No.323609

どこにでもある、ありふれたクエスト―ピヨピヨの卵

マイソロ2・リッドとファラのお話。彼の好物を巡っています。

2011-10-25 01:02:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2698   閲覧ユーザー数:669

事件はバンエルティア号にある、購買部で起こった。ここでは数多くの食材が売られている。メンバー達はここで適切な材料を買い求め、そして仕事先のダンジョンやフィールドで料理をする。長旅であればあるほど、料理は重要だ。体力はもちろん、気力が回復したり、時には精神も安定する。

 

その食料はたどり着く村々で補給をしている。依頼された仕事の報酬以外には稼ぐ手段が無いため、アドリビトムにとって、食料の売買は貴重な財源であった。ある時、メンバーのひとりであるルーティが依頼先の村人に対しても売買をすればいいのではないかと言い出したが、正義感の強いファラや、リーダーであるチャットによりそれは却下された。そんな中、ある食材が飛ぶように売れる事態になり、リーダーのチャットはそのことで頭を悩ませていた。

 

その日、キール・ツァイベルはバンエルティア号にある大衆用のキッチンに、朝食を取るために訪れていた。そこには彼の腐れ縁でもある幼なじみふたりが仲良く座っている。赤毛の猟師、リッド・ハーシェルと緑髪の農婦、ファラ・エルステッドだった。他にも彼ら以外にもメンバーはちらほらと顔を出している。幼なじみたちのテーブルには既に大量の皿が置かれていた。見れば他の席の誰もそのような事はないし、静かなものだ。しかし、がつがつと際限も無く食べ続けるリッドはその中でも明らかに浮いている。ファラはその向かいで黙々と食べ続けていたが、その顔は呆れているようにも見えた。

 

仕事に出かけているメンバー以外はいつも、根城であるバンエルティア号にて待機している。その間、彼らは雑用を割り当てられる。それは食事当番だったり、掃除当番だったり、様々だった。そして今日の食事当番のうちのひとりが、ファラだった。彼女の作る料理はとても好評だった。特に、定番料理の一つである、オムレツは人気が高い。オムレツは卵のみで作られるシンプルな料理ではあるが、その分奥が深いものだ。作り手によってはその形も味も多種多様だが、彼女の作るオムレツはふんわりしていて、半熟のとろとろとした食感と、甘すぎないやさしい味加減が絶妙だった。

 

しかしファラが食事当番の時には、決まってオムレツがすぐに売り切れる。何故ならオムレツが大好物なある青年によって、大半が食べつくされるからだ。その青年は紛れも無い、彼女の幼なじみのリッド。彼の胃袋はメンバーの中でも指折りの鋼鉄で、その食べっぷりはメンバーの間では有名だった。食べ物の好き嫌いが少ない彼はどんなメニューでも大概は喜んで食べる。しかしその中でもオムレツだけは別らしく、「オムレツだったら何杯でもいける!」と豪語するほどだ。しかもここ最近、リッドは仕事が増えたらしく、その任務を完了した日は特にオムレツの売れ行きは絶好調だった。それがほぼひとりの人間によって成し得る事に、メンバーはいつもため息を吐かずにいられない。

 

何故か。それはオムレツが「卵と少しの調味料だけで成り立つ料理」だからだった。

 

「精が出るな、ファラ」

 

キールは幼なじみに声をかける。少し皮肉をこめて。彼もそれなりに空腹ではあったが、リッドの食べる様を見て、それだけで食欲が少し失せてしまった。彼は食事も雰囲気で楽しむものだと思っているからだった。

 

「あ、おはようキール。お腹減ったでしょ。何食べる?」

「そうだな。どれにしようか」

 

キールはファラの差し出したメニューを見て、真剣に悩む。メニューは彼女の手作りだ。細かいところまで凝っているファラに、キールはいつも感心してしまう。

 

 

本日の朝食メニュー

 

オムレツと季節の野菜の組み合わせ

エッグベア肉と彩り野菜のソテー フレッシュジュース付き

フレンチトースト、旬の果物も添えて

焼き魚(ご飯と根菜を使った味噌汁付け合せ)

 

ご自由にお選びください。ご飯はお代わり自由でどうぞ。

※ただし、リッドはオムレツ10杯までとさせていただきます。

 

 

最後に付け加えられている文を見て、キールは苦笑いをする。そのリッドは皿を持ってファラに次のオムレツを催促している。もう何杯目だろう、とキールは思う。そろそろリッドは彼女の鉄拳でも食らわされるに違いない。

 

そのキールは悩んだ末、フレンチトーストを選ぶ。ファラは軽やかな足取りでキッチンへと向かった。

 

 

「こら、キール!」

 

キールが食事をしていると、傍からいきなりファラの怒り声が聞こえた。その手には何か、本が抱えられている。

 

 

「どうした?ファラ」

「もう。食事をする時くらい、本はやめなよ。行儀が悪いでしょ」

 

 

キールは食事をしながら本を読む癖があった。それは勉学のためと、彼がいつも何かの理論を考えている証でもあるのだが、根っからの運動会系のファラには全く理解が出来ない行動だった。キールはやれやれ、と額に片手を添えてため息を吐いた。渋い顔のまま、フレンチトーストをかじる。これは甘党のキールに合わせて、その味は多少多めに砂糖が使われている。更に傍にはコーヒーが添えられていた。

 

キールは大学に通う学生だ。勉学を生業とする学者を目指す彼にとっては、本を読むことはライフワークのひとつだった。そのため、糖分は脳の栄養になる。更に学ぶ事に夢中になりすぎるキールには朝寝は当たり前のもので、起床するとまず眠気を吹き飛ばすためにコーヒーを飲む習慣があった。昨日勉学のしすぎで睡眠不足になっていた彼にとって、このファラの料理への気配りはとても有難かった。

 

 

「なあ、キール。それ食わないんだったら俺が代わりに食ってやろうか?」

 

 

見ればリッドが何やら熱い視線で自分を見つめている。どうやら付け合せのフルーツがそのままで手付かずにあったのを、彼に見つけられたのだろう。ファラがすかさず、リッドの手をつねる。

 

 

「もう、まだ足りないの?」

「ああ、まだものたりねえよ。うっしファラ、オムレツもう一杯!」

「もう駄目だよリッド。オムレツは売り切れでーす」

 

 

ファラはおもむろにキッチンに向かい、何やら大きなバスケットを持ってくる。そこには何やら白い殻らしきものがあった。

 

 

「ごめんね、卵がもう無いんだ。リッドがおかわりばっかりするから」

 

 

そう言って、ファラはテーブルにあったメニューのうち、フレンチトーストとオムレツの文字に線を入れる。キールで最後だったんだよ、危ない危ない、と言ってファラは取り繕うように笑顔を浮かべた。

 

 

「じゃ、どっかで補充しない限りはオムレツ食えねえって事か?」

 

「うんリッド。そういうことだよ」

「そういうことって…おいファラ」

 

 

リッドはへなへな、と自分の席に力なく座り込んだ。どうやらショックだったようだ。

 

 

「しょうがないさ。少しは我慢するのが大人ってものだろう、リッド」

「キール…お前どれだけ俺が今日の日を楽しみにしていたか、分かって言っているかあ?」

 

 

リッドはあーあとあからさまに落ち込んで見せた。ファラ以外のメンバーが当番の日には、オムレツが出ることが無かったからだ。しかしそれでも限度があるだろうとキールは積まれた皿を横目に冷ややかに言い放った。しばらくすると、メニューの横線を全部書き終えた終えたファラが彼らのいるテーブルへと戻ってきた。

 

 

「大丈夫だよリッド。今日チャットに卵を頼んでおいたから。その日のうちに届くと思うから、もう少し待っててね」

 

 

その数刻後、やけに落ち込んだチャットをファラは自室で出迎えた。

 

 

「ああ、ファラさん!聞いてくださいよ!」

「ど、どうしたの。チャット」

 

 

そこには青色の大きな羽のついた帽子をかぶった、人より少し浅黒の肌の少女がいた。背はファラよりも少し低い。まるで少年のような目鼻立ちの整った容貌をしていたが、その顔は曇っている。何か悩んでいるようにも見えた。

 

 

「ファラさん、今日の朝に卵を頼みましたよね?」

「うん、それがどうしたの」

 

 

チャットは机に何やら紙切れを置く。そこには値段が書いてあった。彼女は無言で、ファラに指し示す。ファラがそれを取って眺めてみる。瞬間、

 

 

「えー!これ、本当なの?チャット」

「…本当です。どうしましょう、ファラさん」

 

 

海賊の少女が机で突っ伏して泣いているのを、ファラは何となく気の毒に思ったのか、彼女の背をよしよしと撫で続けた。

 

 

「どうしたってんだよ?船長」

 

 

チャットはその声にびくっと勢いよく飛び上がった。ベッドに赤い毛が横たわっている。リッドだ。まさかそこにいるとは思わず、チャットは取り合えず驚いて止まらない動悸を抑えるために、手を左胸に添えた。ファラはその手に持っていた紙切れをひらり、と彼に渡す。リッドはそれをじっと見たが、何が大変なのか分からなかった。

 

 

「なになに、卵、800ガルド?…なんだ、これ?」

「…これも何も、発注書ですよリッドさん。町にこれを届けないと食材が手に入りません」

 

 

チャットはいまいち理解出来ていないリッドに呆れ、ため息を吐く。ファラに目線を移すと、彼女は肩をすくめてみせた。こちらはあまり驚いていない。

 

 

「…あのですね、リッドさん。卵800ガルドっていうのは由々しき事態なんですよ!?そもそも、食材は我がアドリビトムにとっては、貴重な財源かつライフラインとも言えるものです。どの食材もある程度の時期が過ぎると切れてきますが、最近何故か卵ばかり飛ぶように売り切れるんですよ!特にリッドさん、あなたがこのバンエルティア号にいる時にはそれが顕著なんです!」

 

 

チャットは力説し続けた。

 

 

「そもそも食料を補充するのにどれだけ大変か、リッドさんは分かっていますか?航行するだけならともかく、海には憎き敵もいるんです。勿論敵は出れば倒しますが、僕はメンバー思いの親分ですからね!その悪の巣を避けるために海の航行ルートを変更することは日常茶飯事なんですよ。その苦労は舵取りである僕ひとりが背負っているんです。もちろん、責任も僕一人にかかってきます!敵に襲われる危険を冒してでも、わが子たちのために、僕は何としてでも食材のある町にたどり着かないといけないんですよ。まったく…。しかもその航行のうち、全体の30%は卵の補給のためなんですからね!」

 

「まくし立ててるなよ船長!大体パーセントってなんだよ。キールみたいな事を言うなって…」

 

 

リッドはチャットが確率の問題まで出し始めたので頭を痛める。いつもキールの話相手をしている時に決まって出てくる単語だった。あの幼なじみは自分が理解しやすいように噛み砕いて話せばいいものを、いつもわざと難しくして話すのだ。もっともキールはいつも彼が理解しやすいように噛み砕いているつもりだが、それでもリッドは理解しきれていない。どうやらリッドは理解する気すら無いらしい。そもそも割合なんていわれても、卵が何個なんて分からないじゃないか。そこまで考えるのは面倒くさがりのリッドには性に合わなかった。

 

 

「どの街にも無ければ、クエストにしてでもメンバーに収集してもらわないといけなくなります。しかし、分かりますかリッドさん!その集めた卵の価値が上がっているということはすなわち、ピヨピヨの卵そのものが収集するのに苦労するほど、手に入れることが困難だと言うことです。つまり、卵の価値が跳ね上がっているのですよ!」

 

「へ、そうなのか?船長」

 

「なーに呑気な事を言っているんですか、リッドさん!話は戻りますが、我がアドリビトムの食材確保の30%はピヨピヨの卵のためです!しかし、ゆうにその手に入れた卵の10%は毎回あなた一人で消費しているんですよ!もう、どれだけオムレツ好きなんですかあなたは!」

 

「分かった、船長!取り合えず俺がオムレツが好きなのはよーく分かった。 …で、それの何が問題なんだ?ファラ」

 

 

まだ事態が把握しきれていないリッドに、ファラは呆れてしまった。

 

 

「あのね、その800ガルドは卵一パックの値段なんだって。ね、チャット」

 

「そうですよ。いつもは150ガルドで取引されている卵が、一パック800ガルドもするんですよ!つまり、このまま今の量を保持して仕入れているのでは、はっきり言って我がアドリビトムは赤字どころか、いずれ破産になります!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、船長。まさか…」

 

「そうです、リッドさん!よく聞いて下さいよ?このままでは他の食材に手が回らなくなってしまいます。端的に言えば、我がアドリビトムはこれから卵の仕入れ量を今よりも激減させないといけないという事です」

 

 

そこまで言って、チャットはファラと大きなため息をついた。しかしリッドはそれでもピンとこない表情で話を続けた。

 

 

「しょうがないな…別にオムレツの食べる量が減るくらい、どうってことないぜ。な、ファラ、船長。オムレツ食えないのは正直辛いけど、出来る限り協力するからさ」

 

 

チャットはまだ理解しきれていないリッドを見て、再び机に突っ伏し泣き出してしまった。ファラはその背中をまたさすり始める。その目はリッドの方に向いていたが、どこかじとっとした含みのある視線だ。リッドは思わず身を逸らしてしまう。

 

 

「…あのね、リッド。これは大問題なんだよ。そもそも卵を使えないってことは、他の料理だって作りにくくなるってことだよ。トンカツだって、ハンバーグだって、お菓子にだって卵はいるんだから。リッドの好きそうなもの、ほとんど作れなくなっちゃうよ。これからどうしよう、料理…」

 

「な、なんだってえ!?それは本当なのか?ファラ」

 

「うん。これから食べれるものは限られてくるよ。もちろんリッドにも協力してもらうんだからね。しばらくオムレツは禁止だよ!」

 

「そ、そんなあ…」

 

 

リッドは肩を落としてしまった。大好きなオムレツを我慢すると言った手前、これからどのくらい自分は我慢しなければいけないのだろうか。そう考えるだけでもうんざりしてしまう。

 

しかしこの卵を制限するという事態は、ファラが思うよりも由々しきものとなってしまった。まず甘いものに目がないキールやユーリ、リオンといった面々は、三時に出されるおやつに文句を言い始めた。卵をつなぎとして使うお菓子の大半は甘いものだからだった。更にメンバーのうち、男性は出される食事が日々淡白になっていく事に最初は慣れようと努力していたが、そのうちに味気なくなり、少しずつ苦情が出始めた。その筆頭は勿論、メンバーで一番大食漢であるリッドだ。

 

料理やお菓子ひとつで不穏な空気がメンバーにたちこめ、それによってチームの雰囲気さえ悪くなってしまう。それだけピヨピヨの卵はメンバーにとって貴重そのものだったのだ。食事が不味ければ、彼らの参加するクエストやミッションにも影響が出始める。かくしてこの卵を巡るアドリビトムのメンバーたちの、馬鹿らしい、しかしささやかなプライドを賭けた争いは幕を開けることとなった。


 
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