No.338669

船上に落ちた花束ひとつ番外編1

咲香さん

ギル耀の番外編。
本編より先に完結したという逸話ありwww
基本的に小説は何も考えずに本能で打つので、本編でギルと耀の因縁説が出て「!?」ってなって、とりあえず書いてみた代物。
当初、この二人に接点はないはずだった。
朝菊出会い編の番外編2は原稿用紙5枚で停止している(´・ω・`)

2011-11-23 23:39:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1713   閲覧ユーザー数:1698

 

「あいつに、会ったあるか……?」

珍しく声の硬い王耀に、菊は首を傾げた。

普段はそんな幼い所作を喜ぶ王耀だが、そんな余裕はないようですぐに「早く答えるよろし!」と声を荒げた。

「あいつ、とはギルベルト師匠のことでしょうか……?」

菊の言葉に、王耀は大きく息を吐く。

「会ったあるか……」

菊はコクリと頷いた。

その時、菊はもう幼くはなかった。

王耀とギルベルトの間に起こったことは知っている。

「足を……引きずっておいででした」

王耀の顔が蒼白に染まる。

「あの時の……左足を」

「……嘘吐くんじゃねぇある」

低められた声に、菊は怯まなかった。

「嘘ではありません」

「だって、あれは!」

大きく上擦った声が震えていて、王耀はそれを恥じるように一瞬口を噤んで、再び静かに口を開いた。

「あれは治る程度の怪我だったはずある。治そうと思えば、治せる怪我だったある!」

菊は静かに、イヴァンに「薄ら寒い」と称された微笑を浮かべた。

「貴方なら分かっておいででしょう? ギルベルト師匠が、治そうと思わなかったんですよ。その怪我を、治さないことを望まれたんですよ」

「そんなわけねぇある! あいつは、あいつは我を恨んで……」

「耀に伝えてくれ、と。伝言を預かっておりますがどうなさいます?」

「恨みごとあるか! 足が治らなかったことに対する罵詈雑言でも受け取ってきたあるかっ!?」

いいえ、と菊は静かに首を横に振った。

「今でも好きだぜ、とのことです」

王耀の表情が固まる。

「おまえに貰ったものは、足の傷ですら取っておきたくなるほどに、と」

王耀は菊を見つめて見つめて見つめて、穴が開くほどに見つめて……。

視線を逸らしたのは王耀が先だった。

「そんな話、我は信じねぇある」

「どうぞ、ご勝手に。伝えましたから、私の役目は終わりです」

失礼します、と弟妹の中で一番マシな常識を持っている菊がきちんと一礼をして部屋を出て行くのを、王耀は止めなかった。

なにかを言おうと開いた口は、結局はなにも言うことなく閉じた。

 

「やーお!」

声量を考えない声に、王耀の眉が寄る。

最近やたらと絡んでくる銀の髪に赤の瞳を持つ、まるで兎のような西洋人に既に辟易としていたのだ。

なんでもできるくせに、何故か運とタイミングが悪いその男は、なにをやらせても途中経過は完璧なくせに結果としては失敗しかしていない。

「ギルベルト! 街中で大声で呼ぶのはやめるある。なにが嬉しくて我はご通行の見知らぬ人間に名前を公開して歩かなきゃならねぇあるか」

「細けぇこと気にしてると俺様みたいにカッコよくなれないぜぇ!」

「うぜぇある。近付くなある。おまえは別に格好良くはねぇあるよ」

一言発する度に、目が潤んでいくのを王耀は面倒臭そうに見た。

まるで、ウサ耳が垂れていくのが見えるようだ。

「で、なんの用あるか」

結局はこうやって甘い顔を見せるから懐かれているのだと王耀はいい加減気付いていたが、如何せん子供と小動物に弱いのは人間なら当たり前といっても過言ではない。

「俺も連れてってくれ!」

もはや恒例となったその言葉に、王耀は一瞬の隙もなく「駄目ある」と返した。

「なんでだよ! 俺様だってな、確かにおまえよりは年下だけど、もう立派な大人なんだぜ?」

「大人か子供かは大した問題じゃねぇある。現に、我の弟妹はまだ子供。それなのに毎回きちんと役割を果たしているある」

ギルベルトは不貞腐れたように頬を膨らませた。

「ガキどもよりも俺様の方が強い」

「腕っ節の強さだけで物事を判断している時点で連れていきたくない、と言ってるある」

駄々を捏ねるように不満を言うギルベルトに取り合わず、王耀は「菊!」と大きく呼んだ。

「はい、兄様!」

人混みの中から、七歳ほどの少年が駆けてくるのに、王耀は満足げな笑みを浮かべた。

「こんな人混み一人で歩かせるなんて、耀ってやっぱりスパルタだよなぁ……。一緒に歩くくらいよくねぇ?」

ギルベルトの声を完全に無視していた王耀が、一瞬だけ彼に視線を投げた。

「我はいつ死ぬかも分からねぇ仕事ある。この子も、その道を自ら志したある。だから、この子が一人でも生き抜けるように見守るのが、我の役目あるよ」

菊はニコリと笑んで「兄様はとてもお優しいです。私のことを想って厳しくしてくださるのですから」とギルベルトに言った。

ギルベルトはどうして生まれてからたった七年ほどしか生きていない子供がこんなに大人なのかが分からなかった。

「さぁ、船に戻るある。なんだか、すぐにでも出発してぇ気分あるよ」

「もう、兄様! 気分で出港時間をコロコロ変えるの、やめてください! 全員を呼び戻すの、結構大変なんですから!」

「おまえは知っているはずあるよ。我は、我のしたい時に我のしたいことをするある」

そう言った王耀の目は冷たく、それは決して「弟」を見る目ではなかった。

そこにいたのはただの冷たい「船長」だった。

一隻の海賊船を率いる、何人もの命を背負った。

菊も息を呑んで、しかし冷静「出過ぎた真似でした」と謝罪を口にする。

「ギルベルトは待ってるよろし。一月ほどで帰ってくるあるよ」

子供にするようにくしゃりと髪を撫でつけられ、ギルベルトが嫌そうに顔を顰める。

「前はそう言って二月放置されたぜ」

「我は……我のしたい時に我のしたいことをする。それは変わらないある」

船にかかる橋を菊が駆けていく。

街に出ている船員たちに連絡を取るのだろう。

恐らく、王耀の気まぐれで一番被害を被っているのは彼の愛しい弟だ。

「兄様、皆さん船におられます!」

菊の言葉に、王耀だけでなくギルベルトもポカリと口を開ける。

「老師、この前もその前も、出港予定よりも早く出るって言って聞かなかったから、きっと今回もだと思って」

みんなで待ってたの、と笑った王耀の妹である(どうしてこんなに素直で可愛い子が王耀の妹して生まれてきたのか、ギルベルトには不明だ)湾が悪戯っぽく笑いながら船の上から手を振るのを見て、王耀は微苦笑を浮かべた。

「早く来ないと、置いていかれるのは先生っすよ」

だるそうにそう言う末っ子の香は、前回の突発的な出港に間に合わず二月の間ギルベルトと留守番をさせられたことを根に持っているのだろうか。

「我を置いていくくらいなら勇洙を置いていった方が静かで安全な旅路が期待できるあるよ」

王耀の言葉に当の勇洙は「そんな、兄貴照れてるんですかっ?」と喚いたが、湾と香は顔を見合わせて「成程」などと言って頷いている。

「さぁ、参りましょう、我らが船長」

橋の向こうで菊が笑う。

王耀はそれに笑みを返して、軽い動作で橋を駆け上った。

王耀が甲板に降り立つと共に菊が橋をあげる。

「出港ある!」

王耀の言葉に従うように、錨を上げた船はゆっくりと前進していく。

王耀はギルベルトを振り返らない。

彼だけでなく、普段はギルベルトによく懐いているはずの菊も勇洙も香も湾もだ。

「あーあ。また置いていかれちまった」

ギルベルトは悔しそうに呟くが、表情は晴れやかで欠片も悔しそうではない。

「なんだかんだで好きなんだよなぁ。陸になんか見向きもしないで、海だけを見ているあいつらが」

ギルベルトは肩を竦めて踵を返した。

 

「船長」

菊に呼びかけられて、王耀は短く「なんあるか」と聞いた。

船が動き出したその瞬間から関係は兄弟ではなく船長と船員。

菊が兄様と呼ぶことはない。

「どうして、師匠はいつも留守番なのですか……?」

諜報の仕事もこなす菊のことだ、町での会話も聞いていたのだろう。

「菊。なにがあっても、あいつに……ギルベルトに心を開いちゃ駄目ある」

「何故、ですか……? 師匠は素晴らしい方です。強くて、凛々しくて……」

「あれは!」

王耀は声を張り上げて菊の言葉を遮った。

「あれは、海軍の人間ある」

菊が目を見開く。

「海軍の? そんな、まさか……」

「本当あるよ。だから、絶対に隙を見せたら駄目ある。信じるも信じないも、我が決めるある」

はい、と菊はしっかりと頷いた。

 

金属と金属がぶつかる嫌な音が響いて、湾は隣に立つ香の服の裾を引いた。

「湾姐、大丈夫的な。師匠も菊さんも強いから、本気で相手を傷つける前にやめるはずっすよ」

ギルベルトの剣は力強く、迷いがない。

菊の刀は、柔らかく変幻自在。

二本の刃がぶつかり合って、嫌な音を響かせている。

勝負は、菊の手から日本刀が飛ぶことで着いた。

遠くに転がったそれに、菊が「あ……」と声を漏らす。

「ありがとうございました、師匠」

腰を九十度に曲げて礼を言う菊に、ギルベルトは「おまえも強くなったな」と笑った。

「俺様、思わず本気を出しちまったぜ」

菊の目が輝いて、ギルベルトは思わず苦笑した。

大人びているといっても、まだまだ子供である。

「ギルベルトさんはこんなに強いのに、どうして老師は一緒に行かせてくれないのかしら……?」

湾の言葉に、ギルベルトは苦笑する。

「それはなぁ。おまえらの船長様が、用心深いからだ」

「用心深い……?」

湾が首を傾げる。

「どういうこと? ギルベルトさんは私たちの敵なの?」

純粋なその問いに、ギルベルトは笑っただけでなにも答えなかった。

 

「宜しくお願いします、ギルベルト師匠」

菊の言葉に、ギルベルトは微苦笑を浮かべた。

出会った時はまだ七歳の少年だった彼は、もう十歳になっている。

……身長があまり伸びていないということは気にしているようなので言わないでおく。

「それにしても、師匠の粘り勝ちってヤツですかね……」

三年以上もの間ギルベルトを一切船に乗せようとしなかった王耀がようやく搭乗許可を出したのだ。

「俺様カッコ良過ぎるからな! 耀もようやく俺様の魅力に……」

「あ、それはないです。兄様、趣味は良いので……」

「どういう意味だ……?」

そのままの意味です、と返した菊は悪びれもしない。

そもそも、悪いことだと認識していないのかもしれない、とギルベルトは思う。

「ですから、やめてください」

菊の瞳が鋭くなったのを見てとって、ギルベルトは「なにがだ」と返した。

流石に十歳の子供の凄みで怯えるような軟弱な精神はしていない。

「私には、私たち兄弟には兄様しかいないのです。私たちから、あの方を奪わないでください……!」

菊の言葉に、ギルベルトが青褪める。

「……どこまで知ってる?」

「師匠が、兄様に無理矢理接吻をしているということまで」

ギルベルトの頬が一気に紅潮する。

青くなったり赤くなったり、忙しいものである。

「私たちの兄様を悲しませたり、泣かせたりしたその時は……私が貴方を殺して差し上げましょう」

つい、と菊が微笑む。

ギルベルトは背筋を冷たいものが駆け抜けるのを感じた。

たかだか十歳の少年の浮かべていい表情ではない。

「気を付けるぜ」

それでも、目に見えて怯えるほど場数を踏んでいないわけではない。

 

「菊に嫌われたらおまえのせいだ……」

ギルベルトの言葉に、王耀は「ハァ?」と冷たく返した。

「おまえが必要以上に逃げようとするからだ……」

「だから、なに言ってるあるか」

「見られた」

「だから、我は一体なにを言っているのかと聞いているある! ちゃんと主語から言うよろし!」

刃物まで取り出した王耀に、ギルベルトは慌てて顔の前で両手を振った。

「実力行使は無しだぜ! 見られたってのは……あー、俺とおまえのキスシー……」

「なに言ってるあるかぁああ! そんなことあっていいわけないある! それが本当だったらおまえを八つ裂きにして殺してやるあるよ!」

耳まで真っ赤に染まっている王耀に、ギルベルトは「ケセセっ」と特有の笑い声をあげた。

「おまえも照れることあんだなぁ……」

「しみじみなに言ってるあるか! なんとかするある! 菊に嫌われたら生きていけねぇあるぅうう!」

「おまえ、その兄馬鹿さを本人の前でやってやればいいのにな……」

「甘やかすだけでは立派な海賊にはなれねぇある。我は、もう五年ほどしたら菊にこの船を譲るつもりあるよ。後継者をわざわざ甘やかす必要はねぇある」

それなのに嫌われたらおまえのせいある、と王耀は喚いた。

「私たち兄弟には兄様しかいないのです、私たちからあの方を奪わないでください、だとさ」

「は?」

「菊が。俺のこと今迄にねぇくらい鋭い目で睨みながら、そう言うんだぜ? 嫌われることなんか、ぜってぇねぇよ」

一瞬王耀の顔が明るく輝いて、すぐにそんな自分を戒めるように難しい顔を作った。

「なんでおまえなんか拾っちまったあるか。面倒臭すぎるある」

「その面倒臭いのに惚れられて、その上その面倒臭いのに惚れちまったのは誰だってんだよ」

王耀は溜息を吐いて「我でないことは確かあるな」と呟いた。

「おまえだろうがよ」

ギルベルトの大きな手が、王耀の頬に添えられる。

一瞬嫌そうに顔を顰めることを忘れずに、王耀は目を閉じた。

「ほら。結局はそうやって受け入れる」

王耀の唇にギルベルトの吐息が当たる。

唇が重なるほんの一瞬前、バタバタと大きく足音が響いた。

「菊?」

それだけで、ギルベルトの愛しい恋人(であるとギルベルトは信じている)の意識は弟に飛んでいく。

「失礼致します、船長!」

ドンドンと、普段の冷静さなど忘れたかのように乱暴にドアが叩かれる。

「どうしたあるか」

答える王耀は既に船長の顔に戻っている。

「海軍が……」

菊が言い切るよりも先に王耀は立ち上がった。……ギルベルトも同時に。

「何隻あるか?」

扉を開けて外に飛び出しながらの王耀の問いに、菊は短く「三隻です」と答えた。

「結構な大軍あるなぁ……。菊、湾と香を中に」

「二人はもう奥に」

王耀は頷いた。そのままギルベルトを振り返って「おまえはここで待ってるよろし」と言うと、ギルベルトは「一緒に行くぜ」と返した。

「敵は海軍だと言っているある」

王耀の声と表情は呆れきっている。

「知ってるぜ。でも、俺はもう海軍はやめてる。……こっち側の、おまえと同じ側の人間だ」

ケセセ、と笑ったギルベルトは、逆に王耀の腕を掴んで甲板へと引きずるようにして歩いていく。

「おまえはバカある! どうしてわざわざ面倒臭い道を選ぶあるか!」

「ん? 決まってんだろ、んなこと」

やけに自信満々に言うギルベルトに、王耀と後ろを走っている菊が怪訝な表情を浮かべる。

「おまえが……耀が好きだからだぜ」

「はぁっ!?」

綺麗に兄弟の声が揃ったのを、ギルベルトは楽しそうに笑った。

甲板へと続く扉を走る勢いそのままに蹴り開ける。

……王耀の悲鳴が聞こえたのは意識的に聞こえないフリをした。

「え……?」

思わず菊が声を漏らす。

甲板の様子は、三人が予想したものとは違った。

確かに海軍の制服を着た者が甲板に立っているが、それだけだ。

立っているだけ。

乱闘もなにも起きてはいない。

「ギルベルト・バイルシュミットだな!」

王耀と菊はその名前に呆然とした。

賞金首の王耀でも本田菊でもなく、ただのウサギ男(しかもちょっとバカ)を指名するとは、相当のバカなのか。

ただ、ギルベルトは珍しい類の笑みを浮かべて「なにか?」と返した。

「反逆罪の疑いがかかっている。大人しく着いてきてもらおう」

「反逆罪っ?」

驚きのあまり菊の声がひっくり返る。

「その通り。現に、軍を裏切り、海賊どもと同じ船に乗っているではないか!」

「俺は!」

ギルベルトの言葉を遮ったのは、銃声だった。

ぐらり、とギルベルトの体が傾いで、甲板に膝を着く。

「面白いこというある。まさか、闇烏の人質に反逆者がいたとは驚きあるなぁ。知っていたあるか、菊」

菊、という名に、幼いながら彼がこの船のナンバーツーだと理解したのであろう。場に緊張が走る。

「さぁ? そのような面白いお話、私も初めて耳にしました」

菊が口許に手を添えてクスクスと笑う。

「反逆罪を犯した人質なんて、困ってしまいますね、船長?」

そうあるな、と王耀は再びギルベルトに鉛を打ちこんだ。

寸分違わず同じ場所に銀の弾丸が吸い込まれていく。

「犯罪者なんか、人質としての価値はねぇある。……じゃあ、コイツはゴミあるな?」

「もう、船長。いくら本当のことだからといって、本人を前にして言うのはちょっと」

クツリ、と菊が笑う。

王耀はまるでなにかの遊びのように、同じ場所に鉛を打ちこみ続けている。

「なら、貴方にしましょうか」

日本刀を片手に一歩踏み出した菊は一瞬で海軍兵の首に切っ先を当てた。

「船長! これは罪人ではないようです」

「では、次はそれにするある」

王耀が銃を下ろす。

「おまえら、とっととこのゴミを処分するよろし」

靴音を響かせながら、王耀はギルベルトに近付いて、髪を掴んで顔を寄せた。

「生きるある。おまえはなにがあっても生きるよろし」

小声で囁かれたその言葉に、ギルベルトは息を呑む。

最後に見た王耀の顔は、珍しく泣きそうに歪んで見えた。

 

「良かったのですか?」

「なにがあるか」

甲板で背中合わせに座って小声で会話をする。

戦闘があった日の恒例だ。この間は、弟妹たちですら近付くことは許されない。

「師匠を、行かせてしまって」

フン、と王耀は鼻で笑った。

「あれを殺されるよりマシあるよ。あれは、もうきっと我を嫌いある。……何発も打ちこんだあるよ。こちらの情報を流されるかもしれないし、安心はできねぇある。それでも、あれはここに滞在していたという事実をきちんと「人質」に変換できている。我はそう信じているある」

菊は空を見上げた。

憎たらしくなるくらい綺麗な青空だった。

(本当に、この人は不器用だなぁ……)

人のことを言えないことに、菊は気付いていない。

「でも、兄様はきちんと考えて打ってらしたじゃありませんか」

「……気付いたあるか」

「勿論。ギリギリ神経に傷をつけない、でも本当にギリギリの位置でした」

王耀は苦笑した。

「おまえはもう一人前あるなぁ……。あれに惚れたのが、我の運の尽きある」

しみじみと言って、王耀は上を向いて頭を菊のそれにコツリと当てた。

「本田菊」

「はい?」

「この船、やるある」

「はい?」

思わず菊は同じ言葉を二度繰り返した。

「我は隠居でもすることにするある。これからはおまえがこの船の船長あるよ」

驚きのあまり菊は振り返ったが、王耀は振り返らない。

ただ、変に上機嫌で、小さな声で歌が聞こえてきた。

「Who killed Cock Robin?

I, said the Sparrow,

with my bow and arrow,

I killed Cock Robin.」

菊は英語が苦手だ。いや、英語だけではない。基本的に、自国語以外は得意ではない。

故に、王耀がなにを歌っているのか、知ることはできなかった。

 

「なに笑ってんだ、菊」

「夢を……見ていました」

「夢?」

菊の隣に寝転びながら、アーサーは掛け布団を引いて外に出ていた菊の肩を布団の中に収める。

「耀さんに、闇烏の船長を譲って頂いた時の夢です」

「それ、昔聞いたけど……まずありえない継承だよな。確か、菓子でもやるような言い方だったんだろ?」

「耀さんらしいでしょう?」

クスクスと笑う菊に、アーサーも柔らかい笑みを浮かべる。

「あれ? でも、おまえ結構長い間眠ってたぞ? 継承の夢だけだったのか……?」

アーサーの問いに、菊は薄く笑って「忘れました」と答えた。

アーサーは少し首を傾げたが、なにも聞かない。

ただ、菊と同じように薄く笑って「……そうか」と言って、そっと額に口付けた。

「そういえば、調べてみたんだ」

「え?」

「王耀が歌っていたっていう歌。気にしてただろ?」

「えぇ。くっくろびん? がなんとか、という歌なんですけど……」

「多分、誰が駒鳥を殺したの? だな。日本でも有名にならなかったか? ナーサリーライムだ」

「……なー……?」

菊が首を傾げると、アーサーは暫しの逡巡の後「マザーグースだ」と呟いた。

あぁ! と菊が叫んだことで、アーサーの機嫌は急降下する。

「Who killed Cock Robin?

I, said the Sparrow,

with my bow and arrow,

I killed Cock Robin.

 

Who saw him die?

I, said the Fly,

with my little eye,

I saw him die.

 

Who caught his blood?

I, said the Fish,

with my little dish,

I caught his blood.

 

Who'll make the shroud?

I, said the Beetle,

with my thread and needle,

I'll make the shroud.

 

Who'll dig his grave?

I, said the Owl,

with my pick and shovel,

I'll dig his grave.

 

Who'll be the parson?

I, said the Rook,

with my little book,

I'll be the parson.

 

Who'll be the clerk?

I, said the Lark,

if it's not in the dark,

I'll be the clerk.

 

Who'll carry the link?

I, said the Linnet,

I'll fetch it in a minute,

I'll carry the link.

 

Who'll be chief mourner?

I, said the Dove,

I mourn for my love,

I'll be chief mourner.

 

Who'll carry the coffin?

I, said the Kite,

if it's not through the night,

I'll carry the coffin.

 

Who'll bear the pall?

We, said the Wren,

both the cock and the hen,

We'll bear the pall.

 

Who'll sing a psalm?

I, said the Thrush,

as she sat on a bush,

I'll sing a psalm.

 

Who'll toll the bell?

I said the bull,

because I can pull,

I'll toll the bell.

 

All the birds of the air

fell a-sighing and a-sobbing,

when they heard the bell toll

for poor Cock Robin.」

小さな声で紡がれる歌声が心地よく、菊は目を閉じた。

ウトウトとしている菊に「これだったか」と聞くほどアーサーも野暮ではない。

あの頃よりは理解できるようになった英語の意味が脳に流れ込んでくる。

……誰が駒鳥を殺したか。

「兄様は、ご自分が……」

「え?」

アーサーが聞き返しても、菊は既に寝息を立てている。

「ちゃんと最後まで聞けよ。この歌はな、結構残酷だって言われるけど……最後は、鳥たちがみんな駒鳥のために鐘を鳴らしてすすり泣くんだ。ハッピーとはいかないが……そこまで酷いバッドエンドでもないだろう?」

菊の寝顔が安らかなことを確かめて、アーサーは微笑した。

閉じられた瞼にひとつ唇を落として、アーサーも目を閉じた。

 

 
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