昼過ぎ。
空腹になると、嗅覚が鋭敏になる気がする。外から玄関に入ると、いい匂いがしていることに気付いた。
「ただいま~」
靴を脱いで台所に向かう。
あれ? でも待てよ? 今日の午前中はみんなどこかに行っているはず。桜はまだ弓道部から戻っていないはずだし。遠坂は自宅の掃除だ。そしてセイバーは、ランサーに挑発されて漁港に釣りに行っている。
となると、残るのは――
「士郎。帰ってきたのですね。お帰りなさい」
台所に顔を出すと、ライダーがガスコンロの前に立っていた。
うん、そうだよな。間違っても藤ねえという選択肢だけは有り得ないし、あってはならないのだ。仮にそんなことがあれば、翌日には世界が崩壊するので俺は戦いの準備を始めないといけない。
「ああ、ただいまライダー。今日はライダーが料理をしているのか?」
「ええ、その通りです。ひょっとして、何かまずかったですか? 適当に、冷蔵庫の中にあるものを使わせて頂いたのですが」
「え? そんなこと、あるわけ無いじゃないか。ただ、今まで一人で台所に立っているのを見たことが無いから、ちょっと意外だったけどさ」
「ふふ……そうですね。今までは士郎に料理を教えて貰っていましたが、一度一人きりでこの国の料理を作ることに挑戦してみたかったのですよ」
そうだった。桜はライダーにお使いを頼むことが多いのだが、その日のご飯に何を作るのかということがライダーには分からず、買う物に迷うため、少しずつだけど料理を覚えているのだった。
「さあ、もうそろそろ出来上がる頃です。桜や凛、セイバー達もじきに帰ってくると思います」
「そうだな、じゃあみんな帰ってきたら昼飯にしよう。俺は、居間に食器を用意してくるよ」
「はい、ではお願いします士郎」
俺は頷いて、食器棚へと向かった。
しかし、あのライダーが一人で作った昼食か……なんだか、楽しみだな。
ほどなくして、みんな帰ってきた。
ちなみに、帰ってきたときのセイバーはご機嫌斜めだった。ランサーがバカスカ釣っている脇で、まったく釣り上げることが出来なかったらしい。帰って来るなり「シロウ、頼みがあります。何も聞かずにダ○ワのハイパーオートメーションリールと、紫電・アルティメットなる釣り竿を用意してください」などと真顔で言ってきた。
あのセイバーが道具に頼るような真似を言ってくるあたり、相当我慢ならないらしい。勿論、却下したが。俺みたいな庶民にはとてもではないが買えないし、投影する気もない。というか、どこで知ったんだろうかそんなもの? 赤い奴や金ぴかの陰が見え隠れするのは気のせいだろうか? 一度問い詰めた方がいいかも知れない。
そんなわけで、食卓を囲んでいるというのに、セイバーだけはむくれていたりする。
それと、今日の料理は誰が作ったのかまだ秘密だ。ライダー曰く、自分の腕がどこまで通用するか、名前を伏せた上で見てみたいらしい。
ほかほかのご飯が鼻孔をくすぐる。実に美味そうだ。
全員に料理が行き渡り、俺達は手を合わせた。
“いただきます”
めいめいに料理に手を伸ばし、箸を進める。
さて、お味の方は――
「むっ? こ、これは一体?」
そのとき、セイバーに電撃走る。
お茶碗を持ったまま、セイバーは左眉を上げて、むくれ顔から真剣な物へと表情を変えた。
「ど、どうしたんだセイバー?」
ひょっとして、ライダーのご飯が不味かったとでも言うのだろうか?
念のため、俺はご飯を食べてみる。……いや、不味いなんて事はない。水の加減も完璧だ。実に美味しく炊けている。
ライダーがセイバーの反応を食い入るように見詰めているのが見えた。
「シロウ。これはどういうことですか? これは、あなたが作った料理ではありませんね?」
「あ、ああ……そうなんだ。俺じゃない」
「やはりそうですか。だがしかし、これは……サクラとも違う。凛とも違う。まさか……」
くわっ! とセイバーの目が大きく開いた。凄い、何だかどこかの美食漫画に出てくるキャラのような気迫だ。
わなわなと震えるセイバー。
「まさか……ライダー? あなただというのですか?」
「ええ、その通りですが何か。口に合いませんでしたか? セイバー?」
うん、やっぱりセイバーもこれが藤ねえの作ったものだとは考えないのだ。そんな常識をきちんと共有出来ていることに、俺はちょっと安心する。
「いえ、そんなことはありません。むしろその逆です。よもやライダーがこれほどまでに見事にご飯を炊けるとは……。この優しく繊細な味わい、感服しました」
うむむと唸るセイバー。かつて敵同士として戦った相手とはいえ、認めるところはきちんと認めるのがセイバーなのだ。
桜や遠坂も同様の感想なのか、うんうんと頷いた。
おお、この二人まで認めるとは、凄いなライダー。
ライダーもほっとしたのか、若干誇らしげに微笑んだ。
「でも、ご飯だけでよく分かったなセイバー? ひょっとして、他のみんなのも違いが分かったりするのか?」
「ええ、何となくですが分かります」
何という鋭い感覚の持ち主なのだ。これも英霊……騎士王として生まれ育った者の才能だというのか?
「例えば、シロウはもっとこう……日だまりのようでいて、その奥に力強さを持つ炊き加減になります。凛はどちらかというと優雅にして華麗、洗練された味わいです」
「ほぉ~」
まさか、そこまで違うとは。いやしかし、何だかセイバーが俺達のことどう思っているのかを言っているようで何だか気恥ずかしい。
「セイバーさん。私のはどうなのでしょうか?」
桜の問いに、にっこりと笑いながらセイバーが頷く。よかった。どうやら釣りのことは既に忘れているらしい。
「桜の炊くご飯も実に美味です。ふっくらと、そしてどっしりとした芳醇にして豊か、重厚なハーモニーを奏でる絶品です」
「あ、あはは……そうなんですか。有り難うございますセイバーさん」
「? どうしたのですかサクラ? 若干顔が引きつっているようにも見える。私は実にサクラらしく素晴らしいものだと思うのですが」
「ううん、別に? 何でもないの」
微笑む桜。
しかし……微笑んではいるのだが……はて? 何だろうこの違和感。「ふっくら、どっしり……かぁ」と桜の独り言が聞こえた気がするが。
それにしても、俺達の炊き方の違いってそんなにも差があるのだろうか? そんなものを分かる人には分かるように炊いてしまう、我が家の炊飯器のファジー機能って、どこまで優秀なのだろう?
「でも、本当に美味しいわねえ。この肉じゃがも、ひょっとしてライダーが作ったのかしら?」
「ええ、その通りです凛。あとは味噌汁を。士郎から料理を教えて貰っているのですが、まだそれほど多くは覚えていなくて」
「いやいや、でも大したものだよライダー。まさか、ここまで美味しく作れるなんて」
「そんなことは……。士郎の教え方が上手かったのですよ」
う~む、そういって貰えるのは嬉しいが。桜に続いてライダーにも追い抜かされそうで師匠としてはちょっと焦るものがあるなあ。
「あ、ひょっとしてライダーって昔から料理とかしていたのか?」
「ええ、多少は。形なき島にいた頃、料理をするのもいつも私の役割でしたので」
なるほどなあ。道理で教えていたときも、手際がよかったわけだ。納得する。
「あれ? ライダー? どうかしたのか?」
見ると、ほろりとライダーの目から一筋涙が零れていた。
「あ、いえ。何でもありません。私の作った料理がみんなの口に合ったみたいで、嬉しくて」
あ~、そうだよな。自分の作ってくれた料理を美味しく食べて貰えるのって、作った側としては堪らなく嬉しいもんな。
とは思いつつ、暴君の元で毎食ダメ出しを言われ続けて働いてきた料理人が、暴君以外の相手に料理を作ったら感激されたときのような反応にも見えるけど。
「しかし、先ほどライダーは味噌汁と肉じゃがを作ったと言っていましたが……いえ、そのどちらも美味しいのですが、これらは違うのですか?」
そう言ってセイバーが視線を向けるのは、小鉢に入ったきんぴらゴボウと大根の煮物だ。
「そういえばそうだ。ライダー、これは違うのか?」
きんぴらゴボウと大根の煮物については、俺もライダーからは何も聞いていない。どことなく、俺の作ったものに似ている? 気のせいかも知れないけど。
「はい、それはキャスターが持ってきたものです。何でも作り過ぎたので食べて欲しいとか。会心の作だとか、一成が珍しく文句も言わずに食べたとか、こちらが聞いてもいないのに嬉々として話していました。長々と居座りそうだったので、途中で追い返しましたが」
ああ、なるほどそれで俺の味に近いわけか。キャスターに料理を教えているのも俺だしなあ。
「へぇ~。でも、自慢したくなる気も分かるなあ。美味いよこれ。後でキャスターに礼を言っておこう」
「あまり褒めすぎると頭に乗ると思うので、適当なところで切り上げた方がいいと思いますよ?」
「あはは、それもそうだな」
と、俺は不穏な空気に気付く。
「どうしたセイバー? キャスターの作ったものとはいえ、毒は入っていないと思うぞ?」
言ってみて、そういう点は不用心な気がしなくもない。しかし、キャスターが今さらそんな真似をするとも思えなかった。
「いえ、そんなことは……。何でもないです。気にしないで下さい。シロウ」
「気にするなって、そんなこと言われてもなあ」
そんな、如何にも何かありますと言わんばかりに渋い顔をされて、気にしないなんて真似はとても出来そうにない。
「そんなにも居心地が悪いのなら、あなたも料理の一つぐらい覚えたらどうですか? セイバー」
「っ!?」
静かなライダーの声に、びくりとセイバーが揺れた。どうやら図星だったらしい。
ああ、なるほど。そういうわけか。こうなると、女性サーヴァント達の中で料理が出来ないのってセイバーだけだもんなあ。
急に訪れる沈黙。
かちこちと、時計の秒針がやけに響いて聞こえる気がした。
やがて……。
「何を言うのですかライダー。私はこう見えても王なのです。食事を作るなどというのは、料理人の仕事であって王のすることではありません」
ふっ、とセイバーは薄く笑みを漏らした。
「キャスターは元王女ですが?」
ライダーの静かなツッコミに、またもセイバーの体が震える。
「ノブレス・オブリージュとか……貴族とか王様ってふんぞり返っていればいいってものでもない気がしますけど。むしろ率先して動くべきというか……。まず自分のことは自分で出来るようにって、家によっては貴族の方も料理を学ぶってどこかで聞いた気がします」
桜も天井を見上げて、呟く。あ、セイバーの体が大きく揺れた。これは有効打のようだ。
「そうよねえ。それに、何だかさっきのセイバーの言い方ってあの金ぴかみたいよ?」
おおう、流石は遠坂。見事にクリティカルヒットを繰り出したようだ。セイバーが真っ白に固まったぞ!?
ぎぎぎ……とゆっくりと首を回してセイバーが俺に振り向く。
「ううう。……シロウ~」
う、そんなすがるような目をされてもなあ。
いやしかし、あんまり甘やかしすぎるのもよくない気がする。
「そうだなあ……。どうだセイバー? ちょっと思うところがあるのなら、いい機会だしセイバーも料理を覚えてみたらどうだ? ライダーやキャスターに負けっぱなしってのも嫌だろ?」
「むっ!? そ……それもそうですが……」
勝ち負けには五月蠅いセイバーだ。この言い方は大いに彼女のやる気を刺激したらしい。
むぅ、と唸るセイバーの瞳に、再び光が灯る。
「……分かりました。私もこうまで言われていつまでも黙っているわけにはいきません。それに――」
「それに?」
「率先して動くのがノブレス・オブリージュだというのなら、かつての私は……部下達の作った料理を雑だと思いながら黙っているのではなく、むしろ率先してその点を改めるよう動くべきでした。確かに、保存の利く食料で出来ることには限界があったかも知れない、しかしそれでもまだ手はあったはず。さらなる手を打つことで、兵達の士気は上がり、生き残ることが出来た者も大勢いたことでしょう」
大きく頷いて、かつての自分を反省する騎士王様。
「シロウ。今こそ私は、この世界で為すべき事を見付けました」
セイバーが大きく目を見開く。その瞳は気高い理想に燃えていた。
「セイバーさん? 為すべき事って何ですか?」
「はい、私は真に美味しい料理を極めようと思います。未だ争いの絶えないこの世界。しかし美味しいものを食べているとき、人は争う心を忘れることが出来ます。皆がこうして食卓に着き、美味しいものを食べているときに争いなど起こるものでしょうか? いえ、起こりえませんっ!」
そうかなあ? 美味しいものを巡って割と頻繁に争っている気がするんだけど? ここ。理想に燃えているセイバーに水を差すつもりもないので言わないけれど。
「私は美味しいものを世界中の人々に食べて貰い、食を通じて生きる喜びを伝え、争いを納め、人類を救済したいと思いますっ! そう……これこそが、私の為すべきことであり、理想郷なのですっ! 今、ようやく分かりました」
まあ、セイバーがやる気出したみたいだし、いいか。
「そっか、じゃあ俺でよかったら料理を教えるよ。頑張ろうな。セイバー」
「はいっ!」
大きく頷くセイバー。
「見ていなさいライダー。私もすぐにこの程度の料理、作れるようになって見せます」
「そうですか。では、楽しみに待っていますよセイバー」
セイバーの当面の目標はライダーらしい。宣戦布告するセイバーに、ライダーは静かに笑った。
そして、生きる目標を見付けて立ち直ったセイバーが食事を再開した。
さて、取り敢えずセイバーには何から教えようか?
ちなみに、以前もそうだったのだが、セイバーは剣以外は実に不器用だった。
その上、ブリテンの人間というのは昔からそうだったのか、それとも何事にもこだわるセイバーだからなのか……とにかく、食材に手間を掛けすぎて無惨な結果になったりして……。
セイバーの理想郷……その道のりは実に遠そうだと思い知るのに、それほど時間は掛からなかったのだった。
―END―
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ライダーが一人で昼食を作ったようです。
セイバーもいつまでも食っちゃ寝していないで、ちょっとは働けというか……。現世での生き甲斐を見付けたらまた変わるのかと思いました。
ちなみに、最初に考えていたタイトルは「三大女性サーヴァント超決戦・食卓編」でした。