No.332158

外史異聞譚~外幕ノ弐~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-11-09 21:57:38 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3105   閲覧ユーザー数:1536

≪洛陽/龐士元視点≫

 

私達は星さんの旧知だという郭奉孝さんと程仲徳さんと一緒に、洛陽から直接視察にいくという事になりました

このお二人が一緒に行くのには特に理由はなく、旅の途中のお話しや見識について私を含めたみんなが聞きたがったからです

 

漢中には最初全員で向かって、順次平原に戻ろうという事になり、伯珪さんも短期間ですが一緒に来る事に決めたようです

伯珪さんは、私達や奉孝さん、仲徳さんの意見を聞きながら視察できる事に意味があると考えているようで、自分が持てない視点でどう考えるのかを聞きたい、と言っています

 

私達それぞれが興味がある部分が違う訳ですが、それらを短い期間でも擦り合わせて論議できるのは非常に重要な事だと思います

 

特に私と朱里ちゃんは、同門のふたりが漢中で何をしているのかが気になっているというのが本音です

 

宴会の翌日にこれらを上奏したところ、平原と北平の統治に差し障りがない範囲での滞在を認める、という事で、最大90日の滞在を許可されました

 

天譴軍側からは最低限の滞在費と宿舎は提供する、との申し出があったそうで、視察に関しては必ず案内人を同行させる事が条件だ、と予め指定があったそうです

元々、長期間を予想された諸侯連合だったので、不在を想定した施政を組んでいたので思い切った行動に出られたという訳です

 

「ねえ朱里ちゃん

 滞在費まで向こうで負担するって、実はすごいことだよね」

 

不在中の事柄をみんなで相談しながら、私は朱里ちゃんに話しかけます

 

「そうだよね

 こうして洛陽で情報を集めているだけでも、私達とは豊かさが段違いだよね」

 

洛陽で集められる情報は主に駐屯していた天譴軍や漢中から流れてくる様々な物資に関してなのですが、漢中のお酒は度数も強くかなりの高級品として扱われています

瓶ひとつ値はかなり高額なのですが、とにかく度数が高く、通常はかなり水で薄めて呑まれているようです

これは十分な穀物があり、高度な醸造技術がある事の証明です

天譴軍の将兵が洛陽での一般的な飲み方を好まない、と菜館や酒家で言っているという点からも、非常に糧食が充足している事の証明となります

また、肉類の加工品や保存に関しても一線を画すようで、先の民衆反乱で供出されたものはそこらの肉屋あたりで得られるものより味もよく、天譴軍の将兵も基本的には充てがわれた宿舎で持ち込んだ糧食を食べている、との事です

 

「ここまで差があると、こういってはなんですがいささかへこみますな…」

 

肉の保存方法として塩漬けや燻製はありますが、漢中のものは非常に味がよく研究もされているようで、やはり漢中のものは洛陽では高級品のようです

愛紗さんが行商人から求めたものを試食してみたのですが、先の反乱の折りに陣中で振る舞われたものが保存を重視し、味を落としていたものだという事実が判明してみんなでびっくりしたというのもあります

鈴々ちゃんはおいしいといって食べていますが、愛紗さんが思わずへこむのも理解できてしまいます

 

「ふえ~……

 お肉なんて普通他所から買うものじゃないのに、これだとわざわざ買うのも納得しちゃうよね~」

 

桃香さまも感心しっぱなしです

 

「ふむ……

 漢中の強みは豊かさというよりは先見にありそうですね」

 

郭奉孝さんがぽつりと呟きます

 

「得られた豊かさで何をするか…

 明確に先が見えているからこそ、このような形になるのでしょう」

 

「はわわ…

 それは富国の基礎を兵馬には置いていないという事でしゅか?」

 

朱里ちゃんの疑問はもっともです

この大陸で今豊かと言えるのは恐らく漢中だけで、それなりに安定しているといえるのも漢中と洛陽周辺だけです

まず兵馬を養えるだけの基礎を創らない事には、民衆の生活を安定させる事も覚束無いはず

 

その疑問に郭奉孝さんは頷きます

 

「あくまで私見と予測ですが、こういった食に関する事柄というものは民衆の生活に一番反映されるものです

 外部に売り出せるということは、豊かさの証明である以上にこういった事を民衆に反映させる意図と余裕があり、それを国策として推進しているという事になります」

 

この言葉に伯珪さんが質問をします

 

「それって矛盾してないか?

 兵馬を養って尚余裕があるから、だと思うんだが」

 

郭奉孝さんはこれに首を横に振ります

 

「これだけの余裕があるなら、通常は更に兵馬を充実させる事を考えるものです

 ある程度は民衆が充足する事は当然考えますが、ここまで大規模にと考える諸侯は普通いないでしょう

 その意図がどこにあるのかまでは判りませんが…」

 

確かに、私でもこれだけの豊かさがあって3万程度の軍備という事はまず考えません

それは他のみんなも同じに思ったようで、一気に場の空気が重くなります

 

「実際に天譴軍が保有してる兵馬は、洛陽にいる程度じゃないって事ですね~」

 

程仲徳さんがのほほんと答えます

 

「えっと~……

 兵馬より先に民衆を優先した結果強くなったって事なのかな?」

 

「恐らくは」

 

桃香さまの問いに郭奉孝さんが即答します

 

見た目は5万と言われている天譴軍

既にこれだけでも諸侯有数といえる力を持っている彼らですが、その実情は既に違う

そういう事になります

 

朱里ちゃんは彼らの手法を学んで、より強い国をと考えているでしょうが、桃香さまはどう判断を降すのでしょうか

 

私はそのときが少し恐いような、そんな気がしています

 

 

元直ちゃんや巨達ちゃんに負ける、そんな気がするんです

≪洛陽/張翼徳視点≫

 

なんだかな~、と思うのは多分今は鈴々だけなのだ

 

どうしてみんな難しく考えているのか、鈴々にはさっぱりわからないのだ

 

愛紗が買ってきてくれたお肉は美味しいし、お酒も美味しい

だったら何を考え込む必要があるのだ?

 

鈴々は戦うことしかできないけど、それは弱いものいじめをする奴をやっつけるために戦うのであって、別に無理に天譴軍とかいうやつらとケンカする必要はないし、競争する必要もないと思うのだ

 

それは、戦って負けたら悔しいけど、それは鈴々が個人的に戦って負けたらであって、別にみんなの為になることで争う必要なんかないのにな~

 

みんながお腹いっぱいで、毎日楽しく過ごせたら、それだけで笑顔になれると、鈴々はそう思うのだ

 

そう思ったので鈴々はみんなにそれを聞いてみる事にするのだ!

 

「みんなどうして、天譴軍が強かったらダメなのだ?」

 

どうしてだろう?

みんな絶句してるのだ

 

「えっと…

 ダメとかそういうのじゃなくて、なんていったらいいのかな……

 もし敵になった時に対抗できないと困るというか……」

 

雛里もおかしな事をいうのだ

朱里も頷いてるという事は、やっぱりおかしいと思うのだ

 

「仲良くはできないのか?

 お姉ちゃんもみんなも、みんなの笑顔のために頑張ってると思うのだ」

 

「それはその通りだが…」

 

愛紗がまた何か難しく考えている気がするのだ

 

「天譴軍のやつらも同じなら、別に喧嘩にはならないと思うのだ

 そりゃあお姉ちゃんが王様なのが一番だとは思うのだ

 だけどわざわざケンカをする事を考える必要はどこにもないと思うのだ」

 

鈴々がそういうと、みんなが考え込みはじめたのだ

 

その中で桃香お姉ちゃんだけが、鈴々に向かって強く頷いてくれた

 

鈴々はそれがとっても嬉しかったのだ

≪洛陽/公孫伯珪視点≫

 

喧嘩する必要はない、か…

 

翼徳はそう簡単にいったし、玄徳はそこに納得がいく部分はあるだろうけど、話はそう簡単じゃないんだよな…

 

あたしは漢室の臣として、もし陛下が天譴軍のやり方を学んでそれに従えっていうなら吝かではないさ

玄徳にしても、みんなが平和で豊かになるなら、多分それが極端な押しつけじゃない限りは納得すると思う

 

でもな~…

多分それはすごく難しい事なんだよ

 

玄徳は難しい事を簡単に言ってるから、一見それも簡単に見える

あれの性格もあるし、なんというか偉そうに振舞う事がないから受け入れやすいのもある

あたしも基本的には玄徳の側にいるから、その意見には賛同する部分も多い

 

でも気づいてるか?

 

あたしらみたいな人間に、それはものすごく受け入れ難いんだよ

 

どうしたって、まずは自分の立場が最初に来る

民衆の生活はあたしらが守ってるっていうのがどうやったって最初に来るんだ

それより先に民衆の生活なんて、無理だろ?

 

まず最初に民衆の生活なんて、さすがの玄徳だって考えてないと思う

 

だってさ、自分が食うより先になんて、誰だって無理な話なんだよ

あたし達は“守護してやっている”という前提で太守なりをやってるわけだ

当然、そこには生産性なんてものはない

 

漢中がそれを度外視しているというなら、それはあたしらの立場そのものを否定する事になるんだよ

 

翼徳はそこまで考えてはいないだろうし、玄徳はそれでもいいかも知れない

でも、孔明や士元、それに雲長や子龍、それに子龍の友人達はそれに気づいてる

 

それを認める事はあたし達の今までを全部否定する事と同じだって事に

 

漢中の手法を取り入れるのはいい

天譴軍と共に歩むのもいいさ

 

でも、譲れないものはあるんだよ

 

それが何かはまだ判らない

 

でもさ………

 

多分あたし達は打ちのめされる

 

同時に共に歩むことはできない

 

そういう予感だけはしてるんだよ

 

これは詮議の場にいなかった翼徳には解らないのかも知れないな

あたし達は、なんというか全てを否定されてるんだ

今まで拠としてきた、その全てをさ

 

玄徳ならそれすらも気にならないのかも知れないな

 

でも多分、あたしには無理だ

 

目指す先が同じでも共に歩む事はできない

そういう存在はやっぱりあるんだよ

 

だからあたしは漢中に行く事にしたんだけど、そういうのは判らないだろうなあ…

 

あ~あ………

 

 

玄徳や翼徳が羨ましいよ

 

こんな悩みなんかなく、ただ自分が信じるものに向かっていけるんだからさ…

 

 

様々な表情を見せるみんなを見ながら、あたしは内心でそうぼやいていた


 
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