No.341064

レッド・メモリアル Ep#.17「神の十戒」-1

国会議事堂を占拠したテロリスト達。彼らは、『レッド・メモリアル』なる生体コンピュータを求め、リー達と抗争を繰り広げることになります。更に『ジュール連邦』の総書記の処刑さえも行おうとするテロリスト達。

2011-11-29 10:26:54 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:858   閲覧ユーザー数:301

 

《ボルベルブイリ》国会議事堂

4月13日 3:25P.M.

 

 シャーリは父親からの連絡を待っていた。彼からの指示を待っているように命令されて、もう丸1日以上が経っているが、まだ連絡が無い。

 父親が何をしているのか、シャーリは知っている。それはアリエルへの説得だ。彼女が動かなければ、自分達が動かそうとしている計画が動かない。

 自分はかつて総書記が座っていた机に座っていて、周りに部下を張らせている。まだ『ジュール連邦軍』はこの国会議事堂の地下シェルターに突入する事ができないようだ。こちら側には総書記の命がかかっている。

 しかし、《ボルベルブイリ》の外側からは『WNUA』軍に包囲されていて、追い詰められている連邦軍がどんな行動に走るのか、分かったものじゃあない。追い詰められた彼らがいつ突入してきてもおかしくはない。

 だが、シャーリに恐れは無かった。彼女は、執務室の机に置かれたショットガンを時々握っては弾装を確かめている。

 自分はいつ突入されてきても構わない。いつでも、攻撃がされて来ても良いように備えているのだ。

 何度目かのショットガンの弾装の確認の後、もはや元総書記と言って良い状態にある彼の部屋が開かれた。

「シャーリ様。準備ができました。いつでも奴を連れて行けます」

 部下がそう言ってくる。シャーリは返事をする事も無く、ショットガンではなく、西側の国ではもはや一般的に使われている携帯端末を取り出し、そこから立体画面を開いた。

 そこには大きなビルの立体映像が展開した。

 そのビルを見るなり、シャーリはにやついた。

 彼女は黙ったまま立ち上がり、すぐに次の行動に移る事にした。総書記の部屋ではレーシーが今だに寝息を立てているが、シャーリは彼女の体を叩いて起こしてやった。

 レーシーは子供が無垢な姿を見せているかのように、とても緊張感の無い様子だったが、シャーリは彼女の体を無理やりに起こす。

「レーシー、起きてきなさい!そろそろ、行動を起こす時間だわ」

 シャーリが何度か揺さぶると、レーシーはようやくその体を起してきた。

「ねえ、シャーリ。今、何時?」

 レーシーにはそう言ってやった。腕時計を見れば、予定の時刻がだいぶ遅れて来ている。早く行動しなければならない。お父様の為にも。

 

 リーとタカフミは相変わらず倉庫の中に押し込められたままだった。待遇は人質としては悪くない。この地下避難施設に設けられてあったのであろう、非常食などが支給されていた。

 もう1日と半日になる。そんなに長い間、食事抜きでは辛い思いをする事になるだろう。タカフミ達には情報も与えられていた。

 彼らはこれから何をさせられるのか、大体分かっている様な気がした。

「この建物の中にあるものを、俺達が取ってくることが命令だと?」

 タカフミは嫌気がさしているような声と共にそう言った。

「建物の住所は、《ボルベルブイリ》の北部になっている。この一帯は新都市開発が進んでいる場所だ。この東側世界で最も発達している場所だと言われている。そんな所にある建物だ」

 リーはその建物を表示している立体画面を見ながら考えている。何故、自分達にこんな事をやらせるのだろうか。

 あのベロボグ達は十分な組織力も持っているはず。そして、自分達がここにいた事は偶然であるはずだ。

「自分達の危険を回避するために、俺達を利用している?何を、一体、どのようにして手に入れて来いと言うんだ?」

 タカフミは部屋の中をうろつきながらそのように言った。うろつくタカフミの姿はとてもせわしなく落ち着かない様子だった。

「ベロボグの考える事だ。相当の物であるのは確かだな。あのアリエルの頭の中に埋め込まれている、デバイスも関係あるかもしれない。あのデバイスは、彼女の頭の中に入っている分には機能しないが、読み取り装置があれば、生体コンピュータとして機能するはずなんだ」

「それで?」

 リーの答えにタカフミは答えを促す。

「ベロボグの組織を調べた時は、その生体コンピュータに関する記録はどこにも無かった。そしてその生体コンピュータというものは、奴の組織力をもってしても開発できるような代物では無い。何しろ、西側の最先端科学を研究している者達ですら、試作段階のものしか作れていないほどのものだからな。

 だが、奴がその研究を別の会社に委託している可能性はある。そして、そのコンピュータがすでに出来上がっているとしたら?」

 リーの推測に、タカフミは足早に倉庫をうろつくのを止めた。

「ベロボグの狙いはそれか?しかし生体コンピュータを、この状況下で何に使う?確かに人間とコンピュータを連結する事ができる革新的な技術かもしれない。しかしながら、この戦時下で一体、それが何の役目を果たすって言うんだ?」

「どんな情報機器であっても、大切なのはメモリーの方だ。アリエルの情報を読みとる事によって、何か、とてつもないものを読みだす事ができるのかもしれない。彼女や、ベロボグの子供達の頭の中に入っている情報は、この世界をひっくりかえすほどの情報と言う事も考えられる」

 倉庫の中に居ながら、タカフミはそのように推測する。彼は倉庫の入り口の扉の脇に立ち、

「おい、そうなのか?」

 と、彼の出身国の言葉でわざとらしく、外の見張りに言い放つ。

 すると、扉が荒々しく開かれ、タカフミは思わず面喰った。

 外の男は、大柄な肉体を見せつけるかのようにそこに立っている、テロリストの一員だった。

「まさか、聞こえていたって事は無いよな?」

 と、タカフミはやはり彼の出身国の言葉で、リーに言ってくる。

「いや、言葉が分からんだろう。小声で話していたしな」

 と、彼の方はまだ余裕を見せていた。

「お前達に命令が下された。上手く働け。これから説明を受けさせる」

 そのように大柄なジュール人はジュール語で言い、リーとタカフミをその部屋から連れ出すのだった。

 シャーリの目の前に再びあの二人の男が現れた。見るからにジュール人ではない。片方の男は『WNUA』側の人間だし、片方は、レッド系の人種の男。どちらも西側の国の人間だ。

 『WNUA』はこの『ジュール連邦』に戦争を仕掛けている真っただ中だ。そして両者にあった静戦のバランスを崩させたのも、全て父の計画。しかしながら、シャーリ達にとっては今の所は、『WNUA』は直接の敵ではなかった。

 彼らは利用すべき相手であり、勢力だ。

 現在の世界一の経済力と軍事力を誇る『WNUA』の国々には、父も頼らざるを得ないのだ。

「俺達に命令とは?」

 レッド系の男の方が、かなり訛ったジュール語で言って来た。聞きとりにくいほどではない。かなりこの国の言葉を話してきている。

「あるものを取って来て、届けてちょうだい。それだけ」

 シャーリは簡単な事を言うかのように、そう言った。

「何故、私達にやらせる?」

 『WNUA』側の青いスーツの男が言った。

「簡単な事よ。あなたたちならば、怪しまれずに侵入する事ができる。わたし達はすでにこの国会議事堂の地下に攻撃を仕掛け、総書記まで捕らえた、一大テロリストなのよ?そんな者達が、簡単に取ってこれるようなものじゃないのよ」

「分からんな」

 シャーリの声を遮るかのように、総書記の机越しに立たせている男が言った。

「もし、私達が、それを持ち逃げするような事があったら、どうするつもりだ?」

「おい、リー」

 青いスーツの男に、レッド系の男が戸惑う。

「あなた達に取って来て欲しい物は、あるデバイス。それには追跡装置がついていて、外す事はできないようにもなっている。だから、どこまででもその装置を追跡する事ができるのよ」

 シャーリはそのように言った。大丈夫だ。まだ、目の前にいる男たちよりも優位に立つ事が出来ている。

 青いスーツの男の態度が気に入らないが、お父様の命令なのだ。この男達にやらせるしかない。

「なるほど。俺達がそのデバイスを破壊するかもという危険性は考えないのか?」

「そんな事、あなた達にはできないでしょう?」

 青いスーツの男の言葉を遮ったシャーリが言った。目の前の男達の正体にはシャーリも感づいている。

 そして、彼らがそのデバイスを欲している事も知っていた。

 彼らを駒として使えるのならば、今は大事な革命の真っ最中なのだから、我々組織は、その革命の為に動き、更に重要なものは雲の中に隠す。それが、シャーリの父の考え方だった。

「では、我々を解放し、そのデバイスとやらの場所を教えてもらおうか?」

 青いスーツの男がそのように言って来た。

「《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にあるビルの中。隔離施設にあるけれども、そのパスは渡す。細かい場所はすでに渡した携帯端末で確認したはずよ」

 青いスーツの男が、その携帯端末を動かし、立体画面を展開させる。そこにある高層ビルの姿をシャーリも確認した。

 彼らは使える。ちゃんと思惑取りに動いてくれそうだ。裏をかこうとしても無駄だ。彼らがどのようにシャーリ達の裏をかいても、お父様は全て見とおしているのだから。

「その場所に行って、デバイスを入手したら、次は別の場所に行き、わたし達の仲間にそれを引き渡す。引き渡し場所も携帯端末に入っているわ。これからあなた達を解放する。その後は、どこでも好きな所にいって頂戴」

「気前がいいもんだ」

 レッド系の男が何やら言った。それは彼の母国語であったので、シャーリには言葉が分からなかったが、何を言ったのかは大体掴める。

「正直のところ、わたし達は『WNUA』には手出しをしたくないのよ。狙うのはこの国の破滅だけ。そのためには、そのデバイスが何としても必要になる。レーシー!この方達を、入り口まで案内させてやりなさい。

 そして、人質を解放したのだと言うのよ」

 そう言って、シャーリは指を鳴らして、レーシーを動かさせた。

 

 リーとタカフミはエレベーターに乗せられて、一日以上も押し込められていた、国会議事堂の地下シェルターを後にした。背後には自動小銃を持った大男と、小柄な少女がつき、リー達を見張る。

「外へ出て、その後は?」

 タカフミがリーに尋ねる。それはタレス語であり、後ろにいるテロリスト達には理解できない言葉のはずだった。

「シャーリが言った通りに動けばいいんだよ」

 と、タレス語の言葉が背後から聞こえてきたのでタカフミは驚く。その声は小柄な少女から発せられていた。

「あたしに言葉が分からないとでも思った?あなた達には発信機がついている。逃げようにも逃げられないわ。シャーリの言ったとおりに動いてくれないと、あなた達も大切な秘密を逃しちゃうよ」

「ああ、そうかよ」

 タカフミはそのように自分の母国語で言った。するとレーシーは、

「その通り。きちんと行動してね。検討を祈るわ」

 タカフミの母国語さえも理解し、話せるらしく、その言葉を使って言って来た。こんな小さな子供が、幾つもの言葉を操るのを耳にし、何もかもが見透かされているかのような気分にさせられる。

「安心していればいい。妙な気を起さずに動けば何も起こるまい」

 リーはまだ冷静さを崩さずにそう言った。

 エレベーターが地上層に到着した瞬間。突然、武装した兵士達が一斉にエレベーター内へと銃を向けてきた。

「我々には人質がいる!まだ地下には総書記もいる!ここで面倒な気を起こさない事だ!だが、この二人の人質を今から解放する!妙な真似をするな」

 背後にいた大柄なテロリストが声を張り上げてそのように言い、エレベーター内から、突き出すかのようにして、リーとタカフミを、国会議事堂のロビーへと突き出した。

 兵士達の中に転がるようにして飛び出したリー達は、すぐに兵士達に抱えられる。

「怪我は無いか?下で何が起こりました?」

 どうやら、国会議事堂の職員か何かだと勘違いをされているらしいリーとタカフミ。地下からやってきたエレベーターは、そのままとんぼ返りをするかのように、すぐに扉を閉め、再び地上へ降下していった。

「いや、怪我はない」

 リーはジュール語でそのように言い、構ってくる軍の部隊をはねつけるように言った。

「事情聴取をさせて頂きます。その後に病院へ」

 軍の者達はそのように言ってくるが、リーは、

「悪いが、中で起こった事は話すなと、議会での命令が出ている。そして、部隊も中に突入するなとの命令だ」

 あたかも自分が『ジュール連邦』の議員であるかのように振る舞い、そのように言い放つのだった。

「しかし、中の様子が分からなければ、総書記殿は…」

 軍の部隊隊員が言いかけるのだが、リーは彼の言葉を遮った。

「総書記殿は捕らえられている。軍は議会の命令に従わなければならない。我々は重要な用事があるので、この場は失礼する」

 と堂々と言い放ちながら、軍の部隊が固めている議事堂の中を進んでいった。

「おい、いいのか、リー?」

 リーに追いつきながら、タカフミは小声でそのように尋ねた。

「いいも何も、これからやろうとしている事は、『ジュール連邦』側に知られるわけにはいかないだろう?ああ、そうだ。おい、ちょっと!」

 議事堂の外に出てくるなり、リーはジュール語を使い、外にいた部隊長らしき人物に向かって言葉を投げかけるのだった。

 すると、議事堂の敷地内で作戦指揮を行っていた部隊長らしき人物が、リーの元へとやってくるのだった。

「いかがなさいましたか?お怪我は?」

 やはり部隊長もリー達の事を、この議事堂に招かれた、外国の来賓だと思っている。

「いや無い。それよりも、これから庁舎に戻らなければならない、大事な用事があるんでね。そこで、車を一台用意して欲しい」

 そのようにリーが言うと、

「ええ、分かりました。車を用意させるように伝えます」

 部隊長はそのまま踵を返して言った。

「大した奴だな。とても一日も人質になっていたような姿には思えんよ。それで、あの娘が言っていたように動くのか?」

 タカフミはそう尋ねるが、

「ああ、車の中で話すとしよう」

 リーは変わらず灰色の雲に覆われている、《ボルベルブイリ》の街を見つめながらそのように答えるのだった。

 今、この街は渦中にある。静かな姿をしているが、水面下では確かに渦が巻き、全ての人々を、そして国をも呑み込もうとしているのだ。

3:38 P.M.

 

 名も知れぬ医療施設にいるアリエルは、時間の感覚も失っていたが、今、昼食を食べたばかりだった。昼間が長い、白夜の国として知られる『ジュール連邦』では夕食の時間が遅く、アリエルもその慣習には習っていたが、昼食を与えられた時間が、午後の4時とは。完全に時間の感覚を失ってしまっている。

 実際、食欲があまりなかったし、体に触るからと気遣った父親によって、ほぼ強制的に与えられた昼食の様なものだった。

 この、名も知れぬ、どこにあるのかさえも分からない医療施設には、調理場や調理師はいないのだろうか、アリエルの前に出されたトレイは、冷凍食品を解凍したばかりのもののようだった。

 だだっ広い、恐らく100人以上は収容できるであろう食堂は、清潔感は保たれていたが、殺風景で妙に広く、アリエルはあまり落ち着かない。

 テーブルの向かいには父親が座っている。彼は食事を済ませているのだろうか、ただコーヒーを飲んでいるだけだった。

 アリエルにとっては、父がそんな日常的な姿をしているなど、とても想像できなかった。

「すまないが、まだ調理師は雇っていなくてね。設備はあるんだが。だが、いずれここにもそうした人材を集める事になる。今はまだ仮の運営だ。ただ、保存のきく食料は沢山ある。遠慮せずに食べるといい」

 そのように父は言い、アリエルは食事を促された。しかし食事を促されたとしても、アリエルには食べるだけの落ちつきがなかった。

 突然、得体の知れない所に連れて来られ、父の過去を知る事になった。あらゆる事が一気にアリエルへと押し寄せてきており、彼女はそれをどのように処理したら良いかが分からない。

 この施設は父が患者達が落ちつけるような環境として、立派に作り上げたものだろう。それは『ジュール連邦』のどこの医療施設でも見かけないほど、見事な作りになっている。ここまで清潔な医療施設など珍しい。

 しかしながらアリエルは、落ちつく事ができなかった。

 自分がこの世界や国を本当に変える事ができる、その手助けができる存在なのかと、何度も自問してしまう。

 アリエルは食事を口へと運んではいたが、その動きは何ともぎこちないものとなってしまっていた。

 それに感づいたのか、父は言ってくる。

「不安かね?私が話した事が、そしてこれから起ころうとしている事が」

 アリエルにはどのように答えたら良いかが分からない。父は言葉を続けてきた。

「シャーリも確かに最初はそうだった。世界を変えるために生まれてきた存在と言われても、それを自覚できなかった。だから私はしばらく彼女に時間を与え、自分で答えを出せるようにさせたのだよ」

 そのように父は説明してく。だがアリエルは、頭の中が混乱の渦中にいるのだ。

 アリエルが時間をかけながら、目の前の冷凍食品が全て冷めてしまうのではないかというほど、ゆっくりと時間をかけて食事を進めていくと、やがて、だだっ広い食堂に黒いスーツを着た女が姿を見せた。

 アリエルも知っている。父の記憶と自分の頭とを繋げた、あの能力者が、響く足音を鳴らしながら父の方へと近づいてきた。

 アリエルはちらりと彼女の方を見ただけだった。まだ、目の前に出されている冷凍食品は半分近くが残っている。

 ブレイン・ウォッシャーとか呼ばれている彼女は聾であって、口がきけないという。だから彼女は父の前に立ち、その目を向けているだけだった。

 すると父は何かを理解したようだった。

「そうか。シャーリから、準備が整ったとの連絡があったのだな」

 そう父は言いながら、その場の椅子から立ち上がる。

「すまないが、アリエルよ。大切な仕事がやって来た。シャーリからの連絡でね。我々もいつまでもここにじっとしているわけにはいかない。動かなければならないのだ」

 言葉を発した父の目には、何か、眼光のようなものが光ったような気がアリエルにはした。

「君は、ここで待っていたまえ」

 アリエルにそのように言い残すなり、父はさっさと行ってしまった。

 ベロボグはすでにシャーリから受けた連絡の内容を知っていた。ブレイン・ウォッシャーが何も語らずとも、彼はすでに次の計画を進めており、その内容についても知っている。

 計画は次の段階に突入しようとしている。そのためには慎重に動かなければならない。

 ベロボグは自らが管理、運営を行っている医療施設の中を進んでいき、その奥地へと向かった。やがて彼がブレイン・ウォッシャーに伴って辿りついたのは、真っ白な姿をしたこの施設のいたる場所の殺風景な風景とは異なる、コンピュータ機器が幾つも設置された場所だった。

 この部屋でベロボグは世界中にいる部下と連絡を取る事が出来、命令を下す事もできるようになっている。

 幾つも設置されている光学モニターの内、一つの通信がすでに行われていた。ベロボグはその光学モニターの一つの前に座るのだった。

 ベロボグが席につくと、モニターの向こうにはすぐにシャーリが姿を見せた。

「お父様。お会いしたかったですわ」

 シャーリは半ば、恋しかったかのような声を出してくる。最後にシャーリと話したのは一日以上前だったが、彼女にとっては父親というものは、そこまで恋しいものなのだ。それゆえに扱いにくい面もあるのだが、それだけシャーリは、ベロボグにとって忠実な存在だった。

 シャーリはどんな命令でも聞く。そして非人道的だとさえ言われる任務も、まるで生きがいを感じているかのようにこなす。

 ベロボグはそんなシャーリの事を、必ずしも良しとはしていなかった。

 長い難民キャンプでの生活が、彼女を変えてしまったのか。シャーリはより冷酷になり、『ジュール連邦』という存在を憎むようになっていた。彼女にかかれば女子供であっても容赦はしないだろう。

 相変わらず自分を溺愛しているシャーリは、ある意味でベロボグから自立する事ができていない。自分と言う存在が失われた時、シャーリは暴走するだろう。彼女の為にも、ベロボグは末期の脳腫瘍を乗り越えなければならなかったのだ。

「お父様、いかがなさいましたか?」

 画面越しにシャーリがそのように言って来た。

「いや。何でもない」

 ベロボグはシャーリに対してのその不穏を隠して答えた。今は彼女の心情を上手く利用しなければならない。

「彼の始末はどうするのですか?言われた通りに行えば良いのですか?」

 シャーリの語気が強くなり、目を輝かせる。これから行おうとしている事に、一種の快感の様なものを抱いているのだろうか?

「シャーリよ。始末ではない。そのような言葉を使うものではない」

 ベロボグはシャーリを戒めた。攻撃的な彼女を上手くコントロールしなければならない。

「すみません、お父様。ですが、ライブ中継はいつでもできる状態にあります」

 シャーリが少し面喰った様子で言って来た。

「ならば問題は無い。手順を確認しよう」

 すでにシャーリとの間では何度も確認をしてきたこの計画だが、これから行う事についての重要性を考えれば、もう一度確認をしてもよいほどの事だ。

「まず、わたし達がライブ中継のセッティングを行います。そして彼を今、わたしがいる部屋へと連れ込みます」

 シャーリがそのように言った。

「その通り。そして次に私が、声明を読み上げる。できれば私もそこに行きたかったが、計画が差し迫っているようだ。上手く、私の声明が伝わるようにやる」

「そして、お父様の声明が終わった後で、行うのですね。絞首刑を。その準備はすでに出来ています。彼の首に縄を吊るし、ただ椅子を蹴り飛ばすだけでよい」

 シャーリがまた恍惚名笑みと共に残酷な事を口走る。ベロボグはそれを戒めた。

「シャーリよ。人道的に行われる処刑と言うものは、一種の儀式であって殺人ではない。特に、相手が一国の主であるような場合はな。あくまでも最期まで彼に無様な姿を見せさせるのではない」

 ベロボグは再びシャーリを戒めた。だが、シャーリは不服であるかのようだった。

 彼女は『ジュール連邦』という存在そのものに対して、憎悪を抱いている。憎悪の下に処刑を行わせる事は、ただの復讐でしかない。ベロボグの計画に復讐というものを介入させてはならない。

 これは、新時代の幕開けに必要なものなのだ。

「わたし達の行いは、全世界へと放映されるのですね?」

 シャーリはそのように言って来た。これから自分が行う事に楽しみさえ見いだしている。自分はシャーリを、殺人に快楽を見出すように育てた覚えは無いものを。

「新時代の幕開けに同調する者達が、その瞬間を目撃するのだ。そして、我々の目的はそれだけではない。処刑はあくまで、表向きの舞台であって、旧時代からの離脱でしかない。新時代の計画も同時に行わなければならない。それは分かっているな?」

 ベロボグは再度確認する。

「もちろんですわ。その方に関してはすでに計画を進めています」

 総書記の処刑を行う。それは確かに時代に対して大きな変革を起こすものであるかもしれない。しかし、それだけでは後の『ジュール連邦』が大きな混乱期に突入していく事は明らかだ。

 だからベロボグはすぐに新時代の幕開けを開かせる、新たな計画をも用意していた。その計画には、シャーリ達だけではなく、アリエルも重要な役割を担う。

 暴力的、攻撃的な性格を持つシャーリよりも、恨み、復讐の相手を持たず、人道的な考えができるアリエルの方が、ベロボグにとっては期待ができたのだ。

 これからの時代は、そうした人間こそ重宝される。シャーリにもそれが分かれば良いのだが。

ボルベルブイリ市内

 

 《ボルベルブイリ》の国会議事堂からそう遠くない場所に、自分達の陣を構えていたセリア達は、ようやく国会議事堂の方で動きがあった事を知った。

(人質二名が解放。依然として総書記殿は地下シェルターの中に捕らえられたままの模様)

 そのように傍受した無線機からは言葉が漏れていた。セリア達はそれを聞き逃さず、即座にフェイリンは、双眼鏡を使って国会議事堂の方を見る。彼女の眼は、幾つもの建物をも透過して、議事堂の方を見る。

 相変わらず議事堂の周囲は、戦時中として、更に敵の侵入した敵地として、何台もの洗車や装甲車までが配備されていた。彼らが丸一日以上も動けていないのは、その入口が狭すぎる事と、総書記を人質に取られている点だろう。

 街の外側には『WNUA』が攻めてきており、内側には総書記を人質に取る存在。このダブルパンチを『ジュール連邦軍』はどのように潜りぬけるのか。

 だが人質が解放されたと言う事で、膠着状態に少し動きが出ていた。

「どう?フェイリン。解放された人質は分かった?」

 一日以上の張り込みの最中、セリアはずっと椅子にリラックスした姿で座り、しかも時々つまらなそうに居眠りまでしていた。しかしながら、いざ、動きが見せられはじめると、彼女はその目を開け、ベランダから、議事堂の方を探るようにと、フェイリンに指示を出したのだった。

 フェイリンは、普通の人間では見る事ができない、建物を透過して議事堂を探る。こちら側の姿は、議事堂側からは見えず、自分達の捜査が妨げられるようなものはない。

「セリア。もしかして、あの人達って」

 少しフェイリンは驚いたかのような声で言って来た。

「何事ですか」

 セリア達と一緒にいる、トイフェルもテーブルから身を乗り出す。

「何が起きたのか、言ってくれなきゃあ、わたし達はあなたみたいに物が見えないんだから、分からないわ」

 セリアもそのように言う。彼女達に見えるものは、ただ通りを隔てて建っている隣の建物しか見えない。ただ、その先に議事堂はある。

「あれは、リー・トルーマンって言う人。そして、もう一人はあなた達の仲間だよ」

 フェイリンはそのように言いながら、トイフェルの方を振り向いた。

「ワタナベ氏ですか?」

「ああ、確かそんな名前の人。その人が解放されている」

 フェイリンのその言葉に、セリアは状況を考えた。ベロボグの軍が国会議事堂を襲撃したのは、総書記や政府機能を麻痺させ、更に解体に追い込むつもりだろう。

 それに関係の無い、リー達は解放されたと言う事なのだろうか。

 だがそれだけではないはず。セリアはここ数日で、いい加減リーの狡猾な性格にも慣れてきた。恐らく彼は首尾よくテロリスト達から解放されたに違いない。そして、新たな目的の為に動こうとしている。

 だからセリアは、すぐにトイフェルの前に立ち、彼に向かって尋ねた。

「リー達が解放されて、する事と言ったら何?」

 セリアは堂々たる声で質問をする。それはもはや軍で行う尋問に近いものだった。

「我々との合流をするはずです。いくらあの方達でも、この状況でできる事は限られていますから」

 すかさずセリアは電話を手にした。それは目の前の男が持っている電話だった。

「電話でもかかってくるって言うの?でも、電話も連絡も来る気配は無いわ。フェイリン。リー達はどこへ向かおうとしているの?」

 双眼鏡を覗きこんでいるフェイリンに尋ねるセリア。すかさずフェイリンは言葉を返してきた。

「車に乗り込んで…、こっちじゃあない。別のどこかへと向かおうとしているみたい。どうも街の東側へと向かおうとしているみたいだよ」

 するとセリアは光学画面を展開させて、《ボルベルブイリ》の街の地図を展開させた。この街は広大で、歴史ある街並みが入り組んだ姿をしている。地図を持たなければ旅行者は迷うだろう。

 しかしながら、迷路の様な街の中心部と違って、東側の街の一部区画のみは、正方形に整備されている事が伺える。

 セリアの目の前に展開される光学画面の地図は、立体化される。すると、その東側の区画には高層ビルが立ち並んでいる事が分かる。

「イースト・ボルベルブイリ・シティ?」

 セリアはその地区の名前を読み上げた。するとトイフェルは立ち上がり、セリア達に説明を始めた。

「ええ、先進的な開発が進められている、この東側の世界唯一の高層ビル街です。多数の企業がビルを構えている場所ですよ」

 セリアは頭を巡らせた。そう言えば、閉鎖的とも言われている東側世界の共産主義社会にも、唯一開かれた場所があると言われている。それが、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》だと言う。

 そこには東側の世界で幅を利かせる企業などが、唯一の拠点として活動を続けている。

「リー達の乗った車は?」

 セリアは窓から監視しているフェイリンに向かって呼びかける。

「ずっと東に向かっている。表通りを通って、まっすぐ東の方向へ」

 国会議事堂から伸びている東向きの表通りは、まっすぐ《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を目指していた。

「ベロボグの財団でも何でも良い。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》に、彼に関係した施設は無い?きっと、リー達はそこへと向かっているのよ」

 セリアは直感を信じた。窓からはフェイリンがずっと監視している。それに、リーに興味があるのは、ベロボグの組織に関する事だけだ。

「『チェルノ財団』は、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にありますが、すでにこの国の軍に差し押さえられています。テロリスト達のアジトとして、徹底的に捜査されたばかりで一般人は近づけませんよ。

 ですがベロボグは、財団を通じて、幾つもの企業に業務を委託していたと言います。その企業は《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にあるかもしれません。我々もマークしていたはずなのですが、ベロボグは巧妙にそれを隠させていて…」

 トイフェルがそこまで言ったところで、すでにセリアは寒い外に出るために上着を羽織っていた。

「それはリー達を追跡すれば分かる事よ。国会議事堂の下で何かを掴んだのかもしれない。どっちにしろ、わたし達はリーを追うわ。フェイリン。ついて来なさい。あなたの眼が必要になるわ」

 そのようにセリアはフェイリンに言った。彼女は双眼鏡を持ったまま窓枠に座り、戸惑った表情をセリアへと見せていた。

「何やっているの。行くわよ。それからあなたは、ベロボグと繋がっている企業を洗ってもらうわ。何かあったら、リーだけじゃあなくって、わたし達にもきちんと連絡するようにしなさいよ!」

 セリアはトイフェルに言葉を投げかける。この男がどこまで信用する事ができるか分からなかったが、リー・トルーマンにも、ベロボグ・チェルノにも近づくには、この男の組織というものを利用する他無かった。

 フェイリンもようやく支度ができたのか、さっさと玄関からアパートを出て言ってしまうセリアの後を追った。

 トイフェルは一人アパートに取り残され、果たしてここからどう動こうかと迷う。

 すべき事は一つ、リーに対して連絡を入れる事だったが、彼の携帯電話は国会議事堂で人質になった時に没収されたらしく、出る事は無かった。

 もし組織に彼から連絡を入れたい時は、向こうから連絡を入れてくるはずだ。そうしたら、セリア達が後を追いかけた事を教えておく事にしよう。

 

 一方、リー達は、テロリスト達に与えられたデータを元にして、車をまっすぐ《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へと向かわせていた。

 リーは車体に設置された光学画面を見ながら、それを叩き、一点を示す素ぶりを見せた。そこにはポイントが示されており、きちんと《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の一つのビルを示している。

「ここに何があると思う?」

 タカフミに確認するかのように尋ねるリー。運転は彼へと任せ、周囲への警戒を張っている。

「さあな、だが、お前はもう知っているんじゃあないか?」

 運転しながらタカフミが尋ねた。

「何をだ?」

「ベロボグの部下達が、わざわざ俺達をご指名になって命令してきたようなものだ。奴らが直接動く事ができない、よっぽど危険なものなんだろうぜ。だが、奴らはそれを欲しがっている。一体、何だと思う?」

 だが、そのタカフミの質問にはリーは答えずにただ言った。

「依然として尾行は、黒塗りの大型車だけだ。恐らく奴らによって監視されている。それ以外の尾行は無い様子だ」

「ああ、そうかい。俺達はテロリスト共の監視の下で、何かを手に入れさせられる。それが何かって事は、俺達にもまだ分からないままだ」

 タカフミは背後から尾行が来ている事を知りつつ、餌に泳がされている魚のような気分になりながら、じっと車の運転をする。正面にはこの東側諸国では唯一となる、高層ビル街が見えてきた。

「目的地は《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の更に東側にあるビル。ここに入っている会社は幾つかあるが、先端技術開発を行っている企業、シリコン・テクニックスの施設だろう。この会社は『WNUA』側の会社で、この東側の国に技術提供を行っている。

 基本は一般的なコンピュータデバイスの開発だが、更に進んだ技術開発も行っているようだ」

「ベロボグの奴の息のかかった会社だと思うか?」

「いや、もしかしたら、ベロボグはこの会社が保管か管理をしている、何かを奪いたいのかもしれない。それで我々を送り込んだのかもしれない」

 リーはじっと真剣な表情をして、自分の膝元においた立体画面へと見入っていた。それは手で回転させようと思えばいくらでも回転させる事ができ、リーは何度も、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の立体画面を回転させていた。

タレス公国 プロタゴラス 大統領官邸

 

 西側の諸国、WNUAで最大の勢力を持つ『タレス公国』では、カリスト大統領が、開戦した以降は国全土に厳戒態勢が張られており、中でも《プロタゴラス》、そして大統領官邸は最大の警戒態勢が張られていた。

 『ジュール連邦』がいつ、いかなる反撃を仕掛けてくるか分からない。開戦からわずか24時間で『WNUA』側は圧倒的優勢によって戦争が進められていたが、『ジュール連邦』側は不気味な沈黙を守ったままだ。

 国全土を覆う、防空レーダーは常にミサイルや戦闘機の動きを察知し、東側諸国からの攻撃が無いかを警戒する。

 大統領や関係閣僚、上院・下院議員のほとんども、国会議事堂の地下に避難をし、警戒に当たっていた。

 カリスト大統領は、自分が下した決断がどのようなものであるかは自分でもよく分かっていたし、これが歴史を塗り替えるものであるという事も分かっていた。だからこそあそこまで迷った。

 国では思いの他、反戦暴動などは起こらなかった。むしろ、東側諸国から軍事基地に対して核攻撃を受けたという事もあり、『ジュール連邦』を非難する声の方が圧倒的に高かった。

 国民はすでに用意していた地下シェルターに避難をし、いつ降り注ぐかわからない空爆に怯えはしたが、大統領や『WNUA』側の軍を支持した。

 その応援が力になったかどうかは分からないが、『WNUA』軍は、《ボルベルブイリ》へと接近しており、街のわずか10km地点の場所に緩衝地帯を向け、連邦軍とにらみ合っている。

 首都攻撃を行おうと思えば、カリスト大統領の命令で、いつでもそれを下す事もできた。

 そんな大統領はここ数日間、満足に眠る事もできないでいた。大統領としての仕事がそうさせているのではない。今、この世界の全てを変える事ができるという決断が、彼を眠らせないでいた。

 実際に3日以上も眠らないような事もあった大統領の仕事だが、彼はその後でも、国民達にそして世界に対して、堂々たるテレビ演説を行う事もできた。

 今も戦争の最高司令官として、堂々たる演説で、『WNUA』優勢を唱える事ができるようになっている。

 それは自分と同じ立場にいる、『WNUA』の他の七カ国の首相達に対しても同じだった。

「カリスト大統領。すでに我々は大きく優勢に立っています」

「大統領…、会談中に申し訳ありませんが、御覧に入れたいものがあります。関係各国の方にも是非見てもらいたい」

 そのように言って来た補佐官は、そこに新たな光学画面を展開させた。その画面は他の首相達にも見えるように展開される。

 大切な会談中何事かと、カリスト大統領は思わず顔をしかめたが、よほどの事なのだろう。彼も新たに展開された画面に見入った。

するとそこには、一人の男が映っていた。

 彼は、あたかもどこかの国の指導者であるかのように演壇に登り、スーツ姿で演説を行っている。

「見た顔だ」

 カリスト大統領がすぐに言った。すると、

「彼は、ベロボグ・チェルノを名乗っています。実際、顔と声紋が一致しています」

 補佐官はそのように言って来た。どうやらすでにライブ中継は始まっていたらしく、それが今、大統領の元へと持ってこられたのだ。

「何だと、では、こいつは我が国に攻撃を行ったテロリストではないか」

 カリスト大統領は自分の眼を疑う思いだった。ベロボグ・チェルノの顔は知っていた。あの男は慈善団体を名乗り、この国にテロ攻撃を仕掛けてきた。更には軍事基地一体を中性子爆弾で木っ端みじんにするなど、この国にも大きなダメージを与え、更にそれは『ジュール連邦』との戦闘にまで発展させたのだ。

 写真の顔は嫌でも覚えている。スキンヘッドで面長だが、堀の深い顔には威圧感があり、一度見たら忘れられない男の顔だった。

 だが今、ライブ中継を前にして、壇上に上がっている男は、どこか、あのベロボグよりも若い印象を受ける。10歳ほどは若く見える姿をしており、不思議な事にその姿は清らかささえ持っていたのだ。

 ベロボグは演説を続けていた。

(すでに知っての通り、『ジュール連邦』の政府は東側諸国に対し、恐怖政治を敷いている。周辺各国を、社会主義の名のもとに支配し、その政治のみならず、国民をも虐げている。その勢いは留まるところを知らず、1世紀以上もの間、この国々は恐怖に支配されてきた。

 3年前の『スザム共和国』のペタの街では、民族浄化の名のもとに、多くの市民が虐殺された。女子供、全てが殺戮の渦に遭い。無数の尊い命が犠牲になった)

 この男は何を言っているんだ。自分も爆弾を使って、軍事基地を破壊し、我が国の兵士達を大勢葬ったではないか。

 言っている事も、所詮は革命家を気取った言葉を並べ立てているに過ぎない。この男は、自分だけの正義のために、多くを犠牲にする事をいとわない、偽善者に過ぎないのだ。

「発信元は特定できているのか?『ジュール連邦』政府の対応は?」

 カリスト大統領は尋ねるのだが、

「いえ、発信元は特定できません。ですがこの放送は全世界へと中継されています。『ジュール連邦』政府は、国会議事堂の占拠で手いっぱいの様子で…」

 そこまで補佐官が言いかけた時だった。

(我々は革命を起こす。この『ジュール連邦』の圧政に終止符を打つために、一人の代表者に責任を取らせる。我々は非人道的な事は行わない。きちんと西側諸国にもあるような作法にのっとった処刑を行う)

「処刑だと?処刑と言ったか?」

 ベロボグはジュール語で話しているから、西側諸国の者達にとっては通訳が必要だ。カリスト大統領も、ジュール語はある程度知っていたが、改めて補佐官に聴きなおす。

「翻訳ソフトを使いましょう」

 そのように補佐官が言うと、ベロボグの言葉に合わせて、タレス語になった翻訳が流れるようになった。

(処刑はきっかり1時間後に決行される。我々の代表だった総書記、ヤーノフは、自らの執務室で処刑される事が適当だと判断した)

 そのようにベロボグが言うと、彼の壇上の背後に別の画面が現れる。薄暗い場所で撮影されている画面で、どこかの地下室である事を思わせる。

 それはどうやら、ベロボグの言った通り、『ジュール連邦』総書記、ヤーノフの執務室であるらしかった。

 だが暗さからしても地上の執務室では無い。恐らく現在ベロボグ達によって制圧されている国会議事堂の地下施設にある、臨時の執務室だろう。

 ベロボグは別の場所にいながら、あたかもその執務室に自分もいるかのように画面を合成している。

 そしてその臨時の執務室には、屈強な姿をしたテロリストらしき者達の間に座らされている一人の男がいる。彼を取り囲んでいるテロリスト達があまりに屈強であるため、とても小柄な中年の男にしか見えない。

 だがその顔はカリスト大統領達にとってもよく知る人物だった。

「ヤーノフか?この男はヤーノフなのだな?」

 そのように大統領が確認するまでも無く、画面の向こうのベロボグは言って来た。

(今から1時間後、ヤーノフ総書記を絞首刑にかける。それには全世界が注目してもらいたい。『ジュール連邦』は再編され、新たな国へと生まれ変わる。そしてその革命は世界へと伝わり、やがて、世界は大きな変革の渦に気が付くだろう)

 ベロボグの演説は続いた。

 カリスト大統領は、その演説を続けるベロボグの視線が、自分へと向けられているような気がしてならなかった。この男は、ヤーノフの処刑を他でも無い、『WNUA』の国々へと向けているのではないだろうか。

「ベロボグは、別の場所にいるという事か?何故、ヤーノフの処刑を部下に任せ、自分は別の場所で見物などを?」

 カリスト大統領が一つの疑問を、部屋にいる者達へと投げかける。すると、

「これが撮影されているのは、包囲された国会議事堂の地下です。ヤーノフが死ねば切り札を失い、ジュール軍の突入が始まる可能性が高い。自身の安全のためでしょう」

 軍事参謀の一人がそう言って来た。確かにそうかもしれないが、ヤーノフの処刑を行えば国家転覆さえも図る事ができる。そのような歴史さえも変えてしまう出来事の首謀者が、処刑に立ち会わない事には、何か別の理由がある気がしてならない。

「ベロボグには処刑以外にも別の目的があるのかもしれない」

 カリスト大統領は独り言のようにそう呟いていた。そんな彼の元へ、中継会議の真っただ中であり、同じベロボグの演説を見ていた、『マラゲーニャ共和国』のヨーゼフ首相が口を挟んできた。

「大統領。しかしながらこれはチャンスかもしれません。我々にとってヤーノフは敵であり、国会議事堂は軍事作戦の最期の砦でもある。『ジュール連邦』を解体させるためには、ヤーノフの処刑はむしろ好奇と見るべきかと。

 現に、『ジュール連邦軍』は国会議事堂の占拠により混乱しています。この機会を狙い、一気に連合軍は首都制圧を目指すのです)

 ヨーゼフ首相はそのように自分を押してきたが、カリスト大統領は素直にはうなずけない。

「むしろヤーノフが処刑される事により東側諸国全土が混乱する。その後に、『ジュール連邦』を制圧したとしても、混乱をそのまま、我々が引き継いでしまうだけだ。より戦後処理は悪化する。

 それに、ベロボグ・チェルノは幾ら革命家を気取ろうともテロリストである事に変わりは無い。ヤーノフを処刑し、そのまま国を我々に渡すとは思えない」

 カリスト大統領達が議論している間も、ベロボグの演説は続いていた。

(これは、我々の祖国が西側の国に屈した事を示しているのではない。西側諸国が我々への戦争を続けると言うのならば、『ジュール連邦』を解体した後にも、それを迎え撃つ準備が我々にはある)

 やはりベロボグは、そのまま祖国を西側へと渡すつもりはないようだ。それどころか、これは『WNUA』への宣戦布告とも取れる。

 ベロボグの勢力がどれほどか分からないが、少なくとも、『タレス公国』側に核攻撃をしかけられるだけの力は彼にはあるのだ。

「どちらにせよ、ベロボグの居所を掴み、『ジュール連邦』制圧と共に、こいつも捕らえる必要がある。発信元の特定を急げ」

 カリスト大統領はそのように指示を出した。その間もベロボグの演説は続く。

(この世の中にはまだ、多くの不幸な者達がいる。彼らはすでに自分達の秘めた力の存在を知っているはずだ。我々の組織が『ジュール連邦』の国会議事堂を占拠でき、ヤーノフを処刑へと持ち込めたのも、私が秘めた力を持った者を活かし、彼らに生きる目的を与えたためにある)

 この男は、何を言っている?カリスト大統領は画面へと見入った。

(秘めたる力の存在を感じている者達よ。我々は『ジュール連邦』解体後に新たな王国を造ろうとしている。それは今までこの世界に無かった新しい王国だ。

超能力とも取れるこの力を私も有している。そして理解している。この力を有効的に使い、新時代を造る方法を知っている)

 ベロボグはそこまで言うと、何やら身をかがめた。そして次の瞬間、突然彼は翼を広げた。

 カリスト大統領達ではない、その場にいる者達、そして世界中の者達が圧倒されただろう。ベロボグの背中からは、あたかも天使の翼が出現したかのように、翼が現れた。

 しかし天使の翼のように純白の羽根が現れたのではなく、影のように黒く、それは金属で出来ている翼のようだった。ちょうど戦闘機の翼のようにも見えるが、あまりに自然にベロボグの体から、生えているように見えた。

「何だこれは?合成処理の演出か?」

 思わず大統領はそう言ったが、

「大統領。もうご存じのはずです。ベロボグ・チェルノはかの者の一人です。つまり、『能力者』です」

 補佐官がそう言った。

「では、自分の『能力』を全世界へと見せつけた、という事か?本当に?合成処理の演出でないのか、確かめさせろ」

「大統領、今は、それよりも、むしろ《ボルベルブイリ》への先制攻撃を発動する段階かと思われますが」

 軍事補佐官がそのように言ってくる。

「だからと言って、ベロボグの件を見過ごすわけにはいかない。同時に処理する。《ボルベルブイリ》を制圧しても、それに乗じてこのベロボグの組織が台等してきたら、戦後処理が一層悪化する。

「承知しました。分析にかけ、ベロボグの所在を突き止めます」

 軍事補佐官はそのように言い、引き下がろうとしたが、カリスト大統領は更に念を押した。

「あと、マスコミには、ベロボグの見せたものは、トリックだったと報道するように伝えておけ。『能力者』の存在が公に知られれば、より世界が混乱するだろうからな」

 大統領は疑問に思っていた。一体、ベロボグは何を狙っている?よりこの世界を混乱させるという事が、彼の目的なのだろうか?

 


 
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