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セブンスドラゴン2020『どうしてこうなった』/04.チャプター3 『繁花樹海②・スイカはぶっ叩く!』

廃都と化した渋谷にて、不良グループSKYを討伐するよう指令を受けたユカリこと、竜王ウォークライは、アオイという仲間を得てドラゴンを倒すことに成功した。

しかし、いまだSKYもこの地に潜む帝竜もその気配を見せては居なかった。

2012-02-08 23:16:04 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:851   閲覧ユーザー数:849

チャプター3 『繁花樹海②・スイカはぶっ叩く!』

 

 

 

 …その男はようやく渋谷へとたどり着いた。

 

 この破壊しつくされた世界を一人、ずっとずっと歩き続けてやっと渋谷へと戻ってきた。自分が働いていた池袋はもはや壊滅状態で、おいそれと近づく事すらできない魔境と化している。あれだけ大量のドラゴンやマモノらが徘徊する異界で、よく無事だったものだと自分の強運に素直に感心する。

 

 男は立ち止まり、ふと、周囲へと視線を巡らせた。

 気がつけば、ここは馴染み深い場所。渋谷でも有名な駅前のスクランブル交差点である。

 

 渋谷の象徴でもある、このJR駅前に広がるスクランブル交差点は、常に人の波で埋め尽くされていた記憶しかない。朝も、昼も、深夜さえも、人や車の行き交う眠ることのない大都市への”人の営み”という血流を送る大動脈であり、人々が暮らす上での要であった場所だ。

 しかし、いまこうして見渡せば、やけに広いだけで閑散とした広場のような光景でしかない。見渡す限りの瓦礫 (がれき)と真新しい樹木、そしてまばらに咲く謎めいた赤い花…。かつての面影だけが苦く残る場所となり果てている…。

 

 今ここにあるのは、かつて栄華を誇っていた文明社会の名残であり残り香。すでにもう廃墟と化した別世界。自分の知る渋谷はもうすでになく、過去の思い出だけが漂う墓場に等しい。

 

 

「な~に詩人になっちゃってるんだか…」

 男はそんな独白と諦めを吐き出すように深く深呼吸をし、また歩きはじめる。

 

 別に大した用事があるわけではない。たまたまこの渋谷に自宅があって、飼っている犬が気になっただけだ。池袋にあった職場はすでにないし、同僚も知人もドラゴンに喰い殺されている。たまたま生き残ったとはいえ、それで何かをしたいわけでもなかった。

 

 ただなんとなく、家に戻るしか選択肢がなかっただけだ。

 

 どうせ犬なんて、とっくに死んでるだろうとは思ったが、…それくらいしか目標がなかったのだ。帰ったところで家すらもないかもしれないが、別にそれは重要ではなかった。この全てが失われた世界で、どんな事でもいいから目的が欲しかった。それだけなのである。

 

 …そもそも自分は、いつ死んだって構わないのだ。

 最初から生きている意味などなかった。生きているという程の自覚はなかった。

 

 ドラゴンが襲来しなくとも最初から自分には何もなかったのだ。

 

 

 金が満ち足りていようとも、空腹を埋めようとも、心はいつも飢えたままだったのだから。

 

 自分の心はいつもカラッポで、満たすべきモノなんて何もない。飢えてもがいて、それでも満たせない。そんな中身のない日常がダラダラと流れて過ぎていくだけ。

 

 そんなものは生きているとは言わない。生きてなんていなかった。

 ただ死んでなかっただけだ。

 …なのに、こんな状況で生き残って、いまさら犬の心配くらいしかやる事がないなんて。悲しいにも程がある。

 

 

 そんな事を考えていた男は、…不意に力が抜けて、ぱたりと倒れ込んだ。

 

 ここ数日、食べ物はロクに食べてないし、水もあまり飲んでない。昼夜を問わず歩き続け、そして逃げ続けた身体はボロボロだった。心も身体も衰弱(すいじゃく)していた。そろそろ死んでもおかしくないのかもしれない、とは感じいた。

 

 これがいわゆる瀕死、という感じなのかもしれない。

 

 起きようと思えばまだ起きられたし、歩こうと思えば歩けた気はする。だけどもう、生きていても仕方がないのだから、このまま倒れてドラゴンにでも喰われた方が意義があるのかもしれないと思えば、なんだそうか、と諦めがついた。

 

「もういいか。…さよなら、世界」

 そう呟いて、男は目を閉じた。これが心の渇いた男が渋谷に行き着くまでの話である。

 

 

「あの…、良かったらこれどうぞ。お腹の足しになると思いますよ?」

「ぬ? なんだこの軽い箱は?」

 アオイはやっと枝から救出した俺様へ、荷物から取り出した小箱を渡す。

 

 変な絵柄の描かれた小箱ではあるが…、なんだこれは? 初めて見るモノだな。どのような兵器なのか想像がつかないが、銃とかいうのとは違うらしい。じゃあ、爆発するやつか?? 振るとカラカラという音がするだけで何も起こらない。

 

「チョコレートですけど…、甘いの好きですか?」

「あまいの? あまいってなんだ?」

 

「なんだって言われても、チョコはチョコですし…、ああ、このシリーズの事ですか? これ、マイナーですけどナカナカ美味しいですよ~」

「美味しいだと? …食料だというのか? これが?」

 

 アオイが小箱のフタを開くと、そこに詰め込まれているのは黒っぽい固形物だ。触れても爆発はしなさそうだが、お腹の足しというのは空腹を満たすものだというのか? こんな小さな物体が腹を満たすなどと…、アオイは俺様をナメているのだろうか? 

 

 ふん、まあいい。

 

 この誇り高き竜王たるウォークライ様は寛大(かんだい)だ。こんな小石のようなものが美味いわけがないのは想像するに容易(たやす)い。きっと俺様を(だま)してまた笑うつもりなのだろう。クククク…愚かなり我が下僕よ!

 だが、このような稚拙(ちせつ)な罠で俺様を(おとし)められると考えている浅はかなる我が下僕の誘いに付き合ってやるのも上司の役目というもの。それに、人が食うのに竜が喰えないと馬鹿にされるのもシャクだしな。やれやれ、手のかかる部下だな。

 

 俺様は興味のなさそうな顔で、ひとつその黒い固形物を摘むと、そのまま口に放り込んだ。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

「ぐむーーーーーー! なんだコレはーーーーっ!!!」

 その瞬間、俺様は身体に凄まじい電流が駆け巡るかのような衝撃を受けて…、ぱったりと倒れた。

 受身を取るどころの話じゃない。感動と興奮と感激と涙と鼻汁がごちゃまぜになって、もうワケワカラン状態だった。

 

「わ! ちょっと大丈夫ですか?! しっかりして! 急にどうしたっていうんです?」

 アオイが驚いた様子で俺様の身体を支えるが、俺としては身動き取れない程の甘美に打ち震えていたので、その言葉すらも遠く感じていた。しかしそこは竜王たる俺様、なんとか言葉を搾り出して返答してやった。

 

「うますぎる…。おい、アオイ…、これうますぎるぞ…」

「…な、なにがですか?」

「阿呆か! コレに決まってるだろうがーーー!」

 

 俺はアオイに貰ったチョコという固形物を次から次へと放り込んでいく。初めて口にした人間の食い物。それはとんでもない衝撃だったのだ! まさに驚天動地! これまで生きてきた中で正真正銘、最大のビックリだ! こんなに美味い食い物が存在していたなどと俺にはまだ信じられない!!

 

 この形容し難い無限の至福、なんという恐るべき感覚なのだろうか? このチョコという小さな食料、並大抵の破壊力ではない。口の中がまろやか一杯でシアワセになり、勝手に顔がニヤけてしまう。そして舐めているとトロトロに解けてこれがまた…。

 

 むむむ…、知っている! この感覚は知っているぞ!

 俺様は自信は知らないが身体の持ち主であるユカリがその肉体に刻み込んでいる味だ。

 

 そう、甘いだ! これこそが甘いだったのだ!

 とてつもなく甘くて甘くて美味くて甘くて…、俺様はもう嬉しくて堪らない!!

 

 この甘いという感覚は竜にはないものだ。少なくとも俺は知らない! だから、初めて食うチョコというモノにとてつもない文明開化を受けざるを得なかったのである! んあ? 文明開化ってなんだ? いや、そんな事はどうでもいい! それよりも人間どもめ…、こんなモノを食っていたのか! ちくしょう! ふざけやがって!! ずるいぞ!

 

 いやしかし、これほどの破壊力とは思わなかった…。これは俺が竜の頃に好物だったスライムの比ではない。これこそ間違いなく人間世界最強の兵器だろう。

 

 きっと人間は俺達と戦う方法を誤ったのだ。もし人間が竜に戦いを挑むなら、銃や刃で攻撃するよりも、このチョコとやらを口に投げ込んだ方が有効だったろう。絶対王者の俺が言うのだから間違いない。きっと一撃でメロメロになるぞ。取り返しがつかないどころかシアワセ世界から帰って来れないぞ。

 

 いいいいや、いやいや、待て。し、しかしだ。誇り高き竜王たるこの俺様が、こうもアッサリ人間ごときの食い物に屈していては示しがつかない。ここは全竜族の誇りに賭けて、チョコになど負けないと断じておきたい。屈したわけではないと断言しておきたい!

 

「そうだ! 竜王ともあろう者がこの程度の感動で()抜けている場合ではない! …でも、やっぱりもう一個食べよう」

 

 俺様は容易(たやす)く屈していた。だって仕方ないだろう? アオイの持っていたこのチョコという食い物が俺の価値観を根こそぎひっくり返したのだ。もう俺は負けでいい。腑抜けでもいい。本当に、本当に…こんな美味いモノは食った事がない。もう一度言うが、こんな美味いモノは食った事がない! もう一回言ってもいいぞ!

 

「アオイ! でかしたぞ! お前はすごいヤツだ。俺の一番の部下にしてやるぞ!」

「ふふ…、ありがとうございます。そこまで喜んで貰えるなんて、多めに持ってて良かったかな」

 

「うむ! エライぞ我が部下アオイよ! 俺様が竜を代表して感謝する!」

「えーと、よく分かりませんけど、ありがとう」

 俺様はもうダメだ。顔がとろけそうな程に美味い…。むしろ俺がとろけそうな程うまい。俺様すげーシアワセだ…。チョコいいな! 素晴らしいな! とても嬉しい。

 

「あの…、ちょっといいですか?」

「なんだ! 聞いてやるぞ! なんでも聞け」

 

「そういえば、あなたの名前、聞いてなかったかなって。良かったら教えてくれますか?」

「なるほどそういう事か。では、聞いて驚け! 偉大なる俺様の名はウォー…………」

「ウォー?」

「いや、待て。しばし待て」

 んむ…、ここは悩みどころなのだが正直に言うべきなのか? しかし言ってしまうとシンジクトチョーを追い出されてガトウと戦えなくなるしな。チビとも会えなくなりそうだし、…なによりこのチョコがもう食えないのが一番の問題だ。それがなにより困るわけだが…、しかし、俺がユカリと呼ばれるのも何か違うような気がしないでもない。

 

「…一応はユカリというのだが、その名では呼ぶな。間違ってないんだが間違ってる」

「はい?」

「じゃあ、そうだな、竜王っ! …も、ダメだな。んむぅ~~~」

「困りましたねー」

 俺は頭を悩ませつつも手と口だけは止めることはない。そうしている間に一箱が喰い終わってしまった。俺は次なる獲物を物色すべくアオイの持つ袋(リュックというらしい)を漁った。わー、いっぱいあるぞー! にゅふふ…。

 

「どうしましょうか」

「これ食べたらにする! 俺様これ食べたい!」

 

「はー、それだけ喜んでるところを中断して話してもらうのも悪いですね」

「これどうやって開けるんだ? こうか? …おお! へんな棒みたいのがいっぱいあるぞ!」

「…じゃあ、先に私の話でもしましょうか」

「うむ。テキトーに話せ」

 

 いま手にしている獲物はポッキーという新種のチョコだ。いちごあじ?…とか書いてあるな。枝のような細長い棒のに桃色チョコがついている変なタイプだ。

 

 おお! この棒も食えるというのか?! に、人間どもめ…なんと恐ろしいモノを…。

 んー甘い~~! うま~~い!

 

 俺様はあまりの美味さによだれと涙を流しながらも、まずアオイの話を聞いてやる事にした。それによると、コイツはなんとムラクモらしい。でも正式ではなく、試験というのに落ちたのだそうだ。74期とかで会場にたどり着けなかったとかなんとか…。何が落下するとムラクモではなくなるのだ? 俺様さっぱり分からんなー。

 

「ふーん…、なるほどなぁ。そうか! お前の頭は桃色なのに名前がアオイからダメだったんだな! グハハハハハ!」

「え、え~? そこ笑うとこ…、かなー?」

 

 まあいい。俺様よく分からないのでキッパリ忘れる事にした。そんな事よりもこのポッキーも美味しい。いちご味すごすぎた! へへへ~。ついでに言うと、座った木の上は少し地面から高い位置にあるので、脚をぶらぶらさせられるのが愉快だ。美味いのに愉快で俺様シアワセすぎだ。

 

「あ、そうだアオイ。お前、ムラクモの出来損(できそこ)ないなら、これ分かるか?」

「うう…、出来損ないはヒドイと思うんだけど…、えーと、どれの事です?」

 俺は腕についてる”つうしんきがたうでどけい”をアオイに見せた。俺様には分からないが、コイツなら分かるかもしれない。人間が作ったモノを触るなら、人間の方が得意だろうしな。

 

「チビが言うには、それでシンジクトチョーのヤツと話ができるんだと。俺様よく分からん」

「腕時計の…通信機でしょうか? これでシンジクトチョーって新宿の都庁に連絡が取れるって事ですか? あそこが本部になってるんですね」

「うむ。そうそう。そこだ」

 

「なるほど。…う~ん、それほど難しいモノじゃなさそうだけど…」

 アオイがそれを操作している間に、さっきまでジエータイが一緒にいた事、この周辺にスイカがいてクスリ持って逃げた事を教えてやった。たったそれだけの間に、俺のいちご味ポッキーは瞬く間に消えていた。

 

「おいアオイ! この…めろんじゅーす、というのはどうやって喰うんだ?」

「どのボタンかなぁ…、あ、はい! ふえ? それ、ジュースですからストローをこうして…ですね…」

 

 確かにムラクモ的には、スイカがクスリでポッキーが消えてジエータイがなんたら、というのは重要かもしれんが、俺様はそれよりこの”めろんジュース”を飲むのに忙しいので、後は全部アオイ任せる事にした。うぬー…これも美味い~! すごく甘くて俺様めろんめろんだ。俺もうこのまま人間でもいいかもしれん。めろん美味すぎる…。

 

 めろんジュースをごきゅごきゅ飲んでる間にも、俺様の視線を捕えて離さないモノがあった。たけのこの里と書かれた小箱から異様なまでの波動を感じる。どう見ても俺様に喰って欲しいと望んでいるとしか思えない(おもむき)の箱である。この恐るべき兵器に取り掛かろうと息を飲む俺様の横で、アオイの(つぶや)きが聞こえた。

 

 

「これで…、うん。(つな)がったみたい」

 

 すると不思議な事に”うでどけい”から声が聞こえてきた。音がくぐもっているから聞き取りにくいが、これは違いなくチビの声だ。人間どもめ、なんとも奇怪な道具を持っているものだな。素晴らしさとしてはチョコ以下の以下だけどな。

 

『ユカリッ!! どうしてスイッチOFFにしてたのっ!? 連絡取れないから心配してたよ!』

「おー、やっぱりチビの声だ! おーい、聞こえるぞー。…しかしアオイ、お前すげーな。さすがは俺の部下だ」

「はい、繋がって良かったですよ。ビデオの再生と同じくらい難しかったですけどね」

 

「ところで、この、たけのこの里とやらはどうやって開けるのだ?」

「これはこうして…、いえ、それはいいんですけど、少し相手のお話を聞きましょう」

 

「んむ~。でも、聞いてる間に俺様のチョコが逃げるかもしれないし…」

「大丈夫です。逃げませんから」

「…んー、わかったー。じゃあ俺様これ持ってていいか? 逃げたらやだし」

「いいですよ。ちゃんとお話聞いてくださいね」

 

『…そこに生体反応が3つ? 逃げ遅れた救助者を2人助けたの? さすがユカリだね』

 チビは”ちいきとくていごにまっぷでーた”を送ると言うと、数分ほどして”うでどけいがたつうしんき”のガラス玉に妙な文字や絵が映し出された。俺様はめろんジュースをズズズ…と飲み干しながら注視するのだが、やっぱり意味不明である。

 

『ユカリ、そちらの救助者なんだけど、渋谷入り口に待機している自衛隊の人達に保護してもらう事にしたよ。彼らにはこの事を伝えてあるから、ユカリも今送ったマップデータを見ながら移動して』

 そうチビが言うと、ガラス玉部分の絵がまた切り替わり、白い線と三つの赤い丸が出てきた。

 

『現在地より南西190メートルに進むと小型シェルターがあるから、救助者の方には一時的にそこに入って貰ってて。自衛隊はドラゴンを回避させながら安全ルートで誘導するから、どうしても時間に差がでるの。そこの入り口は電子ロックになってるんだけど、こちらからはアクセスできないから、ユカリが開けてくれる? 解除コードは99356A-6Bを入力した後に───』

 

「お、おお、おおい、アオイ! お前に任せたぞ。俺様ダメだ。ワケが分からん」

「えー? う~、了解です~。…あのっ! 横からすいません、本部の方ですか? 私、救助された───」

 

 こういう、まだるっこしい会話は俺様さっぱり分からん。人間というのはたまに珍妙な言葉を口にする。これもその一部なのだろう。どうでもいいから一言でまとめて言ってくれないと理解できん。

 

 まあいい。俺様たけのこの里の攻略に手が離せないのだ。重要任務なのだ。

 おー! これはサクサクするなー。チョコの部分がちょうどいいなー。うまうま…。

 

『…ええと、雨瀬アオイさんですね? …はい、確認しました。第74期ムラクモ選抜試験にて登録があります。これより貴方を暫定的(ざんていてき)にムラクモとしての権限を与えます』

「はい、よろしくお願いします! よ~し、頑張るぞー!」

 そして俺が荷物から次なるチョコを漁っている間に、チビとアオイとでなにやら話をしていた。しかし俺様としては興味がないので、興味のある話へと移行する。

 

「おいアオイ! 他にチョコないのか? どれがチョコだ? 俺様もっとチョコ欲しいぞ! 甘いの欲しいぞ!」

「はい?! あ、えーと、う~ん…、そこの平たいのは駄菓子ですから、角ばった箱がチョコだと思ってください。でも、どれを食べてもいいですよ。駄菓子もおいしいですから」

「わー! マジか! すげー! 俺様シアワセだー」

 

「…ごめんなさい本部の方、中断してしまって。それでご相談なんですが…、実は…」

「はい、えっ!? そうでしたか、今朝は会ってなかったものですから…」

 

 しばらくチビと話してたらしいアオイがようやく話を終えたようだ。俺様も満腹で満足した。あとはもう寝るだけだ。

 

 

「じゃあ、えーと先輩。これからの事ですけど…」

「んむ? せんぱい?」

 

「はい。私は先輩の後にムラクモへ入ったんですから(うやま)わないと、ね?」

「おおー! 敬うのか。それで俺は先輩なのか?!」

「呼び方はそれでいいですか?」

「よいぞ! 俺様をせんぱいで呼ぶがいいぞ」

 

「ふふ…、それでここから先は私も同行しますから、よろしくお願いしますね」

「せんぱいせんぱいせん…、はー?? なんでお前が来るんだ? 敵殺すだけなら俺様一人で十分だぞ!」

 

「そうですか~、それは残念です。…では、チョコも一緒に持って帰る事にします」

「ぬぬっ! …じゃあ、仕方ないから邪魔にならないように同行しろ! 同行しろよ? 必ずだからな」

 アオイは笑顔のままで、人差し指をぴんっと伸ばしてさらに言葉を続ける。

 

「それとですね、救助した彼女をいまから別の場所へ、あっちのシェルターに案内しますから、みんなで少し歩きましょうか」

「面倒だなー、あの非戦闘員のメス一人で行けばいいだろーが。俺様は歩くのニガテなんだ」

 俺様が本心でそう言うと、アオイのヤツは相変わらず笑顔のまま聞いてくる。

 

「先輩、先にひとつ質問なんですけど、いいですか?」

「む! なんだ? 聞いてやるぞ?」

 アオイはなぜか俺の頭から足元までをゆっくり眺めて、それからまた口を開く。

 

「どうして…、先輩は歩けないんです? さっきから見ていると怪我しているようには見えませんけど?」

「…んむー、いや、んー。なんというかな…」

 一応は正体を隠しているのだから、元々が竜だったから人間の歩行に慣れてない、とは言いづらいな。しかも竜王ともあろう者が歩けなくて悩んでいる、などと明かす事になるのは避けたい。…しかし他の理由をでっち上げるにしても、何と言えばいいのやら…。

 

「むぐ~~~~。…なんというか、あれだ、その…なんとなく忘れた?」

「…忘れちゃいましたか」

 

「そうなのだ。俺様ほどに優秀だとこういう事態があるのだ」

「それは大変ですねー、うんうん」

「大変なのだ」

 アオイのヤツは何度か(うなず)いており、すっかり俺様の嘘を信じているようだ。苦し紛れに出た言葉ではあったが、アオイごときを(だま)すにはこの程度で十分なようだ。グハハハハハ! さすがは俺様!

 

 

「では、そんな先輩に、正しい歩き方を伝授しましょう」

「歩き方…だと?」

「実は私、怪我して歩けなくなったりした人達の回復をお手伝いする、…いわゆるリハビリテーションの実習を受けた事があるんです。一度、大きな怪我をした事がある人は、正しい歩き方ができなくなってしまう事が本当にあるものなんですよ。…先輩だって基礎からやれば、きっと思い出せます。このアオイちゃんがばっちり教えてあげますから」

「なんだか分からんが、普通に歩けるというなら便利だな。うむ、伝授されるぞ」

 

 …ほどなく、俺様はアオイが実はアクマのようなヤツだと思い知らされる事になる。

 

 

 

 

 アオイの言う”しぇるたー”というのは案外近くにあり、そこにさっきの非戦闘員のメスを閉まってきた。あとでジエータイが取りに来るらしい。弱いの同士でちょうどいいだろ。

 

 イオコマ達はクソ弱いので、竜が出たらすぐ死ぬんじゃないかと思ったんだが、なんでもチビが竜のいない道を教えながら、ジエータイを誘導するんだとか言ってた。チビはクソ可愛いのにそういう事も出来るのがスゴイな。ジエータイはクソなだけで何にも出来ないのにな。

 

『ユカリ、アオイ。自衛隊の人達を誘導に少し時間が掛かりそうなの。北区方面への探索を継続してくれる? 現状ではその周辺に敵対するドラゴンもマモノもいなから、安心して』

「あの、こちらから自衛隊さんのフォローはしなくて良かったんですか?」

『問題ありません。こちらは時間さえあれば解決できますから』

 

 チビからの連絡は意味が分からないモノが多いが、声が可愛いので聞いていて飽きない。内容が分からないのに声だけ聞いて満足している俺様がいる。

 しかし、人間というのは本当に俺達との戦い方を間違えたんだろうなー。チビがチョコ持って駆けつければ、何があろうとも何者も逆らえないというのに…。あんなに愛らしい生き物が甘くて美味いチョコなんぞ持って現れたら、俺様なら見ただけで悶死(もんし)する自信がある。逆らえるヤツなどいるわけがないと思うんだがなー。

 

 まあいい。それはさておき今はコチラの方が大問題だ。

 

 俺様は現在、シブヤを歩きながら地獄のもうとっくん中をさせられている最中なのである。

 

 

「ほーら~、またヒザが外側に開いてますよ。先輩、何度も言うようですが足を横に開かないように歩いてください。それと女の子なんですから、少し小幅に歩きましょうね」

「か、簡単に言うけどな! おい、待てアオイ、俺様はだな…、うわったたた!」

 

 右、左、右、左、というアオイの声とそれに合わせた手拍子のリズムで、俺は震えた脚を前に出す。アオイが言うには背中を伸ばして上体を反らさないから、普通に歩けないのだとか。身体を縦にまっすぐにして足を動かすようにするんだと。

 

 まったく馬鹿を言いやがって!

 どこの世界に背筋をピンと伸ばして直立し、前足後ろ足を規則正しく前後振って行進するドラゴンがいるんだ?

 

 そんなの気持ち悪いだけだろーが。竜なんてのは基本的に身体は前に体重をかけるだろ? だから後ろ足が強靭だったり、尻尾でバランス取ったりするんだろが! 前に体重をかけるのが普通なんだよ! 竜なんだからそれが当たり前だろ?!

 

 俺がそのように反論したら、アオイのヤツはこう切り替えしてきた。

 

「何言ってるんです? 先輩はどう見たって人間じゃないですか」

「…うむ。まったくその通りだ」

 返す言葉もない。いまの俺様は人間の身体なのだから、竜の理屈が通用するわけがないのだ。…しかし、だからと言って、そう簡単に人間風に歩けるかというと、それはそれで無茶な相談であるぞ。

 

「はい、お尻を後ろに突き出さないでー」

「ひゃん!」

「…あらら、先輩ってば可愛い…。うふ、やっぱり女の子ですね~」

「う、うるさい黙れ!」

 いきなり尻を押さえられてビックリした俺は、なんとも小娘のような声を出してしまった。し、仕方ないだろ? 好きで出た声じゃねーんだ。これはあれだ、中身のユカリに影響されてだな…。

 

「いっちにー、いっちに! そーです! いい感じです。先輩、いい調子ですよー」

「ぐぬぬぬぬぬ…、右で左で…この時に前足が右で…」

「頭で考えずに、自然にすればいいと思いますよ?」

「言われなくともやってる!!」

 おのれ…人間の分際で、このように俺様を酷使するとは、なんとナマイキなヤツだ! これは本当に先輩という上司に対する敬いという行為なのか? 俺様は命令されて動くのが何よりも嫌いなのだ。

 

「ぐああああー! もうイヤだ! やめだやめっ! 俺様はもうやらんぞ!」

「もう少しですよ? 頑張りましょうよ、ね?」

「やらん! 俺様もう疲れたっ!」

「……あらら」

 

「チ、チョコで釣ろうとしてもダメ…くないけどダメだぞ。俺様がヤメと言ったらヤメだ」

「そうですか…。じゃあ今日はこれで終わりです。おつかれさま」

 

 あれ? …アオイのヤツはアッサリ終了を承諾した。なんだかヤケに素直なので逆に気になったりもするが…。俺は逆にその素直さが怪しいと睨み、探りを入れてみる事にした。

 

「…ほんとに終わりでいいのか?」

「はい、終わりです」

「まだちゃんと歩けてないけど、いいのか?」

「そうかもしれませんけど、また今度にしましょう」

 

 俺がしつこく聞いてもアオイの返事は変わらない。俺がちゃんと歩ければ、さっきみたいなザコに苦戦なんてしなくてもいいハズだ。本当なら自由に歩けた方が有利なハズ。さっきまでアオイだって乗り気だったっていうのに、なんでこうもアッサリ終わりでいいのだ??

 もしかすると何か企んでるのか? 俺様を罠にはめようと狙っているのか? いや、アオイはいちおう俺様が一番の部下と認めたヤツだし、さっきのチョコは大当たりだったし、そういう事はないように思うんだが…。

 

 ぐぬ~~。

 

 そんな事を考えながら、ふらふらと二足歩行+杖で歩いていると、正面の道から見慣れない人間がやってきた。頭が金色をしたオスとメス、人間が二匹である。

 そいつらは笑顔ではあるのだが、アオイの笑顔とは全然違う不愉快な笑顔を浮かべながら、それでいて、だらしない歩き方で近寄ってくる。なんだか用があるらしい。

 

「よぉ~、アンタ達ってば駅シェルターに入ってたヤツら? ちょうど良かった~。オレらハラペコ君なんだよね。食い物とか出してくんないかなぁ?」

 不愉快な金頭のオスはそう言いながら腰に下げた剣を抜いた。俺の使っているカタナよりも少し刃が広い、見るからに威力のデカそうな剣である。金頭のオスはそれを見せ付けるように、さらに続ける。

 

「こ・れ、…見えないかなぁ? けっこうな切れ味なんだよね~。ドラゴンがわんさか歩き回ってヤバイってのに、こんな事で怪我したくないでしょ? だよね~!」

 やけにムカつく言葉を吐く金頭。俺はこのオスが異常に気に喰わない。こっちをナメきった態度は頭にくる。一言でいうと無礼なヤツだ。そこへもう一人の金頭メスも口を出してきた。ムカつく態度はオスとそっくり同じで、こいつも薄ら笑いを浮かべて出しゃばる。

 

「渋谷のシェルター出だってなら~、うちらの事は聞いたことくらいあるでしょ? 不良グループのSKYってさぁ」

「スカイ…だと!?」

 俺はその名を聞いて驚くしかなかった。名を聞いて取り乱し、まごまごしたくらいだ。それは俺の持っていた情報とあまりにもかけ離れていたからだ。俺様は息を飲んで慎重に金頭どもに問いただす。

 

「おい! キサマら!! …か、確認させてもらうぞ…」

「な、なんだよ? 女子高生のお嬢ちゃん、なんの確認だよ?」

 

「スイカじゃないのか? お前らスイカじゃなくて、本当はスカイ…なのか?」

 

「なんでスイカなんだよ! SKYをどうやったらスイカと間違えるんだよ! 馬鹿にすんじゃねー!」

「なんて…こった…」

 言いやすいからスイカだと思い込んでいた。それが違うとは…、俺様かなりのショックだ。

 なんか竜としては発音的にスカイって奇妙で言いにくいから、無意識下で変換していたらしい。

 

 そんな動揺を(おさ)えきずにガクガクと震える俺様をよそに、一歩前へと歩み出たのはアオイだった。しかもアオイは真剣な眼差しで、俺が出会ってから初めて見る怒りを含んだ表情をしていた。

 

「ちょっと、あなた達! こんな状況で、どうして追いはぎ強盗なんてしてるの!? 力のない人からモノを奪うってどういう事? こんな時こそ助け合わなきゃいけないのに、どうして!?」

「ハァ?? アンタ何なのさ? ナニサマなわけぇ? お説教でもするつもりデスカー? チョーウゼーわ。腹が減ったら食い物探して何が悪いってのさ。馬鹿じゃないの?」

 

 アオイの怒りを鼻で笑う金頭のメス。俺への返答ではないが、俺の部下がこうも侮辱(ぶじょく)されるのは不愉快だ。

 

 

 しかしだな、それはさておき、…なんでアオイはこんなにも怒ってるのだ?

 

 

 確かにコイツらは不愉快で腹立たしいが、それ以外で怒る理由は特にないだろ。

 力のないヤツから奪うって、そんなの当たり前の事ではないか。

 

 腹が減れば食い物を狩るのは当然の行為だ。人間なのだから共食いはしないとなれば、食い物を持っているヤツを殺して奪うのは何の問題もない。獲物を狩るのに相手の事情など気にするなど意味がわからん。

 

 金頭どもはただの馬鹿だが、それに加えて弱腰だと言わざるを得ない。わざわざ声を掛けてから相手を殺さずに奪おうとしているのだ。狩猟という点では底抜けに甘い方法だろう。俺ならそんな事せず見た瞬間に殺して、とっとと喰う。人間同士だからそういう対応かもしれないがな。どちらにしろ竜には分からない感覚だ。

 

「よーよー、お姉ちゃん達さぁ、オレらSKYなんだぜ? 泣く子も黙る超ワルグループのSKY様が荷物を寄こせってお願いしてやってんだよ。なんなら、腕ずくでもいいんだぜ? ギャハハハハ!」

 

「(ねぇ、グチ! こいつらビビッてるよ。もう一押しじゃない? 黙らせちゃおうよ。フヒヒヒ…)」

「(イノ! お前マジボロで悪いヤツじゃね? じゃあアレだ、オレっちのとっておきで脅しちゃうよん)」

 金頭のオスは、メスと声を小さくして話したかと思うと、いきなり両手を広げ、威嚇(いかく)でもするかのように声を荒げて吠える。

 

「何を隠そうこのオレちゃん、SKYのサブリーダー・ダイゴって言うんだぜ! その辺のザコなドラゴンなんか一撃なんだぜ!? 逆らったらどうなるか分かるよなぁ? アンタら全員死んじゃう…かもよ?」

「い…、えっ?! ダイゴってアンタそれ…。い、いや、…え? あたし? …あたしはそう、ネコってのよ! 渋谷にその名を(とどろ)かせるSKYの最強サイキッカーのネコ様よ! サブリーダーの実力、分かるでしょ? チョーユーメーじゃね?」

 

「ギャハハハハハハ!(おい、イノ! どこがネコだよ! お前あんなにスタイルよくねーだろ!)」

「フヒヒヒヒヒヒ!(アンタこそダイゴとか無茶すぎるじゃん! 筋肉のきの字もないモヤシのくせに!)」

 

 …などと、何度もこそこそと話しながらも馬鹿笑いをする金頭達。ほんとに変なヤツらだ。

 

 別にコイツらの行動はどうでもいいが、この態度は本当に腹が立つ事この上ない。そもそも、俺様は金色というのが大キライである。真竜ニアラといい、コイツらといい、金色にはロクなのがいない。

 しかもコイツらは身の程を知らないようだ。たかが人間ごときが、この俺に嘲笑(ちょうしょう)を向けるとは愚かしいにも程がある。こんな不愉快なヤツらが人間にもいたとはな。どこの世界にもいけすかないヤツというのはいるものだ。

 

 …あ~、なんか思い出したぞ。コイツらはアレに似ている。そう、夜竜だ。ヤツに雰囲気がそっくりだ。無駄に態度がデカイのに、大して強くない辺りなんか瓜二つ、というやつだな。

 

 まあ、そんな事はどうでもいいか。

 

 

「おい、キサマら。話は終わりでいいのか? もう殺していいんだろ?」

 俺はカタナを抜くと無造作に振り上げた。まだ歩くのには自信がないが、逃げようとすれば、さっきの大型のように跳躍して切ってしまえば問題ない。どうせスイカは皆殺しで構わないんだ。(やっぱりスカイは言いにくいのでスイカでいいや)

 

「待ってください、先輩」

 とっとと殺すか、と足に力を入れようと思ったその時、アオイが俺を制した。俺が理由を問う前に、アオイは怒りの表情のまま金頭達へと告げる。

 

「いいですか、あなた達。こんな事はいますぐやめなさい。今後一切しないと誓うなら許してあげます」

「許してくれちゃうの? オネーサン! その代わりオレちゃんに可愛がられてくれちゃうのー? ギャハハハ!」

 

 頭の悪い金頭のオスは聞く耳を持っていないようだが、俺にはわかった。アオイはいま戦場にいるという事を。コイツはいま、誇り高き戦士として忠告をしているのだ。怒る理由は相変わらず理解できないが、アオイは戦士として誇りをその言葉に込めている。

 

「…まだ奪うのをやめないというのなら、私が相手になります」

 アオイは静かに構えた。少しだけ腰を落とし、右前足…じゃないな、右腕を前に突き出し、左足をすり足で後退させ、いつでも動けるような体勢へと移行させる。その瞳には一歩も引くつもりはない強固な意志を持つ戦士の炎が(たぎ)っている。

 

 もちろん、コイツが俺より弱いのは知っている。アオイはさっきの大型竜に勝てない程度の実力しかない。だが、俺がこれまで見た人間の戦士の中で比較するならば上位だ。ガトウの強さが異常だっただけで、少なくとも目の前の金頭ども程度ならば一瞬で殺せる力量は持っているのが判る。

 

「…バ、バッカじゃねぇの!? フザケんじゃねぇぞコラァ! オレらが口ばっかりだと思ってナメてんだろ? 威勢がいい姉ちゃんよ、そんなに死にてーのかよ? ああん?」

「ヒヒヒ…、うちら二人のコンビに勝てるとか、トンチキすぎじゃん? 痛いメ見なきゃ分かんないってーの?」

 

 金頭オスメスはおどけた態度と荒げた口調でアオイを挑発するが、そんな程度でコイツはぶれない。本気で戦うつもりだ。殺せるだけの力があるのだから、あっさり殺すのだろう。この金頭らはそれにすら気づけないザコなのだ、生かしておいても意味はない。

 

「グハハハハ! いいだろう、アオイ。お前に譲ってやる。好きなようにしろ」

「ありがとうございます。先輩」

 アオイが本気だと察した金頭どもは、慌てた様子で武器を構えた。コイツらの実力はジエータイと大差ない。むしろイオコマよりも下だろう。そんな程度のゴミが俺様の部下に真正面から戦いを挑むというのは愚かを越えて滑稽(こっけい)でもある。

 

 俺も部下である以上、アオイの戦闘を見ておきたい。どんな殺し方をするのかを把握しておくのは悪くないしな。

 

 

「オラァ! 桃色頭のオネーチャンよ、マジぶっ殺してやんよ! か、掛かって来いやぁ!」

「ヒ、ヒヒヒ…、こうなったら、マジでブッ潰すしかないわ。このバカ女、痛めつけてやろうじゃん!」

 

「行きます!」

 威勢だけはいいが、腰が引けている金頭どもに向かいアオイが駆けた。中々に速い。自由に動けない俺様と比べれば、かなりの速度だ。だが、俺は知っている。こいつは強くはないが思い切りがいい。状況をよく見ているからこそ、動揺をしないのだ。そしてその強さは戦闘においてかなりの利点である。

 正面から向かってくるアオイを狙い、金頭のオスが剣を振り下ろす! だが、その瞬間にはもう金オスの剣は叩き落とされていた。金オスは、なぜいま握っていた剣が転がっているのか?…といった不思議そうな表情をしている。

 

 そして次に動いたのは金メスだ。前に突き出した両手、そこに赤く燃え盛る火炎が発生する!

 

 なるほど、このメスは”サイキック”という連中と同じか。精神を集中させる事で様々な術を使うヤツら。それをサイキックと呼ぶらしい。熟練の戦士が放つものであれば、その威力は(あなど)れないものだが、…金メスが出したものは小指の先と同じ程度のとんでもない小粒弾だった。

 喰らえー!…と叫んだ金メスの小粒火炎、しかし、アオイは容易く手にのでペシリ!と叩いて地面に落とした。

 想定もしていなかった、とでも言うように金メスが驚愕(きょうがく)する! …いや、そんなに驚くような事でもねーだろ。当たっても気づかない程度の火炎だった気がするが。

 

 そして次の瞬間、俺は目を見張った。

 アオイのスピードが一気に跳ね上がり、その姿が消え失せる───。

 

 俺はなんとか目で捉えていたが、コイツらやジエータイじゃまず無理だろう。いまの加速は、この加速だけなら…あのガトウにも匹敵する程だ。実力的に大した事がないと思っていたが、アオイもそれなりの戦士のようだ。正直言うと見直したぞ。

 

 で、そのアオイが何をやっているかというと…。

 

「くそ! あの女! どこに行きやがった!?」

「ムカつく! チョーシ乗っちゃって!」

 そのように騒ぐ金頭の真後ろに立っていた…。

 超高速で回り込み、しかも気配を断って気づかせない手並みは実に見事である。

 

 しかし、攻撃すれば簡単に殺せる位置にいるはずなのに、そこにただ突っ立って、なにやら袋を膨らませていた。なんだあれ? 紙の袋…? さっきアオイのリュックに入ってた、チョコをいくつか入れていた袋。それに息をふうふうと吹き込んで膨らませている。…何やってんだ?

 バカな金頭どもはアオイに気づかず周囲を見渡す。なのに後ろに気づかない。

 

 そして目一杯まで膨らませた袋をアオイは思いっきり叩く!! すると、ばんっ!というモノスゴイ音がして破裂した!

 同時に、ぎゃあ!と悲鳴を上げる金バカの二匹。

 

 

 そしてこれまた同時に振り返る二匹を待ち受けていたのは、…アオイの手の平だった。

 

 両手とも広げた指で金頭どもの顔をそれぞれ掴み、そのままギリギリと締め上げている。…俺様これ知ってるぞ、アイアンクローというやつだ。しかも両手同時に馬鹿二匹がそれぞれ掴まっている。

 

「いでえええええ! ちょ、ちょっ! ギブアップギブアップギブギブ! 待ってぇーーーー!!」

「ぎえええ!! 潰れるー! 顔がつぶれちゃうーーーー!!」

 攻撃するどころか、ダブル・アイアンクローで()(すべ)もなく悲鳴を上げる馬鹿二匹。そしてその中央でニッコリと笑っているアオイ。その光景はやけに不気味だった。攻撃は続けているのに笑顔、というのが理解できない。どういうわけか、俺様の背筋が寒くなる。戦闘をしているのに、戦闘とは違った恐怖を感じるというのは理解不能である。

 

「お二人とも、今度から追いはぎ強盗のような真似はやめてくれませんか?」

「ふざけんなよ! このくらいで俺がぁぁぁぁ、嘘ウソ! やめるやめる! マジ死ぬぅぅぅぅぅ!」

「この指外してくれたら考えてぇぇぇぇぇ! ごめんごめんごめん! もうしない! チョーしないからぁぁぁ!!」

 

 なるほど、殺すならジワジワ殺す、という方法か。人間というのは、えげつない生き物だな。俺達、竜は敵を殺すときに相手を(なぶ)るような事はしない。少なくとも俺はそういう事はしない。夜竜あたりはそういうのが好きそうだが、俺様の趣味ではないな。殺すならとっとと殺すべきだ。

 

 だが、驚くべき事に、アオイはそのまま金バカどもを離した。殺さないまま開放したのだ!

 金バカどもはそのまま尻もちをついて、へこたれる。

 

「今の言葉、忘れないでくださいね。出来れば困っている人は助けてあげて欲しいですけど、せめて相手を困らせるような真似は絶対にやめてください」

「くそ~~~、いてぇ…、このアマ! フザけやがって~!」

「痛ぁ…! どーしてくれんのよ! 涙でメイク流れちゃったジャン!」

 

 アオイの言葉にまだ反発する金バカども。敗北したザコのくせに悪あがきが過ぎる。しかし(みょう)だ。アオイはなぜコイツらを殺さないのだ? わざわざ奪うのをやめろと言うくらいなら、始末した方が永遠にしない。その方が合理的ではないのか?

 

「おい、アオイ。殺すならとっとと殺せ。コイツらは目障(めざわ)りだ」

「何を言ってるんですか先輩! 殺すなんて言い過ぎですよ。ほら、この子達だって理解してくれると思うから」

 

 まただ。また理解できない事を言う。

 

 

 俺はさっきから実はずっと気になってた事がある。

 アオイの行動がところどころで理解できない、と思っていた。

 

 枝に引っかかった俺の救出を渋ったり、歩き方の伝授をあっさりやめたり…、いや、あれは俺がやめると言ったからかもしれんが。それに今だって敵対した相手を殺さないとか言い出す。奪わなくさせるなら殺した方が簡単だというのに。何か俺の中に、わだかまりが残るような感覚が付きまとっている。

 

 なんなんだ、この意味不明な感覚は? スッキリしない感情は?

 

 チョコを俺にくれた時は素直に嬉しかったし、戦闘では弱いくせに恐れず戦った。俺はそういうアオイだから信用した。しかし、だからといってコイツが今、何を考えているのかまでは分からない。そしてそれについて理解を求めている俺がいる。竜だった頃はこんな事なかった。なんで人間になったら、こういう事を考えるものなのか?

 

 俺は竜王で、細かいことなど気にせずに縦横無尽に戦えればそれでよかったんじゃないのか?

 くそっ! ワケが分からない。意味も分からない。俺はなんでこんなに色々考えてんだ?

 

 なんでこんなにスッキリしないんだ?

 

 

「いいですか、あなた達。これでもまだ強盗をするっていうなら、今度は必殺のモンゴリアンチョップでブッ叩いちゃいますよ? すっごく痛いんですから!」

「くそ! だからって俺達SKYがここまでバカにされて黙ってられっかよ! なぁ? イノ!…じゃなくてネコ!」

「そ、そーよそーよ! やっちゃいなよ、グチ! …じゃなくてダイゴ!!」

 

 くそっ! わからん! …まあいい。アオイの事を考えるのは後だ。まず先に俺がメスボスから請け負った仕事をこなそう。

 俺は少し浅めに杖を突く程度で歩けるようになったその足で金バカどもの元へと歩き、カタナを抜いた。

 

 なんだか面倒だ。俺様がいろいろ考えるなんて、そんな柄じゃない。

 いちいち考える必要などない。俺は俺のしたいようにすればいいのだ。

 

 殺したければ殺せばいいのだ。

 

 そうだ、殺してしまえば一番いいに決まっているのだ。

 

 SKYだろうとスイカだろうと俺様に歯向かう馬鹿は殺してしまえばいい。それが一番正しく、単純明快で、絶対的な真理だ。メスボスにも言われていたのだから問題ない。

 それに、金バカどもに誇りがあるとは思えないが、戦いを挑み、敗北したのなら殺されても文句は言うまい。斬ろうが叩こうが(つぶ)そうが、勝者は敗者を蹂躙(じゅうりん)できる権利を持つ。

 

 アオイ風に言うのなら、ブッ叩いて殺せばいいのだ。

 それが一番スッキリするはずだ。

 

 

「おい、金バカども。…うるさいから、もう死ね」

 俺はただ、どうでもいいから目の前のゴミを始末すればいいと思い、カタナを振り上げた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、アンタ。まさか本当に殺すとかない…よな?」

「冗談に決まってるわよね! これくらい可愛いモンじゃん? ジョークだってば」

 金バカどもが急にうろたえた様子で俺を見上げた。

 だが、その瞬間にその表情が固まっていた。なにか不気味なモノでも見たように身体全体で震えだす。

 

「な…な、なんだよ…お前、なんで…目が金色に光ってんだよ? なんか変…じゃね?」

「あんたの目…、さっきまで黒かった…よね? なによそれ、ドラゴンみたいじゃん…なんなのよ!」

 俺の中に湧き上がる感覚。それは昨日まで竜だった俺様がよく知っているものだった。俺と戦い、恐怖に駆られて(おび)える戦士達。いま目の前にいる金バカどもは、そいつらとそっくりだった。

 

「なぜ…忘れてた? 俺はなんで自分を忘れてたんだ? いつものように殺せばよかったんだ」

 考えるなんてしなくていい。ただ目の前の気に入らない愚物を思うがままに殺せばいいのだ。いままでそうしてきたように、実行すればいいのだ。

 

「せ、先輩? どうしたんです? …その目は…」

「心配するなアオイ。お前は俺の部下だからな、殺しはしない。俺が殺すのはコイツらだけだ」

 

 俺は無造作にカタナを振り下ろした。狙いははずれ、呆然(ぼうぜん)と見上げていた金オスの肩があっさり切り裂かれる。噴出すのは、けして少なくない赤い汁。…血だ。

 

「あれ? え? うわ……、うあああああああああああっ!!」

「ひゃああ!! グ、グチーー!!」

 切り裂かれて恐怖を奏でる金バカ。やけにウルサイ。

 

「うるさいな、叫ぶなよ。次はちゃんと頭を刈ってやる」

 そうだ、殺せ。殺してしまえ。いままでの俺のように、俺は俺らしくいればいい。人間のように考えたりしなければ簡単な事だ。俺はそれでいいのだ。変わる事無く俺でいいのだ。

 

「待ってください! 先輩! ダメです! 殺すのはダメ!!」

 俺の前にアオイが立ち塞がった。まるで金バカを守るように両手を広げている。

 まただ。またコイツは理解できない事をする。なぜこうも俺を混乱させるのだ?

 

「どけ。俺が殺すと決めたんだ。部下ごときが逆らうんじゃない」

「いいえ、退きません。部下とかそういうのは関係ありません。殺すなんてやめてください」

 

 なぜアオイは俺を恐れない? 竜王たるこの俺様を目の前にして、なぜコイツは一歩も引かないのだ? 俺より弱いくせに、なぜ立ち塞がる? 殺されるという恐怖はないのか?

 俺に勝てないと逃げ出すのが人間のはずだ。正しい人間であるはずだ。ガトウやナガレは俺と互角であったから逃げなかった。だというのに、アオイはなぜ逃げない? 俺に絶対に勝てないと理解していながら、なぜ立ち塞がる? 俺が本気でアオイは殺さないと思っているのか? いや、コイツはそういう事を考えたりしない。アオイの目は、死んだとしても退くつもりはないと語っている。殺させないと言っている。

 

 理解できない。理解できない。俺にはアオイが理解できない。

 

 俺は何も間違っていない。俺は人間などの言葉に動かされたりはしない。俺は俺であるために金バカどもを殺すのだ。コイツは関係ないのだ!!

 

 

 

 

 

 

「何をしている! そこから離れろ!!」

 その時、見知らぬ怒鳴り声が響き渡った。声の方へと振り向けば、黒い車から顔を出す浅黒い男がこちらを(にら)んでいた。飛び降りるように車から駆けて来るのはオスとメスの二匹だ。

 

「ああ! ダイゴのアニキ!! た、助けてくれぇー!」

「ネコぉ~! 助けてぇ!」

 金バカどもが叫び、それに応じるようにオスとメスが飛び込んでくる。少し見ただけで両方とも、かなりの力量を持っていると分かった。

 ちょうどいい。ザコばかりで飽きていたところだ。ガトウとの再戦のために、身体慣らしの道具となって貰おう。俺の目的は最初からそれだったわけだしな…。

 

 

「ククククク…、グハハハハハハハハハッ!」

 俺はカタナを振りかぶり跳躍した。…さあ、殺してやるぞ!!

 

 

 

 

 

 

NEXT→ チャプター4 『繁花樹海③・スリーピーホロウは見下ろして』


 
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