No.343860

聖人討伐同盟(プレビュー版)

FALSEさん

コミックマーケット81の新刊サンプルになります。冒頭のみ。/A5版2段組44ページ、400円の予定。/2日目東二-43a「偽者の脳内」にてお待ちしております。

2011-12-06 00:00:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1273   閲覧ユーザー数:1270

 

 

 

 一

 

 紅魔館の地下室は暗い鋼鉄に覆われ、変わらぬ光景をフランドール・スカーレットの視界に送り届ける。

 四百九十五年の幽閉からは開放されているが、必要がない限り彼女はこの部屋を出たがらない。余計なものを壊さないので、姉に怒られないで済む。もし退屈ならば魔術師の図書館から本を借りてくればいいし、最近では気の置けない遊び相手もいる。

「元気ないわね、フラン」

 誰もいなかったはずの空間から声がかかる。ベッドに仰向けになったまま首だけを横に向けると、ベージュのシャツに黒い丸帽子、心臓の辺りに閉じられた瞼を持つ群青色の球体を浮かべている馴染みの顔が立っていた。

 彼女の唐突な登場には慣れ切っている。だから驚きもせずにその少女、古明地こいしに応えた。

「暇だわ、こいし」

「そうみたいねえ。いつもみたいに、運動する?」

 人差し指でしなを作る。彼女達にとっての運動とは、幻想郷暗黙の決闘ルールである弾幕ごっこに他ならない。

「それも悪くないけど。他に何かないかしら? 色々と」

「確かに、色々とあったような気がするわねえ」

 二人揃って、暗い天井を見上げる。そうして彼女らにとっての退屈の潰し方を思い出すこと十数秒。

「……あの馬鹿、いつ謹慎が解けるんだっけ?」

「あと一週間くらいじゃなかったかしらね?」

 そんな会話を交わして、再び沈黙した。

 すると、どういう訳か。胸の奥底にむず痒いものがわだかまり始めて、だんだん競り上がってくる。

 喉の辺りまで来たところで抑えきれなくなり、思わずベッドから跳ね起きた。

「あームカつく! 早く壊されに来なさいよあの馬鹿!」

 叫んでもなお、胸を満たす憤りは晴れることがない。斜め後ろから、それを諌めるこいしの声が聞こえてきた。

「壊したら、余計遊びの種がなくなるんじゃない?」

「だからムカつくって言ってんの。あの馬鹿の悪知恵がないと、ろくに遊び方も見つけられないなんて!」

 殺意の混じった瞳を、こいしに向ける。彼女は小首を傾げたままで、常に変わることのない気楽そうな表情をフランドールに向けている。

「まあ、いいじゃない。あの子の自業自得なんだから。謹慎が明けたら、たっぷり仕返しすればいいのよ」

「それは、当然」

 ごろり、再びベッドに転がる。横倒しなこいしの顔を眺めながら、なおも愚痴が口から零れ落ちてきた。

「そもそもあいつが謹慎になった理由からして気に入らないのよ。何だっけ、聖人? そいつをどっかーんするために、外から助っ人を呼んだのよね」

 館で働く妖精メイド達の噂話を盗み聞きして、この頃妖怪達の間で噂の「聖人」の話はフランドールの耳にも届いていた。聖人は、十人の話を同時に聞き取るという器用な能力の持ち主だと。同時に道教の信奉者で「あの馬鹿」が居候する命蓮寺とは教義で真っ向から対立する。仏僧達はそれを警戒し、聖人の霊廟の上に寺を建て封じ続けて来た。命蓮寺もそんな寺の一つである。

 そこであの馬鹿は助っ人を呼んだ。寺を仕切る住職に断りを入れずに実行したのが、謹慎の理由である。

「あの馬鹿、何で私達に相談しなかったのかしら?」

「助っ人が聖人と相性がいいからだって聞いてるわ? 十変化っていって、十のものに化けられるから、十人の話を同時に聞く聖人にも対抗できるんだって」

 寝返りをうち、ベッドの縁に立つこいしの間近に迫る。

「本当にそれだけだと思う? だとしても、一言くらいあったっていいでしょ。生意気なのよ。弾幕の弱々しいヘタレのくせに、顔は広いし物知りだし」

「それは悪口じゃないと思うわ。本人に言っちゃ駄目よ、きっと調子に乗るから」

 口を尖らせて、再び仰向けの体勢に戻る。

「あいつにとって私達はなんなのかしらね。私達なんか取るに足らなくて、仕方なく付き合ってるのかしら?」

「私には分からないわ。お姉ちゃんだったら、あの子の心を読み取ることもできるかもしれないけれど」

 そう言って、こいしが胸の球体を弄ぶ。彼女が封印し、心を読む代わりに無意識を見通す覚り妖怪の第三の眼。

「でも、あいつの本音を知る方法がない訳じゃない。そうでしょ?」

 再び起き上がる。一つ悪戯を思いついたのだ。

「暇を持て余すのもなんだし、今からあの馬鹿の本音を聞き出しに行くのはどう? 冷やかすのも面白そうだし」

 対面の歪な覚り妖怪はくすりと笑った。

「それもいいかもしれないわ。きっと今頃は、外に出れない鬱憤が溜まってるかもしれないしね」

 

 

 二

 

 封獣ぬえは、確かに不機嫌だった。

「こら、何サボってんだ。さっき注意したばかりだろ!?」

 腰に手を当て怒鳴った先には、畳ほどの大きさがある庭石を布団代わりにして昼寝を貪る作務衣の男が一人。命蓮寺の寺子で、ぬえと同じく妖怪である。怒鳴り声に気がつくと、怠そうに身を起こす。

「分かってますよ、と。掃除に戻ればいいんだろう?」

「分かってんなら怒鳴りにくる前に体を動かせっての。何度周回させれば気が済むんだよもう」

 寺子は悪びれるどころか庭石の上に胡座をかき、ぬえの目の前で耳に小指を突っ込み耳垢をかき出している。神経を逆撫でするには十分過ぎる態度だ。

「だって、かったりいじゃん? ここの境内広いもんよ」

「だーかーら、皆で担当範囲を決めて手分けしてやってるんじゃんか。文句を言う前にさっさと掃除を続けなよ。さもないと終わるもんも終わんないぞ」

 ぬえの剣幕などお構いなしで、薄笑いを浮かべながらそっぽを向く。それが余計にぬえの怒りを誘った。

「まだ何か文句あんのかい?」

「分かってんだろ? 手分けってな俺らの性に合わねえ。おめえだって本当はそこらで寝っ転がって、いい日和を満喫したいんじゃねえのかい」

 回答の代わりに、ぬえの顔に青筋が浮かび上がる。

「屁理屈言ってないでとっとと働け! 白蓮に言いつけられたいかこの野郎!」

「へいへい。全員言いつけても意味ねえと思うがな」

 竹箒を手にして、寺子が背を向けて逃げ去る。それを確認したところで、ぬえの気分は晴れない。現状は彼の捨て台詞通りの様相を呈していたからだ。

 なぜぬえが、掃除指導の真似事などをしているのか。それが謹慎中の彼女に対して、命蓮寺の住職、聖白蓮が課した勤行だからだ。

 ――私が出かけている間に、寺子達が勤行をきちんとこなすように皆を監督すること。ただし、暴力や弾幕に頼ってはいけませんよ。

「頼らないでどうやって従わせるってんだよ、まったく」

 疲弊した顔で、境内に戻ってくる。かれこれ三周ほど命蓮寺の敷地内を巡回しているのだが、寺子に会う度会う度に怒鳴り声を上げているので喉も腹筋もだいぶ傷んでいる。会う度に。そう、会えばほとんど必ず。

 先ほどの寺子も言っていたことだが、妖怪というのはとかく協調行動を苦手としている。弾幕ごっこの大半が一対一で行われるのは、それが決まりだからではない。決闘の参加者、特に妖怪の方に二人三人で協力して戦うという発想がないのだ。それが分かっているからこそ、ぬえにとってこの仕事は絶望にも近い苦行と言えた。

 しかし弾幕が駄目でも、ぬえには「ものを正体不明にする程度の能力」があるはずだ。それを使って寺子達を恫喝することはできないのだろうか。

 勿論、試した。しかし正体不明のタネを植えた物体がどう認識されるのかは、見る者に依存する。彼女の術の仕組みを知っている者なら、簡単に破れてしまうのだ。

 正体不明である限り相手が大妖怪だろうが妖怪退治のプロだろうが煙に巻くことができるが、正体が分かってしまうと子供にすら負ける。それが彼女の能力だった。

 ちなみに白蓮は、朝早く船幽霊の村紗水蜜を伴って、空飛ぶ船、聖輦船に乗って出かけている。彼女が外回りを始めてかれこれ一週間になる。聖人に対抗するためと聞いているが、詳しい話は教えてもらっていない。

「あははは、ぬえさん仕事帰りのサラリィマンみたいな顔になってるね」

 本堂の前に座り込んだぬえに対し、そんな声をかけて笑う者がいる。手に竹箒を持った、茶色いワンピースの少女。しかしセミロングの緑髪の上には、兎にも犬にも見える焦げ茶色の長い耳が伸びている。

 山彦の幽谷響子は、ぬえと同じ時期に命蓮寺の寺子となった妖怪である。山の中で返る声を恐れない人間達に絶望して仏門に入った彼女だが、音や弾幕を反射させる不可視の障壁を作る能力とよく通る声は今も健在だった。

 彼女の足元には、周囲から集めた木の葉が山を作っている。真面目に勤行をこなしているのは、彼女だけだ。

「どこで覚えたんだ、そんな単語。さておき他の連中がお前さんみたく素直だったら、私も楽できるんだけどね」

「そりゃー、私はお掃除好きだもん。まかはんにゃはらみたしんぎょー」

 舌足らずな般若心経を歌うように唱えながら塵取りを取りに走る。山彦だけに、鸚鵡返しは得意技だった。

「連中またサボり始めてんだろうな。他の場所の掃除もついでにやってくれると助かるんだけど」

「かんじーざいぼーさつぎょーしんはんにゃ、って嫌よ私は。私一人が掃除押し付けられるじゃない」

「ですよねー……」

 がっくりと肩を落としながら立ち上がる。

「仕方ない、行って来るか。何度周ればいいのかねえ」

「しきそくぜーくーくーそくぜーしき、ふぁいとー」

「経の合間に応援を混ぜんな。全然元気になれん」

 白蓮は何を考え、このような勤めを自分に課したのか。寺子達を従わせるなど、どだい無理な話だ。賽の河原の小石積みよりも、この作業は無意味で不毛に思える。

 疲れ切った耳に、どこからか話し声が聞こえてくる。また誰か寺子が掃除を放り出し世間話に興じているのか、と思ったが実際は違った。

 そのやり取りは、ぬえの心中を荒らす苛立ちをさらに加速させるだけの内容だった。

 

 

 三

 

「寅丸殿、寅丸殿」

 自分を呼ぶ声を聞き、寅丸星は筆を走らせる手を止め声の聞こえた方角を見る。白蓮の留守中は、毘沙門天の代理たる彼女が命蓮寺を預かっていた。

 枯れ草色のノースリーブに丸眼鏡の少女が一人、含み笑いを浮かべ星を手招きしている。その頭には三角形の耳と共に、大きな木の葉が一枚。後ろには背負い袋かと見紛うほどの巨大な尻尾が生えて、異様な存在感を醸す。

「どうしました、マミゾウさん?」

「いやの。儂がここに来て食い扶持が増えたじゃろ? この寺の経理は、おぬしが預かっておると聞いてなあ。こいつは少ないが、役立ててくれまいか」

 二ッ岩マミゾウの手に、一円札が数枚揺らめいている。人里で使われるその紙幣は、幻想郷の数万円にあたる。

「え、そんなに……悪いですよ。どうやってそれだけの金額を……って、いやいや」

 思い直す。そうだ、マミゾウは化け狸。そんな彼女の持ってきた金なら、疑わなければならないことがあった。

「それは拙いですよ。木の葉のお金で買い物をしたのがばれたら大顰蹙です」

「いやいや、そうでもないぞ。この儂が化かした金が、ただの木の葉で終わるはずがない」

 誤魔化すつもりがないらしい。彼女は一円札の束から一枚分けると、それをなぜか手から取り落とした。

 紙幣はひらりと舞って畳の上に落ちると、ポンと小さな破裂音を立てて煙と共に小さな人型に変化した。筆で頭と手足を描いたような、簡素な人型に。

「こ奴は器用な奴でな。複雑な命令でも意のまま動く。金額分の働きをさせるくらい、苦もなくやろうぞ」

 人型は星の所にとことこ歩み寄ると、文机に飛び乗り礼儀正しく彼女に頭を下げる。やおら、硯に戻した筆を抱え上げると写経の続きを紙に記し始めた。

「……達筆ですね。うーん、ですが、やはりこれは受け取れません。彼らが化けたのを人里の皆さんが見たら、腰を抜かしてしまいますよ」

「心配は要らぬよ。そういう手合いなら寝静まった時を見計らって仕事をしてくれるからの」

「余計に怪奇ですって。寺の雑事を手伝わせる程度なら、構わないと思いますが」

 人型が、煙を立てて破裂する。倒れる筆を手に取った跡には、木の葉が一枚残るだけだった。

「ふむ、残念じゃのう。まあ、そういうことならすでにやらせておるよ。屋内の掃除は終わらせておいたでな」

「って、早いですね……」

 ばたばたと部屋の外が騒がしくなる。人里の子供達が数人、室外の軒先に顔を出した。

「マミゾウおばちゃん、こんにちはー」

「ほいほい。またお話を聞きに来たのかのう?」

 笑顔でマミゾウが応じる。老成した言葉遣いの彼女は「おばちゃん」呼ばわりされることを厭わない。

「うん。聞かせてよ、この前のお話の続き」

「ふぉっふぉ、よかろう。足を洗ってから上がってくるがよい。ここでは寅丸殿の迷惑になるから――」

 子供達の頭を撫でながら星に目配せする。止める謂れなどないが、彼女はさりげに気を利かすのが得意だった。老獪、という言葉が実にしっくりくる。

「どうぞ、こちらはお構いなく相手してあげて下さい」

「すまんの。では」

 子供達と同じ方向に歩きながら、マミゾウは本堂の外に視線を運んだ。一瞬のことだったので、それにどんな意味があったのかはよく分からなかったのだが。

 ともあれ、マミゾウが来てから色々と助かっている。ぬえもいいことをすると、思わずにはいられなかった。

 

 

 四

 

 子供達を連れるマミゾウが一瞬こちらを見て笑うのを、ぬえは疲れた顔で眺めていた。軽く手を上げて、物陰に消える彼女を見送る。

 ――マミさんは上手くやってるよなぁ。

 マミさんことマミゾウが、聖人に対する切り札としてぬえが呼び寄せた妖怪である。

 最近まで幻想郷の外、佐渡島で人間に紛れて暮らしていた妖怪。それゆえに人間と付き合う上での要領をよく心得ており、命蓮寺の提唱する「人間と妖怪の共存」と相性がいい。化けさせる程度の能力を器用に操り勤行を軽々こなし、人里の住人や寺子達に外の世界の話などを語って聞かせるなどして人望も高まっている。命蓮寺に入ったのはぬえが先なのに、新参のマミゾウが数十年は勤行をこなした先人のような振る舞いを見せていた。

 だからこそ、ぬえは複雑なのだ。別に、彼女の手際に嫉妬する訳ではない。

 ――私、何のためにマミさんを呼んだんだっけ?

 そんな自問自答が、ぬえの胸中を渦巻いた。

 


 
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