No.349933

絆~A bond of the affection~

 ひぐらしのなく頃にの小此木×魅音です。魅音が小此木の過去、主に家族について聞いて見るというお話です。最初から最後までいちゃいちゃらぶらぶなお話になっております。
 この二人でなんで?と思う方はR-R.COMPANY(http://www.r-r-company.net/ )までお出でませ♪
 年の差カップル万歳!なお話満載です。

2011-12-20 10:36:10 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1992   閲覧ユーザー数:1990

 

「ところで前から聞きたかったんだけど」

 いきなり魅音は切り出してきた。

「んー?」

 そんなことには慣れっこであるので小此木はいつもどおりの返答をしておく。大概こんなとき聞いてくるのは己の過去についてが多い。さして話すことはないと彼は思うのだが、魅音にはそれは興味あるべき対象らしい。

 今日は何についてかね。

 そんな風に思いつつ魅音へ促すと、直ぐさま質問を口にした。

「小此木って兄弟とかいるの?」

 それは流石に予想外だと小此木は思った。元から色々聞いてくることはそう多くはないが、そういえば家族なるものについて問われた記憶はないし、話したこともない。

「……何でまた急にんなこと聞いてくるかね」

「いやあ、この間何となく小此木の資料を読み返してたら家族のことが書いてあったなあって」

「また読み直してたのかよ。あんたも好きだな」

 魅音は何かにつけてかつて園崎家が調べ上げた小此木の資料を読み直すことがある。本人曰く、何か見落としがないかとのことだが、生憎そこまで複雑な過去などありはしない。誉められたもんじゃないのは確かではあるが。

「んなん、嬢ちゃんちが調べてるとおりさね」

 いつもどおりに小此木がそう答えると、これまたいつもどおりに魅音が頬を膨らませた。

「その答えはつまらないぞ」

「つまるもつまらんもないだろうが」

 実際、詰め寄られて困るのは小此木の方だった。

「私は知りたいんだってば!」

 魅音はそう言って譲らない。

「少なくとも小此木の家族のことくらい聞いてみたいよ」

 切実に求める瞳を小此木に向け、じっと見つめる。

「俺の家族ねぇ」

 確かにそれについて語ったことはないので、今回は珍しく話せることがあったらしい。

「うちに来てから一度も帰ったことないよね?」

 帰りたいと聞いたこともないけどと魅音は続けると、

「そりゃあ、俺は帰りたいなんぞ思ってやねえしなあ。そもそもぶっちゃけて言うなら俺は所謂、実家つーか家族からはほぼ勘当状態なんでね」

 今更ながらそうだったなと自分で思い返しつつ、小此木は答えた。

「そなの?」

「おいおい、そもそも真っ当な奴ならあんな商売やらねえだろ」

「小此木だから別に」

 即答で魅音は答えた。

「毎度有り難え答えだな、おい」

「事実だし」

 あっさりとそう言う魅音に小此木は苦笑しながらその頭を撫でてやる。

「まあ、勘当は兎も角さ、親御さんとかは?」

「親はさてどうかな? もしかしたらまだ生きてるかもしれんが、関わるつもりは金輪際ないしな」

 さしたる思い出もない。

「あんまりいいことなかった?」

「そのとおり。俺は出来が悪かったんでね」

 言葉どおりで他意はなかったが、それ以上説明できるようなこともなかった。関わりが薄すぎてどうにも言いようがない。恐らく外聞的にはかなり裕福な家庭だった。親の職業や住んでいた場所など考えてもそのはずだ。ただ小此木にはあまり恩恵がなかったのでうろ覚えなだけで。

 何せ、可愛げのねえ餓鬼だったからな。

 例え血が繋がっていようが、合わないものは合わないものだ。何と言おうか、水と油のように、或いは磁石の正負のように噛み合わない。

 とことん合わない相手との生活とは疲れる以外何でもなかった。だからこそ飛び出せる年齢になった途端、彼らが決して望まない道を選んだのだ。

 結果的にそっちが性に合ってたのだからそれでいいのだろう。家族が望んだお上品なんてものとはどう控えめに見ても無縁だったのは間違いない。

 まあ、そこから二転三転はあったが……二転三転どころじゃねえか。

 入隊したときには正規部隊へだったが、何を認められたのか、所謂裏側にスカウトされ防諜部隊なんぞの隊長に任命され、更に真っ当でない道へと転がってったわけだ。

 尤もそのお陰でとんでもないお嬢さんと出逢えたのだから結果的に悪くはない。

 そんなことを思いつつ、小此木がちらりと魅音を見遣ると真っ直ぐ自分を見つめているのが分かった。

 魅音は小此木の様子から暢気に聞いていい話題ではないことを判断していた。人のこと言えるような家庭環境ではないが、少なくとも家族には愛して貰っている。

 それなのに小此木の言葉からそれを感じることが出来なかったからだ。

 あんまり幸せじゃなかったのかな。

「そんな風に構えなくていいんだぞ。別に俺は不幸とは思ってねえ」

「でもさ……」

「人並みで言うならまあ、今が一番幸せってことさね」

「それならいいけど」

 納得しきれない様子の魅音に小此木は頭を掻いて少し考える。

 このままだとよくねえな。話さないとかえって抱え込みそうだな。

 嬢ちゃんが聞いて楽しい話でもないが、まあ、いいか。

 別に話したくないというのではなく、聞いても面白くないというだけのことだ。

 決めてしまえば話は早い。小此木は自分の膝を軽く叩き、

「ほれ」

 と魅音を誘う。

「え」

「気が向いたから俺の昔話、聞かせてやるから乗っかってろ」

 まるでそれが条件とでもいうようにもう一度己の膝を叩き、魅音を呼んだ。

「う、うん」

 突然のことに吃驚しながらも魅音は言われるまま小此木の膝に座って彼を見上げ、表情にはどうしたのと書いてある。急に態度を変えたので心配しているようだ。

 その仕草は愛らしく、小此木としてはいたく満足する。自分のことで毎度飽きもせず考えたり悩んだりしてくれる少女は可愛いという一言ではすまされない

 このくらいねぇと詰まらねえ。

 ガシガシと魅音の頭を撫でると前置きもなしに話を始めた。前置きがいるほど長い話でもないからだ。

「さて、俺の親ってのはエリートって言われる部類の人間でな。何でも上を狙うのが趣味みたいなもんだったのさ」

 突然の話出しにも動じることもなく、そのまま

「勉強とか?」

「ありとあらゆることについて。つまりは何でもだな」

 小此木は淡々と、事実だけ並べて語り、まるで報告書を読み上げるような事務的な口調になっていく。

 何処に住んでいたか、何処の学校へ行ったか、どんな風なことをしていたか、そんな程度のことだけではあるが、魅音は真剣に聞いていた。小此木のことに関してはどんなことであっても一言一句逃したくない、それが魅音の心情だった。

「お世辞にも勉強なんてものは得意じゃなかったんでね。運動についてはそれなりだったが、それじゃあ相手は納得せん」

「うう、勉強については私も言えた義理はないけど」

 魅音も正直に言えば勉強は大の苦手だ。雛見沢分校で委員長なんぞをしているものの、勉強に関しては誠に申し訳ないレベルとなっている。それでも幸い、赤点免れているのは偏に有り難い友人たちのお陰であった。

「圭ちゃんとレナがいなかったら洒落になってないなあ、多分」

 自分というものが分かっているので魅音は素直にそう呟く。残念ながらどうにも勉強という奴とは相性が悪い。テストであれば限定されたゲームとしてとらえているので何とか乗り越えることも出来ないこともないのだが、それでも好成績とは言い難い。

「はん、そんなところまで似たもの同士って奴だな」

 くしゃりと魅音の頭を優しく撫でてやり、小此木はにやりと笑った。勉強に関してはどうにも二人とも苦手という意識しかないのは変わらない。

 それでも魅音は努力しているし、それはとてもいいことだと小此木は思う。自分の場合、そんなチャンスは訪れなかったので余計に。

「ただな、俺には嬢ちゃんのような有り難い友人はいなかったんでね、そんな意味じゃ立派な落ちこぼれさね」

 酒も煙草も厭わないそんなろくでもない学生生活になるのに時間はかからなかった。それでも多少の楽しみは有り、それがなければもっと早く、そしてもっとろくでもない道へ落ちていただろう。

「ただな、まあ、道場通いなんぞもしてたこともあったから何とかやってはいたさ」

 楽しいだの面白いだの感じることがほぼない生活だったが、たった一つの楽しみは親の気紛れで通わされた幾つもの道場だった。剣道だの、空手だの色々やらされたが、それがあればこそ今の自分が形成されるに至る要因にもなった。

「うんうん、小此木の型はしっかりしてるもんね。格好いいし」

 そこには大納得らしい魅音が嬉しそうにそう笑うと、小此木は苦笑いする。 

「褒めてばっかだな、あんたは」

「事実だからいいんだってば」

 小此木は自分を低く見過ぎと魅音は続けて、小此木をジロリと睨んだ。彼女にとってはそれが紛れもなく本当のことなので譲らない。

「へいへい、アリガトさん」

 口調は軽くではあるが、それは明らかに感謝しての言葉ではあった。魅音の方も小此木のそんな態度は慣れっこなので気にはしない。

「で、その後どうしたの?」 

 それはそれとここまで来たらば最後までと思って先を促した。

 小此木の今の生き様を見ればその後が順調に行ったわけではないはずだ。尤もそうなってくれねば自分とはまったく逢えなかったのは百も承知しているだけに魅音としては複雑になるが。

「んー、親は気に入らなくてねえ、それで終わりさ」

 至極簡単な言葉で、しかし何処か皮肉っぽい、それでいて少し寂しげな笑みを浮かべ、小此木はそう答えた。

「人の意志なんてのはお構いなしだったんでね。未だに俺に何を望んでいたのかなんぞ分からんがな」

 改めて思い出してみてもただの少年であったあの頃と変わらぬ感情しか抱けない、否、むしろそれよりも薄いものしか浮かばない程度と言える。

 そもそも親という存在とかつて過ごしていたはず生活の中がどうであったか思い返してみるのだが、頭に浮かぶのは真っ白か、或いは真っ黒な世界のみとくる。そこに何らかの感情や葛藤はあったはずだが、印象的に残っている記憶というものが自分の中では見当たらないらしい。

 それでもどうせなので暫く思い悩んでみたものの、やはり答えは同じだった。

 要するに彼にとってはかつていたはずの家族とは文字どおり無縁となっていることは間違いない事実で有り、それ以上でもそれ以下でもない。

「ふむ、不思議なくらい覚えてねえもんだな」

 率直にそう呟く。

 当然ここまで生き残れたのだから生き延びれるだけの糧はあったことは間違いないが、記憶の残骸を思うに息をしていただけに近しい状態だったのだろうか。

 あんま違わねえか。

 印象深いものが記憶に残るというのなら直ぐに幾らでも浮かんでくるものがある。が、それは家族というものが対象ではなく、今に繋がる

 実際、今に比べたら死んでいたも同然か。

 ちらりと自分を心配そうに見つめる少女の存在に限りなく感謝をしつつ、話をさっさと締めにかかる。これ以上話すこともない上に魅音の心情が手に取るように分かるので終わらせてしまいたかった。

「嬢ちゃんに同情されるほど関わり合いがねえってことさ。今後も帰りたいなんざ、言うことはあり得ないのは確かだな」

 魅音のおでこに軽くキスしながら、

「つまり今の生活が俺には性に合ってるってこった」

「小此木……」

「と言うわけで現状を鑑みても心温まる交流ってのが家族だってーなら嬢ちゃんとこの婆様だのお袋さんだのとの方がよっぽどしてるってことになるな」

 お魎や茜とは関わった時間からしてもさほど多いわけではないが、不思議と信頼関係のようなものはある。

 魅音は何となくそれは分かるような気がしていた。

 小此木は人嫌いなわけではない。何だかんだ言って小此木は魅音の祖母や母、それに園崎組の輩と関わることを厭わないし、むしろ積極的に関わってくれていた。

 そしてまた彼が薄情なんてこともない。そもそもが自分の部下たちに対しても情が厚く、それが故、敗戦となった戦いの後でも部下である山狗部隊の面々は小此木を慕っていることからしても間違いはない。

「だからまあ、俺にして見りゃ本当に家族って感じられるのは嬢ちゃんかね」

 改めて口にしてみればしっくり来る。そうだな、わざわざの昔話より最初からそう言えばよかったのかもしれん。 

 関わり合いの深さが家族と言うことであるならば、小此木にとって何よりの家族は魅音である。

「私……?」

「ああ、そうだな、あんたが俺の大事な家族だな」

「へへー、なんか嬉しいかも」

 魅音は物凄く嬉しそうに笑い、小此木の頬に

「うん、私の大切な家族だよね、小此木は。一番大事な旦那様になるしっていうか、ほぼ旦那様だけどさ」

 小此木の指に自分の指を絡ませて、魅音は。

「言ってくれるね、ほぼ奥様はよ?」

 軽く唇を触れ合わせて、互いの首に掛かるネックレスが動きに合わせて揺れて音を奏でる。

「あ~あ、小此木のこと、旦那様って呼ぶの待ち遠しいな」

 そしたら何でも出来るとばかりに魅音が言うので、呆れたような感心したような様子で、恐らくは照れ隠しを込めて魅音の頭を軽く叩く。

「まったく物好きなお嬢さんだよ、こんなのを旦那にしたいって言うんだからな」

「だ~か~ら! 小此木はこんなのじゃないってば!」

 ぶぅとむくれる少女に苦笑しながら、小此木は話題を戻した。

「ってわけだが、質問は終わりか?」

「んーっと」

 魅音はこの際聞くことは聞いてしまえと思い、フル回転で小此木について書かれていた書類の文字を思い浮かべる。

 小此木の気が向くなんてきっとそうそうない、特にこの手の話題ならと魅音は分かっていた。興味がないのではなく、小此木にとってはどうでもいいという

「あ、小此木、兄弟いたよね?」

 語ることがないという家族についてそれでももう一度だけ突っ込んでみる。確か報告書にはそんな記述があったはずだった。 もとより小此木の家族という項目があまりにも短く、詳細については書かれてはいなかった。調査したものがそれを必須と考えなかったのだろう。それは魅音には何となく分かっていた。

 小此木の過去が園崎家に危害を及ばさぬということがまず第一であるからだ。

 それだけでも小此木と家族の絆の深度の無さは理解出来る。それでも魅音はやはり小此木の口から語ってくれることが望みだった。

「ん? ああ、そういやあ、いけ好かない兄貴という奴ならいたか」

 魅音の問いで記憶の片隅に有ったと思われる記憶が浮かび、そう答えた。実際、魅音の質問がなければ思い出しもしなかっただろう程度の相手だった。

「へえ、お兄さん?」

「お兄さんねえ……ま、まさに俺とは正反対さね」

「成る程、つまりは小此木よりカッコ悪いと」

「どういう飛躍だ、それは」

「いやだって小此木と正反対ならそーなるでしょ」

「身内贔屓すぎだろが」

「そーかなあ、小此木格好いいし」

 どうやらそれについては一向に譲るつもりはないらしい。

 照れ臭さを隠すように小此木は一度咳払いをしてから話を続けた。

「まあ、兎に角だ。規模としてはまあデカい会社経営してる、今なら所謂社長あたりやってるんじゃねえかね?」

「へえ」

「ああ、嬢ちゃんなら名前くらいなら知ってるかもな」

 そう言って小此木が口にしたのは魅音も知っているレベルの会社の名前だった。

「そー言えば名前がそうか」

 名字が同じだからその会社の人間であるとはあまり考えたりはしないが、小此木の説明は魅音にとっては得心のいくものだった。小此木は普段からあまり無駄なことは口にしない。その彼がそう言うのだからそれは事実と言うことだ。

「ま、その程度さ、俺との関わりは」

「小此木が言いたいのは家族とは名字が一緒ってだけってこと?」

「そういうこった」

「兄弟でも?」

 魅音の突っ込みに小此木は自分の頭を軽く掻き、乱暴な物言いにならないように努めつつ言葉を吐いた。

「血の繋がりなんて俺の場合、あんまり意味がなかったってことさね」

 自分で言葉にしながら小此木は親との軋轢よりも恐らくきつかったのは兄という存在のせいだと今更気が付いた。

「何しろ、そりは死ぬほど合わねえ相手だよ」

  てめえの生き方を人のせいにするつもりはないが、誰のせいと言われれば恐らく奴のせいだとしか言いようがないのだ。結果としては小此木は家から離れることで柵を解き、兄とも袂を分かった。

「単純にいやあ、兄という輩は自分の都合に合わせて動けとしか言えねえ奴でね」

 その言葉には哀愁があって、魅音は小此木を黙って見つめる。それは昔の自分と重なる気がした。背中に鬼を背負って以来、詩音から魅音になるべく努力して自分を殺して生きていた頃の自分にに似ている、と。

 そっか、だからあんなに小此木は私のことが分かるのかな。

 何となくそう感じ、嬉しさと寂しさが入り交じった複雑な感情が湧き上がる。

「……私の場合は詩音とは喧嘩もするけどそりが合わないってことはないか」

 尤も『過去』ならば色々あってお互いに悲しい結末があったらしいことは聞いているし、自分でもぼんやり覚えていることもある

ので、一概には言えないのかもしれない。

 が、それは理由があってのことであり、今は違う。他の兄弟などは分からないが、今は詩音とはいい関係だと思う。悟史と沙都子だってとても仲の好い兄妹だと考えれば小此木の言いたいことはつまりは……

「嬢ちゃんたちは仲いいだろ? 俺たちにはそんなもんはなかったのさ」

 およそ真っ当な兄弟とは言い難い間柄に上などあったはずもない。少なくとも小此木本人がそれを感じたことがないのだから例え相手にあると言っても質の悪い冗談のようにしか聞こえないだろう。

「稀にはそう言う家族もいるってことだ。俺としては嬢ちゃんがそうでなくて好かったと思うがね」

「……でもさ、小此木がいてくれたからだよ、私が変われたのは」

 園崎も決して普通とは言えない家であるからこそ、魅音は今の幸せを噛み締める。こうして愛しい人の傍にいられる喜びがあることがどれだけ大事なことか。

「俺も変われたのはあんたがいたからだな」

 小此木にしても今の生活はかつては考えられないと思うのは今も同じだが、手放す気はこの先も一切ない。自分がいなければこの少女がどう過ごしていたのかは予想が付くだけに、逆を言えば小此木自身もまた魅音がいなければどうなるかなど予想するまでもない。

 お互いに孤独だっただろう、それが答えだ。

 今までは二人が出逢えるために繰り返したんだと少女が笑えば、男も彼女の頭を撫でてやることでその想いに応える。今となっては本当にそう感じているからこそなお。

「お互い逢えてよかったね」

「まったくだ」

 二人でじゃれ合うように

「だいたいキザっちく紅茶飲んでソファに座るなんざ、俺にゃ出来ねぇって」

「お兄さんはそうするの?」

「むしろそれが趣味」

 魅音はちょっと想像してみるが、彼女の基準から言えば別段おかしいと思えなかった。

「小此木なら何でも似合うけどな」

「だからあんたはその身内贔屓はどうにかしろ」

「別に贔屓じゃないんだけどな」

 真顔の魅音に小此木は返答に窮する。

 マジだから困るんだよな、この御嬢様はよ。

「小此木は格好いいの」

「あー、それ以上言うな」

「照れてる、照れてる」

「うるせ」

 

 

 過去には持てない絆も今はこうして持てるようになった。

 それは時に強く、時に弱くなるものだが、得難い宝でもある。

 

「いてくれてありがとよ、嬢ちゃん」

 それが最大の感謝を表す言葉になった。

 

 

 

2011年12月18日 上の変更に衝突があります:

 

「ところで前から聞きたかったんだけど」

 いきなり魅音は切り出してきた。

「んー?」

 そんなことには慣れっこであるので小此木はいつもどおりの返答をしておく。大概こんなとき聞いてくるのは己の過去についてが多い。さして話すことはないと彼は思うのだが、魅音にはそれは興味あるべき対象らしい。

 今日は何についてかね。

 そんな風に思いつつ魅音へ促すと、直ぐさま質問を口にした。

「小此木って兄弟とかいるの?」

 それは流石に予想外だと小此木は思った。元から色々聞いてくることはそう多くはないが、そういえば家族なるものについて問われた記憶はないし、話したこともない。

「……何でまた急にんなこと聞いてくるかね」

「いやあ、この間何となく小此木の資料を読み返してたら家族のことが書いてあったなあって」

「また読み直してたのかよ。あんたも好きだな」

 魅音は何かにつけてかつて園崎家が調べ上げた小此木の資料を読み直すことがある。本人曰く、何か見落としがないかとのことだが、生憎そこまで複雑な過去などありはしない。誉められたもんじゃないのは確かではあるが。

「んなん、嬢ちゃんちが調べてるとおりさね」

 いつもどおりに小此木がそう答えると、これまたいつもどおりに魅音が頬を膨らませた。

「その答えはつまらないぞ」

「つまるもつまらんもないだろうが」

 実際、詰め寄られて困るのは小此木の方だった。

「私は知りたいんだってば!」

 魅音はそう言って譲らない。

「少なくとも小此木の家族のことくらい聞いてみたいよ」

 切実に求める瞳を小此木に向け、じっと見つめる。

「俺の家族ねぇ」

 確かにそれについて語ったことはないので、今回は珍しく話せることがあったらしい。

「うちに来てから一度も帰ったことないよね?」

 帰りたいと聞いたこともないけどと魅音は続けると、

「そりゃあ、俺は帰りたいなんぞ思ってやねえしなあ。そもそもぶっちゃけて言うなら俺は所謂、実家つーか家族からはほぼ勘当状態なんでね」

 今更ながらそうだったなと自分で思い返しつつ、小此木は答えた。

「そなの?」

「おいおい、そもそも真っ当な奴ならあんな商売やらねえだろ」

「小此木だから別に」

 即答で魅音は答えた。

「毎度有り難え答えだな、おい」

「事実だし」

 あっさりとそう言う魅音に小此木は苦笑しながらその頭を撫でてやる。

「まあ、勘当は兎も角さ、親御さんとかは?」

「親はさてどうかな? もしかしたらまだ生きてるかもしれんが、関わるつもりは金輪際ないしな」

 さしたる思い出もない。

「あんまりいいことなかった?」

「そのとおり。俺は出来が悪かったんでね」

 言葉どおりで他意はなかったが、それ以上説明できるようなこともなかった。関わりが薄すぎてどうにも言いようがない。恐らく外聞的にはかなり裕福な家庭だった。親の職業や住んでいた場所など考えてもそのはずだ。ただ小此木にはあまり恩恵がなかったのでうろ覚えなだけで。

 何せ、可愛げのねえ餓鬼だったからな。

 例え血が繋がっていようが、合わないものは合わないものだ。何と言おうか、水と油のように、或いは磁石の正負のように噛み合わない。

 とことん合わない相手との生活とは疲れる以外何でもなかった。だからこそ飛び出せる年齢になった途端、彼らが決して望まない道を選んだのだ。

 結果的にそっちが性に合ってたのだからそれでいいのだろう。家族が望んだお上品なんてものとはどう控えめに見ても無縁だったのは間違いない。

 まあ、そこから二転三転はあったが……二転三転どころじゃねえか。

 入隊したときには正規部隊へだったが、何を認められたのか、所謂裏側にスカウトされ防諜部隊なんぞの隊長に任命され、更に真っ当でない道へと転がってったわけだ。

 尤もそのお陰でとんでもないお嬢さんと出逢えたのだから結果的に悪くはない。

 そんなことを思いつつ、小此木がちらりと魅音を見遣ると真っ直ぐ自分を見つめているのが分かった。

 魅音は小此木の様子から暢気に聞いていい話題ではないことを判断していた。人のこと言えるような家庭環境ではないが、少なくとも家族には愛して貰っている。

 それなのに小此木の言葉からそれを感じることが出来なかったからだ。

 あんまり幸せじゃなかったのかな。

「そんな風に構えなくていいんだぞ。別に俺は不幸とは思ってねえ」

「でもさ……」

「人並みで言うならまあ、今が一番幸せってことさね」

「それならいいけど」

 納得しきれない様子の魅音に小此木は頭を掻いて少し考える。

 このままだとよくねえな。話さないとかえって抱え込みそうだな。

 嬢ちゃんが聞いて楽しい話でもないが、まあ、いいか。

 別に話したくないというのではなく、聞いても面白くないというだけのことだ。

 決めてしまえば話は早い。小此木は自分の膝を軽く叩き、

「ほれ」

 と魅音を誘う。

「え」

「気が向いたから俺の昔話、聞かせてやるから乗っかってろ」

 まるでそれが条件とでもいうようにもう一度己の膝を叩き、魅音を呼んだ。

「う、うん」

 突然のことに吃驚しながらも魅音は言われるまま小此木の膝に座って彼を見上げ、表情にはどうしたのと書いてある。急に態度を変えたので心配しているようだ。

 その仕草は愛らしく、小此木としてはいたく満足する。自分のことで毎度飽きもせず考えたり悩んだりしてくれる少女は愛おしい。

 だからこそ彼女に触れたくなるのだ。

 だいたい、このくらいねぇと詰まらねえ。

 ガシガシと魅音の頭を撫でると前置きもなしに話を始めた。前置きがいるほど長い話でもないからだ。

「さて、俺の親ってのはエリートって言われる部類の人間でな。何でも上を狙うのが趣味みたいなもんだったのさ」

 突然の話出しにも動じることもなく、そのまま

「勉強とか?」

「ありとあらゆることについて。つまりは何でもだな」

 小此木は淡々と、事実だけ並べて語り、まるで報告書を読み上げるような事務的な口調になっていく。

 何処に住んでいたか、何処の学校へ行ったか、どんな風なことをしていたか、そんな程度のことだけではあるが、魅音は真剣に聞いていた。小此木のことに関してはどんなことであっても一言一句逃したくない、それが魅音の心情だった。

「お世辞にも勉強なんてものは得意じゃなかったんでね。運動についてはそれなりだったが、それじゃあ相手は納得せん」

「うう、勉強については私も言えた義理はないけど」

 魅音も正直に言えば勉強は大の苦手だ。雛見沢分校で委員長なんぞをしているものの、勉強に関しては誠に申し訳ないレベルとなっている。それでも幸い、赤点免れているのは偏に有り難い友人たちのお陰であった。

「圭ちゃんとレナがいなかったら洒落になってないなあ、多分」

 自分というものが分かっているので魅音は素直にそう呟く。残念ながらどうにも勉強という奴とは相性が悪い。テストであれば限定されたゲームとしてとらえているので何とか乗り越えることも出来ないこともないのだが、それでも好成績とは言い難い。

「はん、そんなところまで似たもの同士って奴だな」

 くしゃりと魅音の頭を優しく撫でてやり、小此木はにやりと笑った。勉強に関してはどうにも二人とも苦手という意識しかないのは変わらない。

 それでも魅音は努力しているし、それはとてもいいことだと小此木は思う。自分の場合、そんなチャンスは訪れなかったので余計に。

「ただな、俺には嬢ちゃんのような有り難い友人はいなかったんでね、そんな意味じゃ立派な落ちこぼれさね」

 酒も煙草も厭わないそんなろくでもない学生生活になるのに時間はかからなかった。それでも多少の楽しみは有り、それがなければもっと早く、そしてもっとろくでもない道へ落ちていただろう。

「ただな、まあ、道場通いなんぞもしてたこともあったから何とかやってはいたさ」

 楽しいだの面白いだの感じることがほぼない生活だったが、たった一つの楽しみは親の気紛れで通わされた幾つもの道場だった。剣道だの、空手だの色々やらされたが、それがあればこそ今の自分が形成されるに至る要因にもなった。

「うんうん、小此木の型はしっかりしてるもんね。格好いいし」

 そこには大納得らしい魅音が嬉しそうにそう笑うと、小此木は苦笑いする。 

「褒めてばっかだな、あんたは」

「事実だからいいんだってば」

 小此木は自分を低く見過ぎと魅音は続けて、小此木をジロリと睨んだ。彼女にとってはそれが紛れもなく本当のことなので譲らない。

「へいへい、アリガトさん」

 口調は軽くではあるが、それは明らかに感謝しての言葉ではあった。魅音の方も小此木のそんな態度は慣れっこなので気にはしない。

「で、その後どうしたの?」 

 それはそれとここまで来たらば最後までと思って先を促した。

 小此木の今の生き様を見ればその後が順調に行ったわけではないはずだ。尤もそうなってくれねば自分とはまったく逢えなかったのは百も承知しているだけに魅音としては複雑になるが。

「んー、親は気に入らなくてねえ、それで終わりさ」

 至極簡単な言葉で、しかし何処か皮肉っぽい、それでいて少し寂しげな笑みを浮かべ、小此木はそう答えた。

「人の意志なんてのはお構いなしだったんでね。未だに俺に何を望んでいたのかなんぞ分からんがな」

 改めて思い出してみてもただの少年であったあの頃と変わらぬ感情しか抱けない、否、むしろそれよりも薄いものしか浮かばない程度と言える。

 そもそも親という存在とかつて過ごしていたはず生活の中がどうであったか思い返してみるのだが、頭に浮かぶのは真っ白か、或いは真っ黒な世界のみとくる。そこに何らかの感情や葛藤はあったはずだが、印象的に残っている記憶というものが自分の中では見当たらないらしい。

 それでもどうせなので暫く思い悩んでみたものの、やはり答えは同じだった。

 要するに彼にとってはかつていたはずの家族とは文字どおり無縁となっていることは間違いない事実で有り、それ以上でもそれ以下でもない。

「ふむ、不思議なくらい覚えてねえもんだな」

 率直にそう呟く。

 当然ここまで生き残れたのだから生き延びれるだけの糧はあったことは間違いないが、記憶の残骸を思うに息をしていただけに近しい状態だったのだろうか。

 あんま違わねえか。

 印象深いものが記憶に残るというのなら直ぐに幾らでも浮かんでくるものがある。が、それは家族というものが対象ではなく、今に繋がる

 実際、今に比べたら死んでいたも同然か。

 ちらりと自分を心配そうに見つめる少女の存在に限りなく感謝をしつつ、話をさっさと締めにかかる。これ以上話すこともない上に魅音の心情が手に取るように分かるので終わらせてしまいたかった。

「嬢ちゃんに同情されるほど関わり合いがねえってことさ。今後も帰りたいなんざ、言うことはあり得ないのは確かだな」

 魅音のおでこに軽くキスしながら、

「つまり今の生活が俺には性に合ってるってこった」

「小此木……」

「と言うわけで現状を鑑みても心温まる交流ってのが家族だってーなら嬢ちゃんとこの婆様だのお袋さんだのとの方がよっぽどしてるってことになるな」

 お魎や茜とは関わった時間からしてもさほど多いわけではないが、不思議と信頼関係のようなものはある。

 魅音は何となくそれは分かるような気がしていた。

 小此木は人嫌いなわけではない。何だかんだ言って小此木は魅音の祖母や母、それに園崎組の輩と関わることを厭わないし、むしろ積極的に関わってくれていた。

 そしてまた彼が薄情なんてこともない。そもそもが自分の部下たちに対しても情が厚く、それが故、敗戦となった戦いの後でも部下である山狗部隊の面々は小此木を慕っていることからしても間違いはない。

「だからまあ、俺にして見りゃ本当に家族って感じられるのは嬢ちゃんかね」

 改めて口にしてみればしっくり来る。そうだな、わざわざの昔話より最初からそう言えばよかったのかもしれん。 

 関わり合いの深さが家族と言うことであるならば、小此木にとって何よりの家族は魅音である。

「私……?」

「ああ、そうだな、あんたが俺の大事な家族だな」

「へへー、なんか嬉しいかも」

 魅音は物凄く嬉しそうに笑い、小此木の頬に

「うん、私の大切な家族だよね、小此木は。一番大事な旦那様になるしっていうか、ほぼ旦那様だけどさ」

 小此木の指に自分の指を絡ませて、魅音は。

「言ってくれるね、ほぼ奥様はよ?」

 軽く唇を触れ合わせて、互いの首に掛かるネックレスが動きに合わせて揺れて音を奏でる。

「あ~あ、小此木のこと、旦那様って呼ぶの待ち遠しいな」

 そしたら何でも出来るとばかりに魅音が言うので、呆れたような感心したような様子で、恐らくは照れ隠しを込めて魅音の頭を軽く叩く。

「まったく物好きなお嬢さんだよ、こんなのを旦那にしたいって言うんだからな」

「だ~か~ら! 小此木はこんなのじゃないってば!」

 ぶぅとむくれる少女に苦笑しながら、小此木は話題を戻した。

「ってわけだが、質問は終わりか?」

「んーっと」

 魅音はこの際聞くことは聞いてしまえと思い、フル回転で小此木について書かれていた書類の文字を思い浮かべる。

 小此木の気が向くなんてきっとそうそうない、特にこの手の話題ならと魅音は分かっていた。興味がないのではなく、小此木にとってはどうでもいいという

「あ、小此木、兄弟いたよね?」

 語ることがないという家族についてそれでももう一度だけ突っ込んでみる。確か報告書にはそんな記述があったはずだった。 もとより小此木の家族という項目があまりにも短く、詳細については書かれてはいなかった。調査したものがそれを必須と考えなかったのだろう。それは魅音には何となく分かっていた。

 小此木の過去が園崎家に危害を及ばさぬということがまず第一であるからだ。

 それだけでも小此木と家族の絆の深度の無さは理解出来る。それでも魅音はやはり小此木の口から語ってくれることが望みだった。

「ん? ああ、そういやあ、いけ好かない兄貴という奴ならいたか」

 魅音の問いで記憶の片隅に有ったと思われる記憶が浮かび、そう答えた。実際、魅音の質問がなければ思い出しもしなかっただろう程度の相手だった。

「へえ、お兄さん?」

「お兄さんねえ……ま、まさに俺とは正反対さね」

「成る程、つまりは小此木よりカッコ悪いと」

「どういう飛躍だ、それは」

「いやだって小此木と正反対ならそーなるでしょ」

「身内贔屓すぎだろが」

「そーかなあ、小此木格好いいし」

 どうやらそれについては一向に譲るつもりはないらしい。

 照れ臭さを隠すように小此木は一度咳払いをしてから話を続けた。

「まあ、兎に角だ。規模としてはまあデカい会社経営してる、今なら所謂社長あたりやってるんじゃねえかね?」

「へえ」

「ああ、嬢ちゃんなら名前くらいなら知ってるかもな」

 そう言って小此木が口にしたのは魅音も知っているレベルの会社の名前だった。

「そー言えば名前がそうか」

 名字が同じだからその会社の人間であるとはあまり考えたりはしないが、小此木の説明は魅音にとっては得心のいくものだった。小此木は普段からあまり無駄なことは口にしない。その彼がそう言うのだからそれは事実と言うことだ。

「ま、その程度さ、俺との関わりは」

「小此木が言いたいのは家族とは名字が一緒ってだけってこと?」

「そういうこった」

「兄弟でも?」

 魅音の突っ込みに小此木は自分の頭を軽く掻き、乱暴な物言いにならないように努めつつ言葉を吐いた。

「血の繋がりなんて俺の場合、あんまり意味がなかったってことさね」

 自分で言葉にしながら小此木は親との軋轢よりも恐らくきつかったのは兄という存在のせいだと今更気が付いた。

「何しろ、そりは死ぬほど合わねえ相手だよ」

  てめえの生き方を人のせいにするつもりはないが、誰のせいと言われれば恐らく奴のせいだとしか言いようがないのだ。結果としては小此木は家から離れることで柵を解き、兄とも袂を分かった。

「単純にいやあ、兄という輩は自分の都合に合わせて動けとしか言えねえ奴でね」

 その言葉には哀愁があって、魅音は小此木を黙って見つめる。それは昔の自分と重なる気がした。背中に鬼を背負って以来、詩音から魅音になるべく努力して自分を殺して生きていた頃の自分にに似ている、と。

 そっか、だからあんなに小此木は私のことが分かるのかな。

 何となくそう感じ、嬉しさと寂しさが入り交じった複雑な感情が湧き上がる。

「……私の場合は詩音とは喧嘩もするけどそりが合わないってことはないか」

 尤も『過去』ならば色々あってお互いに悲しい結末があったらしいことは聞いているし、自分でもぼんやり覚えていることもある

ので、一概には言えないのかもしれない。

 が、それは理由があってのことであり、今は違う。他の兄弟などは分からないが、今は詩音とはいい関係だと思う。悟史と沙都子だってとても仲の好い兄妹だと考えれば小此木の言いたいことはつまりは……

「嬢ちゃんたちは仲いいだろ? 俺たちにはそんなもんはなかったのさ」

 およそ真っ当な兄弟とは言い難い間柄に上などあったはずもない。少なくとも小此木本人がそれを感じたことがないのだから例え相手にあると言っても質の悪い冗談のようにしか聞こえないだろう。

「稀にはそう言う家族もいるってことだ。俺としては嬢ちゃんがそうでなくて好かったと思うがね」

「……でもさ、小此木がいてくれたからだよ、私が変われたのは」

 園崎も決して普通とは言えない家であるからこそ、魅音は今の幸せを噛み締める。こうして愛しい人の傍にいられる喜びがあることがどれだけ大事なことか。

「俺も変われたのはあんたがいたからだな」

 小此木にしても今の生活はかつては考えられないと思うのは今も同じだが、手放す気はこの先も一切ない。自分がいなければこの少女がどう過ごしていたのかは予想が付くだけに、逆を言えば小此木自身もまた魅音がいなければどうなるかなど予想するまでもない。

 お互いに孤独だっただろう、それが答えだ。

 今までは二人が出逢えるために繰り返したんだと少女が笑えば、男も彼女の頭を撫でてやることでその想いに応える。今となっては本当にそう感じているからこそなお。

「お互い逢えてよかったね」

「まったくだ」

 二人でじゃれ合うように

「だいたいキザっちく紅茶飲んでソファに座るなんざ、俺にゃ出来ねぇって」

「お兄さんはそうするの?」

「むしろそれが趣味」

 魅音はちょっと想像してみるが、彼女の基準から言えば別段おかしいと思えなかった。

「小此木なら何でも似合うけどな」

「だからあんたはその身内贔屓はどうにかしろ」

「別に贔屓じゃないんだけどな」

 真顔の魅音に小此木は返答に窮する。

 マジだから困るんだよな、この御嬢様はよ。

「小此木は格好いいの」

「あー、それ以上言うな」

「照れてる、照れてる」

「うるせ」

 

 

 過去には持てない絆も今はこうして持てるようになった。

 それは時に強く、時に弱くなるものだが、得難い宝でもある。

 

「いてくれてありがとよ、嬢ちゃん」

 それが最大の感謝を表す言葉になった。

 

 
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