No.340542

リング・ル・ヴォワール 3話

さん

映画「リング」と恐山ル・ヴォワールからの影響を受けた小説です。
ある日、呪いのブルーレイを見てしまった和行。その1週間後、彼の元に出てきたモノは……。
http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana/  こちらの日記にも絵を書いています。なお日記絵は描いている時の様子を見ることができます。アニメ塗りの講座に使えるかもしれません(笑)

2011-11-28 00:10:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:462   閲覧ユーザー数:448

 

その優しい笑顔に俺の背筋は凍りついた。

待て、待てよ。なんで笑顔でそんなことを言えるんだよ……。

コイツは俺を殺すことを何とも思っていない。

今から逃げられるか?

無理だ。座ったせいで、咄嗟に逃げるという行動にも出にくい。

立ち上がろうとした瞬間に殺されるのがオチだ。

完全にコイツの術中にハマったというワケだ。クソッ!

 

「――そこでお聞きします」

その温かくも冷酷な声に全身が硬直した。

フル回転で逃げ道を模索していた思考が回転を止めた。

女の漆黒の目が真っ直ぐに俺を見つめていた。

「私は……」

死神が、笑みを浮かべた顔をゆっくりと傾けた。

 

「殺すと言われても良くわからなくて……あの、私はどうやって貴方を殺せばいいのですか?」

「知るかよ!?」

 

ああっ!!

自分のツッコミ属性が憎いっ!!

こんな時までツッコんでしまう自分が憎いっ!!

 

「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなくて……」

「驚かせる気満々の登場だったろ!」

女が困った顔で首を傾けた。

「あの……そもそもなんで私は貴方を殺さなければならないのでしょうか?」

「そこ聞くのかよっ!? なんでウチ来たんだよ!?」

「ご、ごめんなさいっ」

 

「……」

正面にはマジで困っている変な人(?)が一名。

おい!? おいおいおい!?

こいつはマジで一体何をしに出てきたんだよ!?

 

「私、気付いたらあの井戸にいて……最初の記憶は『貴方を殺せ』ということだけで他は本当に何もわからなくて……」

シュンとしてしまった目の前の大和撫子。

「その後は光に向かって手を伸ばしたのですが……」

「出られずに苦戦した、と」

「……(こくん)」

しょんぼりと頷いた。

「出てきたのはいいけど、何をすればいいかよくわからないわけか」

「……(こくん)」

しょんぼりと頷いた。

「お前まさか……何をしたらいいかよくわからんから、俺に「なぜ私が来たかわかっているでしょう?」とかいうわかった風な質問をして俺の出方を伺ったのか」

 

「……」

「……」

「……(こくん)」

 

しょんぼりと頷きやがった。

「お前なぁっ!」

「きゃっ!?」

そんな身を縮ませられると俺のほうが悪いことしているみたいだろ。

「ぐぐぐ……こほん。あー、一つ聞くが、俺を座らせたのは策略――」

「立ち話もなんでしたので……」

「…………だよな」

「はい」

深読みしすぎた自分が恥ずかしい。

「私、どうしたらいいんでしょう……」

それは俺のセリフだろ。

どうしようかと思いあぐねていると目の前の女が本格的にうなだれ始めた。

どうしようか。

なんだか俺が悪いことをしている気分に苛(さいな)まれてきた。

「とりあえず目的は俺を殺すこと……なんだよな?」

「そうみたいです……」

「やっぱり包丁で一突きとかか……?」

なんで俺は提言してるんだっ!?

「包丁……っ!」

その言葉を聞いた途端、女の顔から血の気が引いた。

……血の気が引くのかよ。

「だっ、ダメです! そんなことをしたら血が出てしまいますっ!」

「そりゃ刺したら痛いし血も出るだろうよ……」

 

――チックタック、チックタック。

静寂と時計の刻む音だけが、部屋の絨毯の上で正座をしている二人の間に流れている。

 

「……じゃあアレか。それっぽく呪いの言葉とか?」

「はいっ、やってみます!」

「え、嘘嘘ッ! やらなくても――」

できやしないと勝手に思っていたが、まさか瓢箪からコマか!? いやこの場合やぶ蛇か!?

言葉を待たずして女の凛とした目が俺を睨みつける!

俺は思わず正座のまま身構えた!

「ヤメ――」

ビッと伸ばした指が俺のほうを指す!

 

「貴方を」

 

 

「呪いますっ!」

 

呪いっぽい宣言が放たれた!

その放ちっぷりは格好良く、カメラがあったのなら1カメ、2カメ、3カメと表示されそうなほどビシッとしていた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「呪われました?」

「………………たぶん、呪われてない」

「……そうですか……」

失敗に終わったらしい。

「……」

「……」

「あーと、首を絞めるとかあるんじゃねぇか? 血も出ないぞ」

「首、ですか?」

きょとんと首を傾げていた女だが、

「やってみます」

正座のまま「よいしょ、よいしょ」とズリズリ移動。

俺の正面まで移動してきた。

間近にあるその可愛らしい顔は真剣そのものだ。

真剣なところ悪いんだが、ぶっちゃけ俺は無理だと踏んでいる。

「し……失礼しますね」

恐る恐る白い手が伸びてくる。

「……」

止まった。

端麗な眉が軽く歪む。困り顔だ。

「……あ、あの、すみません」

「ん?」

「アゴを上げてもらってもいいでしょうか?」

「こうか?」

「あと少しだけお願いします……はいっ、では……いきます」

……。

「ほ、本当にやっちゃいますよ? 私、貴方の首をしめちゃうんですよ?」

「ああ、やってみればいい」

「うう……」

……。

女の手が少しずつ、少しずつ近寄ってくる。

冷気が空気を通して首に伝わる。

「……」

「……」

 

――ぴと。

 

「ひゃわっ!?」「きゃっ!?」

女の手が触れるなり、二人で飛び退いた。

「冷てえっ!」

まるで氷柱(つらら)を首に当てられたみたいだ!

女はと言うと、

「………………」

正座のまま体ごと俺から背け、顔を真っ赤にして俯いていた。

俺に触れた手は自分の膝の上でもじもじとさせている。

「あの……私……」

潤んだ瞳が恥じらいに揺らぐ。

 

「……その……男の方に触れるの……」

「……慣れてないみたいで……」

 

湯気が出るんじゃないかと思うくらい、白い肌が真っ赤に染まった。

それでもまだ俯きながら蚊の鳴くような声で

「緊張してしまって……」

とか

「指先が震えてしまっていたので……」

と聞いてもいないのに真っ赤になって吐露していた。

例えようもなく初心(うぶ)だった。

 

……。

ヤバイ……可愛い。

 

じゃないだろ、俺!!

「わ、私、どうしたらいいんでしょう……」

「あー……まぁなんだ、えーっとだな」

ついついしどろもどろになってしまった。

ええい俺しっかりしろ。もうコイツに言うべきアドバイスはこれしかないだろ。

俺は目の前で体を背けて正座をしている女に言い放った。

 

「帰ってくれ」

 

「――っ!」

ビクリとその背が跳ねた。

ちょっとした罪悪感が心を蝕む。

……おいおい、なんで殺すって言われた俺が罪悪感なんて感じてるんだよ。

うずく心を冷たい心で押さえつける。

「――当然の意見だろ。せっかく出てきたところ悪いが、元いた場所に戻ってくれ」

悲しげに俯いた女だったが、

「そう、ですよね……」

俺に真っ直ぐに向き直った。

「ご迷惑をお掛け致しました」

正座のまま深々と頭を下げると、観念したかのように立ち上がった。

これでいいんだ。

 

「じゃあな」

「はい」

 

もう会うことがない珍客に律儀に別れの挨拶だ。

何をしに来たのか全くわからんが、少し……残念だったかもしれない。

そんな気持ちは押し隠し、女の背を見送った。

 

帰ろうと机に手を掛ける女。

もう一度振り返り、こう言った。

「私が出てきたテレビが壊れちゃってるのですが……どうやって帰ればいいのでしょうか?」

 

「……………………へ?」

 

見ると俺の大事なディスプレイの液晶は割れ、フレームも折れてしまい四角形すら維持していなかった。

プスプスと煙まで吐いている。

 

「そうだよな……このディスプレイ、人が出てきてもいいように設計されてないもんな……」

「このテレビ、煙吹いてますよ?」

「そりゃ壊れてるからな……それにテレビじゃなくてディスプレイな……」

「でぃぷす…でぃ…テレビと違うんですか?」

「……もう同じでいいよ……」

二人で並んで壊れてしまったディスプレイを見下ろしている。

無論、見ていてもそれが直るわけでも女が消えるわけでもなかった。

 

「どうしましょう……?」

「それ俺のセリフな……」

 

 

 

 

「――記憶がない?」

「はい……」

もう深夜を回る時刻、部屋の真ん中に置いてあるちゃぶ台を挟んで、一見人間風に見える謎の物の怪(もののけ)と向かい合わせで座っている。

人類でこんな妖怪対談をした奴が今までにいるだろうか?

恐らく俺が初めてだろうが、まぁ自慢にもならないだろうな。

向かいに座っているさだこの――ああ、コイツの名前な。

さだこの白装束は土汚れが目立っていたので俺のシャツとズボンに着替えてもらった。部屋を土汚れで汚されても堪らないからな。

今コイツの白装束は洗濯機の中で俺のTシャツ共々大回転中だ。

 

「覚えているのは井戸から出た後のこと、あと頭に残る『貴方を殺せ』という使命感だけです」

「『殺せ』ね。誰かから命令されたのか?」

悲しげな瞳を浮かべたさだこは頭(こうべ)を振るばかりだ。

「――やっぱり隙があれば俺を殺したいのか?」

「いえ」

そこははっきりと首を振った。

凛とした瞳が馬鹿正直に俺を見据えた。

「貴方には助けてもらった恩があります」

「ディスプレイからサルベージしたことか?」

「それに今こうして貴方の家に置かせてもらっています。一宿の恩義、感謝こそすれども恨むことなど一つたりともありません」

 

本当は外に放り出そうと思ったんだけどな。

こいつが夜独りで出歩いたら危険度マックスだ。

もちろん通行人を呪い殺すとかそういのではなく、変なおっさんに騙されて着いて行きそうという意味でだ。

……。

物の怪の身の安全を考えちまったのなんて、たぶん世の中で俺一人くらいだろう。

それにしても「一宿の恩義」ねえ。考え方が古いというか義理堅い奴だ。

多少はそれに答えたくもなるってもんだ。

 

「竜……俺の友達がその手のことに詳しいから、お前のこともどうにかしてくれるだろ」

「本当ですかっ!」

キラッキラした目で身を乗り出すさだこ。

「明日にでもそいつのとこに行ってみるか」

「はいっ」

「そうと決まれば……ふわぁあぁ……」

人間気が抜けるとダメだな。

こいつが危険な代物ではないとわかった途端に眠気が襲ってきた。

「あー、そろそろ寝るか?」

「はいっ、明日もよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げるさだこ。

よろしくか。どんな物の怪だよ。

……まぁ、いいか。

俺はちゃぶ台にあった電気のリモコンを取ると、横に置いてある二人がけのソファに横になった。

俺の身長だと少しばかり小さいが、寝れないことはないだろ。

「え……あの……か、和行さん?」

背にさだこの当惑した声が投げ掛けられた。

「ん?」

「ベッドで寝ないのですか?」

「ベッドはお前が使ってくれ。ほら、電気消すぞ」

「け、けどそれだと……」

「そんじゃおやすみ」

俺とベッドの間をあたふたしているさだこを尻目に、電気を消した。

 

ったく。

 

なんで俺は物の怪に気を遣ってんだよ。

 

 

 


 
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