No.364243

外史異聞譚~幕ノ五十三~

拙作の作風が知りたい方は
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2012-01-16 18:40:27 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2557   閲覧ユーザー数:1425

≪漢中鎮守府・評定の間/世界視点≫

 

後の歴史家がもしこの場にいたとすれば、彼らは興奮の余り悶死していたかも知れない

 

それほど錚々たる顔触れが、ここ漢中鎮守府の中央に存在する評定の間に集っていた

 

この外史における知名度順でその顔を紹介していくとしよう

 

まずは現漢室の重鎮、驃騎将軍にして西園八校尉・驍騎校尉を拝命する神速・張文遠

大陸一の武人との呼び名も高い彼女については、殊更説明の必要もないだろう

 

次いで河北は幽州・北平の太守にして白馬長史の異名を持つ公孫伯珪

白馬義従と呼ばれる精兵を駆り、大陸の北の守護を一手に担う彼女の名は大陸中に轟いている

 

それに肩を並べる名望を有するは美周郎こと周公謹

歌舞音曲に秀で大陸随一と言われるその美貌と、その美貌が霞むとまで言われる智謀知略は、まさに天が二物を与えたと言うに相応しい

 

これに続くは河北は平原の三姉妹

中山靖王劉勝の裔との触れ込みで、先の黄巾の乱で名を挙げた仁徳を謳われる劉玄徳

青龍偃月刀を掲げ、美髪公の二つ名を持ち当代随一の武人と謳われる武神・関雲長

万夫不当と言われ、その象徴ともいえる丈八蛇鉾を携える豪傑、燕人・張翼徳

後に“桃園の誓い”と称される絆で結ばれるこの義姉妹について多くを語る必要もまたないだろう

 

残念ながら、ここから先は後世の歴史家にとっては周知のものであっても、今現在の世評でいうなら無名と呼ぶしかない人物が続く

 

小覇王・孫伯符の実妹にして孫呉の支柱ともいえる碧眼児・孫仲謀

 

一身これ胆と称され虎威と呼ばれる程の無類の武を誇る白龍・趙子龍

 

錦帆賊と呼ばれる河賊の出身で水軍を扱わせれば並ぶものなしと言われる甘興覇、別名を鈴の甘寧

 

稀代の策略家にして豪胆と老獪を合わせ持つ策士、程仲徳

 

司馬徳操の元で水鏡塾に学び、天下の俊傑と称された臥龍・諸葛孔明と鳳雛・龐士元

 

一双戟八十斤を提ぐと囃され豪勇と怪力を称えられる悪来典奉然

 

副将として得難い才と性質を持ち、その先見と慎重さを称賛された知将・李曼成

 

李文優の偽名でこの場にあるは今上帝・劉弁

その義母弟の劉協も、李稚然と名乗りこの場の一角にその姿を見せている

 

 

これらに加えてこの漢中に集う英傑達がいる

 

世に名高い司馬八達の筆頭に名前があがる天下の才媛・司馬仲達

 

五斗米道道主にして仁徳並ぶものなしと謳われる医母・張公祺

 

忠烈を謳われ将としても参謀としても勇を称され涼州随一と讃えられた龐令明は柩龐徳との二つ名で呼ばれる事もある

 

 

これら綺羅星の如くといえる人物達の注目を集めるのはふたりの人物

 

 

今上帝より“司天”として“剣履上殿”“入朝不趨”“謁讚不名”つまり、剣を帯び、靴を履いたまま昇殿し、小走りに走らずともよく、皇帝に目通りする際は実名を呼ばれない、といったことをはじめとした様々な特権を認められ、事実上漢王室と肩を並べる天譴軍の首班でもある、天の御使い・北郷一刀

 

そして、それら英雄俊才達の中央で枷を嵌められ罪人として扱われながらも、その誇りを喪う事無く背筋を伸ばし顔をあげるは、驍勇果断と評され常に戦陣に一番乗りを果たしてきたと言われている勇将・楽文謙

 

 

様々な思惑が交錯する中で、その詮議が今、はじまろうとしていた

 

 

そしてこの詮議こそが、後に大陸中を未曾有の戦乱に巻き込み、血で血を洗う群雄割拠時代の引き金となる

≪漢中鎮守府・評定の間/張公祺視点≫

 

まあ、こんな事件があったんだ

うちの連中の大半がいないのは仕方がないし、客人客将達がぞろぞろと集まってくるのも仕方がない

 

なんだかんだで先の一刀の暴走とも言える状態を考えると一刀と仲達ちゃんにはもう少し落ち着く時間が必要だろうし、令明の顔を見てみれば、全力で護衛に専念すると表情が語っている

 

てことは、アタシが場を仕切るしかない訳なんだが…

 

 

「…………………」

 

 

瞳を険しくして一言だって口にする気はない、と全身で語ってるこの娘をどうしたもんか…

 

勘違いのないように言っておくが、こういう場合に最良の方法をこの娘が知ってるっていう事で、アタシの中ではかなり評価は高い

顔に出ようがどうしようが、例え名前ひとつだって、それが相手に知られていようともだ

自分から言葉を口にするのは、どう考えたっていいことはひとつもないんだ

 

不満があろうが反論があろうが言い返したくなろうが、ただひたすらに黙して語らず

自己弁護すら拒否する姿勢は見事と言える

 

当然だがそれは簡単にできる事じゃないが、この娘がそれを迷いなく選択したって事実をアタシは称賛するね

 

とは言え、このままじゃアタシらが赤恥かくだけになっちまうんで、なんとか喋って貰わなきゃならないんだがね…

 

 

「一応自己紹介だけしておこうか

 アタシは張公祺。天譴軍では金曜局長って過分な地位を貰ってる

 今日はアンタの詮議の担当でもある訳だ」

 

じっとアタシの目を見つめる光は強くて迷いがない

理由は知らないが、こりゃあ覚悟を決めた人間の持ってる光だ

 

参ったね…

 

「さて、いつまでもアンタと呼ぶ訳にもいかないんで、名前を聞いても構わないか?

 多分アンタが誰かってのは察しはついてるんだが、決めつける訳にもいかないんでね」

 

「…………」

 

やっぱり無駄か…

仕方ない、じゃあアタシの思う通りに進めるとしようか

 

できるだけ一刀は喋らせないようにしないとな

 

「じゃあ、あくまでアタシの思い込みって事で、アンタが楽文謙だって事で話を進める事にしようか」

 

アタシが腰に手を当てながらそう宣言した時、下座で緊張したやつがいる

 

……確か、公孫太守の協力者で奉然ちゃんの友達、とか言ってたっけか?

後で聞かなきゃならんかもな

 

とりあえず目の前の事に集中するとしようかね

 

「楽文謙、今のアンタにはアタシら天譴軍の人間を襲撃した、つまりは刺客だっていう嫌疑がかかってる

 これについての釈明はあるかい?」

 

「…………」

 

この娘の瞳が僅か揺らぐのが理解できたが、言葉にしてもらえん以上、それを汲み取ってやる訳にもいかないんだよな

アタシの見立てでは、同じ刺客になって襲撃してくるにしても、どっちかっていうと正面から特攻してくる類の人間にしか見えないんだよ

どちらかと言うと、例えば家にある棚を修理しようと張り切ったら、勢い余って棚を壊して結局買ってくるというか、そういう類の人間に思える

 

流石に困っちまって頭を掻こうとし、いまだ礼装を解いてなかったと気付いて上げた右手をさ迷わせていると、厳しい表情で令則ちゃんが駆け込んできた

 

令則ちゃんは場の状況と雰囲気を見て一瞬で判断したんだろう、略礼をしてから迷わずアタシのところに来てそっと耳打ちをする

 

「公祺さん、今詮議を受けている娘が楽文謙というのはほぼ裏がとれました

 そこで少々面倒といえるのが………………なんです」

 

耳打ちに対してあたしは思わず腕を組んで溜息をつく

 

「それは本当かい?」

 

「複数の証言があります

 偽証するくらいなら漢中の皆は正直に“知らない、わからない”と証言するでしょう」

 

アタシと令則がすっと公孫太守の方を見ると、彼女は顔と身体を強ばらせて視線を逸らす

 

アタシは内心で苦い顔をすると、令則ちゃんに囁く

 

「仕方ない…

 できれば今の一刀と仲達ちゃんに教えたくはないんだが、耳に入れておいてもらえるかい?」

 

それに頷いて上座の三人に耳打ちしている令則を見ながらアタシは内心でぼやく事にする

 

(楽文謙、アンタが色々な人を守りたかったのは理解も共感もするし同情すら覚えるんだが、その意地と矜持が悪い方に転がらない事を祈るんだね)

 

さもあらん、悪い意味で濁って暗く沈んでいた一刀の瞳が、あの“敵”を見る色へと再び戻っていく

仲達ちゃんが穏やかなままってことは、アタシらが心配するような状況には多分ならないだろう

 

令則ちゃんが報告を終えてアタシの隣に控えたのを確認して、一刀はアタシにとっては意外な事を口にした

 

 

「この場はお任せしたんでね、そのまま続けてもらえるかな?」

 

 

仲達ちゃんや令則ちゃん、令明と視線を交わすと、みんなが頷いている

 

………なるほどね、そういう事か

 

 

悪いね、楽文謙

 

アンタ、多分どう転んでも幸せにはなれそうにないよ

≪漢中鎮守府・評定の間/楽文謙視点≫

 

悔しい事ですが、先の龐令明との一戦は私の完敗でした

 

気絶から回復し既に手足を拘束されていた私は、無意味な抵抗をせずに連行される道を選びました

 

恐らく抵抗を試みれば逃走も可能だったでしょう

しかし、格闘で完敗を喫したことでそういう気が失せていたというのが大きいです

 

一度気を失った事で、先の敗因が今の私にはしっかりと理解できています

 

師が口癖のようにいっていましたが、自分を見失った武闘家に勝利など覚束無い、という事を身をもって知らされた、という事です

 

私の流儀は手技を駆使して相手の体勢を崩し、そこに調律を組み込んで呼吸を整えることで気を充実させ、必殺の蹴りを叩き込む、という形が必勝法です

しかし先程の闘いはそれとは程遠いものでした

一見相手が私の土俵に上がってきたように見えたため、相手を格上と考えつつも自分に一日の長があると錯覚を起こし、些細な言葉で自分の流儀を制限される事で一発勝負に走るよう誘導されたのですから

 

自分を見失い、その流儀を忘れた武闘家に勝利など得られるはずもなかったのです

 

もっとも、私がそのような状態でなかったとしても、恐らく勝てぬ相手であっただろうと思ってはいます

 

ともかく、私は敗北を喫した武闘家として、せめて潔く身を処しようと思ったのです

 

そうなれば、私にできる事はただひとつ、この身がどう処されようとも沈黙を守りきることのみです

 

これは以前、警備職に就いていたときに桂花さまが言っていたのですが、どのような場合でも一番厄介なのは一言も喋らない相手なのだそうです

特に諜報の場ではそれが顕著で、例え名前ひとつ、頷きひとつでも相手に返せば、そこからどんどん情報は漏れていくものなのだとか

我を忘れて叫ぶなどというのは愚の骨頂で、一番大事な情報は、そういう感情のみから出る言葉の中に一番含まれるのだと言っていました

だから尋問官や拷問官は、相手に心身で苦痛を与えることで感情を引き出す術に長けているのだ、と

 

 

こうして詮議の場に引き出された私でしたが、そこにはかつて黄巾の乱で陣を共にした劉玄徳達や汜水関で顔を合わせた事もある周公謹に孫仲謀までが顔を揃えていました

 

ただ、有難いことに今の私に話しかけてくるような事はありません

 

こうして枷を嵌められ膝をつかされた状態で詮議がはじまりましたが、私は沈黙を保ち続けています

 

詮議の途中で誰かが駆け込んできましたが、私はそれには目を向けずに、目を閉じて心を落ち着けていました

 

すると、私の詮議をしていた張公祺とかいう人物が、私の目の前でしゃがみこんで視線を合わせてきます

 

「さて、気持ちはわからんでもないんだが、そろそろだんまりは終わりにしてもらおうかね」

 

私は“絶対に喋らない”という意思を込めてその瞳を見返しました

すると彼女は小声で囁いてきます

 

「………意地を張るのもいいが、アンタが公孫太守とその友人との触れ込みの奴と一緒にいたってのと、鉄塊の直撃を阻止しようとして動いたってのは証言が取れちまってるんだ

 この上で黙るのなら、アンタを含めて色々と不本意な扱いをしなきゃならんが、それで構わないのかい?」

 

視線が揺らぐのが自分でも解りました

しかし、これが甘言でないという保証もないため、私は唇を噛み締めて必死に口を噤みます

 

「……了解

 それがアンタの“覚悟”ってこったね

 仕方がないか…」

 

張公祺はゆっくりと立ち上がると、私を見下ろしながら万座に聞こえるように告げました

 

「誰か、郭奉考を呼んでおくれ」

 

???

郭奉考?

聞いた事がない名前だが、一体私とどんな関係が?

 

それは天譴軍以外の皆も一緒の思いだったらしく、唯一下座にいる頭に人形を乗せた少女だけが苦い顔をしています

 

郭奉考と言う名の女性はさして時を置かずやって来て、私を一瞥するすると眼鏡を直しながら上座に向かって礼を取りました

 

「一体なんの用ですか?

 これでも貴方達に押し付けられた仕事で忙しい身なのですが」

 

刺々しい言葉から察するに、彼女は彼らにいい印象を持ってはいないようです

どういった理由かは判りませんが、とりあえず従うしかない、そのような感じを受けます

 

張公祺はそれに苦笑しながら、私に可哀想なものを見るような視線を送り彼女に告げました

 

「……涼州諸侯の刺客の疑いがある人物を捕獲したんでね

 アンタに任せる仕事に関わる事だから、詮議をアンタに任せようって思ったのさ

 苦労かけて悪いね」

 

郭奉考は冷めた目で私をもう一度見ると、呆れたように頷きました

 

「なるほど……

 だから私に詮議を行え、という事ですか」

 

彼女はくいっと眼鏡の位置を直し、腕を組みながら私の前に立ちます

 

 

あまりに大きくなった話に私が驚愕を隠せずにいる中、郭奉考は無慈悲ともいえる冷淡さで私に告げました

 

 

「では、覚悟してください

 この上無言を貫くことは、より多くの不幸を呼ぶ事になりますよ?」


 
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