No.340108

【俺屍】秋穂伝―あるへそ曲がりな娘の物語―

結城由良さん

前作( http://www.tinami.com/view/337119 )の主人公、元気の娘・秋穂の風評がへそ曲がりとなってたので、プレイ中に想像が膨らんで、こういう話になりました。へそ曲がりというよりただのツンデ(ry。
最後の遺言までへそ曲がり風味で面白かったです。

※応援メッセージありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げますm(__)m

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2011-11-27 11:32:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:807   閲覧ユーザー数:795

 秋穂(あきほ)は腹を立てていた。この屋敷に――下界に来てからずっと、腹を立てているとも言っていい。

 

 天界でまどろみから覚めてからの記憶はあまり多くはない。とてもきれいな人が、自分の母だと言って頬を撫でてくれた。それは微かに覚えている。彼女の名が伊吹の宮 静というのだということは、後で教えられた。

 

『かわいそうな子。

 お前の運命を変えてやれない母を許してね』

 

 ひどく哀しそうな顔でそんなことを言われて、意味もわからずにただただ悲しくなった。

 

 その言葉の意味は、ここに来てすぐにわかった。長くて2年、それが自分の寿命だったのだ。それだけでも理不尽だと思うのに、父という人が自分に告げたことは更に理不尽だった。

 

「お前は当主として、この一族を率いていかなければならない」

 

 そう生まれついたから、その運命からは逃れることができない。初めから全てが決められた、それもひどく短い人生が用意されていたわけだ。それに腹を立てる自分はおかしいのだろうか?

 

 父という人を罵れば気が済んだろうか?同じ運命に自分を巻き込んだことを。どうして、という問いを繰り返す自分をただ寂しそうに見ていたあの人を?

 

 その父元気(げんき)も、秋穂への訓練を終えると、役目を終えたと言わんばかりにこの世を去ってしまった。もっと話したかったのに…もっとずっと一緒にいたかったのに…。

 

 当主という重荷を自分に押し付けることを決めた、現当主を抗議すればいいのだろうか。おっとりとほほ笑むあの優しい叔母を?

 

「この子は悠馬(ゆうま)

 あなたを守るようよく言ってあるから、頼ってくれていいのよ?」

 

 ある日彼女が連れて来たのは、やんちゃそうな少年で、秋穂を見るなり、にい、と笑ってみせた。

 

「おう、俺がお前を守ってやるからな」

 

 ばかじゃないの?と思ってそれが口から出た。

 

「あんたみたいなチビに私が守れるわけがないじゃない、ガキ」

 

 彼はひどく傷ついた顔をして、秋穂の胸までが痛んだ。理不尽に対して怒り続ける秋穂は、やりきれない気持ちを周りにぶつけることしかできなくて、結局ついた風評は「へそ曲がり」だった。

 

(何がへそ曲がり、よ。

 私にはあんたたちの方が信じられない)

 

 運命に逆らうこともできず、ただその中で指示された通りに生きて、死ぬ。その命は、犬や猫よりも短い。あっという間に育ち、老い、死んでいく。

 

 秋穂にもわかってはいるのだ。その人生は短すぎて、怒って嘆いている暇さえもないのだと。だけど、だけれども…。

 

「おーい、へそ曲がり―」

 

 いつものように腹を立てながら、それでも今日のノルマである勉強をしていた秋穂の思索を破ったのは、それもいつもの悠馬の声だった。その他の一族の者は、秋穂の勘気を嫌ってあまり近づいてはこない。もちろん、何も気にしていないようなイツ花は別であったが。

 

「なによ、臆病者」

 

 切り返す秋穂の声は氷のように冷たかったが、悠馬はすっかり慣れたのか、それが春風であるかのように涼しい顔をしてやり過ごした。

 

「ぶっぶー。

 もう慣れたもんねー

 見ろよ、この剣さばき」

 

 なぜか細長いものが苦手というこの青年は、訓練を始めた当初は剣に触れるだけでも泣きべそをかいていたものだったが、訓練の甲斐あって、だいぶ克服したらしい。すらりと抜き払った剣を、よっはっとっと振りまわして見せる。

 

「こんなところで振りまわさないでよ、

 危ないでしょ」

 

 秋穂がうんざりした声で言うと、悠馬はちぇっと言いながらも剣を仕舞った。

 

「それで、何の用なの?」

 

 今月は薙刀士梓の交神のために、一族は潔斎状態にあった。もうすぐ月が明ければ、討伐ということで、悠馬は初陣に出ることになっている。予定では最大3カ月の討伐になるという。

 

「あーかあちゃんがさ、なんか呼んで来いって」

 

 悠馬の母、第12代当主早苗は、ここのところ体調が悪く、床に臥せっている。もうすぐ、その時が来るのは明らかだった。その彼女が呼んでいるということは、当主継承関係の話だろう。

 

「わかったわ」

 

 秋穂はため息をつくと、当主の間へ向かった。

 

 当主の間へ声をかけて入っていくと、その部屋の主は、床の上に身を起して、庭を見ていた。季節は春、庭に植えられた桜の木はほぼ満開になっている。どこかで鳥が囀っており、遠く聞こえるその声がその空間の静謐さを増していた。

 

「きれいね…」

 

 ぽつりと、早苗が呟いた。しんとした空間を破るに破れず、息を詰めるようにしていた秋穂の緊張が、その声にわずかに緩む。

 

「お呼びとのことでしたが…」

 

 おずおずと声をかけると、早苗がゆっくりと振り向いた。随分とやつれたしかし未だ美しいその顔に浮かんでいるのは、いつもの穏やかな微笑。

 

「ええ、あなたに渡しておきたい物があって」

「渡しておきたいもの、ですか…」

 

 継承の徴である当主の指輪は、いまわの際に渡されると聞いていた。それ以外に何かあるのだろうか?秋穂が怪訝な顔をしていると、早苗が壁に作りつけられた戸棚を開くように指示をした。中には、数冊の冊子が仕舞われていて、秋穂はそれを取りだした。

 

「これ、ですか?」

「ええ、そう」

 

 示されたそれらを、早苗が愛しげに見る。秋穂は軽くめくっていくつかの冊子の表紙の文字を読んだ。

 

「当主の心得、当主の心得・追補、第十二代当主記録その1…」

 

 早苗は読み上げられた題名にいちいち頷いた。

 

「『当主の心得』はお母様……第十一代当主が書かれたもので、

 『当主の心得・追補』は、それに不足しているものをにいさま

 ……あなたのお父様が追加されたものです。

 第十二代当主記録は、それは私が書いたものね」

 

 くすりと笑いながら言う。

 

「はあ」

 

 秋穂が曖昧に返すと、早苗は疲れたわと言いながら、横になった。

 

「私はもう長くないわ。

 そこに書かれたことを読んで、わからないことがあったら、

 今のうちに聞いておいてね」

「……」

 

 長くない、その言葉に、秋穂の気が重くなる。

 

「なぜ私でなくちゃいけないんですか」

 

 当主なんてそんな重責、担えるわけがない。何度目かの訴えを、いつものように早苗は優しいほほ笑みで拒絶した。

 

「大丈夫。

 にいさまの娘であるあなたなら、

 立派にやり遂げられるわ」

 

 彼女に逃れる道はないのだ。秋穂は項垂れると、渡された冊子を持って、当主の間を辞した。

 

 

 『その時』は、そんな出来事のしばらく後に訪れた。

 

「かあちゃん、そろそろやばいみたいでさ。

 イツ花が呼んで来いって…」

 

 いつもより青白い顔をした悠馬がふらりと現れて、秋穂を呼んだ。軽く言おうとしているが、その言葉尻は震えている。

 

「そう…」

 

 青年が泣きたいのをこらえているのがわかって、さすがの毒舌も出て来なかった。

 

「行くわ…」

 

 行ってみれば、すでに一族は勢揃いしており、床に臥せる当主を囲んでいた。

 

「秋穂、ここへおいで…」

 

 掠れた、細い声に呼ばれる。拒むことは当然できない。ごくりと唾を飲み込んで、にじるようにして枕元へ寄る。と、震えるやつれた手に、自分の手を取られた。その掌の上に、ひとつの指輪が置かれる――当主の指輪だ。

 

「秋穂、お前を、第13代の当主に指名します」

「…謹んでお受けいたします」

 

 秋穂が暗い声でそう定型の受け答えをすると、第12代当主早苗はうっすらとほほ笑んだ。これで、役目を終えることができたわ、と呟く。

 

「一族のみんな…

 お世話になりました。ありがとう」

 

 それが最後の言葉だった。こと切れたその表情はとても安らかで、周囲を囲んでいた一族の者たちは啜り泣いた。

 

 その中心にあって、秋穂はひどく冷めていた。

 

(父さんの時は、こんなに惜しまなかったくせに)

 

 父元気があえて一族から距離を取っていたのは知っている。そのために、自分に当主を譲るという決定についても、かなり抵抗があったということも。だが、秋穂にとっては、逆に抵抗があると聞いたから、多少は当主を継いでもよい気になったというところがあった。ひねくれ者と言われる所以である。

 

 叔母の死が悲しくないわけでもない。だが、ようやく役目を終えられたこの女性の死については悼むというよりは、よかったという気持ちしかない。

 

(あちらで父さんと仲良くお過ごしください)

 

 彼女と父はとても仲が良かった。父の叔母を見る目は優しく、そして、叔母が父を見返すその目も愛しげであった。娘である自分が思わず嫉妬しそうになるほどに。だから、死後の世界で彼らが再会できるのなら、寂しくはないだろう。

 

 イツ花に葬儀の手配を頼むと、秋穂はその場を後にした。

 

 

 一族に伝わる名刀「真央岩鉄斬」は悠馬に受け継がれた。一子相伝の奥義も、当然悠馬が継いでいる。自分には何もない。もちろん、当主の指輪と、そして、家宝だという「源太の剣」は渡されたが、どちらもお飾りのようなものだ。

 

 当主という形を整えるためだけの、剣士。

 

「バカバカしいったら」

 

 それでも託されたモノは守っていかなければならない。別に悠馬が羨ましいわけでもない。逆に言えば、男というだけで当主になれなかったのだ、彼は。

 

「おう、行ってくるからな。

 土産に期待しとけな」

 

 しかし、悠馬にはそんな鬱屈は感じられない。初陣への出立を前に、いつものように笑っている。その笑顔はお日様のようで、秋穂には眩しかった。

 

「…バカなんだから、飛び出したりしないで、

 ちゃんと万蔵さんたちのいうこと聞きなさいよね」

 

 なぜかその笑顔を見ていられなくなって、ぷいと顔をそむけて毒舌を放つ。

 

「おう、心配すんなって。

 あんがとな」

 

 …効いてないようだった。いや、悠馬には秋穂の毒舌の後ろの本心が透けて見えているのだった。この素直じゃない従姉妹の、本当は優しすぎる心根を、知っているのだ。

 

 優しすぎて…愛情が深すぎて、怒ることすらできない一族の代わりに彼女が怒っているのだと、母の早苗にやんわりと諭されて、彼女を見る目は変わった。言われてみれば、彼女は不器用過ぎて、ただ素直にその気持ちを出せないだけなのだと気が付いたのだ。

 

 愛しげに目を細めて手を伸ばすと、ぽんぽんとその頭を叩いた。

 

「なっ」

 

 秋穂がその動作に驚いて真っ赤になって振り返る。

 

「当主だからってお前も根詰めるなよ。

 へそ曲がりさん」

「よ、余計なお世話よ!

 早く行きなさい!!!」

 

 顔を真っ赤にして手を振り上げると、悠馬ははははと笑った。

 

 手を振りながら、屋敷を離れる一行を、その背が見えなくなるまで見送って、ようやく秋穂は屋敷へ戻った。一族の半数以上が出払った、その屋敷はひどくがらんとしていて、さびしかった。

 

「悠馬様なら大丈夫ですよ。

 万蔵さんに、政門さん、琢磨さん、と精鋭がついてますから」

 

 イツ花が、どこか上の空の秋穂に慰めるように言う。と、秋穂は頬を染めた。自分の初陣にも付き合ってくれた彼らの強さは良く知っていた。それでも、迷宮で何があるかはわかったものではない。初陣の悠馬に、何があるか…。

 

「だ、誰もあんなやつの心配なんかしていないわ!」

「あーはいはい、そーでしたねー」

 

 イツ花がにやにやと笑うので、秋穂の頬はさらに赤くなったのだった。

 

 

 当主としての生活はそれなりに忙しかった。確保すべき術や封印された神の情報収集と、それを回収するための討伐計画、奉納点と資金そして京での名声を確保するための公式試合への出場計画、刻々と失われていく現世代の戦力を補充するための交神の計画、戦力強化のための京の町の復興投資、そのための戦利品の整理・売却……。

 

「なんで、こんなことまでしなければならないのかしら」

 

 ぶつぶつ言いながらも『当主の心得』および『当主の心得・追補』を紐解きながら、ひとつひとつこなしていく。口では文句を言いながらも、案外真面目なのだった。

 

「筒の指南書手に入れたぞー」

 

 討伐隊ご帰還ーというイツ花の声に被せるように、聞きなれた元気な声が響く。よほど嬉しかったのだろう、ばたばたと足音が響いたかと思うと、がらりとふすまが開き、悠馬が飛び込んできた。

 

「ちょ、いきなり…」

 

 立ち上がった秋穂を、軽々と抱きあげて振りまわす。

 

「盾盗みも手に入れたんだぜ、すごいだろ」

 

 褒めて褒めて、と、大型犬が尻尾を振るようなその姿に、さしもの秋穂も苦笑する。

 

「もう、しょうがないわね……」

 

 偉い偉い、と頭を撫でてやると、ようやく、下に降ろしてくれた。

 

「……それで、春菜は?」

 

 当初目的だった術の名前を挙げると、元気一杯だった悠馬の肩がしょぼんと落ちた。今回の親王鎮魂墓討伐は、全体回復をする高位の術である春菜の確保を目指して計画された3カ月の長期に渡るものだった。

 

「……ダメだった。何度かチャンスはあったんだけどな……」

 

 あともう1ヶ月粘ればいけたかも知れなかったが、という悠馬に、秋穂は首を振った。

 

「ダメよ、来月はあなたの交神予定が入っているもの。

 無事に帰ってきただけで成功よ。

 筒の指南書と盾盗みも入手したなら戦果としては上々だわ」

 

 秋穂にしては珍しい素直な評価に、悠馬が喜びつつも怪訝な顔をした。

 

「ずいぶん素直だけど、熱でもあるのか?」

 

 悠馬の鳩尾に蹴りが入った。

 

「ごふ…おま、そこ…」

「ふん、鎧着てるんだから大したことないでしょ。

 むしろ足が痛くなったじゃない。

 どうしてくれるのよ」

 

 第一、そんな汚い恰好で当主の間に入って、部屋が汚れるじゃない。と毒づく。

 

「それでこそ、へそ曲がりちゃんだ」

 

 笑う悠馬を今度こそ蹴りだした。

 

 

 一族の習わしとしては早めの部類に入る1年3カ月という歳で、悠馬の交神をしたのは、虫の知らせだったのか。2カ月後、女神木曽ノ春菜の元から娘が届けられる頃には、悠馬の体調は一気に悪化していった。

 

 せめて娘の訓練だけはと、体調が悪いのを押して動くのを止めたいと思いつつも、当主である秋穂には止めることができなかった。いや、わずかに残された親子の時間を奪うことはできないと、自分と父のことを思い返したのかも知れなかった。

 

 しかし、1月遅れで届けられた自分の娘の指導のうち1月は、薙刀士の佳月に任せ、自分は1月のみの指導とした。娘との時間を取るより、死にゆく悠馬を見ていたかったというのは、親としては失格だったろう。表向きは佳月の能力の方が高いから、と言ってはおいたが…。

 

 当主は、悠馬の娘に譲ることに決めていた。だから、先に交神をさせたのだった。その後生まれた自分の娘が、当主になることが夢だと言っているとイツ花から告げられた時には、皮肉さに口を歪めた。

 

 そう、そのこともあって、その子どもが好きになれないのかもしれなかった。

 

「結局、私も、同じことをしている」

 

 呪われた運命に、新しい子どもを巻き込み、身勝手に重責を負わせておいて、あるいは役目を奪っておいて、自分はただ死んでいく。一族の運命を、その選択をした先人を呪いながら、結局彼らと同じことをしているのだ。

 

「私を守るって言ったくせに……先に死ぬなんて、嘘つき」

 

 いまわの際の従兄弟の枕元で、出てくるのは相変わらずの毒舌で、それでも言葉を裏切って滂沱と流れる涙を、その優しい従兄弟は病み衰えて震える指で拭おうとする。

 

「ごめんな……がんばったんだけどさ、無理みたいだ」

 

 いやいやと、駄々っ子のように秋穂は首を振る。1月違いの従兄弟。素直になれない自分と違って、どこまでも真っ直ぐな太陽のような青年。その存在に、自分はどれほど救われてきたことか。

 

「もっともっとがんばんなさいよ。

 いくじなし」

「相変わらず、無茶言うなぁ」

 

 弱弱しく悠馬が笑う。その笑顔が涙で歪んで見えない。

 

「当主様、悠馬様はもう……」

「わかってます……皆を呼んでください」

 

 イツ花が最後の時を促すのに、渋々と頷く。一族の皆が呼び集められ、床に臥す悠馬を囲んだ。

 

「悠馬兄さん、死なないでください」

 

 初陣の親王鎮魂墓討伐において悠馬の指揮下で戦い、すっかり彼に心酔した春樹が、泣きながら縋りつく。短い人生のうちの貴重な3カ月、夏の公式試合を入れれば4カ月の間、戦友として戦ってきた彼らの結びつきは、他の者たちより強い。

 

 その様子を見て胸に走る痛みは嫉妬だろうか。秋穂は、耐えられなくなって目を逸らした。

 

「味方を見るな、敵を見ろ、

 それが信頼ってもんだ」

 

 仲間に向けて発したその言葉を最後に、悠馬は動かなくなった。

 

「悠馬兄さん…!!!」

 

 春樹の号泣と、それに誘われたように一族から上がる啜り泣きに耐えかねて、秋穂はその場を立ち去った。

 

 

 

 それから4カ月後、薙刀士の佳月が1歳8カ月という若さでこの世を去った。1年11カ月になる秋穂に比べて3か月も若い。

 

「憎まれっ子世に憚るって奴かしらね」

 

 自らその皮肉に口を歪める。しかし、そう言う秋穂も、そろそろ体力の衰えは感じていた。おそらく、次の月を越えることはできないだろう。

 

「それでも次代は育っている」

 

 特に、次の当主と定めている芹の成長は著しかった。初陣で向かった白骨城にて新たな奥義「芹燕返し」を創造し、名刀「真央岩鉄斬」もその手によって一段と成長したという。大筒士である自らの娘も活躍していた。雑魚であれば散弾銃で一掃できると、誇らしげに報告してきていた。

 

 この世代であれば、次の段階に進めるかも知れない…。そんな予感がした。

 

「お父様、あなたのしてきたことが今実を結びつつあります」

 

 いつも傍らに置いている『当主の心得・追補』の表紙を撫でながら、秋穂は呟いた。

 

 

 秋穂の最期にあたっては、次代当主となる芹一人だけが枕元に呼ばれた。

 

「……千早も呼びましょうか?」

 

 秋穂の実子の名をあげる芹に、秋穂は首を振った。その反応に、芹が眉を顰める。この当主はいつも実子の千早に冷たい。最後までそうなのか、と思うと1月違いの従姉妹が不憫でならなかった。

 

「これを……」

 

 当主の指輪を渡される。これは形式的なものだ。すでに数日前には事務的な引き継ぎは終わっている。数冊の心得を記した冊子と、現在仕掛中のいくつかの仕事を受け継ぎ、すでに処理は開始されていた。

 

「確かに受け取りました」

 

 重々しく答える芹に、秋穂はいつもの皮肉な笑みを浮かべた。

 

「私は、恨み言を並べて、

 泣きわめきながら 死んでった、

 そういうことに しといてね」

「……いったい何を」

 

 秋穂が掠れた声で言い出したその内容に、芹が絶句する。

 

 

「そんな みっともない様を

 さらしたくなくば、

 「戦え」と伝えてちょうだい」

 

 くっとおかしそうに笑うと、秋穂は息を引き取った。最後まで、ひねくれたことを言い残す人だと、芹はある意味感心をした。

 

『あいつは素直になれない奴だからな』

 

 秋穂の毒舌に文句を言う芹を、困ったように、しかし優しい目をして宥めた父の言葉が蘇ってきた。

 

「秋穂様なりの、励まし、なんでしょうね」

 

 それにしてもややこしい遺言を残してくれたものだと、ため息をつきながら、芹は立ち上がった。前当主の死を一族の皆に伝えるところから、正式な新当主の仕事が始まる。屍を乗り越えて、進んでいくしかないのだ、我々は。

 

 第14代当主芹は、顔を昂然と上げると、新しい一歩を踏み出した。

 


 
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