No.370858

外史異聞譚~外幕・曹魏ノ弐~

拙作の作風が知りたい方は
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2012-01-31 09:32:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2130   閲覧ユーザー数:1356

≪交州・桂陽/夏侯妙才視点≫

 

先の評定が終わり、大方針は定まった訳だが、その実施部分に置いて私と桂花、そして華琳樣は頭を悩ませている

 

その理由はいくつかあるが、基本的に南蛮と言われる土地の本拠地は、我々がいる交州ではなく、益州の南端である雲南に接しており、その攻略には非常に難義すると思われるからだ

 

交州以南の攻略にあたって困難を極めているのは、実は“水”にあると言ってもいい

 

真桜と凪が持ち込んでくれた漢中の技術により危険度は格段に下がったといえるのだが、我々が“毒水”と称するように、この地の水は我々には合わないため、非常に難儀しているといえる

 

天譴軍が齎した知識により、育成が早く収穫が容易な作物のいくつかを行商人を介して入手できてもいるのだが、とにかく“水”が異なることで士気を一定以上に保つことが非常に困難なのだ

 

主食の基盤が米穀に切り替えらつつあるのはむしろ発奮材料とも言えるのだが、麦に比して扱う水の量が多いのが、この難事に拍車をかけているとも言える

 

つまり我々は、異境とも言える南蛮をさしたる情報もないままに攻略を強いられる状況にある、という訳だ

 

これに加えて“山越”と称される異民族に対する事柄が拍車をかける

 

はっきりいえば、彼らは姉者や季衣どころか、沙和の敵ですらない

兵そのものは精強で奇襲に長け士気も高いが、とにかく数が少ない

そのやり口に慣れてしまえば、十分な兵を用意しさえすれば問題はないと言っていいのだ

むしろ、黄巾の乱のときのように、少数で散発的にやってこられるという事実が苛立たしい

 

恭順を示す部族には厚遇を約束してもいるのだが、そこは今までの太守が行なってきた施政のツケを我々が支払っているという形となっている

横の繋がりが希薄なのがよくもあり悪くもありという、痛し痒しという状態だ

 

このような中で我々に恭順を示した部族から得られた情報といえば、南蛮は基本的に部族単位で生活し、その規模は大きいが基本的には纏まってはいないという事

その中で五胡のように有力な部族が最近纏まりを見せはじめ、その中で頭ひとつ飛び出しているのが孟獲という人物であるという事

五胡と性質は異なるが南蛮もまた狩猟民族であり、南蛮の地で戦うのであれば苦戦は必至であろうということ

 

正直、いい材料はひとつもないと言える

 

「流石にこの状態では無謀もいいところね…

 とはいえ、孫呉の長沙攻略はともかく、その後に長沙が安定するまでには、ある程度の戦果を修めなければならない訳だけど…」

 

これが全力で仕掛けていいものなら、私も桂花も華琳樣もここまで悩みはしないだろう

 

この大方針の一番の問題は、我々が全力で南蛮に軍を投入できない、という一点に尽きる

 

「せめて南蛮王・孟獲がどういう人物か判れば、まだ策の立てようもあるのだけれど…」

 

桂花がそう呟きながら親指の爪を噛んでいるが、全く同意見だ

 

「うむ、知らぬ以上知る努力をせねばならんだろうが、こういう時に凪がいなくなったのは痛いと言えるな…」

 

私の言葉に華琳樣と桂花が頷く

あの娘が自分をどう評価していたかは知らないが、我々がこういう場合に十全の信頼をもって送り出せる人間はそう多くはない

不器用とも言える実直さを華琳樣は評価し愛しており、それが私を含めた将兵官吏のあの娘に対する信頼の証でもあったのだから

 

「風評では、散発的に巴蜀の地を略奪にくるようだけど、五胡と違って自分達の地で得られない糧食や、特に酒を得る為に来ている、という話ではあるけれど…」

 

桂花の言葉に華琳樣も頷く

 

「言い方は悪いけれど、そこは山越も似たような部分はあるわよね

 自分達で造れないものを得るために襲撃してくる

 そういう意味では全て根刮ぎという五胡とは違うのは確かだわ」

 

華琳樣の言葉の意味するところは実は大きい

 

基本、交州の異民族にとっては我々は“侵略者”であり、その領域を脅かさない限りは共存が可能なのだ

もっとも、彼らの主張を認めていては統治など覚束無い訳で、そうなれば我々は恭順を示すならそれに報いる恩恵を、そうでないならばそうでないものを与え奪うしかないのだが

食えなくなればこちらに牙を向ける以上、そこに妥協は必要ない

 

そう考えたとき、私はふとひとつの方策に思い当たる

 

「華琳樣

 ひとつ思いついた事があるのですが」

 

「何を思いついたのかしら?

 遠慮なく言ってご覧なさい?」

 

華琳樣の表情は面白い話が聞きたい、というように笑っている

このような場合、華琳樣は基本的な方針は既に決めていて、その上でそれ以上の献策を求めているか、それを肯定する意見を求めている場合が多い

そして恐らく、今は前者だろう

 

だから私は自信を持ってこの“思いつき”を提示する

 

「南蛮王に使者を出してみてはいかがでしょうか?

 南蛮の気質を愚考するに、明確な統治や権勢欲があるとは思えません

 もしそうであるならば、こちらが提示するものによっては、一定の融和ないし恭順を相手に求める事は可能かと」

 

これに意見を述べるのは桂花だ

 

「戦争に先立ち使者を送るのは当然の事だけど、融和や恭順を求める基準をどこに設定するかで交渉は変わるわ

 そしてそれが可能なのは私か秋蘭くらいだけど、もしもを考えたらそれは無理

 一体どうするの?」

 

桂花の言葉に私はゆっくりと頷く事で応える

 

「いや、この場合はむしろ我らでない方がよかろうな

 もし気質が一時の物欲が基準であるのでしたら、私は使者に沙和と季衣を推しますが」

 

「な…っ!?」

 

この二人は方向性は全く違うが、そういった即物的な部分では非常に共通点が多い

冷静に客観的に人物評を得るのは難しいだろうが、それだけに南蛮王とやらの人為は明確になると思うのだ

 

私のこの意見に、華琳樣は嬉しそうに笑いながら首肯なされる

 

「なるほど……

 そっちの思いつきは私にはなかったわ

 あの子達と気が合うようなら、いずれ力で押さえる必要はあるとしても、その押さえ所は明確になる

 そういう事ね」

 

「御意」

 

これに桂花も納得したように頷いている

 

「なるほど……

 真桜も帰ってきたことだし、そうなれば私も華琳樣も、少なくとも一定の結果が出るまでは北に意識を集中できる

 春蘭の仕事にも支障はない

 唯一問題があるとすれば、秋蘭の負担が一時的に増える事くらいだけど…」

 

「なに、多少の負担など、姉者のお守りを考えれば如何程の事もない

 真桜もいる事だしな

 ただ、華琳樣には少しの間不自由を強いる事になるかとは思うが…」

 

「それは構わないわ

 どのみち当面は内政に忙殺されるでしょうし」

 

即座に首肯なさる華琳樣に対し、我らは畏まる事で返事を待つ

 

「では、その方針でいきましょう

 いささか痛いというか不安もなくはないけれど、糧食を多めに持たせておけば大丈夫でしょう

 贈物は南蛮の襲撃の傾向を考慮して、酒や南では入手しにくい食糧の方がよさそうね

 こちらはその間に準備を整えるとしましょう」

 

『御意!!』

 

私と桂花は同時に応諾を示して再び畏まる

 

「さて……

 どう賽の目が転がるにせよ、やれることはやっておきましょうか

 忙しくなるわよ?

 覚悟しておきなさい?」

 

 

そう嬉しそうに話す華琳樣を見つつ、やはりこの方はこうでなくては、と思う

 

見れば桂花も私と同じような視線でそれを見つめている

 

そんな私達に、華琳樣は楽しそうに告げる

 

「そんな訳だから、今夜はふたりとも、私の部屋にいらっしゃい?

 春蘭も一緒にね」

 

「………ぎょ、御意にございます…

 う、嬉しいけど素直に喜べないわ……」

 

「まあ、そう姉者を嫌ってやらんでくれ」

 

「そ、そうじゃなくて…」

 

いや、敢えて言いはしないが、お前の性癖は既に皆の知るところだぞ?

わざわざ言いはせんが、華琳樣の前では私も姉者も似たようなものだしな

 

「あら?

 秋蘭や春蘭と一緒では不満なの?

 だったら今日は桂花は抜きで…」

 

「是非ご一緒させてください!!」

 

うむ

身命を華琳様に捧げきった身としては、このように転がされるのもむしろ当然

それが嬉しくて仕方がないのだから、お互い度し難いとも言えるがな

 

「そういう事で、いいわね?

 秋蘭」

 

「御意」

 

心底楽しげに勝ち誇った笑みを浮かべる華琳樣と、悔しそうに、しかし嬉しそうに臍を噛む桂花を見ながら、私は考える

 

 

さて、盛大に不満を口にして暴れる姉者をどう宥めたものだろうか

 

まあ、考えるまでもなく結果は判りきっている訳だが……

≪南蛮/許仲康視点≫

 

こうしてボクはいきなり南蛮への使者になったんだけど…

 

どうしてボクなのかなあ、とか思ってた時期がボクにもありました…

 

沙和さんもなんというか呆然としてて…

 

理由はなんていうか、これを見れば納得がいくと思います

 

「???

 みぃがどうかしたかにゃ?」

 

えっとー……

これが南蛮王の孟獲、らしいです

 

ボクと沙和さんの第一声は

『あ、猫………』

でした

 

ボク達の呟きに孟獲ちゃんはものすごく怒ったのですぐに謝ったんだけど、どう考えてもやっぱり猫だよねえ…

耳はぴくぴく動くし肉球もあるし、尻尾もあるし…

 

「みぃは南蛮の王様なのにゃ!

 なのでお前らはみぃを畏まって崇めるとよいのにゃ!」

 

いやあ、これを畏まって崇めろって言われても、ボクにはちょっと…

沙和さんもなんていうか、ものすごく困ったような苦笑いしているような、そんな感じです

 

 

そもそも、ボクと沙和さんが呼ばれて南蛮王への使者として交州を旅立ったのは、ほんの数日前の事です

ごはんはたっぷり用意してもらえて、そこは嬉しかったんだけど、ボクなんかに使者なんか勤まるのかなあ、とか思ったりもしたんだけど、まあいっか、って感じでした

 

それは沙和さんも同じだったみたいで

「沙和に勤まるとは思えないけど、できるだけ頑張ってみるの!」

と言ってました

 

凪さんが漢中に残ると知ってから、なんか沙和さんはちょっと真面目になったみたいです

警邏もさぼらなくなったとか聞いたし…

 

ま、それも別にいいんだけど、そうして南蛮の地に入って最初の集落に近づいたところで、ボク達は南蛮兵の襲撃を受けました

 

これは余裕で撃退できたんだけど、その中に何故か南蛮王がいたみたいです

 

思わず岩打武反魔を振り回して撃退したんだけど、なんていうか大量の猫が伸びてる感じで…

 

「沙和さん、これってやっぱり猫ですよねえ…」

 

「うん、沙和もそう思うの…」

 

なんか、みーみー泣いてたりする南蛮兵を見て居た堪れなくなった兵士のみなさんが介抱したりしてるうちに一際毛並みのいい子が飛び上がって、肩を怒らせて毛を逆立てながら

「侵入者は許さないのにゃ! なぜならみぃは南蛮の王様だからなのにゃ!」

なんて言ったので、思わず最初の言葉が出てしまった、という感じです

 

 

こうして、色々とグダグダな感じでごはんを食べながら、会談らしき状態になったんだけど…

 

結論、ボクには無理!

 

だって、会話にならないんだもん!

おばかなボクじゃ無理だよ~…

いや、頭がよくても無理かも知れないけど…

 

だってさ~

「みぃは南蛮の王様だから、お前達が平伏すのは当然なのにゃ!」

とか

「みぃの為に美味しいものを貢ぐのは当たり前なのにゃ!」

とか

「みぃは強いから逆らったら泣かしてやるのにゃ!」

とか、とにかくなんていうか、子供というより、やっぱり猫っていうか動物?

 

これ、ボクや沙和さんだからまだいいけど、華琳さまとかだったらどんな事になってるんだろ…

沙和さんも途方に暮れてるし

 

なーんて事を思いながら一緒にごはんを食べてたんだけど、そこでこの猫は、絶対に許せない事をボクに向かって言いました

 

「ふっふ~ん

 まあ、みぃは大人だから、お前のようなチビな子供が相手でも許してやるのにゃ

 みぃと一緒に食事ができる事に感謝するのにゃ」

 

「………おい、今なんて言った?」

 

「みぃは大人だから、お前のようなチビな子供が怒ったって怖くないのにゃ

 無礼なのも子供って事で許してやるから感謝するのにゃ」

 

ボクが……

チビで……

子供……

だって?

 

後で沙和さんが言ってましたけど、その時のボクは“ゴゴゴゴゴゴゴ…”っていう音が聞こえてきそうな感じだったそうです

 

「おいコラそこの猫……」

 

「みぃは猫じゃないのにゃ!

 あまり無礼だとチビで子供でもお仕置きするのにゃ!」

 

「またチビって言ったなあっ!

 ボクはチビじゃないやい!

 そっちこそどう見たって猫じゃないか!」

 

「また猫っていったにゃ!

 みぃは猫じゃないにゃっ!!」

 

『フーッ!!』

 

「ふ、ふたりとも落ち着くの!

 どっちも間違ってないと思うの!」

 

……………沙和さんもボクの敵?

 

ボクと猫は同時に沙和さんを睨みつけました

 

「……間違ってないって、なに?」

「みぃは猫じゃないのにゃーっ!!」

 

「あ、あわわわわわわ……

 えっと、そ、そういう事じゃなくて、その、なんていうか…」

 

狼狽えて冷汗をかきながらズリズリと後退する沙和さんから目を離して、ボクは猫に向き直りました

 

「お前のせいでチビって思われただろ!

 猫の癖に生意気だぞっ!」

 

猫は毛を逆立ててボクに反論してきます

 

「みぃが猫呼ばわりされてるのはお前のせいにゃっ!

 ツルペタチビの分際で生意気なのにゃっ!!」

 

「お前だってツルペタチビだろっ!」

 

「みぃ達はこれで大人なのにゃ!

 お前とは違って愛らしいのにゃ

 ざまーみろチビ」

 

「あわわわわわわわわ……

 ふ、ふたりとも落ち着くの…」

 

沙和さんが何かいってるけど、ボクにはもう聞こえません

だって、こいつを泣いて謝らせないと絶対に許せない!

 

ボクは岩打武反魔を取り出して猫と距離をとりました

猫のヤツも、猫の手の形をした武器みたいなのを取り出してそれを構えます

 

「この猫絶対泣かすっ!!」

「このチビ絶対に泣かしてやるにゃっ!!」

 

ここから先はよく覚えてません

 

気が付けば遠くで猫が

「きょ、今日のところは引いてやるのにゃ!

 次は必ず泣かしてやるのにゃーっ!!」

とか言いながら逃げていって、遠くで沙和さんが

「し、死ぬかと思ったの…」

と言いながらシクシク泣いてました

 

ふと周囲を見渡すと兵士のみんなも真っ青になって避難してて…

 

「あ……」

 

思わず絶句するボクに、沙和さんが涙目で苦情を言ってきます

 

「多分結果は同じだったと思うけど、ちょっとやりすぎだと思うの…」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「やっちゃった事は仕方ないから、急いで撤収するの

 ずっとここに居たら危ないの」

 

「はい……」

 

 

ごめんなさい、華琳さま

 

ボク、結局なにもできませんでした……

≪交州・桂陽/曹孟徳視点≫

 

予想より遥かに早く戻ってきた季衣と沙和の報告を聞いて、私は溜息をつく

勘違いはしないで欲しいのだけれど、これは二人に向けてついた溜息ではない

 

「ごめんなさい……」

「ごめんなさいなの…」

 

肩を落として謝る二人に、私は笑ってみせる

 

「別に気にしなくていいわ

 二人は十分にやってくれたわよ

 そうよね桂花」

 

桂花はこれに力強く首肯する

 

「はい

 二人は私達の期待以上にやってくれたと思います

 これで策も立てられるというものです」

 

桂花の言葉に沙和が顔をあげる

 

「あのお……

 それってどういう意味なの?」

 

これに桂花は、主に春蘭を揶揄する時と同じ笑顔で答える

 

「南蛮王の人為や南蛮の気質が十分に理解できた、という事よ

 彼らが華琳樣のお役に立たないって事もね」

 

秋蘭以外が首を傾げる中で、桂花は説明をはじめる

 

「季衣と沙和の報告から、南蛮王は華琳樣の下で働けるような人物ではない、と考えられるわ

 兵達の所見も提出させたのだけど、文化的にも非常に低くて、それらの教育にはかなりの時間と労力が必要だと判断できるの

 雲南の方で散発的な襲撃をしていた理由も、それらから推察するに単なる思いつきやその場の欲求に従ってのものと考えられるわ

 だとしたら、南蛮王に恭順を求めても意味はない

 こちらに従う意思がある部族を優遇し、残りは叩き潰すしかない、そういう事よ」

 

これに秋蘭が補足を加えてくれる

 

「兵達の言葉を考えるに、見た目が幼く愛らしい者が多いようなので戦いづらくはあるだろうが、その文化や精神はどちらかと言えば獣に近いもののようだ

 季衣や沙和の言葉もそれを裏付けている

 どうにも負けを認めて素直に従うような連中でもないようだしな」

 

これに首を傾げながら意見を述べたのは春蘭だ

 

「…という事は、山越の連中とは異なり、獣を躾るくらいのつもりで当たれ、という事ですか?」

 

「まあ、そういう事ね」

 

私は春蘭の言葉に頷いて考える

 

今まで全く接点がなかった連中という事で考えた事もなかったけれど、これは存外に面倒な相手だということだ

 

これまでに集まった情報を考察するに、連中は部族単位で動くのを基本とし、その絆は私達でいう一族というよりは家族に近いものらしい

これを言うと怒るでしょうけど、季衣と同水準で喧嘩をしたということは、その精神は我儘な子供と大差がない

しかも、それが“王”を名乗れる程度の民度でしかないという事は、南蛮王を私の構想に組み込むのは非常に難しいという事だ

遠方に置いては部下としての働きを期待できず、近くに置いては恐らくその文化や思考の差から常に混乱や騒動の素となる

 

そうであるなら排除するしかない

 

沙和の話では、部族全体が季衣と同程度といえる食欲を見せていたという事もある

これほど早く帰還したのに、持たせた糧食がほぼ空になっていた

この事から考えると、それだけの糧食を費やしてまで抱えるべき戦力かと問われると非常に怪しい

 

恭順を示すならそれでよし

 

そうでないならやむ無し

 

それが私が下した判断だ

 

「では、桂花は得られた情報を元に策の立案をしてちょうだい

 春蘭と秋蘭は南蛮に向けて動員できる最大兵力を整えること

 沙和と真桜は輜重兵站の準備をお願い

 今回は残留して防衛をお願いする事になるわ

 季衣は私と一緒に本陣に

 いいわね?」

 

『御意!』

 

足早に去っていく皆を見送り、私は椅子に深く腰掛ける

 

(南蛮…

 厳しい戦いになりそうね……)

 

交州に比較的近い位置に住む部族は、まだそれなりに会話も可能だと聞く

だとすれば、南蛮王を排除し、友好的な部族と対話を試みていくのが利口なやり方だ

 

何故だろう

ふとあの男の事が思い浮かぶ

 

(天譴軍なら…

 いえ、あの男ならこんな時どうするのかしらね…)

 

そんな事を考えた自分に失笑する

 

 

それを理解したところでどうするというのだろうか

 

残酷なようだが、私は選ばざるを得ない

 

私が救えるのは私に従う者だけだ

 

才能ある者が正当に評価され、皆が飢える事のない世界

 

ただし、そこで安穏と生きる者や怠惰に身を任せるような者は認めない

 

どんな理由であってもいい

常に前を向き歩き続ける

 

それがこの曹孟徳の生き方であり、皆に求める生き方なのだ

 

だから私は胸の裡でこう呟く

 

(どのような理由であれ、立ち塞がるなら踏み潰すだけよ

 だからそのつもりなら覚悟なさい、南蛮王

 そして……)

 

 

一頻り瞑目してから、私は立ち上がる

 

「誰かある!

 私の軍装の準備をなさい!」

 

 

迷いはない

 

これが曹孟徳だ

 

倒れ臥す時まで私は私

 

そして、誰かの後を歩く事など、私に許されてはいないのだ

 

例えそれが、どれだけの血で汚れていようとも


 
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