性善説と性悪説。
そのどちらも、儒学のその中心的概念である、倫理・道徳的な学説である。
前者は基本的に人間のその本性を善とし、善は人に元々内在する天の理であり、悪は外在する環境にあると説いた儒学者、『孟子』の説。
一方の後者は、孟子の唱える性善説に反対し、人間の性はその本質を悪とする欲望的存在にすぎないが、学問を修め、学ぶことによって公共の善を知り、礼儀を正すことが出来るのだと説いた、荀子の説である。
どちらが理の真実を得ているのかについては、二十一世紀となった現代でも明確には表されて居ない。人の心の本質など、神ならぬ我々人間には悟りきる事などできないのだから。
だが、これだけははっきりと言える。
人の本性が善であろうと悪であろうと、人は何時如何なるときでも、極限の状態に至るその最後の最後の時までは、極力己を律し、善なる者であろうとして足掻く。だからこそ、
……では、もし悪なる心に敗北し、己を律する事を諦め、欲望にその身を染めて人の道から外れた者は、もはや人間とは呼べないというのであろうか?
そんな事はない、と。
少なくとも、“彼”は―――北郷一刀はそう、考えている。
例えどれほどの悪に染まった者であれ、後悔と反省と言う名のプロットをきちんと踏みさえすれば、過ちを正す、その機会を平等に与えられてしかるべきだと。……後漢時代と言う、現代とは倫理観や道徳観というものが、今だ未成熟なこの時代にあっても、その考え方は必ず通用するはずだと。
そんな考えがその思考の根底にあったからこそ、彼はその罪人たちの罪の全てを、異邦人たる自らが背負って消え去る事によって、
それが、彼にとっては最初で最後の、自らが思慕を抱いたその少女に対して出来る、ささやかな贈り物であると、そう頑なに信じて……。
第八羽「従者は
南陽という一つの郡を、己が欲望を満たすために好き勝手に動かし、その罪を全て太守である袁術に擦り付けていた、楊弘を筆頭とする袁家の老臣たち。そんな彼らのこれまでの罪を暴き、そして糾弾するために仕掛けられたその宴席にて、老臣たちはそれを仕掛けた袁術らのその思惑通り、その自らの口から事の全てを露見させ、その結果、全員に縄がかけられた。
そして、その場においてすぐさま、袁術自身の手による彼らの断罪と処罰が行われることとなり、彼女が自らその手に剣を持ち、筆頭家老である楊弘を斬ろうと試みたのであるが、結局袁術にはそれを行うことが出来なかった。
「……たとえ上辺だけの事だったとは言え、妾に優しかったお爺たちを殺すなど、妾には出来ないのじゃ……っ!!」
その手から剣を落とし、涙ながらに袁術はそう訴えた。……自分のことを散々に利用していた楊弘ら老臣たちの事を、袁術がそれほどまでに慕ってくれていたというその事実を知り、そして彼女の様子をその間近で見ていた楊弘は、久方ぶりに人の心というものを取り戻していた。
そして、楊弘は泣きじゃくる袁術の傍に何時の間にか寄り添って来ていた一刀に対し、自決をしたいから縄を解いてほしいと申し出た。それが、袁術を利用して悪事を散々に働いてきた自分に出来る、最後にして唯一の罪滅ぼしだと思って。
ところが、その一刀の口からは、その場に居た者の誰一人予想だにしていなかった言葉が、静かに、そしてはっきりと紡がれた。
「……貴方方の行ってきたその全ての罪は、真にそれを背負うべき役を担った者が贖います。……そう、この俺が、ね」
唖然。そしてその後に驚愕。一刀のその言葉を聞いた袁術らは、慌てて一刀の下へと詰め寄り、その真意を問いただした。
「北郷君?今のは一体、どう言う意味なんですか?」
「……どうもなにも、言ったままの意味ですよ、一真さん」
「そんな事を聞いているのではありません!どうして貴方が、そんな事をする必要が在るのかと、私達はそう聞いているんです!」
「……それが俺の、役目だと思うから、です」
あくまで冷静に問いかける諸葛玄と、そしてそれとは対照的に激情をそのまま一刀にぶつける紀霊。その二人に対し、一刀はその顔に笑みをすら浮かべて、答えていた。
「あら、思いっきり言い切っちゃいましたね~。……で?なんでそう思うんですか?」
「……俺は、たまたまこの世界に紛れ込んだだけの、完全なイレギュラー…想定外な存在に過ぎません。けど、こうして俺がここに居て、公路さんをはじめ、皆さんと出会えた。それはやっぱり、意味のあることなんだと思います」
「……その意味とやらが、このご老人方の罪を引っ被って、刑に服す事なのだ……と?」
「……俺は、そう解釈しています。でなければ、大して役にも立てないただの学生が、このこれから乱世に向かおうとしている世界に来た、その理由に説明が付きませんから」
紀霊の様に武に秀でても居ない。張勲の様に知略に秀でているわけでもない。政治や経済の事を学んでいたとは言っても、その全ては現代の世界に対応したものばかりで、この時代で役に立つ事など、如何ほどあるかも分からない。むろん、軍隊など経験した事すらあるはずも無く、兵を率いる将としても、おそらくは何の役にも立たないであろう。
ただの一般人が異世界に飛ばされ、いきなり勇者としてもてはやされるなど、所詮は漫画やゲームの中の世界の中だけのこと。例えそれが現実として起こったのが、この今の状況だとしても、自分はヒロインである袁術の引き立て役、もしくは贄を務めるぐらいの役柄がふさわしいと。……一刀はこの世界における自分と言う存在の価値を、その位のものとしか見て居なかったのである。
「……まあ、貴方自身がそう思い込んでいらっしゃるなら、私からはそれについては何も言いませんね?でも北郷さん?」
「はい?」
「……まさか、とは思っていたんですけど、貴方……お馬鹿さんなんですね♪」
「……へ?」
それはもう、極上の笑みを伴った一言だった。一刀に対し、面と向かって馬鹿と言い切った張勲の、その思わぬ言葉に唖然とする、一刀はじめ周りの一同。
「……ちょ、ちょっと待たぬか七乃!こやつはけして馬鹿ではないぞ?!今回の事とて、こやつが考えた策であろうが?!」
「はい~、確かに、こういう策を思いつけるくらい、北郷さんは頭が良いと思いますよ~?……お嬢様と違って♪」
「にゅぐっ……ど~せ妾はお馬鹿なお子ちゃまじゃ~……イジイジ」
「ああん♪もう、そうやっていじけるお嬢様のお姿のなんて可愛らしいことなんでしょう~♪」
『……』
やっぱりこの二人、何も変わっていないんじゃないか?と。袁術と張勲のそんなやり取りを見ていた者達が、おもわずあきれて一斉に溜息を吐く。
「……とまあ、そういう冗談はさておいて。……北郷さん?貴方……どうして今回、この事に手を貸してくださったんですか?そりゃあさっき貴方が言ったように、知り合ったことが何か意味のあることだったかも知れませんけど、それだけじゃあ“赤の他人”の私達を手助けする、その理由にはなりませんよね~?」
「そ、それは……」
「あ、一応言っておきますけど、“人を殺している”っていう罪を、既に背負っているからなんていうのは、その理由になりませんからね?……それを言ったら、多かれ少なかれ、美羽様以外はみんな、同類ですから」
一刀がかつて、自身の身を守るために三人の賊の命を奪い、そしてその行為による罪悪感に、今もなおさいなまれている事は、張勲も諸葛玄からその話を聞いて承知していた。
しかし、将軍である紀霊はもちろんの事、諸葛玄や陳蘭、そして袁術軍の軍医兼任でもある雷薄ですら、これまでに人を殺めた事ぐらいは経験している。もちろん
「……なら、俺はあの罪を、人の命を三人も奪ったその業を、どう償えば良いと言うんですか?」
「あら。さっきご自身でご老人達に仰ったじゃあないですか。……贖罪は、生きて行うものだ、って」
「っ……!!」
ものの見事に、自分の
「さて。それじゃあ最初の質問に戻りますけど、北郷さんはどうして、私達…いえ、美羽様に手を貸そうと思ってくれたんですか?」
「そ、それは、その……/////」
「おやおや~?お顔が真っ赤ですよ~?熱でもあるんですか~?くすくす♪」
にやにやと。自分の方を訳知り顔で見ている張勲からその視線を外し、未だにお馬鹿と言われた事にいじけている袁術の方へと向ける一刀。
「……ん?どうかしたのかや、北郷?……妾の顔に何か付いておるのかや?」
「え、あ、いや、その、べ、別に、何も……//////」
ふと、顔を上げた袁術と目が合ったその瞬間、何故だか顔が熱くなるのを感じ、今度はその袁術からさらに大慌てで顔を背け、その胸中にある想いを、必死に押さえ込もうとする。
「ま、分かりきっているネタで、北郷さんをからかうのもこれ位にしておいて。……北郷さん?もし貴方がご老人方の罪を全部引っかぶって、その変わりに刑を受けていたとしたら、その“理由”さんが悲しむかもとは、これっぽっちも考えなかったんですか?」
「ぁ……」
「……はあ~。やっぱり、そこまで考えが回って居なかったんですね~。……ね?お馬鹿さんでしたよね?」
「……返す言葉もございません」
おそらくは端から見ていればばればれなのであろう、一刀が袁術の為に策を出したり、今の様に己自身を人身御供にして、袁術の下に人材を残そうとしたりしたその理由。しかしその理由に対する想いの強さゆえに、少々思い込みが強くなっていてその理由である本人の気持ちを、一切考えに入れていなかったことが、張勲が一刀を馬鹿と呼んだその理由なのであった。
「……のう、秋水に巴?七乃が言って居る北郷の話は、一体どういう意味なのじゃ?」
「そうですねえ。まあ教えて差し上げても良いですけど、それじゃあちょっと面白みがな…じゃなくて、こういうのは他人が口を挟むことではないですからねえ」
「ふふ。美羽さま、それほどまでに気になられるのでしたら、後で直接、北郷殿にお聞きになってみてください。ま、素直に答えてくれるかどうは、ご本人の覚悟次第でしょうけれど」
「……なんだか良く分からんが、後で巴の言うとおりにしてみるのじゃ」
諸葛玄は心底面白そうに、紀霊はいたって真剣に、一刀たちからは少し離れた場所で、袁術のそんな質問に対して答えていた時。そんな事になっているとは思っても居ない一刀はと言うと、張勲に対して再び真剣な顔つきへとその表情を変えて、とある事を問いかけていた。
「……それじゃあ改めてお聞きしますけど、俺が人身御供になって彼らの罪を肩代わりもせず、それでも楊弘さん達も生かして、その上で郡内全ての人の不満を消し、袁術さんの悪評をも吹き飛ばすなんていう、そんな都合の良い手段が、他に何かあるって言うんですか?」
「北郷さん?何かお忘れになっていませんか?……今ここには、そのための手段となる人たちが、郡内各地から集まっているって事」
「……まさか、張勲さん、貴女……」
「はい、そのま・さ・か、です♪……皆さんに、事情をぜーんぶ、話しちゃいましょう」
そして、その日から約一ヶ月ほどが経過した頃。郡内各地から宛の街に、とある噂話が流れ込み始めた。曰く、
「太守の袁公路は、どうやら今まで囚われの身になっていたらしい」
「袁公路の名前を騙って、郡を自由に動かしていたのは、その犯人どもらしい」
「今まで領内で好き勝手にやっていた兵士たちも、それに化けていた賊の仲間だったらしい」
「その賊たちも、袁公路配下の将軍達の手で、全員処刑されたらしい」
などなど、である。
要するに、これまで無茶苦茶な政治をして、南陽を好き放題にしていたのは、密かにこの郡の乗っ取りを行っていた、賊集団だったらしい、と。そのすべての噂の語尾に、『らしい』と付いた、少々曖昧な表現の噂が、である。
「……しかし、あの女はほんとに腹黒だな。居もしない賊なんてものを見事にでっち上げて、民の不満を全部そっちにひっ被せてしまうんだからさ」
「ですよね~。しかも~、その噂の信憑性を~、高いものにするために~、お年寄りがたの息のかかっていた~、性悪な兵士たちを~、賊の遺体だと装わせて~、辺境の砦に~、ぜ~んぶ、送り込んじゃうんですからね~」
街の裏通りにある陳蘭の研究所兼自宅。その中の一室にて、手元でなにやら弄っている陳蘭と、その彼を見ながらのんびりと茶をすすりつつ会話を行っている、雷薄の姿があった。
「噂って言うのはハッキリとした確定的なものよりも、ちょっと位曖昧な方が広まりやすく、また浸透もしやすい、か。っとに、悪知恵の働くやつだぜ、張勲って女はさ」
「千ちゃんも相変わらず~、七乃ちゃんへの言葉がきついですね~。……本当は~、ちゃ~んと、その能力を認めているくせに~」
「……ふんっ」
ころころと笑う雷薄のそんな言葉に、陳蘭は鼻息ひとつだけを返し、再びその手元で行っている作業を再開し始める。
「……そういや美紗、結局楊弘とか爺どもはどうなったんだ?北郷も最近は全然顔を見ないし」
「お年寄りたちはですね~。美羽様のご意向もあって~、全財産没収の上で~、や~っすいお給金で~、一文官さんとして~、郡各地へ左遷ってことになりました~。あ~、でも楊弘さんは~、そのまま
「……は?」
宴席での件の一件の後、その心に良心というものを取り戻した楊弘の説得により、他の老人たちも、すべての財の没収と引き換えに助命するという、袁術のその温情ある裁断に、渋々ながらも従った。……とはいえ、どう贔屓目に見ても、心の底からそれに納得していないのは明白だったので、郡内の町や邑、砦へ最も身分的に低い位の文官として、それぞればらばらに配置されることになった。
『彼らを一箇所に集めておいたら、ま~た、どんな悪巧みを考えるか、分かったものじゃあないですからねえ』
その意見を出した諸葛玄のその一言もあって、その楊弘以外の老臣達の事は速やかにそう決したのであるが、楊弘一人だけが頑なに官を辞することを望んだ。
『美羽お嬢様の寛大なるお慈悲によって、直接罪には問われずとも、この年寄りめのしてきた事は万死に値するものであります。もし許されるのであればこの楊弘、これまでに自らの罪によって不当に命を奪われたものたちの菩提を、この生ある限り、僧となって弔って行きたく存じます』
ちなみに、であるがこの楊弘。これよりはるか後世に編纂される、過去の名僧一覧の中にその名を連ねるほどの、徳高い僧としてその名を歴史に残すことになる。……まあ、なんとも皮肉なことではあるが。
「……あのくそ爺の楊弘がねえ……。んで?北郷はどうなったんだ?」
「北郷さんはですね~。あの時~、賊の死体さんたちと一緒に~、西にある関へと~、自ら進んで行かれましたよ~」
「西の関?……つーと、
南陽という地は荊州の最北にあり、東へ抜ければ豫州、西に行けば擁州との境となっている潼関という、一種要塞となっている関に出る。雷薄曰く、一刀はその潼関へと、賊の死体に偽装されて異動させられた、老人立ちの息がかかっていた性質の悪い兵卒たちとともに、かの地に赴いているそうである。
「ですよ~。で~、その性質の悪かった兵士さんたちを~、美羽様命な精兵に調教…もとい、仕立て直しているそうです~」
「ふーん。……ほんとに出来るのかね、んなこと。爺どもの傘の下で、威張り散らすしか脳のなかった連中を、お嬢一筋な精兵になんてさ」
「それがですね~。つい三日ほど前なんですが~、その潼関近くに現れた賊の集団を~、彼らが見事に撃退したそうですよ~?……三千程度の数を~、たった五百で~」
「……おい。それ、数字が逆じゃないのか?」
「い~え~?今ので合ってますよ~?」
「……ほんとかよ」
とても信じられない、と。陳蘭は雷薄のその言葉に思わず唖然とし、その目を大きく見開いて耳を疑った。正直、あの兵士たちの実力は、下手をすればその辺のチンピラ以下かも知れないほどに低かった。そんな見掛け倒しのならず者だった彼らが、このわずか一月の間に、賊相手とはいえ六倍の人数相手に勝つほどの実力を付けたなど、到底信じられなかった。
「まあ~、千ちゃんの気持ちも分かりますけど~、その真偽のほうは~、もうじきその目で見れますよ~。その報告が寄せられたとき~、北郷さんが美羽様に宛てたお手紙の中に~、
「……そっか。あいつ、帰ってくるんだ」
「……千ちゃん」
「んだよ?」
唐突に。今までのほんわかとして居たその表情を、きり、と真剣なものに変え、雷薄がその瞳をまっすぐに陳蘭へと向ける。
「……いい加減、引き篭もるのはもう止めておきましょう?貴方が嫌っていた美羽さまも、今ではきちんと太守としてのお仕事をこなされ、日々精進を始めています。七乃ちゃんにしても、表向きな態度にはさほど変化は見えませんけど、その心根では今度こそ真に美羽様のお望みを叶える為、日夜東奔西走しています。秋水さんも巴さんも、そしてもちろん私も、これまで以上に、美羽様のお力になるため、頑張っています。……貴方もそろそろ、本気になる時だと思いますよ?」
「……んっだよ。……お前がそんな、めったに見せない超真面目状態になんかなって、そんな正論正面から言われたら、頷く以外の選択肢なんか、俺にあるわけないじゃあないかよ」
普段は完全にのほほんとしており、雲のようにほわほわとしている雷薄であるが、時折今のような、口調も一切間延びせず、その顔を引き締めてことに当たる時がある。一つは戦場に出ているとき。そしてもう一つは、心のそこから怒っているとき、である。
「それじゃあ?」
「……明日にでも、城に上がるよ。そんで、その、なんだ……。お嬢と張勲に、その、俺の真名……預けてやっても、良い」
「は~い。ほんと、素直じゃないですよね~、千ちゃんてば~。にゅふふ」
「……ふんっ!」
袁術にしても張勲にしても、過去から
そうして、陳蘭が袁術、張勲、そして紀霊の三人と、その口調不器用ながらに真名を交し合ってから、ちょうど二月後のその日。
「七乃よ~。そろそろ時間ではないのかや~?」
「あら、お嬢様ってばそんなに、北郷さんと再会するのが楽しみなんですか?……妬けちゃいますねえ、このこのっ♪」
「べ、別にあやつと会えるのが楽しみとか言うのではなくてだな、だからその……っ!!」
「んもう~、お嬢様ってばそんなにお顔を真っ赤にされて、全力で否定なされるなんて~。もう、可愛すぎるぞこの恋する乙女っ♪」
「ここ、こ、こ、こ、恋っ?!ば、ばばば、何馬鹿な事を……!!わ、妾はただ主君としてじゃな、臣下のことを心配しておるだけであってだな……!!」
宛の街のその城門前にて。周囲をしっかりと掃き清め、整然と隊伍を組んで整列する、その南陽袁家の軍を象徴する黄色い鎧を身に着けた袁家近衛軍のその先頭にて、そんな、いつも通りな様子を見せている袁術と張勲。そんなもはや見慣れてしまった光景を、微笑ましくその背後から見つめているのは、諸葛玄と紀霊、陳蘭・雷薄の四人。まあ、その中の約一名だけは、二人に対して送る視線の意味が、僅かばかり違ってはいたが。
「……やっぱ阿呆だこいつら」
「まあまあ。……千州君の気持ちもわかりますけど、これが美羽嬢と七乃ちゃんなりの、自然な姿ってやつなんですよ」
「そういうことです、千州。……貴方のその口が悪いのと一緒で、ね」
「……堅物な上にちっともくそ面白くない女のあんたよりは、よっぽどマシだよ、巴さん」
「……言ってくれますね」
「……なんか間違ってるか?」
真名を交し合ったとはいえ、やはりどこかそりの合わないところがあるであろう陳蘭と紀霊は、大体その顔を会わせる度に口喧嘩を始める……というのも、すでに
「まあまあ~、千ちゃんも巴ちゃんも~、仲良く喧嘩するのは~、また後にしてくださいね~。……ほら、待ち人さんたちが~、姿をお見せになりましたよ~」
雷薄がその言葉と共に指にて指し示すその先へと、一同の視線が一気に集中する。そして、わずかな間をおいて、彼ら彼女らの視界にはっきりと見えてくる、その一団の姿。
その数、三千。
袁家近衛軍の兵達とは、その身に纏う鎧の色こそ白一色と異なれど、その先頭にて掲げられる二本の旗の片方には、黄色地に黒の『袁』という刺繍がはっきりと印されており。彼らが南陽袁家の兵であることは、一目瞭然なものとなっていた。そして、残るもう片方の旗には、白地に黒の刺繍で『十』と描かれている。
「……やっと、帰ってこれた、な」
「感慨もひとしお、ですか?『北郷隊長』」
「まあ、ね。……なにしろ、全てはこれから、始まるんだから、さ。……だろ?徐、副隊長」
その白き軍団の先頭にて馬上の人となっている、白い衣服の上に白い胸当てだけを付けた、その部隊の長である北郷一刀は、副官であるその黒髪をツインテールにした少女へと、その静かな笑みを向ける。
やがて、彼のその瞳にも、はっきりとその姿が捉えられて来た。
陽光に照らされ、まるで金色の羽のようにも見える、その長いストレートの髪をした、彼がこの世でもっとも愛しき主であり、何物にも代えがたき存在たるその少女の顔が。……そして。
「……ただいま戻りました、“美羽”様」
「んむっ♪……お帰りじゃ、“一刀”」
~続く~
狼「なんだか最近、どんどん一回の文章量が増えてる気がします。ども、作者でございます」
輝「どもどもー。狼一家の長女、輝里でーす」
命「同じく、次女の命じゃ♪」
狼「さて。今回のお話は、前回からの続きで老臣一派の処断や、一刀があの後どうなったかを中心にお送りしたわけですが」
輝「以外だったのは、一刀さんを説得したのが美羽ちゃんじゃなく、七乃さんだったってことかな?」
命「そうじゃな。てっきりあの腹黒のことじゃから、面白がってはあはあ言いながらみてるだけかとおもっておったのじゃが」
狼「まあ、基本的に彼女は、美羽のためになる事なら何でもしますから。一刀の美羽に対する想いを知っても、それは同様ってことですね」
輝「一刀さんに嫉妬するよりも、そのことで慌てふためく美羽ちゃんを見ていたほうが、愉しめると。そう思っちゃうわけだ、あの人の場合」
狼「そういうことだと、僕は解釈しています♪」
命「ところで親父殿?あの時代に仏教ってもう伝わっておったのか?楊弘が僧になったとか言っておったが」
狼「はい。仏教そのものは、一世紀頃にはもう、漢土に伝わっていたそうです」
輝「まあ、儒教の影響の方が、あの頃はまだ遥かに強いでしょうけどね」
命「ところでじゃ、一刀は確か軍隊経験はおろか、人を指揮する立場を経験した事もないのじゃろ?なのによくあのごろつきたちを調きょ…もとい、矯正できたの?」
狼「そこで、最後に出てきた誰かさんの出番って相成ったわけです。当初とちょっと登場の順序が変わっちゃったけど、そこはまあ、展開の都合上というやつです」
輝「・・・・・“誰かさん”、一刀さんといい雰囲気なったりは・・・・」
狼「無し」
輝「がーん」
命「しょうがないじゃろ?今回はあくまで、メインは美羽達袁家のものたちじゃし♪」
輝「・・・なんか嬉しそうね?」
命「気のせいじゃ」
狼「ということで、どういう経緯で一刀がごろつき兵の矯正役になったのかは、次回にておつたえいたしますです」
輝「さて、次回はいよいよ、プロローグ的お話が終わり、なのよね?」
狼「そ。新生袁術軍がついに始動します。さっきの一刀の話も含め、一旦お話を整理する回になります」
命「それでは次回、真説・恋姫†演技 仲帝記、その第九羽」
輝「どうかごゆっくりと、お待ちくださいませ」
狼「それでは皆様、今回も色々とたくさんのコメント、お待ちしておりますね?」
三人『再見~!!』
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仲帝記、その第八話にございます。
似非駄文作家こと狭乃狼です。
さて、宴席での一刀のトンでも発言に対し、
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