No.321654

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ十七/虎牢関編~

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2011-10-21 14:12:35 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3858   閲覧ユーザー数:1692

≪虎牢関/任伯達視点≫

 

私は一刀さんの言葉に思わず立ち上がりました

 

見れば仲達さんを除いて、陛下までもが真青になって立ち上がっています

 

令則さん、仲業さん、令明さんの三人にしてからが予想もしなかった言葉に血の気が引いています

 

それはそうです

 

今一刀さんが言った事は“死刑以上”の罰です

これなら素直に“死ね”と言われた方が遥かにまし、そういう内容なのです

 

そもそも、漢中でなぜ国営娼館が出来たかというと、そこには明確な理由があります

 

漢中律では人身売買を全面的に禁じたため、破産した人達を合法的に救済する必要性が生じました

この上で一定以上の金額の負債を背負い、本当に身売りするしかないような状況の人達のために、せめて少しでも救いの手をというのが基本なのです

 

一刀さん自身も

「そういった人間の根源欲に伴う事柄は一方的に禁止しても無意味だからね

 なら、ある程度こちらで操作できるように計らえばいいのさ

 借金を俺達が肩代わりする代わりに、そういった労働に従事してもらうという方法でしかやりようはないんだけどね」

そう言って計画を推進していました

 

返済後の仕事として五斗米道を中心に、福祉と称する仕事を斡旋する準備を整えているのもそういった理由があります

 

つまり、基本的に金銭で不特定多数の相手をしたり、汚れ穢れを扱う仕事をするということは、社会的には死亡したと同じに考えられている、ということです

極端な事をいえば、女性がそのような立場に身を落としてしまえば漢室の後宮入りや大貴族の妾という立場にでもならない限り、社会的に浮き上がる事はまずできません

 

そういった職業格差や出自による偏見の是正は現在も考慮されていますが、実質的には不可能であると一刀さんは断言しています

 

つまり、これらの事を考慮すれば、一刀さんは三人に“自害しろ”と言ったと同じだという事なのです

 

これが形式上のものであったり、便宜上のものであるなら皆顔を青くはしないでしょう

 

一刀さんの恐ろしいところは、これが完全に本気だという事です

 

普段は異常に過ぎる程寛容で優しい人柄であるだけに、殊更こういう時の恐ろしさが際立つのです

 

今までも常識外の改革を推し進め、一時は兵士や民衆に“物狂い”とまで称された一刀さんです

こういう事柄を冗談やお為ごかしで言うことは絶対にありません

今でこそ絶対といえる支持を得ていますが、内政改革にあっては太守という地位がなければ最初の段階で躓いていたことでしょう

 

ただ、私達にもまだ抜け道はあります

それは私達が“議会制”と一刀さんが称する制度で動いている、という点です

 

ただし、一刀さんの発言に感情的な反論をしては、逆に彼女達の未来を本当に閉ざす事になります

 

整然と理をもって減罪を可能にする案を提示し、最低でも全員の同意が得られるようでなければ意味はないのです

 

三人を助けなければいけない

 

しかし馴れ合いであればそこで終わり

 

三人の処罰そのものを回避する事は適いませんが、なんとか現職への復帰を可能にしなければ、将来的な天譴軍の存在そのものに関わる、これだけは事実なのです

 

皆も必死で考えているのでしょう、何か言いたげに唇を動かしていますが、そこから言葉が漏れる事はありません

 

そのような中、最初に声を発したのは張将軍でした

 

「な、なあ…

 そらあんまりとちゃうか……?

 ウチらも謝る

 なんならウチらの首持ってってもええよって、ちっと考えなおしてや…?」

 

一刀さんはその言葉に溜息で応えます

 

「董相国麾下の張将軍の嘆願、という事なら聞き入れなくもないけど、じゃあ代わりにどうすればいいか代案はあるのかな?」

 

「そらあ…

 謹慎なり減俸なり鞭打ちなり、他にいくらでもあるやろ?」

 

確かに、他の諸侯ならそうかも知れません

張将軍は知らなくて当然の事なのですが、天譴軍の律に“減俸”や“罰金”や“単純な体罰”は刑罰として存在しないのです

刑罰は須らく労働や苦役として社会や民衆に還元することが大前提で、それで補えない場合に死刑が適用される

閉じ込めたり痛めつけている余裕があるなら、その時間で畝のひとつも耕させろ、というのが刑罰の方針なのです

故に天譴軍の罰則は、全般的にその罪科に比すれば非常に見合わない重いものとなっています

 

なので一刀さんのこの言葉は張将軍や董相国達にはさぞ異常に聞こえた事でしょう

 

「済まないが天譴軍にはそういった刑罰はなくてね

 それでは代案には成り得ないな」

 

それに対する疑問を口にしたのは賈軍師でした

 

「ならどうやって律を保ってるのよ…」

 

「労働・苦役が大半だね

 一定以上の罪科には方法はいくつかあるけど死罪が適用されている

 讒言を行なった場合はその讒言の元となった罪科に準拠

 そういう決まりだよ」

 

孟子と荀子の教えを実践していればいいだけだろ、と笑う一刀さんに「そりゃそうだけど…」と呟くしかない賈軍師

 

「そんならウチらが首差し出しても…」

 

絶望したような表情で呟く張将軍に一刀さんは笑顔で首肯します

 

「そもそも董相国の部下を罰する権限は俺達にはないからね

 そして俺達は漢室や董相国の同盟者ではあるが、その枠組みの中にはいない

 つまりはそういう事だね」

 

同盟者の要請であるなら減刑は考慮せざるを得ないが、代案を示せないなら聞き入れない

代わりに張将軍と呂将軍の処遇にも口出しはしない

 

そう明言する一刀さんに、董相国達が俯きました

 

仲達さんは見たところ打開案を持っているようですが、それを自分から口にする気がないようです

先程から令則さん達三人を除くみんなが縋るように送る視線を、いつもの微笑みで黙殺しています

 

つまり、打開策は既に私達の中にある、という事です

 

そして、私はかつて夕餉をご一緒したときに一刀さんが軽い感じで話していた、あるひとつの事柄を不意に思い出しました

 

恐らくは、その話こそがこれの打開策に繋がります

 

私は急いでそれを元に思考を組み立て、言葉にします

 

 

足りない部分は皆が補ってくれる、そう信じて

≪虎牢関/北郷一刀視点≫

 

「一刀さんの判断に異論を申し上げさせていただきたく思います」

 

そう声をあげたのは伯達ちゃんだった

 

俺以外は存在を忘れてたのだろう、急にあがった声に全員がびっくりしている

俺は周囲の驚愕を無視して話を促す事にした

 

「うん、遠慮なく言ってくれて構わない

 それが俺達の“やり方”だからね」

 

俺の言葉に一瞬ほっとしたような顔をする伯達ちゃんだが、すぐに表情を引き締めると弁舌をはじめる

 

「まず、一刀さんが提示された罰は、天譴軍の律に照らし合せれば順当である、との意見には私も賛同します」

 

その言葉に再び驚愕する周囲を他所に、彼女は続ける

 

「しかしながら、これにはひとつだけ、大きな問題があると私は考えます

 それは、これまで羅令則・文仲業・龐令明の三名が果たしてきた実績を一切無視したものである、という点です」

 

俺は相槌を打つ事で先を促す

 

「この三名が犯した罪は安易に考えてはいけないものですが、我々だけの判断で極刑に処するのはいささか早計かと思われます」

 

なるほどね、そう来たか…

俺はその思考に至った伯達ちゃんに内心で賛辞を贈りつつ、彼女がどう考えたのかを尋ねる事にする

 

「任局長としては、そうであるならどうするべき、と考えるのかな?」

 

彼女は再び背筋を伸ばして、一息に告げる

 

「この三名の罪科を天譴軍内部にて公表し、留任の是非を問うべきかと存じます」

 

劉弁や董仲穎達以外から

『あっ!!』

と声があがる

 

懿はゆっくりとそれに頷いていた

 

俺も内心で頷きながら、問題点を指摘することにする

 

「是非を問う方法はまあ、とりあえず置いておこうか

 留任が否定された場合もまあ、考えなくていいよね

 では留任が是認された場合は無罪放免、という事かな?」

 

伯達ちゃんはそれに首を横に振る

 

「留任を是とされた場合でも、苦役は課すべきかと思われます

 その地位に在る事を望まれるのと罪科の解消は全く別の問題です

 ただし、留任が是認された場合に関しては、後の職責に多大な影響を及ぼすものは避けた方がいいかと愚考致します」

 

「具体的には?」

 

「留任が是とされた場合でも苦役期間中はその職責を停止し、罪科を公表する札を首から下げ、鎮守府下の汚物処理や清掃、試験導入されている火葬への従事や墓守といった重労苦役に従事してもらうのが妥当かと存じます」

 

それはそれで名誉も何もあったもんじゃないな…

しかし、それだとまだちょっと弱いな

 

俺がそう言おうとしたところで、公祺さんが発言する

 

「それでは無用の同情を周囲から寄せられないとも限りません

 ですので“唖刑”を追加し、どのような理由であれ役人以外が声をかけたり、他者が苦役を手伝うようなことがあれば刑期を延長する旨を公示するのがよいかと思われます

 我々には“恩赦”という概念はありませんので、これであれば先の提案にも比肩するかと思われます」

 

ここで公祺さんが言った“唖刑”というものがどういうものかというと、俺達が採用している苦役従事方法のひとつで、口に防塵マスクのような革の枷を嵌め、漏斗のようなもので水分だけは補給できるようにした状態で苦役従事中は発言できないようにしたものである

衛生上の問題があるため終日ではないが、非常に労苦を伴うものだ

天譴軍では主に讒言や聾言を弄した罪科の場合に適用される

蛇足だが、就寝中まで声を出すことを問われる事はないが、原則として枷を外した状態でも誰かに話しかけた場合は刑期が延長される

 

ふむ…

これはどうしたものかな…

妥協してこれでは余りに厳しい、という表情の陛下達を尻目に俺が考えていると、懿が発言する

 

「皆に望まれての留任であるなら、あまり酷な事を強いるのも逆効果かと思いますが」

 

まあ、それはそうなんだが、問題はその問い方だよな

 

俺のそんな考えが顔に出ていたのか、はたまた最初から考えていたのか、伯達ちゃんがそれに答えた

 

「漢中全域に役人を派遣し、無記名の投げ札で問うのが宜しいかと思います

 是認数が総数の七割で留任ということであれば問題はないかと思われますが」

 

みんなの顔を見ると、それならなんとか、という感じではある

まあ、この辺が落としどころかな…

 

伯達ちゃんやみんなは気付いていないだろうが、これは大きな一歩となる

 

官が民にその是非を問う

これがどれだけ大きな事なのか、多分皆は気付いていないだろう

 

元々後には引けない戦いだったが、これでまたひとつ引けない理由が増えた事に気づくのは当分先の事になるだろうけどね

 

俺は内心で満足しながら、大筋でそれを採用する事を告げようとする

 

「ちょお待ちいや」

 

急に放たれた張将軍の言葉に俺達は首を傾げる

 

彼女はそんな俺達に頓着せずにとんでもない事を宣った

 

 

「その刑罰とやら、ウチも引き受けるちゅう事で軽うなったりせえへんか?」

≪虎牢関/張文遠視点≫

 

なんで天譴軍のヤツら、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しとるんやろか

 

ウチはそこの天の御使いとかゆう男にはめっちゃむかついとんのやけど、他は違う

 

特に羅将軍に色々してもろたんは、これで二度目や

 

確かにウチは関係ないのかも知れへんけど、これをこのまま見過ごしたんじゃウチの中の筋が通らへんねん

 

どうにもならんなら仕方ない

せめて苦労は分かち合わな、あんじょう寝覚めが悪くなるねん

酒もまずいままになってまう、それは勘弁して欲しいわ

 

「あー……

 えっとー……

 董相国?」

 

おお、困っとるこまっとる

ざまあみさらせ、そこの性格最悪男!

 

月と詠はウチの方を見て首を横に振っとる

いやあ、よく判ってるわあ、ウチ嬉しいで

 

そんでもって詠が諦めたように呟く

なんか納得いかへんな、その態度は

後で追求したろ

 

「こうなったらボクらが何を言っても多分聞かないから、説得ならそっちでやってちょうだい」

 

投げっぱなしかよ、とか性格最悪男が呟いたのが聞こえる

 

けっけっけっ

今のウチはこういうのもなんやけど、性質悪いで?

 

「………………わたしもやる」

 

お?

 恋もきよった

こうなったら、あの性格最悪男に一緒にトコトン、ふたりでイヤガラセしたろな?

 

「奉先殿がなされるのなら、この公台もお供するのですぞ!」

 

よっしゃよっしゃ!

みんなでいったろやないかい!

 

月が「へぅ…」とか言って困っとるけど、ここは堪忍な

詠は……

あれは完全に諦めよったな、ちょっと納得いかへんけど、今はええこっちゃで

 

「一応お聞きするんだが、これを受け入れた場合、董相国はどうするのかな?

 両腕ともいえる将軍が一気に不在になるわけだけど」

 

性格最悪男の質問に月が答える

 

「へぅぅ……

 ものすごく困るんですけど、なんとかしてあげたいって、そういう事なんだと思います」

 

「大方、このままにしたら酒がまずくなるとか、そういう理由よ…」

 

さすが詠や、よぉ判っとるやないの、ウチ嬉しいわぁ

 

こんな感じで万座の空気がウチらの味方やった

なのにこの性格最悪男、とんでもないこと抜かしよった

 

「余りに馬鹿馬鹿しくて話にならないな

 減刑を願うならやり方を間違えたと思うよ

 顔を洗って出直してくるといい」

 

………やっぱこの男、むっちゃ腹立つわ

 

「他国の将軍を長期間苦役に就かせるとか、それ俺達にしてみたらなんて拷問なんだよ!

 どう考えても無理!!」

 

「いや、そやからウチらも一緒やった訳やし、ここは少しは加減を考えるのが筋やないの!」

 

性格最悪男は頭を掻きながら溜息をつく

 

そして、絶望的な目で詠の方を見るとぼそりと呟いた

 

「張将軍が信義に篤く豪快なお人柄なのはよく理解しました

 なのでお願いです

 貴女からこういう時の交渉の仕方を後で教えてあげてください……」

 

「………なんか色々とごめんなさい」

 

「へぅぅ~………」

 

いや、そらあウチも無茶いうてるのは判ってるねん

けど、これじゃあんまり…

 

すると詠がウチに向かって首を振りながら教えてくれた

 

「こういう事はね、こういった場で言うのじゃなく、正式に感謝の言葉と共に漢中に送るものなのよ………」

 

そやのん?

ここに重鎮が全部揃っとるのに、なんでそないに面倒な事せなあかんのやろか

 

うちの不満が顔に出とったみたいで、陛下が苦笑しながら答えてくれる

 

「それぞれに“建前”というものがあるという事よ

 将軍の気概を内心では嬉しく思っても、天譴軍はそれに迎合する訳にはゆかぬのだ

 それぞれの律があるゆえな」

 

なんや、色々と面倒臭い連中やなぁ…

ウチとしてはこう、もうちょっとスカッとした方が好みやわ

 

でもまあ、なんや漠然とは解ってきたわ

 

つまりはこういうことなんやろ?

 

「ほなら、ウチらが

 『この三人のおかげで助かりました、おおきに』

 と漢中まで出向けばええっちゅうこっちゃな?」

 

みんななんや、ウチの言葉に返答しづらいちゅう顔をしとるけど、これもまあしゃあないんやろな

 

そんな中、性格最悪男が苦笑しながら答えてきよった

 

「まあ、同盟相手の宿将が来られるというのなら、俺達天譴軍は歓迎しますよ

 そこで漢中で犯罪でないのなら何をされるかまでは、さすがに俺達に止める権利はありませんから」

 

ふ~ん……

なら、せいぜい派手に援護したろかいな

 

なるべく月や詠や陛下には迷惑かけんように、そこらはしっかり教えてもらお

 

ウチが納得してニマニマしてると、隣にいた羅将軍が小声でぽつりと呟くのが聞こえた

 

 

「お気遣い、本当にありがとうございます…」

 

 

お互いさまや、ウチは自分らとはもう戦友やよってな!

 

 

 

ただぁし!

あの性格最悪男は絶対に除く!!


 
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