No.352048

司馬日記6

hujisaiさん

その後の、とある文官の日記です。

2011-12-24 20:49:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:23312   閲覧ユーザー数:15642

8月4日

ここ数日困ったことがあり、誰に相談したものかと思ったが子丹お嬢様に相談することにした。

 

私の相談を聞くや否やお嬢様は顔を引き攣らせて私を一刀様の下へ引き摺って行き、

『一刀様!この!馬鹿娘がっ、「一刀様に御口付け頂いた頬を洗いたくないのですがそれも不衛生でどうすれば宜しいでしょうか」等と聞いて来るのでどうにか御指導下さい!』

といきなりぶちまけた。

 

私と一刀様は赤面頻りだったが、一刀様の御提案で一刀様の御指導日毎に頬に頂く事とし私はきちんと顔を洗うこととなった。

子丹お嬢様はなぜか御不満気で一刀様と何かお話をされていたが、最後には『まだこんな事でうろうろしているなんて、まあお二人のことですけども』と言いながら不承不承お帰りになった。

 

御指導日毎、というお言葉が頭の中で反響し、足元が覚束なかったがなんとか帰宅出来た。

 

8月6日

会議に向かう途中で、一刀様と御一緒であった袁紹殿の御挨拶を受けた。

あまりにも今までの態度と違いにこやかで淑女、大人の風のある御挨拶であった為驚いた。

袁紹殿と別れてから一刀様にどのような御指導をなさったのか伺ったところ決まり悪げな御表情で、桐花(公達様)が自分と同じ匂いがする、絶対の自信有りというので桐花の言うとおりにしてみたとのことだった。

公達様が文若様と並び特殊な御性癖の持ち主であることは夙に有名であったので一抹の不安は感じたが、元が驕慢な性格であったので裏返るとこういったことになることもあるだろうと納得もした。

一刀様がこれはこれでかわいいと思える自分に少し不安を覚える、とのお言葉だったので以前よりは格段に良い態度なので当然と思われますとお答えしたが苦笑いされた。

私の回答が何かずれているらしい。

 

しかしこれで顔良殿を政務に使える。

袁紹殿自身も式典出席など実務的でない方面であれば政務をお願いできるかもしれない。

 

8月7日

早速顔良殿と業務について打ち合わせを行った。

南皮方面の太守を打診したがやはり拒否されたので、同方面の物資管理、人事補助をお願いすることにした。

華北は人口・都市ともに多く、人材不足が否めないという話の中で顔良殿より旧袁紹軍で野に下った遺賢を推挙してはどうかという意見を受けた。

私の方からは貴方と現在の袁紹殿が赴いて登用を行ったら仕官してもらえないだろうかと聞いてみると、顔良殿はしばらく考えて一刀さんと麗羽様で親しく説けば芋づるのようにごっそり釣れると思います、とのことだった。

今度の会議で議題に出そう。

 

8月10日

華北の人材登用で一刀様と袁紹殿に御巡幸頂く件について魏の会議に出してみた。

曹操様は『麗羽のとこの田豊とか沮授とかって確か…』と呟かれ、顔良殿を呼んで小声で話をされると眉間に少し皺を寄せてそりゃ一刀ならきっと残らず釣って来るわね、でも背に腹は代えられないしと溜息をつきながら御了承頂いた。

顔良殿も少し困ったような表情をされていたが何か問題があるのだろうか。

 

8月11日

士季に先日の礼として、かねてからせがまれていた一刀様へのお目通りをさせることとした。

秋には仕官試験を受ける予定であり、士季の実力からみてまず受かるであろうからちょうど良いだろう。

無礼のないようにと口を酸っぱくして言ったが、分かってますって正装なんで一旦家に帰りますねー、と軽く返すのに非常な不安を覚えた。

 

8月12日

待ち合わせ場所に元常様と現れたのは楚々とした見知らぬ美少女だった。

鍾会で御座います、と聞くまでこれが士季かと信じられなかった。

元々顔立ちは整っていると思っていたが普段の言動と飾らぬ姿から士季のこの姿は想像がつかず、ひょっとして女としては私よりも上手なのではと一抹の不安を覚えた。

 

というか一刀様の前での士季は、挙措、声の調子、一刀様に向ける熱く潤んだ瞳まで、人生の、女としての先輩であるはずの私が感心するほどに一刀様に恋する乙女のそれだった。

一刀様が時折『話と違う』と言いたげに私の方をちらちらと顧みられて私も困惑した。

 

さて引き上げる時間となり皆が卓から立ち上がった瞬間に一刀様が突如士季の方へ転倒され、士季を押し倒す形となってしまった。

その後は士季と元常様の劇を見ているかのようだった、

「母様どうしましょう偶然とは言え一刀様と口づけをしてしまいました、一刀様の御唇に付きました紅こそ動かぬ証拠」

「まあなんということかしら、鍾家の掟では」

「唇を捧げた殿方には輿入れしなくてはならない定め」

「掟を破れば死あるのみ」

「しかし母様、一刀様に輿入れなど大それた御迷惑はかけられませぬ」

なれば士季、せめてもの情けにこの母がと目元を拭っていつから用意していたのか小刀を抜いたところで、そこまで私と同じくあっけにとられていた一刀様が止めに入られ、常識的な御説得をなさった。

 

…一刀様が倒れる瞬間に元常様が私と一刀様の間に入られ、視界が塞がれたのは偶然だと思いたい。

 

百戦錬磨の商人がはじめにふっかけてその後に値を落として高値でも納得させるかのように、母娘は

何故か私をお召しになった後に士季をお召し頂く事で折り合ってしまった。

しかも私はその場の証人にもさせられた。

 

しかし私を御召し戴く事が規定路線になっているのは何故だ。

それにしても初対面で一刀様にここまでのお約束を取り付ける鍾家には慄然とせざるを得ない。

 

8月14日

久々の一刀様の生活御指導は非常に緊張した。

というのも授業後の、その、お約束戴いた件があまりに気になってしまった為だ。

あまつさえ御指導後、気まずげにその件について一刀様から切り出されたが思わず畏れ多くて辞退してしまった。

午後の政務に取り掛かるときに子丹御嬢様が私の部署に飛び込んでこられ、胸倉を掴まれて貴女逃げたそうね、と仰った笑顔は最近記憶に無い位恐ろしい笑顔だった。

その日の午後は『この娘は駄目な子です(女的な意味で) 子丹』

と書かれた札を背中に下げられて仕事をさせられた。更に元常様と姉様もいらして

『娘が嫁き遅れたらどうしてくれるの 元常』

『淑達たちの事も考えなさい 伯達』

まで書き足された。

 

後生畏るべしという言葉もあるが、自分は後輩はいじめたりせずに優しく指導しようと改めて思った。

別に諸先輩方の御指導に不満があるわけではない。

不満があるわけではない。


 
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