きて……」

「謝ることないです! う、うれしかったですから」

 ほほえまれ、自分の反射的な反応に恥じてしまう。改めて落ち着いた一ノ瀬が唇に触れようと顔を近づけ、

「あ」

 春歌は思わず声を上げてしまった。注いだココアは、冷めてしまっただろうか。

「どうしました?」

「い、いえっ、何でもないです!」

 大慌てで、弁解する。全く関係ないことを考えてしまっていた。ふっと一ノ瀬の顔が緩み、改めて近づいた。

 ソレをきちんと受け止めて、ココアより。こちらの方が落ち着くかもしれません。

 

そんな風に考えて、恥ずかしくなった。

 

 
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