No.320729

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ六/汜水関編~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-10-19 14:57:50 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2862   閲覧ユーザー数:1756

≪汜水関/世界視点≫

 

総数20万を数える諸侯連合に対し、董卓・天譴軍同盟が擁する数は僅か500

 

諸侯連合の先鋒である劉備・孫策・袁紹連合だけと比べても、その戦力差は人数だけなら30倍にもなる

 

漆黒の華旗を掲げる500人は全て騎馬であるが、相手を全て歩兵と考えたとしても、その戦力差は単純に数えて6~10倍となる

 

通常、どのように無謀な指揮官であっても、戦力差が2倍に達すれば通常は戦い方より逃げ方を考える

例外は拠点を擁した籠城戦術や持久戦術であるが、それでもこれほどの戦力差が開いている場合はどう長引かせどう犠牲を減らすかを考えるものである

 

必然、その常識に当て嵌めるのであれば、目の前に存在する騎馬隊は正気とはいえない

 

否、これが降伏や交渉の使者であるなら、むしろ大軍を刺激しないように気を使った結果とも見て取れる

 

しかし目の前の騎馬隊からは、これ以上ない程の戦意が迸っている

 

さとりて狂気に犯されている訳でもない

 

むしろ、狂気一色に染まっていると言い換えるべきか

 

騎兵全てが死を覚悟し、冷たくも熱い殺意に

 

言い換えるならばあまりにも後ろ向きな決意に満ちていた

 

 

「玄徳ちゃん、悪いんだけど私達は引かせてもらうわよ」

 

「え?

 伯符さん、どうしたんですかいきなり…」

 

褐色の肌の野性的な美貌を誇る女性の言葉に、周囲を包むような柔らかい空気をもつ少女が戸惑いながら尋ねる

褐色の肌の女性は、その視線をより厳しくして、大きく翻る漆黒の華旗を見つめる

 

「悪いとは思うんだけど、あんな死兵の相手をして、大事なうちの兵隊を減らす訳にはいかないのよ」

 

戦えば負けはしないが、なまなかな損害では済まない

伯符と呼ばれた女は言外にそう語る

 

玄徳と呼ばれた少女にはそれが伝わったのだろう、怯えたようにごくりと喉を鳴らした

 

「どうしてそこまで………」

 

そう呟く少女を一瞥し、女は叫ぶ

 

「撤収!

 急いで下がりなさい!!」

 

それを呆然と見送る少女に、美しい黒髪の少女が近寄る

 

「玄徳さま、このまま睨み合いという訳にも参りません

 まずは私が…」

 

黒髪の少女の言葉に、少女は戸惑うように頷く

 

「うん…

 でも無理はしないでね…」

 

少女の言葉に黒髪の少女は笑顔で頷き、傍らにいるふたりの少女に声をかける

 

「お任せください

 翼徳は念の為玄徳さま達の警護を頼む

 子龍は私についてきてくれ」

 

「わかったのだ!」

 

「承知した」

 

 

そして黒髪の少女は、子龍と呼ばれた水色の髪の少女と共に、漆黒の華旗の前へと躍り出た

 

「我が名は関雲長!

 平原の相劉玄徳の一の臣にして青龍刀である!

 貴殿らの将の御名を伺いたい!!」

 

その言葉は底冷えのする殺気に満ちた声によって拒否される

 

「失せろ愚物の走狗共が…

 今日は貴様らなどに用はない…」

 

「な…っ!?」

 

自らを関雲長と名乗った少女が絶句する

声の主はそれを一顧だにすることなく、平坦な声で告げる

 

「その劉玄徳とやらにも伝えておけ

 今日の我らは貴様らのような愚物の走狗を相手にする暇などない…

 命が惜しくば早々に道を空けろとな…」

 

ぬらりとした殺気に歪む瞳が見つめているのは、中軍に位置し金色に輝く袁の牙門旗

 

あまりの言葉に絶句したままの雲長に子龍が声をかける

 

「戻るぞ雲長

 これではどうにもならぬ」

 

「しかし…」

 

その義務感の強さから尚も言い募ろうとする雲長に、子龍は僅かに首を横に振る事で応える

 

悔しげに呻きつつも馬首を翻し二人が去るのを待ったかのように、先程の声の主はひとりゆっくりと進み出る

 

その手に握られるは金剛爆斧

曇天の中にあって尚、鈍色に輝くそれを掲げ、声の主は高らかに諸侯を弾劾する

 

 

「聞け!

 愚劣愚昧な卑劣漢共よ!

 真実を見極める事無く穢れた我欲に溺れた貴様らに語るべき言葉などありはしないが、それでも一度だけ告げてやろう!!」

 

 

その声は不思議とよく通った

その場にいた全ての将兵が耳にした、と後に語ったように

 

 

「我らは既に陛下や董相国の臣にはあらず!

 ただこの生命と誇りをもって貴様らの無知と無能、その卑怯で卑劣な心根を弾劾するものなり!!」

 

 

不思議とどこからも声はあがらない

 

 

「我らは貴様らに一度だけ機会をくれてやろう!

 我らが断罪するは醜き我欲の首魁である金色の袁旗のみ!

 命が惜しくばそれ以外は見逃してやろう!!」

 

 

奇妙な静寂の中、その声は更に響きわたる

 

 

「貴様らのその身に心に、まだ恥というものがあるのならば逃げるがいい!

 我らは追いはせぬ!

 しかし、立ち塞がるというのならば容赦はせぬ!!」

 

 

それは果たして、何かの啓示であったのか、それとも誰かの涙だったのか

 

 

「我が名は華猛達!

 名誉も誇るものもなきただの修羅である!!

 卑劣漢の首魁・袁紹!

 その首私が貰い受ける!!」

 

 

その言葉と共に振りおろされた金剛爆斧と共に、人の喉から溢れ出たとは思えない斎の声があがり、鉛のように重く冷たい雨が降り始める

 

 

 

 

後の外史に“汜水関の惨劇”と謳われる戦いは、こうしてはじまった……

≪???/陳公台視点≫

 

(早まってくれるななのですぞ、真弓殿!)

 

ねねと恋殿と霞殿は今、必死で馬を走らせているのであります

 

さすがは天下無双と謳われる恋殿と、神速にして騎馬の申し子と謳われる霞殿です

ねねが足を引っ張っていなければ、もっと早く走れると思うと悔しくてたまりませぬ

 

「ねね!

 大丈夫か!!」

 

おふたりの速度についていこうと必死で馬にしがみつくねねを気遣って、霞殿が少し速度を緩めようとしております

 

「霞殿!

 ねねの事は今はよいのです!!

 今は…

 今は真弓殿を!!」

 

霞殿は一瞬躊躇なされましたが、並走している恋殿と視線を合わせると、力強く頷きます

 

 

しかし、ある意味真弓殿は非常に冷静で用意周到でありました

 

常なら伝令のために一定の距離毎に厩があるのでありますが、ねね達が追ってきた時の事を考えたのでありましょう、厩から馬が残らず引き上げられていたのであります

 

当然、個人の馬術によって速度に大きく差は出るのでありますが、これが理由で恋殿も霞殿も全力で馬を駆る事ができないのであります

 

ぎりぎりの速度で馬を操りながら、憎々しげに霞殿が叫びます

 

「真弓のアホンダラァッ!!

 猪の癖になにこないな小細工かましよんねん!

 ふん捕まえて引き戻したらタコ殴りにしたらぁっ!!」

 

「……………(コクコク)」

 

「おふたりの意見にねねも賛成なのですぞ!!

 会ったら必ず“ちんきゅーきっく”をお見舞いしてやるのです!!」

 

とはいえ、やはりねねにはこのふたりに着いていくのは厳しいのであります

 

もしこれが普通の状態でありましたら、ねねはとっくに馬から振り落とされていたことでありましょう

恋殿も霞殿も、ここまで声をあげる余裕はなかったと思われるのであります

 

どうしてこのような状態でまだ僅かでも余裕があるのか、それは天譴軍の方々の助力があったからであります

 

 

あの後、しばし死んだような目をしていた霞殿でしたが、恐らく色々な事に腹が立ってきたのでしょう

 

「うがあぁーーーっ!!

 もうグジグジ考えるのはやめや!

 後は真弓のド阿呆の首根っこ引っ掴んで引き摺り戻してから考えるわ!!」

 

いきなりそう叫ぶと、厩舎に向かって走り出しました

落ち込んで元気がない霞殿などねねも恋殿も見るに耐えないものでありましたので、ほっとして後を追ったのであります

 

すると厩舎にはなぜか天譴軍の方々がおられまして、その中で片眼鏡をかけた、確か高忠英という名の方が、馬具の調整をしておりました

 

「ちょおっと慣れるのに時間はかかると思うがね

 一応私達の機密を寄越すんだ、無事帰ってきておくれよな」

 

馬具から目を離さないままかけられた声に、ねね達は戸惑いました

ここでやはり声をかけてくださったのは霞殿であります

 

「………自分ら一体、どないつもりやねん」

 

すると、羅令則というねね並みの胸の女性が、苦笑しながら答えます

 

「まあ、私達も好きで見捨てようとか、そういうのじゃないんですよ

 ただまあ…

 うちの一刀さん、あの通り性格悪いので…」

 

ぽりぽりと頬を掻きながら視線を逸らして言う事ではないのでは、と、ねねは思いますぞ

 

「アンタらには悪いけど、あれは性格最悪や…

 一体何食ったらあんな性格になるねん」

 

「………(コクコクコクコク)」

 

恋殿、気持ちは判りますがなにもそこまで激しく頷かなくともよいのですぞ

 

すると、三頭の馬に馬具を付け終えた忠英殿が、苦笑しながら振り返りました

 

「まあ、多分今言ってもわからんだろうけど、あれはあれで優しいやつなんだよ

 嫌うなとは言わないからさ、せめて憎まないでやっておくれ」

 

「今度の事は、さすがの拙者らでもくるものがありました故な…」

 

そう呟いて頭を下げるのは、確か張儁乂殿であります

儁乂殿は再び何かを言おうとする霞殿を仕種で制し、馬に向き直ります

 

「お主らも今は語る時間も惜しい身でござろう

 急いで馬具の使い方を教える故、早く向かってくだされ」

 

そう言って笑うお三方に、ねね達は甘える形で出発と相成った訳であります

 

「とりあえず礼は言わんとく…

 ほなら後でな」

 

そう言い捨てて走り出した霞殿を見て、ようやく“らしさ”が戻ってきたのに、ねねは心底安堵したのであります

 

 

「しかし、戻ったらアイツらに礼言わんとアカンな…

 こないに調子がええもんだとは思わんかったわ」

 

「そうでありますな!」

 

「……………(コクコク)」

 

そうして走り続けるねね達でありましたが、徐々に天気が悪くなっていくのを感じます

 

霞殿は一瞬空を見上げて、憎々しげに吐き捨てます

 

「なんや天気まで悪ぅなってきよった…

 縁起でもない…」

 

「………………だいじょうぶ、必ず間に合わせる」

 

「そうですぞ霞殿! 不吉なことは口にしてはいけないのです!」

 

「………そやな、そやったな!

 よっしゃ、なら急ぐでえ!!」

 

徐々に雨が強く冷たくなっていく中を、ねね達は走り続けます

 

 

(頼みますぞ真弓殿!

 どうか、どうかねね達が着くまで…)

≪洛陽/高忠英視点≫

 

「しかし、本当に“馬”を与えてよかったのでござるか?」

 

儁乂が不安そうに尋ねてくるのを私は笑い飛ばす

 

「今更ってやつだね

 なーに、これに関しても責任は私が取るさ

 それに先に皆で相談して決めた事だ

 叱られるなり罰を受けるなりは、みんなで一緒にやろうじゃないか」

 

これは実は一刀を抜きに私達で決めた事だ

 

実際漢中律、今では天律と称されているんだが、それに照らし合わせれば立派な重罪

 

私達はこれを理由にどんな厳罰が下ってもそれを受け入れなきゃならないって程度には滅茶苦茶を押し通している

 

一部に反対はあったんだけど、これは賛成派がかなり強引に押し通した形だ

だからそこを追求されれば厳罰は免れない

 

儁乂は自分ではなく、全員がそうなるのを気にしているんだろうな

 

「確かに私が認めちゃうのは本当はまずいんですよねー

 でも、いい機会ですし私はとことん一刀さんに逆らってみようかと思います」

 

いや、令則さんよ

それはまあ、言いたい事は理解するし忠義やら仁愛やらの結果なのも私達は理解もするけどさ、あの一刀がそれを理解した上で尚容赦しない性格だってのは理解してるだろうに

 

私の内心が通じたのか、令則は苦笑しながら残っている馬の首を撫でる

 

「律は規範、律は仁、律は義

 今同盟を組んでいる方々にそれを理解してもらうには、それが一番だと私は思うんです

 だったら私みたいな人間にも容赦はない、民より官が、下より上が厳しく律されてるというのを知ってもらういい機会なんじゃないでしょうか」

 

こんな無茶、他の人には頼めませんしねー、と微笑う令則には呆れるしかない

 

確かに、私らが今推進している“律”は、下よりも上に厳しくできている

正直に言えば、本来の漢室の律もそういう性格のものなんだが、ここを上手に摺り抜けて都合のいいようにしていたのが宦官であり官匪だ

 

そこを矯め直すという意味でも令則の言には一理どころかいくつもの理があるのは認めるよ

認めるが、しかしだな……

 

「異常ともいえる自戒を重ねている一刀殿に、それは通用しますまい

 余程の事がなければ減刑を望むどころか……」

 

儁乂の言が正しいと私も思うよ

 

酒食に興味はあっても

「俺はみんなに食わせてもらっている身分だから」

と贅沢どころかよくて一汁一菜の毎日を送るような男に、妥協なんてあるはずがない

 

女色男色といった色事に関しては言うに及ばずだ

正常な男なら、間違いなく仲達のやつにはとっくに手を出してるっての

むしろ“いつでも来い”状態のアレをほっとくのが罪悪だと私は思うね

 

「まあ、他にも理由はあるんですが、一刀さんって私はともかく儁乂さんのような武人の考え方にはかなり拒否反応がありますよね?

 これは元直さんや仲業さんも言ってましたけど」

 

確かに、私みたいな研究者にとっては最高ともいえる人間だが、とにかく兵や将の矜持といったものには、どちらかというと否定的な男だ

自分の手が既に血に染まっているのを自覚して尚、そういった事に誇りを求めるのは間違っていると強弁して憚らない部分は多分にある

 

これは令明が言っていた事なんだが、一刀は武の心得がない訳でもないらしい

持っている技術に圧倒的に身体が追いついていない、という事のようだ

 

武の心得があるなら、武人の持つ忠や義、礼といった感覚に理解を示してもよさそうなものなのだが、これがどうにも違う

私の私見に仲達や皓ちゃん明ちゃんの意見を擦り合わせるとなんだが、どうも“死ぬ事を前提とした戦い”というものがあいつには耐えられないらしい

 

何をしてでも生き延びて明日を見よう、というような事を時折口走る事から、多分名誉やら矜持といったものに命を賭けるのが気に入らないんだろう

 

 

ただ、そういった部分は私にだって少なからずあるし、一刀も“それが戦場でない”だけでしっかりと同じことをやってやがったりもする

 

多分令則は、そういった部分の齟齬をこういう機会になくそうと考えてるってことなんだろうな

 

私には真似できん……

 

「まあ、仲業さんとかとも話しましたが、多分“死んだほうがまし”な状態にはなると思います

 それでもそういった事も理解してもらわないと、いずれみんなが不幸になりますからねー」

 

そう苦笑しながら答える令則は、本当に強いと私は思う

 

多分あの男は、令則のこういった“強さ”を最初から見抜いていたんだろうな

 

私と儁乂は、その言葉に強く頷く事で応える

 

「そうだな……

 あいつの理想がどんなものか十全に識っているとはとてもいえないが、それでも共にと思ったからこそ、今こうしているんだものな」

 

「それは違いありませぬな

 拙者らは拙者らなりにそれを信じたのですから、それが歪まぬうちは身命を賭して共にある

 そうであるべきです」

 

だから抜け駆けはするな、と言外に伝える

それは今日の一刀を抜いた会議でも、そしてそれ以前からも皆が共有している事なんだ

 

視線を逸らしてあははーと笑う令則には、やっぱり釘を刺しておかにゃいかんだろう

 

なにせこの子は優しい癖に責任感が強すぎるしな

 

ま、いつまでも厩で話していても仕方がない

私は切り上げのつもりでふたりに声をかける

 

「それじゃまあ、今日は皆に声をかけて酒でも飲もうかね

 どのみち次の報告がくるまでは暇だろうしな」

 

賛意を示すふたりと連れ立って、私は厩を後にする

 

 

さて、私らがここまでしたんだ

 

呂奉先、張文遠、それに陳公台

 

どういう結果であれ納得して帰ってきておくれよな


 
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