≪虎牢関/劉玄徳視点≫
私は本初さんの埋葬を終えて、臨時という形で孟徳さんが仕切っている本陣の中にいる
特に何かをしたり意見したりはしていない
隣には伯珪ちゃんがいて、今は張伯輝さんと孟徳さんが話をしている
「そういう訳で、孟徳さんにはご迷惑をおかけしちゃう事になりますけど~」
「別に構わないわ
どうせ誰かが仕切らなきゃいけない訳だし、あのふたりが使い物になるにはもうしばらくかかるでしょうしね」
文季徳さんと顔叔敬さんは仮葬した本初さんのお墓の前からまだ一歩も動かないんだそうです
ふたりとも武人だからすぐに空元気だとしても立ち直る、とは孟徳さんは言ってますが、その孟徳さんもやっぱりつらそうです
私が華将軍の最後に決めた自分なりの誓いからすぐに、まずはじめた事があります
それは、他人をよく“観る”こと
私ははっきりいって何もできないおみそだって、本当に思い知ったから
例えば、軍を率いる事は愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、星さんにはとても敵わないどころか比較することすら失礼だ
例えば、政略や軍略を練って政治や軍事を縦横に切り回すことは朱里ちゃん雛里ちゃんの足元どころかその影すら踏めない
だったら私には何ができるのか
今の私にできることは、見て考えて話す、ただこれだけだ
そう考えてから注意深くみんなと話すようになって、ほんの少しの事でも人は表情や仕種や声に色々と出る事が判ってきた
一見同じ笑顔でも、その裏にあるちょっとした気持ちの差で、実際はその表情が違うという事がなんとなく判るようになってきたのだ
相手の感情が見えてくれば、それにより適した言葉で話すことができる
たったそれだけの事が、いかに重要か、それが見えてきたんだと思う
今目の前で会話をしている孟徳さんと伯輝さんだけど、一見冷静にふたりとも見えるんだけど、孟徳さんはかなり苛々してきていて、伯輝さんは一見余裕そうなんだけどかなり必死だ
どうも、わざと曹操さんを苛立たせる事で会話の主導権を握ろうとしているみたい
「なあ、玄徳
あれはちょっと、まずくないか?」
伯珪ちゃんがこそっと私に話しかけてくる
じーっと観察してた私は、その言葉に静かに首を横に振った
「多分、今手を出したら張伯輝さんに食いつかれて酷い目にあうと思う」
伯珪ちゃんは私の言葉に少しびっくりしたみたい
慌てたように尋ねてくる
「いや、どっちかっていったら孟徳殿の方が危ないだろ?」
私はそれに、今度はしっかりと首を横に振る
「ううん、今この場で本当に怖いのは張伯輝さんだよ
多分あの人は……」
“観”ていた感想をそっと口にする
「あの人は多分、本当は何をやらせても二流というか、私がいうのもなんだけど、どんな事をやっても“そこそこ”の人だと思う」
伯輝さんから視線を逸らさずに話す私に、何かいいたげだった伯珪ちゃんが押し黙る
「でもね、多分あの人は…
汜水関での華将軍のような
虎牢関での本初さんのような
そういう覚悟をずっと抱えて続けてるの
それってとっても恐い事だと私は思う」
ごくり、と喉が鳴る音が聞こえてきたけど、私も余裕があるわけじゃない
「本当に恐いよね……
あの人は多分、その“覚悟”だけで公路さんを守ってずっと生きてきて、多分これからもそれを続けるつもりなんだよ」
だから今手を出したら大火傷では済まない、と私は言外に告げる
子連れの野生の獣には手を出しちゃいけないっていうけど、多分あの人は常にそんな状態なんだよ
そんな人に普通の人が考えるような限界なんてある訳がない
そして限界を超えたらいきなり擦り切れてそのまま動かなくなるに決まってる
「まあ、玄徳がいうならそうなんだろうけどさ…」
ふと視線を伯珪ちゃんに戻すと、困ったように頭を掻いている
「?
どしたの?」
えっと~………
こいつはこれだから、っていう顔をされても困るんだけど…
「いや、先生がお前に期待してたっていうのは、こういうのが理由なのかな、と思ってさ」
???
ほえ?
なんでいきなりそんな話になるんだろ?
「普通ふつうと先生にまで言われてた私にしてみたら、この数日でここまで化けた玄徳も十分恐いってことさ」
伯珪ちゃんの言葉にびっくりしている私に、伯珪ちゃんは苦笑している
「いや、元々才能はあったんだ
お前が本気になったら私じゃとてもついていけないんだろうなって、そういう話さ」
あまり置いていかないでくれよ、と笑う伯珪ちゃんに私も笑う
「うん、私も自分にできることを全力でやってみようって、そう思ったの
みんなの笑顔を守るために」
「なるほどなあ……
しかし、いくら火傷が恐いといっても、そろそろ間に入らないとまずそうだぞ?」
再び視線を戻してみれば、孟徳さんも伯輝さんも引っ込みがつかなくなってきてるみたいだ
「あ……
確かにこれはちょっとまずそうだよね……
あはははは…」
「いや、笑ってる場合じゃないだろ…」
私と伯珪ちゃんは揃って溜息をつくと、同時に気合を入れてふたりに近付く事にする
よし、小さな事だけど、まずはこれをどうにかしないとね
でも、これは難しそうだなあ……
とほほ………
≪虎牢関/羅令則視点≫
さて、やっちゃいましたねー
実はかなり後悔している私です
いえ、ひとりならこんなに後悔もしなかったんですが、ふたりも巻き込んじゃったのが…
私は本来、天譴軍の律を矯める役割を背負っています
なのに何故、こんな軍律違反ともいえる事を繰り返しているのかというと、対外的に天譴の“律”を知らしめるには、これが一番手っ取り早いからです
ただ、うちの律は私がいうのもなんですが、上になればなるほど過激というか容赦がなくなるように組まれています
組織腐敗に繋がるような違反はぽんぽん刎ねちゃうような軍律です
例えば同じ物資の横流しでも、下の兵なら苦役で済むところが下級でも指揮官であれば階級剥奪の上内容によっては苦役で妥協、中級以上なら問答無用となります
ちなみに、この場合の下級とは天譴軍では“十人長”と言われる最小単位の末端指揮官で、中級というのが“百人長”や“千人長”と言われる中堅指揮官です
それ以上は“佐将軍”と呼ばれています
一刀さんの事ですから、今回は一切容赦なしでしょう
軍律に当て嵌めれば、私達は少なくとも階級剥奪の上年単位の苦役、流れによっては斬首が適用されます
水清ければ魚棲まず、とはいいますが、今までの官吏が腐りきっていただけに、民衆には殊更官吏は厳しく自らを律する、という姿勢を示すべき時なのです
そして、これを対外的にも認知させることで、天譴軍は“別格”であると喧伝する必要があります
諸侯との差はひとつ
律の適用は個人的感情や感傷に左右されないものである
これを喧伝する必要があるのです
これは裁きに仁徳を用いるなというのとは違います
情状酌量の余地があるかどうかではなく、罪科は罪科として例外はない、と知ってもらう必要があるのです
先の事柄で私達が独断で温情を示した直後だからこそ、今度は罰を受ける必要が出てきます
そして、一刀さんが恐らくは無意識に抱えている私達武人に対する一種の嫌悪感
これも自覚してもらわなくてはなりません
後々になってその事に気付き、一刀さんが壊れてしまってからでは遅いのです
汚泥に塗れその手足を血に染めるのであれば尚の事、一人では拭えないそれらを共に拭うために私達がいるのだと知ってもらわなければ、いずれ私達はダメになる、そう思うからです
戻ってきた仲業さんと令明さんにこの事を話し、私の独断でという事にしようとしたのですが、やっぱりというか、二人には納得してはもらえませんでした
「ここで君ひとりに被せるのは、気持ちは判るけどちょっと無理がありすぎるかな?」
仲業さんはそう言って困ったように目を逸らしています
彼女とはそういえば、そんな事を飲みながら話した事もありましたよね
だったら引いてくれるはずもないかなあ…
令明さんも
「最終的に是としたのは事実だ
一刀樣をこの上たばかるのは私としては承服しかねる」
という、あまりにらしい言葉で拒否してきました
令明さんもなんというか、ある意味一刀さんが嫌う武人の典型なんですよね
こうと決めたら命も名もいらないっていう、忠義一徹なひとですし…
私もなんというか、ここまで説得に応じてくれないのにはものすごく困りましたので
「えっと…本当にこればかりは洒落にならない目に合いますよ?
どう考えても“死んだ方がまし”な状況になっちゃうと思うんですけど…」
と脅迫はしてみたのですが、ふたりとも首を縦に振ってはくれませんでした
(やっぱり無理を言ってでも、私一人で来るべきだったかなー…)
私の必死の説得に苦笑してふたりは答えます
「大体がして、君がああいう事を言い出すからいけないんだ
せいぜいボク達を巻き込んだ事を後悔してもらうよ
それに、一刀にも武人ってものを理解してもらういい機会だしね」
「私の身で後の為になるならば、それもいいだろう
元に戻れることがなくともやりようはあるのだしな」
そんな風にしてあっさりと覚悟を決めてしまっている二人に、私は無言で礼を尽くします
一刀さんは知らないでしょうが、今ではこれが私達の相言葉なんです
全ては100年の後の太平のために……
≪虎牢関/北郷一刀視点≫
諸侯連合降伏
この報が洛陽に届いたのは、親征の準備が整った、その日の夜だった
この報が届いたという事は、諸侯連合に異変が起こったことを意味する
端的にいうなら袁紹の死亡もしくは捕縛だ
往々にしてこういう時によい結果が出ることなどない
恐らくは一騎討ちに誰かが乗ってしまったのだろう
いや、下手すると全員だな
とりあえず頭が冷えた現在は、この事実に対してはさほど焦りも怒りも感じてはいない
策は華将軍の死亡で十全になっているのだ
これは絶対に揺るがない事実として存在する
この場合の策とは何を意味するか
それは、漢室と天下に天譴軍を認めさせること、である
俺達にとっては董相国のことや諸侯の勢力を削ぐ事は“余録”でしかない
むしろ、ここまで董相国や陛下に目立ってもらって感謝したいくらいである
俺達天譴軍のなんと影の薄いことか
その意味では感謝してもし足りないくらいといえる
ここまで見事に“実”を取れたのは自画自賛したいくらいだ
この意味で今回の俺は少々欲をかきすぎたようだ
大要は十全に成しているのだから、諸侯豪族の勢力を可能な限り削ぎ落とす、というのは言うなれば“おまけ”なのだ
どのみち参加した諸侯は勝手に削れて自滅するようになっている
そこから立ち上がれる諸侯など、恐らく三国志の主役達しかいないだろう
そう考えれば、これは俺が今までが順調すぎたために欲張った結果発生した事象といえなくもなく、その意味では自戒をすべき事でもある
策士策に溺れる、とはよく言ったものだ
実質的に天譴軍の損失は皆無であり、その上でこういった内部の問題が早期に、しかもほぼ全てといっていい状態で浮き出たという事実だけでも、董卓を選んで組んだ事は正解だったといえる
自分がこだわっていたのが“余録”であると気付いた以上、命令違反をした事に怒りはない
心情としてはその場の感情を優先させてやっても何も問題はないくらいで、むしろそれで気が済んだのであれば万々歳だろう
華将軍や他の将軍の名誉回復にしたところで、そうすれば皆が感情的に満足するからであって、俺にとっては手間もかからないから提案しただけの事だしな
と、この俺北郷一刀は道中そのような事を思索していた、という訳だ
そんな訳で現在は虎牢関での御前会議の席である
降伏した諸侯は混乱を防ぐために関の外にそのまま留め置かれている
つまりこの席は、首実検を含めた諸侯の扱いをどうするかという、事実上の最終決定を行う会議なのである
「………以上ですわ
言い訳はあらしまへん」
劉弁が面白がるように座に言葉を放り投げる
「との事だが、相国と御使い殿はどうするのかな?」
「へぅ……
士気の問題もあるので立場は据え置き、ただし減俸処分はしたいと思います」
董相国は既に賈軍師と相談していたのだろう、事実上の“お咎めなし”という形で決着したようだ
さて、俺はどうしたものかな…
みんなに相談してないんだよね、まあいいか
ここで同意が得られればそれでいいんだし
「俺達としては、とりあえず言い分を聞いてからかな」
こういう時に切り込んでくるのはやはり仲業だ
「張将軍が言った通りで、付け足す部分はないかな?
ボクらは袁紹に同情し、その必死の思いに応えた
だからこれは明確な軍規違反だ」
残りの二人を見れば、その瞳に後悔はない
「羅局長、議会決定による命令を故意に無視した場合の刑罰はどのようなものだったかな?」
彼女は澱みなく答える
「最低でも官位剥奪の上一年の重労苦役、最大では公開斬首が適用されます
今回の場合ですと、斬首に値する程のものではありませんが、最低でも官位剥奪の上二年の重労苦役が課せられるかと思われます」
これに“厳しい”という表情をしているのは相国側の人間と陛下であり、こちら側の人間は“当然”という顔をしている
これは前回の機密漏洩に当たるであろう全員が起こした行動とは全く意味合いは異なるため、誰も彼女達を庇おうとはしない
ここで庇っては“律”が成立しなくなるのは明白なのだ
「ん~…
官位剥奪の上、二年の重労苦役か…
重労苦役ってどういうものだっけ?」
わざとらしく尋ねる俺の言葉に、令則さんは澱みなく答える
「誰もやりたがらない、心身のどちらか片方、もしくは両方に過度の負担がかかる労役全般、となります」
俺はこれに頷いて、さらっと口にする
その言葉に万座が顔面蒼白になって立ち上がったのを、むしろ面白がりながら
「じゃあ、三人とも二年の重労苦役といこうか
国営娼館でお勤め頑張ってね」
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