No.355011

少女の航跡 短編集11「七つ星」-2

少女の航跡のサイドストーリー。新興宗教団体、七つ星に救いを求める人達。しかし七つ星の幹部は人々を麻薬で洗脳させているというのです。この陰謀に、ブラダマンテとフレアーが潜入します。

2011-12-30 13:30:36 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:28606   閲覧ユーザー数:479

 夜になった。私はやはり眠る事が出来なかった。身体が疲れているという事は分かるのだが、それでも眠る事ができない。心が興奮してしまっているせいなのだろうか。一体何が私を眠らせようとしないのか。

 夜になればこの七つ星の本拠地も静まり返っている。避難民達のテント群は全ての明かりが消されて静まり返っている。だが、洞穴の方を見ると、ゴーリキ達、幹部たちのいる場所だけはぼうっとした光が輝いて見えている。

 彼らは夜も活動している。何故、夜に活動をしようとしているのか。七つ星の幹部たちは民達に知られたくない事でもしているというのだろうか。

 そのような疑惑が、私をテントの外へと歩かせていた。フレアーも連れていくべきだろうか。いや、それは後でいい。今はただ探るだけで良いのだ。私はこっそりと一人だけでテントの外に出た。

 裸足で歩くのもいい加減慣れて来てしまった。貧しい民達に変装するためには、丈夫なブーツも立派な服も置いてこなければならなかったが、もう3日も歩かされて段々と慣れて来てしまっている。それでも肌に触れる外気は肌寒いものだった。大陸南方に位置する『リキテインブルグ』でも奥地の方にまで来るとさすがに寒い。

 ひっそりとテント群は静まり返ってくる。そのせいか、洞穴の方から聞こえてくる声は非常に響いて聞こえてきていた。

「おお!お許しください!どうかお許しくださいませ!」

 真っ先に聴こえて来たのはその甲高い声だった。とても甲高い声であったが為に、その声が男女どちらのものか分からなかったが、どうやら男の声であるらしい。

「許して下さいませ!ゴーリキ様!」

 嘆願するような声が聞こえる方へと私は歩いていく。洞穴のごつごつとした岩肌に体を隠しながら、私はその奥の方を見た。すると、洞穴の奥では跪いて、あの教祖、ゴーリキに何かを願い下げしているみずぼらしい姿の男がいた。

 周りには幹部達が囲んでおり、男はどうやら拘束されているようだった。

「では、何故そなたは、われらの聖薬を盗もうとしたのだ?」

 そう言いつつゴーリキが取り出したのは、袋だった。そこからはさらさらと白い粉のようなものがこぼれている。

「わたしには、妻がいます!子供が3人います!足りないのです。いつも頂いている分だけでは、どうしても薬が足りないのであります!」

 薬と聞いて私は警戒した。あの薬はフレアーが言っていたように麻薬なのではないかと。

「だが、お主は聖薬を盗もうとした。これは神に歯向かう大罪である!」

 ゴーリキは私達の前で見せたかのように、声高らかにそのように言い放つのだった。

「おお!お許しくださいませ!薬はお返しします!どうか!どうかお見逃しを!」

 そのように男は言うのだが、彼はその身体を白衣を纏った男達に掴まれてしまうのだった。

「悔い改めよ!悔い改めて、神に許しを乞え!さもなくばそなたの命はない!」

 ゴーリキがそう言い放つと、男はその頭を掴まれて、彼の頭が入ってしまいそうな大きな瓶の中へと頭を突っ込まれた。急に彼の嘆願する声が聞こえなくなる。

 どうやら瓶の中には水が入っているらしい。くぐもったような声だけが聞こえてくる。

 かなり長い時間が経つ。男は水を瓶へと突っ込まれたまま、身動きもとらせられない状態だ。その拷問に、私は思わず身震いしてしまう。とても長い時間に感じられる。あたかも自分自身も拷問に遭っているかのように、息苦しくなってしまう。

 1分か、2分か、それとももっと長い時間が経過したのだろうか、ようやく男は瓶からその顔を引きずり出された。

 真っ青になった彼は激しく息を切らせながら、声も絶え絶えだった。

「悔い改めよ!神はここにあり!」

 ゴーリキはそのように声高らかに言った。だが、その男は神に向かって嘆願する事もできないまま、ただ激しく息を切らせる事しかできない。

「お、お助けを…!」

 息を切らせつつ、水責めから解放された男だったが、更なる仕打ちが待ち受けていた。

 幹部の一人がナイフを取り出し、それを明かりで使っている火であぶる。何をしようとしているのか、私には分かっていた。

「罪人には、罪人の罰を!この男に刻印せよ!」

 ゴーリキがそのように言い、男は纏っているボロ布のような衣服の背中を引きはがされた。そしてそこへとナイフを突き立てられ、何かを彫り込まれる。

 声も絶叫も聞きたくなかった。だが、男は私の見ている目の前で背中に何かを荒々しく彫り込まれているようだった。刺青を彫るなんていうものじゃあなく、傷で身体に刻印をされているのだ。

 熱で熱せられたナイフで身体を彫られる。どんな気持ちなんだろう。胸が苦しくなってきた私は、その場の光景に耐えられず、その場から逃げていってしまうのだった。

「拷問、ね。そのくらいの事はやっているとは思っていたけれども、これで、七つ星が麻薬で民を操っていた事は確かになったようね」

 翌日、テントの中で私は昨晩に起こった事をありのまま、フレアーに話した。彼女はあの現場を目撃していないからなのだろうか、思っていたよりも平静にその言葉を話していたが、私は昨晩の出来事が鮮明に頭に残ってしまっている。

「これで、はっきりとしたよ。七つ星の人達は、民を拷問して、麻薬で操ろうとしている。これはすぐにルージェラさん達に伝えないと」

 私はそのように言うのだが、フレアーはそれを遮った。

「ちょっと待って。そのためには明確な証拠が必要だよ」

「だって、私は昨日見たんだよ。確かに、麻薬らしきものを、あの教祖の人が持っているのを」

 しかしフレアーは、

「ええ、ええ、たしかにそうだったんでしょうけれども、ただのあなたの目撃だけじゃあなくって、きちんとその物証が必要になるの。もしゴーリキの奴を、民を先導した国家反逆の罪で裁くんだったら、その明確な物証がね」

 当たり前の事を話すかのように言うフレアー。確かにそれはそうだった。彼女の言っている事は正しい。

 だが私は、今、この地で行われている悪逆非道な事を許す事ができなかった。昨日、拷問にも似たものを目撃して、それは一層強まったのだ。

「じゃあ、早くその物証を手に入れないと」

 気持ちが焦る。私はテントの透き間から外の様子を見ていた。外では、偽りの守りの中にいる子供たちが遊んでいる姿が見える。彼らも、麻薬によってすでに洗脳されてしまっているのだろうか?

 そんな事が公然と行われている事を許す事ができようか。

「まあ、一番なのは、奴らのアジトに忍び込んで、どこかにあるんじゃないかっていう、麻薬を手に入れる事になるよね」

 フレアーはそう言った。

「こんなこと、いつまでも行われていていいはずがない。拷問だって、何だって」

 独り言のように呟いた私。その言葉をフレアーにはきちんと聴かれていたようだ。

「ねえ、ブラダマンテ。あなた、正義って何だと思う?」

 突然のフレアーの質問だった。それに対してどのように答えたら良いのか、私には上手く言葉が見つからなかった。

「それは、もちろん、いけない事を忌み嫌って、良い事をするっていう」

 するとフレアーは何か面白いものでも聞いたかのように笑みを見せた。

「ええ、そうね。確かにその通りだとあたしも思う。だけれども、それは、ピュリアーナ女王の元での正義の事なの」

 フレアーは一体何を言いたいのだろうか。私が彼女の様子を伺っていると、次の瞬間彼女はその緑色の瞳を見開いて、私の方へと迫って来た。

「ここでは、七つ星の教えが正義なの。加えて言うならば、ゴーリキ達が作った宗教が正義の全て。それに従っていれば善。そして反していれば悪になるというわけなの」

「そんな事が、許されていいはずが」

 私はそう言いかけるのだが、

「いいえ、許されていて良いのよ。ゴーリキが正義である内は、この世界は彼の王国である事に間違いないわ。麻薬を使おうと、何にせよ、全ては彼の正義なんだから、全ての行いは彼に従わなきゃあいけない事になるの」

 フレアーはこの地で公然と行われている事を止める気があるのか。私にはそれさえ疑問に思えてくる。

「あなたは、ここで起こっている事を本当に止めたいの?」

「そりゃあ、止めたいよ。ただ、正義っていうものは誰に味方するかによって、コロコロ変わるものだって言う事を言いたかったのかもね。そして、私は今、ピュリアーナ女王側にいるというわけだから、ゴーリキを止めたいというわけ。

 それに元々、ゴーリキっていう奴が私は気に入らなかったからね。ちょうどいい機会だわ」

 そう言うなり、フレアーは自らの腰を上げた。

「さて、ゴーリキの奴の寝首を掴んでやろうかしら。どうせ、麻薬は自分達のアジトの中に隠してあるんでしょうし、すぐに見つかるわよ」

「じゃあ、これから探しに行くの?」

 私はフレアーに尋ねる。

「物証を掴む事が、ゴーリキの奴らの尻尾を掴む一番早い手段になる。もちろん、これから探しにいきましょう」

 フレアーと私はそうしてテントから出て行くのだった。ゴーリキ達の行っている事が正義であるというのならば、私達はその間違いを正しにいかなければならない。そうした立場にあるのだ。

 

 ゴーリキ達が住まう拠点は、大きな洞窟を利用して作られているわけだが、その入り口には見張りがおり、許可なく中に入る事はできないようになっている。

 もし全てを民に対して解放しているのであれば、警備などをつける必要は無いはず。あまりに物々しい警備は、この場所には不釣り合いだった。

「どうやって、中に入ろうか?それとも裏口を探す?」

 洞窟の入口に来て、私達はその物々しい警備の様子を伺った。少しでも怪しい素振りを見せるわけにはいかない。

「そんな必要はなくてね。あたしがちょっと気をそらしてやるから、その隙に中に入っちゃえばいいよ」

 フレアーはそう言った。

 私は何気ないふりをしたまま、洞窟の入り口の方まで歩いていく。

 私が、二人いる警備の前を通り過ぎようとした時、突然、何かが破裂するかのような音が連続して響き渡った。それは、周囲にいる人達を脅かすのには十分な音だった。

 辺りが騒がしくなり、二人の警備の者達も、何事かとその音が破裂した方へと向かった。そこに隙が生まれる。私はまんまと洞窟の中へと足を踏み入れた。

「どう?なかなか激しい音だったでしょう?」

 フレアーが姿を見せて、私へとぬっと顔を突き出してきた。

「今の音は、一体何?」

 洞窟の中にこっそりと足を踏み入れていきながら、私はフレアーに尋ねる。

「なーに、ちょっと爆竹のような音を響かせてやっただけよ」

 フレアーは魔法使いだから、そのような音を響かせる事くらい造作も無い事なのだろう。だが今は私の妹のふりをしており、いつもの魔法使いの姿をしていないから、彼女が魔法使いだと言う事を忘れさせてしまう。

「さて、この広い洞窟のどこに、例のものがあるかだけれども…」

 フレアーはそのように言って、自分が先に洞窟の奥の方へと行く。広間のように広がっている場所から更に奥へ。この洞窟の中には、何やら色々な物が置かれている為に身を隠しやすく、奥の方へと移動がしやすかった。

 時折、ゴーリキの手下であろう、白装束の者が私達の側を通り過ぎたが、素早く私達は身を隠して難を逃れた。

「多分、奥の方に。確か部屋が幾つもあったと思うから」

 昨晩見ていた光景を思い出し、私はフレアーにそう言った。洞窟は奥の方に向かうにつれ、天井も低くなり、更に入り組んだ姿となっている。それはこの場所が元々あった洞窟を利用して建てられた施設だからだろう。

「部屋が多すぎるわね。一体、どうやって探していったらよいのやらで」

 フレアーはそう言いつつも、どんどん洞窟の奥へと行く。途中、白装束の姿をしたゴーリキとその手下たちの姿が見えた。

「民を惹きつけるには、もっと薬の量を増やさなければならん」

「しかしながら、鋳造には時間がかかりますので。この気候のせいもあって、畑の方も随分とひなびてしまいまして…」

「構わん。これは神の意志だ。わしにそう言っておるのだ。民を惹きつけるために、もっとあれを利用せよと。そう言っているのだ!」

 ゴーリキは部下たちに何かを力説している。あれとは何か?そして畑とは何だろうか?

 私がそちらの方に注意を惹かれていると、突然、フレアーは私の腕を引っ張って、洞窟の奥の方の部屋へと連れ込まれた。

 洞窟の一部が部屋として作りかえられており、扉まで備え付けられている。そこは何かの倉庫であるらしく、とても埃っぽい。木箱がいくつも置かれているだけのあまり広くない部屋だった。

「少し、探してみるわ」

 そう言いつつ、フレアーは木箱の一つを開け始めた。

「私も手伝うよ」

 と言って、私もこの倉庫の中に置かれている木箱の中を探し始めた。

 それからしばらく、私達は倉庫の中をあさっていた。一つの部屋からもう一つの部屋へ。この洞窟の奥には倉庫が続いているらしく、いくつもの何か訳のわからないものが置かれていたり、保存食が置かれている部屋が続いていた。

「これだけ食べ物があるんだったら、もっと多くの人に分けてあげればいいのに」

 フレアーはそう言って、乾燥肉の束を持ち上げていた。だが目当てのものはない。

「まだ、見つからないの?」

 私はいい加減、集中力も切れてフレアーの方にそのように言っていた。この洞窟の中に入ってきたばかりの頃の警戒心など、だんだんと消え失せて来ていた。

「ちょっと、隠れて!誰か来た!」

 フレアーがそのように叫び、手近にあった木箱の裏側に私は押し込まれてしまう。彼女の身体が覆いかぶさるように私の前に立ちはだかった。

 倉庫の扉が開き、何者かが入って来ようとしていた。部屋の扉が開くと、私は中に自分達がいる事が気付かれるのではないかと冷や汗を垂らしていた。だが、その部屋に入ってきた者は、木箱の一つを抱えると、そのまま出て行ってしまった。

 私達がここにいるという事はばれていない。

「ふう。全く、脅かしてくれるねえ」

 フレアーはそのように言って、自分の身を起こすのだった。

「それよりも、早く目的のものを探さないと。また別の人が来たら…」

 とその時、私はフレアーに押し込まれて思わず中身を開けてしまった木箱の中から、何かに包まれた袋を見つけた。

 その袋はもしやと思い、中身を開けてみると、案の定、そこには白い粉が入っているではないか。小麦粉のようでありながら、もっとさらさらとしたもの。それが何であるかは明白だった。

「見つけたよ。この木箱の中に沢山!」

 私はその白い粉が入った袋を抱えてフレアーに見せた。

「なるほど、いかにもって感じだね。どれ、調べてみるから」

 そう言ったフレアーは袋の一つを開き、その中に入っている白い粉を指で取り、舌につけるようにして舐めるのだった。

 一舐めしただけで分かってしまうのだろうか?

「うーん。これは確かに麻薬だね。ただ、あまり上質なものじゃあないけれども、しばらくやってると、中毒になるのは確か」

見た目は子供でもフレアーのそうした知識は驚かされ、また役立つ。これで私達は七つ星が麻薬を使って民を洗脳している証拠を見つけたのだ。

「じゃあ、この証拠を早く届けないとね。こんな所とはさっさとおさらばしよう」

 そのように私は口で言ってみたものの、まだ心の中では心残りになっている事があった。私達がここから出て行ってしまったら、残された民はどうなるのか。

 麻薬で洗脳された民を助け出すのが私達の目的だ。そのためには、七つ星の犯している罪を暴かなければならない。しかしながら、七つ星という拠り所を失った民はどうなるのだろうか。

 彼らが今まで自分達が騙されていたという事を知ったら、一体、どんな感情に襲われるのだろう。

「どうしたのよ、早く行くんじゃあないの?きちんと証拠を持って!」

 フレアーはそのように言って、私に白い粉が入った袋を持たせた。そしてフレアー自身もその手に麻薬の入った袋を持つ。

「じゃあ、行こう」

 私がそのようにして、倉庫を出ようとした時だった。

「このガキ。こんな所で何をしていやがる!」

 突然響き渡った声に、私は思わずびっくりした。自分達がここにいる事がバレてしまったのだろうか?だが、狭い倉庫の中にはフレアーと私しかいない。

 その時、誰かが倉庫の外を駆けていく足音が聞えた。

「待ちやがれ!」

 その声の後、子供の悲鳴のようなものが聞こえてくる。何事かと、私は恐る恐る倉庫の扉を少しだけ開いて外の様子を伺った。

 すると、大柄な白い装束を着た、七つ星の男が、小さな男の子を片腕で捕まえているところだった。

「嫌だよ、離して!」

 そのように倉庫の外で男の子が騒ぎ立てる。

「ただ、家は家族が多いんだ!だから食べ物がもっといるんだよ!」

 しかし、そのような言葉は大男の耳には入っていないようだった。

「盗人は罰せられなければならない。それはどのような理由があったとしても。ゴーリキ様に背くものは、全て処罰しなければならない」

 しかし男の子は再度嘆願した。

「お願いだよ。皆、食べ物を欲しがっているんだ。なのに、ここにはこんなに食べ物があるじゃあないか」

「ゴーリキ様の掟に逆らう迷える子供が一人。これは罰を与えねばならん。たとえ幼子であろうと、大人と同じ、平等にな」

 七つ星の男がそのように堂々たる声で言い放つのだった。その言葉に思わず私はぞっとする。大人と平等に罰を与えられるとは、あの男の子も、昨晩私が見たように、拷問をされてしまうのだろうか。

 男の子の体を掴みあげる男はあまりにも大柄で、そして宗教団体の人間にしては凶暴そうな存在にしか見えなかった。それに対して、必死にもがき、逃げようとしている男の子の姿はあまりにも小さい。

 手を伸ばせば助けられそうな所にいる。このまま見過ごすことなんてできない。

 だが私の背後からフレアーが引っ張ってきた。

「あたし達にはどうしようもない。どうせこの証拠をルージェラの所に持っていけば、騎士たちが駆け付けてくれて、あいつらの罪を暴いてくれるよ」

 そのようにフレアーが言っても、私は従う事が出来なかった。

「あの子は今すぐにでも罰という名だけの拷問にかけられてしまうかもしれない。そんな事は私にはできない!」

 そう言うなり私はすでに倉庫から飛び出していた。

 そして、力強くその男に向かって体当たりをしているのだった。相手の男は大柄だったが、私の突然の体当たりについては予期する事ができなかったらしく、その身体を大きく崩してしまう。

 同時に彼が掴んでいた男の子もその手から逃れる事ができるのだった。

「な、何をしやがる。こいつ」

「今のうちに逃げて!」

 私は言い放った。すると男の子はその場から走って逃げようとする。そして、私とは違ってこっそりと倉庫から出てきたフレアーに守られるようにして、その場から逃れて行く事ができるのだった。

 フレアーは白い粉の入った袋を持っている。それを証拠として、ルージェラの元へと届けて行ってくれるはずだ。

 だが私はと言うと、今度は自分が七つ星の大男に捕まってしまう形となった。足を掴まれて、そのまま身体を引っ張り上げられる。

「一体、お前はここで何をしていやがるんだ?さっきのガキの仲間か?」

 そのお男は、私の身体を軽々と持ち上げてそのように言ってくる。

 どう答えたらよいだろうか。だが、私はまるで動じていない振りをして見せて彼に向かって言うのだった。

「ええ、そうですよ。だったら、どうだって言うんですか?私を拷問するとでも?」

 とは言う事ができたものの、内心はとても、目の前の男を恐れていた。

 私の懐に入れていた麻薬が床へと落ちた。目の前の男はそれをちらりと見て、余計に私に対して不快感が増したようだった。

「なるほど、神の秘薬をお盗みになられたってわけだ。それじゃあ、てめーは、罪深き子の一人ってわけだな。てめーをどうするかってことについては、ゴーリキ様がお決めになられる。まあ、せいぜいその罪を悔い改めるんだな」

 私は後ろ手に手を縛られており、目の前の髭を生やした老人の前に膝をつかされていた。私は囚われ人になってしまったのだ。後ろ手に手を縛られるなんて良い心地では無い。私は大柄な男達に周りを囲まれ、全く動く事もできない。

「この者が、倉庫の中に侵入しやした。そいで、例の秘薬を盗もうとしていたんですぜ。もう一人ガキがいやしたが、そいつは取り逃して…」

 私をここまで連れてきた男が、ゴーリキに向かってそのように言った。

 私は、自分自身がこれからどうなってしまうのか不安だったが、フレアー達が無事に逃げる事が出来たのか、それも気になっていた。

 フレアーはあの麻薬を持ち、この場に私と共に連れられていないという事は、無事に逃げる事ができたんだろう。私が捕らえられた事も知っているはずだから、大急ぎでルージェラ達へと証拠の物を届けてくれるはずだ。

「ほほう。ではこの者は、神に背こうとしたというのだな。いや、すでに背いている。だからこそ、神の秘薬を盗むという大罪を犯そうとしたのだ」

 ゴーリキはそのように言いながら、私の顔を伺って来た。私は彼の方を直視する事無く、ただ目線をそむけるだけだった。

「もう一人の罪深き子はどこへと逃げた?答えよ」

 ゴーリキは私に顔を近づけて来て尋ねてくる。それは尋問と言うよりも、まるで顔色を伺っているかのようだった。

「逃げ切る事ができたんじゃあ、私も知りません」

 私に答えられるのはそれだけだった。フレアーはまだしも、私が助けた男の子が何者で、この避難民達のどこに住んでいるのか、それは私にも分からなかった。

「どこへ逃げたか答えろ」

 そのように後ろにいる、私を捕らえた男は言って来たが、

「良い。まずはこの者の処遇を決めなければならん。我々は決して罪を犯す事はせぬ。だがそうであるからこそ、神に背いた者達に対しては、厳罰を持って、その罪を洗い清めてもらおう。

「お主が盗もうとしたこれは、何だか分かるか?」

 そう言って、私の前に見せつけるがごとく、ゴーリキは白い粉の入った袋を差し出してきた。

 それは麻薬だ。そして罪深いのは、それを使って民を洗脳しようとしているあなた達だ。と、私は言いたかった。

 だがこの場で私がそんな事を訴えたとてどうしようもない事だ。

「これは神の秘薬。神から授かって、弱き民を邪悪から守るためにあるものだ。この神の秘薬を盗もうとしたお主の罪は重い。それこそ、何に変えても重いと言う事だ」

 神から授かったなどとは良く言えたものだ。麻薬なんて彼らが勝手に栽培したものなのだろう。それを大層な言葉を並べて言っているだけだ。

「申し開くつもりはないか?何故、さっきから黙っている?」

 ゴーリキはそう言って顔を近づけてくる。権力を得たふりをしているとは言っても、やはりこの男はただの老人でしかない。神という言葉を並べたて、民を洗脳し、支配しているだけの男に過ぎない。

 私は黙っていた。何も喋らない事こそが、最大の抵抗になると思っていた。

「お主は、ただの民ではないな?誰の命令でここに来た?」

 ゴーリキは私にそう尋ねてきた。思わず動揺が私に走る。もしかしたら身体が震えていたかもしれない。ピュリアーナ女王の命令で、この七つ星を探りに来たなど、何が何でも言えない事だ。

「お主のその顔。そして態度からして、ただの平民でない事は明らかだ。もし貴族共だったとして、何故平民の姿をしている?我には分かっておるぞ。貴様が、あの忌まわしい女王から遣わされた者だという事を」

 その言葉に私は答えない。まさにゴーリキの言う通り、彼は私の正体を見越してしまっている。

「答えなくても我には分かる。お主のような娘をこの場に潜入するとは、あの女王も落ちぶれたものだ」

 そう言ってゴーリキは私から顔を離し、後ろ姿を向けるなり言い放つのだった。

「その娘を火刑にせよ」

 残酷な言葉を私に向けて言って来た。それはあまりにも平易な口調で放たれたものであり、最初は私もその言葉の意味が分からないほどだった。

「火刑とおっしゃいましたか?」

 七つ星の幹部の一人が確認するかのように言った。

「そうだ。その娘は異端者だ。忌まわしき存在から遣わされたものが、どのような末路を辿るのか、それを見せつけねばならぬ。民は異端の者達に憎悪を向けるであろう。民には示さねばならぬ。何が善で、何が悪かという事を!」

 ゴーリキはそのように宣言をするかのように言い放った。

 私は顔を上げ、ゴーリキに向かって言った。

「私をどうしようと、何が善で悪であるかは、いずれ明らかになります。そして私はそれを良く知っている」

 堂々と言ったつもりだったが、私にとっては限界だった。火刑。それがどのようなものか、私は知っていた。

 だが、実際に目の当たりにした事があるものではない。それがどれだけの苦痛を伴うもので、どれだけ残酷であるか。言葉では表しようもない。

 ゴーリキは私をそんな残酷な刑に処そうとしているのだ。

 火刑の準備はすでに整えられているらしかった。十字型の磔台があって、それはいつでも火刑ができるという事だった。

 民を救うための宗教団体が、このような拷問器具、処刑道具を持っているなど、とても信じがたい事だ。ゴーリキは表向きは民を救うと言う事をしているが、裏では民を拷問する事もいとわないのだ。

 それは彼自身が正義であり、彼に背こうならば、拷問か処刑をされるという事だ。

 私は成すすべもなく、そのまま白無垢の装束に着替えさせられ、そして磔台に縛られるのだった。

 何という屈辱的な姿であろうか。だが、今の私にはどうする事もできないのだ。

 フレアーがルージェラ達を連れて戻ってくるまでには、まだ時間がかかってしまう。火刑の時間を延ばす方法は無いだろうか。

 七つ星の者達は、外でどうやら民に火刑を見せつけるために、広場に集団を集めているようだった。

 そのため、まだ火刑が行われるまでの時間はある。とは言っても、自分を落ちつかせる事なんてとてもできようにない。もしもルージェラ達が遅れてしまうような事があれば、私は火刑に処されてしまう。

 それから数刻の時間も経たない時だった。その時間は私にとってはあまりにも早く過ぎてしまったように感じられた。十字に磔られている私の元に、ゴーリキがやってくるのだった。

「言い残す事は無いか?今からでも遅くはない。神に向かって悔い改めよ」

 その申し出に答えるべきかどうか、私は迷った。ここでゴーリキに従って、いるのかもわからない神に向かって自分の犯してもいない罪を悔い改め、果たして私は助けられるのだろうか。

 だが、相手は民を麻薬で洗脳し、それを神の行いなどといっている者達だ。私がここで命乞いをするような相手ではない。

 私の口から出た言葉は、

「悪い事をしているのは、あなた達。私はただそれを暴きに来ただけ」

 と、力強い声で言ったつもりだった。しかしながらゴーリキはそれを見て、まるであざけるかのように私を笑った。

「ふふ、声が震えておるな。お前のような娘を無理矢理の命令でここに連れてくるとは。全くあの女王は罪深い存在だ」

 私はその言葉に反論をしたかった。無理矢理の命令なんかではない、私は自分の意志でここにやってきたのだ。そして、私は彼らの欺瞞を暴いたのだ。

 今にそれが分かる。例え私が火刑にされたとしても、フレアーは証拠を持ってルージェラ達の元へと向かった。遅くても早くても、必ず騎士達は民を解放するためにここにやってくるはずだ。

「さて、どうやら民は集まってきたようだぞ。邪教の使者であるお前を一目見ようと、ここに集まって来ている。

 お前がいかに罪深い存在であるか、皆の目前で感じるがよい。そして己の身体を灰にして神に悔いあらためるがいい」

 ゴーリキは私を脅すかのようにそう言って来た。彼の言い方ではっきりとした。彼は神など見ていない。この地にいる全ての民を支配したいだけなのだ。だからこそ、私のような邪魔者を排除しようとしている。

 彼にとって私は邪魔者でしかない。邪教徒でも、罪深い存在でも無い。ただ彼の支配の前に私は邪魔者でしかなかったのだ。

「さあ、民がお前の最後の姿を待っているぞ!この者を面前に立たせよ」

 ゴーリキはそのように声高らかに言い、私は十字架に貼りつけられたまま、民の待つ場所へと連れていかれた。

 

「邪教徒とはどんな姿なんだ?」

「ゴーリキ様に歯向かった馬鹿者の姿を見せろ!」

「罪深き者に、神の制裁を!」

 様々な声が私に聴こえてくる。耳を塞ぎたい気分だった。誰でもいい、私をこの場所から助けてくれる人がいるならば、早く助けてほしい。

「何だ何だ?」

「ただの娘じゃあないか?」

「あんな子供が邪教徒なのか?」

 だが民の目の前に入った私の姿と言うものは、民達にとっては意外な姿であるようだった。私の姿に、誰もが戸惑った表情を見せている事が分かる。物珍しそうに私の方を向いてくる子供もいた。

 民達が戸惑っている中、私はただされるがままに、十字に張り付けられ、最も目立つ広場の真中にその十字架は立たされた。

 すでに日が暮れている頃だった。広場には松明がともされており、その炎よりも何倍も大きな火が私に向かって灯されようとしている。十字の板の下には、燃えやすいように大量の炭が置かれていた。私の足元、すぐ届くようなところにそれがある。

 もしこの炭に少しでも火が引火すれば、私はあっという間に炎に包まれてしまうだろう。

 ゴーリキが少し遅れて現れて、その手にした杖を掲げ、地面を鳴らすと大きな音がした。民達がゴーリキの方を注目する。

 そして彼は演説するかのように声高らかに言うのだった。

「この娘は、我らが神の秘薬を盗もうとした。我ら七つ星が、神から授かった秘宝の一つである。それは民を守るためにある秘薬であり、我らにとってかけがえの無いものである。そしてこれを盗む事は、大罪に値する。

 それだけではない。この娘は、我らの文明を滅ぼそうとしている邪教と通じている事も判明した。立派な邪教徒なのだ!我らの平和を崩すためにこの地へと送り込まれた悪魔なのだ!

 この娘の少女としての姿にだまされるな。この娘には悪魔が宿っている!我らは今からそれを暴こう。この聖なる火を使って、この娘の正体を暴くのだ」

 ついにゴーリキは民の前で私を悪魔呼ばわりするのだった。民は私の姿とゴーリキの演説のどちらを信じるのだろう。私には分からなかった。

 民達の姿を見回す。だが誰も助けてはくれそうにない。私を本気で悪魔と思っているような民もいるようだった。そうした者達は目を血走らせ、ゴーリキの演説に同調している。

 助けてくれる者は誰もいそうにない。このままでは私は火刑にされてしまう。正直のところ、恐怖を隠す事はできなかった。

 火は灯された。私の足下にある焚き木にはどんどんその火が燃え移っていき、私を追い詰めていく。きつく縛られている縄からは私は逃れる事はできず、ただ焼かれる事しかできない状態になった。

 まだ私は受け入れていなかった。この状況、自分が火刑にされる、一体何の罪を犯したと言うのだろうか。

 まだ私は、両親の待っている世界に行くにはあまりにも早すぎた。

 きつく目を閉じる。そうすれば、火に焼かれる苦しみも何もかもから逃げる事ができると思った。だが、案の定足の裏には火の熱さが伝わってくる。まだ焼かれてはいないけれども、その熱さを敏感な足の裏で感じているのだ。

 しかし、そこまでだった。熱さを感じているのはそこまでで、私はそれ以上、肉体の苦痛を感じる事は無かった。

 もしかしたら私の体はすでに炎の中に包まれており、耐えがたい苦痛も何もかも消え去って天国に向かっているのではないか、そう思った。しかしながらそうではなかった。

 恐る恐る目を開いてみた。すると、炎は私に向かって燃え上っているのではなく、円形を描いて、そのまま外側へと広がっていた。

 焚き木に燃え移るような事は無く、ただ、外側に広がって炎は私の方へと登って来ない。

 その炎の姿を民達は唖然とした表情で見つめていた。

 一体、何が起こっているのだ。

 私は唖然としている民達の中で、一人、集中しているかのように手をこちらに向けてかざしている、一人の少女を見た。

 それはフレアーだった。彼女の体はオレンジ色の光に包まれており、彼女が炎を操っているのだ。私の方に燃え広がっていかないようにと、炎をどけていてくれたのだ。

 彼女がその魔法の力を使っていると言う事は、すぐにゴーリキ達も気がついたようだった。

「その者を捕らえよ!悪魔の手先だ!」

 ゴーリキが声も高らかにそのように言った。すると、七つ星の白い法衣を着た者達がフレアーの元へと迫る。

 するとフレアーは片手を振り下ろし、その瞬間、私の足元にある炎が、七つ星の者達の方へと飛んでいき、その者の身体を吹き飛ばしていた。

 炎が突然破裂したかのように飛んでいった事で、民達は悲鳴を上げた。

 私を焼こうとしていた炎はまるで意志を持っているかのように、フレアーによって操られていく。

 彼女は広場に足を踏み出していき、やがて、私が磔にされている十字の前にまでやって来るのだった。

「ええい、その者を止めよ!」

 ゴーリキはそのようにわめき散らすが、フレアーの手によって操られる炎は、次々と七つ星の者達へと襲いかかっていった。

 自分の法衣に火を点けられ、彼らは悲鳴を上げている。

 フレアーは私の方に向けても手をかざしてきた。すると、私の身を拘束していた縄が解け、私は自由になる。炎がともっていない焚き木の上に私は着地した。

「もう!こんな事になるんだったら、あの時、あなたを何が何でも止めておくべきだったよ!」

 フレアーは私に向かってそう言って来た。だが彼女がこの場にいるという事で、私は気になっている事があった。

「証拠はもう、ルージェラさんの所に届けたの?」

 証拠が全てだった。あの証拠が無事に届けられてこそ、七つ星の悪事を暴く事ができるのだから。

「ええ。あたしが、動物とお話ができる事は知っているでしょう?あたしが届けずとも、渡り鳥さんに届けて貰ったわよ」

 そうだったのか。だったらフレアーはずっとこの場で私が火刑にされていく準備を見ていたのだろう。彼女はいつでも私を助け出せる状況にあった。そう考えると、死の心配までしていた自分がどこか恥ずかしい。

「魔の力を使う者よ。もう逃れる事はできんぞ。観念せよ!」

 そう言って、ゴーリキ達は私達の周りを取り囲んでくる。10人の大柄な者達が私達の周りを取り囲む。彼らの風体はとても民を助ける慈悲深い者達とは思えないものだった。

「観念する気なんてないけれども、この人数が相手。あたしの魔法だけじゃあ、辛いかもね」

 フレアーがそのように私の方に向かって呟いてきた。

 今、私達は丸腰だった。火刑のために身体を磔台に磔られていないだけましだったが、七つ星の屈強な者達は槍を持ち、私達を追い詰めて来ようとしている。

「観念せよ、そして悔い改めよ!神の罰として火に焼かれるのだ!」

 ゴーリキは声高らかに私達に言って来ている。だがフレアーは屈するつもりは無かった。まだ残っている火を自分の手の上に集中させて、それを火球としていつでも放てるような状態にしている。

 私達は追い詰められていた。たった二人でこの七つ星の者達と立ち向かう事なんてできるだろうか。彼らの背後にいる民も、私達を畏怖と恐怖の対象として見ている。たった今、フレアーが見せつけた魔法の力が、彼らにとってはよほど恐ろしいものであったようだった。

「民よ!この者らを見よ!この者らこそ、文明を滅びの道へと向かわせている者達だ!神に背き、悪魔に魂を売った者達よ!その末路をとくと見よ!」

 そのように言い、ゴーリキは私達に部下をけしかけようとした。彼はフレアーが乱入した事によって乱れたその場を逆に利用しようとしている。フレアーの使った魔法を魔の力と言い、自分達の行動を正当化しようとしているのだ。

 しかしその時、にわかに広場が騒がしくなってきた。

「何事ぞ!」

 ゴーリキはそのように振り向く。

 騒ぎのせいで気がつかなかったが、すでに闇に包まれているこの広場の外側から、一列になった松明の明かりがこちらに近づいてきていた。更に馬の鳴き声も聞こえて来て、地響きのようなものさえ起こっている。

「ゴーリキ様!」

 ゴーリキの部下の一人らしき者がかれの元にやって来て跪いた。

「一体、何が起こったと言うのだ!」

 ゴーリキはそのように、まだ落ちつき払った声で言うのだったが、

「騎士団が、騎士団が隊を率いてこの地に!」

「何だと!」

 私はそこで初めてゴーリキが動揺と言う姿を見せるのを見ていた。民達が道を開き、そこから騎士達の姿が現れ、私達がいる広場中央にまでやってくる。

 大柄な馬達が現れ、騎士達はゴーリキの目の前までやってくると、その部下達に向けても剣先を向けるのだった。

「これは何事ぞ!ここは騎士の者が来て良いところではない!」

 剣を向けられてもゴーリキは言い放った。余裕のある素振りはすでにできないようだったが。

 やがて騎士達が道を開け、そこから私も良く知っている顔が姿を現した。

「七つ星を率いる者、ゴーリキ…。あなたは犯してはならない罪を犯し、国の財産である民を騙し、洗脳して信者を集めた」

 そのように言いながらやってきたのは、馬にまたがったルージェラだった。それは私が待ち望んでいた顔だった。彼女がこの場にやってきたと言うだけで、私はようやく決着が着くという事に安堵した。

「何を言っている。これはいいがかりだ!国の横暴だ!民よ、見よ!あの忌まわしき女王は、我らの存在を潰そうと…!」

 ゴーリキはそのように言いかけるが、その言葉が終わるよりも前に、ルージェラは高々とあるものを持ち上げて、周囲を取り囲む民達に見せつけた。

「見ろというなら、これを見なさい!これはお前達が民を洗脳するために使っていた麻薬よ!民達よ、聞きなさい!あなた達は、この七つ星が与えていた食べ物に入っていた、この麻薬を飲ませられ続けてきた!だからこそ、この地を離れる事ができなかったのであり、ゴーリキに騙されていたのよ!」

 民達の頭上でルージェラの声が炸裂した。

 彼女の言葉に民達はお互いの顔を見合わせる。一体、何が起きたと言うのか。それさえも分かっていない者達が多いようだった。

「ええい!これは陰謀だ!あの忌まわしき女王がけしかけた横暴なのだ!」

 そのようにゴーリキはわめき散らすが、騎士達が彼に向かって剣を突き出してきたので、ゴーリキは何もできなくなった。

「確かな証拠があるのよ、観念しなさい。今からあなたのこの王国の中を徹底的に調べさせてもらう。ごっそりと麻薬がでてくる事でしょうね。すでにあなた達が、この隣の山で麻薬の栽培をしていたという事も突き止めているわ。盗賊にも売り渡して金品をもらっていたとは。自分が王様にでもなるつもりだったの?」

 ルージェラはそのように言いつつ、ゴーリキの方へと斧を突き出して迫るのだった。

「おのれ!民は!民は我らの味方だ!我らは陰謀などには屈せぬぞ!」

 ゴーリキはそのように喚くのだが、

「それは、あなた達組織が、麻薬を使って洗脳していたという事を、民が知った後に喚く事ね。さて、あなたが一体、どんな目で見られる事やら…」

 もはや勝者ははっきりとしていた。

 民達は唖然とした様子で、騎士達の姿とゴーリキ達を見つめているのだった。

「麻薬の畑を見つけたわ。フレアーの言っていた通り、強力な麻薬を栽培していたようね。そしてその麻薬を盗賊に横流しをして、盗賊達が密猟したり、街を襲って手に入れていた食料を民に与えていたと言うわけ。全てはゴーリキの奴が自分の王国をするためにしていた事だわ」

 広場の片隅でようやく落ち着いた、私とフレアーの元にルージェラがやって来て言った」

 一段落ついて、ゴーリキ達、七つ星の幹部達は拘束されていた。ルージェラ達が連れてきた王国の兵士達によって七つ星の本拠地は徹底的な捜索が行われており、次々と彼らの悪事が暴かれる事になるのだった。

 私達はそれを少し離れた所から見つめている。民達は比較的落ち着いていたが、それは彼らが自分達が騙されていたという事に怒りを感じていると言うよりもむしろ、これからどこに行けば良いのか、分からない。そして、今まで食料と寝るところを与えてくれた七つ星がそのような悪事をしていた事を、信じる事ができないという現れであるようだった。

「しかしそのような悪事も、これで終わりという事ですな。これは、フレアー様と、お嬢様の活躍のお陰です」

 そのように言ったのはシルアだった。私達の潜入捜査には同行しなかった黒猫の彼だったが、ルージェラがこの地まで連れてきたのだ。

「そんな事言われても。私は何も大したことはしていませんよ」

 まだ私の中には、火刑にされそうになった時の記憶がはっきりと焼き付いている。自分はただされるがまま、何も抵抗ができなかった。

「そんな事言っちゃって、麻薬を発見したのは、あたしとあなたなんだよ」

 と、フレアーは励ましてくれたが、私は素直に喜べなかった。

「どっちにしろ、大した功績を上げてくれたわよ、あなた達は。まだ未熟者だと思っていたけれども、ここまでの組織の悪事を暴けるなんて大したものだわ。これがきちんと国が機能している時だったら、女王陛下に褒美を授かれるってのにね」

 ルージェラもそのように言ってくる。だが私はそれに喜びを感じる事はできない。ただ、民達の方をじっと見て、ため息のようなものを漏らす事しかできなかった。

「まだ、火あぶりにされそうになった事を、不安に思っているの?もう忘れなさいよ、あんな事」

 そのようにフレアーは言ってくるのだが、

「いいえ、そうじゃあなくて。これから、ここにいた人達はどうするんだろうって思って。今までここにいた人達は、食べ物もあって、寝るところもあった。でも、結局はそれも騙されていただけ。

 心のよりどころが無くなってしまったこの人達は、一体、これからどうなってしまうんだろうって、私はそう思っているの」

 私の視界の中には路頭に迷う人達がいた。その人数は数百人から千人近くはいる。彼らはこれから、またしても絶望の世界へと追い出されていくのだろうか。

 そして私達とて、それは例外ではなかったのだ。


 
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