No.340759

とある船長の航海記録  【完結】

01_yumiyaさん

海洋冒険編

2011-11-28 17:10:58 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:374   閲覧ユーザー数:361

[とある船長の航海記録]

 

 

 

『世界は丸い』と誰もが知っているこの時代、大海原を一隻の船が悠々と航行していました。

その船はいろいろな人たちが乗った賑やかな船。

パラボルトから、グレートクインから、ニューホープから、ツンドランドから、ウンガルフから、ヒノモト国から。

世界中の様々な土地から集まった人々が乗っています。

 

その船の名は『コンキスタ号』といいました。

 

 

パラボルトから出港し、世界中を旅して、世界中を冒険した彼らは『カリムーの宝』の正体を知りました。

宝の正体を知っても、彼らは変わらず船に乗っています。

楽しそうに海の旅を冒険を続けていました。

 

 

港を出てしばらく進んだコンキスタ号は、広い広い海の上を走っています。

まわりには島もなく、青い海と白い波間が広がるだけ。

 

海の上を走り出してどのくらい経ったでしょうか。

甲板で海を眺めていた褐色の肌の航海士が急に鼻をひくつかせ、不可解そうな顔に変わりました。

航海士はすっとその場から離れ、コンキスタ号の船長のもとへ向かいます。

 

「キャプテン、空気が、」

 

少しおかしい、と航海士が船長に報告するまえに、ぽつりと水の珠が頬に当たりました。

このあたりで大粒の雨が降ることはとても珍しいことです。

船長もそれに気付き、少し表情が険しいものに変化します。

 

「危ないかもしれないな」

 

そう呟いて、船長は仲間たちに指示を出しました。

港に引き返そう、と。

 

暴風雨に巻き込まれてしまうと、たとえしっかりした造りの船であろうとひとたまりもありません。

なんとかやり過ごしたとしても、船体にダメージが入ったまま航行することはとても危険です。

運が悪ければ、そのまま海賊の餌食になってしまうかもしれません。

 

海の旅をするためには、状況を見据え正しい判断をしなくては、あっという間に海の藻屑となってしまいます。

 

ですから、この時の船長の判断は間違っていませんでした。

 

 

ただ少しばかり遅かっただけ。

少しばかり、風が強く

嵐になるのが予想より早かっただけです。

 

 

おおきな風に煽られて、船は体勢を崩します。

避難が間に合わず、コンキスタ号は激しい嵐に身を翻弄されることになってしまいました。

嵐に巻き込まれたコンキスタ号は激しく海の上を上下します。

そのたびに船からは様々な悲鳴が聞こえてきました。

 

辺りは薄暗く、大粒の雨が、激しく波が船を襲います。

外に出るのは危険ですが、進行方向を確認するためにも外にでなくてはいけません。

船長は命綱を腰に巻き付けて、決死の思いで甲板に出ました。

 

あっという間に嵐に巻き込まれたため、船長はコンキスタ号の現在位置がわかりません。

なんとか確認しようとしましたが、辺りの暗さと激しい雨風、容赦のない波に翻弄され、それもままなりませんでした。

船長はマストにしがみつきながら

 

(この船は今どこに浮かんでいるんだ)

(この船は今どこを進んでいるんだ)

 

と、必死に考えを巡らせました。

嵐の激しさは時と共に増し、目を開けていることさえ困難になってきます。

船が大きく揺れるたび、船長は舌を噛まないように歯を食いしばりました。

 

ふと、船長の耳に嵐の轟音に混じって女性の声が届き、慌てて操舵室に走ります。

 

聞こえてきたのは仲間の声。

この船のふたりの航海士の声でした。

 

コンキスタ号には、ふたり、航海士がいます。

ふたりとも女性。

船長はその彼女たちの小さな悲鳴を聞き取りました。

 

 

息を切らして操舵室に駆け込んだ船長の目に飛び込んできたものは、必死に舵を押さえる女性ふたりの姿。

黒髪の航海士が船長に気付き、声をあげます。

 

「大、丈夫、ですっ!」

 

そう航海士が笑いかけた瞬間、舵が激しく動き航海士ふたりは弾き飛ばされます。

航海士たちはくるくると目を回しながら、その場に座り込みました。

船長は慌ててふたりに駆け寄ります。

 

「嵐のせいで舵のコントロールが上手くきかなくなってしまって、…なんとか進行方向だけでも固定しようとしたんですが…」

 

「舵の固定具がハジケとんでしまって…、舵がスゴイ勢いでぐるんぐるん回り始めたんでス…」

 

このままだと船がおかしな方向に行ってしまう、と航海士たちは自分たちで必死に押さえて固定していたようです。

航海士たちの手は真っ赤になっていました。

よほど必死に掴んでいてくれたのでしょう、ふたりの手の平は血が滲んでいます。

 

慌てて船長がふたりの治療しようとした時です。

 

「おいお前待て!」

 

大きな声が響きました。

船長がギョっと声のしたほうに顔を向けると、険しい顔をして甲板を走る水夫長の姿と、それを追いかける船大工の姿が目に入りました。

何が起こったんだ、と一瞬呆けた船長の頭を黒髪の航海士はトンと軽く叩きます。

船長が顔を向けると、黒髪の航海士は笑顔を見せました。

 

「ここは私たちに任せてください!」

 

あっちの方が緊急性が高そうです、と続けて航海士は船長の背中をぐいと押しました。

でも、と船長は少し躊躇します。

怪我をした女性ふたりを放っておくわけにはいかない、と船長は困り顔。

しかし、もうひとりの、褐色の肌の航海士が舵と格闘しながら、

 

「早ク行ってくだサイ!」

 

と笑顔を見せたのを見て、船長はわかった、と呟きました。

 

(辛いだろうに、笑顔を見せてくれたふたりを信じなくてどうする)

(キャプテンが仲間を信じなくてどうする)

 

なるべく早く戻るから、とふたりに声をかけ、船長は急いで甲板に向かいました。

外では言い争う声が聞こえます。

船長が声のする方向に向かうと、水夫長と船大工がもみ合っていました。

もみ合いながらも、水夫長は近付いてきた船長の姿に気付きます。

水夫長はキッと船長を見たかと思うと、軽く視線をそらしました。

水夫長の視線の先は荒れ狂う海。

 

「何を、」

 

船長がふたりに声をかけたとたん、水夫長は船大工を突飛ばし船に備え付けてある小舟に乗り込みました。

船長と船大工が呆気にとられている合間に、水夫長は小舟ごと海に身を踊らせます。

絶え間なく叫んでいるような姿を見せる海に、水夫長は小舟ごと落ちていきました。

 

着水した音が甲板に響き、我にかえった船長は慌てて船から身を乗り出しました。

船長が海を見渡すと、荒々しい波に飲まれそうになりながらも水夫長の乗った船はコンキスタ号から離れていきます。

 

船長は叫ぶように、水夫長の名を呼びました。

信じていた相棒の名前を何度も、何度も。

 

その声は、風の音に波の音にかき消され水夫長には届きません。

 

「あいつ、嵐に恐れをなして逃げ去ったのかよ」

 

手すりに手をおいたまま俯く船長に、船大工が吐き捨てるように言いました。

俺の手掛けた船がそんなに信用できないのか、と寂しそうに呟きます。

船長は俯いたまま言葉を返せません。

 

(何で逃げたんだ)

(あいつはずっと前から相棒として傍にいてくれたのに)

 

船に乗っていた期間だけみれば、水夫長は船長よりも長い間コンキスタ号に従事してくれていました。

そんな水夫長が逃げ出すなんて、そう船長は考えます。

しかし逆に、この嵐はあの水夫長が逃げ出すほど危険な嵐なのではないか、と不安が船長を襲いました。

ベテラン水夫が逃げ出す嵐。

そんな嵐、今まで体験したことはありません。

 

おさまる気配もない凄まじい雨風に晒され、信じていた相棒も逃げ去ってしまいました。

船長を絶望が襲います。

 

そんな船長に、船大工が困った顔をしながら声をかけます。

その声を聞いて、船長はハタと気付きました。

 

(俺が真っ先に諦めてどうする)

(今することは泣くことでも、絶望することでもない)

 

船長は顔をぐっとぬぐい、海をキッと睨み付けました。

水夫長の姿はもう見えません。

船長は軽く首を振り、表情を整えました。

振り向いて、船大工に指示を出します。

 

「破損箇所を修理するぞ!」

 

 

生きて帰るために。

仲間が全員生きて陸に戻るために。

こんな嵐に負けて船をバラバラにするわけにはいかない。

信頼できる船大工が調整してくれた船だ。

耐えてみせる。

 

船長の仕事は船を守ること。

そして、仲間を護ること。

 

『負けてたまるか』

 

船長は駆け出しました。

船を、仲間を護るために。

船長は仲間たちに指示を出します。

女性は船室を、男性は外で破損箇所を直していこう、と。

 

コンキスタ号にはちょうど男女ひとりずつ船大工がいます。

彼と彼女を中心に中と外から船を直し守るつもりのようです。

 

「砲台や食料が嵐で動いて船室を壊すかもしれない。そっちは任せていいか?」

 

「了解です師匠!」

 

船長を師匠と呼ぶガンマンの女の子がピシッと敬礼を返しました。

まずは小物類が多い炊事場からなんとかしましょう、とガンマンの女の子はメイドの仲間を連れ添ってそちらに向かいます。

 

 

炊事場に着くと、メイドの仲間がガンマンの女の子に言いました。

 

「刃物があるから気を付けて」

 

「わかりました!」

 

元気に返事をして彼女は包丁や皿や食器を布にくるんでいきます。

メイドはくるまれた食器を箱に詰め、避難させながらポツリと呟きます。

 

「しばらくは食器使えないなぁ…」

 

「ご飯、どうしましょうか」

 

ふたりであーだこーだと話ながら手際よく片付けをしていた時、船がガタンと大きく揺れました。

その反動で、食器を詰めていた箱がひっくり返ります。

 

あ、とふたりが慌てる暇もなく、再度船が激しく揺れました。

ふたりは近くのかまどに捕まって、激しい揺れに耐えます。

 

しばらく身を寄せあって耐えていたふたりに、箱から散らばった刃物が船の揺れに呼応して飛び掛かりました。

 

気付いた時にはもう遅く、悲鳴を出せないほどの勢いで、刃物が彼女たちに襲いかかります。

 

船が揺れるため逃げ出すことができず、彼女たちはその場で固まったまま。

襲いかかる刃物の恐怖に思わず目を閉じました。

 

彼女たちが目を閉じてすぐ、ガガガガッッと刃物が突き刺さる音が響きました。

恐る恐る目を開くと、彼女たちの足元ギリギリに刃物が突き刺さっています。

 

「あ、危な、…危なかった…ッ」

 

「セーフ、セーフでしたっ!」

 

顔を真っ青にしながら、彼女たちは急いで刃物を回収し、先ほどよりもしっかりぐるぐると刃物を封印します。

もう飛びかかってくるな、とばかりに完全に布の塊になるまで、ぐるぐると。

 

炊事場でメイドたちが刃物と格闘している時、食料庫では歌の上手い女性とノッポの女の子が補修をしていました。

 

「さっきはめっちゃ揺れたなぁ」

 

「おかげで直したトコが無駄になっちゃったわ」

 

ふぅとふたりは軽くため息をついて、木箱の補修を再開します。

室内には大幅に破損している箇所はありませんでしたが、食料の詰まった木箱に穴が空いており、中身がぶちまけられていました。

 

彼女たちは散らばった食料を広い集め、直した木箱に詰め直していきます。

ノッポの子が言いました。

 

「薄暗い室内でチマチマやってると気ィ滅入ってくるわー…」

 

「…何か歌おうか?」

 

歌の上手い女性が微笑みながら返します。

お願い、とノッポの子が嬉しそうに微笑み返しました。

どうしようかな、と女性は悩み、少ししてこう歌い始めました。

 

『10人のチャインの子供が並んでた

ひとりおうちに帰って9人になった…』

 

彼女は唄を紡ぎます。

10人の子供がひとりずつひとりずつ減っていく歌を。

歌を聞いているノッポの子は、はじめは楽しそうにしていましたが、歌詞が進むに連れ泣きそうな顔に変わっていきます。

歌う彼女はこう締めました。

 

『…そして誰もいなくなった』

 

歌い終わり、ノッポの子は半泣きで訴えます。

 

「なんっ、なんなんそれ!怖い!」

 

「…あれ?」

 

誰もいなくなるとか縁起悪い、とノッポの子はぷるぷると首を振ります。

明るいノリの歌にしたつもりなんだけどな、と女性は困り顔。

確かにメロディは明るく軽やかでしたが、いかんせん歌詞が怖すぎます。

なんせ10人の子供たちは首を折ったり撃たれていなくなるのですから。

 

「もーええわ…、補修も終わったし早よう皆のとこ戻ろう?」

 

怯えているノッポの子は歌の上手い女性を引っ張りながら涙声で言いました。

ごめんなさい、と女性は謝罪しノッポの子よりも先に食料庫を出ました。

少し落ち込んでいたのでしょう、トボトボと足取りも重く歩みを進めます。

 

だからでしょうか。

彼女は甲板で足を滑らせ、同時に船が大きく傾き、彼女はぽーんと船から投げ出されました。

何が起こったか理解できていないまま海に投げ出された女性。

そんな彼女をみて、ノッポの子はさっき歌ってもらった歌詞の一部を思い出します。

 

『3人の子供がカヌーで遊んでた

ひとり水に落ちてふたりになった』

 

落ちて、いなくなる。

 

ノッポの子は頭が真っ白になりました。

真っ白な頭で反射的に、させるもんか、と思い切り持っていた槍を振ります。

落とすもんか、いなくならせるもんか。と。

 

必死に振った槍先は、海に落ちそうな彼女の服の襟首を引っ掛け、彼女の落下を押し止めます。

そのまま槍を振り切って、彼女を甲板に落としました。

その場にへたりこむ彼女は、バクバクと鼓動する胸を軽く押さえながら、ノッポの子に顔を向けます。

 

「あ、ありが、とう」

 

「…阿呆ぉ」

 

お互いに真っ青な顔を見合わせ、どちらともなく手を繋ぎました。

もう滑って転んで投げ出されないように、しっかりと。

 

ノッポの子と歌の上手い女性が手を繋ぎながらなんとか操舵室に到着しました。

そこには女性たちが集まっています。

 

終わったよ、と少し強張った笑顔で歌の上手い女性が皆に報告をします。

大丈夫だった?と皆が口々に心配そうに駆け寄りました。

 

「じゃあ、皆はここに居てね。あたしキャプテンに報告してくる」

 

そう言って、女性の船大工は操舵室から飛び出していきました。

他の女性たちは心配そうな顔で彼女を見送ります。

 

その子は今まで操舵室で壊れた舵や船室の修理をしていました。

船大工は忙しい仕事とはいえ、休みなく動き回っていては倒れてしまう、と全員で顔を見合わせます。

 

とはいえ、報告も大事なことです。

戻ってきたら休ませよう、と女性たちは簡単なおやつと休める場所を操舵室に用意して、船大工の帰りを待つことにしました。

 

 

赤いリボンを揺らしながら、女性の船大工は甲板を走ります。

内側からの修理は終わった、次は外の修理を手伝おう、と彼女は急いで船長を探しました。

 

 

少し足を滑らせながら甲板を駆け回り、ようやく船長を発見した彼女は声をかけます。

 

「内側の修理は終わったよ!」

 

声に気付いて船長や男性の船大工が彼女に顔を向けました。

走るな危ない、という言葉が彼女の耳に届くまえに、彼女は濡れた甲板で足を滑らせます。

 

彼女はそのまま、まだ補修の終わっていない、船壁に穴の空いた箇所に吸い込まれていきました。

落ちる直前、船長が必死に手を伸ばしましたが掴むことは叶わず、甲板からそのまま彼女は海に向かって落ちていきます。

 

しまったもう駄目だ、と彼女は目を瞑って覚悟を決めました。

慌てたせいでうっかり落ちて荒れ狂う海に投げ出される。

もう助からない、と諦めた彼女の体に、ガクンと衝撃が伝わりました。

彼女が驚いて目を開けると、ギリギリまで身を乗り出して、自分の手を必死に掴む男性の船大工の姿がうつりました。

しっかりと手を掴んだまま、船大工は叫びます。

 

「走るな危ない、つったのが聞こえなかったのかこの馬鹿!」

 

「な、ば、馬鹿って言わないでよ!」

 

売り言葉に買い言葉。

死の淵ギリギリにいるにも関わらず、船大工ふたりは元気に口喧嘩をはじめます。

女性の船大工が落ちそうになったとき、身を省みず飛び出した男性の船大工の足を船上で必死に支えながら、船長はふたりに負けず劣らず大声を出しました。

 

「喧嘩はあとでやってくれ!」

 

 

ギャーギャー騒がしい声を聞きつけ、外で補修をしていた男性たちが集まってきます。

急いで全員で落ちそうな3人を引きあげて、全員でほっとため息をつきました。

男性の船大工は女性の船大工を睨み付けながら怒鳴ります。

 

「大人しくしてろ馬鹿!」

 

「内側の修理が終わったから手伝いにきただけじゃない!」

 

彼女は負けじと怒鳴り返しました。

確かに喧嘩はあとでやれ、とは言いましたが実際嵐のなかでやられるのも困りもの。

船長は苦笑しながらふたりの間に割って入り、通訳をします。

 

「つまり『自分に何かあったらお前が全部やらなくちゃならないから、今は休んで体力温存しとけ』だってさ」

 

「…え?」

 

キョトンとした表情をみせる彼女と、慌てて否定する彼に挟まれながら船長は笑いました。

彼女は少し考え込み、笑顔を向けてこう言います。

 

「わかった、休ませてもらうね」

 

何かあったらすぐ呼んでね、と彼女は他の女性たちの待っている操舵室に走っていきました。

休んで体力を温存させるために。

何かあった時に万全の状態でいられるように。

 

走るな、と彼女に声をかけたあと船大工は船長の頭をひっぱたきました。

痛そうに叩かれた箇所を撫でる船長に、船大工は言います。

 

「作業続けるぞ」

 

「…了解」

 

短く会話をしたあと、船長たちはまだ勢いの衰えない嵐の中で、慎重に船の補修を再開しました。

 

女性たちには室内で休んでもらい、男性たちは前後に別れて手分けをしながら船の補修を続けました。

吹き荒ぶ風と雨の中、お互いに身を案じながら破損箇所を直します。

自分の分担箇所がなんとか一段落した医師の仲間は、ふう、と眼鏡を外して顔を軽く拭いました。

 

風の音に混じって、ミシミシと嫌な音に気付いた医師は、音のした方向に体を向けます。

彼のぼやけた目にうつったものは船の柱。

船に生えていた小さな柱が彼めがけて倒れ込んできていました。

 

医師が息を飲んだ瞬間、彼の体が何かに抱えられビュンと一瞬で移動しました。

くんと体に負荷を感じ、安全な場所で止まります。

頭の上から焦ったような呼吸が聞こえてきました。

医師は慌てて眼鏡をかけなおし、抱え助けてくれた主を確認します。

 

「大丈夫でござるか?」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

ほっと安堵の息をもらし、忍者の仲間は医師に笑いかけました。

気を抜くと危ない、と心配そうに忠告しながら忍者は医師を甲板に下ろします。

すいません、と医師は軽く頭を下げました。

 

「怪我がなくて良かったでござる」

 

忍者が微笑んだ瞬間、ピシュッと風を切る音が辺りに響きました。

驚いたふたりが音の先に顔を向けると、無口な武士の後ろ姿が目に飛び込みました。

肩で息をしながら、刀を振り切ったポーズで固まっています。

 

武士のまわりには切り裂かれた板が散乱しており、その奥には少年武士が甲板に座り込んでいました。

医師たちは慌てて彼らに接触します。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「大、丈夫」

 

少し青ざめながら、少年武士は笑いながら返しました。

話を聞くと、医師たちが避けた柱がその先に居た少年武士に襲いかかったようです。

それに気付いた無口な武士が、間に入り込み倒れてきた柱を全て切り裂いたとのこと。

 

それを聞き、医師は少し申し訳ない気持ちになりました。

自分たちがなんとかできていれば、彼に柱は襲いかからなかったでしょう。

忍者と医師が力を合わせれば小型の柱を支えるくらいはできました。

 

運悪く医師は眼鏡を外しており、忍者は医師を助けるので精一杯でした。

柱の先にまで注意がまわっていなかったことを悔やむ医師でしたが、少年武士はそこまで気にしなくても、と笑います。

助けてもらった礼を言わなくちゃ、と少年武士は無口な武士に近寄りました。

 

「…いい」

 

無口な武士はそれだけ喋り、自分が切り裂いた柱の片付けを開始しました。

慌てて医師も少年武士も手伝います。

焦った顔を久しぶりにみた、と少しばかり笑いながら忍者も手伝いを始めました。

 

「緊急事態とはいえ、連帯責任でござるな」

 

船大工と船長に『船を無駄に壊すな』と怒られる時は4人全員で、と3人は笑い合いひとりは申し訳なさそうな顔をしながら、バラバラになった柱を回収していきました。

4人が柱を片付けている時、船長たちはようやく終わったな、と軽くノビをしていました。

こんなもんかな、と船大工もほっとした顔を見せます。

船長も、山場は越えたかなと眼前に広がる海に目を向けました。

依然雨も風も吹き荒んではいますが、船が大きく揺れることはほとんどなくなっています。

よかった、と少し微笑んだ船長に、学者の仲間が声をかけました。

 

「本を片付けたいから抜けていいか?」

 

「ん…そうだな、構わないよ」

 

船長がそう答えると、学者は嬉しそうな顔をします。

何回か激しく揺れたから心配なんだ、と頭を掻きながら学者は語りました。

船長は、そうだったのか、と少し申し訳なさそうな顔になります。

そんな船長を見て、学者は慌てて言いました。

 

「船が沈んだら元も子もないから、船修理優先なのは当たり前だろ」

 

そう言った後学者は笑って、側にいた砲術の得意な仲間の腕を引き寄せました。

急に引っ張られて驚く彼を尻目に、学者は笑顔で船長にこう言います。

 

「こいつ借りてっていいか?ひとりで片付けは辛い」

 

「え!?」

 

構わないよ、と笑う船長に、サンキュー、と笑い返し、学者は彼を引きずりながら船室に向かいます。

そんなふたりを船長と船大工は笑いながら見送りました。

 

 

引きずられてきた砲術の得意な仲間は、とても不機嫌そうな顔で文句を言います。

はいはい悪かったよ、と軽く流しながら、学者は船室に散らばった本の一冊を手にとりました。

船室を軽く見渡して、あちらこちらに散乱している本に向かって軽くため息をついてから、彼にこう言います。

 

「散らばったのを拾い集めるのと、分類分けして並べるのとどっちがいい?」

 

「聞くのかよ!」

 

思わず彼が突っ込むと学者の仲間は、まあ一応、と頭を掻きました。

分類なんかわかるわけないだろ、と少々憤慨しながら散らばる本を集め始めます。

 

一抱えになるほどの本を集め終えた彼は、どこに置けばいいんだ?と学者に問いかけました。

学者は辺りをキョロキョロ見渡し、困った顔をした後、ちょっと待っててくれ、と机の上を片付け始めます。

そんな学者を見て、重い本を抱えながら彼は叫びました。

 

「そういうのは先にやっといてくれよ!」

 

「悪い」

 

あまり悪びれる様子もなく、学者は笑い返します。

サンプルの整頓で頭いっぱいだった、と言いながら手を動かし机の上に空きスペースを作り出しました。

重かった、と呟いて彼は抱えていた本を置き、ため息をつきながら本の山に顎を乗せました。

休むと終わらないぞ、と学者に言われ、しぶしぶ彼は散らばった本の回収を再開します。

 

砲術の得意な仲間が頑張ってくれたおかげで、思ったより早く回収が終わり、机の上には本の山が築かれました。

終わった、と彼は棚に寄りかかりながらほっと息を吐き、ありがとうと本の山を仕訳をしながら学者は礼を言います。

 

その時です。

しばらく大きく揺れていなかった船が、急に激しく揺れ始めました。

風に煽られ、上に下に、右に左にぐらぐらと。

外を確認すると、先ほどまで落ち着いていた雨風が再度激しく船を襲っていました。

 

揺れに耐えるためふたりはその場に座り込み、近くの机や棚にしがみつきます。

ぐらんと船が大きく揺れ、同時にバサバサと大量の本が落ちる音が響きました。

 

砲術の得意な仲間はその音を聞いて顔が真っ青になります。

学者は机の側に居た、と。

本を大量に乗せた机の側に。

 

彼は揺れに耐えながら、慌てて机の近くまで移動します。

大丈夫か、と移動しながら何度も声をかけましたが返事はありません。

 

必死に机の近くまで移動した彼は、床にある本の山に気付きます。

慌てて本を掻き分け、学者の姿を探しました。

数冊払い除け、ぐったりとした学者の手を見付けた彼は青ざめながらもさらに本を投げ捨てていきます。

 

ぐらぐらと揺れる船の中。

船の揺れとぶつかってくる小物に耐えながらようやく学者を掘り起こすことができました。

ぺしぺしと学者の頬を叩きながら慌てて名を呼びます。

 

「おい大丈夫か!?おい!」

 

「ん…」

 

声に反応して学者はだるそうに目を開けました。

砲術の得意な仲間はほっと安堵の息を吐きます。

学者はぼんやりしながらも身を起こし、彼に向かってこう言いました。

 

「本とサンプルは無事か?」

 

「おま、」

 

絶句した彼に対し、学者はにっこりと笑いかけました。

冗談だよ、ありがとう、と。

この、と笑いながら砲術の得意な仲間は学者の頭をぺしんと軽くひっぱたきました。

 

嵐はまだまだ強まります。

コンキスタ号の面々は操舵室に集まり、ただ必死に揺れる船に耐え続けました。

コンキスタ号が再び大風に翻弄され始めた頃、陸地もまた大雨に晒されていました。

 

海軍の小さな建物の中では、女性の海軍士官が書類に目を落としています。

ふと、嫌な感覚が彼女を襲い、不安そうに外を覗き込みました。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、…凄い風だな、と」

 

彼女に話しかけてきた少しばかりみずぼらしい格好の女性に顔を向けて、不安そうな笑顔を作りました。

そうね、と女性も返し外に目を向けます。

知り合いの船乗りを案じるように。

そんな女性に、海軍士官は軽くため息をつきながら話しかけます。

 

「というか、いいんですかこんな所にいて」

 

「お忍びで帰省」

 

さらりと女性は返します。

返事を聞いて海軍士官は軽く目を瞑りながら、他国に嫁に行った王女が、自国に帰省するなんて聞いたことがない、と再度ため息をつきました。

 

「ああでも遅くなったら彼に怒られてしまうかしら」

 

「変な人ですから大丈夫だとは思いますが。…オレも暇じゃないんですよ?」

 

酒場での仕事があるんです、と海軍士官は困った顔で伝えます。

少し申し訳なさそうな顔をしながら、王女はこの嵐なら酒場も閉まるでしょう?と問いかけました。

嵐でテンション上がって飲みに来る馬鹿がいなくもない、と目をそらしながら海軍士官は答えます。

お互いに軽くため息をつきました。

 

「…あの人たちは、大丈夫かしら」

 

「…そんな簡単に死ぬやつらじゃないと思いませんか?」

 

知り合いの船乗りたちを、ついこの間まで一緒に過ごしたコンキスタ号の面々を思い浮かべながら、ふたりは不安そうに吹き荒ぶ雨風を見つめました。

無事でいてくれるといいけど、とどちらともなく呟きます。

 

なにかあっても陸にいる身ではわからないし助けられない。

例え海に出れたとしても、この嵐の中船を出すのは自殺行為。

居場所のわからない船を探し出すのは不可能だ、と祈ることしか出来ない己を歯痒く思いながらふたりは目を瞑り、コンキスタ号の無事を祈りました。

 

 

目を瞑っていた彼女たちは、

嵐の中を必死に走る人影には気付きませんでした。

 

ボロボロに、ずぶ濡れになりながら、目的地を目指して走る人影に。

海軍士官たちが無事を祈っていた頃、大きなお屋敷ではパリンとランプの割れる音が響いていました。

部屋が暗闇に包まれます。

 

ひゃっ、とその場に座り込む花屋の女の子の頭を軽く撫で、緑髪のお嬢様は外をぼんやりと見つめました。

度々雷がなり、そのたびに部屋は嫌な明かりに照らされます。

注文していた花を届けに来てくれた、ツンドランド出身の花屋の子は暗闇も雷も苦手らしく耳を押さえてうずくまってしまいました。

大丈夫?と問いかけてもぷるぷると小さく震えたまま。

お嬢様は彼女を落ち着かせるように、頭を撫で続けました。

 

しばらくして屋敷の使用人が新しいランプを持ってきます。

部屋が明かりに照らされ、ようやく花屋の女の子は落ち着いてきました。

 

「びっ、…ビックリしたのじゃ」

 

「…大丈夫?」

 

大丈夫、とは返しますがいまだ不安そうに外を見る花屋の子に、お嬢様はゆっくり話しかけました。

嵐が落ち着くまで泊まっていって、と。

それを聞いて花屋の子は嬉しそうな顔になります。

 

「ありがとうなの、…ひゃぁぁっ」

 

花屋の子が礼を言っている途中で再度雷が響き、彼女は目を瞑って耳を塞ぎました。

そんな彼女の頭をくりくり撫でながら、お嬢様はぼんやりと呟きます。

 

「あの子は雷なんか大丈夫だろうけど…」

 

船は大丈夫かしら、と自分のメイドが乗った船を、コンキスタ号を心配し、無表情に見える顔を曇らせました。

半泣きになりながらも、花屋の子も外を眺めます。

 

「ここでこの悪天候なら、海の上は大変かもしれんのぅ…」

 

「…」

 

お嬢様が悲しそうな顔をします。

慌てて花屋の子は、でも大丈夫じゃ、と声をあげました。

 

「あそこの船長は頼りになる!こんな嵐くらい屁でもないに決まっておる!」

 

「…そうね」

 

必死に笑顔を作り、お嬢様の不安を和らげようとする花屋の子を見て、お嬢様も笑顔を見せました。

こういう時にしか祈らないのは不信心かのぅ、と花屋の子は呟きながらも目を閉じ神に祈りました。

倣ってお嬢様も目を閉じ、海の神に祈ります。

どうかあの人たちが無事でいますように、と。

 

 

ふたりが祈る屋敷の前を、人影が走り抜けます。

先ほどよりもふらつきながら、必死に足を動かして。

雨なのか涙なのか、顔もびしょ濡れになりながら必死に。

お屋敷で女性ふたりが祈っている時、とある貴族の別荘ではふたりの男が休んでいました。

港から少し離れた場所にある別荘。

眼下に広がる町は明かりを消して黙り込んでいます。

 

貴族の別荘の扉が風に煽られ、ガタガタと扉が音を立てました。

酷い嵐だな、と貴族は呟きます。

 

目を閉じて嵐の荒ぶる音を聞いていたを彼は、ふいに何かが扉を叩いているような音を聞き取りました。

気のせいかとも思いましたが、絶え間なく響く音を不思議に思い、彼は扉を開きます。

 

扉を開けた瞬間に、人影が倒れ込んできました。

さきほどまで走ってきたのか、呼吸も荒くびしょ濡れの人影が。

倒れ込んできた人影の姿を確認し、貴族は驚きます。

その人影は今この国にいるはずのない、ついこの間出港した船の水夫長。思わず貴族は大声を出します。

 

「お前コンキスタ号の、」

 

そう言う貴族を遮って、水夫長は必死に叫びました。

 

 

たすけて、と。

 

 

ただ必死に水夫長は叫びます。

嵐が酷すぎてコンキスタ号は耐えられない。

耐えきったとしても、おそらく船はボロボロになる。

海の上を漂うしかなくなってしまう。

コンキスタ号だけではどうにもならない。

 

たとえ嵐を耐えきったとしても、大海原の真ん中でコンキスタ号は動けなくなる。

 

水夫長は言いました。

たすけてくれ、と。

無茶なお願いなのはわかっている、と。

舵が死んでどこかに流される前に、コンキスタ号を、船長を、仲間たちをたすけてほしい、と。

 

水夫長は貴族にすがり、必死に必死に頼みました。

 

「自由に船を動かせるのは、コンキスタ号を牽引できる大きさの船を持っているのは、この近くではあんたしか思い付かないんでやんす」

 

「…」

 

貴族は水夫長に目を落としました。

手は真っ赤に血が滲み、身体中は傷だらけです。

必死にここまで来たのだろう、と貴族は思いました。

この嵐のなかを、おそらく小舟で。

 

ただ必死に仲間をたすけようと、小舟を漕いで陸まで向かい、ボロボロになりながらもこの別荘まで走って。

 

貴族は雨風が吹き荒ぶ外を、荒れ狂う空を見やりました。

この天気で船を出すのは、死ににいくようなものだと理解しています。

 

それでも

貴族は従者に大声で

 

「今すぐ出るぞ」

 

と指示を飛ばしました。

死なれたらつまらないだろ、と従者の顔を見ずに海に出る用意をしはじめます。

 

ずぶ濡れの水夫長に布を渡しながら、従者は少し微笑みました。

素直になればいいのに、と。

 

なにトロトロしてるんだ、と怒鳴る主人に付き従い、従者は外に向かいました。

雨風に耐えながらも、彼らは港に走ります。

 

 

貴族たちは港に到着し、急いで船を動かします。

ただでさえ嵐の中で出港など自殺行為ですが、貴族はさらに帆をはりました。

帆をはったせいで、強風に煽られまともに走れないかもしれません。

それでも貴族は時間が惜しいと船のスピードをあげるために帆をはります。

 

貴族の船はあっという間に港から遠ざかっていきました。

 

 

船に乗るのは貴族と従者、そしてコンキスタ号の水夫長。

少なすぎます。

他の船員なんて集めてる暇なかっただろうが、とぷいとそっぽを向きながら、貴族は自ら船を操舵しました。

 

従者は苦笑いしながら、そんな主を見つめました。

ただでさえ素行がアレなのに、勢いで行動する主人に付き従って早幾年。

本人は次期当主だと言い張っていますが、正直やんわり追い出されてんじゃないかと従者は思います。

世界中を自由に動きまわる貴族など、他に類をみません。

貴族は土地を守るもの。

地主のようなものです。

普通は土地を守るため、それに全力を注ぎます。

海にでるなんて、旅をするなんてもってのほか。

 

まあ意外とアバウトな一族ですから、現当主もあまり気にせず息子を送り出したのかもしれませんが。

 

古い付き合いではありますが、面白い一族だ、と従者は常々思っています。

冒険をしたくてウズウズするような、貴族生活には向いていない、不思議な一族だ、と。

 

そんな従者を、なんだ?と見つめたあと、貴族は水夫長に話しかけます。

 

「どのあたりに行けばいいんだ?」

 

「嵐にあったのはこのあたりなんでやんすが…」

 

貴族に海図を見せながら、水夫長はトンと指を差しました。

煽られ、流され、ここにいるかはわからない、と水夫長は気落ちします。

そうか、と小さく呟いて貴族は前を見据えました。

 

水夫長の指示に従って、しばらく船を進ませます。

おそらくこのあたりだった、と水夫長が言う場所に着いてもコンキスタ号は影も形もありません。

3人は困った顔で顔を見合せ、どの方向から探すか相談します。

流されたとしても、このあたりにいるはずだ、と水夫長は操舵室を飛び出しました。

 

外を確認しに行ってしまった水夫長に、気を付けろ、と声をかけて貴族は海図を睨み付け、操舵室から海を睨み付けます。

どうしようかと困り顔をみせた貴族が、急に従者の顔を不思議そうに見つめました。

しかし、すぐに目を戻し、ふいに舵をくるりと回します。

 

貴族が操る舵に従って船は前に進んでいきました。

貴族はくるくると舵を回します。

適当にまわすのではなく、まるでコンキスタ号の居場所を知っているかのようにくるくると。

たまに従者を睨み付けながら、貴族は静かに舵をとっていきました。

 

従者は不思議に思いながらも、舵を貴族に任せ他の仕事にまわります。

中で外で慌ただしくなりながらも、貴族の船は嵐のなかをぐんぐんと進んでいきました。

ところ変わって、こちらはコンキスタ号。

嵐に翻弄されながら、全員が操舵室で揺れと寒さに耐えていました。

 

もう出来ることはない、あとは船が耐えてくれることを祈るだけ。

自分たちの無力感に押し潰されそうになりながらも、コンキスタ号の仲間たちはお互い身を寄せあって、船にしがみついて揺れに耐えていました。

船長は風に煽られる船にしがみつきながら思います。

 

(これは何の試験なんだ)

(俺たちの何をはかっているんだ)

 

世界中を冒険したときの様々な出来事が浮かんでは消え、走馬灯のように頭のなかをめぐります。

いろいろなことがあったけれど、ここまで嵐に翻弄されたことははあまりなかったな、とぼんやりと思いました。

 

背中に斧がささったり、海賊に襲撃を受けたり、食料ギリギリで島に着いたりと死にかけたことは多々ありましたが、コンキスタ号はいつでも前を進んでくれていました。

そんなコンキスタ号が嵐に翻弄され、ふらふらと漂いボロボロになっていきます。

船長は、もう少し頑張ってくれと船にエールを送りました。

同時に仲間たちにも、もう少し頑張ろうと声をかけます。

 

しかし船長は気付いていました。

仲間たちも船もそろそろ限界なことを。

たとえ耐えきったとしても、仲間も船も長くはもたないだろうということを。

 

船長は軽く目を瞑り、少しばかり覚悟を決めました。

 

(俺に付き合ってくれてありがとう)

(俺の夢に付き合ってくれてありがとう)

 

カリムーの宝を見つけ出す。

その夢のために船長は船を動かし、世界中をまわりました。

最後まで旅を続けられたのは、仲間たちがいてくれたおかげです。

 

時に喧嘩し、時に笑い合い、時に泣いて時に微笑む。

長い間ずっと仲良く旅をしてきた大切な大切な仲間たち。

その仲間たちが全員ぐったりとした表情で船にしがみついています。

 

船長は頭を垂れてうなだれました。

肉体的疲労と精神的疲労による限界が訪れています。

 

 

もう駄目だろうか、と船長が目を閉じた時、

ふわりと頭を撫でられた感覚が船長に伝わります。

 

え…?と船長は顔をあげ、まわりを見渡しました。

近くには仲間たちはおらず、船長の頭を撫でられるような人間はいません。

不思議そうにキョロキョロと顔を動かす船長は、同じように不思議そうな顔をしてあたりを見渡していた人物と目が合いました。

赤いリボンを揺らしながら、小首を傾げる女性の船大工。

 

「…今あたしの頭撫でた?」

 

「いや…」

 

船長が否定すると船大工は、そうだよね離れてるもんね、と少し残念そうに笑いました。

あの子もなのか、と船長は首を傾げます。

不思議な体験に混乱した船長は、顔をあげて再度あたりを見渡しました。

 

「なんだったんだ…?」

 

気のせいにしてはいやにはっきりとした感覚。

なおかつ女性の船大工も体験しています。

 

船長が不思議に思っているとピカッと外が光りました。

雷かと外に目を向けた船長は、明かりがこちらに向かって近付いてくることに気付きます。

慌てて船長は立ち上がり、甲板に走りました。

 

船長が急に駆け出したことに驚いた仲間たちも、

近付いてくる人工的な灯りに気が付き、慌てて甲板に向かいました。

 

甲板にでた全員の目にうつったものは、何回か見たことのある大きな船。

その船がコンキスタ号に横付けするのを彼らは黙って見ていました。

 

船がコンキスタ号ギリギリまで近付いたかと思うと、人影が船から飛び移って来ます。

その人物は、海で陸で何回も顔を見合せた、カリムーの宝を見付けたときに一緒にいた、少しばかりツメの甘いグレートクインの貴族。

 

雨風に晒されたせいか、ずぶ濡れになりながら貴族は船長と対峙しました。

船長と貴族が同時に話しかけようとしたとき、後ろの船からまた人影が飛び出し貴族を突き飛ばします。

 

雨で甲板が滑りやすくなっていたため、貴族は面白いようにくるくるまわりました。

目をくるくる回しながら転んで倒れる寸前に、貴族は従者に支えられます。

 

支えられながら、コンキスタ号の船長と先ほど船から飛び出したコンキスタ号の水夫長の方に目を向け貴族は、まあいいか、と呟きました。

 

貴族の船から飛び出してきた自分の船の水夫長に驚きながらも、船長が水夫長の名を大きな声で呼ぶと

水夫長は船長に抱きつきそうな勢いのまま、

 

「全員無事でやんすか!?」

 

と叫びました。

見付かってよかった、間に合ってよかった、とほっとしたように言葉を紡ぎます。

ボロボロでびしょ濡れで、怪我の手当てもしないままの彼を見て、船長はようやく気付きました。

 

(水夫長は真っ先に気付いたのか。『嵐に耐えきれたとしても、もたないだろう』と)

(コンキスタ号だけではどうにもならないと)

 

船長は水夫長に、全員無事だよ、と呟きました。

 

水夫長は逃げたんじゃなかった。

助けを呼びに行っていた。

 

あの嵐のなかを、ひとりで。

頼りない小舟で陸地まで。

 

もしあの時水夫長が、助けを呼びに行きたい、と言ったとしても船長は反対したでしょう。

嵐のなか小舟で出るのは無理だ、と。

だから水夫長は何も言わず、急いでコンキスタ号から離れたのでしょう。

止められる前に。

 

仲間を助けたい、それだけを必死に想って。

 

船長は水夫長に言い続けました。

 

ごめんな

ありがとう

ありがとう

 

疑ってごめんな

助けを呼んできてくれてありがとう

帰ってきてくれてありがとう

見付けてくれてありがとう

 

 

お前は最高の相棒だよ

 

 

そう言って船長は水夫長をぎゅっと抱き締めました。

 

貴族と従者は船に戻り用意していた治療道具や船修理の道具、食べ物などをコンキスタ号に運びます。

ボロボロのコンキスタ号は舵がきかなくなっており、貴族の船が引っ張って陸地まで連れていくことになりました。

 

手伝う、と言うコンキスタ号の船長を、休んでろ、と一蹴し、貴族はボロボロになったコンキスタ号を自分の船と繋ぎます。

 

「これで牽引出来るか?」

 

「…ありがとう」

 

船長は貴族に礼を言いました。

ふん、とそっぽを向く貴族を見て船長は笑います。

 

コンキスタ号の船員に手当てや食料を施している間に、嵐は去り、青空が広がっていきました。

 

 

 

雨があがったばかりの澄んだ空気のなか、2隻の船はゆっくりとグレートクインに向かって航行します。

引っ張るなら軽い方がいい、とコンキスタ号の面々は貴族の船に移りました。

内部を探索しはじめます。

 

「おいおいおい!」

 

「お前の船派手だなー」

 

率先して内部を探索したコンキスタ号の船長が笑いながら貴族に話しかけました。

あんまり荒らすな、と貴族は文句を言いましたがニコリと笑顔で返されます。

 

「料理していいかしら、ここの炊事場凄く立派」

 

「手伝います!」

 

私も私もと女性たちがきゃいきゃい微笑みながら、楽しそうに連れ添って行きました。

まだ使っていいと許可してない、と貴族は呆気にとられましたが、船長が、うちの飯は美味いから期待してろ、と貴族の背中を叩きました。

 

「助けてくれた礼だよ」

 

そう言って船長は笑います。

別にいい、と顔をそらし貴族はオロオロしている従者の元に去っていきました。

貴族の顔が少し嬉しそうに微笑んでいたのを、船長は見逃しません。

 

俺も手伝うか、と船長は微笑みながら炊事場に向かいました。

 

助けにきてくれた貴族に感謝しながら。

嵐のなか船を出してくれた友人に感謝しながら。

 

炊事場も操舵室も倉庫もコンキスタ号の面々に『自分たちがやるから休んでてくれ』と言われてしまった従者は、落ち着きなく甲板をうろうろしていました。

休めと言われてもどうしていいかわからない、と戸惑い気味。

そんな従者に貴族が寄ってきます。

 

「何オロオロしてるんだ」

 

少し呆れ気味に貴族は言いました。

やることがなくて困っている、と素直に伝えると、じゃあ休めよ、と返されます。

それが出来ないから困っていたのですが。

そんな従者に向かって、貴族は思い出したようにこう言いました。

 

「そうだお前!主人に向かって暴言吐いたな?」

 

キョトンと呆けた顔の従者は、何の事かわからない、と素直に言い返します。

従者には全く思い当たる節がありません。

 

「コンキスタ号を探してたとき、行き先指示したのお前だろ?」

 

貴族は従者を指差して語り出しました。

 

『あっちだよ』

『こっち』

『もう少しそっちだ』

 

そう、声を聞いたと貴族は言います。

それだけなら寛容なボクは許したが、と腕を組み従者を軽く睨み付けながら

 

「だが!『そっちじゃねーよ馬鹿!』だの『だぁもー違う!そっちじゃない!』だの暴言も確かに聞いた!」

 

そう言って貴族はぷいとそっぽを向きました。

おかげでコンキスタ号を見付けられたけれど、と呟きましたが、再度従者に顔を向け、思い出したら腹たってきた、と苦々しい顔をします。

知らない、そんなこと言った記憶はない、と従者は必死に否定しますが貴族は聞く耳を持ちません。

 

「それともなにか?ボクの頭が壊れて幻聴を聞いたとでも言うのか」

 

「少し壊れてるのは前々から…」

 

つい従者が本音をもらした瞬間、貴族は飛び上がって従者の頭をぺちんと叩きました。

 

「最後の指示をボクはちゃんと覚えてるぞ!たしか『そのまま、まっすぐ』だった!」

 

あの水夫長も一緒だったんだろ?あの時はふたり分の声が聴こえた、と貴族は続け、憤慨しながら、次の給料覚えとけ!とビシッと言い放ちます。

同時にコンキスタ号の船長が、飯出来たぞー、と声をかけ、そのまま貴族は船室に行ってしまいました。

 

 

残された従者は、やれやれ、と船に寄りかかります。

覚えのないことで怒られるのは、

…まあ慣れてはいますが…

今回は不思議だな、と従者は空を見上げました。

 

おそらく貴族が声を聞いたのは、すいすいと舵をとっていたあの時でしょう。

たしかにあの時は傍に自分しかいなかったから、自分が指示を出した、と思われても仕方がありません。

しかし従者自身は声を聞いておらず、声を出した記憶もありません。

水夫長もずっと甲板に居ましたから、水夫長の声を聞くこともないでしょう。

 

 

軽く目を瞑り、まあいいか、と従者は思います。

主の変な言動には慣れています。

いちいち気にしていたら身が持ちません。

 

 

自分はあの人に付き従うだけ。

あの人を護るだけ。

どんな時でもあの人の味方でいればいい。

 

 

いつまでもずっとあの人が笑顔でいられるように。

 

 

 

従者はぐっとノビをして、海を見下ろしました。

 

 

もしかしたら

コンキスタ号を

あの人を

たすけてくれたのは

 

海の神様だったのかもしれないな

 

 

従者は海に向かって微笑み、ありがとう、と小さく呟きます。

そんな従者に、船室から顔を覗かせながら彼の主が大声で従者の名を呼びました。

早くしないとなくなるぞ、と笑顔で。

 

従者は返事をしながら少し微笑み返して、急いで駆け出しました。

主人と主人の友人たちのいる賑やかな船室に向かって。

 

賑やかな賑やかな船室で

たくさんの人たちの笑い声が響きます。

 

きっと彼らはいつまでも

『仲間』であり続けるでしょう。

たとえ国に帰ったとしても

彼らの絆は変わりません。

共に世界をまわって

共に世界を冒険した

素晴らしい仲間たちなのですから。

 

 

100年以上前から続く

ささやかな物語は

これで終幕となります。

 

今も変わらす世界は丸く

海は全てを繋いでおります。

 

悠々と大海原で船を走らせ、

ごゆるりと海洋の冒険をお楽しみください。

 

 

 

それでは皆様

よい航海を。

 

END


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択