No.321797

閃光のプロキオン 第三話 約束の放課後

今から17年前。東京を壊滅させる程の『何か』が起きた。日本は17年の歳月を経て首都を長野県へ移す。しかし、『何か』がもたらしたものはそれだけでは無かった。 MFLと呼ばれる遺伝的変異を遂げた生物。東京から現れるMFLとの戦いに巻き込まれた瀬田大輔はそこでプロキオンと呼ばれる兵器と出会う。

2011-10-21 21:28:02 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:398   閲覧ユーザー数:395

第三話 約束の放課後

 

 

チャイムが鳴った。スピーカーから流れるその音を聞いて教壇に立つ先生は「それじゃあ今日はここまで」と言って教科書をパタリと閉じる。

「起立」

日直の生徒が言った。その号令に合わせ、私は立ち上がる。

礼をして座る。何気ない動作の間にも私の頭は不安で消えなかった。

昨日、幼馴染で私の家に居候している大ちゃんは8時過ぎに戻ってきた。黒い制服には砂埃がたっぷりついていて、さらには軍部の車で送ってもらってきた。確かに大ちゃんのお父さんは軍人さんだ。それでも……

「次のニュースです。昨日、午後6時頃、AブロックVMFL基地周辺にてMFLが出現しました。なお、今回のMFL出現による死亡者はゼロで、3名程が軽いケガを負った模様です」

誰かのケータイから聞こえたニュース。この報道は昨日既に聞いた。

一昨日、大ちゃんはあのロボットに乗り、戦った。そして昨日はお父さんのいるAブロックVMFL基地。つまりは事件現場に向かい、ボロボロになって帰ってきた。

もう、考えられることはひとつしかない。

私は物思いにふけりながらカバンからお弁当箱をとりだす。薄い肌色をした楕円形の蓋を開ける。

お弁当はいつも私がつくる。両親は共働きで忙しいので私の分も大ちゃんの分も朝、早く起きて作っている。

ボーッとしながらも箸でお弁当をつつく。すると途端、口に甘さが広がった。

急いで箸を見ると細い木製の箸は簡単に作った野菜炒めを摘んでいた。

お塩とお砂糖間違えた……

余りにも初歩的で致命的なミス。いつもどおりじゃない自分に失望した。

 

 

「うへっ、なんじゃこりゃ」

涼介と昼食を食っていると途端に変な物に出くわした。

「ん?どうした大輔」

「いや、なんでもないよ」

適当に誤魔化すとその根源たる物を見定めた。ふりかけご飯の隣にある野菜炒めか。

しかし、野菜炒めがこんなに甘いはずはない。考えられる要因は一つ。塩と砂糖を間違えた。

いやいやいや、まさか愛菜がそんなミスを犯すなんて……

そういえば昨日から愛菜の様子がおかしかったような気がする。まあ、あんなボロボロで帰ってきたし無理もないのか。

余計な心配かけちゃってるな。と僕は責任を感じる。

今朝、僕は正式に父さんからVMFLへの入隊を言い渡された。階級は特技兵とかいっているが僕にはよく分からない。目の前で惣菜パンをガツガツ食ってる軍事オタクに聞けば一発だろうがそれもそれで気が引ける。というか余計な詮索はされたくない。

いや、そもそもの原因は―――

僕は窓側を見やった、昨日までは誰もいなかったその席には女の子が座っている。背筋をピンと伸ばしてちょっとずつお弁当を食べる姿からは昨日の様子は想像できない。

とにもかくにも僕はもう後戻りは出来なくなった。父さんにも言われた。『お前は自衛軍という機械の中の一部になった』と。

最後の一粒をつまんで口に運び、ペットボトルのお茶を一口飲む。渇ききった喉が濡れた。

 

 

今日は掃除当番はサボった。いや、怪我の関係がなんとかと言って保健室で休んだ。

あたたかな陽の差し込む硬いベッドに寝転がる。薄いタオルケットが太陽でちょうど良い温度に温められ、さらに僕の眠気助長させる。

途端、眠気を吹き飛ばすような音が響いた、ガラガラっ!とカーテンを開ける音。それも思いっきり。

人様が気持ちよく眠ろうとしている間になんだと思い、僕はゆっくりと体を起こす。目を擦ってゆっくりと焦点を合わせる。始めはただの人影にしか見えなかった物がだんだんくっきりと見えてくる。

「なんだ涼介か」

「なんだとはなんだよ」

はぁーっとため息をついて僕はベッドの横にかけておいた制服の上着を取り、袖に腕を通す。

「で、一体なんなのさ?」

「あ?お前昨日ゲーセン行くっつってただろ」

そういえばそうだった。確か昨日、父さんに呼び出されて急いで電車に乗ろうとしたときに涼介を適当にあしらって……

「……行くの?」

「行くの!」

仁王立ちで涼介は言った。やれやれと僕は肩をなでおろすとまだ眠い目を擦ってカバンを肩に掛けた。

 

B区画は教育機関と商業施設で成り立っている。そしてブロックの大半は商業施設で埋めつくされている。新長野市にある高校はたった3校。いや、正確には4校だったか。

それはつまり学校の外に出ればお店が立ち並んでいるという事で僕ら行きつけのゲーセンも徒歩数分の所にある。

店内は学校帰りの高校生でひしめき合っている。因みに小中学生は親の承諾がないと出入りが出来ない。専用のカードを作らないと警報が鳴ってA区画の教育委員会に通達されるというシステムだ。

「おー、今日は久々にあいてんじゃん!」

涼介が結構大きめのゲームを指さす。

『ADシュミレータ』

ADのようなスーツを来て、バーチャル空間で戦うというゲームである。もともとVMFLが新兵育成用として開発していたがADの正式採用見送りによって御蔵入りとなった。

シュミレータとはいっても流石は軍用、リアリティは他のこの手のゲームとは比にならない。さらにVMFLが制作の赤字を補填する為に一回のプレイ料金が結構割高になっている。

「またこれ?」

「またこれ」

僕の事はスルーして涼介はADシュミレータを装着、お金を投入する。

正直このゲームは飽きるほど涼介とやった。半ば強制的に。御陰でその頃のお小遣いは凄まじい勢いで飛んでいったのを覚えている。

「仕方ないなぁ……じゃあ記録更新を狙って」

お金を投入する。協力プレイのランキング、そのトップにはR&Dと書かれている。無論僕らR〈涼介〉&D〈大輔〉だ。

『Ready?』

ヘルメットに搭載されたヘッドマウントディスプレイ。3D映像の映し出されるそれにはそう表示される。

それから数秒、『Go!』と文字を変えた途端、僕は足を蹴るように動かす。何とも言えない浮遊感が唐突に僕を襲った。

 

ADシュミレータはJAXAの協力もあったとかで張りぼてのADには無重力の訓練装置がついており、空を飛ぶ感覚を擬似的に味わうことができる。

しかしながら元々『訓練用』に開発されたものであり、『遊び』には決して適さない。これを好んでプレイしているのは僕の隣の奴ぐらいだろう。

「大輔、2時の方向から敵3。7時の方向に2。俺は前を受け持つ。お前は背中を」

「はいはい」

生返事をすると僕は思い切り足をぶん回してバーニアが点火されたまま回転する。とはいってもその映像はヘッドマウントディスプレイが映し出す3D映像。本当に火が出ているなんて阿呆な事は起きてはいない。しかし、流石は軍用シュミレータ。バーニア噴出時に足に掛かる負荷は完璧に再現されているらしく、機械自体がわざと渋くなる。無理矢理動かしてやっと方向転換出来るというほどだ。

「レディ」

涼介が言った。僕はガンコントローラを前に突き出すとバーチャルに映し出される照準器を元に狙いを定める。

トリガーを引く。ADを伝って擬似的な衝撃が腕から体へと響いていく。

しかし、そう簡単に着弾しない。他のシューティングゲームと違って当たり判定がかなりシビアなのだ。それがマニアックなファンを有無要因なわけだが……

「クソッ、フォックス2!フォックス2!」

「分かってる!」

敵から飛んでくるミサイルをブレアを使ってかわす。それと同時、ライフルを撃つ。

「何やってんだ!ファーストステージは残弾残すために3バーストだって言っただろ?」

さっきから隣の軍事オタクがうるさい。所詮はゲームなのだから……と思ってしまうが何時の間にか僕らは1stステージをクリアしていた。

リザルト画面が表示される。撃墜数、ダメージ、命中室、残弾数。あらゆるデータが表示されるのはやはり元が軍のシュミレータだからだろうか。

「おし、それじゃ記録更新目指して」

「わかってるって」

コントローラのトリガーを引き、リザルト画面をスキップする。

『2nd Stage.Redy?』

恐らくネイティブスピーカーと思われる流暢な英語。それがさらに興奮を助長させる。

『Go!!』

それと同時、涼介が作戦を叫ぶ。

「散開して敵を挟む。俺が先行する!」

バシュッとブースト音を僕の隣で響かせて加速する。

「了解、ちゃっちゃとファイナルステージまで行こう!」

僕も足を突き出すようにして、機体を加速させた。擬似的なGが僕を包み込んだ。

 

あれから結構長いことやっていたが結局ハイスコア更新はならなかった。それよりも前に僕の財布がすっからかんになるところだ。

「なあ、涼介。僕はもうこれで終わりにするけど」

僕がそう言うと涼介は「えー!」と一人でブーイングを始める。

そんなブーイングは無視して僕は最後のコインを投入する。

これはもう本を買うの控えようかな。とか、金銭的な事を考えているとボーッとしていた僕の頭に女性の声が響いた。シュミレータのシステム音声だ。

何だと思ってまじまじとディスプレイを見つめると『challenge you!』と表示されている。

誰だ?と思いながら挑戦者の詳細を開く。

『Lucchini 戦闘回数0 勝利数0 敗北数0』

何だ初心者か。僕はそう思って適当に軽くもんでやろうと考えた。隣の涼介が協力プレイがやりたいとか言ってるけどそれでまたラスボスまでやるのはちょっと精神的にも肉体的にも疲れる。それだったら対戦の方がいいかなと思ったのだ。

「あの、よろしくお願いします」

ゲーム機に設置されたボイスチャットで僕は言った。けれども向こうから応答は無く「ふっ」と鼻で嘲笑ったような声がしただけだ。

マナーのない奴だなぁ。と思っているとゲームが開始する。

「……おい、なんだこいつ」

涼介が言った。戦いの模様はゲーム機の並ぶ場所の目の前にある巨大なディスプレイに映し出される。そこに写っているのは勿論僕の姿だった。

「大輔、気をつけろ!コイツ只者じゃねえ!!」

涼介がそう叫んだ時には遅かった。既に敵は僕の真上、ステージのギリギリまで上昇している。

「でも、それじゃいい的だよ!」

トリガーを引いた。バーチャルに火花が映し出され、CGで描かれた弾道が見えた。

「おい、大輔。そいつは罠だ!」

「罠?一体ど―――」

僕が言い終わる前に衝撃が襲った。画面にはエラーウィンドウが乱立し、dangerだのwarningだのと表示される。

「終わりよ」

女の声がした。それと時を同じくして近接戦闘用のブレードが僕を切り裂いた。

「ブーッブーッ」と警告音を鳴らしながらADを取り外す。僕はさっきの敵が何者だったのか気になっていた。

あの戦い方、どこかでみたことがある。急上昇、急降下。余りにも大胆でそれゆえに乗り手の技術を問われる戦闘スタイル。

すると奥の方にあった筐体がプシュッとエアロックの外れる音がして、その後に警告音と共にADが解除された。

まさかとは思った。アイツなんじゃないかと薄々感づいてはいた。

するとそれに気づいた涼介急いで姿勢を正す。

「はぅあっ!なっ、なっ長門様でありましたか!」

長門さんは黒い髪をさぁっと左右へ振ると甘い香りをまき散らして僕らの方へ歩いてきた。

「うん、二人とも筋は悪くなかったわ。もしかしたら将来はADに乗れるかもね?」

ニコリ、と笑って彼女は小首をかしげる。それに感激したのか涼介は涙を流しながら「ありがとうございます!ありがとうございます!」と感謝の言葉を連呼している。

流石にそれに長門さんも引いたのかちょっと身じろぎする。

「あの、それで何か御用でも?」

「ええ、そうよ」

ニコリ、ともう一度微笑む。

僕はこの笑顔に意味を知っている。ゾクリと背筋が凍るような感じがすると彼女が途端に僕の腕を取り、その顔を僕の耳元に近づける。

「……今からVMFLに一緒に来なさい。」

「えっ、でも時間的に――」

「いいから来なさい!」

もう耳を近づけなくても聴こえるような声を出す。ちょっぴり耳がジーンとする。

「じゃあ涼介君、私彼に用事があるから。ちょっと借りるわよ?」

「ハイッ、喜んで!」

敬礼をし、背筋を伸ばす。まるで本物の軍人のように涼介はそう言うと何のお咎めも無しに僕が無理に連れて行かれるのを見ていた。

 

 

 

 

僕は長門さんに半ば強引に電車へと連れて行かれた。一体何の用事があるのか。そんなものは一切教えずじまいで丁度よく停車していた列車に押入れられた。

日が大分暮れている。結構長いことゲーセンにいたんだなと思った。

「……ねぇ」

「はいっ!?」

途端、長門さんから声が掛かった。思わず声がひっくり返ってしまった僕を見て長門さんは苦笑している。

僕が少し眉間にシワを寄せ、嫌な目で長門さんを見つめると「ごめんごめん」といって必死に腹を抑えて笑いをこらえる。

「でさ、さっきから気になってたんだけど。『長門さん』って何よ?」

「はぁ?」

まさかの質問に声が漏れる。

「何って、長門さんは長門さんでしょ?」

「……あのね、私には流希って名前があるんだけど?」

「えっと……それじゃあ流希さん?」

「少尉を付けなさい!上官侮辱罪で軍法会議に掛けるわよ?」

ガタン。電車が大きく揺れた。僕は「申し訳ありません流希少尉。」と改まって誤ると流希は満足した表情で目線を外へ移した。

エアブレーキが起動し、キィィと音を立てながら電車が停車した。

「Bブロック、国立自衛軍特別教育学院前です。」

アナウンスがそう告げた。国立自衛軍驚異学院。通称『攻専』

日本中のエリートというエリートが集められ、自衛軍の特殊攻撃部隊への人員を生み出すという教育施設。この新長野市に存在する学校、いや。日本一のエリート校であり正直な所この駅の前を通るのは気が引ける。

軍服を元に作られた攻専の制服を着た生徒たちが列車に入ってくる。その姿から発せられるプレッシャーのようなものが何だか彼らが僕とは住む世界が違うような雰囲気を醸し出す。

「私ね、第三に来る前は攻専にいたの」

流希が言った。

「へぇ、それ程優秀だったのに何で第三なんかに」

第三というと中堅校だ。攻専のレベルに関しては置いておくとして市内トップは第一高校で第三はその次、そして第二と続いている。

「私ね、サボリぐせがあったのよ。なんか学校に行くことに意義を見いだせないっていうか。私の居場所はここなんかじゃない。私は戦いの中にいるんだって」

「……そんな悲しい事言うなよ」

僕がそう言うと流希は深くため息を着く。

「私のお父さんはね、東京探査班のメンバーだった。お母さんは反対したのにお父さんは私たちを裏切り、その挙句行方不明。そしたらさ、気になっちゃたんだよ。最愛の妻と子供を捨ててまでお父さんは何がしたかったんだろうって。だから攻専まで行ったの。そしたらその先にあったのは巨大な化け物。笑うしかなかったわよ。でもお父さんに近づけた気がしてさ……」

僕には流希の目が潤んでいるように見えた。手を、声をかけて上げたかったけど僕にはそれができなかった。そんな資格は無かった。彼女の心にズケズケと踏み入れるなんて真似は僕には出来ない。

「ごめんね、こんな話してさ。とんだ阿呆ね」

そう言うと流希はあくびをして目を擦る。

「さあ、もう鏑木顧問がホームにいるらしいわ。早く行きましょう?」

「うん」

僕がそういった直後、アナウンスはVMFL基地への到着を告げた。

 

昨日、僕がプロキオンに乗ると決めた日。その人同様、鏑木さんは駅で僕らを待っていた。

それからして徒歩数分の基地に行き、エレベーターで何回かあがった後、小さな会議室に案内された。本来は小隊のブリーフィングルームらしく、VMFLにはこの手の部屋が5,6個あるらしい。

中に入るや否や僕は鏑木さんからプリントを渡される。部屋の中にはもう何人か人がいた。恐らくAD隊の人たちだろう。

「さて、今回君たちを呼んだのは無論、緊急事態だからだ。」

パチンとスイッチを押し、鏑木さんは電気を消す。リモコンのような物を使うと目の前にあったプロジェクターから青白い光が放たれ、白いスクリーンに映し出された。

「この写真は5時間前、ロシア西部の森林地帯を写したものだ。見ればわかるように森の中にポッカリと穴があいている。今から6時間前、日本時間の正午過ぎにその森林地帯で爆発が起きた。範囲は半径10km、幸いにも死傷者は無し。まあ、ロシアが核実験でもしたんじゃないかと思うが先程現地軍の偵察機から面白い情報が出てきた。プリントをめくってくれ」

左上をホチキスでとめられたそれを僕は捲った。そこには難しい数値だの記号だの書かれていて僕にはわからなかった。

「いいか、この一番上のAE値。これは微弱な放射性物質だ。この物質は今まで東京とMFLでしか確認されていない。しかしながら今回、ロシアではそれが観測された。つまりこれは東京で起きた『何か』が再び起きようとしている」

寒気がした。僕は資料でしか読んだことはないけれど実際に東京の『何か』を体験した父さん曰く「地獄絵図」と言っていた。核兵器だとかそういう物に並ぶ。いや、それ以上の禁忌だと。

「そこでだ、明後日の明朝、我々はロシアへと調査に向かう事に決定した。しかし現地ではMFLの発生も示唆されている。そこで今回はAD、並びにプロキオンにも同行してもらう。万が一のためにな。私はプロキオンに同乗し、爆発の調査を行う。異論のある者はいるか?」

鏑木さんが辺りを見回した。僕はそーっとを上げる。

「どうした、大輔君?」

「あのぉ、学校とか家族とかの了解は……」

「無論、学校側には言いつけてある。それに君の父上はここに司令官だろう?何の心配はない。それとも怖気づいたか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

すると鏑木さんは前を向く。

「それでは作戦開始は明後日、明朝○三○○時だ。時間には遅れるなよ。以上、解散」

 

あれから僕は雀野家へと戻った。玄関に現れるや否や愛菜がげっそりとした顔で僕を心配してくるので僕の方が心配になってしまった。

それにしてもこの家の人たちに僕は作戦について話さなければならない。きっと怒られるんだろう。もともと愛菜のお父さんは厳格な人だ。

僕が実際に会うのは食事の時ぐらいでそれ以外はいつも仕事に励んでいる、何というかストイックというか。僕の父さんといい皆不器用なんだなと思ってしまう。

「はい、いっぱい食べなさいよ」

木製のテーブルに愛菜のお母さんが食事を置く。今日はカレーか。

「いただきます」

食事が出揃い、家族の声が合わさった。

スプーンのカツカツという音が響く。そこに時計の針の音まで響いてくる。

「あの……」

僕が思い切って声を出すと家族全員が一斉に僕の方を向いた。

「お話があるんです。聞いて貰えますか?」

 

「これでよかったんですか司令?」

鏑木はニヤけながら白衣のポケットに手を突っ込み、壁へと寄りかかる。

「いいんだ、私たちの目的。いや、使命がそれだ」

休憩室。喫煙所と化しているそこで私はタバコを蒸かしながら言った。

「それもそうですけど息子さんのことですよ」

「まずは第二の東京〈セカンドシティ〉の出現を止めるのが先決だ。それに、大輔なら自分で答えを見つけられるさ」

「それは生き残りとしての勘。ですか?」

「さてな」

私は東京都民の生き残りの一人だ。あの地獄を見てきた者の一人。

今では東京出身というやつは煙たがられる傾向にある。放射能だとかウィルスだとかと一緒だ。所謂風評被害という奴で『何か』をくぐり抜けた人間は差別された。今では『東京』というワード自体が差別用語の様に扱われている。

「分からないが、親子だとかそういうのとは違う確定的な信頼があるんだ。説明は出来ないけどな」

吸っていたタバコを灰皿へと捨てる。火が消えたのを確認すると私は休憩室から出る。自動ドアが開く。

「――息子を預かってくれ」

「了解しました」

鏑木がそう言ったのを聞き、私は司令執務室へと歩きだした。

 

「どうして黙っていたの?愛菜も知ってたのならお母さんに教えなさいよ」

愛菜のお母さんは僕の話を聞いた途端、声を荒らげた。成り行きとはいえ子供にこんなことをさせるなんて馬鹿げている、と。

「そんなの死にに行くようなものよ。大輔君、悪いことは言わないわ。今すぐお父さんに連絡をとって」

「母さん」

先程まで沈黙を保っていた愛菜のお父さんが割り込む。

「いい、そんなこと大輔君がする義理は無いの。今すぐやめなさい」

「母さん!」

愛菜のお父さんが声を荒らげた。その細い目は威厳と風格に溢れていてじっと僕を見つめる。

「愛菜、母さん。悪いが二人で話させてくれ」

「でもお父さん――」

「聞こえなかったか?二人で話させてくれ」

愛菜のお父さんがそう言うとお母さんは少し渋って出るのをためらうが愛菜に連れられてリビングを出る。

「ごめんな大輔君。妻は女だからね、こういう男の世界の話ってのは男にしか分からないもんだろう?」

僕はコクリと頷いた、愛菜のお父さんはそれを確認すると缶ビールのプルタブを開ける。

プシュッと音がして泡の立つ音を響かせるそれを飲むと愛菜の父さんは話を続けた。

「俺は君のお父さんと高校時代同級生でね、彼奴は凄い奴だったさ。彼奴は前々から軍に入りたがってた。成績優秀なのに敢えてな。それで俺は彼奴に聞いたのさ、何で軍に行くんだって。お前ならもっといい大学行けるだろってな。そしてらなんて帰ってきたと思う?」

「……男なら誰かの為に何かをしてみろ」

僕がそう言うと愛菜のお父さんは驚いたような顔をした。

「流石は親子ってところか。彼奴はそう言って今は俺の手の届かないところまで行っちまった。その時の彼奴の目に今の君がそっくりでさ。」

彼ははにかむとビールを飲む。コトン、と机の上にビールを置くとさらに話を続ける。

「では、最後にこれだけ聴きたい。『それは君がやりたいこと』なのか?」

「……分かりません。でも、――少なくとも僕は僕の出来る事をやりたい。やれるのに黙って見過ごすなんてマネは出来ない。それだけです」

「そうか……わかった、母さんと愛菜には私が説明する。でもこれだけは守ってくれ」

そう言うと愛菜のお父さんは大きな手を僕の前に差し出す。

「生きてまたカレーを食いに来いよ」

「はい!」

僕はそう言って手を握った。大きく、硬いその手はとても暖かかった。

 

 

どうやらあれから僕を抜いての家族会議が始まった。僕は寝室兼勉強部屋である元倉庫の自室ひ入るとベッドに寝転んだ。

明日にはここにはいない。再び何かと戦うことになる。上手くできるのだろうか?いや、なんとかするしかない。

愛菜のお父さんだって僕を信じてくれたんだ。それを裏切る真似なんて出来る訳がない。

「さてとっと!」

体を跳ね上げて立ち上がる。机に掛けたカバンを取るとファスナーを開けた。中には教科書類とプリント類。我ながら無機質なカバンだ。

僕はその中から数学の参考書とノート、問題集を取り出すとそれを机においた。明後日には学校どころか日本にすらいないのだ。今のうちに出来ることはやっておかなくちゃならない。

僕が鉛筆立てからシャーペンを一本取り出そうとすると「コンコン」とドアをノックする音が聞こえた。控えめな音から察するに恐らく愛菜だろう。

「どうぞ」

僕がそう言うとギィッと音を立ててドアが開いた。

「あの……勉強中だった?ごめん」

「いや、いいよ。まだ始めてないし」

僕はそう言って問題集を閉じると椅子から立つ。

「それで、何か用事?」

「うん……その……」

愛菜は何か言いたげな表情をするも「あの……」とか「その……」と言うだけで一向に何も話さない。

そろそろ僕もうんざりしてきたときに愛菜が言った。

「その――生きて帰って来てね、大ちゃんが死ぬなんて嫌だから」

「うん」

そう僕が答えると愛菜はゆっくりと深呼吸する。息を整え、微妙に赤みがかったその方を必死に抑えながら。

「よしっ!」

愛菜がそう言うや否や僕の視界が奪われた。それと同時、何かが唇にあたった。

初めは理解できなかった。一体愛菜が何をしたのかを。ややあって僕は状況を把握する。唇を奪われたのだと。

柔らかい感触が唇に触れる。弾力があって暖かい。僕はもっとその温もりを感じていたかったけど愛菜は唇離した。

しばしの間の接吻。顔を真っ赤に染めた愛菜は僕の顔を見ないまま「これは約束のキスなんだから……」といった。

「帰って来るって約束なんだから……」

そう言うと彼女は真っ赤に染め上げた頬をさらに赤くして部屋を一目散に出ていく。

僕は自分の手を唇に当ててみる。僅かな感触が唇に残っていた。


 
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