No.358202

2010年のサンタクロース

平岩隆さん

その昔、映画「スーパーマン」を製作した欧州人がいてだ。
その作品で手に入れたゾーラン・ペリシックが考え出したとされる
フロントプロジェクションとブルーバックを組み合わせた特撮技法
で数作の続編に飽きたらず、「スーパーマン」のいとこである
「スーパーガール」まで映画化して顰蹙を買った。

続きを表示

2012-01-04 18:47:41 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:625   閲覧ユーザー数:625

 1. The Christmas Song by Nat King Cole

 

男はもう還暦を過ぎて自由に過ごせる時間には困らなかった。

しかし、男の父親の世代のように老後は悠々自適に・・という

時代ではなかった。

定年前に男が一筋に勤め続けた会社は、男を捨てた。

まさに・・捨てた・・という表現のまま、放り出された。

未払いの給料、切り刻まれた退職金。

それらを申し出に何度目かに足を運んだ際には

会社は債権者たちに取り囲まれていた。

 

ざまあみろ!

恐らくそれが・・心から笑った最後ではなかったか。

だが、家に帰ると家族は。

妻も息子も娘も。

金に換わりそうなものを全て持って、男と家を捨てた。

 

頼る親も兄弟もいない。

考えてもみれば、それはそれで。

自由でもあり、そう考えることを前向きなこと。

と、男はそう考えることにした。

 

その自由こそは、得てして。

自堕落への道でもあった。

収入の途絶えた男は。

賃貸アパートを出て

それでも最初は勇んで、路上生活に向かった。

 

だが、不況は長引き、仕事はない。

路上生活者も増えて、公園に居住まうのも難しくなった。

しかも、若いひとたちも同様で仕事も無いまま

食うや食わずの状態のものが増えた。

公共工事を削減する!と公約した政権のもと

日雇い仕事も減っていった。

 

若い人たちのように携帯電話やインターネットが使えないのも

仕事にありつけない理由のひとつになった。

しかし使えれば・・いいや使えても、もういい歳だ。

なかなか仕事にありつけはしまい。

生活保護申請も「申請者多数のため」と断られ、

対応の雑な窓口の役人の態度が気に入らずに二度と行くまいと決めた。

ヤツは「大阪なら生活保護申請をしやすい」とご丁寧に

頼みもしない住民票転出届と大阪行きの夜行バス片道切符までよこした。

 

あまりの悔しさに、夜行バスの切符を換金した。

だから、男はこの街に住民票は無い。

いや日本のどこにも住民票が無い。

俺は果たして、本当に存在しているのか_?

 

なにをいまさら。

その日を如何に喰いつなぐか。

その日を如何にやりすごすか。

日々をそれだけで過ごすのに精一杯だった。

 

だから、空き缶を集め、資源ゴミを集めた。

幾許かの小銭にはなった。

それで、どうにか。

それで、こうにか。

 

そのような日々を・・いったい何年続いたのだろうか。

伸ばし放題の髭も白くなってしまった。

 

そして暑くて仕方なかった今年も暮れていく。

クリスマスのイルミネーションが光り輝き

クリスマス・ソングが流れ始めると

今年も一年が去ってゆく。

そんなことを実感する。

 

いつまでこんなことが続くのか。

いつまでこんなことを続けなければならんのか。

いっそのこと、へんに苦しむ前に

はやく死んでしまいたい。

そんなことを思いながら。

 

男は今日もいつものように。

早朝からデパートの周りで空き缶ひろいを始めた。

 

 2. JINGLE BELLS …Benny Goodman

 

デパートの裏口で空き缶を拾っていると、社員通用口が開いて

若い男が突き出されて転がった。

頭の禿げ上がった恐ろしい形相のマネージャーと思われる男が

悪態をついて、それに反応したのか突き飛ばされた男が

なにか声を荒げて云っている。

若い男はどうも酔っ払っているらしい。

 

あぁ揉め事は御免だ。

とくに歳をとってから、他人の揉め事はことさらに御免だ。

しかも運が悪いとトバッチリがいやだよな。

 

足腰が立たない程に酔っている男がクダを巻いているというのに。

マネージャーがおい、こっちみてる。

わかりました、わかりました、さっさと失礼しますよ。

すると、マネージャー、寄って来た。

 

「あんた、今日一日ウチでバイトしないか?」

え?

「今日の今日だ、あんたの予定もあるだろうが。

そうだな1万出すよ。」

え?

「いいだろ?じゃ、早速、仕事だ。」

男はデパートに連れ込まれ、マネージャーの部下の若い店員に案内されて

いきなりシャワーを浴びさせられ、歯を磨かされて。

紅白の衣装をつけられて、再びマネージャーの元に立たされた。

「いい感じジャン。もうわかるよな?

そう、サンタクロースだ。

あんた今日一日、サンタさんをやってくれ。

店の中じゃない、お得意先の施設回りって言うかな、

よくあるじゃん、社会的活動ってやつさ。

そこでアンタはサンタさんを演じてくれ。」

 

「あのガキゃぁ、昨日の夜、忘年会だとか抜かしやがって!

酒臭いサンタが居てたまるかよ、まったく。

ガキが逃げ出すぜ。

そこで通りかかったアンタに声を掛けたんだが

いい感じだよ、マジ。あぁ、うまく一日乗り切ってくれ、な。」

 

「今日一日だけかって?・・決まってんジャン。

今日は、クリスマス・イヴだぜ!

今日が終わればサンタさんは一年間お払い箱さ」

 

男はなんとも寂しげな顔をしたが納得もした。

要するに・・サンドイッチマンで。

サンタの服装させられたことはあった。

そのときは風俗店の看板を持ったなんとも下世話なサンタだった。

 

男は車に乗せられると若い店員の顔を見る。

「いいかい、あんたは笑っていればいい。

ひたすら笑顔でな。

相手が怒ろうが泣こうが、あんたは笑顔でな。

あんたが喋っていい言葉はふたつだけだ。

メリー・クリスマス!とHO!-HO!-HO!だ、忘れんなよ!」

 

男は走る車内で大声を張り上げて練習した。

 

「じいさん、もう少し、笑えないかな?おっかないぜ」

男は必死に笑って見せた。

「笑顔がおっかないよ。なんか楽しいこと思い出してさ。

ちったぁ楽しいこともあっただろ、長い人生でさ。」

 

男は必死になって楽しかったことを思い出し

笑顔を作ろうと必死になったが

楽しかったことを思い出せば思い出すほどに

幼かった息子や娘の姿が思い出されて

涙が滲んでしまった。

 

「おいおい、じいさん、勘弁してくれよ。

サンタが泣いてどうすんだ!」

若い店員は嘆いた。

 3. Silent Night by Andy Williams

 

「最初はここのグループホームだ。

ここは他と違ってかなりボケた年寄りばかりだからな。

30分ほどで片付けるからさ。

年寄りの前でさっき云った言葉を叫んで、握手でもしてやってくれ。

プレゼントはあっちのスタッフが渡すから。」

 

車を降りて、裏口から入ってゆくと8人ほどの

車椅子の老人たちが座っていた。

介護スタッフが何人かいて。

合図を待って、そのまえに飛び出す。

 

メリー・クリスマス!

HO!-HO!-HO!

 

介護スタッフ達はやたらと派手にリアクションをつけて

ハシャギまくってくれたが、当の老人達は、表情ひとつ変えず

口を半開きにしたまま何も語らなかった。

サンタが必死になっても、それは変わることはなく、

なにかとても虚しいひとときだった。

 

ひとりひとりと写真を撮ると云われ、

表情のなくなった老人達の横に座らされるが。

最後のひとりは、女性とは思えぬ腕力で、サンタの髭を毟り取った。

しかも離さない。頬から血が滲む。

発狂したように笑う老女を介護スタッフが部屋へ連れてゆく。

別な女性の介護スタッフが男の頬の傷を手当てしてくれた。

「すいません・・だけど・・その髭、本物だったんですね。」

作り笑いに疲れた男は、頬の傷を手当を受けながら

久しぶりに本当の笑顔を作ることが出来た。

 

しかし、見事なほどに表情がない。

綺麗事云っても認知症とはボケのことだ。

聴いてはいたし、多少変な年寄りの行動も観たこともあるが

ボケとはここまでになってしまうのか。

 

「お食事の時間ですよ。」

介護スタッフが声をかけ、老人の腹部に繋がるチューブに

大き目の点滴袋を装着した。

これが、胃ろうというヤツか。

男は我が身の行く末を見ているようで、背筋に悪寒が走った。

そこまでして人生を歩み続けねばならないのか。

いったいこの老人達のどこに人生の楽しみがあるというのか_?

 

人生の楽しみ_?

そんなもの、自分は持ち合わせたこともあるのか_?

病気があるなしだけの違いで。

自分も表情を失ったこの老人達となんら変わらないのではないか。

 

「さて、時間だ。」

若い店員に連れられ、再び車に乗り込む。

「大変だったな。

けどさ・・今度は、もっと大変かも。」

男は大変な恐怖を想像した。

 4. Magic Moments by Perry Como

 

車は崖っぷちを走り高台の中腹のようなところに建つ

ある施設に到着した。

「まぁ、孤児院みたいなところでさ。

いいか、いろんな子供がいるからな。

なかには凶暴なのもいる。さっきと違って感情が・・いや

感情しかないといって・・いいだろうな。

泣くのもいれば笑うのもいる。ひねたのも居れば、良い子も居る。」

 

裏口から入って、先生たちの考えた手ハズ通り

子どもたちの集まる小びろい「ホール」という名の部屋に

合図を待って、そのまえに飛び出す。

 

メリー・クリスマス!

HO!-HO!-HO!

 

熱狂的といっていいほどの歓迎を男は受けた。

抱きつかれ、足を絡まれ、腕を引っ張られ

揉みくちゃにされた。

子どもたちは笑顔に満ちていた。

 

そこで子供たちは元気よくジングルベルを歌ってくれた。

同じ部屋で昼食を食べ、ケーキを食べて。

ひとりひとりにプレゼントを手渡して欲しい、と先生に言われたので。

男はひとりひとりの子どもと向き合うこととなった。

大概の子どもは喜んでくれた。

男はそれにたいへん気をよくした。

 

ところが、ある少年は向き合った瞬間、男を蹴ってきた。

次に罵声を浴びせながら殴ってきた。

その次の瞬間、泣き出して男に持たれかかった。

あとで、先生に聞けば・・実の親に虐待を受け精神的に不安定になってしまい

大人をみるとどういう態度を取っていいのかわからなくなる、と云われた。

 

男は自分の息子や娘に手を上げたことはある。

勿論、躾と教育のためだ。

虐めたくて、そんなことをするものか。

ひとさまの前に出してみっともないことをしないように。

だが、躾と虐待の間にどんな境界があるというのか_。

ひとさまの前にだと?いまの俺は物乞い同然じゃないか!

あるおんなのこがいた。

先生が渡してくれたおもちゃを男は手渡す。

 

メリー・クリスマス

 

おんなのこは口を空けたが声が出ない。

交通事故で目の前で両親を喪い、そのショックで

自分の声すらも失ってしまった、という。

そのまま自分の殻に閉じこもってしまったおんなのこ。

 

男がプレゼントを手渡すと、おんなのこは手を握ってきた。

必死になにかを喋ろうとしている。

だが、声が出ない。

その伝えたいことが伝えられないことに

おんなのこは悲しみの涙を浮かべた。

 

男は目頭が熱くなり、思わずおんなのこを抱きしめた。

自分が・・我が子の言葉を聴こうとしていたのか

我妻のことばを真摯に聴こうという態度を示せていたのか

果たして本当に・・・。

 

若い店員が男に声を掛けた。

「さ、時間だ。」

 

車に乗り込むと若い店員は男に毒づいた。

「泣く馬鹿がいるかよ!サンタのくせによ!」

男は下を向いて謝ると、店員は一瞬嗚咽を上げたが

深呼吸しながら、落ち着きを取り戻すと窓の外をみた。

 

「あのおんなのこ、あんな反応みせたのは初めてだそうだ。」

窓ガラスに半透明に映る若い店員の目には涙が溢れていた。

男はなにか、自分にも出来るのではないか、と思ったが。

そんな奇跡みたいなコトを・・。

自分はそんな立場にはいない。

男はサンタクロースではないのだから。

 

 5. Blue Christmas by Elvis Presley

 

「次はあんたらの集まってるところだ。

公園でやってるだろ、教会の炊き出し。

ウチのデパートも協力してるんだぜ。」

あぁ、知っている。売れ残り品を教会に引き取らせているよな。

 

駅の裏手にある公園は年末も近くなると

路上生活者の数が増える。

ここ数年、寝床の争いも絶えない。

若い人たちが増えたこともあり、弱肉強食の論理が

この公園にも適用されるようになり、年老いた男たちは

追い出されていった。

男も一度はこの公園に身を寄せていたが

他人との付き合いを嫌い、自ら出て行った。

 

夕闇が迫り、教会主催の炊き出しが始まる。

今日はクリスマス・イヴだ。

教会の聖歌隊のご婦人方がジングルベルを歌う。

七面鳥ならぬ焼き鳥が振る舞われ、列が出来る。

そこに・・男のサンタが合図を待って、そのまえに飛び出す。

 

メリー・クリスマス!

HO!-HO!-HO!

 

もう恥も外聞も無い。

慣れっこだ。

道行く人々が拍手喝采し

聖歌隊が拍手で盛り上げる。

テレビ局の取材班も来ているようだ。

だが、実際のところ路上生活者にとっては。

そんなイベントは所詮は主催者側の自己満足でしかない。

だが、男は必死になって道化を演じた。

それが、今日のシノギだから。

 

すると、長老級の酒に酔った路上生活者がその煩わしさを吐きかけた。

「おいら達ぁ、クリスチャンじゃねえからよォ!

気取りやがって!このサンタクロースぅーッ!

明日の仕事をプレゼントしてくれよォ。」

 

男には痛いほどわかった。

それは、自らの心の叫びか、ともとれた。

仕事を奪われ、住処を奪われ、住民票を奪われ

さらに居場所を奪われて、此処に集っても尚、見世物にされる。

そんな理不尽な扱われように。

不快感を感じずにいられようか_。

だが男は道化を演じた。

 

施しを甘んじて受ける身となったものたちと

施しをしているひとたち

そしてそれを構図として映し出そうとするだけのひとたち。

その間には微妙ながら蟠りというのは当然あって。

それが必要以上に形として現れた場合、一気に不満となって爆発する。

 

テレビ中継が終わると現場の雲行きが怪しくなった。

路上生活者達が揉め始めたのだ。

喧嘩のひとつも起こりそうだ。

男は若い店員をひっぱり車に乗せた。

車が走り出すと、行き違いにパトカーが数台サイレンを鳴らして

公園に入っていった。

 

若い店員は男に礼をいった。

「でもさ。

オレも来年の仕事はまだ決まってないんだよね_。」

男は外に目を移した。

 6. Santa Claus is comin to town by Frank Sinatra

 

デパートに戻ると頭をすでに年末商戦にシフトした

マネージャーが、一瞬、笑顔を見せて云った。

「やっぱりサンタはじいさんがいいよな。

先方から今年のサンタは出来がいいってさ、褒められたよ!

ホント、助かったよ。今日はありがとう!」

と、封筒を渡したので、男は受け取り、

中身を確認すると一万円入っていた。

 

このご時勢、随分と破格なバイト代だ。

「これは・・オレから」

マネージャーが別に缶ビールをひとつ渡してきた。

「これは・・オレの気持ち。じゃあな。メリー・クリスマス!」

 

男は、デパートの屋上に出ると、小雪が舞い散っていた。

だがこの衣装は寒さどころか、まだ、暑いほどだ。

もらった缶ビールを開けて。

何年ぶりなんだろうか、本物のビールだぜ。

冷えたビールを流し込むと、ゲップが出た。

 

やはり一仕事終えたあとのビールは美味いものだ。

しかし、今日ありついた仕事は終わった。

サンタを演じるのも終わりだ。

ただの老いた男に戻るんだ。

そう思うと、寒さ以上に寂しさから震えがきた。

 

長引いた不況に。

いたずらに混迷するだけの政治に。

潤いを失ったひとの心に。

そして、明日をも知れぬ老いた自分の行く末に。

 

明日が見えない。

いまの時代、明日は夢でだけ見るものかもしれない。

「朝の来ない夜はない」

そう云われ続けて、裏切られ続けた20年。

ひとは夢を見ることも恐れている始末。

 

そんな大袈裟なことを言わずとも。

果たして今迄の人生の在りかたについて

禍根を残してきてはいまいか。

残してきていないはずは無い。

なぜならそれらが今の状況を作ってきてるのだから。

あぁ、今ならわかるさ。

ひとはそれぞれ。

信心も違えば考えも違う。

罪穢れ?業?原罪?・・。

宗教ごとに言葉は違えど

そういうものを、みんな持っているんだ。

 

運?不運?もちろんあるさ。

思慮に欠けた振る舞いをしてきたことも確かだし

自ら招いた失敗だって数少なくは無い。

もちろん人を恨みもしたし妬みも蔑んだりもした。

 

どんな神様を信じようが関係ない・・。

だが年の瀬のたった一晩だけでも。

こころを清めて、生きていることを互いに喜ぶんだ!

そんな夜があってもいいじゃないか_。

 

そして、今夜はクリスマス・イヴだ・・。

今夜は奇跡が起こる!

いいじゃないか、そんな夜があっても。

クリスマス・イヴだろ!

 

親に傷つけられ、捨てられた子ども達_。

病魔に冒され闘い続けるひとたち_。

居場所すら失ったすべてのひとたち_。

今夜は、クリスマス・イヴだ!

メリー・クリスマス!

男は、小雪の舞い散るデパートの屋上で、そう叫ぶと。

サンタクロースの衣装で飛び上がった。

すると、奇跡は起こった。

 

男は、サンタクロースになった。

 

すべての子供たちにおもちゃを。そして笑顔を振りまくのだ。

子どもたちだけではない。

すべての男たちに。

すべての女たちに。

メリー・クリスマス!

 

サンタクロースは街を飛び回った。

今日は一年で一番忙しい夜だ!

住宅街で一家団欒のクリスマス・ディナーを囲む家族があった。

まるで30年前の我が家のような、あたたかな家庭を!

三角帽子かぶって、ジングルベルを歌おう!

HO!-HO!-HO!

 

崖の上の施設に飛べば、子どもたちが笑顔を見せた。

そして窓越しに見ることが出来た・・。

言葉を失った子どもが見せた笑顔を。

サンタクロースのかけた一言に女の子は答えた。

「メリー・クリスマス」と。

 

サンタクロースもクリスマスも忘れてしまった老人たちに

微笑めば、かつて子どもたちのために、

自らもサンタクロースになったことを思い出させ、

忘れていた息子、娘の名前を口にした。

 

公園にしか居場所を求められなかった老若男女たちにも

笑顔を届けた。

キリスト教なんか関係ない?

サンタの衣装は紅白で、おめでたいんだよ!

縁起がいいんだよ?!そうだろ?

仏頂面した長老すら声をあげて。

振舞われたシャンパンで乾杯だ!

 

メリー・クリスマス!

そうだ、今夜は奇跡が起きるのだ!

小雪の舞い散る街に。

だが、あたたかな心に包まれた。

サンタクロースは宙を舞い、街に笑顔を届けた。

HO!-HO!-HO!

 

 7. Let It Snow, Let It Snow, Let It Snow by Vaughn Monroe

 

翌日、デパートの屋上から転落したと思われる男の死体があった。

サンタクロースの格好のまま。

うっすらと雪の降り積もる寒い朝。

検視官は路上に転がった缶ビールの空き缶から

飲酒の上の転落事故と結論付けた。

 

しかし_。

冷たくなった男の死体が。

なんとも幸福そうな笑顔のままだった。

 

街には再び粉雪が舞いはじめた。

検視官はどんよりとした空を見上げて

早く引き上げよう、と思った。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択